「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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11巻「悋気応変」で臨時の通訳バイトを終えた尚人の様子を聞くために石田宏明を呼び出した加々美の話


交差する思惑

 アズラエル本社ビルから一駅離れた繁華街の裏通りにある小さな日本料理店。日頃贔屓(ひいき)にしているその店に石田を呼び出した加々美は、約束の時間より十分も前に着いたのに、既に石田の姿があることに驚いた。何かイベントがあれば現場責任者を務める石田は、日頃より多忙を極める。だから、今日もどうせ何かと業務が押して遅れてくるだろうから、気心知れた大将相手に、先にちびちび始めとくか、と加々美は思っていたのだ。

「よう。もう着いてたか。早かったな」

 加々美が軽く片手を上げて挨拶をすると、

「私もつい先ほど着いたばかりです。今日はお誘い頂き、ありがとうございます」

 石田は至極丁寧に頭を下げた。

「今日は、あれやこれや、じっくり話を伺わせていただきます」

「それは、こっちもさ」

 加々美は答えて、大将にビールを2つ頼む。出されたお絞りで手を(ぬぐ)い、すぐにビールで乾杯した。

「今年は年明け早々大変だったな」

 加々美が口火を切ると、石田はビールを流し込んでから、律儀に姿勢を正した。

「何とか無事に終了しまして、安堵いたしました。これもそれも、加々美さんのおかげです。本当に、ありがとうございました」

「あの企画は雑誌とのコラボがメインだったからな。通訳が直前にインフルエンザでダウンしたった聞いたときは、さすがの俺も焦ったぜ」

 過ぎたことだから笑えるが、代打が見つからなければ会社として大打撃を受けたに違いないほどの一大事だった。

 ヴァンスは今、世界的に勢いがあるブランドだ。そのヴァンスがメンズへ本格参入するとあって、日本のメンズ界はいい意味でざわついている。アズラエルとしては、ヴァンスがこれから日本で展開するメンズファッションの専属モデル契約を狙っており、正月元旦のあの企画が、日本でのターゲット層を広げたいヴァンス側と、そのヴァンスに自社モデルを売り込みたいアズラエル側の思惑が一致した結果のぶち込み企画であったとはいえ、初手で(つまず)いていては幸先が悪過ぎる事態になるところだった。

 石田から連絡を受けたとき、加々美は本気で一瞬天を仰いだ。

 高倉とは前日に、

「じゃあな。四日までは何があっても俺に連絡はつかないからな」

 と言われて別れたばかりだった。社用も私用も携帯の電源は切っておくからと。

 もちろんそのときは、

「おう、正月ぐらいゆっくり休めよ」

 と返したのだ。当然である。こんな事態になるなんて思いもしなかったのだから。

 高倉に連絡さえつけば、最悪高倉に代打を頼めたのだが。今更あれこれ後悔したところで仕方がないとはいえ、万が一のために私用携帯の電源ぐらい入れておけ、と言っておけば良かったと舌打ちしつつ、加々美は誰か頼めそうな奴はいなかったかと記憶を手繰った。内容が内容だけに誰でもいいというわけではない。当然口の軽い奴には頼めないし、他事務所との絡みがある者に頼むわけにもいかない。明日自分がフリーなら買って出るところだが、生憎明日はアズラエルとは無関係の仕事が入っていた。近頃始動させたプロデュース業の方の仕事だ。

 アズラエルとマネジメント契約を結んでいる加々美は、モデル加々美蓮司としての仕事はアズラエルを通す必要があるが、企画等のプロデュースを個人的に請け負うことについては何の問題もない。実は既にそのための個人事務所を立ち上げていて、その点についてはアズラエルとも合意済みだ。完全独立ではないこのやり方は双方に旨味のある話で、今のところ順調に動き出している。

 昨年発売した『エレメント』は、その個人事務所立上げ後の記念すべき初仕事だった。雅紀のおかげもあって大好評で、その第二弾の計画が早くも動き出している。明日はそのための会合で、どうしても身動きが取れない。

