「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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銀波ノ雫 7

 沙也加から呼び出しを受けて図書館に着いた尚人は、駐輪場に自転車を止め、

 ––沙也姉、どこいるんだろう。

 と、周囲を見回してすぐにその姿を見つけた。

 尚人が到着するのをどこからか見ていたのか。沙也加は、まっすぐこちらを見据え、迷うことなくつかつかと歩み寄って来るところだった。

 その雰囲気の刺々しさに、尚人はここへ来たことをすぐさま後悔する。

 言葉を尽くせば分かり合える。そんな雰囲気は微塵もない。

 大嫌い、大嫌い、あんたなんか大っ嫌い。

 目が、態度が、雰囲気が。それを隠そうともせずに尚人に向けられている。

 一体、何を言われるのか。

 いや、そもそも話とは何なのか。

 沙也加を前に尚人が構えると、

「駐車場に車置いてるから」

 前置きも何もなく沙也加は開口一番そう告げた。

 意味がわからず尚人は沙也加を見返す。すると、沙也加は不機嫌な表情のまま尚人を一瞥(いちべつ)した。

「どこにマスコミがいるかわからないから。さっさとして」

 ––そうなの?

 それだけ言って沙也加はさっと(きびす)を返して歩き出す。付いて来いということなのか。そう判断して尚人は、とりあえず追った。

 立ち話をすれば誰に聞かれるかわからない。そういう意味だろうかと疑問に思いつつ駐車場まで付いて行くと、見覚えのある軽自動車が止まっていた。学校の前で待ち伏せされていた時、沙也加が乗り込んだのがこの軽自動車だ。

 沙也加はポケットからキーを取り出してロックを解除すると視線だけで尚人に助手席に乗るよう促す。その有無を言わさない雰囲気に、尚人は渋々ながらも助手席に乗り込んだ。

 沙也加がガールズコンテストに出場して、それをきっかけにアズラエルとモデル契約したことは尚人も知っている。それは、わざわざ自分から調べようと思わなくても、一時期ネットニュースのトピックスに連日上がり目を引いたからだ。

 だが、それ以上のことは知らない。沙也加が既にモデルとしてデビューして活動を始めているのかどうかも、世間の知名度がどのくらいあるのかどうかも。

 だから尚人は、沙也加がなぜそんなにマスコミを気にするのか想像がつかない。

 まあ、あれだけ篠宮家のスキャンダルが世間を賑わせ、散々マスコミに付け回されてうんざりしただろうに、あえてモデルの道を選んだ沙也加の心境も尚人には想像がつかないが。

 モデルは顔を売るのが仕事だ。ゆえに、仕事を頑張れば頑張っただけ、当然世間に顔が知れ渡る。有名になれば、メリットもあるかもしれないが、当然デメリットだってある。雅紀はそれを有名税だと言っていたが、モデルを続ける以上それを払い続ける覚悟が必要なのだと尚人は受け止めていた。

 マスコミ対応などそれの最たるものだろう。

 沙也加は運転席に乗り込むと、おもむろにエンジンをかけた。

 そしてそのまま車を発進させる。 

 車に乗ったのはあくまで話をするためではなかったのか。と、驚く尚人をよそに沙也加は説明する気もなさそうだった。

 目的地があるのかないのか。

 それさえもわからない。

 沙也加は迷う様子もなく国道に出て、あとはひたすらまっすぐ進む。

 一瞬、加門の祖父母宅へ向かうのかとも思ったが、方向が違う。

 呼び出しておきながら何も言わない沙也加に焦れて、

「ところで、聞きたいことって……何?」

 思い切って口火を切ったが、

「しばらく運転に集中させてくれない?」

 素っ気なく沙也加に返されてしまった。しかも言葉には何となくトゲがあって、

 ––しばらくって、どのくらい?

 疑問に思ったが、それが聞けるような雰囲気でもなかった。

 尚人はひっそりと溜息をつく。

 おそらくは、自分のことなど大嫌いなはずの沙也加だって、さっさと話を終わらせたほうがいいだろうに。と尚人は思ってしまう。

 重苦しい沈黙を車窓を眺めることでやり過ごしていると、やがて高速道路のインターチェンジを案内する緑色の表示が現れた。何気なくそれを眺めた尚人だったが、沙也加は迷うことなく案内に従って左にハンドルを切る。

 ––って、ええ? 高速に乗っちゃうの?

 尚人は驚いて沙也加を振り返った。

「さ、沙也姉?」

 本当にどこまで行くつもりなのか。

「しばらく家に閉じこもってたから、気分転換したいのよ」

 前を向いたまま、沙也加は淡々と告げる。

 気分転換?

 尚人は予想外の言葉に戸惑う。

 話があるから呼び出したのではないのか。

 それとも、話があるというのは口実で、気晴らしのドライブに付き合わせるのが本当の目的だったのか。

 いや、しかし。沙也加は自分を嫌っているはずで、気分転換のドライブに付き合わせたい存在ではないはずだ。

 沙也加が何を考えているのか、本当にわからない。

 尚人は心の中で盛大に溜息をつく。

 車は高速のゲートを通過すると、あとはひたすら南下し、県内とはいえ行ったことのない地名の案内表示を次々と通過していく。

 ––このままだと、県外に出ちゃうけど……

 尚人がそわそわし出した頃、ようやく沙也加が口を開いた。

「––あんたさあ。アズラエルの本社ビルに行ったことあるでしょう?」

 ––沙也姉の聞きたいことって、それだったの?

