「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

32 / 122
一陣ノ風 9

 八月某日。ついに全国大会当日を迎えた。始発の電車に乗って会場入りし、三人揃って受付を済ませる。開会式と予選の組み合わせを決める抽選会が大講堂で行われ、それから予選会場となる教室へと移動した。

 突き抜けるような日本晴れ。尚人は緊張よりも、ワクワクが上回っていた。どこまで勝ち進めるかはわからない。しかし即興型ディベートには、論題と相手の理論展開次第という一期一会の出会いがある。今日は一体何と出会えるのか。意外すぎる論題か。思いもしなかった展開か。はたまた()()れするようなチームプレーか。どんな出会いも世界が広がる。そのことに尚人はワクワクしていた。

「みんな。楽しんでいくわよ!」

 顧問の坂下が喝を入れる。

「「「はい!」」」

 尚人たちの熱い戦いが始まった。

 

 

 * * *

 

 

 雑誌企画『デニムはここまで進化した』

 新進気鋭のデザイナーたちのデニムファッションを特集するグラビア撮影のため、雅紀は朝からスタジオに詰めていた。

 異素材と組み合わされたジャンバージャケット。レザー加工されたデニムパンツ。一部デニムを使った革靴など。雅紀は、それらとハイブランドを合わせたり、あえてシンプルに着こなしたりして、カメラの前で爽やかに微笑んだり、艶やかに流し目をしたりする。

 デニムのロングコートなど、一般人が着ても野暮ったいだけ、にしか思えないようなファションも、雅紀が着ればとんでもないおしゃれアイテムへと変わる。––––のだが、撮影は先ほどからしばしば中断していた。

「アンナさん、もっと笑顔ください」

「アンナさん、もう少し寄りでおねがいします」

「アンナさん、ちょっと硬いんで、もう少し自然に」

 対になるレディースファッションのモデルとの絡み撮影が進まないのだ。

 今日の相手『アンナ』は、三年務めた人気女性ファッション誌の専属読者モデルを今年の春に「卒業」し、プロのモデルとして活動を始めた、今話題の女性モデルの一人らしい。

 読者モデル時代は、「カリスマ読モ」と言われ、いつプロデビューするのかというのが読者の間でも注目され、プロ初仕事となった専属読モを務めた雑誌への「恩返しグラビア」は、話題となって雑誌の売り上げに大いに貢献したらしい。

 ––そもそも、恩返しグラビアってなんだよ。

 というのはさておき、初対面の雅紀は、彼女のそんな経歴など知らなかったし、きっちり仕事さえしてくれれば、別に「元読モ」だろうが「新人」だろうが「カリスマ」だろうがどうでも良かったが、撮影前に挨拶に来た、どことなくお調子者な感じのマネージャーがペラペラと教えてくれ、その上、その口調の端々に、うちの『アンナ』は、プロとして「新人」ではあるが、単なる「新人」とは違う、と言いたげな様子だったので、お手並み拝見と期待してのだ。が、撮影が始まれば中断に次ぐ中断。仕事中に感情を表に出すことのない雅紀だが、本当は、予定通り進まない撮影に、椅子の一つも蹴り上げたいくらいイライラしていた。

 なぜなら、今日は、尚人の全国大会決勝の日だからだ。

 ここ数日仕事でホテルに詰めている雅紀の携帯に、尚人からメールが入ったのは昨日の夕方六時過ぎ。

【無事に予選通過しました】

 まじか!

 そのメールに驚いて、本当はすぐにでも電話したかった。のだが、チームのメンバーとまだ一緒にいるのだろうと思って、ぐっと我慢した。

【おめでとう! ナオ、すごすぎ‼︎】

 即レスすると、少し待って返信があった。

【まーちゃん。それじゃまるで、優勝したみたいだよ(笑) 明日は、午前中が準々決勝で、それで残れば午後一時から準決勝です】

 尚人の返信は謙虚だったが、全国大会初出場で予選を通過するなんて凄いことだ。

 先日大学生との実践練習を見学させてもらい、即興英語ディベートがどんなものかよくわかったし、尚人たち高校生メンバーが大学生相手に一歩も引けを取らないディベートを繰り広げていたのには感心したが、それでも全国大会のレベルを知らない雅紀にしてみれば、尚人たち翔南高校メンバーが大会でどの程度結果を残せるものかは想像もつかなかった。それに、尚人の凄さは知っているが、そのことと大会で結果を残せるかどうかもまた別の話である。実力の他に、当日の調子や緊張からくる失敗など、大会には思わぬアクシデントがつきものだ。ピアノや剣道のコンクールや大会に出まくってきた雅紀は、実際に悲喜交交(ひきこもごも)見てきた。平常心というのが思いのほか難しいということも。特に試合感覚は、経験によってしか掴めない。

