「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく) エピローグ

「津田さん。お疲れ様です」

 そう声をかけられて津田は振り返る。

 自販機の並ぶ会社の小さな休憩スペース。そこで缶コーヒーを買うために自販機のボタンをちょうど押したところだった。

 ガラン、ガコッと音がして、買った缶コーヒーが取り出し口に転がってくる。

「ああ、斎木君か」

 津田は相手を確かめて微笑むと、自販機にコインを追加した。

「奢るよ。好きなの押して」

「え、いいんですか?」

「先週のインターンシップ。おかげさまで無事終わったから」

「別に。大したことはしてませんけど? でも、まあ。せっかくですので、お言葉に甘えて」

 そう言って斎木は砂糖入りのカフェオレのボタンを押す。

 学生インターンの受け入れは、いまやどの企業も当たり前だ。企業合同で行う就職説明会や就職セミナーなどではどうしても伝わらない職場の雰囲気を(じか)に感じてもらうことは、「入ってみたら思ってたのと違う」というミスマッチが起きる可能性を減らし、入社早々の退職を防ぐことにも繋がり、これから就活を始める学生のみならず雇用する側の企業にとってもメリットがある。『リゾルト』も学生が夏休みに入る八月から九月の恒例行事だ。

 加々美を通して尚人の職場見学の希望申し入れがあった時、津田はすぐに「だったらインターンシップに参加してもらおう」という考えに至った。ただ、インターンシップは総務部が管轄していることもあり勝手に話を進めるわけにはいかず。それで急遽一人追加できるか担当責任者に確認し、もろもろ諸事情考えて、一部社員にのみ追加された学生が「今、CM出演のオファーをかけている学生である」ということを打ち明けた。

 せっかくの機会だから、こちらとしても等身大の『リゾルト』をしっかり感じて欲しい。津田にはそんな思いがあった。だから下手に特別扱いはしない。そう決めた。ただ心配だったのは、インターンシップは基本就活を目前にした三年生の参加がメインで「就業体験」に重きを置いた活動をする。まだ一年生である尚人がその活動についていけるか。三年生が中心のメンバーにうまく溶け込めか。そんな心配があった。そんなところで(つまず)いてインターンシップが楽しめなかったら会社へのイメージも悪くなるのではないか。そんな思いもあった。なので津田は、自分の中で信頼の厚い斎木が尚人の入るグループの指導役になるよう根回しし、あわせて斎木にも尚人の存在を明かした。グループの中で取り残されたりしないように宜しく頼む、と。気をかけて欲しいとお願いしたのだ。

 斎木のおかげでインターンシップは無事に終了した。尚人もうまくグループに溶け込めてインターンシップを有意義に過ごせたようだ。

「いただきます」

 斎木が律儀にそんな言葉を口にしてからカフェオレを飲む。

「なんか却って申し訳ないですね。結局特別なことは何一つしてませんし」

 斎木はそう言うが、斎木がついているということが津田にとって一つ安心材料だったのだ。

「彼、津田さんが心配してたようなことは全くなかったですよ。場の空気読むの上手いし、コミュニケーション能力高いし。知識の吸収にも貪欲で。真面目に何でも取り組む上に、素直で反応が可愛らしいので周りも構いたくなる感じで。私は、どちらかというとグループ活動の中で浮きそうな性格の鍋田君を心配してたんですけど。彼の知識豊富なところとか、家電愛(オタク気質)みたいな部分をうまくグループに溶け込ませていたのが篠宮君だったんです。篠宮君のおかげであのグループはきちんとチームとして機能したと言っても過言じゃないです。プレゼンの出来も素晴らしくて、あのグループが提案したブルートゥーススピーカーは商品化の検討の余地があると、プレゼンを聞いた幹部社員たちも感心してましたし」

