「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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※尚人が大学生になって、原作とはかなりかけ離れてきています。創作キャラも多数出てきますので、それが苦手な方は閲覧ご注意ください。




蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく) プロローグ

「津田さん。随分とおっきなため息ですね」

 そう声をかけられて、津田章成(つだあきなり)は振り返った。

 自販機の並ぶ会社の小さな休憩スペース。そこで買った缶コーヒーを飲みながら、眼下のビル群をぼんやり眺めている時だった。

「ああ、斎木君か。久しぶりだな」

 津田は去年まで机を並べて仕事をしていた同僚の姿に笑顔を返す。

 社内人事で配置転換になって以来だ。そういえば勤務はまだ同じビル内だったと、今更ながらに津田は思う。

 二人が勤務する音響機器メーカー『リゾルト』は、事業の新規開拓を狙って参入したパソコン事業に失敗し、かなり大きな損失を出してしまったことで昨年大規模な社内改革が断行された。その際二人が所属していたマーケティング戦略部は解体され、それぞれ別の部署へ異動となったのだ。

 津田は今、営業本部が管轄する商品戦略部に所属する。斎木は確か管理統括部だったはずだ。

「職場でため息つくなって言ってた津田さんにしては珍しいじゃないですか」

 斎木が自販機のボタンを押しながらそんなことを言う。

 津田は、苦笑するしかなかった。

 確かに以前は、一緒に仕事をするメンバーに偉そうにそんなことを言っていた。

 津田はもともと『リゾルト』のファンで、それが入社の動機だ。自分が好きな会社の商品を、多くの人に使って欲しい。そして、大手メーカーほど知名度がない『リゾルト』の名を世間にもっと広めたい。そんな思いで仕事をしてきた。仕事である以上、思い通りに行かないことなんて山ほどあったし、チーム一致の企画が上司の胸一つでボツにされたことだってある。そんな時に「ため息をつくな」「そんな暇あったら次に進もう」そう言っていた半分は自分への叱咤激励だった。

 良い物は必ず受け入れられる。その想いが根底にあった。『リゾルト』ファンであるだけに、妄信していた部分もあったかもしれない。パソコン事業の失敗は、そんな考えの甘さを突きつけられる結果となってしまった。

 そもそもが音響機器メーカーである『リゾルト』がパソコン事業への参入を決めたのは、パソコンが世の中に一気に普及していく中で、これからは音楽もパソコンで楽しむ時代になると踏んだからだ。他社に遅れを取るわけにはいかないと、かなりの巨額投資をしてパソコン事業に参入した。『リゾルト』が得意とする『音』に(こだわ)ったパソコンに特化することで、他社との差別化を図れるとも見込んでいた。

 「パソコンで音楽を楽しむ」それが『リゾルト』パソコンのコンセプトだった。苦労の末商品化に成功し、発売にこぎつけたのはわずか七年前。発売当初こそ、他社にはない「音へのこだわり」がうけて、そこそこの出荷台数を確保したのだが、ミニコンポ代わりになる程の音質だったわけではないし、そもそもパソコンにスピーカーがついていることすら不要と考えるビジネス利用の者には全く見向きもされなかった。津田的には「すごいパソコンができた」そんな思いでいたのだが、販売数だけでみれば完全に失敗だった。そして、苛烈な開発競争の中、開発費ばかりが膨らんで『リゾルト』はわずか五年でパソコン事業からの撤退を余儀なくされたのである。

 社内では、「マーケティング戦略部のリサーチ不足」を指摘する声も少なくなく、当時の部長は部署の解体と共に会社を去った。表向きな理由は、本人の希望による早期退職だったが、事実上の解雇だったと津田達は知っている。社内の不満を抑えるために責任を負わされたのだ。好きで入った会社だっただけに、そう言った裏事情を目の当たりにするのは、辛くてたまらなかった。

 しかし好きで入った会社だからこそ、このままでは終われない。そんな思いも同時に沸いた。原点に立ち返って、『リゾルト』らしい良い商品をきちんと消費者に届けたい。津田は今、そんな思いだ。

 斎木が自販機から取り出した缶コーヒを手に津田の隣に並ぶ。砂糖入りのカフェオレだ。甘すぎて津田は好きではないが、斎木は「脳に必要なのは糖分ですよ」といつも甘い飲み物を好んで飲んでいた。そんなささやかな記憶を津田は思い出す。