 だからこそ、初出場で予選通過はすごいことなのだ。しかし尚人は、今まで狭い世界で生きてきたせいなのか、凄すぎることをさらっとこなして自分の凄さに気づかないところがある。人によってはそれを「天然」と表現するかもしれないが、雅紀的には「大物」だ。その尚人の凄さを、自分の目で見て実感したい。それは雅紀にとって当然の希求だ。そもそも尚人のことで自分の知らないことがあるなんて許せない。

 本当は昨日の予選から見に行きたかったが、予選は非公開だった。三教室使ってどんどん回していくので、観客を入れる余裕もスペースもないらしい。

 ただ、ベスト8が進む二日目の決勝は、大講堂で一般観覧者を入れて行うというのは事前情報として聞いていて、尚人の結果がどうあってもいいように、本当は一日スケジュールを開けて置きたかった。しかし、ずいぶん前にマネージャーの市川にスケジュール調整を依頼したのに、あっさり「無理」と言われてしまったのだ。絡みのある仕事だから、雅紀の都合だけでスケジュールを動かすことはできない、と。その代わり、午前中の一件だけ、というのが市川の折衷案だった。それで雅紀も折れたのだ。

【仕事終わったらすぐ行く】

 だから、勝ち進んでほしい。そんな思いをメールに込めた。

【対戦相手の抽選は明日だから、どこと当たるかまだわかんないけど。昨年の優勝校が順当に勝ち進んできてて。二日目は、どこと当たっても厳しいかな。これから今日の反省会して、明日のための作戦会議です!】

 いつもとは違った雰囲気のメールからは、尚人の気持ちの昂りが感じられた。予選は三試合勝たないと通過できないという話だったから、相当に集中力を要したはずだ。雅紀の経験的に、試合慣れしてくるとオンとオフの切り替えが短時間でできるようになり、それが体力の温存へと繋がるのだが、大会というものに初めて出た尚人は終わった後も興奮冷めらやぬ感じなのだろう。となると、興奮が引いた時にどっと疲れが出る。その証拠のように、いつもならまだ起きているはずの十時頃に一度メールをしてみたのだが返信はなかった。

 今朝尚人からは【おはよう】のメールはあったが、決勝前に邪魔するのも悪いと、雅紀も【おはよう。今日も頑張れ】と軽く返しただけに止めた。それもあって、雅紀は少しでも早く撮影を終わらせたいのだ。

 丸一日尚人の声が聞けてない。

 一分一秒でも早く尚人の元へ行きたい。

 ピン撮りならいくらでも巻きで撮影する雅紀だが、この調子ではいつ終わるかわかったものじゃない。

(元カリスマ読モとやらの力を見せてみろよ!)

 と思わず心の中で毒づく。

 そこに

「十分休憩入れまーす」

 とアシスタントの声が響いて、雅紀は思わずため息をついた。

 これで何度目の小休憩かわからない。

 もはや、撮影時間より休憩時間の方が長いのではないかという気がしてくる。

 雅紀は衣装を脱いでスタジオを出た。

 一服して気持ちを落ち着けさせたい。

 声を掛けられたのは、そのタイミングだった。

「よう」

 ––誰だよ。

 少々神経をピリつかせながら顔を上げると加々美がいる。

 雅紀は軽く目を見張った。

「加々美さん。今日は、どうしたんです?」

 相手はアズラエル所属のモデルでもなし。撮影スタジオがあるだけのこのビルに何用だろうか。

 雅紀が伺うような視線を向けると、加々美はなぜか苦笑した。

「どうしたって、お前こそどうしたんだ。––––こう言っちゃ何だが、人殺しそうな目してたぞ」

 加々美の言葉に雅紀はひっそりと眉を潜めた。

 そんなひどい顔をしていただろうか。

「何だ。撮影、進まないのか?」

 加々美がどことなく同情するように言う。それに雅紀は視線だけ返しつつ、タバコに火をつけて深く吸い込んだ。相手が誰であろうと、悪口になるようなことは言いたくない。自分の吐いた言葉はいつか自分に返ってくる。それが雅紀の信条だからだ。感情的になっている時には特に、気をつけなければならない。

