「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく) 8

 夜十時過ぎ。仕事を終えて帰宅した雅紀は、いつものごとく玄関から迷うことなく一階の突き当たりにある尚人の部屋へ向かう。子供の頃から使う二階の自室はすでに荷物置き部屋と化していて、尚人が自室として使うひょっと広めの一階の部屋がすでに雅紀にとっても寝室同然だった。

 ノックもせずに扉を開けて部屋に入る。

 机に向かっていた尚人が振り返り、

「おかえり。まーちゃん」

 そうやってにっこり笑顔で出迎えられると、すごく幸せな気分になる。その日仕事でどんなに腹が立つことがあっても、くたくたに疲れていても、その笑顔で癒される。

 のだが––––。

(あれ?)

 扉を開けて一歩足を踏み入れたところで雅紀は固まった。

 煌々と明かりの点いた室内はまさかの無人。帰ってすぐに尚人の笑顔で癒されて、腕に抱き込んで思い切り匂いを嗅いで、甘いキスで尚人をトロトロにしようと思っていたのに……。

(何で俺が帰ってきた時に部屋にいないんだよ)

 そう思って思わずムッとする。

 自己中なのは自覚済みだ。

 そもそも今日は、帰ると伝えていた日ではない。しかし、少しでも早く尚人に会いたくて、急いで仕事を終わらせて帰ってきたのだ。

 だからこそ、以心伝心。尚人にも

「ひょっとしたら今日帰ってくるかも」

 何て期待しながら、待っていて欲しかった。

 それなのに……

 部屋にいないということは、風呂にでも入っているのだろう。

 何もこのタイミングで風呂に入らなくてもいいではないか。などと、雅紀はほんの少し拗ねた気持ちで部屋に入って戸を閉めた。

 何となく浮き立っていた甘い気分が削がれて、雅紀はどさりと荷物を床に放り出す。そのままベッドにゴロリと横になろうとして、すっきりと片付いた机の上に一冊の雑誌が置かれていることに気がついた。

 尚人にしては珍しい。ファッション雑誌だった。

(ナオ、こんなの買って読んでんのか?)

 表紙は今日本で話題沸騰中の世界的モデル『ジェイミー』だ。雅紀も参加したジャパン・コレクション参加のために初来日し、『アズラエル』と代理店(エージェンシー)契約をしたという話は雅紀の耳にも入っている。つまりは、今後は日本でも本格活動するつもりなのだろう。日本発刊の雑誌掲載はその第一歩といったところか。

 雅紀は、ジャパン・コレクションで見かけた『ジェイミー』を思い出す。担当したブランドが違うので言葉を交わす機会はなかったが、舞台裏での『ジェイミー』は、ちょっと軽薄そうな今時の若者という雰囲気だった。しかし、舞台に出ると醸すオーラが一変した。さすが世界で活躍するだけはある、と思わせるランウェイで、雅紀は『ジェイミー』のウォーキングに不覚にもぞくりとしてしまった。まだ二十歳らしいが、日本のひよっこなど束になっても敵わない。そう思わせる貫禄があった。

 ––––いやー、すごい。さすが世界で活躍するだけはある。

 『ジェイミー』については加々美もベタ褒めだった。

 ––––あれでまだ二十歳ってんだから、末恐ろしいよな。

 ––––これで日本のメンズ・モデル界も、もうちょっと活性化するといいんだが。

 何気に吐き出された加々美の言葉に、チクリと動いた感情は、嫉妬心か敵愾心か。それともそろそろ若手を牽引する年齢であることの責任感か。

 パラリと雑誌をめくると、中にはインタビュー記事が載っている。

『世界を魅了するイケメン ついに日本上陸』

 煽りの見出しがなかなかだ。

(そういえば、ナオが前に通訳した記事が載ったのってこの雑誌だったよな?)

