「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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波紋の跡 3

「——スケープゴード」

 完全オフのはずの奨からただならぬ声音(こわね)の電話がかかり、急ぎ自宅マンションへとやって来た的場は、記者が接触してきたという話をひと通り聞き終えて思わずポツリと呟いた。

「……やっぱり、そう言うことですよね?」

 奨の声はどこか震えている。もともと色白だが、今は蒼白という方がぴったりだった。

「まあ、ゴシップ記者ってのはそもそも火のない所にむりやり煙を立たせようとする人種ですから」

 冷静にそう口にしつつも、的場も内心焦りまくっていた。

 カウント・ダウン・ランウェイのあの舞台裏の騒動はもちろん知っている。あの日的場は現場入りしていたわけではないが、『ジェイミー』が『アズラエル』とエージェンシー契約を交わしている以上会社として無関係というわけではなく、なので会社内で流れた世間話程度のことは耳にした。しかし、いち早く現場に駆けつけたのが高倉であったことや、『ジェイミー』担当の桐生が病院にも付き添ったと聞けば、事後対応も抜かりないのだろうと半ば聞き流していた。

 よもや、担当モデルがどっぷり関係してくるなど思ってもいなかったのだ。

 いや、どっぷり関係している……わけではない。関係しているように仕立て上げられようとしている、と言った方が正しい。しかし真実でないのであれば無視しておけばいい、とはとても思えない事態だ。これは自分一人で解決できる問題ではない。すぐさま上へ報告が必要だ。報・連・相は仕事の基本。一人で抱え込まないことが大事。とはいえ、報告するにも現状きちんと把握する必要がある。

「で、奨さん。この際ですので洗いざらいきちんと話してください。保身や誰かを庇って適当な事を伝えられるとこちらが後手に回ってしまうかも知れませんので」

 的場が真剣な眼差しを向けると、奨は一瞬唇を噛み締めて小さく頷いた。

「……わかりました」

「ちなみに、この榎本という男が言ってきた新人モデルのN君の転倒については、週刊誌に疑惑が掲載されているのは把握済みです」

 その辺のメディア対策は会社としてさすがに徹底している。新聞、週刊誌、雑誌、そこに掲載された記事を随時チェックしている部門があり、弊社に関係ありと判断されると関係部署へ即時連絡が行く仕組みになっている。一昔前ならこう言った連絡も本社に帰って紙で確認、なんてタイムラグがどうしたって発生していたが、今は必要な情報はメールやチャットですぐさま関係社員に流れて来る。

「そうなんですね」

「記事には、足を引っ掛けられたか、後ろから押されたか。という書き方がしてあったはずですが、奨さんにはあえて押されたというだけの疑惑をぶつけてきたんだと思います。もし奨さんが明確に否定するなら、じゃあ残る方が理由って書けばいいですしね」

「でも、俺。明確に否定はしませんでした。……記者に対しては無言が正解って思って」

「それでいいですよ。あいつらは何を言っても適当に書くんですから。でも、あの日、『NAO』さん。もう、イニシャルで喋っても埒があかないんで、あえてそう言いますけどね。『NAO』さんの後ろを歩いていたのは間違いなく奨さんなんですよね?」

「そうです」

 出番の並び順がそうだったのだ。普通に考えればステージに出た順番通りに通路を戻って来る。

「で、目の前で『NAO』さんが(つまず)いた。その時、何かに足を引っ掛けたりしたのを見たんですか?」

「貴明がいたんです?」

「貴明? って、弊社の『タカアキ』君?」

「そうです。階段前の通路の終わりの所に立ってて。あんな狭い通路の所に人が立ってたことなんて今までないから。なんであんなとこに? って普通に疑問に思って。……そしたら前を歩く『NAO』君が貴明に軽く会釈して前を通り過ぎようとしたときに『NAO』君が突然つんのめって。階段下にいた『ジェイミー』さんにぶつかるような形で転倒したんです。……あのとき、貴明の足がスッと動いたように見えたんだけど。でも、俺の見間違いかも知れないし。それに、貴明だってわざとじゃなかったかも知れない。……俺を待ってたって言ったんです。でも、『NAO』君が転倒して、なんか面倒くさい事になりそうだからって、すぐその場を立ち去ってしまって」

「……なるほど」

「的場さん。俺……」

「奨さん、この件はこちらで対処します。難しいかも知れませんがこの件は一旦忘れて、奨さんは仕事に集中してください。もし今後記者が接触してきても無言または事務所を通すようにという態度を貫いてください。犯人にでっち上げられそうな言い方をされると反論したくなるかも知れませんが、何か言うだけあちらの思う壺なんですから。いいですね?」

「はい。わかりました」

「他には、言い忘れていることはないですか?」

「……あの。これ、言うべきか。迷うんですけど。……今回、貴明が絶対やってないって思えないのは、貴明は『NAO』君に対してずっと『気に入らない』とか『目障り』って発言を繰り返してて。ちょっと引くくらい『NAO』君に対して敵愾心を抱いてて。そんなこと俺にだけ言ってたのか、俺の他にも言ってたのかは知らないんですけど。……でも、もし俺だけにしか言ってないのだとしたら。俺がちくたって、……何か、貴明にそう思われるのも嫌なんですけど」

