「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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銀波ノ雫 8

 隠れ家的和食ダイニング『真砂』。加々美が常連のこの店に今日誘った相手は珍しくも高倉だった。

 何かと多忙を極める高倉は、加々美が飲みに誘っても滅多に応じることはないのだが、今日はやけにあっさり承諾し、さらには意外なことに「たまにはうまい飯でも食わせろ」と言ってきた。それでここ、『真砂』へ連れて来たのだ。

 近頃何かと忙しく、さすがの高倉も気分転換を図りたいのかもしれない。

 ビールで乾杯し、先付けを頂く。

 菜の花の煮浸しがうまい。

「ヴァンスとの契約締結記念に出版予定のムック本、評判上々らしいな」

 加々美が口火を切る。まずは幸先のいい話をしたい。

 今月頭に撮影が行われたユアンとショウの豪華ムック本は、完全予約販売で、予約の締め切りが今月末までだ。雑誌『KANON』でヴァンスの特集が組まれてヒットしていただけに、ムック本発売は発表当初より話題を集めていたが、『チラ見せ』としてユアンのオフタイム写真が公表されると予約数は一気に倍増した。いつもなんとなく無表情で、どこか非現実感のある妖精王子(フェアリー・プリンス)ことユアンが、オフタイム写真ではやんわり微笑んでいて、それが女性たちに受けたのである。

 ––妖精が微笑んでる!

 ––信じられないくらい可愛い!

 ––視線の先に一体何見つけたの! 気になる。

 ––ムック本買ったら、視線の先にあるものも映ってる?

 などなど、ネット上ではかなり盛り上がっていたらしい。

 しかし残念ながら、世間の期待する『視線の先』は公表できない。なぜなら視線の先にいるのは尚人だからだ。尚人には『裏方ってことを徹底してもらえれば』という条件で無理を言ってアルバイトに来てもらった手前、その約束を違えることはできない。

 如何せん今後のことがある。

 加々美と雅紀の関係と、尚人に対する高倉の思惑。

 しかし、尚人とユアンの二人が映るオフショット写真を何枚か見せてもらった加々美は、

 ––あー、これが日の目を見ないなんて。本当もったいないよな。

 と心底思ったのは事実だ。

「予約が予定数を超えたからな。出版部の方が盛り上がってて、すでに第二弾の計画が上がっている」

「へぇ」

 加々美は驚く。まだ発売もされていないのに第二弾とは。どちらかと言えば慎重な出版部にしては珍しい。

「クリスの方も、スケジュールが合えばって感じで、どちらかと言えば乗り気だ」

「もうそこまで行ってる話なのかよ」

「鉄は熱い内に打てというだろう」

「まあ、そうだな」

 加々美は頷いて、出された刺身に箸をつける。旬を迎えた真鯛は脂が乗ってうまい。

「まあ、クリスの言うスケジュールっていうのは、尚人くんのことなんだがな」

「は?」

 あまりに淡々と言われて、加々美は一瞬、高倉なりのジョークなのかと思ってしまった。

 いや、この高倉が、そういうジョークを言うはずないのだが。

 それがわかるくらいには、加々美と高倉の付き合いは長い。

「はっきり言ってきたからな。当然ユアンのサポートに尚人くんを付けてくれるんだろうって」

「まじかよ」

 加々美は絶句する。

 それほどクリスは尚人に執着しているということか。

「まあ、その点に関してはこちらとしても願ったり叶ったりではあるんだが。––今は如何せん、少々ゴタついているからな」

「妹の方の問題か?」

 加々美が問うと、高倉は表情を変えずに首肯した。

 沙也加とタカアキが示し合わせて北海道でお泊まりデートしていたのではないかという疑惑が週刊誌やワイドショーを賑わせているのは加々美だって知っている。

 世間に『隠れてこそこそ』とイメージ付けられてしまったのは確かに痛手だし、何かと世間を騒がせた篠宮家の長女でなければそもそも新人モデルの恋愛事情などメディアが取り上げることもなかったと思うが、交際が事実だとしてもそれが社会的に問題になる二人ではない。加々美にしてみれば、必要以上に大袈裟に捉えすぎているのではないかと思うのだが。

