「うっ…。 い、いやあぁぁぁぁぁ! やっ、いやっ!」
一体何が刺激となったのか。たった今まで普通に会話していた尚人が突然体を硬直させて叫び声を上げた。
驚愕に見開かれた視線の先に何が見えているのか。唸り声をあげ、体を
最初に発作を起こした時、尚人は暴れた勢いで病室のベットから転がり落ちた。幸いにも頭を強打しなかったから良かったものの、尚人の発作は本人も意図しないところで自分を傷つける。その心配が刷り込まれた雅紀は、暴れる尚人の体をすぐさまベッドに押さえつけた。
「ナオ! 落ち着け。聞こえてるか、ナオ!」
掴まれた腕を振りほどこうと、尚人が暴れる。
嫌だ、嫌だと泣き叫び。離せと唸り声を上げる。
しかしその視線は決して雅紀を見ない。
目の前にいるのに。
離せと叫ぶその腕を掴んでいるのは雅紀であるのに。
「ナオ、ナオ」
雅紀は何度も声をかける。尚人の意識を引っ張り上げようと繰り返し名を呼ぶ。
「聞こえてるか、ナオ。大丈夫だ。大丈夫だから」
しかし、今までもそうであったように、それで尚人が正気を取り戻すことはなく。ひとしきり暴れて疲れてきた頃合いを図り、雅紀は瞬時拘束を緩めて口移しで薬を飲ませた。
噛み砕いて飲ませた薬を尚人が嚥下するのを確認し、抱き寄せて背をさする。粗い呼吸を繰り返していた尚人の四肢から次第に力が抜けていき、やがてこくりと頭が落ちた。
雅紀は、腕の中で脱力した尚人の顔を覗き込む。若干血の気が引いて顔は白いが引き攣った強張りはなく、呼吸に異常もない。瞼はわずかに開いていたが、ぼうっと放心状態で、視線は焦点を結んではいなかった。
発作が起きた時の緊急緩和として処方してもらっている頓服は、鎮静作用を持つ。その効果で服用後は放心したようにぼーっとした状態になるか、眠ってしまうか。処方時に医師からそう説明を受けていて、いずれの場合も呼吸に異常がなければ体を横にしてそのまま寝せてしまって構わない、という指示を受けていた。
雅紀は尚人の体をそっとベッドに横たわらせると、暴れて吹き出た汗で張り付いた前髪を優しくかき分ける。そしてそのままこめかみに唇を寄せてキスすると雅紀はポツリとつぶやいた。
「………好きだ、ナオ」
自分の吐き出した言葉が自分の鼓膜に響き、——そして雅紀はふと気づく。
そういえば、尚人にきちんと言葉にして伝えていただろうか。
尚人にこれだけ執着する根元にある己の素直な気持ちを。
正直な欲望なら幾度も伝えた。
尚人とセックスしたい。
尚人とキスしたい。
尚人の全てを舐めまわしたい。
尚人は俺のもの。俺だけのもの。
そしてその無垢な体に散々快楽の種を植え付けて心と体を支配した。
いや、支配するのに必死だった。
背徳と快楽とで尚人をガチガチに縛って、逃げられないように。歪んだ愛情でもそれに縋るしかないのだと、尚人の孤独に付け込んで。
なにしろ始まりが最低最悪の強姦だっただけに、なりふり構っていられなかった。——とはいえ。
(いや、さすがに。………間抜けすぎるだろう)
本来なら一番に伝えるべきとても大切な言葉。それを伝え損なっていたことに気づいて、——雅紀は大きく息を吐き出す。
尚人が好きだ。
どうしようもないほどに。
最初はその感情を否定して、誤魔化し続けた。
好きという感情と欲情とが一体だったから、余計に。
しかしどうにも誤魔化しようがないと自覚したのちは、とにかく逃げた。
家に寄り付かず、尚人を視線に入れさえしなければやり過ごせる。
そう思っていた。………のだが。
それさえも無駄な足掻きだったのだと。
いや、そうやって変な悪あがきをしたからこそ間違ったのだと。
その現実を突きつけられた。
一歩目を間違えて。一番大事なことを失念していた。
間抜けにも程がある。
「ナオ、好きだ。聞いてるか? ナオ」
ナオ。
ナオ。
ナオ。
好きだ、ナオ。
気づいてしまうと、どうにも伝えないと気が済まなくなってきて。
雅紀はこめかみに口付けながら、何度も何度も繰り返した。
* * *
ナオ。泣くな。
いい子だから。
ナオ?
