ダンガンロンパ・リバイバル ~みんなのコロシアイ宿泊研修~   作:水鳥ばんちょ

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Chapter1 -非日常編- 5日目 裁判パート オシオキ編

 

 

 

 

 黄昏が空を覆う。

 

 

 どこまでも、どこまでも、淡い赤色が、空を彩りづける。

 

 

 際限などないように、誰も知らない彼方にまでとどくように。

 

 

 少年は1人…そんな、世界を覆い尽くす天板を…見上げていた。

 

 

 達観…寂寥……諦観………悲哀。

 

 

 少年の瞳からは、濁り、屈折し、涙に濡れた感情が見て取れた。

 

 

 

 10にも満たない子供が抱くべきでは無い、とても“暗く淀んだ感情”。

 

 

 

 

 少年を色づける淡雪のような“白”、そして紅蓮を思わせるような“赤”は、彼自身の心によって、何となく薄らいでしまっているように感じる。

 

 

  

 

 

 ――最初は小さな“歪み”だった。

 

 

 

 このときだけ、この瞬間だけ……そう自分に言い聞かせ、自分を誤魔化し切れていたはずなのに、気づいたら、自分の心が、酷く折れ曲がってしまっていることに、少年は気づいた。

 

 

 そして少年の心には、“何も”映らなくなった。

 

 

 夕焼け空も、ちぎれ雲も、太陽も……。河も、草も、土も、風も、町も、橋も……人も。

 

 

 河原に佇む少年は、何も見えなくなってしまった。何も見なくなってしまった。

 

 

 眼下に広がる全て、全部。 

 

 

 

 

 

 

 ――声が聞こえた

 

 

 

 

 しゃべり声とか、笑い声とか、そういう類いのものでは無く。

 

 

 苦しそうで、辛そうで…だけど清々しくて、楽しそうな…そんな声が。

 

 

 少年は周りを見渡す。

 

 

 すると、河原の側で、目の前の河川敷で――“少女”が“走っていた”。

 

 

 

 ――綺麗だ

 

 

 走っているだけなのに、少年は空を眺めるのを止め、ただただ汗をかきちらす少女の姿を、目で追ってしまっていた。

 

 

 疲れ切って、今にも倒れ込みそうなほど表情は歪んでいるはずなのに……とても、嬉しそうだったから。

 

 

 そんな、ボーッと眺め続ける少年に少女は気づいた。

 

 

 なんの用も無く見続けていたのだ。当たり前の話である。

 

 

 ――嫌な思いをさせてしまっただろうか?

 

 

 少年はまた暗い気持ちを露わにする。

 

 

 だけど少女は、少年の心とは裏腹に、微笑みを浮かべ、駆け寄ってくる。

 

 

「走るの…、好きなの?」

 

 

 いきなりの質問に、少年は困惑した。

 

 

 ――わからなかった。

 

 

 わからなかったのだ。“走る”ことが好きかどうか分からなかった。恥ずかしい話、“彼女の走る姿”に見惚れていたから。

 

 だけど、初対面の相手にそんなことを言えるはずも無く、少年は俯き、口を堅く縛る。

 

 

「違った…かな?」

 

 

 少年に、少女は頬を書き、苦く微笑み、つぶやく。

 

 

「じゃあさ一緒に……――走ってみる?」

 

 

 少年は顔を上げた。そこには、さっきの苦い顔なんて無かった様なほど、眩しく、なんの“屈託”も無い“笑顔”が、少年の瞳を覆った。

 

 

 低く、深く――少年はうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【裁判場】

 

 

 

「大大大大正解で~~ス!!!」

 

 

 酷く、つかの間のような出来事だった気がする。

 

 

「超高校級のジャーナリスト、朝衣式サンを殺したのは……超高校級の陸上部、陽炎坂天翔クンでした~!!」

 

 

 だけど、それが決して、つかの間の出来事では無いことを物語るように、冷徹に、判決の木槌は振り下ろされた。

 

 

「…か、陽炎坂…さん」

 

「なななな、なな…」

 

「……本当に、陽炎坂殿が朝衣殿を………!」

 

「……ジャララン」

 

 

 判決が下され、それぞれがそれぞれの声を上げていく……つらく、重い感情を乗せながら、絞り出すように。しかし、渦中の人物であるはずの陽炎坂は、滑らかに、軽々しいように、口を開く。

 

 

「……ああ、そのとおり。俺が、俺様が、朝衣を殺したんだぜ。…あの倉庫の中でな。驚いただろ?」

 

「……っ、貴様…!」

 

「……驚いたってレベルじゃない」

 

「アンタ…!自分が何しでかしたのか、分かってんのかい!?」

 

 

 後悔という二文字を感じさせない淡々とした陽炎坂の態度に非難が募る。…だのに、陽炎坂は決して怯まず、ニヒルに笑みまで浮かべ、俺達と向き合っている。

 

 

「…分かってる、分かっちまってるからこそ…だぜ。…もう言い訳は無用、そう俺の中で答えが出てんだ…」

 

「勝手に自己完結するんじゃあない!ワタシ達は、まだ、まだ…!理解することすら出来ていないのだ!!」

 

「理解する意味もねぇよ。この事件のクロが俺様、シロがてめぇら。敗者は俺…勝者がてめぇら。どうだ?シンプルだろ?」

 

「シンプルすぎるんだよねぇ!?」

 

 

 裁判の投票結果だけを見れば、陽炎坂の言うとおり、答えは出ている。でも、俺達が知りたいのは、そんな数字だけで示された結果ではない……。

 

 

「――理由を聞かせるです」

 

 

 ……そう、理由だ。お前がこんな凶行に走ってしまった。強い理由。

 

 

「アンタが殺人を犯した理由を、私たちに聞かせるです。…敗者を自称するんだったら、勝者の言うことくらい、素直に聞くもんですよ」 

 

「…………」

 

「……潔すぎる犯人ほど、深い疑いを持つべし…。ボクが探偵をしているときのポリシーの1つだよ、キミ」

 

「そうだよ!なんでなの…?なんでそんな酷いことしたの……?」

 

「立つ鳥跡を濁さずや……洗いざらい吐いてから、ウチに帰りぃや」

 

 

 皆…知りたいのだ。たった1人で“体育祭”を開くくらい、俺達のことを考えてくれていた陽炎坂の真意を。

 

 

「フッ……もうウチには帰れねぇつうのに。酷な事を言う奴らだぜ……」

 

 

 “…だけど”意を決したように、声色を変え、向き直る。

 

 

「このまま後腐れを残して“オサラバ”っつうのも、納得できるわきゃぁねぇしな……いいぜ、話してやるよ」

 

 

 ポケットに手を入れ、天井を見上げる。裁判場を照らすライトが眩しかったのか、少しを目を細める。そして、何故…殺人に至ってしまったのか、その理由を、滔々と、語り始める。

 

 

 

 

 

 

 

「――――俺には“目標”があった……いや、どっちかっつうと、“憧れ”だな。超高校級を名乗るてめぇらだ、たいそうな目標くらい1つや2つくらい、あるだろ?」

 

 

 

 

 

「俺にとっての憧れは――“人”だった」

 

 

 

 

 

「……まあ俺の場合、“憧れ”に巡り会うまでには、少し時間がかかったんだけどな………」

 

 

 

 

 

「俺の両親はよぉ、世間一般で言う“転勤族”ってやつでな。それも、“ド”のつく程の」

 

 

 

 

 

 

