ダンガンロンパ・リバイバル ~みんなのコロシアイ宿泊研修~   作:水鳥ばんちょ

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Chapter2 -(非)日常編- 9日目

【エリア1:折木公平の部屋】

 

 

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

 

『ミナサマ!おはようございまス!!朝7時となりましタ。起床時間をお知らせさせていただきまス!それでは今日も、元気で健やかな1日送りましょウ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――今日は少し、天気の良くない日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 貫くような朝のチャイムに現実へと引き戻された俺は…ふと、そう感じた。

 

 

 ベッドから立ち上がり…寝ぼけ頭に水をかけ、身なりを整え、ドアを開き…そしてすぐ、空を見た。

 

 

 思った通り、空は灰色の雲に厚く覆われていた。

 

 今にも降り出してきそうなほど、怪しい天気だった。

 

 

 

 同時に思った。――“最初の殺人”が行われた日も、同じように天気が悪かった、…と。

 

 

 

 

 そのときは雨も降っていた。陽炎坂が殺人を犯し、クロとなったあの日も……ゴゥゴゥと音を立て、風と共に雨が吹き荒れていた。

 

 

 

 

 

 だからこそ…今日という1日に、言い様もない不安が頭の中心を渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

【エリア1:炊事場】

 

 

「おはよう…」

 

「おっはよー公平くん!加えてもう一度、元気な声で!!おっはよおおおおおおお!!!!」

 

「朝から騒々しいぞ水無月ぃ!ワタシの頭をベータ崩壊させるつもりかぁ!!」

 

「アンタの方がうるさいし!!意味分かんないんだよ!!」

 

 

 コーンと、水無月へと怒りを向ける雨竜の頭を反町のフライパンがとらえた。かなりの背の差がありながら、見事に後頭部をクリーンヒットさせていた。何とも痛そうであり、実際雨竜は頭を抑えて呻いている。恨むなら水無月を恨めよ、雨竜。

 

 

 ――まあこんな感じで…炊事場に来て早々…、そんなコントのような光景が俺を迎えた。間抜けながらも微笑ましい、見慣れた茶番劇。

 

 

 ――だけど…その姿を見ても、渦巻く嫌な予感は拭えない。むしろ……ここに来たことで、その不安感は増しているような気さえした。

 

 

 

「それにしても…朝から優れない天気ですね……何だか、胸が詰まるような、嫌な息苦しさを感じてしまいます」

 

「わかるな~。息が出来ないって怖いよね~。潜りすぎたときとか~特にね~」

 

「私の話したい焦点と…明らかにズレている様な気がします…」

 

「……降りそうで降らない。こんな煮え切らない天気は特に嫌いでござる……曇るなら、雨なり、槍なり、何かしら降ってくるべきでござる」

 

「この心は人だからこそ持てる感情だ…消し去ることのできない、永遠の足かせ。そして僕は、その人としての淀みさえも、詞として紡ぐのさ」

 

 

 心なしか、他の皆も俺と同じような面持ちのようで、背筋を伸ばしきれないような気持ち悪さを吐露していく。…その複雑な雰囲気が、ますます俺の心を縛り上げていく。

 

 

 “今、皆は何を考えているのだろう?”

 

 

 まだ何も起きてすらいないのに……ふとそう考えてしまったのは、学級裁判があった日に、嫌という程体感してきた疑心暗鬼の探り合いを思い出してしまったから。気が狂ってしまいそうな、命をかけた疑いあいを思い出してしまったから。

 

 想像以上に、あの日の出来事は強く、深く、脳裏に刻みつけられているのかもしれない。情けなく涙を流して、全てを洗い落としたつもりだったが…だけど、刻み込まれたトラウマの延長線上に俺はまだ立ち尽くしているのかもしれない。自然と…顔の険しさは増していった。

 

 

「やややや?公平くんちょっとまぶたが重そうだね…昨日は何かお楽しみなことでもあったのかな~?」

 

「睡眠を取り切れていないように焦点の合わない瞳…そして、筋肉痛と思わしき痛みに耐え続ける膝………何かがあったのは間違いない……その何かを、具体的に示唆するなら――」

 

「素直ちゃんとの猛省会!!」

 

「「推理は繋がった!」」

 

「…お前らどこでそのコンビネーション鍛えた…」

 

 

 ビシッと人差し指を立て、シンメトリーになるようポーズを決めた二人組。腹の立つくらい、息の合ったシメである。唯一欠点を挙げるとするなら……その身長差から分かるとおり、ものすごく凹凸が目立っているという点だけ。

 

 そして2人の確信を得た表情……というよりも既に答えを分かった上で、そんな顔をして、俺をイジってきているのだろう……。

 コイツらが口にしていた猛省会もとい、“反町流のお祈り”にコイツらも立ち会っていたからな……揺さぶるネタを得たと不敵な笑みを浮かべながら。

 

 

 俺は、悔やむように昨晩の出来事を思い出す。

 

 

 欲望の赴くまま行動した結果、因果応報と言わんばかりに女子全員から罰を受けた…地獄のような黒歴史。その所為で、昨晩は床につく時間が遅くなり、果てには足は筋肉痛という後遺症が発生した。

 まあ、自業自得なのは変わりないのではあるが……俺以外の反省を促された連中はケロッとしてるのに、俺と雨竜だけ妙に身体を怠くしていることが、納得できない。顔には出さないが…心の中でそう愚痴る。

 

 

 話を戻して…昨夜の悪夢のような出来事を引き合いに出され、何も言い返せない俺は……はぁ、と息をつく。見たところだが…女子全員、特に尾を引いている様子が無い事が、幸運であった…。本当に申し訳ない気持ちがいっぱいである。

 

 

 ――しかし考えてみると……この疲弊した身体こそが、今朝から不安を募らせ、取り憑かれたように俺を神経質にさせている原因なのではないか?人は疲れが溜まりすぎていると、下向きな思考へと偏っていくものだ…。現に今の俺は、自分自身で自覚できるほど、絶賛不調気味である。

 

 

 “そうだ、きっと少し疲れているだけだ” 

 

 

 水無月とニコラスの言葉から、そんな言い訳じみた答えへと思い至る。いや、至ってしまった。

 