 悩みに悩んで、そのとき加々美の頭にぽっと浮かんだのが、雅紀の弟である尚人だった。

 学校の課題だという職場体験の引率を引き受けて、尚人の為人(ひととなり)を知った。雅紀は出会った時から色々と規格外で衝撃だったが、尚人は一見普通そうに見えて何もかもがハイスペックなことが驚きだった。

 雅紀の話を聞く限りにおいては、庇護すべき対象というイメージの刷り込みがあったし、一度雅紀の忘れ物を届けに来たときに見かけた印象では、高校生にしては素直で初心(うぶ)で可愛らしいという印象だっただけに、加々美にとっては驚きの連続だったのだ。

 まずは、コニュニケーション能力。落ち着いた声音とおっとりとした口調であまりにも自然に会話するものだから、最初加々美でさえ意識していなかったが、よくよく考えたら高校生が大人相手に自然に会話を続けられることがすごかった。三日間ほぼ付きっきりだったが、その間会話が苦になったり、不自然になったり、妙な気を遣ったり、ということが全くなく、ランチをしながらの会話では、話が弾んで楽しくて仕方なかったくらいだ。

 次に、周囲の空気を読む能力。これまた自然すぎるほど自然に場を(わきま)えるのだ。

「質問があったら、何でも遠慮なく聞いてね」

 と最初に加々美が言ったので、尚人は本当に色んなことを質問していたのだが、ランチタイムの時に、

「あの、これって聞いていいか、わからないんですけど……」

 と切り出して、確かにその場で聞かれても答え難かったが、この場ならいいよ、という質問を受けた。それで尚人が、その場で質問していい内容かどうか取捨選択していたんだな、と加々美は気づいたのだ。

 そして極め付けが、英会話能力だ。

 少し休憩しようという流れになって、加々美は尚人を3階のカフェテリアへ連れて行った。そこで加々美は一服しようとカフェテリアに併設された喫煙室に入った。ガラス張りの作りで、自販機でカフェラテを買ってベンチ席に座った尚人の姿は見えていた。

 そこに外国人の来客が数人現れて、カフェテリアに入ると、なぜか尚人に声をかけたのである。

 会話の内容までは聞こえなかったが、発した言語が英語なのは確実だった。それにきょとんと見返した尚人の表情が困っているように見えて、加々美が助けに行ってやろうかとタバコを消して喫煙所を出た途端、尚人が流暢な英語で返したのである。びっくりしている加々美の前で、外国人と尚人の会話は数分続いた。その間尚人は言い淀むことも戸惑う様子もなく、とても流暢な英語で会話し続けた。

 それで加々美は、来客が去った後に、

「すごくきれいな英語喋るね。雅紀に習ったの?」

 と聞いたら、

「いえ、兄は忙しいので、そんな時間は。独学なんですけど、おかしくなかったですか?」

 と、はにかんだ表情が男子高校生とは思えないほど可愛らしくて、さらには英検一級だと聞いて度肝を抜かれたのである。

 雅紀は見るからに規格外だったが、弟の方は上手に隠す方だったか、と。

 まあ、本人的には、隠してる、という自覚はなさそうだったが。

 その時のことを思い出して「尚人くんなら間違いない」と加々美は思ったのだ。

 それで雅紀を拝み倒して尚人を引っ張り出した。雅紀がそう簡単にOKしてくれるとは思わなかったが、加々美も必死だった。とにかく安全第一、余計な雑用はさせないと誓って首を縦に振らせた。その点は事前に石田にも重々言い含めた。

 だがそれでも、当日はどうにも現場が気になったのは事実だ。何しろ人生初のアルバイトだったらしいし、万が一何かあれば、無理を言った雅紀に申し訳が立たない。それに尚人は、見た目以上にしっかりしているが、初心(うぶ)なことには違いない。家と学校を往復するだけの狭い世界で生きている。親父は極悪非道だったが、それとはまた違った種類の悪い大人が世の中にはいることを、知らないように見える。だから、万事筒がなく終了したと石田から報告を受けたときは、加々美もほっと一安心だった。

