「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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縹色(はなだいろ)ノ雲 3

 海外での仕事を終えて雅紀が久しぶりに帰宅すると、珍しく家は無人だった。平日の昼過ぎ。尚人は間違いなく学校だろうが、裕太も買い出しに出ているのだろう。

 引きこもりをやめて以来、スーパーへの買い出しは裕太の仕事だ。その仕事に慣れると、裕太のお手伝いは少しずつ範囲を広げているようで、

「近頃は、風呂もトイレも裕太が掃除してくれるから、ほんと家事が楽」

 と尚人は言っていた。料理も、簡単なものならいくつか作れるようになったらしい。そういった裕太の成長は喜ばしいことに違いないが、それよりも雅紀にとっては、そういうことを嬉しそうに話す尚人の姿が見られることの方が重要だ。

 二年前は、家族のこんな形は想像もできなかった。雅紀は、尚人への劣情を自覚して、自ら弟を汚すことを恐れてなるべく家に寄り付かないようにしていたし、裕太は怒りを抱えて周囲の全てを拒絶し、部屋に鍵をかけて閉じこもっていた。そんな状況の中、家族の拠り所となる家という入れ物が無くなってしまわないよう、孤独を抱えながらも孤軍奮闘し、日常を守り続けたのが尚人だ。

 そんな尚人の頑張りを、最低最悪の方法で踏みにじった自覚は十分にある。雅紀が隠すことをやめた願望の形に、尚人が身を(すく)ませていたこともわかっている。それでも雅紀とって、欲しいものはたった一つだった。それを希求する中で、家族の形が歪にねじ曲がってしまおうとも、雅紀にしてみればどうでもよかった。自分の腕に中に尚人がいるということだけが重要だったからだ。だが、それでも、尚人が笑ってくれている方がいいに決まっている。尚人が幸せそうに笑っている姿を見ると雅紀も幸せな気分になる。だから、紆余曲折しながらも、家族が今の形に落ち着いて、穏やかな平和を得られたことは純粋に嬉しい。

 雅紀は荷物を持って二階の自室へ上がると、スーツケースの中を整理する。海外での仕事は日本とは違う刺激があって嫌いではないが、どうしても家をあける期間が長くなってしまうのが難点だ。一週間も帰れなければ、どうしたって尚人が不足する。電話だけでは埋めがたい。尚人を渇望する気持ちが抑えられなくなる。

 それでも、尚人を大学へ行かせるために仕事をしてるんだと思えば、まだ頑張れる。尚人の口からはっきりと受験する大学名を告げられたのは海外に出発する前のこと。尚人がずっと進路について悩んでいたのは知っている。それを知っていて雅紀があえてあれやこれや口を出さなかったのは、最終的には尚人が決断することだと思っていたからだ。自分の思いはすでに伝えていた。それを尚人がしっかりと受け止めてくれていることもわかっていた。だから、その先の決断は受け入れるしかない、と腹を(くく)っていたが、実際に受験する大学名を尚人の口から聞かされた時は正直ほっとした。どこの大学がどうとか、ということではなく、尚人が間違いなく大学受験という選択をしてくれたことに安堵したのだ。

 もう、高校受験の時のような思いはさせたくはない。何もかも一人で抱え込んでしまうようなことにだけはさせたくない。雅紀と尚人の関係は、あの頃とは劇的に変わった。今はお互いにちゃんと心を通じ合せているとわかってはいるが、それでも尚人は、何かあってもぎりぎりまで我慢してしまうところがある。仕事が忙しい雅紀を気遣ってのこととわかってはいても、雅紀はそれが不満だ。何かあればすぐに言って欲しいし、どんな些細なことでも尚人がらみのことなら知っていないと気が済まない。そんな雅紀の気持ちを折に触れ尚人に伝えれば、尚人は「わかっている」とは言うが、本当の意味でわかっていない、と雅紀は思っている。

 雅紀がどれほど尚人に執着しているか。尚人は、真には理解していないのだ。

 雅紀は荷物の整理が終わると、久々の自宅風呂を堪能することにした。海外から帰ってくると無性に湯船に浸かりたくなるのは、やはり日本人ゆえだろう。少しぬるめの湯を張って長風呂を楽しむ。窓から差し込む明るい日差しの中で入る風呂は、子供の頃から入り慣れた自宅の風呂であっても何だか雰囲気が違う。家の中は静かで、外から響いてくる音もない。何も考えず、頭を空っぽにする。それで、いろいろなものがリセットされた気がした。

 風呂から上がると、首にタオルを引っ掛けたままキッチンへ向かう。いつの間にか裕太が帰っていたようでソファーに姿があったが、雅紀は特段声をかけることなく冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出してガブ飲みした。

「雅紀にーちゃん。風呂、長すぎ」

 手にしていた本を閉じて、ぶすりと裕太が呟く。

 開口一番聞かされた台詞(せりふ)がそれで、気分の良いはずがない。

 ––––こいつって、ほんと可愛げなさすぎだろ。

 尚人の半分とは言わないが、十分の一位可愛げがあってもいいだろうに。

 何の用だ。

 目だけで問う。そんな雅紀の視線に、裕太はソファーから立ち上がって近づいてくると、強い視線を雅紀に返した。

「ここ最近、ナオちゃんに不審な荷物が届く」

「は?」

 どういうことだ?

