「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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菜虫化蝶(なむしちょうとなる) エピローグ

 送られてきた見本誌を手に取ってクリスはゆっくりと表紙をめくる。使われる写真は事前にメールで送られてきていて当然チェック済みではあるが、雑誌としての仕上がりはこうして見本誌を見ないことにはわからない。

 ページをめくると印象的な朝焼けの風景が目に飛び込んでくる。

 自然が見せる美しさを最大限生かし、清涼とした空気感さえ伝わってきそうなその一枚に、クリスは思わずため息を漏らす。

「さすが『GO–SYO』だよね」

 この一枚は、ネイチャーフォトグラファーだからこそ撮れる一枚だろう。

 そしてそこに立つ人物のシルエット。その凛とした佇まいが見る者を惹きつけ、ただの朝焼けの風景に物語を生み出している。

 動画も良かったが、写真もいい。

 薄暗い朝焼けの中では衣装の色合いは生きないが、そのぶん独特のシルエットが物語を生み出すのに一役(ひとやく)買っている。そんなふうに見える。そしてCMでは衣装がしっかり見えないからこそ、広告グラビアの価値が強まる。『GO–SYO』がそこまで計算したのかは知らないが、クリスはさらにページをめくって、今度は『ヴァンス』の衣装が全面押しになったグラビア写真を見て微笑んだ。

 全てがイメージ通り。いや、それ以上だ。

 どれもこれも尚人によく似合っているし、尚人の持つ個性が服の良さを引き立てている。

 尚人でなければ着こなせない。のではなく、尚人でなければこの雰囲気は生み出せない。そんな感じだ。

(これでようやく一歩進んだって感じかな)

 尚人と出会ってもうすぐ二年。モデルになって欲しいと希望し続け、今回100パーセントクリスの望む形ではないとは言え、『ヴァンス』の衣装を纏った尚人のグラビアがこうして世間に公表された。

 これはとても大きな一歩だ。

 ゼロから1へ。そこが動きさえすれば、1から2へは案外簡単に動く。クリスの経験上世の中というのはそういうもので、これから先は今までよりももっとスピード感を持って事態が動いていくはずだ。

 もちろん、ただ待つつもりはない。

(まずは、年末恒例のカウントダウン・ランウェイだよね)

 世界中で開催される似たようなイベントの中で、二年前に初めて日本のイベントに参加した。当時は販路を日本に拡大しようとしていた時期であり、同時にユアンが日本のモデル『MASAKI』に興味を持って同じランウェイを歩きたいと珍しく希望を言ったこともあった。そして昨年は、日本での旗艦店オープン直前の話題作りが必要で、それで二年連続で日本のイベントに参加したのだ。

 しかし三年目となる今年は、日本のイベントは日本のモデルに任せてしまって、ユアンは日本以外のイベントへ参加させようかとも検討している。三年連続で日本のイベントに参加するメリットは今のところないし、ユアンのランウェイを熱望する国は世界中にある。

 しかし、

(ナオトくんがユアンと一緒にランウェイを歩くってなったら別だけどね)

 対となる個性の共鳴。それが披露できれば絶対に特別なステージになるはずだ。

 いずれは必ず実現させるつもりだが、それが今年であればなおいい。クリスはそれを狙っている。

 もし、尚人が『アズラエル』のモデルであれば話は早かったが、加々美は尚人の囲い込みに成功しながら『アズラエル』に所属させるわけではなく、自らが代理人になるという予想外の手段を取った。『アズラエル』と専属モデル契約を交わしている『ヴァンス』は、現状日本のショーで『アズラエル』以外のモデルを使うことは出来ない。

 この事実に、クリスは最初こそ「オー、マイガッ!」という気分だったが、今、こうして『アズラエル』のモデルではない尚人が『ヴァンス』の衣装を身に纏って雑誌に掲載された。今回はあくまで『リゾルト』とのコラボ企画内という条件付き扱いだが。例外というのは、一つできれば、既成事実として積み上がる。

 それに加々美が代理人であることは、今となってはむしろ好都合。そう思える。

 なぜなら尚人が『アズラエル』所属だったら、尚人を使うには常に『アズラエル』の意向を気にする必要があるが、『アズラエル』所属でないからこそ『アズラエル』という大手事務所の意向に左右されない契約を尚人と直接結ぶことだってできるのだ。今現在は『アズラエル』との専属モデル契約が邪魔するが、加々美にも一度言ったように海外での活動に限れば問題ないし、それにそもそも、その専属モデル契約ももうすぐ更新の時期を迎える。その時『ヴァンス』側には、更新しないという選択肢だって当然ある。

 まあ、大手とケンカしていいことはないので、その時は穏便に互いの落としどころを見つけていくことになるだろうが、その時のことを考えても、尚人の代理人が加々美というのはかなり大きい。なぜなら加々美は自身が『アズラエル』所属のモデルでありながら、プロデュース業のための個人事務所も構えているという、どっちにも軸足を置いている存在で、ビジネスの才覚もある天性のタラシだからだ。

 原石の磨き方をよくわかっているだろうし、尚人の成長のためには骨を折るだろう。そもそもそのために自ら代理人になったのだろうから。

 だからこちらの提案が尚人の成長になると加々美が判断すれば、話はとんとん拍子に進む。クリスはそう見る。

(さて、どう話を持って行こうか)

 加々美が乗ってくれさえすれば、年末イベントでの尚人の起用は案外すんなり決まってしまう気もする。とはいえ加々美だって曲者(くせもの)で。かつ、尚人に対しては私情も絡んでいるだけに思わぬ「地雷」もあり得る。

 ファッション業界の食えない海千山千相手には、あの手この手策を弄することも多々あるが––––。

(やっぱり、正攻法が一番良さそうだよね)

 クリスは雑誌を閉じると、ネット放送限定の『リゾルト』CMロングバージョンを近頃エンドレスで見続けているユアンにも雑誌を見せてあげようと立ち上がった。

 

 

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