「沙也加嬢の方が、精神的にかなり参っているらしい」

「へぇ」

 加々美は驚く。

 極悪非道の父親のせいでメディアに散々付け回されるという経験をしてもなお、顔を売るモデルという道を選んだのだ。言っては悪いがこの程度の騒動、平気で無視できるのかと思っていた。

「意外だな」

 雅紀は見ての通りの鋼の心臓の持ち主で、その弟である尚人は、一見雅紀とは正反対だが、しなやかで崩れ落ちない芯の強さを持つ。

 だから当然沙也加も、強い意志の持ち主かと思っていたのだが。

「雅紀や尚人くんとは違ったってことか」

「正直なところ、あれほど精神的に(もろ)いとは思わなかった」

「それほどなのか?」

 高倉は肯定も否定もせず、ビールを飲み干して加々美に視線を向けた。

「最初のカフェデートの記事の時には気丈に振る舞っていたようだが、お泊まりデートの記事の時は唐澤の前でヒステリックに泣き叫んだらしい。その様子にしばらく仕事は無理かとスケジュール調整したら、今度は週刊誌の記事のせいで仕事がなくなったと思い込んだみたいで。どうにも情緒不安定で、今は唐澤が毎日様子伺いの連絡を入れているようだ」

「確か祖父母と同居してるんだろう?」

 その辺は家族のサポートがあるんじゃないか、と思った加々美だが、

「今は、都内のウィークリーマンションにいるらしい」

「また、何で?」

「祖父母に迷惑がかかるのが心苦しかったらしい」

「あー、まあな」

 その気持ちは分からなくはない。そもそも前回の騒動の時に祖父母は節操のないメディアの攻撃にかなり参っていたようだ。その時の不安解消のはけ口は雅紀に向かっていたようだが。

 ひょっとすると今回沙也加は、自分も不安定なのに、祖父母のケアまでというのが重荷だったのかもしれない。

 加々美の携帯が鳴ったのはその時だった。相手によってはそのまま着信拒否しようかと思ったが、ディスプレイに表示された名前を見て加々美はニンマリ笑った。

「雅紀からだ。噂話しが聞こえたかな?」

 悪戯っぽく笑って、通話ボタンを押す。

 そのタイミングで高倉の携帯も鳴って、高倉がほんのわずか硬い表情をしたのを加々美は横目で見ていた。

「よう、雅紀か。おつかれさん」

『お疲れ様です。加々美さん。今、電話大丈夫でした?』

「おう。今は高倉と飯食ってたとこだ。お前も時間あるなら来ないか?」

 半分冗談で半分本気だ。

 雅紀がこの場に来るなら、いろいろ話したいこともある。

 が、

『すみません。今仕事で大阪なんですよ』

 返ってきた答えに、加々美は苦笑した。

「何だ、そうなのか。お前も相変わらず忙しいな」

『おかげさまで。––それで、そのちょっと聞きたいことがあって電話したんですけど』

「おう、何だ」

『プライベートなことで申し訳ないんですけど。沙也加のマネージャーと連絡が取れないかと思って。もし、ご存知なら教えて頂きたいんですが』

 思わぬ言葉に加々美はわずかに首を傾げた。

 妙な符号の一致。これは偶然なのか必然なのか。

「妹のマネージャー? 唐澤だな。連絡先は……、ちょっと待て」

 加々美は通話を保留して、高倉を見やる。

 唐澤の連絡先は、高倉に聞けば一発だからだ。

「で、部屋の中は? 何か不審なのか」

「それで警察は、……早すぎる気がするが」

 ––って、何の話してんだ?