「雑誌の売れ行き、好調らしいな」

 刺身をひと切口に運んで、加々美は石田に視線を向ける。

 件の雑誌は、無事発売日を迎えていた。今注目度の高いヴァンスのチーフデザイナーの独占インタビュー記事が掲載されているとあって、かなり衆目を集めたようだ。加々美も既に目を通したが、インタビュー記事はかなりいい出来だった。ヴァンスのことをよく知らない人間にも、ヴァンスの求めるファッションがどういうものか分かりやすく説明されていたし、クリスの真摯でウイットに富んだ人柄も文章からにじみ出ていた。あれだけ充実したいい記事が書けたということは、インタビューがうまくいったということだ。自身も今まで何度もインタビューを受けてきた経験から察するに、当日はかなりいい雰囲気だったのだろう。

「ええ、そのようです」

 石田は、山菜の煮付けに箸を伸ばして頷いた。

「『KANON』の大崎さんからも、あのあと、わざわざ連絡がありまして。篠宮くんのおかげでとてもいいインタビュー記事になったと。こんな連絡があるの、珍しいんですよ」

「へぇ。そりゃ、よっぽどだな」

 加々美は軽く目を見開く。通訳は一般的に言語の変換者でしかない。その場で「お疲れ様でした。ありがとうございました」程度の礼は言っても、個人の個性にスポットが当たる存在ではない。

「尚人くんの通訳。実際どんな感じだったんだ?」

「非常に自然でした」

 石田は即答する。

「自然でクレバー。それに尽きます」

 石田の言葉に、加々美は、ほうっと呟く。

 自然でクレバー。なるほど……。

「正直に言いますと、本社前で落ち合ったときは、まさか原田さんの代打で高校生が来るなんて想像もしてなかったんで、びっくり仰天どころか、本当に大丈夫なのかと心配が先に立ちまして」

「まあ、普通はそうなるな」

 加々美はすんなり同意する。尚人のことを知らなければそれが普通の反応だ。

「すぐにいい子だなっていうのは分かったんです。渡した資料も丁寧に目を通していましたし、 会場での振る舞いも問題ありませんでしたし。…… なにより、加々美さんのご推薦ですし。……それでも、如何せん失敗できない仕事でしたから、本当に通訳として役に立つのか、ということに関しては、ずっとはらはらしていたんです」

 石田はため息混じりに吐露する。

「正直、自分に多少の英会話能力があれば、英語で話しかけて事前に英語力チェックするのに、とまで思ったんですよ」

「尚人くん、そういう雰囲気全然出さないからなぁ」

 加々美は苦笑する。

「俺も、尚人くんが外国人の来客相手に流暢な英語で対応始めたときはびっくりしたし」

「そういえば、以前職場体験の社内案内役されたんでしたっけ?」

「ああ、雅紀に頼まれてな。学校の課題だったらしい」

「それが社内で密かに噂になってるって、後から知ったんですよ。元旦のイベントで一緒だった斉藤さんとその後のイベントでもご一緒したんですけどね。彼が、篠宮くんのことを『彼って噂の加々美さんの秘蔵っ子でしょう? 先日のイベント見学はデビュー前教育の一環ですか』なんて言って来て、もうびっくりですよ」

 わずかに口を尖らせる石田に、加々美はくつくつと笑った。そんな噂が立っているとは加々美も知らなかったが、急に聞かされた石田はさぞ驚いたことだろう。

「で、お前はなんて答えたんだ?」

「手が足りずにお願いしたアルバイトの一人だという認識でした。加々美さんとの関係については承知してないのでわかりません、って言いましたよ。それ以外に何が言えるっていうんです?」

 石田は少々うらめしそうに加々美を見る。

 MASAKIさんの弟なんて言えるはずもないでしょう、と言わんばかりの顔だ。

「––まあ、何はともあれ、案ずるより産むが易しと言いますか。インタビューが始まったら全て杞憂だったとすぐにわかりましたけどね。彼の英語って、とても聞き取りやすくて。しかも何というか、耳触りが良くて。会話の仕切りも初めてとは思えないほど上出来で、非常にスムーズでした。『KANON』の大崎さんも、彼が細かなニュアンスまで丁寧に訳してくれるからとてもやりやすかったって、大絶賛でしたし」

