「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく) 3

「篠宮? 翔南高校の篠宮尚人だよな?」

 その出会いは突然だった。

 その日尚人は、入学手続きのために大学キャンパスを訪れていた。

 人のごった返す会場であたふたしながらも何とか諸手続きを終え、自分のクラスが示されたブースに入った時だった。

「俺のこと、覚えてない?」

 そう言って親しげに声をかけて来た人物は、どことなく『アズラエル』の統括マネージャー高倉に似たイケメンで。尚人は見覚えがあるようで思い出せない。

「あの……」

(誰だっけ?)

 自慢じゃないが尚人の交友関係は狭い。中学までは家庭事情が影響して親しく付き合う友人などおらず、高校でもほとんど家と学校を往復するだけの生活だった。そんな中でも親友と呼べる存在が出来て充実した学校生活を送ることができたのは本当にラッキーだった、というのは今は関係ない話で……。相手が翔南高校生でないことだけは確実だ。翔南高校からの東大現役合格者は尚人の他に三人いて、全員クラスは違うが顔はわかる。

 ということで、翔南高校生以外の同い年の知り合いとなれば、メル友のカレルぐらいしか思いつかない尚人だが––––

(んー、どっかで会った気がするんだよなぁ)

 喉の奥に魚の小骨が引っ掛かっているかのようなもどかしさ。そんな尚人の様子を見て、なぜか相手はにやりと笑った。

「俺、青山清峰の」

 そう言われて、尚人はハッと思い出す。

「即興英語ディベート大会決勝の––––」

「そう!」

「第二スピーカだった!」

「そう、その鷺原亮司(さぎはらりょうじ)! ここでまさか篠宮に再会できるなんて、すっげーうれしい。よろしくな」

「こちらこそ、よろしく」

 誰なのか解ったスッキリ感に、尚人は差し出された手を握り返して握手する。

 意外な再会がここで待っているなんて思いもしなかった。

 尚人が、杉本、清田という同級生二人に誘われて、高校生即興英語ディベート大会に出場したのは去年のこと。尚人たち三人は、チームワークを武器に地区大会を突破して全国大会へと駒を進め、さらには全国の舞台でも快進撃を続けて決勝へと勝ち進んだ。その決勝戦の対戦相手が、前回大会の優勝校であり、かつ過去三回の優勝経験を持つ強豪、青山清峰高校だったのだ。

 その第二スピーカだった男、––––鷺原亮司。……名前は今知ったが。

「篠宮と(おな)クラになるなんて。合格発表の時より興奮するな」

 鷺原が口角をくいっとあげる。

 スタイリッシュな銀縁メガネのせいか、記憶にあるより随分大人びて見えた。

「俺さ、あの時の篠宮のスピーチが衝撃的過ぎて。あの後結構引きずったんだぜ」

「そう、……なの?」

 尚人は言われて、去年の夏の事を思い出す。

 八月初旬に行われた全国高校生即興英語ディベート大会。その決勝。論題のテーマは『世界的な人口爆発を解決する手段として火星移住計画を本格的に推し進めるべきである』だった。

 聞いた瞬間、尚人の頭の中にいろんなことが駆け巡った。関連する知識や情報のみならず、肯定意見も否定意見も湧いて出て、尚人は一瞬のうちに頭の中が満杯になった。混沌とした脳内。その整理を杉本や清田との会話の中でおこなって、自分たちの意見を構築する道筋を立てているその最中、清田が言った。

「こちらの弱点は、火星移住を実現させようとしたら費用がかかり過ぎるという問題にどうしたってぶち当たる点だ。その弱点をカバーするために、あえて具体的数字は相手に言わせる。自分の言った言葉は引っ込められない。それを逆手に取る」

 その時尚人は、ディベートの真骨頂を見た気がした。

 ディベートとは、論破するのではない。自分たちの主張を補強するのに、時には相手の言葉をうまく利用すること。論点が平行線になっては意味がなく、弱点さえも利用して自分たちが望む議論展開へと誘導すること。それが大事で、最終的に観衆の心を動かした方が勝ちなのだと。ディベートとはそういうものなのだと。改めて清田に教えられた気がした。