 裕太の言葉が意外すぎて、雅紀の不機嫌は一気に吹き飛んだ。

「ネット通販で購入済みの物とか、差出人欄にもナオちゃんの名前が書いてある宅配便とか」

「ナオには、心当たりがないんだな?」

 雅紀が問うと、裕太はわずかに口元を歪めた。

「最初の荷物が、ネット通販で購入された物で。代引きでもなかったし。俺、てっきりナオちゃんが買ったんだとばっかり思って受け取ったんだけど。ナオちゃん、心当たりがないって。そもそもネット通販なんて使ったことないって。……まあ、そう言われたら、そうだなって。ナオちゃん質素倹約が信条だし。実物も見ずにネットで物を購入するなんて性格的にできなさそうだし。……ただ、その時は明仁叔父さんからの全国大会で優勝したお祝いかもしれないって話になって。ナオちゃんが中身を確認したら、百人一首の英訳本だって言うし。けど……」

 裕太は一旦言葉を切って、渋い顔をした。

「ナオちゃんが明仁叔父さんに電話したら、そんなの送ってないって言われたみたいで。で、その時に智之叔父さんのとこかもって話になって。明仁叔父さんが智之叔父さん家に行った時に、ナオちゃんが載った新聞持って行ったからって。––––でも、それも違ったらしくて」

「つまり、見知らぬ誰かがナオの名前を使ってネットで買った物をナオに送りつけてきたと?」

 裕太は頷く。

「で、その後も同じような荷物がちょくちょく届いて。……俺が全部、受取拒否してるから、ナオちゃんは知らないけど」

 裕太の話に雅紀はひっそりと眉を(ひそ)めた。差出人のわからない荷物なんて受け取っていいことは一つもない。裕太の受取拒否はナイス判断だ。が、一体何が起きているのか。訳のわからない事態を放置はできない。今は、受取拒否で対応できても、それでは済まない事態に発展する可能性があるからだ。

 ––にしてもナオのやつ……

 毎日電話で話しているのだから、一言連絡なり相談なりあってもいいんじゃなかろうか。

「このことで、ナオちゃん問い詰めたりするなよ」

 つい不機嫌になった雅紀の顔色を読み取ったらしい裕太がぼそりと告げる。仕事ではどんなに腹が立つことがあってもポーカーフェイスを通せる雅紀だが、尚人絡みになると別だ。とは言え、自分ではそこまで自覚していなかったことを祐太に指摘されるのは、ほんの少しだが腹が立つ。

「問い詰めたりはしないが、確認は必要だろう?」

 雅紀が答えると、裕太は思いのほか真剣な眼差しを雅紀に返した。

「俺は、この件にナオちゃんには関わって欲しくない。こんな訳のわかんないこと、放置はできないって思ってるし、何でこんなことになってんのか調べられるなら調べた方がいいって思ってるけど。––––ナオちゃんに知らさずに解決できるなら、そうした方がいいって思ってる。だって、ナオちゃんは受験生だろう? だったら、余計なことに関わってる場合じゃないじゃん」

 裕太の言葉に雅紀は軽く目を見張る。確かに、裕太の言には一理ある。尚人には、余計なことに煩わされることなく受験に専念して欲しい。そう思うのは雅紀とて同じだ。が、正直なところ、これほど裕太が尚人を気にかけるとは意外だった。

 幼い頃からずっと、裕太はどことなく尚人を下に見ていた。ヤンチャで甘え上手で誰からも可愛がられていた祐太に比べ、大人しくて甘え下手な尚人は親戚の集まりではいつも軽んじられがちだったから、そういった大人達の雰囲気を読み取って、調子に乗っていたのが祐太だった。皆が何となく尚人を軽く扱うから、自分も何となく尚人を軽く扱う。欲しいものは自分の物にし、いらない物は尚人に押し付ける。そんなことは、祐太にとって当たり前だった。

 しかしそれはある種、祐太なりの尚人に対する甘えだった。おっとりしていた尚人は大抵のことは許してしまう。それが祐太にとってはスルーされたかのように感じてしまうのか、尚人が自分を無視できないようなことをあえて繰り返す。そうやって尚人の視線を自分に向けたがっていると、雅紀の目には写っていた。引きこもっていた際の尚人への過度な反発も、ある意味その延長だったといっていい。

