「二重螺旋」二次小説   作:おとよ

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 深夜1時。三日ぶりの自宅はすでに(あかり)が消えて真っ暗だったが、それでも電子錠を開けて玄関に入った雅紀の肩からはほっと力が抜けた。

 すっかり慣れてしまった都内のホテル泊。定宿にしているシティホテルは、サービスもスタッフとの距離感も快適で、何不自由ないが、それでもやはり自宅が一番。––––なぜなら、家に帰れば尚人がいる。それに尽きる。

 母が死んですぐの頃は、(あかり)の消えた陰鬱と暗い自宅に帰るのが嫌で嫌でたまらなかったが、今は違う。何時になってもいいから早く家に帰りたい。

 少しでも早く尚人に会いたい。

 尚人の顔が見たい。

 雅紀にとって身も心も真に満たしてくれるのは尚人だけ。

 それなのに三日も会えなくて。心と体が尚人に(かつ)えている。

 急く気持ちを抑え、雅紀は迷いない足取りでゆっくりと薄暗い廊下を真っ直ぐ進む。きっちり十歩。目の前に来たドアノブに手をかけて躊躇(ちゅうちょ)なく戸を押し開く。室内は豆球さえ点いていなくて真っ暗だったが、雅紀は難なくベッドの縁まで歩み寄ってベットサイドのライトを点けた。

 その明かりに、寝息も立てず静かに眠る尚人の寝顔が照らし出される。尚人の眠りは深く、一度寝付けば簡単には起きない。それを知っているから雅紀は遠慮なしだ。

「ナオ、ただいま」

 雅紀は尚人に覆いかぶさるようにまたがって耳元で囁くと、そのまま首筋に顔を埋めて尚人の匂いを思い切り吸い込む。

 安らぎと興奮が交錯する匂いだ。

 そのまま二、三度深呼吸を繰り返してから耳たぶを甘噛みし、優しく髪をなであげておでこにキスをする。

 寝ている尚人はいつもよりも幼く見えて、(いと)おしくてたまらない。

 尚人は大学生になった。

 父が外に女を作って家を出て行って以降、坂道を転げ落ちるように急変した家庭環境の中で、とにかく我慢の思春期を過ごした尚人には、やりたいことを思う存分楽しむ学生らしい時間を過ごして欲しいと思っている。

 尚人が笑っていると嬉しい。

 尚人が今まで知らなかったものに出会って、驚いたり喜んだりしている姿を見るのは楽しい。

 尚人が幸せそうな顔をしていると、雅紀も幸せな気分になる。

 しかし同時に雅紀は、尚人の世界が広がることで、尚人が自分以外の誰かに目移りしたりしないかと常に不安と心配を抱えている。

 兄でありながら同時に尚人の唯一の(おとこ)でありたい雅紀のジレンマだ。

 雅紀は尚人の可愛らしい鼻を()み、唇を重ねる。伝わる熱を楽しむように最初はそっと。(ついば)むように尚人の唇の感触を楽しんで、徐々に口内を侵食する。

 クチュクチュと、静かな室内に卑猥なリップ音が響く。

 寝ていても息苦しさがあるのか、尚人が鼻にかかった(あえ)ぎを漏らす。それがやけに淫らで、雅紀はうっそりと笑った。

 パジャマの裾から手を差し入れて尚人の体を(まさぐ)る。しかしそれだけでは満足できなくて。全身で尚人を感じたくて。雅紀は微塵も遠慮なく尚人のパジャマを剥ぎ取って全裸にすると、自分も服を脱ぎ捨てて布団に潜り込んだ。裸の尚人を抱き寄せて全身で尚人の熱を感じると、欲情と安堵が同時に雅紀を支配した。

 尚人の熱。

 尚人の匂い。

 そして素肌が触れ合う快感。

 股間がわずかに反応して、半勃起した物を軽く尚人に押し付けたが、性欲よりも睡魔がまさって、雅紀はそのまますやすやと寝入ったのだった。

 

 

 * * *

 

 

 朝5時。いつもの時間に目が覚めて、尚人はぴったりと寄り添う温もりに気がついた。

(あ、まーちゃん。帰ってたんだ)

 鼻先が触れ合いそうなその距離に雅紀が静かに眠っている。その寝顔が視界に入った途端、尚人の心臓がトクンと跳ねる。寝顔が綺麗すぎて、朝一から眼福だ。

 雅紀の温もりが心地いい。広い胸に抱かれていると言葉にならない安心感がある。いつもなら目が覚めれば布団の中でぐずぐずなどしない尚人だが雅紀の温もりから離れがたい。

 もう、ちょっとだけ。

 尚人はもそりと動いて雅紀に寄りそう。

 素肌が触れ合う感覚が心地いい。

 ––––って

 …………あれ?