 石田は一旦言葉を切って、ビールを口に運んだ。

「あの度胸の良さには脱帽ですよ。それに、––彼、ものすごく頭の回転早そうなのに押し付けがましさがまったくないっていうか。あの年頃の子って、普通はもっと小賢しいもんでしょう? なのに全然そういう感じじゃなくて。逆に、なんか、見ていて癒されました」

 石田の言葉に加々美はくっと吹いた。

「さては、お前もやられたな」

「と、言いますと?」

「いやー、尚人くんてさ。全くスレたところがなくって初々しいと言うか。強さはないけど脆弱ではなくて。たおやかで、しなやかで、凛としていて。そういう感じが、媚びてるわけじゃないのに目が離せないって言うか。––あんな家庭環境にあったと知った後だと、そういうのが全て奇跡に見えるって言うか。でも、だからこそのあの芯の強さなんだろう、とも思うわけだ。あの年代特有のアンバランスな危うさが微塵もなくて、お前が言ったように、自然でクレバー。だから見方によっては、深窓の令息(おぼっちゃま)にさえ見えてしまう」

「そうなんですよ」

 石田が被り気味で頷いた。

「まさにそれなんです。本社前で彼に自己紹介されてもMASAKIさんとリンクしなかったのは。加々美さんが通訳として問題ないって太鼓判押すくらいだし、ひょっとすると、海外育ちの裕福なご家庭のご子息なのかなって、思ったんです。決して派手じゃないのに、整ったきれいな顔で、人目を引き付ける独特の雰囲気がありましたし。それに彼、立ち姿がとても綺麗なんです。––元旦の人気(ひとけ)のないときじゃなかったら、見かけたうちのスカウト部の誰かが絶対声掛けてましたよ」

「元旦じゃなきゃ、本社前で待ち合わせなんてさせるかよ。待たせてる間に悪い大人に引っ掛かってましたなんてことになったら、俺が雅紀に殺されるだろう。あいつ、駅からタクシーに乗せるほど尚人くんのこと大事にしてんだから」

「うちのスカウト部は、悪い大人じゃ……」

 言いかけて石田は言葉を飲み込む。きっとMASAKIにしてみれば大差ない、と気づいたのだろう。何しろ超クールを通り越してブリザードと揶揄されることもあるMASAKIが、バイトを終えた弟をスタジオ前まで大急ぎで迎えに来た場面に立ち会ったのだ。恐らく信じられないものを目にした思いだっただろう。

 加々美だって、雅紀と尚人が一緒にいる所を初めて見たとき、雅紀が今まで見せたことがない柔らかな笑顔をしていることに驚いたのだ。

 本当に、尚人くんのことが可愛くってしょうがないんだな、と。

「まあ、今回、彼の正体は現場でバレてないんですけど、でも、きっと、かなりのインパクトを残しましたよ。––ひょっとすると、もうすでに、かなりの噂になっているかもしれません」

「どういうことだ?」

 加々美は首を傾げる。

「インタビューの通訳しただけだろう?」

「ええ、それはそうなんですが……。実は、撮影が終わるなりユアンくんがなぜか篠宮くんのところへ直行しまして。突然、篠宮くんに話しかけたんです」

「はぁ? ユアンが? 尚人くんに?」

 あの、超絶人見知り、とぼやかされているコミュ障のあのユアンが?

 と加々美は絶句する。

「まじで?」

「まじです」

 石田は至極真面目な顔で頷く。

「もう、周りはびっくり仰天ですよ。……話しかけても塩対応、が通説ですし。というか、実際そうでしたし。なのに、篠宮くんの所へまっすぐ向かって行って自分から話しかけたんですから。周りはみんな、あの子誰? 状態でした」

「––ってか、何でユアン。尚人くんに声掛けたんだ?」

「唐揚げ食べたいって、って言ってたみたいです」

「はぁ?」

 ますます意味がわからない。

「今回同行していたユアンくんの従兄弟のカレルくんとも、何やら意気投合して話してましたし。彼って、本当にコミュニケーション能力が高いと言いますか。人を惹きつける何かを持っているんでしょうね。クリスさんも篠宮くんに興味津々て感じで、インタビュー後に色々話しかけてましたし」

