「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

112 / 122
波紋の跡 2

【『独占スクープ! 錯綜の舞台裏。華やかなファッションの祭典中に救急搬送されていたのはジェイミー一人ではなかった。その意味』

 毎年大晦日に開催される日本ファッションモデル業界恒例イベントであるカウント・ダウン・ランウェイ。日本で活動する旬なモデルが数多く出演する非常に華やかなイベントだ。

 とはいえ、一般人の多くが聞き馴染みがないかもしれない。というのもそのはずで、このイベントは業界関係者及び招待客のみ入場可能なイベント。そうと聞けば身内だけで行う単なる年越しのお祭りのように感じるかもしれないが、日本の事務所に所属するモデルにとって、この日にランウェイを歩けるかどうかで翌年のステータスが決まるとまで噂される重要なイベントなのである。ある関係者は、このワンステージで翌年の仕事の大半が決まるとまで言い切る。

 その重要なイベントの舞台裏で起きたとされるのが、全国ニュースでも放送された世界的モデル『ジェイミー』の救急搬送事件である。『ジェイミー』はイタリア出身のモデルで、世界四大コレクション(BIG4)に多数出演経験があるほか、世界の主要ファッション誌の表紙を何度も飾っている世界をまたにかけて活躍するモデル。その超大物が日本にも進出し、事務所最大手『アズラエル』とエージェンシー契約を交わしてBIG4の次席に位置付けられるジャパン・コレクションに初参加したのが昨春3月のこと。年末のカウント・ダウン・ランウェイへの参加はそれに続くものである。

 『ジェイミー』の出演は今回イベントの目玉でもあり、開幕トップを務め、実際にステージを見た人によると「今までにない程の盛り上がりで、『ジェイミー』が出てきた瞬間、会場全体が観客の歓声で震えた」と言う程盛り上がったと言う。その後、舞台裏通路で『ジェイミー』が転倒。大事(だいじ)をとって救急搬送を要請したと言うのが関係者の説明だ。

 『ジェイミー』の大物ぶりを考えれば過剰対応も納得する。しかし、転倒して救急搬送とは一体どのような転び方だったのか。転倒による救急搬送と聞いて思い出されるのが、数年前、大物男性歌手が自身のディナーショー前に会場となっているホテル入り口の段差で(つまず)き転倒、その際顔面を強打して救急搬送され、ディナーショーが急遽中止となったあの一件だ。その歌手は70代という年齢もあって「高齢者はちょっとの段差で躓く」「一度の転倒が命取り」などという別の論争に発展したが、それと比べると『ジェイミー』はまだ20代前半の若者で、しかも歩くプロとも言えるファッション・モデル。ちょっとやそっとのことでは躓いて転倒は考えにくい。そこで気になるのが「救急搬送されたのは『ジェイミー』一人ではない」という証言だ。

 本誌記者がイベント関係者から入手した情報によると、『ジェイミー』と共に救急搬送されたと言うもう一人のモデルは、印象的なイヤフォンのTVCMで話題となった新人モデルのNではないかという。その新人モデルNがバックステージへ戻る通路途中にある階段手前で転倒。『ジェイミー』はその巻き添えを喰った形で転倒したらしいというのが前出関係者の話だ。

 モデル経験者に話を聞くと、ステージ経験の少ない新人モデルの場合、本番を終えた直後に緊張感から解放され腰砕のように足に力が入らなくなってしまうこともあると言う。今回はそんな新人あるあると段差、それに偶然そこに『ジェイミー』が居合わせてしまったと言う不運の重なりにより生じたことだったのだろうか。

 しかし、ここで気になるのが事故現場をよく知る関係者の話だ。「あそこは確かに狭い通路の終わりで急に段差になっていることもあって危ない場所ではあります。しかしそれは運営側も把握していることで、リハーサルを通して注意喚起してますし、出演経験のあるモデルにとっては注意が必要と認識のある場所です。仮に初出の新人が自身の心理状態によって段差を踏み外すことがってあっても、他人を巻き込むほどに派手に転倒するとは考えられません。なので、今回起きたことは別の要因があるのではないかと思わざるを得ません」

 別の要因とは? そこを追求するとこんな噂が聞こえてきた。

「新人モデルのN君は、あの場所で誰かに足を引っ掛けられたか、後ろから押されたか。そんな噂があるんです。じゃないと、救急要請が必要になるほど派手に転んだりしないんじゃないかなって。新人モデルへの嫌がらせは、結構あるあるなんですけど、普通あれほど大規模なイベントではやらない。ちょっとしたことで賠償責任とか追及されちゃうからってのが理由なんですけど。でも、N君は派手にCMデビューしたでしょ? (ねた)んじゃってる人もいるみたいだし、ステージモデルの中にはCMとかテレビとかで売れてるモデルに厳しい対応する人も結構いるから。N君に対して負の感情持ってるモデルがいても不思議じゃないかな」

 噂はどこまで本当なのか。華やかな業界の影に陰湿な影がちらついてる。】

 

(週刊スクープ 新春特別号記事より)

 

 

 * * *

 

 

「『ショウ』さん、こんにちは。(わたくし)、フリーライターの榎本と申します」

 完全オフの日。自宅マンション近くのコンビニ前で突然声を掛けられて宗方奨は反射的に身構えた。差し出された名刺には手を出さず、ふいっと視線を逸らす。

 相手にしません。その意思表示だ。

「記者さんですか? 取材なら事務所を通してください」

「そうしてもいいなら、そうしますが?」

 意味深な返しをされて奨はひっそりと眉を寄せる。そんな奨の反応に榎本と名乗った男は小さく笑った気がした。

「ご存知ですか? 全国ニュースでも放送されていた、年末のイベントで『ジェイミー』さんが救急搬送されたあの事件。あれ、新人モデルのN君が転倒したのがそもそもの原因って話らしんですけど。そのN君の転倒は、後ろから誰かに突き飛ばされたからって噂があるんですよね」

(はっ?)