 プライドだけは高い祐太なので、一度雅紀が

「ナオに甘えんのもいい加減にしろよ」

 と言えば、

「ナオちゃんなんかに甘えてない」

 と言い張っていたが。

 あの時からの変化を思えば、引きこもりをやめた裕太は、確かに変わろうとしているのだろう。

 すべては、家族の絆を手放さずにいた尚人のおかげだ。

「確認だが、ナオが認識している不審物は、最初に届いた本だけなんだな?」

「そう」

「それは、まだナオの手元にあるのか?」

「たぶん。部屋にあると思う」

 裕太の応えに雅紀は迷わず尚人の部屋へ向かうと、すぐさま、すっきり片付けられた部屋に片隅に、ネット通販会社のロゴの入った小さな段ボールを見つける。後をついてきた裕太が、それで間違いないと頷くのを見て、雅紀は箱の中身を手に取った。

「確かに、百人一首の英訳本だな」

 パラパラとめくってみても、何か不審物が挟まっている様子もない。本のチョイスから言っても嫌がらせとは思えないが、送り主不明な贈り物など気持ち悪いことに違いない。

 しかし、雅紀には気になることがあった。尚人への不審物が届くようになったのが、全国大会の結果が新聞に掲載された以降のことである点だ。

 実は、雅紀にも似たような経験がある。インターハイで優勝し、その記事が新聞に掲載された時のことだ。直後、ファンレターのような物が、学校宛てだけではなく自宅にも届いた。当時は、住所や電話番号の書かれた生徒名簿など簡単に手に入る時代で、そう言ったものが自宅に届いても「すっかり有名人だな」と友人達に茶化される程度の話ではあったが。その手紙には物が添えられていることもあって、正直処理に困るというのが雅紀の本音だった。

 しかし今は、住所や電話番号は簡単には教えられない個人情報だ。尚人の通う翔南高校では緊急連絡網なるものもない。学校からの緊急連絡は、クラス委員の保護者から各家庭に通達されるか、先生達が手分けして全生徒に電話するのが基本だ。新聞に掲載された尚人を見て、どこかの誰かがファンになったとしても、簡単には住所も電話番号も入手できない。そのはずだ。が、もちろん絶対はなく、その気になれば情報を入手する方法はいくらでもあるだろう。

 違法に手に入れた情報。その後ろめたさ故に匿名で物を送る。そう考えられなくもない、が。

 もう一点気になると言えば、今回の新聞記事には、生徒の個人名の記載がなかったことだ。それが本人たちの希望だったのか学校側の配慮であったのかはわからないが、掲載されたのはあくまでも『翔南高校英語ディベートチーム』であった。そもそも尚人の顔を知らなければ『尚人が新聞に載っている』ということすらわからない記事だったのだ。

「……で、どうするつもり?」

 裕太の声に、雅紀はつらつらとした思考の淵から這い上がる。裕太をチラリと見やり、手にしていた本を箱に戻した。

「どうするかはこれから考える。……が、もし今後同じように荷物が届くなら、これからは伝票の写真を撮った上で受取拒否しろ。万が一の時の証拠になるかもしれないから」

「わかった」

 裕太はうなずいて、伝えるべきことは伝え終わったとばかりに部屋を出ていく。

 雅紀は、胸に小さなざわめきを感じつつ、そのままベッドにごろりと体を投げ出した。

 

 

 * * *

 

 

 尚人が課外を終えて帰宅すると、尚人の部屋に一週間ぶりに雅紀の姿があった。

 ––––まーちゃん、帰ってたんだ!

 思わず上げそうになった声を、尚人は慌てて飲み込む。ベッドに横たわる雅紀が静かに眠っていたからだ。

(さすがに疲れたよね)

 今回の出張先はイタリアだと聞いていた。海外で結構有名な雑誌に載ったのをきっかけに、イタリア人デザイナーの手がけるコレクションモデルのオファーが来るようになったらしい。雅紀はあまり仕事関係の詳しい話はしてくれないが、出張先を尋ねる中でそんな話を聞いたのだ。

 MASAKIの名はもはや日本を飛び出して、海外でも広まりつつある。きっとこれから海外での仕事はもっと増えるだろう。そのことを素直に「すごい」と思う一方で、寂しさが足元に絡みつく。海外での仕事は、どうしたって家を空ける期間が長くなる。今は一週間程度でも、もっと大きな仕事をするようになったら、もっと長い期間現地に滞在する必要が出てくるはずだ。カレルから、ユアンは今どこどこのコレクションに参加してるから一ヶ月は帰ってこない、とかそういう話を聞くと、雅紀だっていずれは、そういうことになるのではないかと、尚人は思うのだ。