 ひょっとして……。

(俺たち裸?)

 その事実に気付いて尚人はドキリとする。

 やった後にそのまま裸で寝入ってしまうことは度々あるが。昨夜は尚人が寝る時間に雅紀はまだ帰って来てなくて。

 それなのに二人して裸で寝ている––––その理由。

 ––––え、っと。

 もしかして……。

 寝ているところを起こされて最後まで付き合わされたことは何度もあるが。昨夜の記憶を必死に辿っても雅紀とまぐわった記憶は一切ない。

 思わず下半身の感覚まで確認してしまって。ひとり焦って耳の先を真っ赤にした尚人だったが。記憶がないままにやった感じではなかった。

 そりゃ、そうだよ……ね?

 焦ったことが何だか恥ずかしくなって。尚人はもそもそと起き上がってベッドの脇に放り出されていた下着をつけて部屋着を着ると、朝支度のために雅紀を起こさないようにそっと部屋を出たのだった。

 

 

 * * *

 

 

 夢とうつつの狭間のまだぼんやりとした意識の中、雅紀はベッドの上で無意識に温もりを求めて手を伸ばす。しかし掌は冷たいシーツの感触ばかり拾って、怪訝に眉を潜めてまぶたを持ち上げた。

 隣にいるはずの尚人の姿を探す。しかし、昨夜腕に抱いて寝たはずの尚人の姿はどこにもなく、布団にはその温もりの欠片すらない。

 カーテンから漏れる光で部屋がぼんやりと明るくて、今何時かわからないが、尚人の起床時間をとっくに過ぎているのだけは理解した。

 雅紀は小さく落胆の息を吐く。

 尚人の朝は早い。起床は毎朝5時。洗濯に朝ご飯の準備と昼用の弁当作り。ひと通りの家事をこなして学校へ行く。学校へは電車で約一時間。本数がそんなに多いわけではないので、授業に間に合う電車を逃さないように家を出なければならない。尚人の朝は忙しいのだ。

 のそりと起き上がってとりあえず風呂場に向かう。熱いシャワーを浴びてすっきりと目を覚まし、スエットを着てキッチンに向かうと台所に尚人の姿があった。

「あ、まーちゃん。おはよう」

「おはよう、ナオ」

 にっこりと向けられた笑顔に雅紀の表情が思わず緩む。いると思わなかったので喜びもひとしおだ。

「今日、家出るの遅い日だった?」

 雅紀は少々首を傾げながら問う。

 大学の授業は高校までと違って、必ず一限から受けなければいけないわけではない。授業が二限からのときは確か9時前に家を出ればよかったはずだ。

 そんなことを思っていると、

「やだな、まーちゃん。今日は土曜日だよ」

 尚人がくすくすと笑う。その言葉に、ああ、そうだった。と雅紀は心の中で呟く。大学生は土曜は休みなのだ。

「朝ご飯食べるでしょ?」

 尚人の問いかけに頷いて食卓の定位置に着く。尚人がてきぱきと準備して目の前に二人分の朝食が並んだ。

「ナオもまだ食べてないのか?」

「せっかくだからまーちゃんと食べたいなって思って、待ってた」

 尚人が笑う。その笑顔も台詞も可愛すぎて、雅紀の頬が緩んだ。

「いただきます」

 二人で手を合わせて朝食を食べる。尚人にしては珍しい洋風の朝ごはんで、アメリカンクラブハウスサンドとコーヒーだった。

 口いっぱいに頬張ってガツガツ食べる。野菜も肉も卵もたっぷり挟んであってボリュームも栄養も満点だ。

「マジうまい」

 しかも目の前にはニコニコと笑顔を浮かべている尚人がいて。

(はぁ、幸せすぎる)

 心底思う。

 朝食を食べ終えて、後片付けを終えた尚人を部屋に引っ張り込んでキスをする。キスしたくてたまらない。そんな気分だった。

 ベッドの縁に座って、尚人を腕の中に抱いて唇を重ねる。可愛らしい唇を気の済むまで吸い、舌を差し入れて歯列をなぞる。上顎も下顎も、たっぷり舐めて、舌を絡ませあう。

「……まーちゃん。キス、深すぎ」

 唇を離すと、喘ぐように尚人が呟いて。その様が誘っているようにしか見えなくて、雅紀は煽られるままに尚人を抱いた。

 朝っぱらからのセックスは妙に興奮する。

 自然光の中だと尚人の体がより(つや)めいて見えるからだろうか。

 身体中舐めまわして、(いじ)くり回して。尚人の溜め込んだミルクを吐き出させて。雅紀の(たけ)ったモノを尚人の中にねじ入れて、擦り上げて。喘ぎ声の止まらない尚人を見下ろしながら腰を激しく叩きつけて、雅紀は気持ちよく尚人の奥に精を注ぎ込んだ。