 同期であるが故の人間関係の難しさか。的場は()きたくなったため息を(こら)えて飲み込んだ。 

 

 

 * * *

 

 

 その日貴明は久々のグラビア撮影を終えてスタジオを出ると、廊下にマネージャー狭山の姿があった。

 貴明は思わず顔をしかめる。

 今日は調子が良かっただけに仕事終わりに見たい顔ではなかった。

「なんか用すっか?」

 自分のマネージャーに何か用かとはあまりな言いようだが、どうしても狭山に対しては嫌悪感が先に立つ。

「タクシーで帰るんで迎えはいらないって言いましたよね、俺?」

「榊さんより部長室に二人で来るようにって連絡がありましてね。それで待っていたんですよ」

「は? 榊さんが? 何用で?」

「さあ、なんでしょうね」

 本当に知らないのかどうなのか。表情筋の動きの少ない狭山の感情はいつもよくわからない。

(こいつって、マジ、マネージャーとして失格だろ)

 貴明はいつも思う。

 担当モデルがひと仕事終えた直後なのだから、にこやかな笑顔でねぎらうくらいするのがマネージャーではないのか。

「車は地下駐車場に置いてますので。このまますぐ移動できますか?」

(まあ、別に。こいつが笑顔見せたって気持ち悪いだけだけどな)

 そんなことを思いながら「かまわねーけど」と答えてエレベーターに乗り込む。降りた先の割と近い場所にいつもの社用車が止めてあり、貴明は後部座席に乗り込んでようやく一つの可能性に思い至った。

(ひょっとするとマネージャー交代の話かも)

 貴明がそう思うのは、年末に出演したカウント・ダウン・ランウェイでの手応えが良かったからだ。今日のグラビア撮影もあれで本決まりしたようなものである。

 つまり狭山がイベント前に言った「自分の力で仕事を掴み取ってください」を実行したようなものだ。

(いや、その話が出なかったら、こっちからすりゃいいじゃん)

 狭山のこれまでの職務怠慢を訴え、自分の力で仕事を掴み取ったことを評価してもらい、もっと自分にあったマネージャーに変えてくれと堂々と訴えればいい。自分にはそれを主張する権利も資格があるはずだ。

 そう思うと「仕事終わりに部長室なんてダルすぎだろ」と思っていた貴明の気分は一気に上向いた。

 

 

 

『アズラエル』本社ビル、七階。モデル部門本部長室。

 狭山の運転する社用車で到着し二人そろって部屋を尋ねると榊一人と思っていた部屋になぜか加々美の姿があった。

 驚きと喜びに目を見開いて、

「加々美さん!」

 貴明は思わず声を上げる。

「なぜここに? あ、ひょっとして、話があるのって加々美さんなんですか?」

 それならば一体何の話だろう、と考えて。ひょっとすると加々美が自分のために何かプロデュースしてくれる企画でも持ち上がったのだろうか、と思い至る。

 だから部長室で加々美が自分を待っていた。

 そうに違いない!

 そう思うと貴明のテンションはこれでもかというほど上がって、そのまま加々美に歩み寄ろうとしたのだが、腹立たしくも狭山にそれを阻まれた。

「『タカアキ』君」

 おまけに低い声で嗜められて、貴明は反射的に顔をしかめる。

「狭山。お前でも随分てこずっているようだな」

「……力不足で、申し訳ありません」

「まあ、いい。今日はその話ではない。二人とも座りなさい」

 部長の榊が二人を促す。貴明は加々美の隣に座りたかったが、榊の正面に座らされた。

 狭山と貴明、並んで座った二人の前に一冊の週刊誌が置かれる。そして付箋のついたページを榊が開いて見せた。

「狭山はもう確認済みだな?」

「はい」

「『タカアキ』君、君は?」

「いや、週刊誌読まないんで」

 どうせあることないこと適当に、くだらないことしか書いてないのだ。一体何の記事か知らないが、いちいち相手にするだけ時間の無駄というやつだ。

「なら、とりあえず目を通して」

(めんどくせー)

 そう思いはしたが、加々美もいる場所でふてくされた態度は見せられない。

「わかりました」

 素直にそう答え、貴明は週刊誌記事に目を通す。

 見出しには【独占スクープ! 錯綜の舞台裏。華やかなファッションの祭典中に救急搬送されていたのはジェイミー一人ではなかった。その意味】とある。それだけでおおよそ記事の内容は想像できた。

(……ちッ。あれ、記事になってるのかよ)

 しかし貴明に焦りはない。証拠がない。その自信があるからだ。

 あの場所に自分が立っていたのを見た人はいるだろう。だが、それは決定的な証拠にはならない。自分はあくまでも『ショウ』を待っていた。『NAO』はたまたま自分の前で勝手に躓いたにすぎない。そう言い逃れられる。その自信がある。