 疑いを今すぐにでも捨てたかった俺は、抱えていた疑惑の心に無理矢理終止符をうち、何事もないように、向き合わないように…“今日は何も起こったりしない”…心で何度も念じながら、席へとついてく。

 

 

 

 ――しかし

 

 

 

「はぁーい!!キミタチ、お久しぶりでース!!!元気にしていましたカ?元気にしていましたよネ?ワタクシは勿論!誰よりも楽しんで従事していましたとモ…まあ誰かに従っていたわけではないんですけどネ~~!!強いて言うならワタクシ自身に従事していたと言えますネ!!」

 

 

 ――唐突に、その不穏な予感が目の前に姿を現した。

 

 

 耳をガンガンと打ち鳴らす、役者のように響く声。久しぶりも何も、毎日嫌という程突き合わせた、聞き飽きるほどの声…。その見た目も、声もけたたましい存在へ、驚かないながらも、お決まりのように表情を歪ませる。

 

 

「出たぁ!!なんかデジャブ!!」

 

「相変わらず何も無いところから出るの好きだねぇ……」

 

「同じようなことを繰り返しよって……おじいも言うっとったで、天丼のやりすぎは芸が無いって」

 

「いいえー前より早めに登場しましたヨ?お食事の最中だと怒られてしまったので…今度は天丼が出てくる前にやって来てみましタ~!どうですカ?どうですカ?気遣うワタクシ、紳士ですよネ?反省を活かしているワタクシ、天才ですよネ?」

 

「食べ物の方の天丼じゃなくて…登場の仕方そのものを鮫島君は言ってた気がするんだけどねぇ……」

 

「せめて食卓の上から登場するのは…勘弁して欲しいのですが……少々お行儀が良くないというか…紳士様なら最低限の“まなー”を身につけて欲しいな、とか…」

 

「見苦しいねモノパン。紳士とは他人に同意を求める物では無く……自分自身に問いかけ、そして磨き上げていくモノなのさ。あまり軽んじた態度でそこら辺を歩き回って貰っては、我々の品位が疑われる」

 

「…もう紳士が概念と化してるさね」

 

 

 ニコラス達から口々に非難されながらも…“ええ?何て言いましたか?”と、耳鼻科を薦めたくなるような難聴で挑発してくるモノパン。腰を曲げてニヤニヤとのぞき込んでくるその姿が、腹立たしさをさらに助長させていく。

 

 

 そんな苛立たしさを累乗させるような態度の連続に…俺は既視感を覚えた。具体的には二度ほど…経験したことがある動作だと、考えついてしまった。

 

 

 一度目は初日、コロシアイを言い渡された日。そして、2度目は――最初の動機が発表された日。俺はほんの一瞬、しまい込んでいた不安が、再び顔を出してきている事を感じた。

 

 

「今まで大人しくしかったから、そのまま永遠に眠りについてるものと思ってたですけど……あんたは細々と店の従業員しながら、社会に貢献してる姿がお似合いなんですよ…シャバに出てくるなです」

 

「……自分の古巣に戻って私たちに幸福を享受させて」

 

「むむむ…色々と好き放題言われていますシ、堂々とワタクシに家事を丸投げ宣言するとは……規則を破らなければ手を出せないことを良いことに、ベタベタに舐め切っていますネ」

 

 

 モノパンはあきれ果てたと言わんばかりに、どこから何処までなのか分からない首を振る。その一挙一動、一言一句にさえ、俺は不安を募らせ、胸の内で倍々に広がっていく。 

 

 

 「しかし…今までキミタチが享受してきたのは、いわゆる偽りの安寧。この程度の脆さ100%の平和など…一瞬で絶望へとひっくり返せる。俗に言う、赤子の手をひねるようなものでス。そしてその反転する瞬間こそ…絶望というのはより映えル。想像するだけでゾクゾクしますヨ………今日ワタクシの手によって、その絶望をより最大限に、いやむしろ限界点を突破させる程、逆転させてしまうのですかラ!」

 

 

 顔の険しさが、さらにこわばっていくのを感じた。俺だけじゃ無い、他の皆も、それぞれの反応が目に見えた。俺のように顔を引き締める者や、怯える者、無表情を貫く者…その変化は様々であった。

 

 だけど共通して、不穏な空気を感じ取っていることは、顔を見なくとも理解することができた。

 

 

「そう!!!待っていましタ、持ってきましタ、動機発表のお時間で~~~ス!!!ヒューパフパフ!!盛り上がってきましたワ~!!」

 

 

 当たって欲しいとは、微塵たりとも思っていなかった。だけど、朝から感じていた不安は、的中してしまった。

 

 動機発表――最初の事件のきっかけとなってしまった、悲劇の始まり。

 

 

「あれあれ?なんでそんなに怖ーいお顔を為さっているのですカ?楽しい、楽しい動機発表のお時間だというのに……ノリが悪いですねぇ…もっと嬉しさにむせび泣けば宜しいの二…」

 

「貴様の物差しで我々を測るなぁ!!何が楽しくて、そのような発表に喜ばなければならんのだぁ!!」

 

「もう、二度、と…あんな、事件、繰り返したり、しな、い!」

 

「…でも、結局脱出するためには…この中の“誰か”を殺さなければならないんでス……そのためのマーダーライセンス…“それだったら殺して仕方ないなぁ”なんて言える理由を持てる大事な機会なんでス……肩の力を抜いて、ふわっとした気持ちで聞いて……そしてぇ、レッツコロシアイ!!」

 

 

 命の重さを軽視しきった一言一句に、俺達は怯えにも似た感情を共有する。しかし、そんな中で“はっ!!”と空気を変えるような、誰かの勇ましい声を張り上がった。

 

 

「…ばっちこいやで。出すもんだして、さっさと出て行けや。ウチらに出来ることは、動機を手に取っても、ノータッチのままお空を眺めるだけや」

 

「写真とか、データとか、物理的品物なんて見ずに捨てるだけで良いんですからね。コロシアイを起こそうと嗜好を凝らしても無意味なんですよ」

 

「用意した動機程度で揺らぐような覚悟は決まってないさね!」

 

「ええ!ええ!負けたりしません!!屈したりしません!!全力で抗って見せますとも!!」

 

「そうなんだよねぇ!!ぜ、ぜ、全然、怖くなんてないんだよねぇ…ふぅーふぅー」

 

