「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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一陣ノ風 10

 タクシーの後部ドアが開くと同時に、雅紀は飛び出すようにタクシーを降りた。そのまま早足で大学の門を潜り、構内へと入る。大学も夏休み期間に入っているのか、思いのほか人の姿は少ない。それで返って雅紀の存在が際立つのか、何人かの学生らしき若者が、足を止め、視線を止めて、遠目に雅紀を見やる。しかし雅紀は、そんな周囲の視線など一顧(いっこ)だにすることなく、全国大会の会場となっている大講堂を目指した。

 そんな雅紀を、タクシーの支払いを丸投げされた加々美が、慌てたように追いかけてくる。

「って、おい。雅紀。ちょっと待てって!」

 小走りのその姿さえ、帝王の威厳を損なうものではないのだが、もちろん雅紀はそれにさえ目もくれない。

「おい、って」

 加々美は雅紀に並ぶと、息を整えるように小さくふうっと息を吐く。その姿さえ色男の風情たっぷりだ。帝王とカリスマが肩を並べて闊歩する様など、なかなかお目にかかれるものではないのだが、二人を遠巻きに眺めるわずかな視線が、その価値にどれだけ気付いているかは不明だ。

 が、もちろんそんなこと、雅紀にとってはどうでもいい。

「置いていくなって。俺、会場がどこだか知らないんだから」

「正面に見える大講堂ですよ」

 雅紀は答えながら、時間を確認する。午後三時を回っている。もうまもなく決勝戦が始まる時間だ。

 中断を繰り返していたグラビア撮影は、加々美のアドバイスもあって、その後は何とか進んだ。

「もう少し腰をこちらに寄せて。その方がフレーム収まりがいいから」

 雅紀は相手の女性にそう小さく囁いて、腰にそっと手を添えて微調整する。

「顔はこちらに。首から肩のラインをきれいに見せて」

 にっこり微笑みながら、顎をクイっと持ち上げる。

 そうすると、最初はガチガチだった女性モデルが、次第にトロンとした視線を向けるようになって、

 ––うぜー……

 という言葉が頭に浮かびそうになるたびに、

 ––ナオだから。今、隣にいるのナオだから。

 と雅紀は自分に言い聞かせた。

 と言っても、やはり女性モデルを尚人と思うことはできなくて。

 ––ナオの方が、もっとほっそりした腰してるよな。

 とか、

 ––この距離でナオの顔があったら、絶対キスしちゃうな。

 とか、

 ––ナオのうなじって、何であんなそそるんだろうな。

 とか、そんなことばかり考えていた。

 まあ、始終尚人のことを考えていたので、加々美的に

「やればできるじゃねーか」

 だったようだが。雅紀的には、終わってくれれば何でもよかった。

 ただ、何を勘違いしたのか、お調子者のマネージャーが撮影終了後に

「どうです、MASAKIさん。この後、親睦を深めるために、一緒に食事でも」

 と言いただした時には、さすがに、

 ––ふざけてんじゃねーよ。

 という視線ひとつで黙らせたが。

 何しろ無事終わったと言っても、予定をかなり押していて、カメラマンからOKが出た時にはすでに午後一時を回っていた。午前中に終わる予定だったはずなのに、である。

(準決勝もう始まってる時間じゃねーかよ)

 時間を確認して舌打ちし、事前に大会公式ホームページでライブ配信があると聞いていたので、せめてライブ配信を見ようと思ったのだが、なぜかホームページに繋がらなくて、さらに舌打ちした。そんなこんなで、バタバタと帰り支度をしている最中に尚人から

【準決勝勝ちました! 決勝が三時十五分からです】

 というメールが届いたのだ。

【今仕事終わった。これから向かう。応援してるから頑張れ!】

 当然即レスした。

【気をつけて来てね。慌てて事故とかあう方が心配だから】

 こんな時でも相手を気遣う尚人の優しさが嬉しくて、雅紀はそれで多少なりとも苛々とした気持ちを和らげた。

【大丈夫。タクシーで向かうから。泣いても笑っても最後なんだから、思い切り楽しめ】

 かつて自分が掛けられて、一番心に残ってる言葉を尚人に贈る。インターハイ決勝。平常心のつもりでいても、どこか肩に力が入っていた。それを見抜いたOBから掛けられた言葉だ。

【ありがとう。まーちゃん。楽しんでくるね!】

 できれば直接言いたかった。と思いつつ、雅紀は捕まえたタクシーに飛び乗ったのだ。

 足早にプロムナードを抜けて、会場である大講堂に着くと、出入り口に大会会場であることを示す看板はあったが、思いのほかひっそりとしていた。決勝戦を見に来た者は既に会場に入ってしまっているのかもしれないが、剣道のインターハイのイメージが強い雅紀にしてみれば、全国大会の会場周辺に人気(ひとけ)がないというのが少し意外だった。

(看板があるんだから、ここで間違いないんだよな?)