「長いときで1年。短いときだと1ヶ月の間隔で引っ越し。限度があるってもんだろ?」

 

 

 

 

 

 

「おかげで転校に次ぐ転校。未来の友人と仲良くなる間もなく、お別れ。誰もいない送別会なんてザラだった…」

 

 

 

 

 

「両親もそんな自分の立場への罪悪感と、寂しさしか友達のいない俺を不憫に思ったのか、俺の願いは何でも聞いてくれた」

 

 

 

 

 

 

「“~~に行きたい”、“~~が欲しい”“~~がしたい”……ねだれば何でも手に入ったし、何でもさせてくれた」

 

 

 

 

 

 

「でも、それを等しく“共有できるヤツ”は、俺の周りにいなかった。親父達も一緒に楽しんでくれたが、親は所詮、親だ。“親と子”の関係は、どんなに揺さぶっても、変わることは無い」

 

 

 

 

 

「周りには何でもあったのに、本当に欲しいものだけは、俺の側には無かった」

 

 

 

 

 

「…それでも充実してたさ。普通よりも恵まれてる現状だったからな…ガキの俺が駄々なんてこねたら、それこそ贅沢な話だ」

 

 

 

 

 

「だけど、充実の裏でひた隠しにしていると。目を向けないように蓋をしていると、その寂しさっつうのは日に日に増すばっかりでよ…」

 

 

 

 

 

「最終的には、もう何かを悟っちまう位には、溜め込んでたわけだ……」

 

 

 

 

 

「――あの日、“アイツ”に会うまではな」

 

 

 

 

 

『走るの…、好きなの?』

 

 

 

 

 

「バカの一つ覚えみたいに、走り込むアイツと出会っちまったんだ」

 

 

 

 

 

『じゃあさ一緒に……――走ってみる?』

 

 

 

 

 

 

「そのひと言で、俺の人生をまるごと、変えてくれた。世界に彩りを与えてくれた」

 

 

 

 

 

 

「走りの才能に俺は、目覚めることができた」

 

 

 

 

 

「そして初めて、一つの事を共有できる“友達”に巡り会えた…同時に、“憧れ”にもな」

 

 

 

 

 

 

「別れるとき、約束した。必ず走りの頂点を、互いに競い合おうってな――――」

 

 

 

 “でも……”と、何かを言おうとした。しかし尻切れに、陽炎坂は話を止める。手を握りしめ、苦悶の表情のまま、俯く。

 

 

「くぷぷぷぷぷ……どうやらここから先は、陽炎坂クンも話しづらいみたいなので、ワタクシが引き継ぎましょウ」

 

 

 それを見てか、横からモノパンがノコノコと現れ、続けるように、口を挟む。

 

 

「くぷぷぷ、結論からお話ししましょう――まずはこの手紙の中身をご覧下さイ」

 

 

 

 モノパンは、その手に持つ『陽炎坂様へ』と綴られた手紙、今回の事件の“動機”を取り出した。そして封を解き、中身を広げ、俺達へと見せつける――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『陽炎坂様へ  

 

 

 貴方の憧れである、小走 迷(こばしり まよい)様は――自殺をされました

 

 

 

                            モノパンより』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ……!」

 

 

 絶句した。

 

 

 そのたった一文を見て、俺達全員は言葉にならない愕然の気持ちを共有させた。

 

 

「…………」

 

 

 俺は陽炎坂へと目を移す。

 

 

 陽炎坂は唇を固く噛みしめ、震える感情に負けまいと、耐えていた。自分の“憧れ”と言い切っていた人物が、たった1枚に綴られた1文で、モノパンが“真実”であると言い切っていた1文で、その顛末を見せられる。想像を絶するほどの、絶望を感じているはずなのに。

 

 

 

 

 

「小走迷さん……それが陽炎坂天翔クンにとっての、“憧れの人”の名前でス」

 

 

 

 

 

「彼女は、陽炎坂クンとの約束通り、血の滲むような努力を重ね、己の足を磨いていきましタ」

 

 

 

 

「しかし、残念なことに、彼女の足には才能が無かった。どんなに練習を積み重ねても、タイムは伸びず、大会にも参加できず、停滞の一途をたどっていましタ」

 

 

 

 

 

「若くして超高校級の名を欲しいままにする、陽炎坂クンとの差は広がるばリ………次第に彼女の心には焦りが生まれていきました」

 

 

 

 

 

「しかし彼女にも転機が訪れましタ。今までの努力が実り、初めて大会メンバーとして抜擢されたのでス」

 

 

 

 

 

 

「…恐らく、学生として最後の大会になるから、と。コーチ達が気を遣ってくれたのかもしれませんネ」

 

 

 

 

 

 

「彼女は気が狂ったように大喜びをしました」

 

 

 

 

 

 

「あまりの喜びように、同期達も困惑をしていましタ…」

 

 

 

 

 

 

「そうなるのも無理はありません。その大会は、彼女にとって、重大な意味があったのでス」

 

 

 

 

 

「もし順当に勝ち進むことができれば、全国であの陽炎坂くんと再会できるかもしれない、そんな可能性を秘めた、大きな大会だったのですかラ」

 

 

 

 

 

 

「今までの焦り、そして初めての大会、約束を交わした友との再会、恐らく…とても、とても興奮していたんでしょうネ……」

 

 

 

 

 

「彼女は、会場の目の前にある横断歩道で――不慮の事故に遭われましタ」

 

 

 

 

 

「原因は“彼女の不注意”による、信号無視でした。横断歩道のシグナルは赤であったにも関わらず彼女は飛び出し、ドライバーはハンドルを切ることもできず、追突。すぐに救急搬送…入院とする運びになりましタ」

 

 

 

 

 

 

「そして最後の大会には勿論、不参加でしタ。交通事故に遭ったのですから、当たり前ですよネ?それに、彼女は入院してしばらくの間、目を覚ましませんでしたかラ」

 

 

 

 

 

「つまり、陽炎坂クンとの再会は叶わず……ですネ。過程だけ見れば“自業自得”に近いモノを感じますネ」

 

 

 

 

 

「――だけど不幸は続きました。入院してしばらく経って、彼女は目を覚ましタ。そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  自分の“切断された足”を目の当たりにしましタ」

 

 

 

 

 

「死んでいても可笑しくない程の衝突でしたから、むしろこれで済んで良かったとも言えます」

 

 

 

 

 

「自分の命と引き換えに、彼女は足を失ったのです。同時にそれは、陸上選手としての生命の終わり、を意味していましタ」

 

 

 

 

 

「どんな気持ちでしたでしょうネ…今まで10年以上もの歳月を費やしてきて、やっとその努力が報われる、そんな大事なときに、こんな…」

 

 

 

 

 

「彼女は、走ることが出来ない、そんな自分は無意味だと考え、失意のままに自分で自分を殺すことにしたのです」

 

 

 

 

「以降の話は、ワタクシも聞き及んではいませン。なんせ、当事者でも何でも無いんですかラ…」

 

 

 

 淡々と語られる陽炎坂にとっての“憧れ”の結末。

 

 あまりにも呆気ない、その人生。

 

 彼女の人生の延長線上に立っていたはずの…陽炎坂は、どんな感情でコレを聞いているのだろうか。

 

 部外者である俺達が、陽炎坂に何が言えるだろうか。

 

 “元気出せよ”なんて、とてもじゃないが言うことが出来ない。あまりにも、あまりにも深い悲しみ。それだけが、俺達生徒全員を支配していた。

 

 

「キミタチに分かりますカ?自分の生涯を賭けると誓った全てを、一瞬で奪われた者の気持ちが」

 

 

 

「あっ……モチロン分かっちゃいますよネ?……だって、そういう方は、陽炎坂クン以外に何人もいらっしゃるみたいですかラ」

 

 

 

 ――数人の生徒から空気を飲む声が聞こえる

 

 

 

 まるで生徒全員の過去を、大事な何かを全て、理解しているような発言。改めて認識させられる、モノパンの不気味さに、緊張を走らせる。

 

 

 

 だけど、そんな緊張の渦の中で、ほんの少し、俺は場違いにも似た“感覚”を覚えていた。

 

 

 ――何処かで、聞いたことがある?