「古家く~ん、それは警戒のしすぎだよ~、落ち着いて~」

 

 

 俺達は果敢にモノパンへと食ってかかった。ほぼ全員からの声に、コロシアイを繰り返さないという意志、そして頼もしさを感じる。

 しかしそんな俺達の反応に、モノパンは“えぇ?”と首を傾げた。

 

 

「えっ?何で動機は手の取れるようなものとか、て決めつけちゃっているんですカ?今回は全然、そんな“物”では無いんですよ…?」

 

「それは……どういうことだい?キミ」

 

「意味が分からないんだよねぇ!!」

 

 

 予想外の反応に、俺達の間に動揺が走った。“物じゃない…何か”不気味なその言葉。そしてギザギザに歯を生えそろえた口から、次に何が飛び出してくるのか……待ち受けるだけでも、心の安定がぐらぐらと崩れかけ、今にも押しつぶされそうになる。

 

 

 

「今回の動機は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ――この施設からの『強制退去』となりまス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “えっ?”と漏れるの、誰かの声が聞こえた。

 

 少なくとも俺ではない、そんな声も出せないほど、驚きで固まってしまっていたから。目を開き、口を開けて呆けている事に気づかないほど、硬直していたから。

 

 それでもモノパンは、周りで起きている状況などお構いなしに言葉を続けていく。

 

 

「購買部の店員、施設の清掃員、畑の草むしり、その他諸々……頑張れど頑張れど、ワタクシの毎日はツマラナイまま変わらない。ワタクシの影ながらの努力にも全く感謝の気持ちも示されない……果てには、当たり前のようにそれを求められ、甘い蜜を運ぶように強制される……」

 

 

 “疲れました、疲れ果ててしまいました”モノパンはうんざりとしたように、大きく息を吐き、その心中を口にしていく。対して、未だ混乱の渦中を抜け出せずにいる俺は、立ち尽くし、モノパンの口にする『強制退去』の言葉を頭の中で反響させ、意味を理解するため躍起になっていた。

 

 

「もう何もかもどうでも良くなってしまったので、キミタチにはこの施設を出て行ってもらいまス。そして二度とこの施設の敷居を跨がないで下さイ」

 

 

 断固とした意志を持って、モノパンは宣言した。“この施設から出て行け”…と。不穏な空気で彩られた俺達は、困惑へと色を変え、先ほどとは別の意味でモノパンに食いかかる。

 

 

「そ、それのどこが動機ですか!あんたの気分で出て行けとか……いや、嬉しいのは嬉しいですけど、正直意味分かんないですよ!!」

 

「ボク達にコロシアイをさせ、そして絶望させることこそがキミの本懐だったはず……だのに、そのボクらをここから閉め出そうとする矛盾した暴挙……どういった心境の変化があったんだい?」

 

「ええ~べぇつに~、ただもうやる気も何もかもどっかに無くしてしまったので、いっそもうゼロにして、イチからやり直そうかな~みたいな気持ちになっただけですヨ?他意なんて有りはしませン」

 

「ふっ……誤魔化さなくても結構だよ。下手に言い繕わなくても…キミの頭の中は、ボク達をコロシアイさせる構想、策略で溢れかえってる…お見通しなのだよ。…さぁ、真実を話してみたらどうだい?」

 

「そちらこそ、ヘタな勘ぐりこそが真実を霞ませているのに…何故気づかないんですカ?ミスターニコラス。そうやってワタクシの全てを知ったかぶって……それはあくまで“つもり”なだけで、知り得た訳では無いんですヨ。まったく探偵という輩は、ただ謎を追究するだけで、人、いやパンダの心を理解しようともしないデ……本当に非人道的人種でス。余計なことは考えず、黙ってここから出て行けば良いものノ…」

 

「で、でも…いきなり、そんなこと言われてもねぇ」

 

「全然受け止めきれないよ~、頭ぐちゃぐちゃで、何をしたら良いのか分かんないよ~」

 

 

 モノパンは揺るがない意志を持って、“強制退去”の四文字を俺達に押しつける。上手く言葉にできずに狼狽える俺達や、言葉で真意を探ろうとするニコラスに向けて、さらにモノパンは面倒くさそうに、ため息を漏らし、続けた。

 

 

「退去時間は明日の朝7時。朝のチャイムと同時に、広場へと集合してくださイ。時間厳守ですので、間違っても寝坊なんて協調性の欠片も無いことは為さらないでくださいネ?」

 

「7時……って、あと23時間しか無いではないかぁ!!」

 

「本がたったの23冊しか読めないじゃないですか!短すぎです!」

 

「…睡眠時間が無い。もう一声欲しい」

 

「それだけ猶予を与えているのに、文句の上駄々までこねてくるとは呆れ果てて物も言えませんネ………もし寝坊した場合は、寝たまんま、荷物も持たせず、強制的に外に放り出しまス。ワタクシの提示した時間は絶対……曲げることは一切無い…そう心に刻み込んでおいて下さイ」

 

 

 忠告する鋭く尖った爪のような物を見せつけ、怒りを向ける。その気迫は、最初にコロシアイを提示してきたとき、俺を見せしめにした時と同じレベルの…本気のものであった。

 

 

「まあでも…ワタクシの“疲れが吹き飛ぶようなこと”が起きてしまえば……意志を曲げることもやぶさかでは無いですけどネ?モノパンの心は乙女のように繊細なのです」

 

 

 “それでは…さよーならー”意味深な言葉を残し、モノパンはまた何処かへと消え去ってしまった。――いつもと何処か違う…。本当に肩の力が抜けるような空気で、モノパンが去ったあととは思えない…奇妙な感覚だけを残し…事態は幕を降ろした。

 

 

「な、なあ。これって…喜んでええんか?……はじもへったくれも無く、よっしゃあああああ!!!って叫んでもええんか?」

 

「…良いんじゃないかな?モノパンも本気っぽいし」

 

「じゃあお言葉に甘えて………よっしゃあああああ!!!帰れるでぇ!!!」

 

「この監禁生活とおさらばできるんだよねぇ!!オカルト漬けの引きこもり生活に戻れるんだよねぇ!!」

 

「…有り続けるにしても、過ぎ去るにしても…箱の中。どちらにしても、生命息吹く風が吹きすさぶ生活は、どうやら君には訪れることは無いみたいだね…それもまた絵画の如き人の有り様なのかな」