 だから尚人は、杉本や清田の主張を補強しつつ、相手の言葉の無力化、に心血を注いだのだ。相手の主張は所詮問題を他人事にしようとしているという印象を観客が持てば、こちらの勝ち、だと思ったからだ。

 人は、実現可能な意見にのみ心動かされるわけではない。

 それが功を奏したのかどうかはわからない。ただ結果は、勝ち、だった。

「二連覇狙ってたしさ。途中までは、いけたって手応えもあったし。でも、最後の最後で全部一人で持ってったって感じだっただろう? 観客も審査員も全員の視線を釘付けにしてさ。こんな高校生いるんだって茫然自失。しかも大会初の完敗だろ。涙も出ないって心境だったんだぜ」

 尚人は鷺原の言い様に苦笑(にがわら)いする。あの時は優勝できた喜びと安堵感で一杯で、相手校の生徒がどんな思いでいたかなんて想像すらしなかったが。改めて聞かされると何とも複雑だ。

 ただ、あの経験があったからこそ、尚人はこの大学の受験を決めたのだ。その時限りだと思った出会いがここに繋がる。何とも不思議な気分だった。

「決勝トーナメントが始まったぐらいから、翔南の三番手はやばいって噂が流れて来てさ。それで準決勝観戦したんだ。で、その時は、確かに英語の発音綺麗だし、これまでにない切り口のまとめ方するし、とは思ったけど。やばいの意味がそこじゃないって気付かなかったんだよなぁ。それで、決勝でいきなりのオーラ全開だろ? 反則じゃん? って感じ? あの時の篠宮、完全にカリスマ入ってたからな」

 ?

 尚人は、はたと首を傾げる。

 何となく、鷺原と噛み合ってない気がする。

 鷺原が引きずったのは、自分たちの言葉が逆手にとられたことではなくて?

 「コストの面から非現実的」という意見を「的外れ」にしてしまったことではなくて?

 「問題の根本をわかっていない、机上の空論」といった言葉を、そのまま暗に返したことではなくて?

 カリスマ? 誰が?

(んー、確かにあの時、まーちゃんも来てたけど?)

 頭の中に疑問符が残りつつも、尚人はひとまずさっくりと無視をした。

「で、鷺原君は、俺に文句言うために声かけたの?」

「んなわけないだろ。偏屈な自覚はあるが、そこまで狭量でもない」

(そうなんだ)

 尚人は心の中で苦笑する。

 見た目はクールな高倉で、中身は何となく俺様気質な伊崎といった感じだ。

「篠宮みたいなやつと初めて出会ったからさ。大会直後はショックで茫然としたけど、冷静になったら、今度は何で連絡先交換しなかったんだろうって、それがショックで」

 鷺原が一旦言葉を切った。

〔あんなやっべー奴と何で友達にならないまま別れたかなーって、ずっと後悔してたんだ。––––完全に片思い〕

 尚人はぷっと吹き出す。

 何で急に英語? と思ったが、日本語では気恥ずかしすぎて言葉にできなかったのかもしれない。しかし英語とは言え、そんな臭いセリフを真顔で言うそのギャップが何となくおかしかった。

「じゃあ、改めてよろしく。鷺原君」

「呼び捨てでいいって。同期だろ」

「わかった。じゃあ、鷺原って呼ぶね」

 右も左も分からない大学生活の始まりにドキドキしていた尚人だったが、あっという間にできてしまった友達? に、ひとまず安堵する。

 尚人の大学生活の第一歩はこうして始まった。

 

 

 * * *

 

 

 外回りがひと通り終わって、津田は休憩しようとコーヒーショップに立ち寄った。カウンターでホットのブラックを注文し、商品を受け取って窓際のカウンター席を確保する。平日の昼間だったが、店内は思いのほか賑わっていた。

(あー、そういえば春休み期間か)

 学生と(おぼ)しき若者が多い客層をチラリと見やってそんな時期だったと思い出す。社会人に春休みなんてものは存在しないので、春休み、の響きがなんとはなしに懐かしい。

 眼下の通りを眺めれば、こちらもまた若者が目立つ。これから新生活が始まるのだろうか。何となく誰も彼もが浮き足立って見える。

(俺も、初めて上京した時はわくわくしたよなぁ)