 ふと思い出し、通訳者を確認する。

 ひょっとしたら、また加々美経由で通訳の依頼を受けたのかと思ったのだ。それなら「仕事の記念」として、尚人がファッション誌を購入するのも頷ける。しかし、インタビュー記事の最後に小さく書いてある通訳者名は全くの別人だった。

 尚人が、雅紀の載った雑誌を何冊かひっそりコレクションしているのは知っている。それを見つけた時にはニマニマ笑いが止まらなかったが、この雑誌に雅紀は載っていない。自分以外の男が特集された––––しかも、表紙をデカデカと飾っている––––雑誌を、尚人が「仕事」とは全く関係なく、プライベートに所持しているという事実が、雅紀には何となく面白くない。

 浮気された––––、わけではないが、雅紀的にはそれに近い。

 嫉妬心で気持ちがざわつく。

 いや、ざわつくどころかイラつく。

 はっきり言って、許せない。

 そんな気分を持て余していると、尚人が風呂から戻ってきた。

「あ、まーちゃん。帰ってたんだ。おかえり」

 無邪気な笑みを浮かべて尚人が出迎えの言葉を口にする。

 風呂上りでほんのり頬を上気させた尚人は、見るからにうまそうで。そんな尚人が無防備に自分に近づいてくるのを見やった途端––––。雅紀の中で嫉妬心が嗜虐心にすり替わる。獲物を見つけた獣のような狩猟本能が刺激された。

「––––ただいま」

「帰ってくるの明日だと思ってた」

 尚人が笑顔で雅紀に近寄ってくる。

 目の前にいるのが、兄の皮を被ったケダモノとも知らず。

「仕事早く終わったから」

「お仕事お疲れ様。お腹減ってない? 何か作ろうか?」

「飯は食ってきたからいい」

(喰いたいものなら別にあるけど)

 雅紀は手にしていた雑誌を机に戻すと、尚人の手を引っ張って膝の上に抱え上げる。そうして肩口に顔を埋めて、風呂上がりの尚人の匂いを思いきり嗅ぐ。

 ボディーソープと尚人の熱が混じり込んだ匂いは鼻腔の至福。本来ならこのまま甘いキスを貪って尚人をトロトロにする予定だったが、今はそれよりも前に確かめなければならないことがある。

「ナオがファッション誌購読してるなんて知らなかった」

 雅紀が首筋に唇を這わせながら呟くと、尚人がくすぐったそうに首を(すく)めてわずかに振り向いた。

「この雑誌のこと?」

「そう。……珍しいなって思って」

 大学生なのだから、お洒落に目覚めてファッション誌を買って読むくらい世の中普通のことかもしれない。しかし、尚人のことに限って言えば、「自分以外の男」をしげしげと眺めているかと思うと、どうしても嫉妬心で胸がざわつく。

 雑誌を買うなら俺が載ってるやつでいいじゃないか。

 どうしたってそう思うからだ。

 それに、表紙が『ジェイミー』であることも雅紀には不満だった。

 悔しいが『ジェイミー』の実力を認めているからだ。

 完全なる嫉妬。それは自覚していた。

「実は、この間中野との待ち合わせ場所に向かってる時に、外国人に道を尋ねられてね」

 尚人がさらりと口にする。雅紀が初めて聞く話だった。

「その外国人がすっごいイケメンで。東京は道尋ねる人も只者じゃない感じだなって思ってたんだけど。今日本屋で見かけた雑誌の表紙飾ってるからびっくりしちゃって。やっぱりモデルさんだったんだーって。何か、思わず買っちゃった」

(何だその話は)

 雅紀は思わず眉を(ひそ)める。

(つまりその道尋ねてきた外国人が『ジェイミー』だったってことか?)

 世界で活躍するモデルが、一人で都内をうろつくなどあるのだろうか。しかも、たまたま尚人と行き合って、道を尋ねる。そんなことが?