ほら、ナオ。
耳元に響く甘い声。
自分を抱きしめる優しい腕。
歳の離れた兄に抱っこされ、頭を撫でてもらう。
幾度となく繰り返されてきた兄弟の極ありふれたスキンシップ。
顔を埋めた広い胸は暖かで。
安心する。
家族だから。
頼りになる自慢の兄だから。
しかし次の瞬間、細くて長い指に顎をしゃくられ、上向いた唇に唇が重ねられる。
あまりにも自然な流れに、尚人は驚くいとまさえない。
——いや、本当はこの瞬間を期待していたのだ。と、尚人は自覚している。
そのくせに
なんで………、キスするの?
あさましくも、そんなことを問う。
返ってくる答えを期待して。
なんでって、
ナオが好きだからだ。
夢だとわかって見る夢の中で、どうして自分は、こんなことを兄に言わせるのか。
自分でも自分がわからない。
こんな状態、幸せなんて思えない。
そのくせに、何かを期待する。
そんな自分が嫌になる。
拒絶を許さない、そんな意志の強さを感じる雅紀の腕に怯えつつ、それでも抱きしめられると安堵する。
——好きだ、ナオ。
この言葉に胸が痛む。
ズキズキと。
シクシクと。
叶うならば、何もなかった頃に。
二人が普通の兄弟だった頃に。
母が生きてた頃に。
父が家族を捨てて出て行く前に。
家の中に皆の笑い声が響いていたあの頃に。
モドレルノナラ、ドンナニイイダロウ………
* * *
目が覚めて泣いていることを自覚する。
そんな朝を何度迎えただろう。
夢には意味がある。——のであれば、自分が繰り返し見る夢には一体どんな意味があるのか。
——好きだ、ナオ。
夢の続きが頭の中で反響する。
「ナオ、聞いてるか?」
——ナオ、好きだ。
「ん。 ……まーちゃん?」
「朝だ。起きれるか?」
ぼんやりした視線のまま尚人は声のした方に目を向ける。
そこには雅紀の顔があって。ベッドの端に浅く腰をかけ、尚人の顔を覗き込んでいた。
ちょっと心配そうな表情を浮かべる雅紀が手を伸ばし、頬を撫でる。
その手の冷たさが妙に心地いい。
「まだ眠いか? 眠いなら」
「ううん。大丈夫。起きる」
尚人はもそりと動いて起き上がる。
「今、何時?」
「5時半だ」
「よかった。じゃあ、学校に間に合う」
「それだけど。今日は、休んだ方が良くないか? ほら、夜に発作が出たばかりだろ?」
「……ううん。行く。——休むと授業についていけなくなるから」
それは事実。——しかし、もっと大きな理由は。………家に居たくない。それがある。
家にずっといると余計なことばかり考えて息が詰まる。そんな尚人にとって学校は格好の気晴らしの場なのだ。
だから——
「ナオはほんと真面目だな」
そんなことを言われると、何となく後ろめたい。
「じゃ、まずは朝メシだな。薬の前に少し腹に入れたほうがいい」
雅紀がそう言って、尚人の前にお粥を出す。
雅紀のその甲斐甲斐しさが、尚人には複雑だ。
純粋に嬉しい。——それはある。
しかし、忙しいはずの雅紀に早起きさせて申し訳ない。——それもある。
そして、どうしても思い出す。
母が体を壊して寝込んでいた頃。雅紀がよくお粥を持ってこの部屋へ出入りしていた時のこと。
雅紀にとっては、母が尚人に変わっただけのこと。——そんなふうにも思ってしまう。
「ありがとう」
差し出されたお粥を口に運び、ゆっくり咀嚼する。実のところあまり食欲はない。しかし食べないと雅紀が許さないので、尚人はもそりもそりと食べ進める。
その最中、突然雅紀が尚人のおでこに手を当てた。
「熱は、ないな」
突然触れられて、尚人の体がぴくりと反応する。その反応を変に誤魔化そうとして、却って雅紀の注目を浴びた。
「なんだ? どうした?」
「な、なんでもない。おかゆ、ありがとう。——それに、昨夜の発作も、面倒かけて………」