 津田は、行き交う若者の姿を眺めながら、もう十何年も前のことを懐かしく思い出す。

 津田は九州の出身で、大学進学のために上京した。……というよりも、東京に出たくて志望校を決めた。東京の私大に進学したいと両親に告げたとき特に反対はされなかった。一応、有名私大と言われる部類の大学だったからだろうか。合格した時はとても喜んでくれた。

 しかし……

 父親は普通のサラリーマン、母は専業主婦。地元では一般的な家庭で特に裕福と言うわけではなく、今考えれば子どものために仕送りするのは大変だったはずだ。だが当時はそんなことには考えも及ばず、有名私大に現役で合格した自分はむしろ親孝行な息子だと思っていた。それに、バイトもせずに学生生活をエンジョイできるほど潤沢な仕送りをもらっていたわけではない自分は、どちらかと言えば苦学生ぐらいな気分でもいた。

 私大の高額な授業料を全額出してもらっていたにも関わらずだ。

(今考えると、世間知らずもいいとこだよなぁ)

 高校生の時は「地方の大学を出たって意味がない」そんな風に考えて東京の大学にどうしても進学したかったが、別に地元大学を出てたら今の会社に絶対入れなかったかと言われれば、そんなことはない。一緒に働く同僚の中には地方大学出身者も結構いる。

 まあ、だからと言って自分の進路選択が間違っていたとまでは思わないが––––。

 親に甘えた。それは確かだ。しかし大学の四年間はとにかく楽しかった。行きたくて行った大学。それもあるし、地元では出会えないような面白い奴らが大学にはいっぱいいた。そんな出会いも含めて人生の財産。そう思える。自分の世界が広がった。それに価値がある。

 それに『リゾルト』への就職を決めたのも、「元々ファン」というのもあるが、上京して間もない頃に、偶然『リゾルト』本社を目にしたことが大きなきっかけだ。

「うわ! 『リゾルト』の本社って、ここにあるんだ!」

 その時の妙なテンションとともに、『リゾルト』に就職したいという思いが込み上げて。津田はその思いだけで突っ走ったようなものだ。

 そして今、改めて思う。

(俺ってやっぱり『リゾルト』が好きだよなぁ)

 正直会社は今結構なピンチだ。パソコン事業の失敗はかなり厳しい。株価はずっと右肩下がりで、スマートフォンアプリのコメント欄には批判的なコメントしかない。そもそもそんなアプリにコメントするようなユーザーは、ほんのちょっとの乱高下にも一喜一憂するにわかトレーダーなので気にする必要なんてないのだが。そうとは思いつつも、ついつい見てしまう。

 自分が好きなものは少しでも褒められたいのが人の心理だからだ。

(いや、単に俺の願望か……)

 そんなどうでもいいことを思いながら、津田は目の前を行き交う若者の姿に、ふと先日斎木とした会話を思い出す。

 ––––すでにデビューしてる新人タレントの中で探しても、津田さんの探し人は見つからないんじゃないですか?

 ––––CMオーディションをするのが手っ取り早いんでしょうけど。そんな金ないっていうなら、街中から探してくるしかないでしょうね。

(まあ、その通りっちゃ、その通りだよなぁ)

 とはいえ、お目当ての若者がそんな簡単に見つかるなら、その手の事務所のスカウトマン達は苦労しないだろう。会った瞬間きらりと光るものを持っていると確信させるようなオーラを持つ者なんて、そうそうはいない。だからこそモデルだってタレントだって、大々的なオーディションをして何万人という中から一人を選び出すのだ。

(でも、まあ。友達と街中歩いているときにスカウトされたのがデビューのきっかけ、なんて話してるタレントも結構いるよなぁ)

 モデルの『タカアキ』は確かその口だ。一方で一般人の方が先に見つけて話題になるタイプもいる。今一番旬の俳優濱中健太がこのタイプだ。一般人のSNS上で「めっちゃかっこいい高校生いる」というのが話題になって、その情報をキャッチしたモデル事務所最大手の『アズラエル』と、傘下グループの連携によって芸能業界を牛耳る『イグニス・プロダクション』とが、熾烈なスカウト合戦を繰り広げたというのがまことしやかに流れる噂だ。

