「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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縹色(はなだいろ)ノ雲 エピローグ

《盗撮行為はいかなる理由があっても許されない犯罪》

 マイクの束を前に、雅紀が顔色ひとつ変えることなく静かなトーンで語っている。しかし、『インペリアル・トパーズ』と呼ばれる金茶の目は青味を帯びていて、激しい怒りを隠そうとはしていなかった。

 先日行われた『MASAKI』の記者会見。沙也加は、その画面に釘付けになる。

 録画して、もう何度も繰り返し見ていた。

 どうしても、その姿を、その声を、目に耳にしたかった。

 のだが……

 ––––どうしてよ。

 ––––どうして、尚ばっかり。

 その思いがあふれる。

 沙也加が週刊誌にデマを書かれたとき、雅紀は助けてくれなかった。必死の思いで電話して、藁にもすがる思いだったのに……。

「日本で独りが不安なら、いっそ海外にでも行けば?」

 雅紀は冷淡なくらいバッサリと、そう言って沙也加を切り捨てた。

 それなのに、尚人がターゲットになるとすぐさま記者会見を開く。尚人の顔にはモザイクがかかっていて、悪意のある内容の報道でもなかったのにだ。

 沙也加が週刊誌に載った時は、モザイクなんてなかった。あれだって盗撮だった。沙也加はどうしたって、尚人と自分の扱いの差を思わないではいられない。

 尚人が憎い。

 尚人が目障りでしょうがない。

 自分から何かを主張することがないくせに、沙也加の欲しいものは全部持っていく尚人が大嫌いだ。

 雅紀に大事に守られて、尚人がそれを当然と思っているのも癪に障る。

《受験生である弟の学習環境が脅かされている》

《落ち着いた環境の中で受験に専念したもらいたいという気持ちを汲んでもらって、これ以上の報道は謹んでもらいたい》

 画面の向こうで雅紀が記者らに配慮を求めている。

 (ひとえ)に尚人のために。

 去年、マスコミに散々付け回されて、沙也加だってとても勉強に集中できる環境になかった。頑張って頑張って入れた大学だったが、一時は留学すら考えた。それくらい沙也加の日常は(おびや)かされていた。自分で何とかするしかないと独りもがき苦しむ沙也加を誰も助けてはくれなかった。

 いつもは沙也加に甘い祖父母も留学には賛同してくれず、あろうことか叔父の由矩にも話をしたらしく、由矩からも反対された。みんな寄ってたかって沙也加の考えを否定するばかりで、誰も沙也加の気持ちを汲んで慰めてはくれなかった。

 沙也加だって金のかかる自費留学は現実的ではないと分かっていたのだ。分かっていてもそれを考えざるを得ないほどに追い詰められていた。本当はその気持ちこそをわかって欲しかった。

 それなのに……

 沙也加は録画映像を切るとため息を一つ落とした。

 先日雅紀に直接電話した時のことを思い返す。

 朝のニュースで『MASAKI』の自宅敷地内に不審者が侵入し、器物破損の現行犯で逮捕されたと知った時のことだ。

 雅紀に電話などできない。そう思う一方で、どうしても声が聞きたい。祖母が心配している。それを理由(いいわけ)に思い切って電話を掛けた。

 前回は自分の気持ちを一方的に言いすぎた。だから、会話が続かなかったのだ。その反省を踏まえて、今度は祖母の心配を前面に押し出せば、雅紀だって色々と話をするはずだ。口が滑らかになって来たところで、徐々に話題を変えていけばいい。

 しかしそんな沙也加の思惑と計算は、呆気(あっけ)なく砕け散った。

「後で家に電話する。祖母(ばあ)ちゃんにそう言っといて」

 雅紀はそのひと言だけでさっさと電話を切ってしまったのだ。

 きっと電話するタイミングが悪かったに違いない。

 忙しかったのだ。忙しい中にも緊急事態かと思って電話に出たのだ。だけど安否を確認する内容で、今すぐ対応しなくてもいいと判断して電話を切った。

 そうに違いない。

 そう思うことで、沙也加は自分自身を慰めた。

 そうとでも思わなければ、たったひと言で電話を切られたショックに耐えられなかった。

 その後、雅紀から祖父母宛に電話があったのかどうか知らない。わざわざ確認する気にもならなかった。もし尚人や裕太が重症ならマスコミがそれを報道しないはずがなく、そう言う騒ぎを耳にしないということは二人は無事だった証だ。ならば二人の状況など沙也加にとってはどうでもよかった。

 沙也加は先日手に入れた雑誌を本棚から引っ張り出して開く。海外に活躍の幅を広げている『MASAKI』を特集した記事が載っている。その中にインタビュー記事があった。

 

 記「近頃は、海外にも活躍の幅を広げていますが、今後は海外に主軸を置くつもりですか」

 M「海外での仕事は刺激があってやりがいを感じます。オファーをいただけるなら積極的に受けるつもりですが、拠点を海外に移す考えは今のところないですね」

 記「それはやはりご家庭の状況によるものでしょうか?」

 M「そうですね。俺は弟の飯に支えられてるんで。弟がいないと痩せ細ってしまいますよ(笑)」

 記「高校生ながら完璧に家事をこなすと噂の弟さんですね。ところでMASAKIさんは、人生のパートナーはどんな方を理想としますか? やはり弟さんみたいに完璧に家事をこなす女性がいいのでしょうか?」

 M「家に帰った時、散らかってるよりは片付いていた方がいいし、疲れて帰って来た時にうまい飯が出て来た方がいい。男性なら誰だって思うことじゃないですか? けれども、やりたいことがあるのにそれを我慢させてまで家事に縛り付けることはしたくはないです」

 記「近頃ファンの間で、大人の色気が増したともっぱら評判ですが、ご自身ではどう思ってますか?」

 M「その前に、そんな話初耳なんですけど?」

 記「では、自覚はないと?」

 M「そうですね」

 記「いい恋愛をしてるから色気が増してるんじゃないかと言う噂なんですが。実際、どうなんですか?」

 M「恋人がいるか、と言うご質問ならノーです。仕事が忙しくて、彼女なんて作ってる暇がありません」

 記「そうなんですね。MASAKIさんがフリーだとわかったら、この記事を読んだ女性が殺到するかもしません。ズバリ、どんな女性が好みですか?」

 M「女性にしろ男性にしろ、俺は努力を続けている人を好ましいと思います。きついことから逃げず、辛さを人のせいにしないで、自分のできることを頑張っている人を見ると俺自身力をもらえますから」

 記「なるほど。MASAKIさんが言うと意味深長ですね」

 

 沙也加は雅紀のインタビュー記事を読んで雑誌を閉じる。

 ––––私だってモデルで成功するために頑張ってるんだから。

 そんな思いが沙也加の胸を占めていた。

 

 

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