「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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銀波ノ雫 5

 二年生三学期の終業式を終えて、尚人は春休みに入っていた。

 春休みは約二週間と短いものの、課外が一切ない。学校は、年度末の事務処理に加え、新入生を迎える準備に先生たちの定期異動と忙しく、課外をする余裕がないのだ。しかしその分家庭学習が重要で、二年生最後のホームルーム、担任は、春休み二週間の使い方が受験に向けてのスタートを左右すると口を酸っぱくした。それで尚人は自分なりに学習計画を立て、この一年間の復習ができるようスケジュールをみっちり組んだが、片道五十分の通学時間がなくなった分だけ尚人の生活はいつもよりゆったりしたものになっていた。

 尚人の一日は朝五時に始まる。これは、すでに体に染み付いてしまった習慣で、目覚ましがなくてもこの時間に目が覚めてしまうので、あえて二度寝しようとは思わない。学校がある日と同じように洗濯をし朝食を作る。いつも家を出る六時半には朝の分の家事は終わってしまうので、そこから尚人は机に向かう。そこから四時間、集中して勉強する。その後、家の中の掃除をし、昼食を作る。休みなのだから買い出しは自分で行こうと思っていたが、それは裕太に拒否されたので、昼から尚人は結構暇になる。図書館に行くこともあるが、ほとんどはまた自室にこもって勉強する。裕太が買い出しから帰ってきたら、夕飯の支度を始めて、二人で晩ご飯を食べたらまた勉強して、風呂に入って一日が終わる。

 雅紀が帰ってきた日は、そこに二人だけのスキンシップが加わる。そういうときは、翌朝ほんの少し起きるのが遅くなる。

 春休みなのだから、そのくらいの怠惰(たいだ)は許されるかな、とひっそりと思う。尚人にしてみればこの上ない贅沢だ。

 目を覚ました時に、雅紀が横にいる幸せ。

 肌と肌が触れ合う、温もりの心地よさ。

 雅紀は寝顔でさえ綺麗で、尚人は目も心も奪われる。

 ––まーちゃん……

 隣で雅紀はまだ眠っていた。

 昨夜は三日ぶりに雅紀が帰ってきて、尚人が風呂から上がって自室に戻ると、すぐさまベッドに押し倒された。

 深いキスをされながら太腿にねじ込まれた雅紀の膝頭で股間をぐりぐりと押し上げられると、尚人の息はすぐさま上がった。しなった下腹部の膨らみの先端からは先走りの蜜が溢れ出し、軽く擦られただけで快感が腰から背筋へと駆け上がった。

「ナオのここ、湿ってる。もう、漏らしちゃった?」

 雅紀にくすりと笑われて、羞恥で顔が焼けた。

「俺がいなくて寂しかった?」

 雅紀の囁きに尚人は頷く。

「そっか。じゃあ、ナオの溜め込んだミルク、全部搾り取ってやらないとな」

 耳たぶを軽く喰みながら雅紀が煽る。そのままパジャマのズボンをずり下ろされ、さらけ出した股間をしつこいほどに(なぶ)られると尚人の思考は飛んだ。

 あとはもう与えられる快感に喘ぐばかりで、いつ寝入ってしまったのかも記憶にない。体にベタつきがないので、ひょっとすると寝ている間に雅紀が風呂に入れてくれたのかもしれない。

 もそりと動いて、尚人は上体を持ち上げると、雅紀を正面から見つめた。雅紀が起きていたら、こんなに間近でじっくり眺められない。

 ––まーちゃんって、何でこんなに綺麗なんだろう。

 子供の頃から見慣れた兄の顔。だが、じっくり眺めると改めて思う。

 しかも雅紀は、ただ綺麗なだけじゃない。

 強くて優しくて、何でも出来て。いつでも自分を守ってくれる。心強い存在。

 でも、いつまでも守られているばかりではいけない、と尚人は近頃強く思う。

 頑張りすぎれば、誰だって疲れる。疲れすぎると、いつか心がぽっきり折れてしまうかもしれない。

 自分のために、雅紀にそうなって欲しくはない。

 だから、自分も雅紀を守れる存在になりたい。

 今はまだ、空を飛び回る鳥を地上から羨ましく眺めているだけのような存在だが、いつか、きっと、自分も––

 そんな思いを込めて、尚人はゆっくりと顔を近づけると、そっと唇を重ねた。

 直後、雅紀の腕がスッと動き、尚人は雅紀に抱きしめられた。そのまま体位を入れ替えられ、組み敷かれて唇を貪られる。歯列を割って侵入してきた舌に口内をしつこいほど舐められ、舌を吸われ、ようやく解放された時には尚人は息も絶え絶えだった。

「まーちゃん。……起きてたの」

 尚人が少々唇を尖らせて呟くと、雅紀はくすりと笑う。

「目覚めのキスされたから、お返し」

 そして指の腹で尚人の濡れた唇をさっとぬぐい、さらに笑みを深めた。

「ナオが煽るから、ほら。––このまま、昨夜の続きやっちゃう?」

 雅紀は尚人の手を掴むと自分の股間に押し当てる。昨夜あれだけ激しく抱き合ったのに、雅紀のものは硬く立ち上がっていた。

 かっと耳を赤くして、反射的に手を引こうとした尚人を雅紀は許さない。どうしていいかわからず戸惑う尚人の反応を楽しむように、雅紀は尚人の手をつかんだままゆったりと上下させた。