 その一方で、濱中健太がモデルとしてデビューしながらすぐに俳優に転向したことから、『アズラエル』はそもそも本気じゃなかった、何て噂も聞く。『アズラエル』はタレント部門も持ってはいるが、本業はモデル事務所。濱中健太がモデルとしての素質十分だと見たら、あの『加々美蓮司』が直接動いたはずだ、というのが理由らしい。

 そんな噂が流れるのも、カリスマ・モデルとしての地位を不動のものとする『MASAKI』の素質に惚れ込み直接口説いてデビューさせたのがモデル界の帝王加々美蓮司だというのは有名な話だからだ。しかも、同じ事務所で上下の関係ができてしまうことを嫌って、わざと他事務所に預けるという掟破りまでするほどに、加々美蓮司が『MASAKI』を特別可愛がっているのは業界では有名な話。仕事柄芸能界の情報もちょくちょく耳に入る津田も、その程度のことは「常識」として知っている。

 近頃では、その『MASAKI』の弟を巡ってスカウト合戦が繰り広げられているらしい。『MASAKI』といえば一昨年の騒動でプライベートが丸裸にされたようなものだが、その時一緒に話題になったのが『MASAKI』が何より大事にしている弟だった。マスコミが弟に近づく気配を見せた途端『MASAKI』の逆鱗に触れ、それによって実際に業界から姿を消した者もいるのだとか。しかし『MASAKI』が大切にすればするほど、人々の興味を引きつけてしまうという皮肉。あの『MASAKI』がそれほどに大切にするのだから、弟はよほどの逸材に違いない。そんな感じに。津田は実際『MASAKI』の弟を見たことはないし、どんな人物なのかも知りはしないが。『MASAKI』の弟、というだけで話題になってしまうということはそういうことだろうと思っている。

(妹はオーディション組だしなぁ)

 『MASAKI』の実妹『SAYAKA』は、すでにモデルとしてデビューしている。確かに『MASAKI』に似たところがある正統派美人だ。あれほどの美人ならば、よくスカウト場所として話題に上がる渋谷あたりを歩けば、すぐさまその手のスカウトマンに声をかけられそうだが。それでもデビューのきっかけはオーディションだった。

 まあ、ひょっとすると、オーディション参加は実力でデビューしたと印象付けたい一種のパフォーマンスだった可能性もあるが。総合四位という結果ながらモデル事務所最大手の『アズラエル』に入ったのだから、最初からその筋書きがあったと言われても不思議はない。何しろ芸能という世界はイメージが何より大事で、一人を売り出すために大々的な出来レースの公開オーディションを開催することだってある。

 しかし津田は、それを滑稽だなんて思わない。

 どんなに良くても、その良さが大衆に伝わらなければ売れない。それは人であっても、物であっても基本は同じ、と思うからだ。

 だから、良さを伝えるための方法はとても大事なのだが、成功のメッソドはあるようでない。そもそも成功の方程式があるのなら、誰だって使うだろう。

 あの手この手の仕掛けをしても大衆の心に響かないこともあるし、製作費などほとんどかかっていないようなチープなコマーシャルが受けてヒット商品になることだってある。今はどの企業だって宣伝のためにそれほど金をかけたくないが本音だ。だが、それでも金をかければそれなりに見栄えのする物ができるというのも事実であるがゆえにバランスに苦慮する。出来るだけ金をかけずにクオリティーの高いものを。それを求めると、自ずと自社社員が走り回ることになる。

(自分で街中から見つけてくる、かぁ……)

 もし本当にそんなラッキーに出会えたら、どれほど良いだろう。

 例えば、こうしてたまたま入ったコーヒショップで、窓の外をぼんやり眺めていたら、目の前を通り過ぎる数多の若者の一人に突然視線が引き付けられて、そのまま釘付けになって。はっとして。

 ああ、彼こそ俺が探していた人物だ!

 確信して、慌てて店を出る。人を縫うようにかけ走って、若者を追いかけて。

 そして、肩を掴んで声を掛ける。

「ねぇ、君。コマーシャルに出てみる気ない?」

(それじゃぁ、不審者だな)

 津田は自分の妄想に苦笑する。そもそも発想が陳腐すぎて滑稽だ。

(馬鹿なこと考えてないで、会社に戻るか)

 津田は残っていたコーヒーを一気に飲み干すと席を立った。

 

 

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