 そんな疑問がちらりと脳裏をよぎったが、それより問題なのは。

「……つまり、ナオはこの表紙のモデルが気になってるってこと?」

 思わず声が尖る。

 その声に何か察したのか、無邪気に弾んでいた尚人の声がトーン・ダウンした。

「……そういうわけじゃ、ないんだけど。別れ際に『ジェイミー』が一期一会って言葉を口にしてたから。その時のやりとりをちょっと思い出して……」

 雅紀は尚人があまりにも自然に『ジェイミー』と口にしたことに苛立つ。

 道を尋ねてきただけの外国人の名前なんて、普通記憶に留めない。そうではないのか。

「一期一会じゃない縁を感じたってこと?」

 雅紀の問いかけに尚人は瞬時押し黙り、ボソボソと続けた。

「一期一会って言葉をちょっと勘違いして覚えてたみたいだから、簡単に説明したんだけど。……俺の言葉も正しかったかなってちょっと気になってて。……だから、何て言うか……」

 つまり、相手がどうこうと言うわけではなく自分の言動が気になって記憶に残っていた、とでも言いたいのだろうか。

 しかし雅紀にしてみれば、どちらでも大して変わらない。

 結局、表紙の男が雑誌の購入理由であることに違いないからだ。

「俺、前に言ったよな? 俺は嫉妬深いって。ほかの男の話なんてされたくないって。ナオがそんなつもりじゃなくても、ほかの男の話をするだけで妬けるって。それなのに何? 表紙の男が理由で雑誌購入とか。ありえないから」

「––––ごめんなさい」

「別に謝って欲しいわけじゃないんだが」

 雅紀は這うような声音で呟くと、白くほっそりとした尚人の首筋に歯を立てた。

「いッ……。まー、ちゃ。––––やめて」

 尚人の呻き声を無視して、雅紀はそのままきつく吸い上げる。

 自分のものである証を体に刻みつけてやりたかった。

 深く深く。消えないほどに深く。

 わかっている。こんなことしたって尚人が怯えるだけだってことは。しかし、尚人が持つどんな感情も自分のもの。そんなどうしようもない独占欲が雅紀の中に渦巻いていた。

「ナオ」

 雅紀が抱きしめる腕の力を強めると、尚人がびくりと体を震わせた。

「ナオは誰のだっけ?」

「……………まーちゃんの」

「ナオは口ではそう言うけどさ、その意味ちゃんとわかってる?」

「………………」

「ねぇ、ナオ。聞こえてる? ナオが俺のものって、どう言うことだと思ってるんだ?」

 雅紀は執拗に問いかける。

 うなだれた尚人は泣きそうな顔をしているに違いない。

 しかしそんな様子が余計に嗜虐心を煽って。雅紀は、くっきりと歯形のついた首筋をべろりと舐めると、あえて甘く囁いた。

「ねぇ、ナオ。答えて」

 

 

 * * *

 

 

 甘く尖る雅紀の声に尚人はうなだれる。

 雅紀の地雷を踏んでしまったのは明らかで、先ほどまでの、予定外の帰宅に浮かれていた気分は一気に(しぼ)んだ。

 雅紀は誰よりも綺麗で格好良くて。

 尚人にとって唯一無二の存在で。

 雅紀以外の誰かを欲するなんて、そんなことありえないのに––––

 内心では、

 雅紀の隣を誰にも取られたくなくて。

 雅紀を自分だけものにしたくて。

 時には自分でも驚くほどのドス黒い感情が渦巻いていることだってあるのに––––

 ––––まーちゃんが好き

 その言葉だけで自分が抱いている感情の全てが伝わっているとは思っていない。

 いやむしろ、尚人は雅紀への思いをさらけ出すことを恐れている。

 全てを吐き出して、その結果。

 そんな重い愛はいらないよ、と……。

 そう言われてしまったら––––

 そのことが、とてつもなく––––––––怖い。

 だから尚人は自分の心にブレーキをかける。

 行きすぎないように。

 暴走しないように。

 ––––好きだ、ナオ。

 その言葉以上のものを欲さないように––––

 雅紀が言うように、滅多に買わないファッション誌を買ったのは、表紙が『ジェイミー』だったから。

(あ、あの時の……)

 驚きよりも、ああやっぱり、と言う納得感。

 自分とたった一歳違い。それなのに醸すオーラが違った。存在感に圧があるとでもいえばいいのか。最初から只者ではないと感じたその存在感は、どことなく雅紀の発する存在感にも似て。尚人の中に無視できない興味が湧いたのは確かだ。

 でもそれは『ジェイミー』への興味なのだろうか?

