「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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縹色(はなだいろ)ノ雲 16

 カリスマモデル『MASAKI』の自宅敷地内に従兄弟が侵入し器物破損の現行犯で逮捕されたという報道が世間の話題をさらってひと月。マスコミの取材を無視し続けていた『MASAKI』がついに記者会見を開いた。

 この報道がなかなか下火にならないから、ではなく、とある報道機関があろうことか下校中の尚人の姿を盗撮して放送したからである。番組趣旨的には、事件後救急搬送されたと放送された『MASAKI』の弟が元気に登下校していることを伝えたかったようだが、モザイクをかけていたとはいえ、その盗撮行為を雅紀は許さなかった。

 記者会見の冒頭『MASAKI』は、「今回の騒動は、あくまで篠宮の親戚内で生じた問題であり、世間一般の皆様に迷惑をかけた話ではない」ことを強調し、「よってこれは篠宮の親戚内での話し合いによって解決されるべき問題」とマスコミが騒ぎ立てる現状を暗に非難した。何より今回の会見を開くに至ったのは、「この一連の報道のせいで受験生である弟の学習環境が脅かされている」からであり、「盗撮行為はいかなる理由があっても許されない犯罪」で「報道機関だから許されるわけではない」としつつも、「落ち着いた環境の中で受験に専念したもらいたいという気持ちを汲んでもらって、これ以上の報道は謹んでもらいたい」と締めくくった。その後、いくつかの質疑応答があったが、回答は概ね会見で語ったとおりだった。

 この会見に世間の反応は

『そりゃ、そーだ。MASAKIの言うことが最も』

『そもそもMASAKIは弟第一主義だし? この騒動のせいで受験生の弟がとばっちり食っちゃ、MASAKIも黙っちゃられないよね』

『弟君は下校中に暴行事件の被害に遭ってるし。知らない人に待ち伏せされてたって思ったら普通に怖いよね』

『弟君のためにも、この報道もう終わりにしたら?』

『一般人相手にモザイクかけてりゃオッケーっていうルールもおかしいし』

 この会見後、盗撮をしたと指摘された放送局には視聴者から苦情が殺到し、局幹部が「局内のコンプライアンスを見直す」と謝罪会見する事態に追い込まれた。それもあって、この件を報道各局が取り扱うことは一切なくなったのである。

 まとわりつくマスコミがいなくなって清々した一方、雅紀は新たな課題を抱えることになった。会見の中で今回の騒動を「篠宮の親戚内での話し合いによって解決されるべき問題」と啖呵を切った以上、智之からの連絡を無視し続けるわけにはいかなくなったからだ。

 明仁を仲介して日程調整を行い、雅紀と智之は堂森の篠宮家で対面することになった。

(ったく、何の因果なんだか)

 雅紀は堂森に向かって車を走らせながら胸中ぼやく。あの男(慶輔)に引導を渡すためにこうして車を走らせて堂森に向かったのがちょうど一年前だ。あの男が自分勝手に撒き散らして行った因縁がまだしつこく絡みついている気がして、雅紀は不快感が拭えなかった。

 堂森の祖父母宅へ到着すると、門前は思いの外ひっそりとしていた。マスコミの姿は全くない。あの会見を受けて、こちらからも完全に手を引いたということだろう。門前に車を止め、門扉を開けて入る。雅紀がドアフォンを鳴らすと、すぐにドアが開いた。

「忙しいのにわざわざすまんな。ま、入れ」

 出迎えたのは明仁だった。仲介を頼んでいたので居て不思議ではない。が、通されたリビングに零の姿があったのは意外だった。目が合って、零が固い表情で会釈する。雅紀はそれを一瞥しただけだった。

「あら、雅紀ちゃん。来たのね。お茶とコーヒー、どっちがいいかしら?」

 台所から秋穂が顔を覗かせて、おっとりと尋ねる。雅紀は秋穂にきっちり腰を折った。

「ご無沙汰をしております」

 昨年、秋穂が慶輔を選んだ時点で祖母との縁は切れている。それは慶輔が死んだからと言って変わるものではない。が、だからと言って祖母に横柄な態度を取るつもりはなかった。

 それはそれ、これはこれ、だ。むしろ他人なのだから、他人行儀に対応して然るべきだ。

「コーヒーをお願いします」

 雅紀が言うと、秋穂が台所に姿を消した。昨年ここで会った時より随分と雰囲気が柔和なのは、今回の件は自分には関係ない、とそう思っているからだろうか。

(まあ、変に首を突っ込まれるよりいいけど)