 

「お家に!お家に帰れますよ!!反町さん!」

 

 

 モノパンからの動機…いや勧告が言い渡されて数秒…歓喜の声が上がり始めた。さらには、言葉だけで無く、ハイタッチをしたり、拳を合わせ合ったり…緊張の糸でがんじがらめにされていたのが嘘のように、身体全てを使って、家に帰れること、みんなはここから出られることへの喜びを表わしていた。

 

 

「あ、ああそうだね。……何だか手放しに喜べきれない気がするけど」

 

「うむむむ…拙者としても、。鮫島殿達のように、嬉々としてもいいのでござるが…そうしてはいけないような…何とも微妙な心持ちでござる。もしやこれが…!恋のジレンマ…!」

 

「多分、違う、かな?でも、怖いのは、同じだと思、う…」

 

「“疲れが吹き飛ぶようなこと”…か、随分とまあ大層な不発弾を置いていったくれたものだよ。今回の動機…やはり裏があるとしか思えないね」

 

 

 対して――どういうことだ?と未だ疑いを深める声も、勿論あった。実際のところ、俺は心境はこの中に分類される。未だ、声も上げられず、突っ立ったままだが。

 

 

「寝溜めをする時間と、銃の手入れをする時間を合わせれば…計20時間以上……いける?」

 

「帰れると決まれば…この施設でしか読めない本を読み切らないといけないですね……図書委員の本領を発揮するときがきたですね」

 

「やばいよ~、やり残してることいっぱいあるような気がするけど~~、無駄な時間の過ごし方しか思いつかないよ~」

 

「朝が早いとなると……夜の観測を少し軽めに…いや、観測者という物がありながら…それをおろそかにするなど言語道断……はっ!いっそ徹夜をすれば間に合うのでは!?……・くくくく、やはりワタシは天才らしいなぁ…」

 

 

 喜びとかそんなものも通り越して、既に時間の使い方を検討し始めるマイペースな生徒もまた、存在していた。俺からすれば、羨ましいくらいにのんきだな、と……皮肉では無く…むしろ清々しいくらいに前向きだな…そう思った。

 

 

 そんな風に、周りが続々と現状を把握していく中…未だ呆けたままの俺。されど一秒ごとに、ここから出られるんだ、ウチに帰れるんだ…という気持ちが姿を露わしていく。鮫島達のように、じわじわと喜びに近い感情がこみ上げてくる。落ち着く意味を込めて一度息を吸い、吐きだし、そして空を見上げてみた。

 

 

 

 不思議と空は青く、晴れ上がっているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“親睦会”?」

 

 

 舞台は変わらず炊事場にて。

 

  モノパンからの“強制退去”という名の動機が告げられてすぐ………俺はそんな提案を沼野達から持ちかけられた。いきなりの事であった故に、思わずオウム返しをしてしまった。

 

 

「左様…明日の7時にはココを出てしまうのでござろう?最後くらい、みなと寄り添い思い出話や、これからの話をタネに、花を咲かせてみようではないか…と思ったのでござる」

 

「…これからのこと…か」

 

「はい!ここを出ても、皆さん、とてもお忙しい身のようですしと…集まれる機会が絶対あるとは限りません………だからここで、親睦をより深めあい、もう一度集まれるためのきっかけになると思いまして!」

 

 小早川達の熱のこもる誘いを受けた俺は、少し考え込む。

 

 確かに、今までも体育祭とか、天体観測とか、昨日のアレとか…それなりに交流を深める機会はあったが…プライベートな身の上話を言い合う機会ってのは…意外なことに少ない。食事時も、仲の良い人と話すくらいで、未だに交流が乏しい人も居るくらいだしな…。

 

 

 …そう考えると、悪くないかもしれない。

 

 

「……これで最後かもしれないんだしな」

 

 

 どうせ、ここを出る前にやることと言っても、部屋の掃除とか、読み残し本を読んでしまうくらいだし……皆、どういうふうにこれから過ごすのかも気になるし。

 

 

「そうだな…俺も参加するよ」

 

 

 俺はそう了承した。そしてすぐに、手を引かれるようにして小早川達と、皆の集まるテーブルへ向かった。

 

 

「折木殿を入れて……うん、これで全員でござるな」

 

「全員が綺麗に参加するとは考えてなかったけど……案外、少なめだねぇ…」

 

「雲居さんは、『ここでしか読めない本を全部読んでくるです』って意気込んで行ってしまいましたし……」

 

「ニコラスや水無月、それに反町も気づいたら、どこかに行ってもうてたしなぁ」

 

「皆それぞれ、後腐れ無くここを立ち去りたいのでござるよ。ぶっちゃけた話をすると、拙者も会が終われば、荷物をまとめるつもりでござるからな」

 

 

 見たところ、単独行動の多いニコラスや風切、雲居、雨竜…そして珍しいことに、水無月と反町もこの場にはいなかった。こういう催しには積極的に参加するタイプだと思っていたが…今回は気分じゃ無かったのだろうか?

 

 

 ――それなのに

 

 

「お前も参加するとは……あのドリルみたいなイレギュラーも身につけてないのに…珍しいことが続くな」

 

「昨日と今日、過去と現在…混じり合うこともあれば反発し合うこともままあるもの……。なぁに、時には…肩にでも止まって、調を聞き合うのもまた一興、そう思っただけさ」

 

 

 “小鳥のようにね?”そう言いながら、ギターを引き出す。…何を考えているのか、相変わらず読めないが……………とにかく、落合もこの親睦会に参加する、と見て良さそうだ。

 

 

 俺を最後に、全員が席に着く……しかし、切り出しを決めていなかったのか…数秒、沈黙が走った。何となく、合コンの始まりのような、何となくこっぱずかしい出だしである。合コンなんて行ったこともないけど…。

 すると、言い出しっぺの1人である沼野が、この空気感に慌てたのか“いや~”と、気恥ずかしそうな表情で話し始めた。

 

 

「それにしても、拙者ら本当にこの施設から脱出できるのでござるよな?夢ではござらんよな?」

 

「はい…この監禁生活が、とうとう終わるんですよ!……そう思うと何だかとってもドキドキしてしまいます。はぁ…やっと師匠の下に戻ることが出来ます」

 