 

 

 一体何処でなのか、この耳で似たような話しを聞いた覚えがあるはずなのに、うまく思い出すことが出来ない。まるで押し入れの奥にしまい込んだ、古いアルバムを探すような気分に陥る。

 

 

 

「くぷぷ、ワタクシから、彼女について話すことは以上でス。ご静聴感謝致しまス」

 

 

 別の思考にうつつを抜かしそうになっていた俺を引き戻すように、モノパンは語りを終える。

 

 

 気がついた俺は、ゆっくりと、未だ俯いたままの陽炎坂を見る。手元に目を移すと、手のひらは血が滴りそうな程に、堅く握りしめられ、震えていた。

 

 

 

「昨日の動機発表の後に、何があったんだい…?」

 

 

 

 何を思ったのか、徐に、陽炎坂へとニコラスは言葉を紡ぐ。今にも崩れそうな、ヒビの入った何かに触れるように、やさしく。

 

 

 

「――そうだな」

 

 

 

 陽炎坂は一言。顔を上げ、達観したように、再び口を開く。

 

 

 

「どうせこのままポックリ逝く予定だしな。置き土産がてら、洗いざらい話し尽くすさ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ログハウスエリア:陽炎坂天翔の部屋】

 

 

 

 

 ――動機発表が終わってすぐ、俺の部屋での話だ

 

 

 

 ――俺は手紙の内容を見て、すぐにモノパンを呼び出した

 

 

 

『おいぃぃぃぃ……!!!!モノパン!!!!これはどういうこと何だぜえぇぇ…!』

 

 

『ン?そこ書かれてある通りですヨ?アナタの恩人は、己が命に終止符を打ったんでス。それ以上でもそれ以下でも無イ、そういう結果に“なった”んでス』

 

 

『………!!』

 

 

 

 ――勿論俺様は信じなかった。数十文字にも満たねぇ文章で、俺にとっての“全て”の終わりが書かれてたんだ。納得できるわけがねぇ

 

 

 

『教えてあげますヨ、彼女がキミと再会の約束をしたその軌跡を……』

 

 

 

 ――そしてヤツは、俺の前で、アイツの人生を自分のモノみたいに、語り尽くしやがった

 

 

 

 