矢継ぎ早のその言葉が終わる前に、雅紀がすっと顔を近づけて来て、ちゅっと唇を吸う。突然のことに驚いて固まった尚人をよそ目に、雅紀はなんでもないことのようにペロリと口元を舐めた。
「ついてた」
「な………。び、びっくりした」
いきなりそんなことをされるなんて思っていなくて、かっと顔が火照る。そんな尚人の反応を流し見て、雅紀がふっと笑った。
「いつももっとすごいことしてるのに。——かわいいな、ナオ」
その笑顔が。
その雰囲気が。
——なんか、いつものまーちゃんと違う。
今朝の雅紀は、なんだか変だ。
なんというか。
そう、——すごく、甘い。
「どうした?」
「いや、——なんでも」
ない。そう言いかけて、尚人の目から涙がこぼれ落ちる。
まるで夢の続きを見ているような。そんな気分が。泣きたくなくても泣けてくる。
——ナオ、好きだ。
耳の奥にこびりついた夢の残滓が胸を抉る。
「珍しいな、お前が泣くなんて。どこか痛むのか?」
「ち、が—-」
雅紀が優しいから泣けてくる。——なんて、そんな理由。それではまるで普段の雅紀が優しくないかのようではないか。
「負担にならないように気をつけてるが。また、しばらくやめとくか?」
「?」
「セックス」
ストレートな言葉に、尚人は思わずぎょっとする。
平日の朝の、兄弟の会話に、普通に登場する単語じゃない。と同時に、
(あれで、気を使ってたのか………)
ということにも驚く。
怪我して以降、確かに挿入はされていない。しかし代わりに、毎日身体中をくまなく
最初は、確かに怪我の具合を確認するためだった。あざや擦り傷の治り具合を、心配だから確認させて欲しいと言われれば、拒めなかった。事故にあって心配をかけたのは事実だし、パニック発作なんて目に見えない後遺症を抱えたとなれば余計、せめて目に見える傷の治りは確認したいという雅紀の思いを無碍にできなかった。
しかし——
全身のチェックは、退院後も毎日続いた。
「もう、大丈夫だから。擦り傷とか打ち身とか。そういうのは治ってるから」
尚人がそう言っても、困った駄々っ子を見るようにあやされて。
「心配だから」
そう言われてしまうと拒めなくて。
しかし、全裸になってチェックされるこの行為が、次第に違う性質を帯びていっていることも明らかで。
かつて痣があったところ。擦り傷があったところ。そこに雅紀は丁寧に、ある意味執拗に、唇を這わせてキスをする。
脇腹に。
内腿に。
そして——
「そこ、ちが………」
敏感な下腹部のぎりぎりを攻められ。否応なく反応する尚人に対し。
「普通に触ってるだけなのに、やらしいなナオは」
そう言って雅紀は、尚人の羞恥を煽り。
「足が治るまでセックスはお預けだから、しょうがないかな?」
そう囁いて翻弄する。
「ナオ? どう言えばいいんだっけ?」
そう問われれば、今まで散々刷り込まれた言葉を尚人は言うしかない。と同時に、言わなければ言うまで攻められるだけ。と言うこともわかりきっていて。
結局のところ尚人は、毎夜自ら懇願するのだ。
「しゃ、しゃぶって。俺の、——おねがい。まーちゃん」
* * *
尚人を助手席に乗せ学校へ送迎する。朝のドライブデートもすっかり定番だ。
最初は正門前に車を横付けして尚人を降ろしていた雅紀だが、一週間もしないうちに「安全のために校内ロータリーで乗り降りして欲しい」との学校からの連絡を受け今はそうしている。
生徒が使用する昇降口とは少し離れている学校正面玄関前のロータリーは、ミーハー根性の生徒が出待ちするには少々敷居が高いのか、ほとんど生徒の姿はない。
待っているのは、いつものトリオだ。桜坂が当たり前のように尚人の荷物を受け取り、山下と中野が朗らかに話しかける。彼らと校舎に向かう尚人の表情は家にいる時とは明らかに違い笑顔が自然だ。