 雅紀がそんなことを考えていると、明仁が雅紀にそっと囁いた。

祖母(ばあ)ちゃんな、実は痴呆(ボケ)てるんだ」

「は?」

 思わず振り返る。明仁の苦渋の表情を見ると冗談ではないらしい。

「気づくまで時間が掛かったんだが。……日常生活に支障はないし。ある意味、普通だしな」

「では、なんでそう思うんです?」

「まだら痴呆(ボケ)っていうのか? 日常生活には全然支障がないのに、今回の事は全く認識できてないって言うか。智之と瑛がここで生活してるのも、何にも気にしてなくてさ。子供の頃、夏休みに泊まりに来た時と同じ感覚でいるって言うか。だから、瑛が学校に行かないで毎日家にいるのに何とも思ってないって感じで。でも、瑛が小さな子供じゃないってことはわかってて」

「あいつが死んだことは?」

「わからん。仏壇に毎日手は合わせるが、親父の遺影もあるしな。……今日お前が来るってことを伝えた時も、『あら、そうなのって。じゃあ、お寿司でも取る?』って。そんな感じで」

 雅紀は言葉がなく黙り込んだ。何と言っていいものやらわからないが、日常生活に支障がなく、自分が見たい世界だけを見ていると言うなら、ある意味幸せかもしれない。不都合な記憶を全部消し去ったあいつみたいに。

「智之を呼んでくる。座って待っていてくれ」

 明仁はそう告げて一旦部屋を出ていく。二階に明仁達三兄弟が子供の頃使っていた部屋があり、おそらく智之達はその部屋で寝起きしているのだろう。子供の頃、ここへ泊まりに来たときに何度か入ったことがある。大部屋で布団を並べて子供達と一緒に寝ていた母親達とは違って、父親達はさも当然という顔をしてかつての個室でゆったり寝ていた。ただ、それだけの思い出だ。

 雅紀は秋穂が運んできた香りばかりの薄いコーヒーを飲みながら、居間から見える庭に目をやった。記憶にある景色よりだいぶ(すさ)んでいる。手を入れなくなったら庭というのはあっという間にこうなるのだろう。それを思えば、我が家があの状況の中、あの生活環境が維持されたのはまさに奇跡としか言いようがない。そしてその奇跡はひとえに尚人の努力の賜物なのだ。改めて考えるまでもなく、頭の下がる思いだった。

 その時––––、

「雅紀」

 声をかけられて雅紀が室内に視線を戻すと、部屋の入り口に智之の姿があった。記憶にある智之とはあまりにも見た目が違っていて、雅紀は本気で一瞬誰だかわからなかった。

「すまん!」

 智之が突然その場に膝をついて土下座する。その姿に明仁が口元を歪め、部屋の隅で息を殺して立っていた零が表情を強張らせた。

 そんな三者三様の姿を一瞥してから、雅紀は手にしていたコーヒーカップを目の前のローテーブルに置いた。

「智之伯父さん。まずは座ってください。でなければ、話もできません」

 智之の激変も土下座も雅紀の感情を揺さぶるものではなかった。

「それに。謝罪なら、俺じゃなくてナオにすべきです」

(そうだろう? 零君)

 雅紀がそんな視線を零に向けると、零の口元が引きつった。どうやら自覚はあるらしい。

「もちろん。面会させてもらえれば尚人にも、裕太にも謝罪する」

 智之が床に額を擦り付けたまま声を震わせる。その答えに雅紀はため息を吐いた。どうやらこちらは、何もわかってはいないようだ。

「智之。雅紀が言う通り、まずは座れ」

 いつまでも土下座をやめない智之を明仁が促してソファーに座らせる。その背後に瑛の姿はない。家の中にいるのかどうかもわからないが、今日の話し合いに顔を出す気はないのだろう。

(ま、いいけど)

 雅紀は思う。雅紀は智之や瑛から謝罪の言葉が欲しいわけではないし、円満解決して今後も親戚付き合いが続くことを望んでいるわけでもない。これを持って縁を切り、金輪際互いに一切関わりを持たない。そのことを双方理解のものにしたいだけだ。