 しかし兄の長期不在を想像して寂しがる自分に

 ––––十八にもなって、それってどうよ。

 と自嘲する自分もいる。それで、

 ––––やっぱり、俺って。まだまだ子供だよね。早く大人になって、まーちゃんに迷惑かけないようにしなきゃ。

 と、反省するのだ。

 尚人は雅紀を起こさぬよう、そっと荷物を置いて、着替えるために制服を脱ぐ。今日は雅紀が帰ってくるということで、晩ご飯は既にいろいろ仕込みを終わらせていて後は仕上げをするだけなのだが、せっかくだから雅紀が起きるまで待った方がいいだろうか。そんなことを考えながら着替えていると、急に後ろから抱きしめられた。

 刹那、尚人の体がびくりと震えて、心臓が跳ねる。反射的に身を強張らせた尚人の耳元に、すぐさま柔らかな声が落ちた。

「ナオ、ただいま」

 甘いテノールが脳髄を刺激する。と同時に、首筋にかかった息のくすぐったさに尚人は首を竦めつつ、体の緊張を解いた。

「おかえり、まーちゃん。寝てるかと思った」

 視線を向けると、柔らかな眼差しが返る。青みを帯びた琥珀の瞳。その魅惑的な双眸に、尚人は吸い込まれ、絡め取られる。

 見つめ合ったまま、言葉もなく唇が重なった。

 啄むように何度も唇を吸われ、やがて重なり合って熱く溶け合う。

 厚みのある舌が尚人の口内に侵入して上顎をねぶり、舌と舌が絡み合い、きつく吸われて尚人は喘ぐ。

 飲み込めきれなかった唾液が口角から溢れてこぼれ、尚人の首筋を滴り落ちた。

「まーちゃ……」

 息苦しさを訴える尚人の声は、雅紀に容赦なく飲み込まれた。無意識に引きかけた腰を固く抱え込まれ、尚人はそのままベッドに押し倒される。雅紀は言葉もなくこれでもかとばかりに尚人の唇を蹂躙しつつ、膝頭で尚人の股間をぐりぐりと刺激する。久しぶりの刺激に尚人のものはすぐに膨らんで固くしなり、先っぽが湿った。それを確認するかのように、雅紀の右手が尚人の股間を握り込む。

「はッ、あ!」

 わずかに上下されただけの刺激で、射精感が押し寄せた。しかし吐射するには弱すぎて、そのもどかしさに尚人の腰が揺れた。

 ––––もっと、もっとして!

 尚人は雅紀にしがみついて腰を自ら押し付ける。けれども、雅紀の手はくすぐるように尚人を焦らすばかり。どうして欲しいかなんてわかり切っているはずなのに。

 だから、

「もっと、ちゃんとして」

 そう声に出して訴えたいのに、深いキスがそれを阻む。呼吸もままならなくて、尚人の口から漏れるのは、喘ぎにも似た息遣いばかりだ。

 もどかしさと息苦しさに思考はとぎれとぎれで、「くちゅり」という卑猥な音を残してようやく唇が外れたとき、尚人はすでに裸に剥かれていた。

 のそりと上体を起こした雅紀が、今度は首筋を舐めあげる。片方の手はやわやわと尚人の珠を揉みしだき、もう片方の手は尚人の乳暈を摘み上げる。

「あァァッ!」

 ぞわりとした痺れが背筋をかけ上がった。それと同時に、首筋を舐めていた雅紀の舌が鎖骨を通って胸郭の谷間を這い、ゆっくりと乳首へと近づいていく。

 やっと乳首を舐めてもらえる。その期待感に尚人の乳首がさらに尖る。しかし雅紀の舌は焦らすように乳首の周りをちろりちろりと迷走するばかり。

「乳首、ちゃんと舐めて。––––舐めて、吸って」

 荒い呼吸を繰り返しながら哀願する。それに答えるかのように、雅紀の舌先がようやく乳首に到達する。しかし雅紀は、さらに焦らすように尖らせた舌先で弄ぶように乳首を転がすのみ。

「まーちゃん……」

 喉の奥で啼く。すると雅紀は、舌の腹で乳首全体を擦るように撫で回して尚人の乳首を唾液まみれにした後に、ようやくパクリと口に含んで吸い上げた。

「あァァァァァ……–––––」

 快感が脳天を突き抜ける。

 後はもうただただ言葉もなく、与えられる快楽に尚人は喘ぐばかりだった。

 

 

 




※二重螺旋14巻が発売されたことにより、原作と齟齬が生じている部分がありますが、すでに投稿している作品においては、齟齬修正はしませんのでご了承ください。
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