「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

55 / 122
劣情 3

 年に一度の同期会。雅紀はその日の仕事を終わらせて、少し遅れて顔を出した。

 会場は桐原の顔が効くという居酒屋で、雅紀もこれまで何度か来たことがある。

「おー、来たな。篠宮。待ってたぜ」

 懐かしい顔ぶれがすでに出来上がった状態で雅紀を迎えた。

「ほら、お前の席ここだよ。ここに座れ」

 皆にわいやわいや言われながら空いた席に座り、勝手にビールを注文されて目の前に置かれる。これは決してチヤホヤされているわけではなく、さっさと座って、ちゃっちゃと遅れた分を取り戻せという同期ならではの愛情表現。押し付けがましくない強引な優しさ。同期ならではの雰囲気が心地いい。

「よーし、篠宮来たから乾杯やり直しな。かんぱーい!」

 海棠が場を仕切って音頭をとった。皆と軽くグラスをぶつけて乾杯する。そのビールを雅紀は一気に煽った。

「おー、いい飲みっぷり。おねーさーん、このイケメンにビールもう一杯!」

 海棠が追加を頼むと、すぐさま雅紀の前に新たなジョッキが置かれた。

「篠宮来るとさ、店のサービス一気に良くなるよな」

「そりゃあ、店員がずっとこっち見てるからな。注文がサクサク通るってもんさ」

「店員の反応も年々面白いことになるよな。前はチラ見程度だったのに、だんだんガン見になって来てるし」

「さすがカリスマモデル」

 茶化した口調で海棠が言う。これが同期じゃなかったら視線で撫で斬りにするところだが、同期のおふざけは単なる酒のつまみだ。

「そーいや、俺。こないだお前の載った雑誌見たぜ。『デートで着たい勝負服』ってやつ」

 九鬼の突然の爆弾発言に、雅紀は思わず、通しで出された牛蒡のきんぴらを吹き出しそうになった。

「あれ、ギャル雑誌だぜ。おまえ、そんな雑誌読むのかよ」

 つい本音が溢れる。九鬼は表情を崩すことなく、さらなる爆弾を投下した。

「俺じゃなくて、彼女が読んでんだよ」

「って、お前、彼女いるのかよ!」

 雅紀も驚いたが、大声をあげたのは海棠だった。何しろ九鬼といったら堅物で、ストイックに空手道を突き進んでいるイメージがある。

「なんだ、文句あんのか?」

 九鬼がじろりと海棠を睨む。

「いや、あるだろう」

 冷静に突っ込んだのは織田だった。

「何でお前に彼女がいて、俺にはいないんだ」

「知るか」

「篠宮に彼女がいても仕方ないけど、お前に彼女がいるのは許せない」

「何でだよ」

「俺にいないからに決まってるだろ。別れろ」

「おまえ、マジで締めるぞ」

「有段者がそりゃまずいだろう。勝負なら千メートル走にしようぜ」

「距離がなげーよ」

「じゃあ、百メートルハードルにするか」

「ハードルどっから持って来るんだよ」

「こいつらマジでアホだな」

 九鬼と織田のやり取りに、桐原が(かたわら)でケタケタと笑う。皆酒が入っているから、しょうもないことで盛り上がり、喧々諤々(けんけんがくがく)しつつもふざけ合いが続く。

 肩肘張る必要のない、気楽なノリが同期会の醍醐味だ。

「そういや翔南受けるって言っていた弟君、どうなったんだ」

 隣に座っていた桐原が突然、雅紀に話題を振った。雅紀は三杯目のビールを流し込んでいるところだった。

「……受かった」

「おー、マジか。すげーな、弟」

「何の話?」

 向かいの席の犬童が話題に加わる。

「こいつの弟、翔南に受かったんだってさ」

「え、マジ。すげー。篠宮もさ、嫌味なくらい何でも出来るやつだったけど。やっぱ、弟も出来るんだ」

「弟は、俺とは全然頭の作りが違う。俺だったら塾にも行かずに翔南に合格するなんて絶対無理だし」

「なあ、写真ないの。弟の顔みたい」

「写真なんて持ってねーよ」

「え、何で。篠宮、高校生の頃からめっちゃ弟可愛いって話してたじゃん。てっきり持ち歩いてるのかと思ってたけど」

 高校生の頃ならまだしも、今尚人の写真なんて持ち歩いてたら、煩悩が刺激されてどうしようもなくなる。それに、写真なんてなくても、尚人の顔ならいくらでも思い浮かべることができた。