「本当にすまなかった。瑛のしたことは、言い訳できる話じゃない。尚人や裕太に怪我がなかったと聞いて、それだけが不幸中の幸いだったと思っている」

「智之伯父さんは、瑛君がなぜ(うち)に来て暴れたのか。その理由はご存知なんですよね?」

「……ああ、瑛に聞いた。俺の病気のことを週刊誌に書かれたのが、お前の仕業(せい)だって勘違いして。かっとなってしまって」

「伯父さんは、瑛君が家に来たのが今回が初めてじゃないって、知ってます?」

「え?」

「去年も一度(うち)に来てるんですよ。ナオに喧嘩をふっかけに。それ、知ってますか?」

 智之が目を見開いて固まる。隣に座った明仁も「そうなのか?」という驚きの表情をしていた。雅紀は部屋の隅に立ったままの零に視線を向ける。零だけが青ざめた表情で固まっていた。

「そうだよね、零君」

 雅紀の言葉に、智之と明仁が「なぜ零に話を振るのか」という怪訝さを滲ませながら振り返る。三人の視線に零が目を伏せた。

「今回のことを話し合うためには、事件の背景にあったことをまずは共通理解する必要があると俺は思う。そのためには零君。まずは君から話始めるべきだと思うけど? 理由はわかるよね?」

 雅紀が問うと、零は固い表情のまま小さく頷いて、静かに深呼吸してから視線を上げた。

「––––瑛は、俺が尚君と親しくしてたのが気に食わなかったんだ」

 去年、と零は言葉を続ける。

祖父(じい)ちゃんの葬式で久々に尚君と再会して。尚君が色々あったはずなのに昔とちっとも変わってなくて。すごく話しやすくて。それで、俺が尚君を頼ってしまって。ちょくちょく電話するようになったんだ。……でも、瑛はそれが気に入らないみたいで、何度も文句を言われたんだけど。どうして俺が瑛の気にいるように振る舞う必要があるんだって思いもあったし、なにより尚君と話をすると楽に呼吸ができて。尚君との繋がりを切りたくなかったんだ。それが瑛には、弟の自分より従兄弟の尚君を取ったって感じがして許せなかったみたいで。去年、尚君の文化祭を見に行く約束をしていた時に電話を盗み聞きして。それで瑛、尚君に直接文句言おうと、文化祭前に千束の家に行ったって、……俺も後で知って」

「で、その時瑛は?」

「尚君より前に裕太に会ったみたいで。それでその時は、裕太にだけ難癖をつけて帰ったみたいだけど……。俺たちは不幸のどん底にいるのに、自分たちだけ涼しい顔して立ち直ろうとしてるのは許せないって。当たり前の顔をしてそんなことを言う瑛のことが俺は全然理解できなくって。––––それに瑛は、雅紀さんが父さんの入院費用を援助してくれた時も、当然だって平気で口にして。俺や母さんがそんな瑛の態度を(たしな)めても、ふてくされるだけで。ますます態度を(かたく)なにして。そんな瑛にもう何を言っても無駄って、諦めてしまって。瑛にとっては、自分をこんな状況にした慶輔叔父さんの子供である千束の従兄弟たちは憎むべき対象で、尚君と仲良くする俺の方がおかしいって考えなんだ」

 零が言葉を切って唇を噛むと、明仁が渋い顔でため息を()いた。

「だから、ネット掲示板への投稿だったのか。瑛にとってあれは憂さ晴らしだったんだな。ようやく理解できたよ」

 明仁が呟く。それに怪訝な顔をしたのは零だった。

「ネット掲示板って、何?」

「零は知らないのか? 瑛が、週刊誌の記事を『仕返し』されたと勘違いして千束の家に行ったのは、そもそも瑛が、尚人が載った新聞記事に個人名と住所を書き加えてネット掲示板に上げたかららしいんだ。だから、その『仕返し』として週刊誌に自分たち家族の情報を売られたんだって思い込んだみたいで」

「新聞記事って、あの、全国優勝のやつ?」

「そう。智之の退院祝いの時に俺が持って来て見せたやつだ。どうやらあの時の新聞をパソコンに読み込んで使ったらしい」

「……あいつ、そんなことしてたの」

(あれ、瑛君だったのかよ)

 二人の会話を聴きながら、雅紀は内心驚いていたが、顔には出さなかった。

 あの一件は、日頃お世話になっている弁護士に相談し、結局警察へは被害届を出さなかった。

「おそらく日本ではまだ、一回きりの投稿でプライバシー権が侵害されたと警察に訴えたところで、警察が捜査に動くことはないと思います」

 と言う見解だったからだ。なので弁護士を通して掲示板の管理者に「不当に個人情報が掲載されている」ことを申告し「しかるべき対応がなければ、掲示板管理者を訴える」ことを匂わせながら削除依頼をするに(とど)めたのだ。それにより掲示板情報はすぐに削除された。ひとまずそれで良しとするしかなかった。……のだが。

(あー、でも犯人が瑛君って。順当すぎて、むしろほっとした気分?)