「わたし、も、友達のところ、に、顔出せそ、う」

 

「青く深い海が私を待ってくれてるよ~、早くものすごい高いところからでも抱きしめてくれるあの海が~」

 

「あたし的には…高すぎると抱きしめるよりは、拒否されてる感触な気がするんだけどねぇ……」

 

「ウチも妹に――」

 

「あーはいはい。会えるのでござるよな?分かっていたでござるが、さすがに聞き飽きたでござるー」

 

「えー、ええやん。そういうんは何回言うても幸せなんやから…まああれや。何回噛んでも飽きがこうへんガムちゃんみたいなもんやな」

 

「人が含んだガムを噛まされる身にもなって欲しいけどねぇ…味気無いったらありゃしないんだよねぇ…」

 

「…ジャラララン」

 

 

 

 お互い帰りを待つ人が居るのか…胸に手を当てたり、腕組みをしたり、それぞれ浸るように思い浮かべている。俺も、その話題の中で久しぶりに家族の顔を見たい、そんな気分になってしまった。

 

 

「でもあれやな。まさかあのモノパンがあーんなふてくされとるとは思ってもみなかったで。コロシアイと雑用しか生きがいが無さそうやったのに…ネチネチクレームつけて、地道にやる気を削いどった甲斐があったわ」

 

「やってることは人として最低なクレーム野郎だけどねぇ!でもあいつにならしょうが無いんだよねぇ!!」

 

「拙者も、ヤツの出てくる所々にまきびしやら、トラップやらを仕掛けておいたでござるからな……恐らくそれも効いたのやも…」

 

「そうか…あの鉄の棘は君が撒いたものだっただね……ありがとう、久しぶりに痛みが身体を走ったよ…これもまた、人生だね」

 

「別の被害者が誕生しちゃってるんだよねぇ…」

 

「(俺もトラップに引っかかったことがあるとは言わない方が良いか…)」

 

「しかし、そうやってモノパンの心に針を刺し続け、結果、折ることができたんです!これは快挙というほかありません!」

 

「そうだね~、努力が実ったって感じだね~」

 

 

 鮫島の言葉を火種に、さっきまでの光景を思い出した俺達は、繰り返すように喜びを語り出す。その度合いは計り知れず……その声色と表情、全てに嬉しさがにじみ出ている。

 それほどまでに俺達は、このコロシアイというデスゲームが終わることに歓喜していた。やりたくも無い殺しを、しかも仲間内でやれという、一種の拷問のような災厄が、ようやく終わりを告げるのだ。その気持ちもよく分かるし、主催者であるモノパンへのこの態度も納得がいく。

 

 

「…だけど、いざこの施設を後にするってなると、案外寂しくなる物だな」

 

「既に十日近く…経っていますからね……どこか愛着のような物も湧いてしまうのも無理はありません」

 

「良い感じに順応して来ちゃったしねぇ~、ちょっと名残惜しいところはあるよ~」

 

「ははは、確かに。森の中、ログハウスで過ごす毎日……コロシアイを除けば、悪くなかったでござるからな」

 

「せやなぁ…もう何年も住んでるんちゃうかってくらいやったし……住めば都っちゅう諺を直に体験した気分やで」

 

「でも……明日の今頃には、本物の青空の下に居るんだよねぇ……あんまり言わない方が良いのかもしれないけど……ここに、朝衣さん達が居たら…もっと手放し喜べたんだけどねぇ」

 

「側に、居てくれた、ら…て思うと、ね」

 

「時すでに遅しやな……起こってもうたもんは、仕方あらへん。非情な話やけど、今は目の前の歓喜に震えるのが先決や…無くなった物よりも残っているのものを数えようや」

 

「…そう簡単に割り切れませんが……そうするしかないんですかね?」

 

「大丈夫さ…あの日、この場所で、僕が弔いのレクイエムを弾いたんだ……きっと笑って見守ってくれているさ……安心しなよ、僕の調は例え地獄の底に居たとしても、届くと評判だからね」

 

「……それって…誰からのレビューなのかねぇ…まさか亡者からじゃないよねぇ?」

 

「……ジャラララン」

 

「答えないのが余計に怖いよ~」

 

 

 先ほどの喜びから打って変わり、何となく感慨深げな表情へ、俺達は変えていった。やりたくもないこのデスゲームの中で、すで一度、殺人が起きてしまっていることを思い出しから。…その中で犠牲となってしまった朝衣と陽炎坂の事を思い出したから。

 …俺はふと、何となく目をつぶってみる。もしも、2人が居てくれたら…そう考えてしまい、少し寂しい気持ちになる。

 

 そんな中、沼野は、少し納得できないような思案顔で“しかし”と言葉を発する。

 

 

「ここを出るにしても…解決してないこともあるでござるよな?あの、開いていない扉の存在。ほら、“3”とか“4”と書かれてた。あれは結局何だったんでござろうか?」

 

「確かに~、帰るんだからそういうもったいぶってるところも~、全部見せて欲しいよね~」

 

「この施設がどういうものだったのかもねぇ……まあ、これは外に出ればなんとなーく分かりそうな気がするけどねぇ」

 

「俺達がどうして…ここにつれてこられたのかも教えて欲しい所だな…」

 

「あ…そうでしたね。帰れることに夢中になって、気にすることを忘れていました……だったら!今すぐにでも聞いてみましょう!!きっと快く答えてくれそうな――!」

 

「一旦、落ち着、こ?それに、十中八、九、答えてくれない、と思う」

 

 

 沼野達の言うとおり…まだこの施設には残っている謎は数多くある。その全てを調べるまもなく…俺達は強制退去を言い渡された。心残りがあるとすれば…その大量にちりばめられた謎くらいだ。

 

 そんな首をひねるような話題を展開していると、“なははは!”とあっらかんとした笑い声が広がる。

 

 

「そんなありえへん事気にせんと…ココから出られたら、ええことわんさかで、ウチらはウハウハなんやから、考える必要無しやで~」

 

「それもそうですね!!やっぱり難しいことを考えすぎると、パンクしちゃいますからね!!実際ボカンって爆発したことありますし!」

 

「……それもそうでござるなぁ!ぬはははっははははははは!!!!」

 

「急に騒がしくなってきたよ~」

 

