「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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同輩

 突然の雷鳴。

 激しい閃光と同時にとどろきわたる音が耳をつんざき、建物が揺れるほどの轟音に女子の悲鳴が上がる。

 落雷の激しさよりも、廊下に響いたその女子の甲高い悲鳴の方に余程びっくりした桜坂は、反射的に隣を歩く尚人に目をやった。

「大丈夫か? 篠宮」

 そう声をかけたのは、本人はうまく隠しているつもりのようだが、あの事件以降、尚人が突然の大きな音に過剰反応するようになったことに気づいているからだ。

 世間を震撼させた、自転車通学の男子高校生ばかりを標的にした悪質な暴行事件。非行少年らがゲーム感覚で引き起こしたその事件被害者の中には、重傷を負って寝たきり状態の者もいれば、精神的ダメージから自宅から出られなくなった者もいる。

 尚人もその事件被害者の一人、ではあるが。外傷は捻挫と打撲。松葉杖をついた状態とは言え十日ほどで学校に復帰した。被害者の中では比較的軽度の部類に入る。

 他人はそれを簡単に「不幸中の幸い」「重症者もいる中ラッキーだった」と言うが、——桜坂は疑問だ。

 尚人は決して「軽傷」とは言えない。そう感じるからだ。

 今だってその背中が強張(こわば)りついている。だが、それを誤魔化すように柔らかく笑って、尚人は振り返った。

「あ、——うん。びっくりしたね。近くに落ちたのかな」

 いつもと変わらないその笑顔の、——瞳の奥を見遣って、桜坂は心の中で舌打ちした。

 それがなんの舌打ちなのか。自分でもよくわからない。ただ、目の前の友人の瞳の奥に明らかな恐怖が浮かんでいるのに、——結局は何もできない。

 それが、もどかしい。

 いや、気付きながら気の利いた言葉ひとつかけられない、そんな自分に腹が立つ。

 以前の桜坂なら、こんなこと気にもしなかった。

 そもそも、他人の悩みとか葛藤とかストレス要因とか、そんなこと考えもしなかった。そんなものは「自己責任」の範疇で、「他人」である「自分」が思考する必要性すらないものだという考えだった。

 逆を言えば、自分の問題を他人にどうこうしてもらおうとも思わない。

 クールでドライ。

 自他共に認めるそれが桜坂のスタイルだった。

 自分は自分。

 他人は他人。

 今まではそれで問題なかった。——つもりでいるのだが。

 移動教室のために隣を歩く尚人を桜坂はチラリと流し見る。その手にはもう松葉杖ない。教室内のちょっとした移動ならとっくに松葉杖は必要なくなっていたが、口うるさい兄に校内の移動では絶対に無理しないようにと厳命されていたらしく、先週の移動教室までは松葉杖を使っていた。それがなくなったということは、あの兄が認めるぐらいに経過良好ということなのだろう。

 そんなことを思いながら、桜坂は何度か会ったことがある尚人の兄を脳裏に浮かべた。

 篠宮尚人の兄、——篠宮雅紀。

 初めて会ったのは、尚人が救急搬送された病院のロビー。

 あの日、暴行事件の現場に居合わせた桜坂は、救急車を呼んで意識のない尚人に付き添った。その時、とにかく尚人の家族に連絡をしなければと、その思いで荷物から捜し出した今時珍しい二つ折りの携帯電話の登録を少々の罪悪感でもって確認し、見つけたのはたった二つの登録番号。

 一つは「自宅」で、一つは登録名なしの番号のみ。

 とりあえず「自宅」にかけたが何度コールしても繋がらず、仕方なく登録名なしの方にもかけたがこちらも繋がらない。焦りとイライラを募らせながら、散々かけまくってようやく繋がったのが登録名なしの番号の方で、出たのが「兄」だという「篠宮雅紀」だった。

(兄、………なら、兄って登録しとけばいいんじゃ?)