 加々美は高倉の言葉にぎょっとする。

「ちょっと待て、すぐに折り返す」

 高倉はそう言うと一旦通話を終了した。

「唐澤からだ。昨日から沙也加嬢と連絡がつかなくなっているらしい」

「それで、警察って何だ?」

「携帯が繋がらないから部屋に様子を見に行ったら、車ごと姿がなくて。祖父母宅にも帰ってはいないそうだ。それで、最悪の事態を想定したみたいで」

 加々美はごくりと生唾を飲む。

 そこまで逼迫(ひっぱく)した事態なのか。

「そっちは、何だって? MASAKIからなんだろう?」

「唐澤の連絡先教えてくれって」

 加々美が言うと、高倉がはっきりと顔をしかめた。

 このタイミングというのが、偶然とは思えなかったのだろう。

 既に加々美もそう思っている。

 高倉は、携帯画面に唐澤の番号を表示させて加々美の前に置く。

 加々美は、保留していた通話を再開させた。

「確認だが、何かあったのか?」

 加々美が問いかけると、一瞬間があった。

『どうしてです?』

 平静を装っているが、声質が硬い。長い付き合いだけに、加々美にはそれがわかった。

「今、高倉の方に唐澤から連絡が入って、昨日からお前の妹と連絡がつかないと。それで、一人暮らししているマンションに様子を見に行ったみたいなんだが、車ごと姿がないって」

 電話の向こうでため息を()く気配がした。

「近頃、週刊誌やワイドショーでいろいろ話題にされてただろう? それで随分精神的に追い詰められてたらしいから、唐澤が心配して。……警察に連絡したほうがいいだろうかって、高倉に判断仰いできてる」

『警察は、ちょっと待ってもらえますか? ……たぶんナオが一緒なんです』

「どういうことだ?」

 加々美は驚く。

『俺も状況が掴めているわけじゃないんですが、さっき下の弟から連絡があって。昼過ぎに図書館に行くという書き置きしたまま、ナオ、まだ帰って来てないらしいんです。で、その図書館に行った理由と言うのが、どうやら沙也加に呼び出されたみたいで』

「それでお前、妹の居場所の確認しようとしてたんだな」

 加々美はようやく納得した。

 雅紀はあくまでも尚人の行方を捜しているのだ。

『そうです。マネージャーが沙也加の居場所を把握しているなら、別の可能性が浮上しますから』

 加々美は息をつく。

 これが万が一マスコミに漏れたら、篠宮家騒動第二弾が勃発しそうだ。

 雅紀&尚人VS沙也加。

 想像しただけで頭が痛い。

「お前に唐澤の連絡先教えるから、お前の連絡先も唐澤に教えていいか?」

『ぜひ、お願いします』

「で、お前。二人が今どこにいるのか、心当たりはあるのか?」

『ナオの携帯の位置情報は掴んだんで、今からそこに向かおうと思っています』

 弟の位置情報を常にキャッチ出来るようにしているのが過保護な雅紀らしい。

「それってどこだ?」

『名古屋の桜山展望公園』

 なぜ、名古屋? という疑問はあるが、加々美はとりあえず唐澤の番号を雅紀に伝え通話を切った。

 それから、雅紀とのやりとりを高倉に説明する。

 高倉は了承したように頷くと、唐澤に折り返した。

「沙也加嬢は、弟の尚人くんと一緒にいる可能性が高いようだ。そう、だから警察の件はまだ保留だ。尚人くんの携帯の位置情報が名古屋の桜山展望公園を示しているみたいだから、おそらくは沙也加嬢も名古屋に。––ん、ああ、そうしてくれ。無駄足になるかもしれないが。ああ。わかった」

 高倉は、唐澤との通話を終了すると、成り行きをじっと見守っていた加々美に視線を向けた。

「今から、名古屋へ向かってみるそうだ」

 今から?

 と思わなくもなかったが、そもそも情緒不安定気味だった担当モデルの件だ。マネージャーとして向かわないという選択はあり得ないだろう。

 しかし、名古屋までは高速をどんなに飛ばしても四時間。今からの出発では、到着するころには日付が変わっている。

「こりゃあ、今日は眠れそうにねぇな」

 加々美は呟きながら、もう一切れ刺身を口に放り込んだ。

 

 

 