 

 ~~~~

 

 

 

 

『……アナタとの約束を叶えられる間近で、彼女は不幸にも、選手としての命を奪われタ、そしてそのまま自分自身の命モ……まあ、流れとしては、無くも無い話ですよネ?』

 

 

『ふざけるんじゃねえええええ!!!人生をマニュアルみたいに言いやがって!!!何様のつもりだあああああああ!!!』

 

 

 

 ――最初は、コイツの口から出るホラ話だって思ったぜ

 

 

 

『それは勿論、他人様でス』

 

 

『……クソッ!!俺様は!!!絶対に信じねぇぜ!!!こんな紙切れ!そんな話!!嘘っぱちなんだぜ!!!』

 

 

『ふ~ン?そうですカ……なら陽炎坂クンには、と・く・べ・つ二!とある一品をお見せしましょウ!!少し先取りする形になりますが、まあ良いでしょウ』

 

 

 

 ――だけどモノパンは、俺様にとんでもねぇものを見せてきやがった

 

 

 

『ハッ!!何を見せられたって俺様………は…………』

 

 

 

 ――たった1枚の“写真”だった。だけどそのたった1枚に写る“光景”が、俺様の心をぶち壊しやがったんだ

 

 

 

『よく撮れてるでしョ~。手に入れるの、結構大変だったんですヨ?』

 

 

『あ、ああ…う、嘘……嘘だろ?』

 

 

 

 ――俺が言うのも何だが、本当に良く撮れていたぜ?アイツの“顔”もクッキリと見えるくらい、綺麗にな

 

 

 

『何処見てるんですカ?ほら、ほら、顔も足も、よく見テ。死に顔なんて滅多に見られ無いんですヨ?アイドルの生写真なんかよりもよっぽどレアなんですヨ?』

 

 

『やめろ……!!そ、そんな…、そんなそんなそんな…』

 

 

『これでお分かりになりましたか?この手紙に書かれていることは、純度100%の真実、嘘っぱちなことが嘘っぱちなんでス』

 

 

『ち、違う…違うんだぜ!!アイツは、そんな柔な…』

 

 

『柔な……?まだアナタは彼女の全てをお知りになったつもりでいるんですカ?努力をすることで才能を補ってきた彼女のお気持ちが、才能に恵まれ切ったアナタニ?分かるト?』

 

 

『…………分かる…だって、アイツは…アイツは…俺のライバルで…』

 

 

 

 ――どうにかして反論しようと頭をフル回転させたさ。だけど、あの写真1枚に写る光景が、脳みそに焼き付いて離れてくれなかった

 

 

 

『ライバルで…何ですカ?まさか、約束を無碍にするようなヤツでは無いと言うおつもりデ?』

 

 

『そうだ…!お、俺との約束を踏みにじるような――!』

 

 

『その言葉を…病室のベッドに倒れる彼女の前で、もう一度言えますカ?』

 

 

 

 ――そんなこと言われちまったら、俺様はどうすれば良い?

 

 

 ――“たられば”だってことは分かってるが、足を失ったアイツを目の前にした途端、頭が真っ白になっちまった

 

 

 

『あ……いやっ…ちが…』

 

 

『そんな“約束”そのものが、彼女の重荷になってしまったんだ、彼女が足を失う“原因”になってしまったんだト、何故お気づきにならないんですカ…』

 

 

『――――――――』

 

 

 

 ――そうかもしれない

 

 

 ――浅はかにも俺は、そう思っちまった

 

 

 

『才能も踏みにじられ、約束も踏みにじってしまった、そんな中華々しいくらいに躍進するアナタを見て、彼女はどんなお気持ちになられるでしょうカ?さすがに、感情に疎いアナタでも、想像に難くないですよネ?』

 

 

『――――――――――――』

 

 

『まっ…もうこの世にはいないのですかラ、後の祭りですがネ』

 

 

『………』

 

 

『あれッ?どちらにお出かけで?』

 

 

『フッ……アイツがいなくなっちまったんだ……追いかけるのが、ライバルとしての筋ってもんだろ?』

 

 

 

 ――皮肉なことによ、モノパンの言ったとおり流されるまま、俺はそのまま自分の命を絶とうと考えちまった。

 

 

 

『くぷぷぷぷ……そうですね。人生の選択は己の自由、そのまま徒然と生きるのも、ロープ1本で終わらせるのもアナタ自身の人生』

 

 

『じゃあ聞くんじゃねぇよ……あばよモノパン。短い間だったが、楽しくない時間だったぜ』

 

 

『くぷぷぷぷぷぷ……ですが、その儚い命を使い切る前に、ワタクシの頼みを1つ、お聞きして貰ってモ?』

 

 

 

 ――“利用しよう”って魂胆が丸見えだった。だけど、もう抵抗する気力は俺に残されてなかったよ。

 

 

 

『………はぁ。好きにしろ、“憧れ”も何にもねぇ空っぽの俺に、何が出来るのかって話だけどな』

 

 

『なぁニ……至極簡単な事でス。ただ――』

 

 

 

 ――そしてその頼み事っつうのが…

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

「……“裏切り者としてミス朝衣を殺害すること”…そうだね?ミスター陽炎坂」

 

 

 ニコラスは、モノパンが提案してきたであろう内容を口にする。そして、どの答えが間違いで無い事を表わすように、陽炎坂は沈黙で返す。

 

 

「……ああ。生きる糧も何もかもを失った俺様には、自分の命だろうが仲間の命だろうが、もうどうでも良くなっちまったんだろうな……二つ返事で了承したんだぜ」

 

 

「何故……何故踏みとどまらなかったのでござるか!何時でも引き返すチャンスはあったはずでござる!!」

 

 

 沼野は未だ信じられないと食ってかかる。確かによく考えてみると、陽炎坂の殺人は時間がかかるものであった。中断できるタイミングは、何度でもあったはずだ。だけど、その人を殺める手は止まらなかった。

 

 

「…今このときの俺だったら、ギリギリで足を止められたかもしれねぇな……さっきも言ったように、俺にはもう“何にも無かったんだ”……言われたことだけど、何の考えも無く、こなしていく。そうだな、人形のような気持ちって言えば良いのか」

 

「人形のように…でござるか」

 

「な、何言うとるんや、あんさん……意味わからへんで」

 

 

 容量を得ない回答に、鮫島達は困惑の感情を露わにする。俺自身も、同様だ。だけど、その言葉の一部、“いまこのときの俺だったら”という部分に、引っかかりを覚える。

 

 

 

 ――バン!!!

 

 

 そんな違和感を抱いた一瞬、…何かを叩く音が後ろから響き、俺や、他の生徒も振り向く。そこには、証言台を足蹴にする、雲居が立っており、彼女が激しい音を立てた当事者であることが分かった。

 

 

「陽炎坂、なら“今このときのアンタ”はどんな気持ちですか………?大事な仲間を殺めて、モノパンに利用され切って、道連れみたいに朝衣を巻き込んで、どんな気持ちですか!!」

 

 

 俺と同じような引っかかりを、雲居も抱いていたらしい。しかし、その矛先に対する怒りの度合いは明確な差はあった。

 

 

「………」

 

「何とか言うです!!こんのっ……!」

 

 

 そして、我慢してきた気持ちがはじけたのか、雲居は怒鳴り散らす。そのまま、つかみかからんばかりに雲居は詰め寄る。

 

 

「お、落ち着くのだ…雲居…!」

 

 

 それを雨竜は止める。これ以上は不味いと思ったのだろう。その明らかな体格の差を利用し、肩を押さえ、その衝突を押さえる。

 

 

「止めるなです!反町も何してるんですか!こういうときこその聖職者じゃないんですか!?1発かますですよ!」

 

「………っ!」

 

「勘違いが加速してるんだよねぇ!いつもの正常な思考が出来ていないんだよねぇ!」

 

「そもそも暴力で何を訴えるのだ!ただ振るった拳が空しくなるだけだぞぉ!!」

 

「…っ!だったら何で、何で朝衣だったんですか!朝衣がお前に何をしたって言うんですか!!」

 

 

 雨竜に押さえられ、雲居は悲哀を込めて叫ぶ。“何故朝衣が殺されなければならなかったのか”“何で自分じゃなかったのか”そんな、心を感じさせる叫びであった。

 すると、クックック…と、音を出さず、乾いた微笑を陽炎坂は漏らす。そして同時に、“ああ…そうだな……”と、雲居の心に応えるように、言葉を繋げる。

 

 