 一応家族に連絡が取れてホッとした瞬間に思ったことがそれだったが、連絡が取れた後もなかなか姿を見せない尚人の家族に半ばイライラし、ようやく現れたその「兄」に対する桜坂の第一印象はと言えば、

(マジか………)

 だった。

 人外じみたイケメン。

 自分よりも高身長、かつ、他を圧倒するオーラを出しまくり。

 尚人とは似ても似つかない、どころか真逆すぎて。

(本当に兄弟なのか?)

 と疑うレベル。

 「兄」と言いつつも何らかの特殊事情からそう言っているだけで、だから携帯に「兄」とは登録できないのではないのか、——などとも思ってみたり。

 しかし、医者の前でも堂々と「実の兄弟」「身分証を見せましょうか?」と冷静に対応していたし、尚人を心配する様子は本物だった。

 だが、それでも、「二人が兄弟」ということに対する驚きが払拭できたわけではなかったが。

 篠宮雅紀。と、篠宮尚人。

 似ていない兄弟なんて世の中よくある話ではあるだろう。しかし、篠宮兄弟ほど何もかもが真逆の兄弟というのも珍しい。

 見た目も、性格も、体格も。

 何もかもが違いすぎる。

 見た目については「曽祖父が外国人だったため、自分一人先祖返りしているようなもの」というような説明をしていたが。

 だが——

 あの時。

 年齢の割に冷静沈着で、落ち着きがあって。理路整然とした受け答えには保護者然とした雰囲気があって。その見た目と、態度に、周囲はすっかり騙されて。——いや、勘違いして。

 あの兄が、何事にも冷静に対処できるちゃんとした大人なのだと。すっかり思い込んで。犯人の顔を見ておきたい、という要望にも「大人」である「保護者」としての対応の一環なのだろうと。

 それなのに。

 篠宮雅紀は、あの顔と、雰囲気からは、想像もできない暴挙に出た。犯人である少年と対面した瞬間に、なんの躊躇(ためら)いもなく拳で殴りつけたのだ。

 顔面を思い切り。

 武道をやっている桜坂だからわかった。拳の使い方が素人ではない、その一方で。あの殴り方は、自分だってかなりのダメージを受けたはず。しかも、()るか、やめるか。その紙一重のなかで思いとどまって殺しはしなかった、だけ。周囲に人がいなかったら。おそらくは——。そう感じるほどの殺意を隠しもせずに立ち上らせていた。

 冷静にマジギレする人間なんて初めだった。病院で声をかけられた時からずっと、冷静沈着に見えていた。「遅くなってすまない」と口で言いつつ、焦っている様子もない感じに、桜坂はほんの少し腹を立てていたぐらいだった。意識のない弟の様子を確認した後でも顔色ひとつ変えず、医者の説明を淡々と聞いているように見えていた。

 それなのに——

 まさか、ずっと、ガチギレしていたなんて。

 冷静に怒りを発露する、そんなタイプに初めて出会って、桜坂は篠宮雅紀という存在そのものを「怖い」と感じた。

 自分より強いか弱いかではない。得体の知れないモノを目の当たりにした時の本能的な恐怖。それが「畏怖」という感情なのだと後になって知った。

(あんなおっかないのと、普段なに話すんだよ)

 あれが自分の兄だったら、怖くてとても近寄れない。そう思うが、尚人はどんな相手とでもそれとなくうまくコミュニケーションが取れてしまう特異能力の持ち主の上に、どうやらあの兄は「バカ」がつくほど弟を溺愛しているようなので、尚人の前では全く違う顔を見せているのかも知れない。と、近頃は想像している。少なくとも、病院のロビーで桜坂に向けた視線と、送迎時に見た尚人に向ける視線は全くの別物だった。

