ダンガンロンパ・リバイバル ~みんなのコロシアイ宿泊研修~ 作:水鳥ばんちょ
【エリア1:炊事場】
朝のアナウンスから時刻は一巡、風にたなびく林の中心にて、俺達は朝食に舌鼓を打つ。
早朝から念入り仕込まれた、偏りの見当たらないバランスと色合いの献立は、目覚めきらない気怠い身体の隅から隅にまで栄養を染み渡らせる。
身体に浸透していくのは、何も美味しさだけでは無い……言うなれば、ありがた味(み)…というか有り難み、である。
以前、生徒間で出た話題の中に、食事の準備を反町と小早川に任せすぎてる、というものがあった。当の本人達は“別に苦では無い”と言うのだが、苦では無くても頼りすぎは不和の素、と沼野が反論した結果、朝、昼、夕の3つの時間帯に予め決めた男女ペアで食事当番をすることになった。まあ、雲居とか雨竜辺りはブースカと文句を垂れていたが…。
しかしこの当番制には致命的な問題があった。…ペアの人選、もう少し言うと…個人の姿勢と料理の腕である。
例えば、俺や水無月が担当したとき……最初はお互いに好きな料理で、味付けもそれぞれの裁量に任せて作ることにしたのだが、結果俺の料理は極端に味が薄い特徴と水無月の極端に味が濃いという、色相環もビックリな味の濃淡が、生徒全員の舌を麻痺させてしまったのだ。中には……味覚障害を訴える者もいた。この場合、ペアの組み合わせが良くなかったと言える。
雨竜と風切が担当したときは、風切が料理を完全にボイコットしたため、雨竜が殆ど全てを担当した。その結果、お皿の上に温められたレトルトカレーのパックがポンと置かれているだけという…何ともさもしい食事風景となってしまった。ちなみに米は無かった。…コレは、個人の姿勢による問題だ。
……1番酷かったの贄波と落合の担当の時だった。落合は風切と同様にサボタージュを決め込み、贄波がワンオペで料理を用意した。しかし、出てきたのは雨竜のような即席食材ではなく……一体どこから拾ってきたのか分からない石ころと雑草のスープだったり…木の皮のステーキだったり…およそ人の食べるものとは思えない…ていうか物理的に消化できない食事が用意してあったのだ。そしてそれを躊躇いなく食べようとする贄波にはもっと戦慄した。勿論全力で引き止めた。そして次の日の小早川の整えられた料理に涙したのは記憶に新しい。
余談だが、当番をほっぽり出した落合の言い訳が“なるようになる…これが僕の生きる道”と開き直ったものだったので…八つ裂きにされていた。
このように様々な問題が随所で見られ、反町の仕事が逆に増えてしまったこともあったが…古家と小早川、ニコラスと長門といったように、上記の3組と比べて月とすっぽんの美味しさを繰り出す担当もあったので、食事当番制が撤廃されることは無かった。しかし…逆にペアの組み合わせに気を遣いすぎてむしろ前より大変なのではないか?と思わないことも無い。
今回のだと…一汁三菜を基調としてはいるが…肉類が一欠片も見当たらない…この特徴から、小早川と沼野が一緒に作ったモノとわかる。…まあつまり、安心して胃に収められる食事、ということだ。…もしかしたら贄波の一件が、俺の中でかなりのトラウマとなっているのかもしれない。
そうやって、当番の試行錯誤の日々を遠い記憶のことのような気持ちで振り返る。しみじみとしながら最後のお椀に残った味噌汁を傾け、喉に流し込む。全てのお椀を空にして、朝のひとときに終わりを迎えようとした…。
「そろそろ、頃合いと見て良いかな?……では、ミス小早川、ミスター忍者の平和的な食事に全霊の感謝を込めつつ…一区切りとしよう。そして…今日の本題に入ろうじゃないか、キミ達」
「とうとう名前で呼ばれなくなってしまったでござるなぁ…拙者」
「は~い!風切さんが~、ご飯に顔を突っ込んだまま寝てま~す。今のところ起きる気配も~ご飯を食べきる気配もありませ~ん」
「器用な寝方なんだよねぇ…箸を持った手が空中で固まったままなんだよねぇ。生きてる?」
「…後でアタシが口に流し込んどくから、放置で大丈夫さね」
「…んん。雰囲気を見ても悪くない流れと見て、話しを進めさせてもらうよ…なんせこのボクが議長なんだからね」
食事のスピードは人それぞれで、まだもごもごと口を動かす生徒もまばらだが、ニコラスは咳払いし話しを進めていく。
「はぁ~めんどくさいよ~。昨日あれだけ調査してもさ~何にも見つからなかった~って感じだったけど~」
「んー。カルタも同じ意見かな?この話し合いって意味あるの?て感じ」
「……見たくない現実を改めて突きつけられるようで、気が引けるでござる」
「まあええやないか。ウチみたいにプールで遊びまくって、情弱に成り果ててもうてる輩もいるみたいやし」
「…アンタと風切は前回の話し合いからちゃんと学習するさね。おい!いつまで寝てるんだい!」
「…zzzzzzzz」
「ダメだこりゃ」
“それに…”と、古家は神妙な面持ちで目を伏せる。
「これは…朝衣さんの最後の意志を尊重してのことだからねぇ…やらないわけにはいかないんだよぇ」
「うむ……“またいつか会議を行いましょう”…と言っていたからなぁ。…貴様らの言い分も分からないわけでは無いが仕方あるまい」
「……朝衣さんのためだったら~、そうだね~~」
「異論は無しと見て良いかな?ミス長門。では…会議を始める前に何か言うことがあれば先に言っておきたまえよ?あぁ!!もちろんこのニコラスバーンシュタインへのファンレターというのであれば随時募集中だよキミぃ」
「…はいです」
「早かったね、ミス雲居。キミがそこまでボクの魅力を高らかに謳いたかったとは以外だが……勿論ボクは色眼鏡をつけず受け入れるつもりさ!」
「ニコラスが会議の舵取りをしているのが納得できないです。ていうか何でリーダー面で会議まとめようとしてるですか。後、反吐が出るほどウザいです」
「なんだそんなことか!ボクが最も頭が良くて、収集をつける天才だからに決まってるじゃないか!キミ!」
「どう見ても収集をつかなくさせる側じゃないですか!己を顧みる才能無しですか!」
「言葉の槍をモノともしない姿勢だけいえば、中々の傑物だと思うけどねぇ」
「ニコラスがアカンっちゅうなら、ウチがやろか?」
「「「「「もっとダメ!!!」」」」」
「…かなわんわー」
「しかしながらミス雲居。このボクで納得できないのであれば…他に誰が適任と思うんだい?」
「う~ん、そうですねぇ……」
ニコラスからの質問への答えを探すように、周りの生徒をグルっと見回す…。……いや、俺を見て止まるな。この色々と濃いメンツをまとめる技量は、俺に無い。
首を小さく左右に振り、無理です、と身を通して伝える。ええ~、と言いたげながっかりした表情の雲居。俺達の反応を見比べながら、ニコラスはふぅ、と鼻息を立てる。
「はは!どうやら答えは見つからなかったみたいだね!それに、これ以上は冗長…今回は観念して、ボクに委ねたまえよキミ」
「………」
「無言の了承を得たという意味で、報告会を始めようじゃないか…」
ニコラスは組み合わせた両手を、トンとテーブルに乗せ、会議を開始する。議題としては、昨日解放されたエリア2の施設について。初めは、エリアの中心に敷かれた畑と水田について…。
「まさか倉庫に納められた品々が、その作物から量産されているとは……奇っ怪な世の中になったでござるなぁ…」
「希望ヶ峰学園が作り上げた深淵のほんの一端…。学園の非現実は、我々にとっての現実にあらず…ということか」