「ちょっと、押し気味なんです」

「ふーん」

 加々美もタバコを取り出す。

「相手、誰?」

「エリーゼの新人女性モデルですよ。『アンナ』という。元カリスマ読モらしいですけど。加々美さん、知ってます?」

「いや、知らない」

 加々美は迷う様子もなく首を振る。

「元読モってことは、まだプロになりきってないって感じなのか?」

「さあ? フレームに収まる収まらない以前の問題ではありますが」

 雅紀の口からつい本音がポロリとこぼれ落ちると、加々美が口の端で笑った。

「そりゃ、お前があれだけ刺々しい空気ばらまいてたら、相手は萎縮すんだろう。何、イラついてんだ」

 加々美の指摘に雅紀は息を吐いた。

 加々美の侮れないところは、こういうところだ。的確に、本質をついてくる。

 適当に誤魔化しても仕方ないので、雅紀は本音を吐き出した。

「ナオが全国大会に出場してて、今日決勝なんです。だから、さっさと撮影終わらせて応援に行きたいんですよ」

 雅紀が声を潜めながら言うと、加々美が思い切り目を見開いた。

「何だ、その話。全国大会って、何の?」

「即興英語ディベートです」

「へぇ、そんな大会あってんだ。––ちなみに、どこで?」

 雅紀は言いかけて、はたと加々美を見据える。

「……加々美さん。まさかと思いますが、自分だけ行こうなんて思ってませんよね」

「お前、何言ってんだ。お前の代わりに応援に行ってやろうかなっていう、親切心だろう?」

「そんな親切心はいりません。俺が行けないのに、加々美さんが行くなんて、わけわかんないでしょう?」

「いやぁ、ほら。俺だって、尚人くんとは知らない仲じゃないし?」

「だから、何なんです」

「––だから、お前。その目やめろって。まじ怖いから」

「加々美さんのせいですよね?」

「え、おれ? いや。違うと思うけど……」

 言い淀む加々美に雅紀が目をすがめると、加々美は降参とばかりに両手を軽く広げる。

「わかった。わかった。勝手に行ったりしねーって」

「本当ですか?」

「ああ、行くならお前と一緒に行くって。それならいいだろう?」

「ええ、まあ」

「よし、そうと決まれば。さっさと撮影終わらせるぞ」

 加々美はそう言うと、表情を変えた。

「まず。お前のその刺々しい空気やめろ。大抵のやつは、その空気にびびるから」

 加々美の指摘に、雅紀はかすかに口元を歪めた。

 そんなつもりはない。

 相手を威嚇するつもりもない。

 相手が勝手に萎縮しているだけだ。

 そんな雅紀の心の声が聞こえたかのように、加々美は小さく苦笑した。

「普段なら別にそれでもいいけどさ。相手の雰囲気に呑まれてるようじゃ、その程度のモデルってことだし。 ––––でも今日は、撮影、さっさと終わらせたいんだろう?」

 加々美は雅紀にささやく。

 もちろんだ。

 雅紀は頷く。

 さっさと撮影を終わらせたい。

 高望みはしないから、予定通り午前中に終わってくれさえすればいいのだ。

 ただそれも、すでに絶望に近いが。

「そういう時は、相手をうまくエスコートしてやるんだよ。大切な彼女をここ一番のデートに誘うときみたいにさ。特に相手が女性なら、自分の隣にいるのは大切な彼女だと自分に暗示をかけてだ」