 ただ、正直に言えば、あそこまでの騒動になるのは想定外だった。

 自分はギリギリまで出演が決まらなくて、そのことに悩んで。今回のワンステージに起死回生をかけて。そうやって必死にやっているのに、ぽっと出てきたどこの馬の骨とも知れないコネごりのクソガキが、当然の顔をして『ヴァンス』を着てステージを歩いている。そのことに頭が煮えて、腹が立ってしょうがなかった。

 だから、ほんのちょっと嫌がらせ、もといこの程度は新人の通過儀礼だろうと、あまり調子に乗るなよと、ちょっと警告のつもりで。あれほど大事(おおごと)になるとは思っていなかったのだ。

 後になって段差前はさすがに不味(まず)かったと思ったが、あの時は全く思いもしなかった。なぜならあの程度の段差は貴明にとっては意識するほどのものではなく、いつも無意識に通過していたから。正直なところ段差前だという意識がすっぽり抜け落ちていた。だから目の前で思いの(ほか)『NAO』の体が宙へ飛んだ時は貴明の方が驚いたくらいである。

 それにまさか『NAO』が『ジェイミー』にそのままぶつかるなんて、それこそ想定外。『ジェイミー』が重体で救急車を呼んだらしいと聞いた時はさすがに背筋が冷えたが、よくよく考えればそこはどう考えても貴明のせいではない。

 その後騒然となった舞台裏で『ジェイミー』の怪我は『NAO』の転倒が原因らしいという噂話は聞こえてきても、その『NAO』が転倒した原因については誰も話題にしなかったし、『タカアキ』の『タ』の字だって上がりはしなかった。

 だから、今となっては貴明自身、本当に『NAO』が勝手に転んだだけなんじゃないのかと思いつつあるし、万が一自分に疑惑の目を向ける者がいても「じゃあ、証拠を見せろよ」と言えるだけの気分になっている。

 記事にも『NAO』の転倒については『誰かに足を引っ掛けられたか、後ろから押されたか』と書いてあるではないか。それはつまりは、はっきりわからないということで、何の決定的証拠もないと言っているのも同然だった。

 それにこうしたゴシップ記事は読者の好奇心を煽るため証拠や証言そんなものは端から無視してより面白そうな話をいくらでも創作するものである。

 そんなことを考えながら記事を読み終えると。

「この記事にある、カウント・ダウン・ランウェイ開催中に起きた騒動については当然『タカアキ』君、君も知っているよね?」

 榊が問いかけた。

 それに貴明は頷く。ここで「知らない」なんてしらばっくれる方が不自然だ。

「誰かが救急車で運ばれたらしいって話なら現場で聞きましたよ。周りがいつになくざわざわしてましたから」

 そうだろうね、そんな顔で榊も頷いた。

「実はこの件で、何人もの出演者に記者が接触してきているようなんだ。それで『タカアキ』君、君のところにも記者が来たりしてないか。確認したくてね」

(なんだ。そんなこと)

 呼ばれた理由がわかって貴明はがっかりした。

 そう言えばあの騒動の最中、医務室に運び込まれた『ジェイミー』に加々美も付き添ってると誰かが言っていた気がする。それでこの場にも加々美が同席しているのだろうか。

「誰も来てないですよ。まあ、来たところで何も喋りませんけどね。無関係だってことすら記者相手には喋るな、が基本ですよね?」

「その通りだ」

 榊が頷く。

「で、次にだが。この件については社内独自に検証を進めている。実際あの時何があって、ああいう事態になったのか。原因究明の必要があってね」

「原因って、この記事に書いてある通り、新人がずっこけたのが原因じゃないんですか? あの程度の段差でずっこけるなんてステージモデルじゃあり得ないって感じですけど。ま、新人だから、きっとウォーキングの基礎がなってなかったんでしょうね」

「あの程度の段差、って。君は現場がどこか知っているのか?」

「それは、この記事読めば誰でもわかりますよ。イベントに出演したことがある人なら。ね、そうですよね、加々美さん」

 貴明は加々美に話を振ったが、先ほどから手にしたカップで静かにコーヒーを飲んでいる加々美から反応はない。榊も狭山も加々美の方をチラリとも見なかった。

「なるほど。それで君は、あの事故が起きた時、どこにいた?」

「どこって。……それは、会場内のどっかですよ。俺は出番終わってたんで、舞台裏結構自由にうろうろしてましたから。どこって言われても。具体的にここにいましたってのは、ちょっと。思い出せないというか」

「なるほど。では、事故現場に居合わせたってことはないってことだね?」

「なんですか、それ」

 貴明のアンテナがピクリと反応した。何とも嫌な気配を榊の言葉の中に感じた。

「確認だ。あの場に誰がいて、誰がいなかったのか。検証とはそういうものだ」

 これは何かの罠なのだろうか。貴明は途端疑心暗鬼になる。

 何と答えるのが正解なのか。

 急に捜査員のような目つきになった榊を前に、貴明は今までにないほど脳をフル稼働させていた。

 

 

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