 名古屋駅に到着すると、雅紀はすぐにタクシーに飛び乗った。

「桜山展望公園まで」

 そう告げると、運転手はわずかに首を傾げた。

「お客さん。そこ確か、九時には閉園のはずだけど」

「閉園後は入れない場所ですか?」

 雅紀が問うと、運転手はあっさり否定した。

「いや、駐車場の出入り口にチェーン張ってあるだけだから、入ろうと思えば入れるけど。ライトアップが終わると、照明なくて真っ暗だよ」

「とりあえず、向かってもらっていいですか?」

 雅紀がそう告げると、運転手は車を発進させる。スマホを取り出して尚人の携帯の位置情報を再度確認するが、最初に検索した時から動きがない。

 ひょっとすると、携帯だけがその場所にあるのかもしれないが、雅紀にはそこへ向かうしか手掛かりがない。

 目的の場所は、駅からそう遠くはなかった。夜で道が空いていたこともあり十分程で到着する。

 新幹線での移動中にスマホで検索したところによると、桜山展望公園は、小高い山の頂上に小さな展望デッキがあるだけの公園だが、山の斜面に桜が植えられ、昼間は伊勢湾が眺められる眺望の良さと、夜はライトアップされた桜と名古屋の夜景のコラボレーションがなかなか綺麗で、知る人ぞ知る穴場スポットらしい。普通に検索しても出てこなかったが、インスタを検索したらヒットした。

 山の麓に駐車場があり、設置された階段を上がって行った先に展望デッキがある。標高は一五〇メートルほどで、子どもの足でも楽に登ってしまえる高さだ。

 運転手が言った通り、公園は闇に包まれ、駐車場の出入り口にはチェーンが張ってあった。車は中に入れない。運転手が言うには、駐車場の脇に階段があり、その階段を登った先に展望デッキがあると言う。

「ちょっと、待っててもらっていいですか?」

 雅紀は運転手にそう告げると、スマホとカバンに常備しているLEDライトだけを手にチェーンをまたいで公園敷地内へ入る。言われた通り先へ進むと『展望デッキ入り口』と書かれた看板の横に階段があった。雅紀はその階段をあっという間に上り切り、展望デッキに出る。周囲に照明がないので、遠くに見える街の明かりが返って綺麗だった。

 ––やっぱり、ナオはいないか。

 尚人どころか、人の気配がない。

 雅紀は、スマホを取り出して尚人の携帯に掛ける。

 コール音が鳴る。

 それとシンクロするように、闇の中から携帯電話の着信音がした。

 雅紀は、耳をすませて音の位置を捜す。

 デッキの下。そのさらに下の、山の斜面。雅紀は、ライトで照らして当たりをつけると、スマホを繋げたままポケットに入れ、注意しながら斜面を降りた。幸いにもかなり管理された山で下草はほとんどなく、降りて行けないほど急でもない。

 慎重に十メートル程下ると、音がかなり近くなった。ライトの明かりとコール音を頼りに雅紀は周囲に目を凝らす。と、地面に小さな点滅を見つけた。

 着信した携帯電話が発する光だ。

 ––あった。

 雅紀は、半分地面に埋まるようにして落ちていた携帯電話を拾い上げた。尚人の携帯電話で間違いない。画面を確認すると、雅紀の名前を表示して淡い光を放っていた。

 状況を鑑みるに、おそらく展望デッキから放り投げられたのだろう。尚人が間違いなくここに来たことだけはわかったが、これ以上捜索する手段を失ってしまった。

 雅紀は尚人の携帯もポケットに入れて、デッキの所まで上がる。そして階段を降りて駐車場に戻った。

 裕太に聞いた話から推測すると、尚人が沙也加と図書館で会ったのは、おそらく二時前後。それからすぐに移動を開始してここへまっすぐ来たとしても到着は六時過ぎごろだ。裕太が尚人に電話して繋がらなかったのが六時半過ぎ。ひょっとするとその着信で尚人が携帯を持っていることに気がついて、沙也加が取り上げて放り投げたのかもしれない。

 それから三時間半だ。もう、近くにはいないだろう。

 雅紀はこの場でのこれ以上の捜索は無意味だと判断して、タクシーを宿泊先のホテルに向かわせた。

 

 

 