「……加々美さん。申し訳ないんですけど。例えが、わからなさすぎます」

 そもそも雅紀に、エスコートしたいと思うほど大切な彼女がいたことがない。女性との付き合いは常に刹那的で、尚人への恋情を自覚してからは、それがより顕著になった。

 雅紀にとって大切にしたいのは尚人だけ。

 一緒にいたいと思うのは尚人だけ。

 笑顔が可愛いと思うのも、寝顔を独り占めしたいと思うのも尚人だけ。

 欲情して、体を一つにつなげたいと切望するのも尚人だけ。

 たとえ嫌われても憎まれても、手放せないと思うのも尚人だけだ。

「……まさかと思うけど、お前って、女性との付き合いもそんな感じのドライなのかよ?」

「それって、今、関係あります?」

 雅紀が問うと、加々美は何やら言いかけた言葉を飲み込んだ。

 視線を向けたまま、思案げに沈黙する。

 廊下で帝王とカリスマが対峙している様は傍目には絵になっていたかもしれないが、二人に間にはなんとも微妙な空気が漂っていた。

「……わかった。じゃあ、尚人くんだと思え」

「は?」

「今日一緒に撮影してるのは、尚人くんだと思うんだよ。初めての撮影で、勝手がわからなくて困ってる。そんな尚人くんをお前が手取り足取り教えてやってだな」

「……ナオは、もっと可愛いですけど」

「だーかーらー。脳内変換しろって言ってんだよ」

 加々美は思い切り片眉を跳ね上げると、雅紀の肩に手を回した。

「尚人くんの応援、行きたいんだろう?」

 加々美の問いかけに、雅紀は頷く。

 それは、切実な願いだ。

「じゃあ、やるんだよ。このまま手をこまねいて、時間を無駄にするつもりか?」

 加々美が耳元で囁く。まるで悪魔の囁きの如く。しかもそれは最もな指摘で、雅紀は覚悟を決めるかの如くタバコをもみ消したのだった。

 

 

 * * *

 

 

 課外が終了するなり教室を飛び出し、中野大輝は駐輪場へダッシュした。自転車カゴに荷物を放り込み、取り出したスマートフォンを起動させる。

 翔南高校では、校内での携帯電話の使用は禁止で、電源も切らないといけないルールだが、帰宅前に家族等へ連絡を入れることを想定し、放課後の駐輪場では使用が認められていた。

 スマートフォンのわずかな起動時間さえもどかしく感じながら、中野はネット検索をかける。知りたいのはもちろん、今日行われている全国高校生即興英語ディベート大会二日目の速報だ。

「なあ、結果どうなっている?」

 少し遅れてやって来た山下が、上がった息を整えながら中野に声を掛ける。ここまで全力で駆けて来たのだろう。ついでに、日頃から話の長い担任への不満がここぞとばかりに溢れ出す。中野はそんな山下をさっくり無視して、大会公式ホームページにアクセスすると『大会結果速報』の文字をタップした。そして、表示された画面をほんの少しスクロールする。

「うわ! 勝ってる! マジか!」

 中野が思わず叫ぶと、

「え! 見せて」

 山下が画面を覗き込んだ。

「七対二か。圧勝じゃん!」

 大会結果は、午前中に行われた準々決勝の結果だ。

 今回行われているディベート大会のジャッジ方法は、全てのディベートが終了した後、先攻の賛成意見チームの方が勝っていたと思えば赤旗を、後攻の反対意見チームの方が勝っていたと思えば白旗を上げる、というものである。ジャッジ人数は予選で三人。決勝で九人。それは予選時には三会場同時に行われて試合が決勝では一会場になり、各会場三人いたジャッジが一堂に会するからだ。

 そういったことは、事前にリサーチ済みの中野と山下である。

「準決勝は、一試合目一時からか……」

 中野は現在の時間を確認して呟く。

 今日の決勝からはネットでライブ配信されており、勝ち進んでいたら山下の家で一緒にライブ観戦する約束になっていた。中野の家より山下の家の方がほんの少しだけ学校に近いからだ。昼食を確保するため途中のコンビニで弁当を買っていく予定で、その時間を考えたらあまり余裕はない。

 中野は携帯を仕舞う。

 その時になってようやく駐輪場に姿を見せた桜坂に

「おい、弁当買って山下ん()に行くぞ」

 そう声を掛けただけで、桜坂は何もかも承知したように頷いた。

 

 