「そのカブを盗もうとしたら~ブザーが鳴って~、悪用出来きないようにしてあるのが幸いだよね~」
「…だけど、あんな気味の悪い代物よく栽培できるねぇ」
「後でモノパンにお聞きしたのですが…相当難しいらしいです。多分、育てることに関して特有の技能がないと無理かと」
「ふーん…………ったら、…きるかも」
「うぉっ!起きていたのか風切ぃ……どうした?何か心当たりでもあるのか?」
「……何でも無い」
次に美術館。1人で探索していた落合は話す気ゼロなので、代わりに小早川と俺が年表や、模型、学園長の写真…個人的意見は除きつつ、簡単に話していく。そして…。
「歴史云々については置いといてや…『モノパンの七つ道具』……けったいなモン用意しよるで」
「…で?使うヤツはいるですか?」
「せやなぁ…実際に使こうたるかは別で……信頼できそうなヤツに借りて貰ろて…厳重に保存しとくっちゅうのはどうや?とりまモノパンゴーグル辺りはウチの預かりっちゅうことで」
「その発言で既に信頼もクソも見当たらないんだよねぇ…」
「…恐らくそれは無理だね。予めモノパンにレンタル期限について問いただしてみたら…1日…期限を過ぎたらモノパンが勝手に回収して、ショーケースに戻してしまうそうだ」
「……怪盗を自称しているんだ。どこにしまっていても見つけ出して、かっさらわれてしまうだろうな…」
「こればっかりは、“使わない”を徹底するの無難さね」
「ふん……無理だとおもうですけどね」
今度はプールについて。この施設は長門や鮫島、水無月がプールの湯加減といったどうでも良い話を交えつつ報告してゆく。加えて、古家の入り口での実体験も同様に。
「プールに入るときは、細心の注意を払わないといけないようだね……特に折木。アンタが1番危なっかしい」
「もう歳なんだから……部屋で大人しくしとこ?」
「俺はまだ17だ………だけど、なるべくプールには近づかない方が良さそうだな」
「それって、最終手段、じゃない、の?」
「蜂に巣にされたくなかったら、仕方ないけどねぇ……嫌だよ?プールに行ったら血だるまになってるの同級生を見るなんてねぇ」
「後は、古家殿の話しに出てきた、周辺の森…このエリアと同じく当たり前に生い茂っていた故、盲点だったでござるなぁ」
「めちゃめちゃ堅い靴があれば自由に歩けそうだけどね!!持ってないけど!」
続いて図書館。こちらは図書委員である雲居が中心に話しを進めていく。
「図書館自体に大きな問題は無いです。問題があるといったヤツはココで首を吊ってもらうです」
「…独裁政権だよ~」
「目が冗談ではないことを物語ってます…」
「……強いて言うなら、蔵書率が高かった、だが……カテゴリーの方向性は、少々殺伐としていたな」
「…そうですね。“猿でもできる人の刺し方”とか、“人体急所マニュアル”とか…素人の私たちに何をさせようとしてるのかまる分かりでしたね」
「嫌に推理小説が多かったのも…モノパンのいらぬ心遣いが感じられるな」
「地味な問題が各所に見られっちゅうわけやな」
最後は温泉について、こちらは沼野と反町。起きている風切は既に聞く体勢を取っていたので、もうしゃべる気は無いらしい。逆に清々しい態度だ。
「こちらも特に無しでござる!一度温泉を利用してみた感想としては、久方ぶりの湯船は最高でござった!以上!」
「良いじゃないか。シャワーだけだと、どーにも身体の疲れが取り切れなくてね、アタシら女子にとっては朗報さね」
「肩の凝り、も、ほぐせるし、ね?」
「ああ~分かります。そうだ!折角ですから皆さんで一緒に――」
「その言葉を待っていたでござる!!企画は無論拙者が!!」
「……やっぱり女子の皆さんだけでいきましょう」
「沼野ぉ…先走りすぎだぁ…」ボソ
「……作戦は失敗みたいやな」ヒソヒソ
「立て直しが必要みたいなんだよねぇ…」ヒソヒソ
沼野と鮫島はともかく、古家に雨竜、お前らもか…!昨日の沼野の話しに乗っかっている男子が予想以上に多かったことに内心驚愕する。…もしかして男子が全員賛同しているとかは、無いよな?
そんな俺を余所に、話し合いは新しい施設の報告から、脱出経路についての話に転換していく。
「…まあこんな感じで、見るも無惨に脱出の糸口は断たれているみたいですね。案の上の結果でしたけど」
「うむぅ……未だ目処は立たず現状維持、か…歯がゆいなぁ…」
「こ、こにきて、一週間も、経っちゃったのに、ね…」
「矢継ぎ早にいろんなことが起きていた故……体感、もっと時間が経っているような気分でござるなあ」
「だけど…これだけ長い期間の失踪……通常であれば捜索願が出て、警察などが助けに来ても可笑しくないんだけどね」
「助け、全然来ませんね…」
「超高校級の生徒がこんなアカンことに巻き込まれるっちゅうのに…えらい事態やで…ホンマ」
「元から不測の事態ですよ、もう2人も死人にが出てるんです……黒幕のやってることは集団誘拐&殺人教唆、大犯罪レベルです」
沼野達の言うとおり、ここに来てから既に7日間も経過している。普通なら、あの希望ヶ峰学園の生徒が集団失踪なんてこと、メディアに取り上げられて世間を大きく騒がせてるはずなのに。未だ、この所在不明な巨大施設のドアを叩く気配は、無い。
そもそも、俺達がこんな事態に巻き込まれていることを、世界は認知しているのだろうか?まさかとは思うが……最悪な話し、世界が俺達の存在が忘れ去っている…なんて、一瞬よぎってしまったが…できれば、考えたく無い話しだ。
「しかしぃ、ここまで音沙汰が無いとなると……黒幕による隠蔽が途轍もない…ということかぁ?」
「あるいは希望ヶ峰学園がグルになって拙者達を試している故、あえて何でも無いと言う風に演じているか…」
「仮にそうだったとして……いきなり学園長がプラカード持って、“はいドッキリで~す”なんて言ってきた日には、どうするのかねぇ?開いた口が塞がらないんだよねぇ…」
「口を開けるだけですませるのかい?アタシだったらそのまま天に召して貰うけどね」
「できれば~、そういう結末は勘弁して欲しいよね~」
この世界に誰も踏む込まない理由として、希望ヶ峰学園と黒幕が繋がっている可能性は……長門の言うとおりあって欲しくは無いな。千歩譲ってこの可能性が真実だったとしても……何故わざわざ俺達を監禁し、そして何故コロシアイを強要するのか……その意図が全く分からなくなってしまう。
すると、沼野がスゥっと、手を上げる。
「…意見を1つ、よろしいでござるか?」
「何かなミスター忍者!もう少しで行き詰まりそうな雰囲気だったから、話しの流れを変えてくれるのは助かるよ!」
「せめて、名前を…!……気を取り直して…脱出ができない、または助けが来ない…と色々話し合いの中で出てきたでござるが…その中でも1つ、雨竜殿の“黒幕による隠蔽が得手である”、という意見を、拙者なりに突き詰めてみたのでござる」
「ほうほう…ということはその証拠の隠滅の得意そうな黒幕とやらに思い当たる節があったり、なかったり?」
「こんなバカでかい大誘拐を実行できるバカに、心当たりがあるんですか?まさか例の“超高校級のテロリスト”とか言わないですよね?」
「いやぁ、それは無いと断言させて貰うよミス雲居。森羅万象形ある全てのものを爆破させるというヤツ特有の手口から見て、全く共通点が見いだせない。それにヤツは既に逮捕され、厳重な監視の下、希望ヶ峰学園にて幽閉されていると聞く。つまり犯行を重ねることは不可能だよ」
「ええええーーー!!あの人希望ヶ峰学園に入学してたのぉ!?信じられない!!」