「ええぇ…いまの話って結構ゆゆしき話だと思うけどねぇ…」

 

「まあええやないか…古家、長門。頭悩ませる話より未来の話をしようや…それこそココを出たら何するかや。ぶっちゃけこっちが本題やし……ウチは“遊覧飛行”やな。久しぶりお空でブイブイエンジンを吹かしたいって、腕がうなってるで」

 

「空中は高速道路じゃ無いんだよねぇ……もっと安全運転を心がけて欲しいねぇ、機長?」

 

「ふふふふ甘いでござるな鮫島殿……拙者はただ自分の欲求を満たすだけでは無く…古巣である時代村に、ここにいる生徒全員を団体でご招待するでござる…拙者の口利きであれば貸し切りにだってできるでござる!」

 

「あっ!面白そうですね!私そういう“はいから”なテーマパークに一度行ってみたかったんです!しかも貸し切りなんて!」

 

「同級生になったのも何かの縁……きっと良い思い出として、心に残るはずでござる」

 

「………不味いんだよねぇ、あたしは論文を何とかしないと、としか言えないんだよねぇ……呪うべきは我が身なんだよねぇ…」

 

「も~、現実的な話はやめようよ~~」

 

 

 ハハハハ……。古家の言葉を茶化したり、そして鮫島や沼野をイジったり…いつも通りのような扱いではあるが…自然と笑いが漏れ出す。皆の表情も比例するように、明るくなっていくのがわかった。

 

 

「折木、くん…」

 

「ん?なんだ贄波?お前も何かやりたいことでもあるのか?」

 

「うううん………ただ、何か、楽しい、ね?って思っ、て…」

 

 

 緩やかな笑みを浮かべた贄波はそういった。その表情に俺も顔をほころばせ、“そうだな…”と同意した。やっぱり、報告会の延長線のような話よりも、こうやって楽しい話がやっぱり良い…なんて言ったって親睦会なんだ。これ位、和やかにならなければ。

 

 

「…ああそうだね。とても甘美な時間だ、これこそが僕の求める、青春だったのかもしれないね」

 

「……落合も。ココを出るときにでも。曲の一つを聞かせてくれよ?結局一度も聞いてなかったしな」

 

 

 何か答えを得たような落合に、良いタイミングかと心残りになっていた願いを1つ。対して、ジャララン…と落合は弦をひと撫で。……イエスかノーかはハッキリしないが…多分了承…と見て良いのだろうか?顔はそんなに変わっていないので、少々不安ではあるが…。俺は苦笑する。

 

 

 

 

 ――誰かが始めたこのささやかな親睦会は、時間の流れを忘れるほど続いていった

 

 

 

 

 ――気づいたときには日は既に傾いてしまっていたほどに

 

 

 

 

 ――それほどまでに、心地よい時間であった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア1:折木公平の部屋】

 

 

『キーン、コーン、カーン、コーン……』

 

 

『えー、ミナサマ!施設内放送でス!…午前10時となりましタ。ただいまより“夜時間”させて頂きまス。まもなく、倉庫、購買部への出入りが禁止となりますので……速やかにお立ち退き下さイ。それではミナサマ、良い夢を……お休みなさいまセ』

 

 

 

 この施設を後にするまで、残り9時間を切った。

 

 

 

 ジワジワと迫る約束の時間。まとめる荷物など持っていなかった俺は、部屋の掃除をしていた。短い間ではあったが、世話になった部屋だ。せめて綺麗にして帰るのが、筋と俺は思ったからだ。

 

 潔癖というほどでは無いが、比較的きれい好きであった俺は、…備え付けの箒を使って、部屋の隅から丁寧に掃いていく。トイレだったり、シャワールームだったり、出来るところは全部綺麗にしてみた。

 

 

 ――そんな風にして、一通りの掃除を終えてしばらく

 

 

 ――俺は何故か、眠りにつくことができていなかった。

 

 

 明日のことも有るのか、何だか妙に緊張してしまい…中々寝付くことができなかった。シャワーを浴びたり、ストレッチをしたり、そんな風に普段ではやらないリラックス法を施行してみたが…やっぱり眠れなかった。

 

 多分あれだ、旅行前日に布団に潜る子供の気分だ。…今回の場合、逆に家に帰るわけなんだが。恐らく楽しみの度合いを見れば、此方の方が上だ。だからこそ、明日の興奮を抑えきれず、眠ることが出来ていないのかもしれない。

 

 壁に掛けられた時計を見てみる…時刻は11時30分を回っていた。こんな時間になっても、やっぱり眠れない。俺自身も驚いてしまうほど…眠気が湧かない。何故だろうか…昼寝もした覚えは無いのに、妙な緊張感でまぶたを閉じきることができない。

 

 

 俺は諦めたように大きくため息を吐き“…多分、これはもう無理だな”、そんな時期尚早な考えに至る。そして、“雨竜みたいに徹夜で本でも読んでみようかしら”…何となくそう開き直ってしまう。

 

 

 ――図書館は確か、夜時間以降も開いてるんだったよな。

 

 

 とっさの思いつきに従うことにした俺は、即断即決の心持ちで、懐中電灯を手に、深夜の散歩に繰り出した。

 

 

 

 ――ココで読む最後の本になるかもしれない

 

 

 

 子供のようなワクワクとした気持ちを携え、エリア2へとやって来た俺は――

 

 

 

 

 

 ――すぐに

 

 

 

 ――絶望にも似た表情へと、顔を変化させてしまった

 

 

 

  ――だって目の前に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――“人が倒れていたのだから”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【エリア2:中央分岐点】

 

 

 

 氷を落としたかのよう寒気が背筋に走った。

 

 

 さっきまでの高揚感など嘘みたいに、俺は倒れる人のそばへ駆け寄る。そしてその“小さな身体”を抱え起こした。

 

 

「大丈夫か!!!おい!!!!」

 

 

 “返事をしてくれ…”切に願うように、耳を割るような言葉をかける。何も無いとタカをくくっていたばかりに、準備などしていなかった心が握りつぶされそうになる。

 

 

「……うう。うるさいですよ……けが人の耳の前で、ガンガン叫ぶもんじゃないですよ」

 

 