 時同じ頃、ネットではあることが話題になっていた。

 それは、一人の呟きから始まった。

『今、高校生即興英語ディベート全国大会二日目のネット配信見てたんだけど。勝ち進んでるS高のメンバーの一人って、MASAKIの弟だよね?』

 その呟きは、水面に投げ込まれた一石のごとく、あっという間に波紋を広げた。

『校名と名前から、ひょっとしてそうかも、って思って見てたけどやっぱり⁈』

『私も見てた。でも、他人じゃない? 似てないし』

『MASAKIは兄妹弟の中でも一人先祖返りして日本人離れしていることで有名。だから、似てなくて当然じゃない?』

 書き込みは、怒涛の如く。次々と皆が呟きを残していく。

『妹は似てなくても、MASAKIの妹って納得するけど。S高のメンバーは似てないどころか真逆のタイプ』

『妹の顔って公開されてんの?』

『ガールズコンテストに出場して今はモデルSAYAKAとして活動してる。アズラエルの公式HPにプロフィール載ってるよ』

『サンクス。見て来た。確かにMASAKIの妹って感じ。目力凄すぎ』

『あの家の次男って確か「和み系」じゃなかった? だったらMASAKIとは真逆で当然じゃ?』

『確かにマスコミがつけてたキャッチフレーズ。長男超絶美形、長女正統派美人、次男和み系、三男やんちゃ系だったね』

『S高の彼、確かに和み系イケメンだった』

『やっぱりイケメンなんだ!』

『端正で綺麗な顔立ちだったけど、私はイケメンって言葉より、深窓の令息って言葉の方がぴったりくる』

『わかるー。例えるなら光源氏の息子夕霧って感じ。美形のDNA引いてるけど真面目実直で頭いいとこ。英語の発音もすっごく綺麗だったし』

『だったらやっぱり他人じゃない。だってMASAKIの家って、最低最悪のクソ親父のせいで散々苦労させられたでしょ? 家族の暴露本とかマジありえなかったし。あれやられて深窓の令息って雰囲気になる』

『苦労しすぎて悟っちゃったとか?』

『悟ると育ち良さげになるの?』

『同年代より大人びはするかも』

『なるほど』

『ところで、あの家庭環境で英語ペラペラになれる? 英会話塾とか当然通えないよね?』

『あの家庭環境でS高行っちゃうくらいだから。相当頭は良さそう』

『MASAKIはネイティブに英語喋るって噂だけど。だからあの騒動あるまでファンの誰もが外国育ちのハーフだと思ってたらしい』

『じゃあ、英語は兄ちゃんに習ったんだな』

『ってことは、やっぱり大会に出てるS高メンバーはMASAKIの弟?』

『ところで、大会の様子って録画配信はされてないの? ライブだけ?』

『ライブだけ』

『見たかった』

『午後から準決勝ある』

『準決勝第一試合、午後一時から。翔南高校対甲咲高校』

 そのやりとりはあっという間に拡散し、噂が噂を読んで。

『今日の午後一時から配信の高校生即興英語ディベート全国大会準決勝にMASAKIの弟が登場するらしい』

 その情報をキャッチした、多くの覗き見趣味の者たちによって、大会ホームページにはかつてないほどのアクセスが殺到した。

 

 

 中野と山下と桜坂の三人は、途中のコンビニで弁当を調達すると、山下の家を訪れた。

「おじゃましまーす」

「おじゃまします」

 昼間は誰もいないと聞いてはいたが、中野と桜坂はひと言挨拶して玄関を上がる。山下は二人を先導する形で階段を上がり、二階の正面の戸を開けると二人を促した。

「荷物はその辺にてきとーに置いて」

 山下はそう言うと、すぐさまデスクチェアーに腰掛けて卓上のパソコンを起動させる。それから、キーボードをパチパチと物凄い速さで叩き、マウスをカチカチッと手早くクリックする。それでモニターにはすぐさま、大会公式ホームページの画面が表示されるはずだったが……。

「え、なんで」

「……まじかよ」

「……うそだろ」

 山下は何度か操作を繰り返して苛立たしげに呟く。

「どうした?」

 中野の問いかけに、山下は盛大に顔をしかめた。

「大会ホームページが開かない」

 一瞬、自分の家のネットワークに問題が発生したのかと思った山下だったが、他のサイトは問題なく開いている。

「まじで?」

 中野は、自分のスマートフォンを取り出すと、サイトにアクセスした。しかし、つい三十分前には繋がったはずのサイトは、アクセス中を示すクルクルと回るサークルを表示するばかりで繋がる気配がない。

「何でだよ」

 中野の口調もつい尖る。

 二人がただただ黙って、パソコンやスマートフォンをいじること数分。

 山下が突然叫んだ。

「うわ! まじか」

「どうした?」

「これ、見てみろよ」

 山下に促され、中野と桜坂はパソコン画面を覗き込む。

 とある呟きサイト。そこに、今日行われている即興英語ディベート全国大会にMASAKIの弟が出場しているらしいこと。弟が出場する準決勝が今日の午後一時から大会公式ホームページでネット配信されること。などの書き込みが大量に続いた後。大会公式ホームページ繋がらない。アクセスが殺到してサーバがダウンした模様。などの投稿が続いている。

「まじかよぉー」

 中野は天を仰ぐ。

 どうしようもない重苦し溜息が、部屋の中に落ちた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。