尚人にとって学校は息抜きの場。そんな場所であることに雅紀は安堵している。
(尚人のあの表情を見れるだけで、送る甲斐があるな)
そう思う。今回のようなことでもなければ車での送迎なんてできなかっただろうし、尚人の学校での様子を垣間見ることもなかった。
とはいえ——
だからと言って、決してあの事件を肯定することはできないが。
あの事件で、尚人は心身ともに傷を負った。体の傷の方は徐々に治っているが、心の方はそう簡単にはいかないものだ。
昨夜も発作を起こした。
突然パニックを起こして暴れ、処方薬で対処した。しかし薬はあくまで対処療法でしかなく、根本治療ではない。
そもそも、完全に治るものなのか。それさえも不明だ。時間が経てば落ち着いてくるだろう。というのが、主治医の見立てではあるが。
尚人のためなら何でもしてやりたいと思う。そのためには、尚人が何を考えているのか、全てを知りたいと思う。
辛いなら辛いと言って欲しいし。きついならきついと言って欲しい。
ああして欲しい、こうして欲しい、そんな要望があるなら遠慮せずに甘えて欲しい。
しかしこんな願望すら自己中だと自覚している。
尚人が雅紀に遠慮して素直な思いを口にしなくなったのは、雅紀に原因があるからだ。
家の中の雰囲気が最低最悪だった頃、雅紀は尚人の対し散々冷たい態度を取り、「用が無いなら声をかけるな」とすら言い放っていた。雅紀にとってそれは、尚人に対する欲情を必死に抑えるための手段だったわけだが、尚人にしてみれば「兄には甘えられない」という思いが刷り込まれたことだろう。
尚人を遠ざける事で踏み越えてしまいような一線を守っていた。あの頃は「ケダモノになるくらいなら気難しい兄と思われる方がマシ」と本気で思っていた。
そのくせに、とうとう行き詰まって。それを酒で誤魔化そうとして。前後不覚になって無意識のままに尚人を強姦していた。
本当に、最低最悪だ。
こんな事なら、さっさと好きだと告白しておけばよかったのだ。
家族の情としての好きを超えた意味での好きなんだと。
そんな告白、尚人を困らせるだけだろうけど。真摯に、そして何度だって。繰り返し自分の素直な思いを切々と、尚人に告白して。そうしてきちんと順番どおりに尚人と心を通じ合わせていっておけば。——あるいは。
今回のこの事件だって、尚人の心の負担を少しでも軽いものにできていたかもしれないのに。
わがままを言ってはいけない。
家族に迷惑をかけてはいけない。
雅紀の負担になってはならない。
尚人はそう思っているに違いないから、素直な思いを吐露してくれない。
朝だって、なにやら思い詰めた表情だったのに。何でもない、のひと言で誤魔化された。
甘えていい。
わがまま言っていい。
尚人がそう思えるように、やり直さないといけない。
初めからきちんと。尚人にわかってもらえるように何度だって。
一歩ずつ。焦らずに。
——もう二度と間違わない。
その思いを戒めに。
* * *
夕方尚人を迎えに行き、帰宅してからまたなにくれと尚人の世話を焼く。退院してすぐの頃は入浴の介助もしてやっていたが、近頃は「ひとりで大丈夫」と言われてしまうので、風呂上がりの髪を乾かしてやるぐらいで我慢する。
「ほら、ナオ。ここに座って。頭拭いてやるから」
「ん、ありがとう」
尚人をベット端に座らせてバスタオルで拭く。尚人の世話を焼くのは楽しい。昔から。尚人も子供の頃は無邪気に雅紀に懐いていて、喜んで世話を焼かれていた。
しかし今は、その背が少し緊張しているのがわかる。
そもそも今日の尚人は朝から少し不安定で、——気になる。
そんなことを思っていると。
「………その、まーちゃん。今朝のことだけど」
「ん?」