「何で朝衣を殺したのかは…わからねぇ…俺はただ、言われたように、言われたことを実行しただけだ……細けぇことはモノパンに直接聞きな……」

 

 

 “でもな……”そう言葉を翻す。

 

 

「朝衣を殺して、何も感じなかったわけじゃねぇよ。炊事場から雨でずぶ濡れになりながら走って、そのまま部屋に帰って……そこでな俺は“罪悪感”てのが襲い掛かってきたさ…“取り返しの付かないことをしちまった”ってな………雲居の質問に答えるんだったら、“最低最悪な気持ち”だったよ」

 

 

 ――なんであんなことしちまったんだろう

 

 

 ――クラスメイトだったはずなのに

 

 

 

「だけど――」

 

 

 引きつったように頬を上げ、俺達に何かを訴えかけるように、手を広げ、俺達と向き合う。

 

 

「だけどそれ以上に、俺は――“生きたい”って思っちまった」

 

 

 俺は目を見開く。それでも陽炎坂は言葉を続ける。

 

 

「迷(まよい)の死を聞かされた時、俺は、どうやったら簡単に死ねるだろうって考えていたのに。人を、それもクラスメイトを殺した途端“生き残りたい”って気持ちがわき上がってきちまったんだよ!」

 

 

 頭を抱え、怯えたように震える陽炎坂を見て、俺達は唖然とする。口に手を当て、何か得体の知れない“モノ”を見ているかのように錯覚する。

 

 

「……そんな自分勝手な」

 

「だったら、アタシらはどうなるさね……アタシらの命は!」

 

「まさかだけど…それも…?ホントに…?」

 

「ああ…てめぇらの命も、全部、“踏み台”にしてやろうって思ったさ」

 

「あんまりです!!」

 

「あんまりだよなぁ!!それがどうした!!だけど俺にはもう逃げ場なんて無かった!!」

 

 

 髪を振り乱し、叫ぶ。その迫力に、俺達は押し黙ってしまった。あまりの悲痛な慟哭に、さっきまで殴りかかろうとしていた雲居すらも、動きを止めてしまっていた。

 

 

「俺にはもう…帰る場所なんて、無くなっちまったんだよ……!」

 

 

「ハハハハハハ……やべぇよな?本当に俺、やべぇヤツだよね…?」

 

 

 何も言うことが出来なかった。励ましも、憤りも、どんな感情で、陽炎坂に声をかけてるのが正解なのか、分からなかった。逆に、理不尽な気持ちが、そんな何も出来ない平凡な俺に、嫌悪感すら抱いてしまった。

 

 

「くぷぷぷぷ。ここまでハッキリ開き直ると、逆に清々しい位ですネ」

 

 

 もう何も言える空気ではない。ここが機であると見計らい、ひと言感想を並べる。

 

 

「だがしかしでス、時というモノは残酷なモノ、そろそろ“アレ”のお時間が迫って参りましタ…」

 

 

 モノパンの言う“アレ”…俺は一瞬逡巡してしまったが、その“アレ”、がオシオキを意味していることに気づく。

 

 

「フッ……本当にタイムアップみたいだな…よくここまで保ったもんだ…」

 

「一応最期ですからネ……紳士なりの気遣いと思っていただけたら幸いでございまス」

 

 

 陽炎坂へモノパンは一礼する。何が気遣いだ、別れがただただ増しただけ、俺達への負荷をさらに強めるだけの大きなお世話だった。

 

 

「ま、待つです!まだ、陽炎坂には言いたいことが…!」

 

「陽炎坂…くん」

 

「余韻浸りはここまでにして…早速始めちゃいましょウーー!」

 

「陽炎坂さん!」

 

「陽炎坂殿!」

 

 

 陽炎坂は、俺達の声を背に、何処かへと足を向ける。俺達の居る場所とは逆の、別の世界へ旅立つように。

 

 

「超高校級の陸上部である陽炎坂天翔クンのために。スペシャルなオシオキを用意させていただきましタ!!」

 

 

 誰に向けてなのか、きっと俺達へ向けてなのだろう、恰好をつけたように後ろ手を振るう。

 

 

「――――なぁ」

 

 

 独り言を呟くくらいに微かな、それでいてやけにハッキリと、声が聞こえる。全員が何か言葉を発している中だのに、陽炎坂からの声だと、俺は確信を持って気づくことができた。

 

 

「――ごめんなぁ…」

 

 

 懺悔するように、その声は震えていた。

 

 

「…ごめんなぁ。朝衣………」

 

 

 俺はその声に、ほんの少し、手を伸ばそうとする位しか、出来なかった。

 

 

「では、張り切っていきましょウ!オシオキターイム!!」

 

 

 モノパンは、正面に現れた赤いスイッチに、無情にも、木槌を振り下ろした。そして同時に、俺達の方へ顔だけ、を向ける。

 

 

 

「――あばよ。……てめぇらとの時間、結構楽しかったぜ」

 

 

 つぶやいたときよりも大きく、俺達へと向けた最期の言葉。

 

 

 涙が込められた、今にも爆発しそうなほどの張り詰めた声。

 

 

 だけど表情は、バカみたいに――晴れ晴れとした笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           GAME  OVER

 

 

 

      カゲロウザカくんがクロにきまりました。

         オシオキをかいしします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スイッチが押されたのと同時に、どこからともなく飛び出した首輪付きチェーンが、陽炎坂の首を掴んだ。

 

 

 抵抗する素振りを微塵も出さず、陽炎坂は突如現れた、非常灯が輝く扉の向こう側へと吸い込まれていった。 

 

 

 その一瞬の光景に呆気をとられていた生徒達は、扉の上の巨大なスクリーンに何かが映し出されていることに気づいた。

 

 

 

 

 

  超高校級の陸上部 陽炎坂天翔のオシオキ

 

    『Z-1 グランプリ!!!』

 

 

 

 

 

 スクリーンの向こう側…裁判場ではない、まったく別の空間に陽炎坂は立ち尽くしていた。

 

 

 周りは暗闇に覆われ、陽炎坂だけが貼り付けられたように、浮いていた。しかしそう思うのもつかの間、パッ、パッ、と音をたて、スポットライトが陽炎坂の正面前方を真っ直ぐに照らし出していく。

 

 

 

 ライトの光子が降り注いでいるのは、陽炎坂にとってとてもなじみ深く、何度も何度も、呆れるほど何度も目にしてきた、何百メートルにも伸びる“陸上競技レーン”であった。

 

 

 そしてまた何かに気づく。ブロロロロ……と機械的なエンジン何かの音が耳に響いた。隣からだった。

 

 

 音の鳴る方へ目を移すと、そこには、レーンを4つも使うほどに、大きく、場違いなほどの威圧感と重厚感を放つF-1カーがそこにあった。

 

 

 ヘルメットを被り搭乗するのは――モノパン。

 

 

 ハッキリとは捉えられなかったが、シールド越しに挑発をするような笑みを浮かべている事だけは、伝わった。

 

 

 

 そしてまた変化が現れた。正面斜め上に、ライトよりも上の暗闇に、天空を覆い尽くすが如く、でかでかと、“10”と表示されたスクリーンが現れる。1秒ごとに9、8、と数字が減っていく。

 

 

 陸上競技レーン、F-1カー、何かのカウントダウン、陽炎坂は、この全てが表わす答え“今から自分は走らなければならないんだ”という結論にたどり着いた。

 

 

 瞳に火が灯った。

 

 

「面白ぇ…!」

 

 

 結果の見えきった異種格闘技戦であるというのに、まるで餌を捉えた肉食動物の如く、獰猛に笑う。そして何かが乗り移ったように前を見据え、静かに、クラウチングスタートの体勢をとった。

 

 

 カウントダウンは3を越え、2、1と進んでいく。

 

 

 そして――――START!!

 

 

 画面が大きく変わったのと同時に、陽炎坂は走り出した。いきなりであったはずなのに、そのスタートダッシュに、一切の動揺は無かった。

 

 

 ただただ走り抜けるという一点に集中した、最高の出走であった。

 

 

 少し出遅れて、モノパンの乗るカートもエンジンを震わせる。タイヤはその場で足踏みをするようにキュルキュルと音を立てながら前へ前へとジワジワ進んでいく。

 

 

 そして、爆発するように、――カートは走り出した。

 

 