 雅紀は建物の正面から中に入る。その時だった。出入り口付近にいた女子高生が、じっと雅紀を見つめていると思ったら

「あ、あの!」

 と声を掛けて来た。

 そのまま無視しようと思った雅紀だったが、次に掛けられた声に足を止めた。

「篠宮先輩のお兄さんですよね」

(ん?)

 思わず女子高生を見る。雅紀は、掛けていたサングラスをずらした。

「皆川さん、だったかな?」

 雅紀は記憶を掘り起こす。間違いない。先日、大学生との実践練習の時にいた、翔南高校の一年生だ。ディベートが始まってしまうと興味も関心もなくなって、その場にいたかどうかも記憶があやふやだが、待ち合わせの正門前で顔を見た記憶がある。

 雅紀の言葉に、女子高生は明らかにホッとした顔をした。

「そうです。お兄さんが来たら、学校関係者席に案内するように言われて、待っていました」

 女子高生の言葉に、雅紀は軽く目を見張る。そんな気遣いを受けるとは思っていなかったからだ。

「それは、ありがとう」

「あの。では、こちらへ」

「おおっと、お嬢さん。ついでで悪いんだけれども、俺も一緒にいいかな?」

 皆川の後についていこうとした雅紀の肩を止めて、加々美が身を乗り出す。

「俺も尚人くんとは親しく交流しててね。応援に来たんだ」

 戸惑い顔の女子高生に畳み掛けるように加々美は続ける。女子高生相手に、何色気振りまいてるんです、と突っ込みたくなるような笑顔だ。

「加々美さん……」

 それは、ちょっと、図々しすぎやしませんか?

 と雅紀が口を開く前に、皆川がぎくしゃくとながらもうなずいた。

「はい。あの。大丈夫、……です。どうぞ、こちらへ」

 上機嫌の加々美に何かひと言言ってやりたい気もしたが、もう時間が迫っている。雅紀は、皆川の案内で会場内へと向かった。

 

 

 案内された席は、ステージ正面で、壇上にいる者と視線が合いそうなくらいの距離だった。雅紀と加々美が連れ立って会場に入れば、さすがに人目を引いたのか、観客らが一瞬さざめく。しかし会場内は、いよいよ決勝戦が始まるという直前の雰囲気で、注意事項アナウンスが流れていたこともあり、一瞬のさざめきも、すぐに静寂に飲み込まれていった。

「携帯電話の電源は、お切りになるか、マナーモードにしていただきますようお願いします。ディベート中の携帯電話の使用は、大会運営に支障をきたす可能性がありますのでお控えください。また、会場内での写真撮影、動画撮影、録音行為は一切禁じられておりますので、ご了承ください」

 そのアナウンスに、雅紀は携帯を取り出して電源を切る。長い足を持て余し気味に隣に座った加々美も、ジャケットの内ポケットから取り出した携帯電話の電源をオフにしていた。

「それでは、決勝戦に勝ち進んだチームの紹介をします。各チームは登壇ください」

 そのアナウンスに、壇下に控えていたらしい高校生たちが登壇する。それと共に、決勝戦に勝ち進んだのが翔南高校と青山清峰高校であること。青山清峰高校は昨年の優勝校で過去三回の優勝経験を持つ伝統校であるのに対し、翔南高校は全国大会初出場で決勝戦まで勝ち進んできたこと。などが紹介された。

(何だか、自分が出るより緊張するな)

 雅紀は壇上に立つ尚人を見る。壇上の尚人は、落ちついているようだが、いつもの尚人とは違って見える。晴れの舞台に立つその姿が眩しい。

「只今より、第十一回即興英語ディベート大会決勝戦を行います。チーム代表はくじを引いてください」

 アナウンスが大会の開始を告げる。

 雅紀は自分の気持ちを落ち着けるように、大きく息を吸い込んだ。

 

 

 * * *

 

 

 壇上に上がった尚人は、観客席に雅紀の姿を見つけた。

(あ、まーちゃん。間に合ったんだ。よかった)

 準決勝が終わった後、尚人はすぐに雅紀に結果報告のメールを入れた。午後からは行けそうという話だったが会場内に姿がなかったので、仕事が終わらなかったのだろうと察したのだ。