「あの、無理そうだったらやめていいって、言ってた。あれ。——やめたいなって」
「ああ。何かと思ったら」
言いにくそうな声音に、なにやら重大な決意表明でもされるのかと思ったら。
「セックスのことか」
思い当たった単語を雅紀が言うと、尚人の肩がぴくりと震えた。
今まで何度もしているというのに、単語ごときにいちいち反応する尚人が可愛い。ひょっとすると顔を真っ赤にしているかもしれない。そう思って、雅紀はバスタオスに隠れた尚人の顔を覗き見る。と、そこに浮かんでいたのは羞恥よりも覚悟で、そのこわばった横顔に何らかの必死さが滲んでいた。
その表情に雅紀はそっと息を
尚人にとって雅紀はまだ「兄」なのだ。「兄」と「弟」。そこを踏み越えられない。だからセックスが愛情を確かめ合う行為とは思えないのだろう。
雅紀が尚人に抱く「欲情」は、好きと言う「愛情」と一体だ。
好きだから、尚人に触れたい。
好きだから、尚人とキスしたい。
好きだから、尚人とセックスしたい。
裸で触れ合う気持ちよさを知ってしまった今となっては、体と心の繋がりは切り離しようがない。
尚人に触れるたびに、愛おしさが増す。
尚人とキスすると、心が満たされる。
尚人とセックスするたびに、愛情が深まる。
体の充足が心の充足になる。
だが、尚人にとってはそうではない。——のだろう。
「そうか。わかった」
雅紀がそう言うと、尚人がわずかに驚いた視線を向けた。
——本当に?
その視線がそう言っている。一体どんな返答を想像していたのだろうか。
「ナオの嫌がることはしたくない」
雅紀は尚人といくらでも体を繋げたいが、それが尚人にとって負担なら無理強いはしたくない。
「………でも、事件の前は、嫌がってもやめてくれなかったけど」
(そうだったか?)
尚人のボソリとした呟きに、雅紀は記憶を辿る。
尚人が「いや」と発する場面で思い出すのは、雅紀の執拗なフェラチオに「嫌だ」「もうやめて」と可愛く啼く姿くらいだ。
あれは——
「本気で嫌がってたか?」
そんなふうには思えないが。
何にせよ体の快楽は散々教え込んだ。男の性は単純で、気持ち良ければ勃起する。さらにその先の射精する気持ちよさを覚えてしまえば、抗えないのが生理現象で、中途半端にやめてはむしろ可哀想というものだ。——が、
「それに、前にも怪我した時、やめてたと思うが」
あれはいつだったか。尚人が調理中に包丁で指を切って、それで「今日はできない」と言った時だ。最初は、もう雅紀とはセックスしたくない、と言う意味かと思ってカチンと来たが、尚人が「違う」と否定したので、その日はしない、に合意したのだ。
まあ、尚人との触れ合いを一日の楽しみに仕事から帰ってきて、全くなにもなしでは気が済まなかったので、尚人を風呂に入れてほんの少しスキンシップはしたが。
それに——
「最初が最初だったから、何でもやり直すよ」
それは本心。
——もう二度と間違わない。
尚人が大切だから。
そう心に決めている。
「前にも言ったろう? 初めからちゃんと、ナオにわかってもらえるように。もう一度やり直したいって。ナオにはもっと優しくしたいんだって」
雅紀は尚人と視線を合わせ、思いの丈を伝える。
「ナオには無理強いしたくない。嫌われたくないんだ」
尚人のことが好きだから。尚人を失いたくないから。尚人には嫌われたくない。尚人に拒まれたくない。
自分と同じように尚人にも好きでいてほしい。
家族の情を超えた「好き」を。
あさましくも尚人にも求める。
もう戻れないのだから。
なにも無かったことにはできないのだから。
本当に欲しいものを諦めることなんてできないのだから。
だから雅紀は己の素直な気持ちを吐露して、尚人に受け入れてもらうしかない。
「——好きだ、ナオ」