「知らなかったのでござるか?やり方はどこからどう見てもテロリストのそれでござるが、その特有の部分に“革命家”的な素質を学園が目をつけ、そのまま入学したそうでござる」
「…世界という深淵に、刹那の叫びを響かせる無謀な反逆者……あり方としてはとても僕に似ているね…僕が紡ぐ詩、そして彼が鳴り響かせる慟哭を、いつか混ぜ合わせたいものだ…」
「…是非ともやめて欲しい」
「…だけど、そのテロリストを抜かしたとして…誰がこんな大それた愚挙を犯すさね」
「…………“ジェノサイダー翔”……でござる」
沼野が口にした犯罪者の名前を聞き、空気が少し変わる。生徒全員の中で、聞いたことがある反応をする生徒、そして誰の事なのか首を傾げる生徒の2つに分かれた。俺の場合、前者だ。学園に来る前の下調べの際、そういう名前をメインにしたネットのスレがあったのを見たことがあるからだ。
「…どちらさまですか?とても“くーる”なお名前に聞こえましたが…」
「これをクールと表現する感性は、少しどうかと思うねぇ…」
「ん~何や、風の噂程度にやけど、んな話し聞いたことあるわ…でもそれって確か都市伝説か何かやろ?」
「世間を騒がす連続猟奇殺人事件の犯人…だったかな?本名は不明で、犠牲者は数千人に及ぶと言われている快楽殺人鬼………でも犠牲者の部分は尾ひれがついてるっぽいけど」
鮫島の言うとおり、“ジェノサイダー翔”のことは都市伝説として世間では扱われている。だけど実際に、快楽殺人鬼として名を馳せているのは水無月の話しの通りだ。現に、俺が閲覧していたスレの中に、被害にあったと宣う輩も見られた……まあ釣りの可能性がなくもないんだが…。
「疑っている人間もいるみたいだからあえて言わせて貰うけど……ジェノサイダー翔は実在はする。昔、知り合いの探偵にその手の資料を見せて貰ったことがあるんだよ」
「すごい、知り合いだ、ね?」
「……まあそれを見た上で、言い切るけど…黒幕とは考えられないね」
「えっ、マジでござるか?結構自信あったのでござるが……」
「うん、その資料にはね……被害者と考えられる数十人分の死体の写真が載っていたのだけど…その全てが“男性”だったんだ……」
「男性のみだったってだけで~、何か問題あるの~?」
「良いかい?この誘拐事件はボク達77期生がコロシアイを強要されている。“男女分別無く”、ね?」
「…女性が巻き込まれている時点で、ジェノサイダーのポリシーに反しているってことかい?」
「that's right。その通りだよ、シスター反町。……まあそれを無しにしても、ジェノサイダー翔は見たところ比較的小規模な衝動殺人であることから、関わりは皆無に等しいと思うよ……」
昔見た資料を引用しながら、ニコラスは舌を回していく。その情報の1つ1つに、強い確実性と真剣さを感じるのは、流石に超高校級の探偵を自称するだけはあるといえる。
…この話が本当だとしたら、今回の事件とジェノサイダー翔は、無関係、という結論になる。
「だけどキミ達。そのジェノサイダー翔よりも、もっと有力な犯罪者が居ることを忘れていないかい?……“超高校級の生徒”であるキミ達なら、なおさらね」
「そ、それっ、て…」
「贄波…?」
「ミス贄波も、どうやら同じ人物を思い浮かべているみたいだね。そう、ジェノサイダー翔による連続殺人を含んだ、“3つの未解決事件”の犯人の1人…――――“才能狩り”」
その名前を聞いた瞬間、ジョノサイダー翔の名を聞いたときよりも明らかに、空気がピシリと変わったのが分かった。殆ど全員が、それもあの落合でさえ、表情を鋭くさせている。
「マジなのかねぇ…あんまり聞きたくない名前だったねぇ…あぁくわばらくわばら」
「口にするのも恐ろしいよ~」
「超高校級の生徒達の集団誘拐を企てるような犯罪者……第1に考えるべき黒幕でござったなぁ…」
「“才能狩り”……ですか。あの…何度も申し訳ないのですが…どのようなお方なんでしょうか…?」
「ええ!梓葉ちゃん知らないの!?命知らずすぎだよ!!本当に冗談抜きで!」
「そこまでですか!!……うう、すみません。テレビやラジオといった“めでぃあ”にはあまり縁が無かったもので…」
「とんだ箱入りですね…まあでも、改めてソイツの凄惨さを説明しておくですよ………“才能狩り”、超高校級を名乗る者なら…必ず耳にし、そして恐れる名です」
才能狩り……ジェノサイダー翔と同じように掲示板を見ていたとき、多数のスレがが立てられていた。ジェノサイダー翔は、まだ推理小説的な要素があり、一種のゴシップネタとして扱われていた。だけど――“才能狩り”は別だ。ネタどうこうと言えるものでは無い。
「ほんの数年前に突如現れた犯罪者の名前さ。その名の通り、才能を狩ることを生業としている……その中でも特に、“超高校級”を名乗る才能人の才能を、ね…」
「もっと厳密に言うなら、“希望ヶ峰学園に入学する前の生徒”が中心に狙われているでござる。故に巷では“超高校級狩り”…なんて別名もつけられているでござるな……」
「中身としては別に才能人の命を狙うのでは無く…才能そのものを奪うことに重きを置いている。例えば、超高校級の歌手であれば命であるその喉を破壊し…。サッカー選手であれば、その足を二度と動かせないようにする、挙げるだけでも、数百件にも及ぶ」
「そ、そんな…酷い。それほどまでにたくさん…でも命は奪わないだけ、先ほどのジェノサイダーよりは……」
「それがそうとも言えん……超高校級と呼ばれる生徒の全てが自分自身の才能に人生を捧げている…すなわち才能とは、奴らにとって人生そのもの……その人生を奪われた人間の道先に、輝かしい光が差すことは二度と無い」
「襲われた恐怖心によって引きこもり、二度と家から出てこなくなったり……一生の入院生活を余儀なくされたり……そんな話しを聞くこと数知れずなんだよねぇ」
「最悪……失意の内に“自殺”、なんてことも良く聞くよ…」
「そんなヤツのせいで…昨今の希望ヶ峰学園スカウトに足る超高校級の生徒は激減。年々クラス数も減っていく一方だって言うです」
「…通常希望ヶ峰学園のクラス数は、5、6クラス程度だった…だけど76期生になると4クラス、77期生、つまり俺達の代だと…3クラスに減ったとか…」
「…ここだけの話しだけどねぇ…来年の78期生だと、たったの1クラスしかないとか何とかねぇ」
「……そんなにかい…アタシら良く無事に入学できたねえ」
「この事件に巻き込まれてる時点で、無事とはほど遠いですよ…」
ここまで皆が話したとおり、才能狩りは超高校級の生徒に対して、恐ろしい程の悪意を向けている。ただ才能だけを奪い、才能を失くした生徒は一切干渉しなくなる、才能の無いヤツは生きるも死ぬも勝手にしろと言うように…まさに生殺しの状態だ。
しかし不思議なことに、才能狩りは希望ヶ峰学園に入学した生徒に対しては、何故か狙いを定めない。恐らく希望ヶ峰学園事態が全寮制で有り、一国家並のセキュリティーが高いため手を出しづらいというのが通説だと思うのだが……少数意見の中で、この才能狩りが、希望ヶ峰学園に派遣された試験官であり、1年間才能を無事に守り抜けるのという試験かけられている、なんて噂がささやかれている。だからこそ、スカウトされてから希望ヶ峰学園に入学するまでの期間のことを“希望への0歩目”と呼ばれ、無事に入学できれば0は1に変わり、入学できなければ0は0のまま、とのことだ。
「でも…そこまで大々的に認知されているのなら、何故未解決のままなんですか?」