 雅紀の携帯が鳴ったのは、チェックインの手続きが終わり、部屋に入った直後だった。

「はい、雅紀です」

『加々美だ。すまんな、どうにも気になって。あれから、何か進展はあったか?』

「すみません、加々美さんにまで迷惑をおかけして」

 雅紀は小さく嘆息する。

 正直、このタイミングで加々美を相手に話が出来ることが救いだった。

 気分がささくれだっている。

 怒りと不安が渦巻いている。

 わずかでも感情を吐き出すことが必要だった。

『いや、お前の妹はアズラエル所属のモデルでもあるわけだし。完全部外者ってわけでもないだろう? で、どうだ?』

「桜山展望公園へ行って来て、落ちてたナオの携帯を拾って来ました」

『あー、なるほど』

 加々美が呟く。

「山の斜面に落ちてたんですけど。……一緒にナオがいなくて残念なのかホッとしたのか。自分でもわかりませんよ」

 加々美が一瞬沈黙した。

『……おまえ、それは。だって、一緒にいるの姉だろう?』

「沙也加は一度、ナオを学校前で待ち伏せして、思い切りナオを平手打ちしてますからね。かっとして何をしでかすか。正直、斜面に突き落とすくらい、しでかしても不思議はないんで」

 耳元で息を飲む気配がした。加々美も何と返したものか迷ったのだろう。重苦しい沈黙が落ちた。

「……すみません。こんなこと加々美さんに言っても仕方ないのに。でも、正直なところ不安で仕方ないんですよ。……ナオが無事なのかどうか」

『おまえ、そりゃ、無事に決まってんだろ。何言ってんだよ。妹は今ちょっと精神的に参っているかもしれないけどさ。弟に何かするはずないだろう。むしろ、尚人くんに癒されているかもしれないしさ』

 それはない。

 雅紀は心の中で断言する。

 沙也加は、尚人のことが憎くて目障りで腹立たしくて仕方ないのだ。なぜなら沙也加は尚人になりたかったから。尚人さえいなければ、尚人が持っている全てが自分のものだったはずだと信じているからだ。

 そんなことあり得ないと、ちょっと考えればわかるはずなのに、沙也加はそれを信じている。

 尚人が生まれたから、沙也加に向けられていた雅紀の愛情が尚人に向いたわけではない。それが証拠に、裕太が生まれても尚人への愛情は変わらなかった。

 尚人がいなければ、沙也加が翔南高校に受かったわけではない。

 むしろ姉の惨敗ぶりを見てもなお努力を重ねて果敢に挑戦した尚人がすごいのだ。

 尚ばっかりずるいと、沙也加は口癖のように言っていたが、人を羨むばかりでは何も手にできないのだと、いい加減気付きべきなのだ。

 ––くそっ!

 雅紀は抑えきれずにベッドを蹴りつける。

 ––ナオに何かしてたら、ぶっ殺してやるからな。

 ドロドロとした感情が内から喰い破って出てきそうだ。

『おい、雅紀。落ち着け。聞いてるか?』

「すみまません。加々美さん。もう切ります。どこかから電話が掛かってくるかもしれませんし」

『ああ。そうだな。時間をとらせてすまん。でも、尚人くんは絶対無事だからな。それだけは、信じろよ』

 加々美は言い聞かせるように言葉を重ねてから電話を切る。

 雅紀は通話の切れた携帯を握りしめ、大きく呼吸を繰り返した。

 高ぶる感情を何とか終え込み、雅紀は家に電話を掛ける。

 2コールで電話は繋がった。

『もしもし』

「俺だ」

『ナオちゃん、見つかった?』

 裕太の口調は(せわ)しない。おそらくキリキリしながら連絡を待っていたのだろう。

「いや。ただ、名古屋の公園でナオの携帯は拾った」

 間が開く。どういう状況か飲み込んでいるのかもしれない。

『……じゃあ、名古屋に行ったのは間違いないんだ』

「ああ、そうだな」

 雅紀としてもそれ以上何も言えない。二人の間に沈黙が落ちた。

「今言えるのはそれだけだ。そっちは、何もなかったか?」

『今のところ、何もない』

「そうか」

 雅紀は呟く。

「何かあれば、また連絡する」

『わかった』

 兄弟の会話は重苦しいため息だけを残して終了した。

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