「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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鳳雛(ほうすう)ノ翼 3

 カウント・ダウン・ランウェイの華やかなステージを沙也加は観客席から眺めていた。残念ながら沙也加は、このショーでランウェイを歩く栄誉は手にできず、関係者として会場に入れてもらっていた。

 このワンステージが、モデルのステータスを上げるためにはとても重要だということはすでに理解している。そして同時に、実力もない新人を歩かせてくれるような場所ではないことも。しかし、見るだけでも勉強になるからと、マネージャーの唐澤が関係者パスを用意してくれたのだ。

 来年はあそこを歩く側になってください。

 暗にそう尻を叩かれたのだと沙也加は理解した。

 このことは沙也加自身誰かに言ったわけではないが、情報というのはどこからともなく漏れるのか、会場に入るためのパスを手に入れられなかったレッスン仲間からは聞こえよがしの嫌味を言われた。

 ––––贔屓があからさますぎて引くよね。

 ––––これも『MASAKI』効果? いいよねー、『MASAKI』の妹ってだけで贔屓してもらえて。

 ––––でもさ、その『MASAKI』効果持ってしても、ランウェイは歩かせてもらえないってことでしょ? それって、よっぽどってことだよね?

 ––––歩き方が見苦しいって?

 ––––ひどーい。私そこまで言ってないって。

 ––––見た目よけりゃモデルできるって、勘違いしちゃったんだろうね。

 ––––見た目って言ってもさ、『MASAKI』ほどずば抜けてるわけでもないじゃん?

 ––––まあ、『MASAKI』は特別だから。

 ––––兄が特別だから、自分も特別って思ってるとか。

(馬鹿じゃないの)

 沙也加は思う。

 誰かを羨ましがっても自分が惨めになるだけ。

 それは沙也加自身嫌と言うほど体験して来た。だから、わかる。

 羨ましがる暇があるなら、努力すること。研鑽をやめないこと。精進を続けること。そうしないといつまで経っても誰かを羨ましがり続けなければならない。

 しかし今回は、人が羨ましがるような機会を一つもらえたのは確か。だから沙也加は、しっかり勉強して帰るつもりでイベント会場にやって来た。

 関係者パスを首から下げて、舞台袖に近いところからランウェイを見上げる沙也加の目の前を、レディース&メンズのモデルたちがBGMに合わせて颯爽と歩いていく。

 さすがに経験豊富なモデルたちのウォーキングは素晴らしい。バッチリ決めたメイクと服の着こなしが抜群にマッチしていて、ランウェイを歩く足取りは滑らか。高いピンヒールで足元がぐらつくなんてことは絶対になく、床に付くほど長い裾も軽やかに捌く。

 その中でも断トツ一位は、やはりカリスマモデル『MASAKI』だった。

 『MASAKI』が登場しただけで、会場の空気が変わるのがわかった。ピリッとした緊張感。そこからじわじわと会場を覆っていく期待感。『MASAKI』の姿に人々の視線は釘付けになり、その一挙手一投足から目が離せなくなる。人々を惹きつけるオーラが半端なく。流し目一つで男も女も悩殺される。ビシッと腰の位置が決まったウォーキングは高邁にして優雅。他の追随を許さない品格と迫力があった。

 沙也加はその姿に見惚れた。

 ステージに雅紀が登場しただけで心臓がドキドキし、目と鼻の先を歩いていく姿を夢中で追った。沙也加が雅紀のランウェイを生で見るのは初めてで。その迫力は、やはりネット検索で見つけた動画とは全然別物だった。

 ––––お兄ちゃん、やっぱりすごい……

 熱に浮かされたように沙也加は雅紀を見つめる。

 その一挙手一投足を。

 沙也加を魅了してやまない、金茶の瞳を。

 そうして見つめている間に雅紀はあっという間に舞台から姿を消してしまった。しかし沙也加は目に焼き付いた雅紀の姿を頭の中に何度もリプレイし、一人うっとりとその余韻に浸った。

 そんな沙也加の目に、その後登場したモデルたちの姿など写りはしなかった。

 

 

 

 沙也加がようやく我に返ったのは、

『Happy New Year!』

 会場内にその声が響き渡った時だった。

 その声と同時に、ド派手な紙吹雪が舞う。その量たるや客席から一瞬ステージが見えなくなる程で、

(掃除が大変そうね)

 沙也加は反射的にそう思ってしまった。

 その紙吹雪が舞う中を、モデルたちは三々五々散っていく。最後までステージに残っていたのは、妙にテンションの高い若手モデル達数名だった。

 そんなモデル達を横目に、

(このまま帰ってもいいのかしら?)