 雅紀の仕事はいつだって不規則だ。予定が押したり早まったりは(つね)のこと。それはわかり切ったことなので、尚人は気にしない。今はメールでやりとりできるので、簡単につながることもできる。

 ––仕事中ならメールも見れないかな。

 とは思ったが、それでもよかった。一番に報告したい。それが本心だから。しかし即レスがあって、尚人はそれだけで嬉しくなってしまった。

 そうやってメールを打っていると、その姿を見た清田が

「兄貴にメールしてんの?」

 と聞いて来たので、

「うん。仕事終わったから、これから来るみたい」

 と何気に答えたら、なぜか、だったら学校関係者席に座ってもらおう、という流れになったのだ。その方が会場内も混乱しないだろうから、と。そう言われると尚人も「そうかな」と思わざるを得なかったのだが。なぜかその隣には加々美の姿まである。

(加々美さんも一緒だったんだ)

 おそらく、出迎えを任された皆川は、びっくりだったんじゃないだろうか。

 その時、観客席の雅紀と視線があった。

 ––頑張れ。

 その目が、そう言って穏やかに笑う。

 その視線に、尚人は物凄いパワーをもらった気がした。

 やっぱり、メールだけより、目の前で応援してもらった方が断然いい。

「チーム代表はくじを引いてください」

 そのアナウンスに、翔南高校のチーム代表である杉本が、相手チームの代表と握手してからジャンケンをする。勝った杉本が最初にくじを引き、相手チームと同時にくじを開く。杉本が引いた方のくじに「賛成(肯定)」とあり、尚人たちは左手の席に座った。

「それでは論題を発表します。決勝戦の論題は『世界的な人口爆発を解決する手段として火星移住計画を本格的に推し進めるべきである』です。それでは討論開始まで十五分の準備時間を取ります。では、始めてください」

 論題の発表と同時に会場が少しざわめいたのは、論題が意外だったからだろう。今までは時事問題や教育問題などが論題になることが多かった。観客席からも、ヒソヒソとではあるが、

「決勝でこれ系って珍しくない?」

「意外すぎる」

 などと声がする。

「はあー。まじか! って感じ」

 杉本も、論題発表と同時に小さく唸った。

「なんで? 面白い論題だと思うけど」

 尚人が言うと、杉本は口を尖らせる。

「だってー。反対意見ならめっちゃ思いつくけど、賛成意見なんて思いつかない。なんでこのお題で賛成のくじ引いちゃったかな。火星移住なんてファンタジーすぎる」

 ––ファンタジー

 尚人は、何となくその言葉を口の中で繰り返しつつ

「杉本が思いつく反対意見ってどんなの?」

 問うと、杉本の口からはよどみなく言葉が飛び出した。

「まずは、現実問題宇宙空間に飛び出すだけでも大変でしょ。訓練もせずにど素人が宇宙に行けるのはSFの世界だけだって。それに、ロケットにはそんなにたくさんの人乗れないから、何回も打ち上げないといけないし。それだけでどんだけ費用が必要なのって感じ。そして、そうやって行った先の火星が、そもそも移住できるような環境にないんだよ。水も空気もないんだから。そこに移住しようってなったら、まずは人が住める環境を作り出さないといけないわけでしょ? そういうこと考えたら、いくらお金あっても足りないし、そんなお金あるなら地球内でどうにかした方が現実的じゃん」

「そうだね。じゃあ、地球内でできる現実的な対策って何?」

「……人口減らす」

「直接的すぎる対策だな。今いる人間を減らすってことは、殺すか死んでもらうかってことだぞ」

 清田が冷静に突っ込む。

「または、人口が増えないようにする」

「中国のひとりっ子政策みたいなもんだな。しかしあれは別の問題を誘発して結局廃止された」

 清田はそう言ってから、わずかに思案顔をした。

「俺は、増えた人口に対応し続ける、ってのも対策の一つだと思う。人口爆発が問題なのは、様々な不足を生み出すからだろう? 食糧不足、用水不足、雇用不足、住宅不足。それらが全員に十分行き渡るなら、そもそも問題にならない」

「ということは、この論題のポイントは、火星移住が現実的か否かということじゃなくって、人口爆発が生み出す諸問題にどう対応するかってことだね。対応できる具体策がないなら火星移住もやむなしってことになるんじゃない?」

 尚人が言うと、清田と杉本は同時にニヤリと笑った。

「いけるな」

「いけるね」

 二人はグータッチしてから、具体的な展開を話し合う。

 タイマーが十五分経ったことを表示すると、杉本は、いつもと同じ調子で元気いっぱいにスピーチを開始した。

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