 すでに遙か彼方まで足を進めていた陽炎坂に追いつこうと、カートはスピードをぐんぐんと加速させていく。そして、あっという間に、陽炎坂の背中まで迫り、そして追い越していってしまった。

 

 

 

 人間の1人の力など、科学の前ではちっぽけな物だと言うように、モノパンはシールド越しに陽炎坂を嘲笑った。

 

 

 

 するとモノパンは手元に取り付けられた、『DANGER』のボタンを押しこんだ。

 

 

 

 カートの後部から、“足かせ”の付いたチェーンが勢いよく飛び出した。

 

 

 

「うぉ……!」

 

 

 

 足かせは陽炎坂の足を捕らえ、陽炎坂が今まで貫いていたフォームを足下から崩していく。そして――地面にたたきつけた。

 

 

 

 カートは、陽炎坂の足を捕らえてなお、スピードを緩めなかった。むしろここからが本番というように、さらにギアを上げていった。

 

 

 

「――――――!!!」

 

 

 

 恐ろしい程のスピードでカートに引き回される陽炎坂は、声にならない悲鳴を上げ、紅葉おろしの如く身体を引きずられていく。

 

 

 レーンには陽炎坂のショッキングピンクの血がカーペットのように敷かれ、陽炎坂本人も体中を血で濡らしていく。

 

 

 変な体勢で引きずられ、地面に何度も浮かんではたたきつけられを繰り返したためか、足も手もあらぬ方向へと折れ曲がり、プラプラと揺れていた。

 

 

 皮膚も何もかもが剥げ、もはや生きてるのか怪しいという程に、身体はズタズタであった。

 

 

 

 ――もはやこんなものはレースでは無い。

 

 

 そう、モノパンは最初からレースなどどうでも良かったのだ。ただ陽炎坂を処刑するために、競走を申し出たのだ。

 

 

 

 

 そして永遠にも似たようなレースは、モノパンのカートがゴールラインを切ったのと同時に終わりを告げた。

 

 

 

 モノパンはシャンパンを両手に、1位の表彰台で喜びを露わにした。周りには、モノパンの勝利を称えようと、カートの後ろ側で、ボロボロに横たわる陽炎坂などいないとばかりに踏みつけながら、“記者”の様相を呈するモノパンが殺到する。

 

 

 

 天を仰ぐ陽炎坂は、もはや虫の息、動くことすらままならなかった。瞳の炎はとうの昔に消え去り、生命の光は段々と薄まっていくのが分かった。

 

 

 

 陸上選手の命とも言える足は、筋肉と共に断絶し、もう2度と、まともに走ることが出来ないことを如実にしていた。

 

 

 そのことは本人自身がよくわかっていた。そして同時に、同じように選手生命を絶やした、“憧れの人”の顔を思い浮かべた。

 

 

 

 

(ああそうか…お前も、こんな気持ちだったんだな…)

 

 

 

 

 憧れの人物と、やっと気持ちを共有できた。

 

 

 

 狂気にも似た、言いようのない嬉しさに、頬を緩ませ、心の中でそうつぶやいた。

 

 

 

 そして、満足したような表情を絶やさず、かすかにもれていた呼吸を弱め、その儚い生命の炎は、最期の心の声を言い終えると共に――――消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクトリィィィィィィンム!!!!」

 

 

 

 享楽的な、狂気的な、モノパンの声が耳をつんざく。

 

 

「……っ!」

 

「かか、陽炎坂…殿…」

 

「あがががががが、ががが……!」

 

「な、なんと……ここまでぇ……!」

 

「え……?あれ…………?」

 

 

 スクリーンを見ていた俺達の殆どが、目を見開き、呆然としていた。そして気づいたように、かすれた声を上げる。

 

 

 ――あまりにも、むごすぎる

 

 

 “オシオキ”の名を呈した処刑、蓋を開けると、本人の才能を粉々に踏みにじる、あまりにもむごい仕打ちだった。

 

 

 凄惨をさらに累乗したかのような映像から、目を背けてしまう生徒もいた。俺自身、見ていられなかった。そもそも見続けることなんて、誰に出来るのだろうか。

 

 

 

「くぷぷぷぷぷ、やっぱり裁判の最後といったら“コレ”ですよネ。アドレナリンが染み渡るくらい、最高にハッピーな気分でス」

 

 

 …だのに、モノパンは、それを憂さ晴らしか何かのように、軽々と執行した。

 

 

「酷い、酷すぎますよ………こんなの!」

 

「ざ、残酷すぎるよ~~」

 

「アンタ…!いくら何でも!!陽炎坂を、あんな…あんな……」

 

「…………悪趣味すぎる」

 

 

「くぷぷぷ?えっ?ええっ?キミタチは道徳の授業すらまともに受けてこなかったのですカ?」

 

 

 俺達の糾弾にものともせず、俺達を見下し、教えを諭すように話しを続ける。

 

 

「『因果応報』…悪い行いをした者には、その悪行に相応の報いが与えられル……朝衣さんという尊い命を奪った陽炎坂クンには、その命で対価を払って貰ったのでス」

 

 

 “コレが俗に言う等価交換の法則ですね!”要らぬ一言を悠々と語り、嘲笑する。

 

 

 何が等価交換だ!ふざけるな!!俺はそう、叫ぼうとした。だけど…。

 

 

「いいや……殺人を犯したのはキミだよ…モノパン」

 

 

 迷いの無い一言が、モノパンへ向けられる。ニコラスだった。今まで人の名前の前に置いていた“ミスター”すらも付けず、とても冷たい声の槍をモノパンへと突き刺していく。

 

 

「…ほう。それはどういう意味ですカ?キミタチは今までの一連を見てこなかったのですか?はたまた見ないフリでもしていたんですカ?陽炎坂クンは自らの手で朝衣サンを――――」

 

「“ルール上”はね…キミ。確かに、ミスター陽炎坂は殺人を実行した。しかしそれを誘導したのはモノパン、キミ以外に他ならない」

 

「そ、そうだ!!貴様は姑息にも、陽炎坂の弱みにつけこみ!自分の手足のように操ったのだぁ!!」

 

「……立派な殺人教唆ですね」

 

 

 ニコラスに続き、雨竜や雲居の2人が援護に加わる。だけど、そんなコトダマなど、モノともせず、知らぬ存ぜぬという態度で躱していく。

 

 

「例えキミが何と声高々に主張しようとも、この真実は、ミスター陽炎坂が残した言葉は消えやしない……つまり、裁かれるべきは…キミなのだよ。モノパン」

 

 

 冷たい、とても冷たい怒りをニコラスを纏っていた。そしてゆっくりと、追い詰めるように、ジリジリとモノパンへと冷静に詰め寄っていく。

 

 

 

「くぷぷぷぷ、まあそうですネ。陽炎坂クンの言葉“は”、消えませんもんネ?」

 

 

 

「でもですヨ?しかしですヨ??ワタクシ、彼のことを一言でも“内通者”なんて言いましタ?彼を操ったなんて言いましたカ~?」

 

 

 それでもモノパンは揚げ足をとろうとする子供のように、幼稚に、俺達のコトダマを跳ね返していく。

 

 

「し、しらばっくれんじゃないよ!!アタシ達はちゃんと、自分の耳でしっかりと聞いていてさね!」

 

「聞くだけだともう100パー裏で糸引いてたとしか思えないんだよねぇ!!」

 

 

 その態度に怒りを覚え、今まで黙っていた生徒も次々とブーイングをならしていく。学級崩壊という言葉があるそうだが、この場はまさにその表現にピッタリと嵌まった様子であった。

 それでも崩れないように、モノパンは牙城を構えていく。

 

 

「…くぷぷぷ。そうですネ。そんなこと、陽炎坂クンが言っていた“ような”、気もしまス――ですが」

 

 

 押し問答であった言葉の応酬、その中で、モノパンがこぼした、“ような”の一言に、俺は一瞬今まで感じてきたことの無い“何か”を覚える。

 

 

「それはあくまで、彼が最期だからと宣っていたこと。……根拠もへったくれも無い、ただ口から出ただけの“でまかせ”」

 

 

 その“何か”の正体は既に分かっている、そして少しずつ、モノパンの言葉を聞く度に、その“何か”が肥大していくのを感じる。

 

 

「恐らく、お前がやったんだろ、と指を刺され過ぎてしまったからですネ。きっと乱心して、“あることないこと”が現実であるかのように錯覚してしまったんですヨ」

 

 

 “何か”が大きくなっていく理由は分かっている。さっきまで生きていたはずの陽炎坂を小馬鹿にするように、嘘でアイツを塗り固められていくような単語が、原因だ。

 

 