「ため息の原因は、仕事ですか? プライベートですか?」

 そんな斎木の質問に、

「仕事だよ」

 津田はそう答えてコーヒーを口に運ぶ。

「これから売り出そうとしている商品にぴったりくるタレントが見つからなくて」

 適当にごまかす必要もないことなので、津田はいっそあけすけに打ち明ける。一年前までは、仕事の事は何でも話し合っていた仲だ。

「CM起用ですか?」

「そう。今の社内事情じゃ、広告打つのにも大手を使うような経費は認められないからさ。小さな事務所に声かけてコンペ形式でコンセプト決めて。そこまでは順調に進んだんだけど。じゃあ、実際どのタレントを起用するかって段で、足踏みしてる状態で」

「ちなみに、商品って何です?」

「イヤホン」

「へぇ。––––すでにリゾルト(うち)って五種類くらいイヤホン展開してますよね?」

 斎木の言いたいことはわかる。しかし今の『リゾルト』には、冒険するほどの余力はない。というよりも、原点回帰こそ今の『リゾルト』には必要なのだ。

「今までの技術を応用して、さらに進化させた新感覚イヤホンなんだ。小さな音量でも頭全体に響くような感じがするのが特徴で、重低音もよく響くから音に厚みを感じるんだ。でも、指摘の通り普通に売り出しても消費者は『新商品のイヤホンが出たんだ』程度にしか思わない。普通に見えるけど普通じゃないって。そんな感じのするタレントを使って商品の特徴を表現したいと思ってるんだが……」

「普通に見えるけど普通じゃない、ですかぁ」

 斎木がカフェオレを口に運んで、しばし思案気味に黙り込んだ。

「じゃあ、濱中健太さんとかどうです? モデルデビューしてすぐに俳優に転向した、今若者に大人気の俳優さん。彼って、若いのに何か大物感あって、普通じゃないって感じしません?」

「有名人すぎる。どっちかって言うと、まだあまり名前の知られてない新人タレントの方がいいんだ」

「それは、ギャラの問題で?」

「まあ、それもあるけど。それよりも新鮮度の問題かな。イヤホンって言ってみればすでに世の中に溢れまくってる商品だろう? それを新鮮に見せるのに、タレント自身の新鮮さを利用したいんだ。それに、濱中健太じゃ、普通っぽいのにと言う部分にすでに当てはまらない」

「ああ、まあ、そうですね」

 部署違いなのに真面目にアドバイスしてくれる斎木には悪いが、その辺はすでに考え尽くした後だ。濱中健太はもちろん、テレビへの露出が少ないモデルの『MASAKI』や、彼の実妹でデビューしたての『SAYAKA』の起用も考えてみた。しかし、新商品のコンセプトにいまいちハマらない。

 コンペを経て採用を決めたコンセプトは、まだ三十にはならないと言う若い社長が率いる『MIRAI・Labo』という会社が提案したものだ。その会社が提案した「普通の若者が『リゾルト』のイヤホンを通した音を聴いて『覚醒』する」というアイデアに津田は魅かれた。『音』で『覚醒』する。それは、『音』にこだわり続けてきた『リゾルト』の真骨頂であるような気がした。

 しかし『覚醒』を表現するには、有名すぎるタレントは向かない。有名であるということは、言ってみればすでに『覚醒』しているのだ。『リゾルト』の『音』を聴いて初めて『覚醒』した印象を与えることができない。だから津田は新人タレントにこだわるのだが……。

「実は、いろんなタレント事務所にも声をかけて、紹介してもらった新人タレントのデータを朝からずっと見てるんだ。もう今日だけで百件以上は見たかな。正直目の限界で。ちょっと休憩って思ってここへ来たところなんだ」

「ああ、なるほど。だから、遠くを見てたんですね」

 斎木が小さく笑う。

 津田は、残っていたコーヒーを飲み干した。

「正直妥協したくないんだけど。……でも、理想ばっかりは追えないのが現実だからなぁ」

 津田は半ばぼやくように呟くと、空き缶をダストボックスに捨てた。

「じゃあ、俺はもう行くよ。話聞いてくれてありがとうな」

「いえ。お疲れ様です」

 斎木の爽やかな笑顔に見送られて休憩室を後にしようとした。その時、

「あ、そうだ。津田さん。いま、ちょっと思ったんですけど」

 そう言って斎木が呼び止める。

「津田さんが望むような、普通じゃない感じのする新人なら、デビューしたらすぐさま頭角を表しちゃうような気がするんですよね。だから、すでにデビューしてる新人タレントの中で探しても、津田さんの探し人は見つからないんじゃないですか?」

「じゃあ、どこを探せと?」

「CMオーディションをするのが手っ取り早いんでしょうけど。そんな金ないっていうなら、街中から探してくるしかないでしょうね」

 冗談なのか本気なのか。

 津田は小さく苦笑すると、

「心に止めとくよ」

 そう返して、今度こそ本当に休憩室を後にした。

 

 

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