 見ず知らずの人間に向けられた敵意じゃなかった。それが分かっただけでも今日ここで得た収穫は大きい。

「その投稿のせいでナオが実害を受けたんです。ナオの名前でネットショップで購入した物とか、差出人もナオの名前になっている宅配便とか。ひと月くらい、そう言った差出人不明の荷物が家に届いていたんです。ナオは大事な受験期なのに、いい迷惑でしたよ」

「あ、それってもしかして。本を贈ってくれたかって尚人から電話があった」

「そうです。それが最初の不審物だったんです。明仁叔父さんからお祝いの電話をもらった直後だったから、うっかり受け取ってしまったみたいで」

「あら、でも。差出人が分からないからって迷惑がるなんて、贈った人に失礼じゃない? 尚ちゃんって、そんな気配りもできないのかしら?」

 突然、秋穂が割って入った。

「俺に言わせれば、差出人不明の荷物なんて危険物と同じです。開けずに処分が当然で、受取拒否が常識です」

「それは、カリスマモデルの雅紀ちゃんだからでしょう? 一般人が一般人に何か贈ろうって思うのは、善意以外にあるはずないじゃない。それを、穿(うが)って見るなんて。まして、それを瑛ちゃんのせいにするのはおかしいと思うけど?」

 話の噛み合わない感覚に、雅紀はひっそりと眉を(ひそ)める。しかし、ここで秋穂の考えに賛同できないからと自分の意見を主張し続けるのも面倒くさいし、そもそもそうやって秋穂に自分の考えを押し付けたいとも思わない。

 それに今日話し合うべき相手は智之で、秋穂ではない。

 雅紀はそう思って気持ちを切り替えようとしたが、秋穂の方が口を閉じなかった。

「雅紀ちゃんは昔から本当に面倒見の良いお兄ちゃんで、兄弟の中でも大人しく見える尚ちゃんのことは庇ってあげたくなるのでしょうけど。でもね、尚ちゃんって、子供の頃から(したた)かっていうか、ずるいところのある子だったのよ。大人の目のない所で平気でひどいことするっていうか。あれはいつだったかしら、裕太ちゃんのために買ってきたおやつの羊羹、気付いたら尚ちゃんが横取りして食べてたことがあるのよ。裕太ちゃんのために買ってあげたおもちゃも、取り上げて自分の物にしてたことがあったし。裕太ちゃんに聞いたら欲しそうにしてたからあげたって言ってたけど、普通弟の物そうやって欲しがって取り上げたりしないでしょう? 裕太ちゃんも優しいからお兄ちゃんを(かば)って。あーそうそう、病み上がりの零ちゃんを無理に裏山に連れ出して、零ちゃんが熱中症で倒れちゃったことあったじゃない。あの時、雅紀ちゃんが俺がちゃんと見てなかったからって尚ちゃん庇ってたけど。零ちゃんも後で自分の方が誘ったって、尚ちゃん庇ってたわよね。そうやって、みんなにうまいこと後始末させる(すべ)()けてるって感じで。お祖母ちゃん、尚ちゃんのこと昔から苦手なのよね」

(一体、何の話をしているんだ?)

 雅紀は軽く混乱した。

 これは、秋穂の中の記憶の話なのか。それともこれが、まだら痴呆(ボケ)とやらの症状なのか。

「それに瑛ちゃんが尚ちゃんのこと恨むのも仕方ないことでしょう。だって、お祖父ちゃんが死んじゃったのは、尚ちゃんのせいなんだもの」

「は? お袋、何言ってんだ?」

 さすがに慌てたように明仁が口を挟んだ。

「親父が死んだのは、慶輔を刺したショックだろう。尚人のせいじゃない」

「そもそもマスコミに散々騒がれるようになったのは、尚ちゃんのせいでしょう? 尚ちゃんが用心せずに狭い道通って帰って。それで事故に遭ったから」

「あれは、不良グループがゲーム感覚で自転車通学の男子高校生ばかりを狙って襲っていたんだ。尚人は被害者だ。そんな言い方するもんじゃない」

「そもそも不良グループに目をつけられるなんて普通じゃないわ。つまり尚ちゃんが本当はそういう生活をしてたってことでしょう? 雅紀ちゃんは仕事が忙しくてほとんど家にいないんだから、尚ちゃんが普段何してるかなんてわかりっこないし。だから裕太ちゃんもちゃんとご飯食べさせてもらえなくて、一回栄養失調で倒れて入院したんじゃない」