「あ、篠宮くんだ」

 廊下の陰から微かな女子の声が耳に届く。好奇心入り混じった女子特有の声。その声に桜坂はイラつく。

「そー言えば、『MASAKI』の送迎おわちゃったみたいだね」

「あー、私も朝自転車で登校してるの見た」

「朝の張り合いなくなっちゃったよねぇ」

「まーでも、それは怪我が良くなったってことだしねぇ」

「そーだけど。何ならずっとお兄さんに送迎してもらっても良くないって、感じ?」

「あはは、わかるー」

 声を抑えているつもりのようだがまる聞こえ。

 舌打ちして桜坂が女子を睨みつけると、女子らは「やばーい」と囁き合いながら姿を消した。

 桜坂に聞こえていたのだから隣を歩く尚人にも聞こえていなかったはずがない。が、尚人はまるで無反応。

(篠宮にとっては日常茶飯事(いつもどおり)ってことか)

 そう思うと、桜坂の胸中はいっそうモヤモヤした。

 桜坂が尚人を初めて目にしたのは、入学式の日。姿勢が良かったのが印象的だった。——というのは本当だが、それより目を惹いたのは尚人が一人だったからだ。家族に囲まれて笑っているのが似合いそうな見た目で。周囲が親子連れの中ひとりで。それが当たり前かのように自然と、毅然として立っていた。

 あの時ひとりだった理由。それが今ならわかる。

 わかってしまう。——本人に聞いたわけでもないのに。

 その事実がまた、桜坂を苛立たせる理由でもある。

 世間の注目を浴びたあの事件の被害者。——というだけで何かと衆目を集めてしまうのに、その被害者が実は国籍も出自もミステリアスなカリスマモデル『MASAKI』の実弟だった、という事実にメディアが一斉に食いついた。「篠宮雅紀」が『MASAKI』である、ということに周囲がざわつくその訳が、桜坂は全然ピンと来なかったが、以降メディアは、「個人情報なんて知る権利の前では無意味」とばかりに篠宮家の事情を暴き続け、「父親が不倫の末に家族を捨てて出奔」「それを苦に母が自殺」「幼い弟妹を養うために長男は進学を断念」などなど、とくダネと称して垂れ流し続けた。

 当然、翔南高校内でもそれが話題にならないはずがなく。「篠宮尚人」は、校内で一番の有名人になった。

 ——あ、ほら。あれが篠宮くんだよ。

 ——へぇ。あれが。『MASAKI』の弟なんだ。

 ——似てなくない?

 ——知らないの? 不倫の子説。

 ——ウッソまじ?

 そんな会話、桜坂が嫌というほど耳にしたのだから、尚人自身は一体今までどれほど言われてきたのか。以前尚人が「中学の時はいろいろあって、友達が一人もいなかった」ということをさらりと言ったことがあって。その時は適当に聞き流していたが、今振り返ると結構な重い告白を打ち明けてくれてたのではないかと。そんな大事な言葉を聞き流しにした自分の鈍感さにも、苛つくしかない。

 中野みたいに周囲の雑音を陽気に笑いに変えたり。

 山下みたいにさらりと気遣いができたり。

 そんな二人と比べると自分は気の利いたこと一つ言えない。その事実に自己嫌悪のため息が漏れそうになって、桜坂はふと尚人に視線に気づく。

 やんわりと柔らかく笑うその視線は、自然で穏やかでありながら、なぜかいつも印象に残る。

「ありがとう、桜坂」

 突然の感謝の言葉。桜坂はわずかに眉を寄せた。

「何がだ?」

「なんだろうね」

 ふふっと笑ってごまかされたが、自分の小さな葛藤なんて全て見透かされているのだろう。そう思って桜坂は、ため息をつきつつ頭をかいた。

(篠宮にはかなわねーよなー)

 何より今のひと言で胸のモヤモヤが薄まった。

 そしてふと思う。

 前言撤回。

 篠宮雅紀と篠宮尚人。

 見た目も、性格も、体格も。何もかもが違いすぎる二人だが、年齢の割に大人びているのは良く似ている。

 いや、二人を間近に見た桜坂だから思う。

(あの兄貴より、篠宮の方が断然大人だよな)

 となると、庇護しているつもりでいてあの兄は、実は弟の気遣いにめちゃくちゃ支えられているのかもしれない。

 そう思うと、「畏怖」の対象でしかなかったあの人外じみたイケメンにも少しは親近感のわく桜坂だった。

 

 

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