「才能狩りの手口が……直接的、というよりも間接的に才能を潰していく、そして殆どが事故に見せかけた犯行が多いせいで…犯人の特定の難易度を上昇させているのだ」
「いつぞやかに、超高校級の学生に襲い掛かった犯人が逮捕されて、才能狩りがとうとう捕まったとも考えられたのでござるが……その正体が実は才能狩りの熱狂的な信者だったという事件があったのでござる」
「才能にコンプレックスを持った人を中心にカルト的な人気があるらしくてね?才能狩りに触発されて、ことに及んでしまったり、中には依頼されたから才能を潰した…って人がものすんごい多いっぽいよ?」
「おまけにその犯行を依頼した人がまた誰かに依頼されたと、掘れば掘るほど、紐を解けば解くほど事件は複雑化していき…警察側もキリが無いとお手上げ状態のということだぁ」
「シャーロックホームズで言う、モリアーティ教授のような暗躍ぶりだね!…だけど、その犯行に信念も高潔も、そして面白みも微塵たりとも感じない…あるのは執念という1点のみ」
俺が調べた才能狩りの掲示板にも、才能への憎悪が色濃く反映されており“またあの方がやってくださった”“また1人超高校級の才能が消えくれた”…見ていて寒気が走るほど、悪意が跋扈していた。生きる世界が違う、とはこういうことなのかもしれない…そう思わせるほどだった。
…だけどもし、自分が才能に対して異常な固執があったとしたら……そう思うとどうなっていたのか、もしかしたら、沼野の言う狂信者のように、罪を犯してしまうのかもしれない…。
「…でも何だ、か、陽炎坂くんの、話し、と、よく似てる、ね…?」
「…そうだね…ああとてもよく似ている。…ミス小走にどんな才能があったかわ不明だけど……流れとしては才能狩りと一緒だ」
「じゃ、じゃあ~この事件も~?」
「陽炎坂に執行したオシオキも、ヤツの才能を踏みにじるようなモノだったしなぁ…」
「…有力候補」
「希望ヶ峰学園に入学する前が最も危険な時期だったってのに………まさか入学してからこんな…」
反町の憤りの言葉を最後に、会議の周りに沈黙が走る。何を話して良いのか、何も分からない。そんな生徒達の表情がよく分かる。そんな中、パン!と空気を切り替えるように、ニコラスは立ち上がり、手を叩く。
「別にこの誘拐事件の黒幕が才能狩りと決まったわけではないさ!仮にそうだったとしてもこの超高校級の名探偵であるニコラスバーンシュタインが真実を暴いてみせるとも!!安心したまえよキミ達!」
「その心意気は嬉しいけど…本業はおろそかにするんじゃないよ?」
「むぅぅ、超高校級の名探偵っていうならカルタだって負けないよ!ジョノサイダー翔でも、才能狩りでも、バンバン見つけてやるもん!!」
「水無月、アンタも張り合うんじゃないよ…それにそいつらがバンバン出てきたら、はた迷惑この上ないさね」
「よしっ!!…報告する内容は全員に行き渡り、そして会議も良い感じに蹴りがついたところで……一度解散といこうじゃないか!各自、自由にしてくれたまえ!もし何か発見があったら、このボクに知らせてくれよ?今からボクがこのクラスのリーダーさ!!」
「ちゃんとそういう役職には投票制を設けるべきだと進言するですよリーダー様……まあ、解放してくれるに越したことは無いですけどね」
「いよーーし!!なにしよっかなー!!まずはびゅーんとどこか遠くに走って行こ~!」
「ふぅ~~何か変な力が入って肩凝っちゃったよ~」
「お食事を終えた人はお皿持ってきてくださいね!後片付けは大事ですから!」
「それならアタシも手伝うさね。何か落ち着かないからねえ」
「ではでは拙者らは…」
「会議の延長やな…」
「とにかくまず計画の練り直しなんだよねぇ…」
「そうだなぁ…」
「旅には鞄を1つ、それ以外には何もいらない、勿論計画というやつもね。だけど、時には必要だと求めてみるのも悪くないね」
ニコラスの一声により会議はお開きとなった。そしてそれぞれ、何やら怪しくコソコソしてるヤツらは見られるが…皆思い思いの時間を過ごし始めていく。そんな中で俺は、ニコラスに声を掛けた。さっきの会議で、1つ気になることがあったからだ。
「…なあニコラス」
「ん??どうかしたのかい?ミスター折木」
「さっきの未解決事件についてなんだが……確かお前は“3っつ”って言ってたよな?」
ニコラスは会議の最中に口走った3つの未解決事件…俺が知っていたのは、ジョノサイダー翔と才能狩りの2つまでだった。だけどの最後の1つだけは、今まで生きてきた中で一度たりとも思い当たる節が無く……どうしても気になってしまった。
発言者である本人なら何か知っているのでは無いかと考えたために、こうやってニコラスに話しかけてみたのだ。その小突くような質問に対しニコラスは、一瞬、目を細める。だけど次の瞬間には笑顔を見せる。少し違和感のある反応だったが、どうやら快く教えてくれそうな雰囲気なのは分かった。
「ああ!勿論言ったとも、それがどうかしたのかい?」
「議題に出ていた2つの事件…まではわかっていたんだが……あともう1つについてどうしても気になってな」
「ふむ…答えてあげたいのは山々なんだけど……どうにもね、これはジェノサイダー翔を遙かに上回る都市伝説中の都市伝説なんだ…そういう眉唾な話に詳しい人間から又聞きしたものしかない。つまり信憑性に欠けるのものなんだ」
「…存在が不透明すぎる、ということか?」
「ああ。でも確実にこの日本に蔓延る、最悪の犯罪者の1人…そう考えて差し支えないよ。…うん、ちょっと待ってね、少し考えをまとめるから…いらない情報が錯綜しすぎて、どれが正しいのかボクでも導きづらいんだ」
「そんなに情報があるのか…?」
「……ではミスター折木。キミは……10数年ほど前に、旅客機の事故や、大津波、暴力団グループによる抗争なんかがニュースで頻発していたことを覚えているかい?」
「……いや、ていうか10年前と言ったら、俺が小学校低学年くらいのころだろ?さすがに覚えていない」
「…あーそれもそうだね。じゃあ今言ったような事故が多発していたと言うことを念頭において…実はね…それらの災害、または人災は……人の手によって起こされてるのではないか…とあまりにも突飛な噂が流れているんだよ」
「…何言ってるんだ?殆ど自然現象だろ?人の手でどうにかなる摂理じゃない」
「ああそう思うだろ?キミ…実際、最初に聞いた時のボクも耳を疑ったさ。だけどね……知り合いの刑事からも、似たような話しが…というか、一連の現象を1つの事件であり、コレは何者かの手によるものだと、教えて貰ったのだよ」
「刑事にも知り合いがいたのか…?」
「いつも言っているだろ?ボクは錬金術師であり探偵だと…仕事の傍らに探偵としてのスキルを磨いている途中で、そういった刑事関係者の知り合いができていたんだよ…どうだい?多少は見直してもらえたかな?」
「見直すも何も…お前は元々凄かっただろ…。はぁ…だが何だか、頭の痛くなる話しだな…」
「……ああ、そうだね、そうだったよ。…しかし、この事件ばかりはボクの手に余る、なんせ、相手が自然災害そのものみたいだからね」
「でも、人の手で起こされた痕跡があったから、そんな噂が流れてるんだろ?」
「………残念ながらそれ以上は機密事項だ、と教えてはくれなかったよ…、だけど1つ、その事件の話しをした者達は口を揃えて、黒幕の名をこう呼んでいたよ
――“天災”、とね」
【エリア2:図書館】
「…天災、か」
“ジェノサイダー翔”に、“才能狩り”…そして“天災”…。