 尚人の学生としての能力の高さは、あちこちから噂で聞いた。本気で『リゾルト』に欲しい。そんなことを言っている社員もいるのだという。

 その辺はさすが東大生というところだろうか。

「先方から連絡はあったんですか?」

「いや、まだ」

 それに関しては胃が痛い。一日千秋の思いで連絡を待っている。

「それにしても、津田さんが目をつけたのが、まさか『MASAKI』の弟だなんて。それが一番のびっくりでしたよね」

「え?」

 斎木がさらりと口にした言葉に津田は驚く。『篠宮尚人』が「今、CM出演のオファーをかけている学生である」ことは明かしても、『MASAKI』の弟であることは会社の誰にも言っていない。というか、津田も「そうだろう」と思っているだけで、尚人本人や代理人である加々美に確認したわけではない。オファー内容と、尚人が『MASAKI』の弟であるかどうかは全く関わりのないことだから当然といえば当然だ。

「……斎木君は、そのこと。誰から聞いたんだ?」

「え? 誰って。別に誰からも。顔見て、ああ津田さんが目をつけた学生って『MASAKI』の弟なんだって。そう思っただけで」

(いや、だから。なんで『MASAKI』の弟の顔なんて知ってんだよ)

 頭の中は「?」で一杯だ。『MASAKI』の弟の存在は、一時期メディアで散々騒がれはしたが、一般人の未成年と言うことで常にモザイクがかかっていた。だから津田も尚人を見ただけでは『MASAKI』の弟かどうかなどわからなかったのだ。

「あれ、津田さんに言ってませんでしたっけ? 私、『ミズガルズ』のファンなんです」

「『ミズガルズ』? って、あの『MASAKI』がミュージック・ビデオに出て話題になったロックバンド?」

「そうです。ファンの間では『MASAKI』の弟が『ミズガルズ』のファンだってのは有名な話で。そもそも『MASAKI』が『ミズガルズ』のミュージック・ビデオに出演したのも『ミズガルズ』ファンの弟を喜ばせたかったからっていうのが理由ですし」

「へぇ……」

「去年突発ライブが開催されて見に行ったんですけど。『MASAKI』もライブに来てたんですよ。もちろん招待席に座ってましたけど。その時に『MASAKI』の隣に座っていたのが弟の篠宮君だったんです。会場内は結構そのことで盛り上がってましたし。私もその時に、へぇ、あれが噂の弟なんだなって。『MASAKI』が大事にするのもわかるな、って感じで。結構繁々眺めてましたから。今回すぐに分かりました」

 にこやかな笑顔を浮かべていつもの口調でそう話す斎木に、津田は「そうなんだ」しか返せない。

「津田さんに最初にCMの話を聞いた時、篠宮君のことが頭に浮かんだんですけど。でもさすがに『MASAKI』の弟はダメだろうって思って口にはしなかったのに。津田さんって結構チャレンジャーですよね」

 齋木にそんなことを言われると、何だかぐるっと遠回りして探し物はすぐそばにあったみたいな感じだ。

「で、『MASAKI』の許可はもう取ってあるんですか?」

「––––いや」

「え、じゃあ、これからですか? だったら、篠宮君自身がOKしてくれても話が進むかわからないですね。大学の一年生じゃまだ未成年だし。『MASAKI』って確かあの家庭では保護者的立場ですもんね」

(…………)

 津田の背中を冷や汗が流れる。

 あえて考えないようにしてきた部分だ。脳が考えることを拒否してきたともいえる。ただ、代理人があの加々美蓮司ということは、尚人の事については加々美に一任されてると言うことじゃないのか。その思いもある。というか、そう思いたい。『MASAKI』と直接対面なんて。目が合っただけで心臓が止まりそうだ。

「津田さん。期待してますよ。彼出演のCM、すごく楽しみにしてますから」

 斎木はそう言うと「ご馳走様でした」との言葉を残して休憩室を出ていく。その後ろ姿を津田は何とも言えない吐息と共に見送る。

 胸ポケットに入れてたスマートフォンが『加々美蓮司』と表示して鳴動したのはその直後だった。

 

 

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