 意外な質問に、尚人は沙也加を見た。

 アズラエルとモデル契約をして、ひょっとして何か耳に入ったのだろうか。

「……うん。去年の夏休みに、学校の課題で。職場体験をしてその体験レポートを学校に提出しないといけなかったから」

「それって、お兄ちゃんに頼んだわけ?」

「……他に、頼める人がいなくて」

「で? お兄ちゃんのコネで図々しくも加々美さんにアズラエルを案内してもらったんだ?」

 沙也加の言葉は淡々としながらもやはりトゲがある。

「最初は、そのつもりじゃなかったんだけど、雅紀兄さんがどうしても仕事の都合がつかなくて。それで、加々美さんに頼んでくれたみたいで」

「ふーん」

 聞いてきた割に、興味があるのかないのか。沙也加の口調は素っ気ない。

「でも、あんたがアズラエルに行ったのって、その時だけじゃないでしょ?」

「え?」

「見たのよ、私。あんたが、高倉さんと加々美さんといっしょにアズラエル本社内歩いてるとこ。––ヴァンスのチーフデザイナーも一緒だった」

 ––あの時、沙也姉いたんだ……

 気づかなかった。

「あれ、何の用だったのよ」

 問われて、尚人は言葉に詰まる。

 おそらくあの一件は、おいそれと話していい内容ではない。何せ契約直前でモデルの差し替えをしようとしていたのだから。

「何よ。言いなさいよ」

 尚人がだんまりを続けていると、沙也加がちらりと一瞥(いちべつ)して声を尖らせた。

「あんたって、昔からそうよね。自分に都合が悪くなるとだんまりを決め込んで。お兄ちゃんは、それが口が硬いって思ってるみたいだけど、あんたのは単に自分に都合の悪いこと黙ってるだけでしょう? そうやって周囲を騙すのが、あんたの手口よね」

 沙也加の口撃は容赦ない。

「あの時だって、あんたが黙っていたせいであんなことになったのに。でもあんたは、自分のせいじゃないって思ってるんでしょう?」

 ––沙也姉何かあったのかな?

 尚人はそっと溜息をつく。

 今更蒸し返してもしょうがない。それがわかっていても口にせざるを得ない、そんな気分になってしまう何かが。

 まあ、それを尚人が口にしてみたところで、沙也加の気持ちはさらにささくれ立つだけだろうが。

「で、あんたさ。大学行くつもりなの?」

 ––今度は、急にそっち?

 脈絡のない話題展開に尚人は面食らう。

 ひょっとすると、すべては、本題に入る前の口慣らしだったりするのだろうか。

 真意はわからないが、尚人はうなずいた。

「そのつもりだけど」

「ふーん。––それって、お兄ちゃんの稼いだお金で行くつもり?」

 侮蔑まじりの沙也加の言葉に、尚人は刹那言葉に詰まる。

 尚人は、そもそも高校を出たら就職するつもりでいた。そのための準備を中学生の頃から少しずつやってきてもいた。しかし昨年雅紀に大学に行けと言われ、考えを改めた。自分にも選べる未来があると知って正直嬉しかったし、金の心配ならしなくていいと言ってもらい、安心したのも確かだ。

 就職したら返そう。そうは思っていた。雅紀は受け取らないかもしれないから、その時はいざという時のために雅紀のために使えるように取って置いたらいい。そう思っていた。

 しかし沙也加の言うとおり、雅紀の稼いだ金で大学に行く。そのことに違いはない。

「また、だんまり?」

 沙也加が鼻で笑った。

「あんたさ、いつまでお兄ちゃんのお荷物続けるつもり? お兄ちゃんは優しいから、あんたに大学行っていいとか、金の心配なんてしなくていいとか、言ってくれてるのかもしれないけどさ。いい加減、開放してあげようとかって思わないわけ? いつまで、お兄ちゃんにくっついているつもりなの?」

 ––そんなの、沙也姉に関係ないだろう。

 尚人は心の中だけで呟く。

 誰に何を言われても、尚人は雅紀から離れるつもりはない。家の中の空気が最低最悪で、雅紀に疎まれているとばかり思っていた頃は、早く独り立ちして自分のことは自分でどうにかしようと思っていたが、今は違う。雅紀と心も体も繋げて、愛し愛されていると確認しあっている。それが心地良くて、いつまでもそうしていたくて。だから尚人は、雅紀の横を誰にも譲るつもりはない。

 それを沙也加が妬ましく思っていることには、とっくに気づいている。

 まだ家庭が崩壊する前、沙也加は誰に対しても超ブラコンぶりを隠そうとしなかったし、雅紀に近寄る者には誰に対しても容赦なかった。

 ––私のお兄ちゃんに近寄らないで。

 ––私のお兄ちゃんなんだから。

 沙也加は口癖のように、よくそう言っていた。

 昔は主張の激しすぎる沙也加の前ではどうしても一歩引いてしまっていたが、今は違う。黙ってただ待っているだけでは何も手に入らないと理解したから。何もしないで諦めてしまうのは愚かだと気づいたから。

 それに、そもそも篠宮の家を捨てたのは沙也加だ。

 それなのに今更、家の中のことに口出しされても困る。

「どうしても大学行きたいなら奨学金でも借りればいいでしょう? それに、あいつの保険金だってあるんだし? バイトもすれば一人暮らしだって可能でしょう?」

 きっと沙也加は、何かで生じているイライラを尚人にぶつけたいだけだ。尚人でストレス発散している。雅紀には言えないし、裕太では喧嘩にしかならない。それがわかっているから、きっと自分をターゲットにしたのだ。

 しかしそれがわかったところで、今は高速を走る車の中。尚人に逃げ場ない。

 いや、ひょっとすると、尚人を逃さないために、わざわざ高速に乗ったのかもしれない。

 沙也加は一体どこまで行くつもりなのか。

 車窓から綺麗に見える駿河湾を眺めて、尚人はそっとため息をついた。

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