『厄災であり、人災であり……天災』
『馬鹿馬鹿しい話しだろ?いるかも分からないナニかに名前をつけるだなんて……まるでその存在を証明しようとしているみたいだ』
報告会の後、ニコラスに好奇心をぶつけてみたまでは良かった…結局、ニコラスからの悪態で話しは終わってしまった。含みのある素振りから、何かまだ隠してそうな印象があったが、聞き出すことは出来なかった。どうにも複雑な気持ちだ。
スッキリとしない気持ちを振り切れないままニコラスと別れた俺は、気晴らしに本でも読もう、と図書館へと移動する。気になるものがあったら、2,3冊拝借していこう…そう気持ちを上塗りしていく。
図書館に入り周りを見回してみる、すると同じような赴きを携える同志が、もう1人。目にとまったのも何かの縁と、話しかけにいってみようと足音近づかせていく。
「相変わらずココに入り浸りみたいだな…雨竜」
「昨日の午後、ずっとここに篭もり切りだった貴様にだけは言われたくないのだがなぁ……しかし、そうだなワタシも似たようなものか…」
なにやら呆れられた風にため息をつかれ、やれやれと首を振る雨竜。
「雲居も言っていたぞ、“超高校級の図書委員である私と背比べをするとは…中々出来ないです”となぁ。ヤツの低い背丈と混同して紛らわしい限りだが、褒め言葉だろう」
「それは…あくまで、小説のみの話しでだけだ。新書だとか、随筆だとかの類いはさっぱりだ。本そのものを愛しているアイツに比べれば、」
「ふん。謙遜か……ワタシという観測者の前からしてみれば、チンケな心遊びだなぁ……落合の言う、たった一度きりの人生だというのに…心へのセーブは己を苦しめるのと変わらんぞ?」
「俺にアドバイスを施してるのは分かるが……大げさな表現がすぎるぞ…」
「だが貴様の小説愛好趣味が雲居に匹敵するのだ、誇るのも一興だと思わないか?…いっそ、小説家にでも目指してみたらどうだ?案外、埋もれすぎた才を掘り起こすきっかけになるやもしれんぞ?」
「…埋もれすぎは余計だ。もっとまともに勧められないのか?」
くっくっく…と何が可笑しいのか顔に手をあてながら不適に笑う雨竜、その様子に、俺は眉を顰めムッとする。…だけど雨竜のアドバイスにも一理ある。謙遜が悪い事だとは思わないが、確かに少し堅くなりすぎな部分が、俺の中で見られるのは分かっていた……いっそニコラスのように自信をひけらかしてみるか?と思ってみたが…いや、あれはやり過ぎだ、もう少し控えめにしよう。と思い直す。
「それにしても、てっきり天文学の本でも読みふけってると思ってたが……昨日に変わらず絵本か」
「…笑うか?」
「いや、そうではないんだが…何度も繰り返し読む物としては、微妙だと思ったからな。その本、昨日も読んでたヤツだろ?」
「ああ同じ本だ………だが、これは読んでいるというよりも、眺めているに近い。何故なら、これは…ワタシが初めて…父に買って貰った本だからだ」
「そうなのか?なら確かに思い出深い一冊だな」
「といっても、小学6年生のときのプレゼントだがな……」
「……12歳児への贈り物のチョイスとしては、少し不思議だな」
「…………その見解は的を射ている。凡庸なる一般家庭の子であれば、ゲーム、ホビー、ぬいぐるみ、その類いが大抵だろう。――しかし…当時のワタシとしては…これほど短く、鼻血を出すほど頭を酷使する必要の無い書物は、革命的なほど新鮮だったらしい」
「お前…どんな生活してたんだ?」
雨竜のことだ、多少大げさに表現している部分はあるだろうが…それを抜きにしても中々闇のありそうなエピソードだ。…言い回しからして、その時は長く、頭をフル回転させるような書物を読んでいた…ということだろうか?それも血を出すほどに。
「……このまま濁らしていくのも、過去に背を向けているようで気に食わんな……昔…と言っても私がまだ二桁にも満たない年の頃、だな…そのときワタシは、天文学ではなく医学を学んでいたのだ」
「医者をめざしてたってことか?……確かに、朝衣の事件のときは嫌に手際が良いというか、様になっていたが…」
「…ふん……子供のころの気の迷いだ。素人に毛が生やした程度にすぎん。すぐに学びは放棄した」
雨竜自身そう言っているが。朝衣の死体を見張っていたニコラスと沼野の2人は、あのときの雨竜の手腕を“玄人の動きだった”と評していた。さっき俺に対して謙遜がすぎると言っていたが…雨竜も人のことを言えないのではないだろうか?
「…どうして。止めてしまったんだ?天文学で大成してるお前に言うのもなんだが…充分素養はあったはずだろ」
「軽々しくそんなことを口にするものではないぞ…折木ぃ。ふぅ……少し話しを変えよう。貴様は“ニュートリノ”という物質を聞いたことはあるか?」
「…名前だけは聞いたことはある…というか見たことがある。トイレに貼ってあった周期表で、ちらっとな」
「…妥当な知識量だ。ニュートリノというのは、イタリア語で電気を帯びていない、小さいと言う意味を持った素粒子の1つだ」
「……素粒子?聞き慣れないな言葉だな」
「そうだな…補足しておこう。素粒子とは物質を構成する最小単位のことだ。人を例に挙げると、人は大ざっぱに見れば細胞の塊だ。細胞は水や二酸化炭素といった分子で構成され、さらに細かくして見ると分子は原子で、原子は原子核で、原子核は陽子と中性子で出来ている」
自分の手のひらを指さしながら、すらすらと、細胞から。粒子の世界まで、丁寧に付け足しをしていく。何だか少し楽しそうに見えるのが、学問に対する愛が感じられた。
「そして、最後に言った陽子と中性子を構成するのが、“素粒子”となるのだ」
「で、素粒子の一種が、ニュートリノ、ということか」
「ああ。ニュートリノには不思議な性質があってな。名前の由来にもなっている、電気を帯びていないという性質だ。電気を帯びていないと言うことは、プラスもマイナス無い…すなわち他の物とくっついたり、反発しない…すなわち他の物質にぶつかっても影響が無い…ということだ。今俺達がココにいる現在でも1秒間に約100兆個のニュートリノが我々の身体を通過している」
「この施設の中に居てもか?」
「どこにいてもだ。その性質から転じて、お化け粒子なんてあだ名もつけられている」
俺の相づちが良い緩急となって、段々と興が乗っているのか、舌を回していく速度は少しずつ増していく。それでも、俺を置いてかないようギアを上げすぎないようにしている。何となく教育者としての素質も感じた。
「そんな幽霊のような物質の検出を専門とする、スーパーカミオカンデという……何千トンという水で満たされたタンクを想像してくれ……それは元々はニュートリノを抽出する装置ではなく、別の目的のための装置だったのだ」
「別の…?」
「その装置の前身…名前はカミオカンデというのだが…それは元々陽子の崩壊、つまり寿命を調べる装置だった……だが1987年2月23日…大マゼラン星雲による超新星爆発の余波が地球に到達した際…カミオカンデ内で十数個ものニュートリノが検出されたのだ」
「えらく具体的な日にちだな…」
「天文学史上でも革命的な日だからな……当然だ。話しを戻そう…その日は、観測できなかった超新星爆発を初めて捉えた瞬間でも有り、カミオカンデがニュートリノ望遠鏡となった瞬間でも有り、ニュートリノ天文学が開拓された瞬間でもあった」
「ニュートリノを中心とした学問の始まりだったんだな」
「この出来事から、1987年にとある日本の天文学者が、ノーベル物理学賞を受賞し…現在では、カミオカンデはスーパーカミオカンデと名前を変え、ニュートリノを検出する装置と成り果てている」