「きっと、さっきまで言っていたのは、おバカな彼の、殺人の動機っぽいだけの“妄言”なんですヨ!」

 

 

 そしてその言葉が合図のように、瞬間、俺の“何か”が爆発した。

 

 

「ふざけるな!!!!」

 

 

 ビリビリと、裁判場全体に響き渡る。あまりの大声に、他の生徒達も、あのモノパンも身じろぎするほどに。

 

 

「アイツの…陽炎坂の言葉を、お前は、嘘だと……?いい加減にしろ!」

 

 

 本来なら、陽炎坂に向けるべきだったはずの“何か”が次々と湧いてくる。タイミングを間違えているはずなのに、モノパンに向けても仕方ないのに……それでも、ココが正しい場所だと、ココロが叫んでいるような気がした。

 

 

「確かにアイツは、何もしていない朝衣に手をかけた……。これは絶対、許されるべき事じゃない…でも、それでも……」

 

 

 震えたまま、俺は息を整え、今までの勢いなんて何処かに行ったように、静かに。

 

 

「…これ以上、アイツの生きてきた道を、人生を、踏みにじるような言葉はもう……止めてくれ…」

 

 

 願い事をするみたいに下を向き、俺は言葉を噛みしめる。

 

 

「………」

 

 

 その叫びを最後に、裁判場を静寂が支配する。まるで黙祷をするように、驚くほど静かな時間。だけど、その静寂も一抹的なもので、またすぐに、モノパンの声がこの場に拡散していく。

 

 

「くぷぷぷぷぷぷ。まっ、さすがに死人相手にこれ以上とやかく言うのは、ナンセンスですネ…」

 

 

 今までの沈黙は何だったのか、呆れるくらいの朗らかな声色でこの場を流す。そして、マントを翻し“これ以上はお開きです”と、言葉では無く体で意味を表わす。

 

 

「…逃げるのかい?」

 

「逃げる…?まあそういう解釈もできますよネ……でも、どう捉えるかはキミタチの判断にお任せ致しまス。まあ、考えた末で、キミタチに何が出来るのかなんて、たかが知れていると思いますけどネ……それではキミタチ!アデューー!」

 

 

 

 モノパンは捨て台詞と共に、姿を消す。今まで同じか、もしくはそれ以上に最悪な空気が蔓延る。あらゆるマイナスの感情を煮詰めたような、淀んだ空気が。

 

 

 

「…くそぉ…!言いたいだけ言ってそのまま消えおってぇ……」

 

「はぁ…もう味が分からなくなるくらい、後味が悪いんだよねぇ…」

 

「陽炎坂、さん……うぅ」

 

 

 そして鬱屈とした中でそれぞれ口にするのは、やはり鬱屈とした言葉。ダメだと分かっていても、長い裁判とショッキングなオシオキを目の当たりにしてしまったストレスが、それを許さず、それぞれの言葉が空気を倍々に汚していく。まさに悪循環だ。

 

 

「……何、悲観してるですか」

 

 

 それでも、この鬱々しい空間を良しとしない生徒もまた、存在していた。不満を漏らすような声へ、顔を向けると、厳しい面持ちの雲居が仁王立ちしていた。

 

 

「………陽炎坂は私たちも殺して、ノウノウと生きようとしてたんです。どんな深い事情があったとしても……殺人を犯したアイツの死をこれ以上愁うのは、お人好しにも程があるです」

 

「………ですが…」

 

「そ、そうだよ!一手でも間違ってたら、カルタ達も危なかったんだよ!!無事に切り抜けられて良かったって雰囲気にしようよ!」

 

「やれることは全部~やったわけだしね~」

 

「確かに……これ以上、事件のことを引きずるのは、不毛な時を過ごすだけ………まあ、正直な話し、拙者はもう、お家に帰ってお布団に潜り込みたいでござる」

 

「あ、それウチも考えとった……ほんま疲れてもうたわ」

 

 

 雲居の言葉を聞き、数人の生徒達が彼女と同じような声を上げる。きっとこの場を早く離れたいのだろう、“全て終わったことだ”“早く、自分の部屋に帰りたい”…そう言いながら、この事件にけりをつけようとしている。そして、対する生徒達もその意見に反論する素振りは無かった。飛び交う言葉は既に消え、この場は段々と“おしまい”へと向かっていくのが分かる。

 

 

「……」

 

「もう、終わりにしよ?考えこみすぎちゃったら、カルタ達の方が参っちゃうよ…。それに陽炎坂くんももう、静かに眠りたいはずだよ、きっと……」

 

 

 “だから…そっとしておいてあげよ?”そういって言葉を終止させる。

 

 平穏に暮らしていたはずの俺達に突きつけられた、クラスメイトの死、…その死を今まで身近に感じてこなかった俺達に、今日の出来事は、あまりにも負担が過ぎた。“考え過ぎるな”という方が無理な話だ。

 その心が分かってしまうからこそ、水無月は、“考えすぎない事が陽炎坂のため”…そう言って、俺達にまとわりつく呪縛を、少しでも緩めようとしているのかもしれない。

 

 

「ううむ……」

 

「…そうだねぇ」

 

 

 恐らく皆も、何となくその真意を捉えているのか、言葉少なに、首肯する。

 

 

「――少し、良いかな?」

 

 

 この場が終わりを迎えようとしていた所に、今まで1度たりとも口を開いていなかった落合が、俺達へ向けた何かを、飛ばそうとする。

 

 

 

「何や落合。ションベンなら、奥行って右やで」

 

「ああ、それも悪くないね。どうだい?共に花を摘みに行ってみるかい?」

 

「…男と連れションする趣味はあらへん」

 

「女子となら連れションするみたいに聞こえるけど、勘違いと思うようにするんだよねぇ」

 

 

 “勿論冗談さ…”そう一連の騒動が夢の出来事かのように、いつも通りのすまし顔で、朗々と、詩を詠うように、落合は言葉を紡ぐ。

 

 

「ここから言う言葉は……僕のただの独り言さ。風のように聞き流すも良し、聞き入るのも良しだ」

 

「ここまで話して独り言でござるか…」

 

 

 沼野の小言にかぶせ、ジャラランと、ギターを一撫で。ゆったりとした足取りで、俺達の間をスルリスルリと抜いて歩き、裁判場の隅の方へ腰掛ける。

 

 

「僕達が、今この瞬間まで経験してきた生死のやりとりは、あまりにも激烈であり、そしてあまりにも激動であった。その余波は、僕達の心を丸焦げにするほどに」

 

「はぁ…いつもの回りくどいオンザ回りくどい与太話ですね」

 

「……だからこそ。僕は思うんだ。“戒め”が必要だとね」

 

 

 “戒め”、その言葉に俺を含め、何人かが反応を示す。

 

 

「僕はね。これから、炊事場で小さな“調(しらべ)”を奏でよう、そう思うんだ。……今は亡き朝衣さん、陽炎坂くん…彼らへと捧げるレクイエムを一つ、ね…」

 

「れ、レクイエムって…まあ確かに、死者を葬送する“なにがし”とは存じているでござるが…」

 

「そして、そのレクイエムは、君達にも聞いて欲しいのさ……これ以上、これ以下の状況を作らないために、人を殺める蛮行を行わないための“戒め”としてね」

 

 

 “無理強いはしないさ、柄じゃないからね”落合はそう締めくくる。

 

 

「“戒め”……ですか」

 

「うう…、提案の意味は、納得出来るんだけどねぇ…」

 

「……ちょっと今は…気分じゃない」

 

 

 しばしの逡巡の後、落合の考えを聞いた俺達は、それに対する答えを出していく。…答えというよりは、戸惑いの声に近い。それもあまりに乗り気の無い、後ろ向きな声だ。

 

 だけど、後ろの方から“ちょいと待ちな”…そう、唸るようにドスの利いた低い声が上がる。反町だ。振り向くと、頭の上にローブが目深く被さっており、表情がイマイチ読み取れない。さっきの声質からして、怒っているように思える。

 

 

「――そういう催しには、お祈りも必要だろ?アタシも付き合うさね」

 

 

 しかし、そんな懸念とは裏腹に、反町は賛同の声を上げた。俺や、他の何人かも表情を驚きに変える。

 

 

「反町…?」

 

「…死んだアイツらのことを、考えすぎないようにするっても…わかるよ。だけど、このままモヤモヤしたまま床につくと、明日はもっと思い込みそうになっちまうような気がするんだよ。…だったら今日、こんなことを2度と起こさないように誓って、区切りを付けて、明日また元気にメシを食べた方が、ずっと良いさね」

 

 

 反町は自分に言い聞かせるように俯き、首元に下がるペンダントを握る。

 

