「MASAKIさん、妹さんの熱愛報道ご覧になりましたか?」
「あれは事実なんですか?」
「交際について、お二人から相談は受けたんですか?」
「MASAKIさん、ひと言お願いします!」
グラビア撮影を終えてスタジオから出るなり、雅紀は待ち構えていた報道陣に囲まれた。
––今度はなんだ?
慶輔が死んで、しばらくご無沙汰だった光景に内心首を傾げた雅紀だったが、その疑問はすぐに報道陣の質問によって解消した。
––あー、あれか。
沙也加が同じ事務所の先輩タカアキと交際しているのではないかという疑惑がメディアを賑わせたのは知っている。
真偽のほどは知らないし、正直興味もなかった。
––勝手にしろよ。
雅紀は報道陣に
マイクを向けられ取り囲まれ、次々と質問されても、雅紀の表情は一切変わらず歩みが止まる事ももちろんない。一定のリズムを刻むその歩調に、報道陣は一定の間隔を取りつつも雅紀を追いかけてくる。しかし質問を声高に口にしながらも若干腰がひけて見えるのは、昨年の一連の騒動の時に『マスコミ潰し』という異名が雅紀に対し付けられたからだろう。
コメントは欲しいが、雅紀の地雷は踏みたくない。それが最前線に送り出された記者たちの本心だ。
しかしそんな報道陣らの様子にさえ無感心で、完全黙殺のまま、雅紀は駐車場に止めていた車に乗り込む。
やっぱりダメか、という表情の報道陣を置き去りにして、雅紀は車を発進させた。
––もう、いやっ!
沙也加は苛立ちを抑えられないでいた。
何故自分がこんな目に合わなければいけないのか。本気で呪われているのではないかと思う。
事務所の先輩タカアキとカフェで同席した写真が撮られたときはここまでではなかったが、思いもよらぬ偶然がその後沙也加を襲ったのだ。
それは、友人三人と計画して出かけた北海道旅行。沙也加達が宿泊したホテルに、仕事で来ていたというタカアキが全く同じ日程で宿泊していたのである。
それを週刊誌にすっぱ抜かれた。
『容易周到なカモフラージュ』
『SAYAKA 友人との旅行に見せかけてお泊まりデート』
この記事は週刊誌で大々的に特集が組まれ、宿泊中の二人の行動を比較して二人きりになった時間を憶測的に算出し、それがまるで事実かのように書き立てていた。
『密室八時間 二人はどのように過ごしたのか』
そこに書かれていた憶測記事はとても沙也加が耐えられるような内容ではなく、憤慨しすぎて神経が焼き切れてしまいそうだった。
さすがに沙也加は唐澤に訴えて、きちんと事務所発表をしてほしいと頼み込んだ。
しかし、
「偶然同じホテルに宿泊したが、ホテル内で二人きりになった事実はない」
「二人は事務所の先輩と後輩であり、個人的に付き合っている事実はない」
そう発表しても、世間はそれを「苦しい言い訳」としか受け止めなかった。
ネット上では、
『二人ともフリーなんだし認めればいいのにね』
『下手に隠そうとする方が怪しくない?』
『友人との旅行をカモフラージュに使うなんてあざとい』
『利用された友人がかわいそう』
『堂々と交際できない理由でもあるの?』
『MASAKIが俺の妹に手を出すな、とか言ってるとか?』
『ひょっとするとタカアキ、MASAKIに消されちゃうかもね』
『兄ちゃんが怖くてこそこそ付き合うとか、カッコ悪くね?』
などと、二人が付き合ってること前提で言いたい放題だ。
当然、ワイドショーも取り上げ、外に出てマスコミに取り囲まれない日はなかった。
前回の暴露本出版の際の騒動は、あくまで篠宮家がターゲットで、加門の祖父母に直接不躾なマイクが突き付けられる事はほぼなかったが、今回は同居している孫のことである。マスコミの魔の手は加門の祖父母にも容赦なく襲いかかった。
「今回の交際について、SAYAKAさんから何か聞かれていますか?」
「事前にご相談とかあったんでしょうか?」
「SAYAKAさんの本当の旅行目的は把握されていましたか?」
「お二人の交際を認めているんでしょうか?」
家の前には常にマスコミが張っていて、祖父母はそれで買い物に出かけることも出来なくなった。しかしマスコミの本当のターゲットは沙也加で、祖父母の代わりに沙也加が出かければ、それはそれで大騒動になった。
それで
「沙也加はそもそも大学生なんだし、一人暮らししてもおかしくない年齢だ。金なら、あいつの保険金が下りたんだし、どうにかなるだろう? その方が、お袋達も落ち着いて生活できるだろうし」
祖母は、こんな騒動の中沙也加を一人にするなんて、と最後まで渋ったが、由矩は引かなかった。
「沙也加には事務所のマネージャーが付いているんだろう? こういう事は、事務所がきちんと対応すべき事だ。そうじゃないのか? それに沙也加だって、こういう事で、じーちゃんとばーちゃんを
そう言われてしまっては、「加門の家から出ていかない」と強靭に言い張ることなどできなかった。
そもそも沙也加は、仕方なく身を寄せている存在なのだ。篠宮の家から逃げ出して、他に行くところがなくて加門の家に来た。今はその加門の家に迷惑をかけている。恩を仇で返した、などと思われたくはなかった。
「わかりました」
沙也加は渋々ながらも由矩の提案を受け入れて、都内のウィークリーマンションに移ったのだ。転居先は唐澤に見つけてもらった。
転居してきた日は、思ったよりも綺麗でこじんまりした物件が気に入り、初めての一人暮らしに心が浮き立ったが、一日中独りという状態はすぐに沙也加の精神状態を蝕んだ。
大学は春休み。友人と顔を合わせる機会もない。以前からのバイト先には、沙也加に付いてくるマスコミに「うちの店が何か不祥事を起こしたように見られたら困る」という理由で、しばらくシフトから外れるように言われてしまった。モデルの仕事もまだそんなにあるわけではない。というより騒動後、スケジュール調整という名の下にいくつか入っていたはずの仕事がなくなってしまった。
沙也加は今、無収入の状態だ。それで一人暮らしの生活費を捻出しなければならない。あいつの保険金があるとは言え、無尽蔵ではない。じわりじわりと焦りと不安が沙也加を侵食していく。
気分転換にどこかへ出掛けたくても、どこにマスコミがいるかわからない。そう思えば、外出は最低限の食材の買い出しだけ。加持や相田たちは、自分たちが旅行に誘ったことが原因と気に病んでいるのが丸わかりで、返って連絡しにくい。誰とも喋らない日々が続く中、沙也加の限界は近づいていた。