 思わず声が出そうになって奨はこらえる。記者対応は無視に限る。相手にしない、と言う意思表示を徹底するため奨はマンションに向かって黙々と歩を進めた。——が、当然男はついて来る。

「そうなると、じゃあ誰がって推理しちゃうのが人ってものでしてね。当然、N君の後ろを歩いていた人、——というより、歩けた人って言うべきなのかな。その人物が一番可能性が高いってことになるんでしょうかね」

(何が言いたいんだ。こいつ)

 奨は視線をまっすぐ前に固定したまま沈黙を貫く。しかし得体の知れない不安に心臓はバクバクしていた。

 あの日、あの時、あの場所で、……目にしたもの。目にした事実。

 一瞬のことで、見間違いかとも思って。……起きた事実のあまりの事に。反射的に口をつぐんだ。

 そのことが多少なりとも罪悪感として奨の胸をきりきり締め付けている。

 しかし……

 真実の告白は本人がすべき。それが当然だ、と。そう自分に言い聞かせてずっと黙ったままでいる。……あるいは、このまま沈静化するなら自分があえて口出しをすることではないと。そう判断して。……いや、本当に見間違いだったって事もないわけでもなくて。そうなれば、不用意な発言は不必要に他人を貶める事になるわけで。……だから、自分からは何も言わない。それが正解。そう結論づけた。

 そこにあるのは自分は部外者。その意識。だが、その中にどうしても残る消化しきれない思いは、いまだ奨の中で燻っている。自分には関係ない。そう思って本当は全てを忘れてしまいたい。……そう思っているのに。

 そんな中で突然接触してきたこの男は、嫌な部分を刺激する。

「あー、そうそう。それと知ってますか? 『ジェイミー』さんのマネージャーがね、今回怪我の直接的原因となったN君に対し損害賠償請求を辞さない構えを見せてるらしいですよ。でも、N君も被害者だったって事になったら、その賠償はそちらにスライドする事になるんでしょうかね」

(……そんな事、俺には関係ないだろ。言うんなら貴明に言えよ)

 そんな言葉が喉元まで出かける。

 しかし貴明は同期だ。仲間を売るような真似はできない。

 とは思いつつも、あの日、あの時、あの瞬間、目にした貴明の顔が脳裏に浮かんだ。

 出番を終えて、バックステージへと戻る通路の脇になぜか立っていた貴明。その貴明の正面で『ショウ』の前を歩いていた『NAO』が躓いた。「あっ!」と驚いて思わず貴明の横顔に視線を向けると、ちらりと流れた貴明の視線とかち合って。その瞬間、貴明は一瞬バツが悪い顔をした——ように見えた。

 そしてボソリと奨に向かって言ったのだ。

「お前を待ってたけど、なんかめんどくせー事になりそうだから。俺行くわ」

 そしてさっと身を(ひるがえ)し、貴明はあっという間にその場を後にした。

 そんな記憶を振り返っている間も榎本と言う男は独り淡々と喋り続けている。

「『ジェイミー』さんに対する損害賠償っていくらぐらいになるんでしょうね。ちょっと気になりますよね。ところで話は変わりますが。『ショウ』さんは『ヴァンス』の専属、もう二年目でしたか? そろそろ契約更新の時期だったりするんですかね? モデルさんも大変ですよね。勝ち取った立場も必ずいつか誰かに奪われるわけですから。特にモデルの旬なんてあっという間なんでしょう? やっぱり、勢いのある新人は正直目障りだったりするんですか? みんな仲良く和気藹々なんて、幻想ですよね?」

「——……」

「あの日、N君が着ていた衣装『ヴァンス』らしいですね。しかも、『ユアン』とツートップかのような揃いの色違いを着ていた。専属でもないのに。——正直、目障りだって思ったんじゃないですか? 自分の立場を危うくする新人の背中が前にあったら、ちょっと押してみたくなる気持ちもわからなくもないですよ?」

「なにを!」

 マンションの入り口はもう目の前に迫っていた。後はあそこに駆け込んでしまえばいい。私有地内に記者は立ち入れない。もし、そこまでついてくるなら不法侵入で捕まえて貰えばいいのだ。

 それなのに。奨は思わず振り返って叫んでいた。

 目の前の男がにやりと笑った。

「人ってのはね、より面白そうな話を信じるものです。それが真実がどうかなんて関係なくね。でも、『ショウ』さんが事実は別にあると言うなら聞きますよ。いつでもご連絡ください」

 男はそう言うと奨の胸ポケットに無理やり名刺を突っ込む。紙切れ一枚。大した重さはないはずなのに、胸の辺りがずんと沈んだ。

 奨は黒い触手がまとわりつくような不快感を引き剥がすように、さっと踵を返してマンション内に駆け込んだのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。