 反町の言うことは、分かる。今この瞬間に、アイツらのために何かをしないと、俺はずっと2人のことを引きずり続けてしまう。俺だって人間だ。いつかきっと、心への負担は膨れ上がり、限界を迎え、そして爆発してしまうだろう。

 

 

「なら、ならば拙者も聞くでござる!このまま寝床に引き下がっては、男が廃るというものでござる!」

 

「それならあたしも聞きたいんだよねぇ!!」

 

「よし!いいね!そうと決まれば、今から落合くんのゲリラライブだよ!!レッツラゴー!!」

 

「なんや、あんさんお家に帰るんやなかったんか?ウチが言うのもなんやけど」

 

「フッ……乙女心は複雑なんだよ…鮫島くん」

 

 

 沼野による大声の賛同を皮切りに、握りこぶしを挙げ、生徒達が次々と、エレベータへと乗り込んでいく。さっきまでの暗い雰囲気を振り払うように、今まで過ごしてきたように、明るい調子で。

 

 そんな空騒ぎを傍目にしていた俺は、その行進に、ゆったりとした動作で続こうとする。すると、肩に誰かの手が置かれる。いつのまにか分からなかったので、少しビックリし、手の主を探す。そこには、ニコラスが小さく微笑み、隣に立っていた。

 

 

「全員とまではいかないが、ミスター落合が夜の音楽会を開催してくれるみたいだね。ミスター折木。キミはどうする?…勿論、ボクは参加するよ、なんせ名探偵だからね」

 

 

 …名探偵が関係あるのか?と素直な疑問が口から出そうになったが、寸前で思いとどまる。酷く真面目な顔で言うものだから、きっとニコラスなりに意味があってのことだろうと思ったためだ。…多分。

 

 

 

 

 

 

 

「俺は……俺は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ペンタ湖:船着き場】

 

 

 

 裁判後、俺は――ペンタ湖に足を向けていた。

 

 

 落合達の音楽会には参加せず、真っ直ぐに、ペンタ湖へと。

 

 

 何か目的があったわけでもない。

 

 

 今は誰にも会いたい気分では無いから。何となく人のいないここに来た…ただそれだけ。

 

 

 湖に着いても、何気なしに船着き場に足を垂らし、ひたすらに前を、湖を見続けているだけ。

 

 

 波一つ無い水面に写る、星空の湖を。

 

 

 まるで星が湖に吸い込まれたかのように錯覚した俺は、ふと空を見上げてみる。だけどそこには、満点の星が空に敷き詰められ、爛々と夜を輝かせ続けていた。

 

 

 

 ――昨日の雨なんて、嘘だったみたいに。

 

 

 

「俺は……」

 

 

 ポツリ、と雨粒のようにこぼれる。

 

 

 ――正しかったのだろうか?

 

 

 全てが済んで、今更になって、考えてしまう。

 

 

 アイツは、陽炎坂は、朝衣を殺した。それは揺るぎようのない事実だ。そして許される事では無いということも。

 

 

『…ごめんなぁ。朝衣………』

 

 

 だけど、それでも…記憶にこびりつく。

 

 

『――あばよ。……てめぇらとの時間、結構楽しかったぜ』

 

 

 陽炎坂の残した言葉が、最期とは思えないくらいに描かれた、心の底からの笑顔が。

 

 

 それを思い出す度に、怒りよりも何よりも、強い哀しみが、心を覆う。

 

 

 俺に俺自身が“本当にこれでよかったの?”と問いかけてくる。

 

 

 答えが出ている、無意味な問答だというのに……。

 

 

 

「となり、良い?」

 

 

 声に目を向ける。

 

 

 贄波は、ぎこちないように微笑み、立っていた。その瞳からは、心配の色が見られた。

 

 

 本当は独りになりたかったのだが、彼女の目を見ると、どうしても断り切れない。だから、頷いた。

 

 

 贄波はゆっくりと、俺の隣に座り、足を垂らす。

 

 

 少し…言葉が消える。

 

 

「朝衣さん達の、こと。考えて、る?」

 

 

 そして当たり前のように、俺の心を言い当てる。

 

 だから、それが的外れでは無いことを、無言のまま、頷き、伝える。

 

 

 

「間違ってないよ。きっと」

 

 

 躓かず、真っ直ぐに、そう口にした。

 

 何もかもお見通しかのように、俺の心の不穏を和らげるように、贄波は少ない言葉を繋げていく。

 

 

 

「…折木くん、は、陽炎坂くん、と向き合えてた」

 

 

 

 “真っ直ぐに、誰よりも”

 

 

 本当に、俺にそんな大層なことができていたのだろうか?

 

 本当に、凡人の俺が向き合えていたのだろうか?

 

 

 間違えているような気がして、躊躇いながら、首を振る。

 

 

 だけど、贄波は俺の否定を否定するように、躊躇いも無く首を振る。

 

 

 

「“間違えてしまった人”が、目の前にいるって、折木くん、分かってた、から」

 

 

 

 その言葉に目が潤む。俺は片手で両目を抑える。

 

 

 

「違う、違うんだ……贄波。……俺は、お前が思うほど――」

 

 

 ――正しい人間じゃ無い

 

 

 何かがこぼれ落ちそうになりながら、そう言おうとした。でも、背中に小さく、暖かい感触を感じ、言葉を止める。

 

 

 贄波は、倒れそうな俺を支えるように、背中に手を添えていた。俺は、隣に目を向ける。“笑顔”があった。さっきのぎこちないものじゃなく。包み込むような、笑顔が。

 

 

 

「正しくなかった、ら、折木くん。今みたい、に後悔してない」

 

 

 

「後悔するくらい、迷った。迷ったから、正しい道に、進め、た……それが今、だよ。きっと」

 

 

 

 

 視界がぼやけ、何かが瞳を覆う。

 

 

「そう、なのかな…」

 

 

「うん」

 

 

 俺は下を向く。

 

 

「っ………」

 

 

 彼女は何も言わず、俺の背中を撫でる。

 

 

 すると、瞳を覆っていたモノが、湖へと落ちる。波紋が作り出され、満月が揺れる。

 

 

「…――……――――――」

 

 

「大丈夫…大丈夫……」

 

 

 

 ――俺は静かに…肩を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    第一章 イキル。シヌ。イキル。

 

 

 

 

           END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『生き残りメンバー:残り14人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計2人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき) 

 




とりあえず、一章終了です。
良ければ、感想お願いします。

本作のテーマは、個人的に「サイコ・レトロ」って感じです。



↓以下コラム



名前の由来コーナー 陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)編

作者から一言コメント:何か強そうな名前。

 コンセプトは、果てしない熱血漢。スポーツ系と言うことで、とにかく何もかもを大声とテンションで片付けるようなキャラにしたかったのです。そしてテンションマックスから、とても冷静になる二面性にもしたかったのでこのようになりました(ゲームとかだと、犯人は冷静さを失うタイプが多かったので、逆にローテンションのクロにしたかったから)。
 名字については、陽炎(かげろう)という字は使いたかったため、坂をつけてそれっぽくしてみてこの形になりました。名前については、天かけてもらいました。




・プレゼント 
朝衣 式
⇒ジャーナリスト魂
 メモ帳。実はこれで100冊目。朝衣式の人生の一部がココに眠る。ただ、最後の数ページは破られてしまっている。

陽炎坂 天翔
⇒熱血スパイクシューズ(使用済み)
 かなり使い古されたスパイクシューズ。泥が付いていたり、スパイクの針先が少し欠けていたいりするが、まだまだ現役。

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