 尚人の手の中で雅紀のものはさらに硬さを増す。

「ほら、ナオが刺激するから、ますます硬くなってきた」

「それは、まーちゃんが……」

「俺が何?」

「まーちゃんが、……動かすから」

「でも、俺の触ってるの、ナオの手だろう?」

 意地悪い顔をして雅紀が(ささや)く。

 わかっている。雅紀はこうやって自分を困らせて楽しんでいるのだ。

「ナオに責任とってもらわなくっちゃ」

 そう言いながら、雅紀は尚人の耳たぶを喰む。

 熱い吐息に刺激されて、体の芯に残った昨夜の余韻がうずき出す。

 しかし、

「––まーちゃん。今日、昼から仕事じゃなかったっけ?」

 尚人が芽吹きそうな快感をやり過ごして呟くと、雅紀はピタリと動きを止めた。

「あー、そうだった」

 三日ぶりに帰ってきた雅紀だが、明日は早朝から大阪で仕事が入っている。そのため前入りしておく必要があるとかで、今日の昼には家を出ると言っていた。一度事務所に顔を出してから大阪に向かうらしい。

「仕方ない、この続きは大阪から帰って来てからだな」

 雅紀は心底残念そうに言って、尚人のおでこに軽くキスすると、視線を合わせて甘く囁いた。

「ナオ、わかってると思うけど。俺が帰るまで、一人でしたらダメだからな」

「……わかってる」

「ちゃんと我慢するんだぞ」

 尚人が頷くと、雅紀はほんの少し意地の悪い顔をした。

「ちゃんと口で言って。何を我慢するんだ?」

「……オナニー」

「ナオ」

「まーちゃんが帰ってくるまで、オナニーしないで我慢して待ってる」

「いい子だ、ナオ」

 雅紀はにっこり微笑むと、もう一度尚人のおでこにキスをした。

 

 

 

 近頃は滅多に鳴らなくなった家の固定電話が鳴ったのは、雅紀を大阪に送り出した翌日の昼過ぎのこと。

 家の電話は基本留守電対応なのでそのままさっくり無視してしまってもよかったが、たまたま近くにいたため、尚人は自然とディスプレイに視線を向けた。

 雅紀のことを考えながら家の掃除をしていたので、ひょっとすると雅紀からの電話かもしれないとも思ったのだが。

 ––この番号って、確か……

 表示された携帯の番号は雅紀のものではなかったが、記憶にあった。

 ––沙也姉

 尚人は一瞬、出ようかどうしようか迷う。

 沙也加が自分に用があるはずがなく、生憎、裕太は今買い出しに出かけている。しかし、沙也加が留守電にメッセージを残しても裕太が折り返し掛けるとは思えず、沙也加は繋がるまで何度も掛けてくるかもしれない。それを思うとほんの少しだけうんざりして、尚人は受話器を取った。

「もしもし」

『尚?』

 受話器の向こうから、予想通りの声がする。

 反射的に尚人の中の何かが揺さぶられて、わずかに口元を引き締めた。

「そうだけど」

『話があるんだけど』

「裕太なら、出かけてるけど?」

『あんたに聞きたいことがあるのよ』

 沙也加の言葉に尚人は首を傾げた。

 聞きたいこと?

 予想がつかない。

 以前、学校の前で待ち伏せされた時には、慶輔が暴露本を出した直後で、それについての話かもと推測できた。しかし、慶輔は死んだ。スキャンダルの元凶がいなくなって、自分達を(わずら)わせる存在はいなくなった。あったことをなかったことにはできないし、受けた傷はまだ完全に癒えたとは言えないけれど、いつまでも同じ場所に留まっているわけにもいかない。だから、あとは前を向いて進んでいくだけ。

 だから今更、沙也加が自分に用があるとは思えないのだが……

 ––あ、ひょっとして、ピアノのことかな?

 尚人は、その問題がまだ解決していなかったことを思い出す。裕太がさっくり無視して以降音沙汰なかったようなので諦めたのだとばかり思っていたが、そうではなかったのかもしれない。ひょっとすると今度は自分に、雅紀にピアノを譲るよう話をつけろと言い出すのかもしれない。

 電話では(らち)があかないと思って。だから、直接。

『今から出てこれる?』

「どこに?」

『……二人きりで話せる所なら、どこでもいいけど。千束の家の近所の図書館。そこならどう?』

「––いいけど」

 尚人は言いつつも、できれば行きたくなかった。

 もし本当にピアノの話なら、尚人はどうあっても承諾できないからだ。決裂することがわかっている話をしに行くのは、どう考えても気が重い。

 また、平手打ちを喰うのかもしれないと思えば余計に。

『できれば、二人で会ってたってばれたくないのよ。裕太にも、……お兄ちゃんにも』

 沙也加の言葉に尚人は一瞬黙り込む。

 かつて、同じようにして沙也加に呼び出されたことがある。雅紀と母との関係を前から知っていたのかと詰問されたときだ。その時のことは、今も雅紀に黙っている。当時は、家の中の空気が最悪で、互いに(ろく)に顔も合わせず、口も効かないのが常態化していたし、その後は、わざわざ蒸し返す話でもなかったからだ。

 しかし、今は違う。

 雅紀に、隠し事はするなと言われている。

 ––おまえが怪我をすると、俺も痛い。

 ––隠し事なんか、二度とするな。

 ––おまえは俺のモノなんだから。

 そう言われて、尚人は雅紀に二度と隠し事はしないと誓ったのだ。

 ただ、事前に言う必要があるかどうかはケースバイケースだと思っていて、そもそも今雅紀に電話したところでどうせ繋がらない。

 要は、後からきちんと話をすればいいのだ。

 ちょっとは怒るかもしれないが、雅紀はわかってくれる。

「今裕太は出かけてるから、大丈夫だよ。……雅紀兄さんは、今日は帰ってくる日じゃないから」

『––そう』

 どこかほっとした声が受話器からこぼれ落ちる。

「三十分くらいで行けると思う」

『わかった』

 その返事と共に通話は終了した。

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