手すりに両手を載せ、上を見上げる。その目線の先には天窓があった。何となく、この話しが終わるを迎えるのだろうと、目で感じる。
「長々講釈を垂れたが…つまりワタシが言いたいのは、必ずしも本来の目的と結果は結びつくものではない…人生もまた然り、ということだ」
悟ったように目を細め、天窓の向こう側、雲一つ無い青い空を射貫く。…その表情からは、悔しさ、むなしさ、嬉しさ、複雑に絡み合った心の機微が見られた。
「…自分の話しばかりに付き合わせてしまってすまなかったなぁ……今度は貴様の話も聞かせろ…そうでなければ割に合わん」
「ああ…言えることは少ないかもしれないが……またいつかな」
“それなら、僥倖だ”そう笑みを浮かべながら、手に持っていた絵本を本棚へしまう。これ以上の長居は無用と白衣のポケットに手を収めながら、雨竜は図書館から姿を消していった。
【エリア2:美術館】
「ふむ…まさかログハウスにあった本に、続編があったとはな…」
『モノパン三世 ~ローマ超特急~』
『モノパン三世 ~アルベルトゥスの城~』
『モノパン三世 ~バビロニア黄金伝説~』
図書館を物色している最中、ふと目についた3冊。俺の部屋に常備されていた『モノパン三世 モノパンVS 人造ヒューマン』の、恐らくだが関連作品。モノパンそのものはアレだが、意外なことに文才がある。もしかしたら名作かもしれない、そう考え、手に取ってみたのだ。
手に持つ3冊がどんな物語なのか、久しぶりにワクワクとした気持ちでエリア2から出ようと考えていた。のだが…古家が美術館へと足を運ぶ姿を見かけた俺は、何となく気になったのと、少ない不安が頭をよぎったため、その後を追いかけた。
しかし、そんな俺の心配は杞憂であったらしく。古家は希望ヶ峰学園の歴史が敷き詰められたショーケースを穴が空くほどに見つめていた。
「よっ、古家」
「ああ折木君。折木君も希望ヶ峰学園の歴史を見に来たのかねぇ?」
「いや、古家が美術館に行く姿を見かけたから……どうせだから世間話でもと思ってな?俺達2人で話すことって、あんまり無かっただろ?」
「ふーん…どーせ『モノパンの7つ道具』を借りようとしてるんじゃないかって心配して、付けてきたんじゃないのかねぇ?」
「……いや、そんな他意は無い。純粋に今の通りだ」
「面白いくらいに気持ちが見え見えすぎなんだよねぇ…」
「……やはり、分かりやすいのか…俺は…」
自分なりにポーカーフェイスを保っていたはずだが…古家の揺さぶりに簡単に釣られ、隠していた気持ちがバレてしまった…。はぁ、と自分に呆れるようため息を吐く。古家もそんな俺を見て、苦笑いを浮かべる。
「ははは、からかって悪かったんだよねぇ…まあ気持ちは分かるし、今言ったことが全部嘘じゃ無いっぽいから別に思い悩む必要は無いんだよねぇ……。アタシはねぇ、報告会の時に、ここで希望ヶ峰学園の歴史が見れるって聞いたからねぇ…いち探求者として見学しに来ただけなんだよねぇ」
「…そうなのか?てっきりオカルト以外に興味が無いと思ってたが」
「いやいや…オカルトは大きく見れば考古学の一部……超自然的なものなのか否か、歴史的モノなのか否か……まあもし幽霊とかその辺り関わってきたら、心理学の一部になるけどねぇ」
「結構複雑な分野なんだな…」
「思った以上にねぇ……」
そう言いながら古家は興味深そうに、ガラスの向こう側を見続ける。すると“あっ”と、何かに気づき、再び俺の方に顔を向け直す。
「そうだったんだよねぇ、折木君あたしと話すためにわざわざ足を運んでくれたんだったねぇ……あー、ええと…時に折木君、あんたってばオカルトについてどれくらい詳しかったりするのかねぇ?」
「……いや、あまりなじみが無いから、まったくだな。たまにテレビで特集されているのを見るくらいだ」
「…まあそんなもんだよねぇ。普通は耳にするだけで、詳しく知ろうとする人なんてほんの一部、それこそあたしみたいな物好きな人くらいなんだよねぇ」
“よしっ!”と古家は何かを思いついたように手を叩く。
「折角だし、オカルト初心者の折木君に、その類いの話しでもしてみようかねぇ」
「おお、興味深いな。だけどあまり専門的な話しは勘弁してくれ、ついて行けなくなるときっと頭から湯気が出る」
「勿論なんだよねぇ…じゃあ~、比較的馴染みやすい“オーパーツ”の話しでもしてみようかねぇ」
「聞いたことがある。確か水晶ドクロや、黄金のシャトルなんかがあったよな」
「映画とかの媒体で出てくる有名どころだねぇ……うん、まずはオーパーツがなんなのかについてだけど…平たく言えば、当時の技術からして、作られたと考えるとすごくね?って代物の総称なんだよねぇ」
「えらくフランクだな……。名前は忘れたが……日本にも何かあったよな?」
「よく知っているねぇ…本当に無知?…うんと、多分『聖徳太子の地球儀』のことだねぇ。西暦606年に聖徳太子が建立したとされる“斑鳩(いかるが)寺”って場所に所蔵されてた一品だねぇ」
「聖徳太子…超能力紛いな力を持ってた歴史上の人物だな」
「まあ実在したかすら怪しい人だけど………ええと、その地球儀はねぇ、建物が建立された飛鳥時代では考えられない内容や技術が盛り込まれていて、当時では知るよしもなかった、地球が球体であること、アジア・アフリカ・アメリカ・南極大陸が描かれていたこと、そして最も面白い、“メガラニカ”っていう新大陸、そして過去に存在していたとされる“ムー大陸”らしいものが描かれていたんだよねぇ」
「過去に存在したかもしれない大陸のことだな。小説でも同じような題材を見たことがある」
「まあ、地球儀自体は、研究が進むにつれて、飛鳥時代じゃなくて、実際は江戸時代に作られたって説が濃厚らしいねぇ。でも制作者は不明だから、未だ謎は解明しきれてない代物だねぇ」
「制作者不明…か。だったら、本物のオーパーツの可能性があるってことか」
“1つだけだと寂しいから、もうちょっと例を挙げていくかねぇ”、古家は楽しげに話しを続けていく。
「あたしから見た見事なオーパーツを紹介するねぇ……1つは1999年にドイツで発見された“ネブラ・ディスク”てのがあってねぇ…これは雨竜君なんかが興味を持ちそうな代物だねぇ」
「ネブラディスク…?名前の時点で雨竜が興味を持ちそうだな」
「人類最古の天文盤って言われてて、見た目は丸い緑色の板なんだけど、表面には太陽、月、星が描かれていたんだよねぇ。用途としては農業の種まきだとか、刈り入れの時期に判断に使われていたんだよねぇ」
「古代人には天気予報士はいなかったから…そういう道具を使っていたんだな…」
「まあ最初の方はねぇ?でも、最終的には祭祀として使われるようになったって話しなんだよねぇ。見た目も綺麗だから、神々しく感じたのかもしれないんだよねぇ」
“他にもあるんだよねぇ”少し興奮したように古家は滑らかに舌を回していく。
「1926年にトルコで発見された“ピリ・レイスの地図”。その名の通り、ピリ・レイスさんが作った地図なんだよねぇ」
「地図か…しかし、地図くらいだった、それこそ星の数ほど残されてそうだがな…」
「この地図はねぇ…有名な航海士だったコロンブスさんが新大陸を発見してから10年後、1513年に作られていて、南北アメリカ大陸の形や、南極を思わせる大陸を不正確ながらも、示されていたんだよねぇ。ちなみに、南極大陸の地形がハッキリしたのは1956年のことだねぇ」