「お袋! いい加減にしろ!」

「あら、やだ。大きな声出さないで。びっくりするでしょう」

「自分が何言っているか分かってるのか?」

「本当のこと言ったら怒られるの? 嫌になっちゃうわ」

 秋穂はプイッとそっぽを向くと、そのまま部屋を出て行った。

 夫唱婦随を美徳としていた秋穂のこんな自由勝手な姿を見るのは初めてで、明仁も唖然とした様子だった。

「雅紀、すまない。まさかお袋が、突然あんなこと言い出すなんて」

 動揺を隠せないままに明仁が謝罪を口にする。しかし雅紀にとってそんな謝罪何の意味もなかった。

「––––俺は、ずっと勘違いしてましたよ」

「え?」

「俺は、子供の頃ここへ来るたびに、祖父ちゃんが些細なことでナオを叱り付けるのが嫌でたまらなかったんです。だから本当は、祖父ちゃんのこと大嫌いでした。それに対して祖母ちゃんは、裕太贔屓(びいき)がひどかったけど祖父ちゃん程には嫌う要素がないって思ってたんです。でも、今の話聞くと、祖母ちゃんも同じくらい(きら)っとくべきだったんだなって」

「……雅紀」

「俺は、ナオを傷つける奴は一切許さない。記憶がない? 痴呆(ボケ)てる? 関係ありません。勘違いも、思い違いも、そんなつもりなかったも、関係ありません」

 雅紀は淡々と言い放つと立ち上がった。

「俺が言いたいことはそれだけです。もう、ここへ来ることは二度とありません」

 そして雅紀は振り返ることなくそのまま堂森を後にした。

 

 

  * * *

 

 

 電子錠で、我が家のドアを開けて入る。

 そのドア一枚が、世間と自分たち家族を隔てる(ゲート)だった。家に帰ってくれば、世間を騒がせる雑音も、しつこくまとわりつく煩わしさからも解放される。

 なのに……

 雅紀は胸の中のざわつきが取れなかった。

 イライラとムカムカが、胸の中でぐるぐると渦巻いていた。

 同時に、愛しさと切なさがどうしようもなく込み上げてくる。

「ただいま」

 雅紀がダイニングキッチンに顔を出すと、

「おかえりなさい」

 シンクの水を止めて尚人が笑顔で振り返る。

 その笑顔に慰撫されつつ、雅紀は尚人に歩み寄ってぎゅっと抱きしめと、頭のてっぺんにキスをした。ついでに尚人の匂いを思い切り吸い込む。

「––––話し合い、大変だった?」

 腕の中で尚人が問う。前もこんな状況だったからだろう。

「大変というか……」

 秋穂の爆弾発言のせいで、話し合いになどならなかった。しかし雅紀は話し合いでの円満解決を望んでいたわけではなかったので結果は同じだ。絶縁状を叩きつけた。これで篠宮の親戚全てと縁が切れるなら願った通りだ。

 しかしそう思っても、胸の中の苛立ちが消えなかった。

 痴呆(ボケ)て記憶があやふやになっているのかもしれない。しかしそれでも秋穂が尚人をどう見ていたのかというのは変わらないはずで。尚人のことをずっとそんな目で見ていたのかと思うと、怒りがこみ上げて仕方なかった。そして同時に、おそらくはそんな祖母の視線を察していただろう幼い尚人がどう感じていたのか。それを思うとやりきれなかった。

 ––––どこにも行けない。誰にも必要とされていない。この家以外に居場所がない。

 それを口にした時の尚人の気持ちが今更ながら胸に刺さった。

「……今すぐナオを抱きたい」

 雅紀はこめかみにキスし、耳たぶに舌を這わせながら呟く。

 情けなくも切実な感情だった。

 ナオを抱きしめたい。

 ナオにキスしたい。

 ナオの温もりを全身で感じて、ナオと一つに繋がりたい。

 優しくしたい。

 そう思う一方で、抱き潰すくらいに激しく精を注ぎ込みたいとも思う。

 何も考えられなくらいの快楽を与えて、己の腕に中に閉じ込めてしまいたい。

 ナオ。

 ナオ。

 ナオ。

 雅紀はあふれる感情を我慢できなくて、尚人をそのままベッドに引っ張り込んだ。

 

 

 

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