 それどころか、最近では気づいたら脳内で尚人を好きに弄り倒していて、妄想が暴走してどうしようもなくなっている。夢の中では、もう何度も尚人を犯していた。実の兄にそんな妄想をされているなど、尚人はつゆ程も思っていないだろう。

「ちなみに弟って今でも可愛いの?」

「それは見た目の話なのか、存在そのものの話なのかで変わって来るんじゃないか?」

 誰かがそんなフォローのようなことを言ったが、どちらにしろ尚人が可愛いことには違いない。

「……めちゃくちゃ、かわいい」

 酒が入っているせいか、雅紀の口も滑りが良くなっていた。

「見た目も性格も何もかも可愛い」

「マジか! 篠宮がそんなに言う弟に俄然興味湧くぜ」

「男子高校生で可愛いって、全然想像がつかないよな」

「少なくとも瀧芙にはいなかった」

「みんな汗臭い連中だったからな」

「篠宮に似てんの?」

「俺に似てたら可愛いわけないだろ」

「まあ、確かに。お前に可愛げはないな」

 皆がどっと笑う。

「部活は? 何かしてんの」

「家のことで手一杯で、そんな暇ねーよ」

「ああ。ま、そっかー」

「前に、家事は何でも完璧にこなすって言ってたもんなあ。一人暮らしの俺ん家に派遣してくんねーかな」

「何でだよ。ナオは派遣のハウスキーパーじゃねー」

「派遣じゃなくて同居でもいいぜ。お前の代わりに俺がめっちゃかわいがってやるからさ」

「ふざけんな。マジ殺すぞ」

 雅紀が目を(すが)めると、桐原が「どうどう」と宥めた。

「篠宮がマジになってるって。死人が出る前に、この話やめろ」

「わりー。冗談だって」

「気を付けろよ。こいつは兄ちゃんとしての見え張り過ぎて、ブラコン拗らせてんだから」

 フォローになっていない桐原の言葉に雅紀はムッとしながら、目の前のグラスを煽る。桐原には散々世話になって来たので、桐原だけには頭が上がらない。その上、桐原の言葉は耳に痛い所を突いている。

「空いたグラスお下げしまーす」

「すいません。ハイボールを」

 テーブルに来た店員に雅紀が声をかけると、すぐさま女性スタッフがハイボールを運んできた。

 これが何杯目の酒なのか。すでにわからなくなっていたが、運ばれて来たハイボールも雅紀はすぐさま空にする。

「そういやこないだ実家帰りついでに部屋掃除してたら、卒業記念DVD発見して。ついつい見ちゃってさ。改めて見ても、あの剣道部の剣舞鳥肌モノだったぜ」

「なつかしー。あれは完全に白虎隊越えだったよな」

「演技後の歓声もの凄かったよな。本気で鼓膜破れるかと思ったし」

「瀧芙の体育館に珍しく女子の黄色い声が響いてたしな」

「ああ、他校の女子の観覧数、すごかった」

「あれ全員、篠宮目当てだったんだぜ」

「そんなん、今更だろ」

「そのあと篠宮と写真撮りたいって女子がいつまでも校内うろうろしててさ。生徒部の先生たちが必死に追い出してたもんな」

「俺、篠宮目当てでうろうろしてた女子と一緒に写真撮ったぜ。いい思い出だ」

「悲しい思い出の間違いだろ」

 思い出話にも花が咲き、談笑が絶えない。同期との楽しい酒が、雅紀の中で日に日に膨らんでいく胸を掻き毟らんばかりの劣情を一時的に忘れさせる。

 近頃は、家の中でうまく息ができない。

 尚人の気配を感じるだけで身体中がうずく。

 対面するのを避けているくせに、視線は無意識に尚人を追う。追って視姦する。その姿を目に焼き付けて、頭の中であられもない妄想ばかりを繰り返す。自己嫌悪に陥りながらもどうにもやめられないのだ。