 沙也加は逡巡する。

 会場内にはイベント終了を告げるアナウンスが流れていて、客席にいた人々も次々と出口へ向かっていた。唐澤には「勉強になるから」とステージを見るよう指示されただけで、それ以外のことは何も言われていないが、このイベントには事務所の諸先輩たちが多く参加していて、ど新人の沙也加が、誰にも挨拶せずに帰っていいものなのか判断がつかない。

 それとも、マネージャーもついてない状態で誰かに挨拶しようとするのがおこがましいことなのだろうか。

(あーもう、私ったら。イベント終わりをどうしたらいいか、ちゃんと聞いとかなきゃダメじゃない)

 今からでも唐澤に電話してみようか?

 そう思って鞄から携帯電話を取り出したタイミングで、電話が鳴った。

 唐澤だった。

「もしもし」

『唐澤です。今、どちらですか?』

「まだ、会場ですけど?」

『では、A−5出口から出てください。そこで待ってますので』

「はい、わかりました」

 唐澤の電話はすぐに切れる。沙也加は指示された通りA−5出口に向かう。出てすぐの所に唐澤の姿があった。

「これから舞台裏の控え室に向かいます。付いて来てください」

 唐澤はそう言ってすぐに歩き出す。いつもより歩調が早めで、時間がないことを暗に示していた。

「あの、どなたかにご挨拶するんですか?」

「挨拶というより、面通し、ですかね? 今は詳しく話せないんで、とにかくはぐれないように付いて来てください」

 そう言われれば、沙也加は黙って付いていくしかない。人が行き交う狭い通路を縫うように歩き、沙也加は必死に唐澤の後を追った。

 そうして行き着いた先の控え室に二人の男がいた。

 『アズラエル』統括マネージャー高倉と『ヴァンス』のチーフデザイナー、クリストファー・ナイブスだった。

 沙也加は驚く。

 まさかこんな大物が居るとは思わなかったのだ。

 よくわからない緊張感に胸がドクンと鳴った。

 唐澤が高倉に小声で到着を告げる。高倉がそれに目だけで答え、その流れで一瞬沙也加を見た。

〔ナイブスさん。彼女が、先ほど言った弊社のモデルです。いかがです?〕

 高倉が『ヴァンス』のチーフデザイナーに声を掛ける。英語だったが、何とか聞き取れた。どうやら沙也加を彼に売り込んでいるようだ。

 ナイブスの視線が沙也加に向けられる。人当たりの良さそうなにこやかな笑みを浮かべていたが、その目はオーディションの審査員と同じだった。

 自然身が引き締まる。

 しかし、ナイブスが沙也加を見たのは一瞬だった。

既製服(レディー・メイド)を着る分には、ちっともかまわないよ。最初に取材を受けた雑誌にも確かそういうコーナーがあったよね? 自分でセレクトして、個性を楽しむ。彼女みたいなタイプのモデルが、どういう風にうちの商品を着こなしてくれるか、楽しみにしてるよ〕

 癖のある英語で、半分ぐらいしか聞き取れない。沙也加は状況が飲み込めずに、固まっているしかなかった。

〔……彼女が『MASAKI』の妹だと告げても、同じ答えかな?〕

 高倉がそう言うと、ナイブスの目に驚きが浮かんだ。しかしそれも一瞬で、すぐさま口元に笑みが浮かぶ。

〔タカクラ。君って人は、本当に策士だな。つまり彼女はナオト君のお姉さんになるってこと?〕

〔まあ、そうなる〕

〔確認だが、彼女の件と、僕がずっと希望しているナオト君の件はリンクしてるのかな?〕

〔そこは何とも言えないが、ウィンウィンで行きたいとは思っている〕

〔なるほどね〕

 ナイブスの視線が再び沙也加に向いた。

 何事か思案しつつ視線で沙也加を品定めしていく。

 先ほどよりは丹念に。

 しかし、しばらくして、ナイブスが小さく肩を竦めた。

〔魅力的な提案だけど。答えは同じだ。そういう取引は、後々お互いのためにならないって予感しかない。それに僕はあくまで『ヴァンス』のデザイナーだからね。ブランドイメージってものが大事だって理解してくれるだろう?〕

 ナイブスの答えに高倉が小さく息を吐き出した。

〔……了解した〕

 沙也加は退散を促され、その場を後にする。

 一体全体何が起きていたのか。はっきりとはわからなかったが、沙也加は訳のわからない敗北感に包まれていた。

 

 

 * * *

 

 

 打ち上げ会場になっているホテルのカクテル・ラウンジに雅紀が顔を出すと、カウンター席に加々美の姿があった。加々美は雅紀の姿を認めて軽く手を上げると、バーテンダーに声をかけて窓際のソファー席に移った。