「だいぶ先の未来の発見をしていた、ということか。まるで予言者だな」
「その通りなんだよねぇ。どうして南北アメリカの形や未発見の南極大陸を知ることが出来たのかってかなり騒がれてたほどなんだよねぇ。特に後者。…騒いでた人の中には、ピリ・レイスさんは宇宙から観測して地図を作成したんじゃないか~って言われてたりするねぇ…」
「またぶっ飛んだ仮説だな」
「そこが、学問の面白いところでもあるんだよねぇ。…現在だと南極大陸は、南アメリカ大陸の海岸線を描いた物だったってのが通説らしいねぇ…」
「見間違いだったってことか?」
「それがそうでもないんだよねぇ………古い記述によると、紀元前150年頃には、地球の最南端に未知の国の存在が示されてたり、650年頃には南の海で浮氷を目撃したって伝説もあるから……南極大陸は地図作成時には既に知られていて、過去の資料や伝説を基にして作られたんじゃないかってことも言われてるねぇ」
「過去の記録からピリ・レイスさんは地図を作った、ということか」
「…そう考えると、紀元前にはもっとすんごい地図があったりするかもしれないねぇ」
嬉しそうに、何かを思い浮かべるような表情をする古家。そしてすぐさま“最後に1つ”と人差し指を立て、コレを言いたかったと言わんばかりの頬骨を上げる。
「特に凄いものがあってねぇ…1901年にエーゲ海の沈没船で発見された“アンティキティラ島の機械”なんだよねぇ。これも天文関係の代物だねぇ」
「天文関係が結構あるんだな…」
「その機械は、今から約2100年前に作られていれ、古代ギリシャ人が、天体観測やオリンピックの時期を知るときに使われてたらしいねぇ」
「へぇ~、その時期からオリンピックがあったんだな」
「まあ儀式みたいなものだからねぇ……。機械は、最初発見された時の見た目が、すんごい腐食は進行ししてねぇ、ただ歯車みたいななのがついただけの石版にしか見えなかったんだけど……実際は四角い置時計みたいな形状で、表面には3500単語以上の長い文章が書かれていたんだよねぇ。とある学者に“古代ギリシャの文明が失われる直前、現代の技術に近い所まで発展していたようだ”と言わしめるほど精巧かつ情報に富んだ発掘物だったんだよねぇ」
「学者も舌を巻くほどの代物か…実物を見てみたい気がするな」
「…そんで、そのときついた別名が世界最古の“アナログコンピューター”なんだよねぇ」
「……そのときからコンピューターという技術があったのか。末恐ろしいな」
「あくまで、モノの例えだから、そんなに身構えなくても良いんだよねぇ…」
“コンピューター”という単語にアレルギー反応のように身震いを起こしてしまった俺を、尽かさず古家が宥める。なんだか、段々と精密機械への恐怖心のようなものが増している気がする。
「…まあその機械についてだけど…最近の研究によれば、太陽と月の食や、食が発生した時の月の色とか、当日の天気なんかも予測できることがわかってるんだよねぇ」
「かなり万能な機械だったんだな。それを手元に置かれたらまともに扱える気がしないな…」
「それは多分万人がそんな気持ちだと思うねぇ……多分これが最もオーパーツとして、偉大…じゃなかった、不可思議な代物だとおもうねぇ………まああくまで…資料を見ての、言うなれば人伝の情報だから、あたしが断言するわけにはいかないんだよねぇ」
話し終えた古家は、ふぅ、と一息。さすがにしゃべりすぎたのか、“あー、ちょっと喉が渇いたんだよねぇ”…と口を開ける。
「……それにしても、本当に豊富な知識だな」
「…小学生とか中学生の頃にそういう資料をしこたま読みあさってたからねぇ…そらでならこれくらい話せるんだよねぇ……おかげで碌な学生生活じゃ無かったけどねぇ…」
「…何か嫌なことでもあったのか?」
「ここからはプライバシーの問題だから黙秘させてもらうんだよねぇ……お話はここまでなんだよねぇ。でも…久しぶりにオカルティックな話しが出来てよかったんだよねぇ」
「何処かに行くのか?」
「…やることもなくなっちゃったし、部屋に帰って寝るんだよねぇ。まあ多分、鮫島君にたたき起こされることになると思うけどねぇ」
一息から一転、ため息を吐き出す。やっぱり、古家は苦労人気質だな。前の裁判でも、人一倍疲れているように見えたし。
俺は苦い顔をしながら、哀愁漂う古家の背中を見送った。
【エリア1:炊事場】
「……予想通り、かなり面白かったな」
古家と別れてしばらく。昼下がりの太陽の下の炊事場で、俺は読書を嗜む。図書館から拝借したモノパン著の作品…その中でも『アルベルトゥスの城』が特に面白かった。冒頭の激しいカーチェイス、アルベルトゥス城への侵入、モノパンとの小さな少女との恋模様…どれも俺の感情を揺さぶるほどに、情緒的なドラマが詰め込まれていた。俺が読んできた中でも、間違いなく30本の指に入る名著だ。……あんまり凄い感じがしないな。ていうか俺何本指があるんだ。
「こ~~う~~へ~~い~~く~~~~ん!!!」
俺が心の中で品評会を開いていると、背後に強い衝撃が走る。声と、その押しの強いキャラクター性から水無月とすぐに分かった。
「ひまだよーーひまだよーーー。何かしよーーーー」
子犬のように強めのじゃれつきをかまし、さらに首に手を回してぐらぐらと俺を揺さぶる。以外にも力があるため、その震度かなりのものだ。正直ちょっと酔ってきた。
「ねー公平くーん。絶望的にやることがないからさ~、一緒に暇つぶししてよ~~」
「み、水無月…おち、落ち着け。まず、ゆ、ゆらすのを止めてくれ……」
話しだけは聞いてくれたのか、水無月は首元から離れ、俺の正面に移動する……駄々は継続しており、“ね~ね~”と言いながらゴロゴロと机の上で身体を転がりだす。その様を見せつけられた俺は、何となく構って貰いたい猫を幻視する。多分嫌だと言っても無理矢理付き合わせられるのは明白であるため、読み終えた本を置き、何をして時間を潰そうかと思案する。
「そうだな……じゃあボードゲームでもしてみるか。確か、倉庫の中にいくつか種類があったよな」
「二人でやるってなると、人生ゲームとか?」
「2人でやるには空しくないか…?…チェスでも良いんだぞ?」
「ええー、チェスだと圧倒的すぎて面白み無いよ。うう~ん……そうだ!将棋やろ将棋!勿論、飛車角落ちね!」
「分かってはいたが…驚くほど手加減されてるな………」
「えぇ!じゃあハンデ無しにしとく?公平くん将棋初めてかと思ったから一応つけてみたんだけど…」
「からっきしってわけじゃない…姉さんと何度も対局したことはある」
「ちなみに戦績は?」
「76戦中……0勝76敗」
「…首元に噛みつけてもないね」
「いや……これでも姉さんの顔を引きつらせるぐらいには追い詰めたことはある」
「それ多分弱すぎて苦笑いしてただけだよ……とりあえず、角落ちにしておくね」
言ってみて思ったが…確かに、よくよく考えてみれば、俺って明らかに弱いな。普通に正々堂々水無月と対局しても、勝てる兆しすら拝めないだろう。だけど、こういう勝負事に関して、水無月の発言には中々にトゲがあるな…。
俺は提案の通り、倉庫から将棋盤と駒をワンセット持ち出し、机の上に置いていく。“それじゃあ並べていこっか!”と、ジャラジャラと音を立てながら、水無月と共に盤上へ駒を置いていく。全ての準備を整え終えた俺達は、互いにお辞儀をし、対局を開始する。先手は俺だ。
それからしばらく、炊事場内にはパチ、パチ、と駒をたたき合う音だけが響く。
(……強すぎないか?)
