押しに押した撮影がようやく終わり、定宿にしているシティ・ホテルの部屋に入ると、雅紀は荷物を椅子の上に放り投げてすぐさま携帯電話を取り出す。
コール3回。電話はすぐに繋がった。
『あ、もしもし。まーちゃん。今日も、お疲れさま』
耳元に直接響くまろやかな声に、雅紀は冗談でもなんでもなく疲れがどこかへ吹き飛んでいくのを自覚する。
「そっちは変わりないか?」
『うん。裕太と一緒に夕飯食べて。大学の課題して。お風呂入って今上がってきたところ。タイミングバッチリだったね』
嬉しそうな尚人の声に雅紀の頬は緩む。
『まーちゃん。明日は帰ってくる日だよね?』
二人きりの時にしか口にしない雅紀の愛称を口にする尚人の声がほんのり甘い気がするのは願望だろうか。
「ああ。晩飯には間に合うように帰るつもりだから」
『俺、明日は授業が早く終わる日だから、まーちゃんの好きなものいっぱい作って待ってるね』
「楽しみだな」
もちろん一番喰いたいのは尚人そのものだ。
それを我慢せずに口にすれば。
「またもー、まーちゃんってば」
ちょっと恥じらいつつ。
「いっぱい食べていいよ」
なんて可愛い答えを返す。
他愛のないやりとり。それを少し楽しんで。
「それじゃあ、ナオ。おやすみ」
『おやすみ、まーちゃん』
名残を惜しみつつ電話を切る。
雅紀はそのままバスルームへ向かうと熱いシャワーを浴びた。
年明けすぐはちょっとごたついていた篠宮家だが、今ではすっかり日常に戻っている。尚人の足はすっかり完治し、以前と同じように電車で大学へ通い、家に帰れば家事と並行して課題をこなす忙しい毎日。悠太は相変わらずだがそれでも少しずつは前へと進んでいるようで、尚人が言うには「悠太も色々考えてるみたい」らしい。雅紀は雅紀で相変わらず多忙の日々。仕事のスケジュールのためホテル泊になることも多い。
それがすっかり定着してしまった篠宮家の日常。——なのだが。
バスルームから出てきた雅紀は、濡れた髪を拭きながらベッドの縁に座り、何気に視線をやった先にあった鞄に目を止めた。椅子の上に無造作に放った鞄の口から雑誌が顔を覗かせている。
最新号の『KANON』だ。
仕事上雑誌はよくチェックする。事務所に顔を出した時に置いてあるものを見たり、打ち合わせのタイミングでマネージャーの市川に買って来てもらったり。ただ、コレクションする趣味はないで大抵その場で見て終わり。そのまま市川に捨てておいてくれと頼むことも多い。が、これはわざわざ市川に購入を頼んだ。尚人が載っているからだ。
雅紀は数秒視線を固まらせたあと、軽く息を吸い込んで腰を浮かせて鞄から雑誌を取り出す。ぱらりとめくる。すると視線の先に現れたのは『NAO』。そして『ジェイミー』だ。
世界的モデル『ジェイミー』と超新人ながら今大注目モデルと称される『NAO』。この二人のツーショットグラビアが掲載されている今月号の『KANON』はちょっとした話題だ。
仕事は仕事。プライベートはプライベート。きっちり線分けをして来たのはほからなぬ雅紀自身だが。二人のツーショットグラビアを前にどうしても心がざらつく。
仕事なんだから。——そう割り切りない思いが、雅紀を落ち着かない気分にさせる。
紙面の中で二人が見つめ合っている。
そこに微笑みはなく。静かに合わさる視線。
使い古されたような構図であるのに。
あからさまな含みなどないのに、——どこか甘い。
そう感じる自分がおかしいのか。
あるいは、一見クールな『ジェイミー』のその視線がどことなく艶っぽいと見えてしまうところに『ジェイミー』の凄さがあるのか。
それとも、尚人が誰かと視線を合わせることがそもそも許せないのか。
それでも、どうしても……、
『ジェイミー』がクールな大人の仮面を被って下心を隠しているように見えてしょうがない。これからじっくりゆっくり時間をかけて、目の前の無垢な少年を自分のものにしてしまおう、とでも言うような。そんな感情を内包して『NAO』を静かに見つめている。そう見えてしまう。
ただの雑誌のツーショットグラビアのはずなのに。
雑誌を手に雅紀は、整理のつかない自分の感情を持て余すしかなかった。