 握った懐中電灯で照らされた人間は…まぶしそうに眼を細め、目を覚ました。目の前で倒れていたのは“雲居”であった。彼女は心底不機嫌そうに、俺へと悪態を垂らす。あくまで自分のペースで愚痴る彼女を見て、俺は安堵した。

 

 

「はぁ…だけど無事でよかった。雲居…ほら、ハンカチだ」

 

 

 どこかを怪我しているのでは無いかと考えた俺は…常備していた簡素なハンカチを雲居へ差し出す。“どこをどうみたら無事に見えるですか……”とぼやきながらも、ハンカチを受け取り、後頭部を押さえ出した。

 

 

「雲居、なにがあったんだ?」

 

「……殴られたんですよ、借りてる本を返そうと思って、図書館に向かおうと思ったら……このエリアにはいってすぐ、後ろ頭をガツンです…………」

 

 

 雲居は足下に散らばる本を指さし、荒い呼吸を落ち着かせながら、少しずつ自分の身に何が起こった野かを話し出す。

 …聞くところによると、数分前…本を持ってこのエリアを訪れた彼女は、その直後何者かの手によって後頭部殴られ…気絶してしまっていたとのこと。ヘタをすれば死に至ってたかもしれないその不幸。彼女の性格上怒られてしまうと分かりながらも、俺は内心、同情してしまった。

 

 

「こんなうら若い乙女の頭をぶん殴るなんて、何考えてるんだか……!それも脱出するギリギリの日に、人生最悪の瞬間決定ですよ……」

 

「そうだ……!誰にやられたんだ…?顔や服装はわかるなら教えてくれ…」

 

「いや……紙袋被ってて顔はわかんなかったですし、服とかも…頭ボーッとしてて、よく見えなかったかです……悪いですけど、有益な情報は……一切無しです」

 

 

  雲居に犯人の詳細を聞いていく、が…芳しい情報は得られず……誰なのか分からないよう紙袋を被っていることしかわからなかった…。

 ――だけど、このエリア2は、雲居を襲撃した不審者が潜んでおり、この辺り一体は危険地帯になっているということ。それだけは確信できた。

  

 

「どっちの方角に行ったか…わかるか?」

 

「頭殴られてぼやけてたから、よくわかんなかったですけど………でも多分、“プール”の方に行った気がするです……あくまで、一瞬だけ見ての話ですけど…」

 

 

 自信の無いように震わせる指を、プールの方へ向ける。だけど、それだけの情報があれば充分だ。俺は、心の中である決心をした。

 

 

「よし…分かった。雲居はエリア1に行って、誰でも良いから人を呼んできてくれ。俺は犯人を追う…このまま野放しにしておくと、何しでかすか分かったもんじゃ無いからな…」

 

 

 その言葉に雲居は目を見開いた。

 

 ――明日の7時にはここを出られるのに、こんな物騒なことを起こす人間がいるなんて。打ち所が悪ければ死んでいた可能性だってある大事件だ。一刻も早く、再び行われるかもしれない蛮行を止めなくてはいけない、そう思った俺は自然とそんな事を口にしていた。

 

 

「いや……――私も行くです…」

 

 

 だけど雲居は、突き返した。

 

 

「何言ってるんだ!お前怪我してるんだぞ!!無理する必要は無い!」

 

「あんたこそ自分で何言ってるか分かってるですか!?1人で、危険な武器も持ってるかもしれない不審者とかち合う……そんな無謀極まりないことを、あんたは言ってるんです!……そうしたらまた私みたいに……いやむしろ、私よりも酷い目に遭う可能性だってあるんです……そんな目に見えて危険な所黙って見送るなんて…誰が出来るですか!?」

 

 

 強い、断固とした意志をもって雲居は意見を突っぱねる。心配に心配を上乗せしたような怒りに、俺は圧倒され、つい後ずさりしてしまう。だけどすぐに、彼女は震えたように俺の服を掴んだ。

 

 

「それに、いま一人になるのは正直怖いんですよ…いつどこで不審者が現れるのかわかったもんじゃないですから……」

 

 

 今までの彼女からは想像できないほど、酷く震えた声。さっきまでは実感できていなかったが、今になって自分に起きた不幸を理解したように、とても弱々しく縮こまっていた。俺は、そんな彼女の反応を受け、自分の鈍感さを恥じた。

 

 

「………そう、だな…ここらに隠れてたらまずいもんな……わかった……一緒に行こう」

 

 

 そしてその罪悪感からなのか俺は頷いてしまった。けが人を巻き込むのは、最もやってはいけない悪手だというのに……。

 わずかな後悔がよぎりながらも、雲居と俺は“妙に粘つく地面”に足を沈め、プールへと移動していった。

 

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア2:プール】

 

 

 

 施設にたどり着き、入っていく俺と雲居。ここまでは歩くだけで順調であったのだが……すぐに腰を折るような…予想外…いや予想内のつまづきとぶつかり合ってしまった。

 

 

「……なあ雲居、確かここにはカードキーが必要だったよな……?」

 

「何今更なこと言ってるですか……――まさか…!電子手帳忘れたですか!?」

 

「……いや、それはポケットに入っていた……な。…よかった、もしかしたら本当に忘れてたかもしれなくて、思わず焦ってしまった」

 

「ふぅ…忘れてたらデコピン何連発だったか入ってたですよ?」

 

「――で、どうやって開けるんだったけ?」

 

「……心からついてきて良かったと思ったですよ」

 

 

 致命的に相性の悪いこの施設のシステムと格闘しながら、何とか窮地を乗り越えていった俺達。異性の部屋には入れないという仕組み上、俺は男子更衣室を、雲居は女子更衣室へと手分けすることになり、ゆっくりと、お互いにアイコンタクト送りつつ、部屋へと入っていった。

 

 

 入ってすぐ、俺は更衣室を見まわしてみる。どこかに不審者が息を潜めてるのではないかと、ロッカーを含めた隅々まで、念入りに目を光らせる。

 

 

「更衣室には…いないみたい…だな……じゃあプールか?」

 

 

 もしくは女子更衣室の方の可能性も…できれば居て欲しくないし、考えたくも無い…。居たら居たで、大声を上げてすぐに逃げ出すように雲居に言っておいたはずだから……多分大丈夫だと思いたい…。

 

 つらつらと可能性の話を考えながら、俺はまたゆっくりと、プールへの扉を開けていく。そして、キョロキョロと、左右を見渡し…不審者の姿を探した。

 

 

 

 しかし――

 

 

 

「……………?…誰も、居ない?」

 

 

 誰もいなかった。雲居の言葉の通りここまでやって来て、それなのに…人っ子1人…見当たらなかった。

 

 

「折木!」

 

 

 殆ど同じタイミングで、女子更衣室から出てきた雲居が俺を呼びかける。

 

 

「雲居…そっちはどうだった…?」

 

「ロッカーの中を開けたり、ドアの裏を見たりしたですけど…誰もいなかったです………。その様子だと、そっちも同じみたいですね…」

 

 

 雲居は頭を抑えた手は逆の方を口元に、首を傾げる。

 

 

「……こっちの道に向かってったはずなんですけど…ここも…隠れられそうな場所も見あたらないですし…私の見間違えだった……の……か…も……」 

 

 

 “っ――!”