 

 

 * * *

 

 

 突然始まった朝の情事。

 雅紀との体の関係が始まった最初の頃は、二重禁忌にプラスして朝と言う時間帯に罪悪感しかなかった尚人だが、今は違う。雅紀と交わりたい、そう思ったその思いが一方通行ではなかったことがうれしい。

 深い深い口づけを交わして。身体中(まさぐ)られて。興奮しきった体に雅紀の硬くしなったものを挿入されると、尚人は頭の天辺までぞわぞわとした快感に沈んだ。

 朝目が覚めて、隣に雅紀が眠っていると気付いた時にぽっと(とも)った欲望の火種。それを自覚しつつもストレートに誘う言葉を持たなくて。雅紀が起きるのを待って朝食を一緒に食べるのが精一杯の誘いで。

 そんな自分の受け身の姿勢に、尚人は毎回へこむ。

 素直に言えばいい、それだけのこと。

 して欲しいことはきちんと言葉にして。雅紀は常々そう言って、言えばきちんとしてくれる。だから、尚人が素直に。

 ––––まーちゃんとしたい。

 そう口にしさえすれば、雅紀はしてくれるのに。

 でもそれだと、自分が言ったから渋々。本当は疲れていてそんな気分じゃないのに、優しさから抱いてくれるんじゃないかと。そんな気にもなってしまうのだ。

 いまだに自信なんてない。

 雅紀を自分だけのものにできるなんて思えない。

 ただ、雅紀の隣は誰にも譲る気はない。

 それだけは固く決めているのだ。

 同時に昇りつめて、果てる。

 雅紀がわずかに上がった息を整える、その姿を見つめる瞬間が尚人は結構好きだ。気持ちよかったのは自分だけじゃない。雅紀もちゃんと気持ちよかったんだと感じるから。

「ナオ。一緒に風呂入ろう」

 繋がっていた部分を引き抜いて雅紀が甘く耳元でささやく。

「風呂の準備してくるから。待ってて。後でちゃんと抱いて連れて行ってやるから」

 尚人が頷くと雅紀はにっこりと微笑む。

 その笑顔の美しさに尚人はただただ見惚れたのだった。

 

 

 * * *

 

 

 ––––自分で歩ける。

 そう主張する尚人を無理に抱いて風呂場へと向かう。

 抱き上げてしまえば尚人が観念したように身を委ねるのを雅紀は知っているからだ。移動する間、きゅっと掴まってくる尚人が可愛い。

 体をきれいに洗ってやって二人で湯船に浸かる。狭い湯船に男二人で入るには、尚人を膝の上に抱え上げて背面座位で入るのが一番いい。尚人が自然と肩口にもたれかかってくる。二人で風呂に入るのに慣れた証拠で雅紀の独占欲を満たす。

「ナオ、今日の予定は?」

 雅紀はそう問いかけつつ尚人のうなじに口付ける。濡れたうなじが(なまめ)かしい。

 クチュッと卑猥な音が浴室に響いて、尚人の体が小さく震えた。

 その反応に雅紀の喉が鳴る。

(あー、もう一回喰っちまおうかな)

 つい、そんなことを思う。

「––––特にはないけど。家の掃除して、近所のドラッグストアに買い出しに行こかなって……、思ってる」

 雅紀が首筋を強く吸う。ついでのおまけに乳首をきゅっと(つま)むと尚人が息を詰まらせて背をのけぞらせる。反応が可愛すぎて、止まらなくなりそうだ。

「用事ないなら、一緒に出かけよう」

「どこに?」

 別にどこでもいいのだが。雅紀は一瞬考え、そういえばそろそろ寒くなり出して尚人に新しいコートを買ってやろうと思っていたことを思い出す。

 尚人とのアパレルショップ巡りは近頃発見した楽しみだ。ショッピングモールや百貨店のような一般人が多数行き交う場所への出入りは混乱しか呼ばないのが見えているのでさすがに遠慮するが、デザイナー直営のショップや個人がやっているセレクトショップなどは、一度に出入りする客が少ないうえ、店側も色々と配慮してくれるので尚人と二人ゆっくり買い物が楽しめる。尚人を着せ替え人形ばりに色々と試着させるのはなかなかに楽しい。

「昼飯食って。それから、服見に行こう。冬服買いたいし」

「うん。わかった」

「じゃあ、もうちょっと浸かってから出るか」

 雅紀はそう言うと、もう一度尚人の首筋にキスをした。

 

 

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