 尚人的には、『ジェイミー』を通した雅紀への興味と言ったが方がしっくりくる。

 近すぎて見えなかったことの再発見? とでも言おうか。

 世界で活躍する『ジェイミー』と『MASAKI』の違いは何なのか。グラビア写真に、特集記事に、そのヒントがあるのかと気になった。明らかに雅紀の方がかっこいいのに。世界でのネームバリューは『ジェイミー』の方が上で。だったら、雅紀が本気で世界進出を考えるなら、不可能ではないという気がして。そして、そんな雅紀を日本に閉じ込めている要因を考えれば、それは間違い無く自分たちで––––。

 家の事情が今だって雅紀を縛り続けている。

 『ジェイミー』の存在は、尚人にそれを強く意識させた。

 どうしてだろう、とは思う。

 『ユアン』だって、世界的に有名なモデルだ。でも、『ユアン』では感じないことを『ジェイミー』には感じてしまう。

 『ユアン』は『ヴァンス』専属のモデル。そのこともあるかもしれないが、おそらくは、『ジェイミー』と『MASAKI』が似ているせい。

 顔かたちの問題ではなく、醸すオーラの近似性とでも言うのか。

 だから尚人はモデルである『ジェイミー』が気になる。

 でもそれをうまく説明できる自信はなくて……。

 それに、仮にうまく説明できたとしても、雅紀の機嫌が治るとも思えなくて。

 なぜなら雅紀は「ほかの男の話なんてされたくない」のだから。

 だから尚人はうなだれて黙り込むしかない。

 甘い刺を含んだ声で雅紀が尚人に服を脱ぐよう指示をする。

 自分に全部見せろと。甘い声でささやく。

 ベッドの上に横になって。自ら足を大きく開いて。竿も珠も後孔も。全てをさらけ出せと尚人にささやく。

 尚人は服を脱いで雅紀の言う通りにする。

 雅紀の言葉には逆らえない。

 しかしそれだけではないことは尚人自身もわかっている。

 羞恥心に交差する期待感。

 何もされていないのに体の奥がうずいてくる。

 雅紀の言う通りに全てをさらけ出したのに眺めているだけで何もしれくれない雅紀に、尚人は()れてねだる。

「まーちゃん。触って。俺の、俺の、珠。揉んでしゃぶって」

 して欲しいことは口に出さないとしてくれない。その代わり、きちんと言葉にしさえすれば必ずしてくれる。

 雅紀に散々言われ続けて刷り込まれたことだ。

 そして、快楽に対して素直にならなければ泣かされるだけだと言うことも。これまでの経験上尚人は嫌と言うほどわかっていた。

「ナオは俺に珠しゃぶって欲しいんだ?」

 尚人のさらす痴態に雅紀はうっすらと笑みを浮かべると、ゆっくりと歩み寄ってきて耳元で囁く。そのままペロリと耳たぶを舐められて、その熱に体がぞわりと反応した。

「……まーちゃんにして欲しい」

 そもそも雅紀の帰宅が五日ぶりなのだ。部屋にその姿があった時から尚人は体の奥には火がついていた。

 雅紀の手が内腿を撫でる。たったそれだけの刺激で尚人の下腹部が立ち上がる。

 雅紀がくすりと笑った気がした。

 羞恥で顔が焼ける。それでも期待感の方が上回った。

「まーちゃん。して」

 再度ねだる。いつもならそれで大きな(てのひら)に握り込んでやわやわと揉んでくれるのに。焦らすように雅紀は、珠にふうっと息を吹き掛けただけで、内腿を舐めてそのままそこをキツく吸い上げる。一箇所だけではなく何箇所も。痛いほどの力で吸われて尚人はうめく。しかしその痛みさえも刺激になって、珠も竿も触られてはいないのに、尚人の肉茎はがちがちに勃ち上がった。

 雅紀が浮き上がったその筋を尖らせた舌先でなぞる。

 たったそれだけのことで、尚人の中を快感が駆け抜けた。

「はぁぁッ!」

 射精感が押し寄せる。しかし吐き出すまでは至らない。

 もどかしくてたまらなくて。もっとちゃんとして欲しくて。尚人は泣くようにおねだりを繰り返した。

 

 

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