 石田が次々と繰り出すエピソードに、加々美はもう苦笑するしかなかった。

「尚人くんって、天然の人たらしだよなぁ」

 加々美の呟きに石田が同意するように頷く。

「ところで、そう言う加々美さんは、どうなんです?」

「へ、俺?」

「ええ。篠宮くんのこと、どう見てるんですか?」

「めっちゃ可愛い。今時の高校生とは思えない。って、思ってるけど」

「モデルにスカウトしようとか、思わないんですか?」

「尚人くんを?」

 加々美は石田の言葉に驚く。そんな発想はなかった。

 いや、面白い個性だな、とは思っていた。化けたらどうなるんだろう、と。

 だが、本気でモデルをやらせたいとは思わなかった。というか、考えたことがなかった。

 だって……

「雅紀が絶対嫌がるだろう」

「そうなんですか?」

 石田はわずかに首を傾げた。

「MASAKIさんって、加々美さんが口説き落としてデビューさせたんでしょう? 彼の妹も、今度うちからデビューすることが決まったじゃないですか」

 だから弟がモデルをすることにも抵抗ないはずだ、というのが石田の図式なのだろう。

「騒動の元だった親父さんが亡くなって、これからようやく落ち着いた生活ができるって時だろう? それで尚人くんがデビューするかも何て話がマスコミの噂になったら、また騒がしくなっちまうじゃないか。そういう状況は、あいつの望むところじゃないと思うけどな」

「そうなんですかねぇ……」

 石田は呟いて、野菜の天ぷらを口に運ぶ。

「––でも、ですね。加々美さん。彼のあの個性はちょっと他に見ない個性です。もし自分がスカウト部に所属していたら、どうやって口説き落とそうか、今頃必死に考えてたと思います」

 石田は至極真面目な目つきで加々美を見やった。

「磨けば光る原石は他に取られる前に、っていうのがこの業界の常識でしょう?」

「……まあ、それはそうなんだが」

 加々美は困ったように頬を掻く。

「そもそも本人が、モデルやる気がないと思うけど」

「どうして、そう思うんです?」

「そりゃあ、尚人くんのモデルのイメージが雅紀だからだよ」

「兄のようにはなれないと?」

「っていうか、自分が同じ舞台に立つ必要性はないって思っているような」

「……なるほど」

 加々美の言葉に、石田は何か考え込むようにしばらく黙り込んだ。

「確かに。モデルになる必要性は、ないかもしませんね」

 何をどう考えての結論なのか、石田は納得顔で頷く。

「彼なら、企画部でも総務部でも重宝するというか、欲しい人材といいますか。あのコミュニケーション能力の高さは、逆にモデルじゃもったいないですね」

「おいおい」

 加々美は意外とまじな顔つきの石田に苦笑する。

「高校生、リクルートしようってか?」

「何言っているんですか、加々美さん。彼、今年の春にはもう高三でしょう? 一年後には大学生ですよ。そしたら、企業訪問したりインターンしたりで就職試験先決めて、なんてあっという間ですよ」

「だが、今はほら。就活ルール厳しいんだろう? フライング禁止って聞くけど」

「表向きはですね。就活解禁以降じゃないと内定出せないってなってますよ。でも実際は、バイトとかインターンとか称して優秀な学生を事前に囲い込んじゃう企業も結構あるんです。内定は出してなからルール違反じゃないし、囲い込んでたはずの学生が別企業にエントリーしても文句は言えないんですけど」

「抜け道はあるってか」

 加々美は唸る。

「彼と仕事するの楽しいでしょうね。真面目で頭良くって、それでいて小賢しくなくて。自然で構えたところがなくて、穏やかな感じで。しかも彼の声ってなんか、しっとりと落ち着きがあって聞いていて耳障りいいんです。現場が荒れてピリピリしても、彼がいたらきっと簡単に中和されちゃうんじゃないかな」

「もはやベタ褒めだな」

「ま、とはいえ(わたくし)、人事部ではございませんので、ただの妄想でしかありませんが」

 そう言って、石田は笑った。

 加々美も口の端で笑って、話題を終えた。

 しかし、石田の言葉に加々美の中の何かが確実に揺さぶられていたのだった。

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