角落ちというハンデがあったはずなのに…それをモノともしない水無月の圧倒的戦略と棋力に、俺は次第に、そして確実に追い詰められていく。強い打ち手であれば、初心者に対し自然と手加減してしまうものだと思っていたが…水無月の場合はそんな油断は一切無く、たとえ相手が弱かろうが強かろうが、決して油断せず念入りに勝ちを目指す。そんなたゆまぬ意志がひしひしと伝わってくる。
「……なあ、水無月」
「ん~?何かな公平くん」
「1つ、気になったことがあるんだが……水無月ってどれ位、チェスが強いんだ?」
不利な戦況にずぶずぶとはまっていく中、俺は徐に、世間話を1つ。…別に会話を促して水無月のミスを誘おうとか、そうゆう卑怯な考えは無く、ただ単純に気になったのだ。対局数だけは初心者に毛が生えた程度の俺でも、将棋がめちゃくちゃ強いとわかる水無月が……本業であるチェスならば、具体的にどれほど強いのか……。
“どれくらいかー”と、何か考えるような間をおきつつ、またパチリと駒を進めていく。…ちなみに、今のはかるく致命的な一手である。
「チェスにはレーティングってのがあってぇ。その数値がカルタたちプレイヤーの実力を示してくれるんだよね。だから、そのレーティングの数値が高ければ高いほどチェスが強いってことになるんだ」
「じゃあその“レーティング”っていうのはどうすれば上がるんだ?」
「単純に勝てば良いんだよ。勝てば勝つほどレーティングは上昇していくの」
俺は水無月の一言一言に耳を傾けながら、苦し紛れの一手を打っていく。
「具体的な強さをに値で示してくと……800~1200が初心者、1201~1700が中級者、1701~2000が上級者、2001~2300が超上級者、2301~2400がセミプロ、2401~2499がIM(インターナショナルマスター)、2500~がGM(グランドマスター)、2700~がSGM(スーパーグランドマスター)、2800~だと世界トップレベルってことになるんだ」
「ふむ…結構細かく分けられてるんだな」
「そう。で、そのレーティングを順位付けしたのがランキングって言って、世界の名だたるチェスプレイヤーが、しのぎを競い合ってるってわけ」
口調はいつも通り軽いのだが…決して盤面から目を離さず、上から見下ろし続けながら、対局に集中する姿は、何となくシュールだ。会話をしているようで、会話をしていないような複雑な気持ちになる。
「…そういえば、日本の棋士にも、チェスが強い人が居たな…そういう人もランキングに載ってたりするのか?」
「あ~そうだね。日本で1番強い将棋の棋士さんもランキングに参加してるよ。動かせる駒の数も、ルールも違うのに、ものすんごく強かったっていんだから、すごいよね」
“でもね…”少し声色を落しながら、自分の言葉に反していく。
「そんな強い人達を含めても、日本人だと世界ランクは最高で2400なんぼ、つまりIM(インターナショナルマスター)が限界で、世界規模で見てみてもランキング外なんだ。…まあ日系人まで範囲を広げると、ベスト10どころか1位になっている人も居るけど……」
「純粋な日本人は居ないってことか……でも」
「そう!この水無月カルタちゃんは日本人で初のベスト10プレイヤーなのです!最高で3位!」
「胸を張るに足る成績だな…」
実際には胸は張っておらず、この会話の中でも水無月は盤面から目を話さず、瞳の中には駒の姿しか写っていないという体勢なのだが…。しかし、これだけの会話をしていながらも、そりゃあ将棋も強いよな……と1人苦々しく納得する。
そんな何気ない会話をしてからさらに数十分…
「うん!王手!!これで5連勝だね!ありがとうございました!!」
「ありがとうございました………くそ、すくう足下が一向に見えん…」
またまた完勝しましたと、椅子の上に立ち、今度は正しく胸をはる水無月。それに対して俺は、机に顔を打ち付け、うなだれている。水無月との対局を繰り返していく内に、少しずつは上達している手応えは感じていたのだが、まったく勝てる気配すら見えてこない。
途中から、最初に提案したとおり、飛車角落ちでやってみても、難なくねじ伏せられる。目の前にいる小柄な少女が空の彼方の存在であるということが改めて認識させられる。
「公平くんとやると面白いな~~本当に手に取るように考えが分かるもん……あれだねババ抜きでものすごく顔に出ちゃうような感じ」
「……そこまで表情豊かではないと思うんだが」
「…確かに乏しいっちゃ乏しいけど、よくよく見れば可愛らしく表情が微妙に変わっていたり、見るからに焦った雰囲気になったり…って、そんな小さな変化の積み重ねがわかりやすさに繋がってるんだよ」
“要は真面目に嘘が下手なタイプってことだね”とハッキリと総評をされ、俺はさらにうなだれる。……自分のことは自分で客観視できないとは聞くが、知らない仲では無い水無月にここまで客観的に分析されるとは……無愛想ながらも顔に赤みを帯びるのが分かる。さらに両肘をつけながらニコニコと水無月は俺に微笑みかけることも重なって、なおさら恥ずかしさが増す。俺は、その気持ちを振り払うように、別の話題を口にする。
「それにしても水無月がここまで将棋が強いとは思わなかったよ…お前も棋士からチェスプレイヤーに転向したクチか?」
「そうだよ!!ふふふ~小学生の頃は将棋界でブイブイ言わせてたんだ~」
「……成程、道理で。将棋を始めたのも、興味本位でか?」
「近いね。パパが棋士だったから、憧れてやってみようってなって。知ってる?水無月 竹斗(みなづき たけと)っていうプロ棋士」
「……えっ…あの厳格を絵に描いたような人がお前の父親だったのか」
「そうだよ~。カルタの将棋の……師匠、なのかな?」
「ここまで言って疑問形なのか……だけどそう考えると、打ち方が微妙に似てる気がするな」
「…………そう思ってくれるの?」
「ハンディキャップをものともしない、手加減無しの攻守そろった打ち筋……テレビで見たのとよく似ていたよ…」
「ふーん、そっかー……」
一応褒めたつもりだったのだが、いまいち反応が悪い。憧れの棋士に近づいているというのは……水無月的に嬉しくないことだったのだろうか?
「だけど、結局水無月は戦場をチェスに変えているんだよな……やっぱり竹斗さんもチェスをやってたから、その影響か?」
「ううん、パパは将棋一筋。チェスなんてまっぴら御免だっていう、根っからの将棋星人だよ」
「確かに、竹斗さんがチェスをやっている姿は想像できないな……てことは、水無月。お前のチェス技術って…」
「うん!独学だよ!」
「……」
誰も師事せずに世界まで上り詰めたということか……予想以上に恐ろしい才能だな…。きっと俺の想像を超えた死に物狂いの努力と苦難があったのだろう。…いや、その死を何とも思わなかったからこそ、超高校級とも言える…のか?
「………でもどんなに頑張っても…お姉ちゃんには敵わないんだけどね」
ぼそりと、今までの水無月からは考えられない暗い淀んだ、小さな声。それに反応した俺は、すぐさま水無月に目を向ける。
彼女の瞳が目に入った。先ほどまでの盤面の駒が映り込むほどの輝きはそこには無く、何も写らない、深淵にまで沈みこんだ“何も無い”瞳…俺はその様子に異様な恐ろしさを覚える。水無月は俺の視線に気づかず、腰に携えられた、紫髪の子供人形を握る手に力がこめ震えていた。
何か、何か言わなければ…
何か言葉を吐かなければ、深淵に引き込まれそうな気がしたから。だけど、何故か固まったように口が動かない。
「さっ、夕ごはんの時間だね!今日はカルタと公平くんが当番だよ!前の反省を活かして、味の案配に気をつけながら作ろうね!」
刹那の闇のようなナニかを見せつけられ、一瞬の葛藤を演じていた俺を気にも留めず、水無月は持ち前の明るさで声と瞳に光りが灯す。そのまま“張り切って行こーー!”とそそくさ食材を取りに行ってしまう。水無月の切り替えの速さに対応しきれなかった俺は、“あ、ああ”と、微妙な返事をしてしまったが、内心いつも通りの彼女に戻ってくれたようで俺は一息、ホッとする。だけど同時に、得体の知れない違和感を感じるようになった。
今まで、安心感を得ていたはずの水無月の前向きさ、そして笑顔。
今だけは、その明るさ全てを“作り物”のように感じてしまった。
【モノパン劇場】
「“トラウマ”…ミナサマは、この言葉の語源を知っていますカ?」
「元々トラウマという言葉はギリシャ語で“傷”という意味があり、それ以外の意味はありませんでしタ」
「しかし1917年、とある精神医学者によって“トラウマ”に、『精神的な傷』という意味を付け加えられたのでス」
「語源を調べてみると何だか、この“トラウマ”という言葉の成り立ちこそが、心の傷が発生していく過程によく似ているように思えまス」
「元々はただの傷でしかなかったのに…深く深く傷は深まっていくうちに、やがてそれは心にまで及んでいき、“精神的な傷”として永劫に残ってしまウ……」
「今も昔も、その過程に差異は無イ」
「今この世界に存在し続けるキミタチも同じ…」
「だからこそ、少しずつ、少しずつ、ワタクシはキミタチの小さな傷は深くしていく…」
「何故そんな悪趣味なことをするのかっテ?」
「それは勿論……トラウマを刻み込むことこそが……ワタクシのやるべきことだからでス」
『生き残りメンバー:残り14人』
【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)
【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)
【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)
【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)
【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)
【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)
【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)
【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)
【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)
【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)
【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)
【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)
【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)
【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)
『死亡者:計2人』
【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)
【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)
どうもこんにちは。水鳥ばんちょです。めちゃめちゃ独自設定出てきました。でも、超高校級の生徒が減っているとかはアニメで明かされてる本設定です。
【コラム】
○希望ヶ峰学園入学時の学年
※ 希望ヶ峰学園は完全スカウト制(学年問わず)を取っているため、生徒の年齢はバラバラである
【3年)
沼野 浮草
雨竜 狂四郎
反町 素直
【2年)
折木 公平
鮫島 丈ノ介
古家 新坐ヱ門
落合 隼人
ニコラス・バーンシュタイン
水無月 カルタ
長門 凛音
贄波 司
朝衣 式
【1年)
小早川 梓葉
風切 柊子
陽炎坂 天翔