「いやー、お疲れ。お前のランウェイは、いつ見ても惚れ惚れするな。今日も最高に良かったぜ」

「ありがとうございます。加々美さんのその一言が、何よりの励みになります」

 仕事終わりの一杯。まずはビールで喉を潤す。他愛もない雑談をし、程よく口もこなれたあたりでオン・ザ・ロックに切り替えた。

「そう言えばお前、近頃随分仕事をセーブしてるみたいだな」

「ナオの受験が終わるまでは、ナオのサポート重視ですから」

「ああ、そういうことか。日本の仕事を整理して、海外に拠点を移すつもりなのかって、俺に聞いてくる奴がいてさ。そんなの直接本人に聞けよって答えてたんだが」

「直接も聞かれましたよ? 誰に聞かれたかは覚えてないですけど。そんなみんなして、俺を海外に行かせたいんですかね?」

「行ってもおかしくないって思えるからだろ。で、本音ではどうだ? 海外コレクションで活躍しようって気はないのか?」

「興味があるのは事実ですけど。……ナオが学生の間は、海外に拠点を移す気はありません」

「尚人君が心配か?」

「心配に決まっているじゃないですか。断っても断っても、ナオにしつこくまとわりついてくる連中がいるんですから」

「あー、まー……。それだけ尚人君が魅力的ってことだな」

 加々美が軽くグラスを傾ける。氷がグラスに当たってカランと静かな音が響いた。

「……その尚人君の件なんだけど。業界内でどうやら、受験が終わりさえすれば、スカウト交渉が解禁されると言う噂が流れているらしい」

「は?」

 雅紀はひっそりと眉を寄せた。

「何ですか、その噂は」

「お前がこないだ記者会見で、『受験生である弟の学習環境』とか『落ち着いた環境で受験に専念』とか言ったのを、都合がいいように解釈した連中がいるんだとさ」

「それ、高倉さん情報ですか?」

「そう」

「––––で、加々美さんは、高倉さんからまた何か言われて、今日ここに俺を呼び出したってわけですか?」

「言われたのは事実だが、尚人君の件じゃない」

「じゃあ、何の件です?」

「––––お前の、妹の件だよ」

 反射的に雅紀は眉を(ひそ)めた。

 まさかここで沙也加の名前が出てくるとは思わなかった。

「どういうことです?」

「お前の妹がデビューしてこの方、どうにも(なぎ)の状態が続くからさ。何とかしてビッグウェーブに乗せたいみたいで」

「それで?」

「その波を起こす起爆剤として、お前とのツーショットグラビアを画策してるって話だ」

 雅紀は閉口した。

(本気かよ)

 そんな思いが湧く。

「俺とツーショット撮ったくらいで、波がたちますかね。そもそも俺の妹だってことは世間バレしてるじゃないですか」

「一定の需要はあるだろうな」

「その程度の見込みなら、乗れるほど大きな波にはならないんじゃないですか?」

 雅紀は口の端で小さく笑った。

「そもそも、学生との二足の草鞋(わらじ)で、どっちつかずのことやって、売れるような甘い世界じゃないでしょう? 妹が本気で売れたいって思ってるなら、大学を辞めさせたらどうですか? 授業料だって馬鹿にならないんだし。けど、モデル一本で食ってく覚悟がないっていうなら、学生アルバイト感覚で、たまに雑誌に載るくらいのことで満足するべきじゃないんですかね」

「––––お前。妹のことになると、辛辣だよな」

「事実を言ったまでです」

「まあ、確かにそうだけど……」

 黙り込んだ加々美の横顔をチラリと見遣って、雅紀はグラスを口に運ぶ。事務所を通じて沙也加とのツーショットグラビアを正式に受けるとなれば仕事と割り切る雅紀だが、果たして沙也加の方が仕事と割り切って撮影に臨めるのか。(はなは)だ疑問だ。去年、あの男が暴露本を出すと言う情報を加門の祖父母に伝えに行った時、沙也加とは五年ぶりに再会した。その時の沙也加の表情は、雅紀を見る(こわ)い視線は、五年前の決別の時と何一つ変わっていなかった。沙也加の中ではまだ全てがあの時のままなのだと、苦笑したくなるほど明らかだった。いみじくも尚人が指摘したように。ならばどんなに時間をかけて撮影しても、カメラマンが満足する一枚は撮れない。断言できる。そんな時間の無駄、雅紀は付き合う気はなかった。

「この際だからはっきり言っときます。俺は、仕事なら何でも割り切って受けます。しかし、妹だからって何か特別な配慮を求められてもお断りです。俺と仕事をしたいって言うんなら、せめてプロ意識はないと。交渉の余地はありません」

「高倉に伝えとく」

 加々美があっさりと引いたことに安堵しつつ、

(加々美さんも面倒なこと押し付けられて大変だよな)

 心底そう思った。

 

 

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