 尚人を渇望する。

 尚人に劣情する。

 欲しくて、欲しくてたまらない。

 他の何を捨ててもいいから、手に入れたい唯一のもの。

 しかしそれだけは許されるはずがなく。

 何を持っても埋められない飢渇感。

 それを誤魔化すために酒を煽る。

 お開きになった時、雅紀はかなり酔っ払っていた。

 

 

 店にタクシーを呼んでもらう。それに乗り込んで自宅へ帰り、玄関を開けて入る。雅紀の意識が辛うじてあったのはそこまでだった。

 頭の中がぐるぐる回っていた。

 足元がふわふわとおぼつかなかった。

 誰かに体を揺さぶられる。

 雅紀兄さん。起きてよ。

 ここで寝ちゃダメだって。

 ベッドに行こうよ。

 尚人の声がする。

 ––––ああ、いつもの夢か。

 ぼんやりと雅紀は思う。

 近頃自分を避けている尚人が、こんなに親しげに声をかけてくるはずがないのだから。これは夢なのだ。

 自分勝手な都合の良い夢。

 尚人を自分のものにしたくて。

 尚人から誘ってくれたらいいのに、何て思ったりして。

 だから都合の良い夢を見る。

 ベッドに行こう、なんて。

 そんなふうに誘われたら、貪りつくしかないじゃないか。

 尚人が微笑みかけている。

 その目が、その唇が、誘っているようにしか見えなくて。雅紀は尚人の腕を掴んで身体を引き寄せるとキスをした。

 かぶり付くようにねっとりと唇を合わせ、舌をねじ込んで口内を舐め回す。

 いつもの夢とは違う。熱を感じるその感覚に、雅紀は夢中になる。

 甘い吐息を全部飲み込んでしまいたい。

 うねる尚人の体を抱きしめて、身体の下へ組み敷く。

 下半身が疼いた。

 今まで感じたことがないほどの興奮に雅紀のものが怒張する。

 身体の奥からマグマのように吹き上がってくる熱に雄蕊がどくどくと脈動する。

 その(たかぶ)りを尚人の体に押し付けて、雅紀は自分の興奮を伝えた。

 ––––セックスしよう。

 その合図だ。

 尚人の下着を剥ぎ取る。

 片足を取って大きく開かせる。

 最奥の(すぼ)まりを指でグリグリとまさぐって挿れるための準備をする。

 男性同士のセックスなんて知らない。しかし、体を繋げるためには肛門を使うしかない。アナルセックスなんて言葉があるくらいなのだから、入らないはずがない。

 雅紀は己の雄蕊に手を添えて、尚人の後蕾に挿し入れていく。入り口が狭くて入りにくくて、そのもどかしさに、雅紀は思い切り腰を入れて突き立てた。

 熱が、雅紀を包み込む。

 狭くて動きにくくて、でもその分、雅紀を咥え込んで離さなくて。

 今までのセックスでは感じたことがない、痺れるような快感があった。

 ––––ああ、夢でこの感覚はヤバすぎるだろう…… 

 気持ち良すぎる。

 ナオ。ナオ。ナオ。ナオ……

 雅紀は夢中で腰を振り続けた。

 そうして、叩きつけてねじ込んで、精の全てを注ぎ込む。

 目覚めたら全て忘れている夢––––

 そう、これは夢なのだ。

 夢だから許される。

 ナツヨノ ユメノ ハナシ

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。