 

 

 俺が警戒心を振りまくように周りを見回す中、息が止まったような声が、隣の雲居から上がった。声にならないような悲鳴に驚いた俺はすぐさま、雲居に目を向けた。

 

 

「ああ、あれ……」

 

 

 震えた指先で宙を差す。その角度から見て、丁度天井を辺り。恐れるように、見てはいけない物を見たように、焦点の合わない指で、その延長線上に何かがあることを伝えようとしている。

 

 

 

 

 俺は促されるままに――宙を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その先にあったのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――紙袋を被り、黒いローブに黒い手袋を着込んだ“誰か”だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――顔も分からず、男か女かも分からない誰か

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――力無く…手と足をぶらりと垂らす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――“首を吊った”……誰か

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃあああああああ!!!!!」

 

 

 

 …天井に架けられた、金網橋の手すりに固定されたロープを首に、テルテル坊主のようにぶら下がる“誰か”が視界をとらえる。

 手と足を投げ出し、死んでいるとしか思えないそれを見て、雲居は絹を裂くように叫び、腰を抜かす…俺もまた震えを止められず、立ち尽くしていた。

 

 

「そ、そんな…!私、さっき、さっき見たはずなのに…!!なんで…こんな…」

 

「………――っ!!……と、とにかく、助けるぞ!!!!…今さっき、お前見たばっかりだったんだろ!?もしかしたら、まだ間に合うかもしれない!」

 

 

 直感的に俺は叫んだ。

 

 雲居が頭を殴られてからまだ間もない事を思い出し…、きっとまだ猶予があるはず…まだ息があるはず…信じこむように、祈るように俺は雲居に目を向け、そう叫んだ。

 

 

「そ、そうだったです……!!あのはしごに行くには……………あっ!!!この施設の真横に、はしごがあったはずです!!!」

 

 

 雲居が言った瞬間、俺達は血相を変え外に出る。

 

 飛び出した俺達は、施設の壁伝いに、正面から見て左から真横へと移動していく。少しずつ手で探っていくと、壁とは違う冷たい鉄の感触がした。見上げると確かに、あの金網橋へとつながる“はしご”があった。

 

 俺達は焦燥感にとらわれながら、登り出す。俺が先行し、雲居が後を追うように。焦りながらも、落ちないように、確実に、素早く登っていく。

 

 

「お、折木!落っこちたら承知しないですよ!!巻き添えくって仏様になるなんて、ごめんですからね!」

 

「ああ!分かってる!」

 

 

 登り始めて数十秒、不安を孕んだ声が下の雲居から上がる。俺は少々強めにそれを返す。…しかし、本当に…かなりの高さだ。生暖かい強めの風が身体に当たる度に、落ちてしまうのでは無いか、そう考えてしまう。彼女が今みたいに不安がるのも無理は無い。だけどそんなことを考えている暇も無いのも事実。今すぐにでも“誰か”を助け出さなければ…きっと間に合わない。

 

 

 そうこうするうちに、天井近くと思われるゴール地点にたどり着いた俺は……“小さな窓”のような扉を開け放つ。白刃を踏むように金網橋へと足を掛け、再びプールの中へと、俺達は突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけどそこには………何も“無かった”

 

 

 

「何で……何で、何も無いんですか……?」

 

「………わ……わからない」

 

 

 さっきまであったはずの、首を吊った“誰か”は、跡形も無く…何処かへと消え去ってしまっていたのだ。

 

 

「もう、訳わかんないですよ…」

 

 

 雲居の言うとおり、まるでマジックを見せられたかのような気分だ。俺は目をこすり、現実かどうかを何度も確認する。だけど、――何も無い。あまりにも不自然な光景に…俺は幽霊でも見てしまったのではないかと、悪寒が走る。

 

 

 

「………?」

 

 

 

 俺はふと…俺達が入ってきた場所とは真逆に目を向ける。金網橋のかかった先…つまり図書館側の方向には、俺達が入ってきたのと同じ、小さな窓が取り付けられていた。

 とにかくこの不可解な状況に、地に足が着かないような感覚を覚える俺は…何となくこのままジッとしていられず、吸い込まれるように窓へと近づいていった。

 

 

「……折木?どうしたんですか?」

 

 

 雲居からかけられた言葉を素通りし、俺は窓の向こう側を見つめてみる……。エリア2の半分を覆い尽くす雑木林…そしてそれらを包み込む真っ暗闇……そして、際立つように光り輝く“図書館”。

 

 小高い場所に建造されたプールから、一際目の引く図書館を見下ろしてみる………。

 

 ――暗闇の中、爛々と輝く室内灯……だけどそれ以外に、何か、別の“光源”がゆらゆらと、揺れているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――炎だ

 

 

 

 

 

 

 

 炎が天窓の向こうで揺らめていていたのだ。外側では無く内側で、図書館につけられた天窓から火が見えたのだ。それが本当に現実なのか…夢でも見ているのではないか……今目の前で発生していることが何なのか、認識という認識ががんじがらめになる。ピシリと身体を硬直させたように、俺は呆然と立ち尽くす。

 

 

「お、折木…?どうしたですか…?急に黙り込んで…」

 

「……火事だ」

 

「――えっ?」

 

 

 雲居に声を掛けられ、俺は反射的に、小さな、小さな声を、震えながらも絞り出した。自然と出てきたその言葉を皮切りに、俺はハッ、と我に返った。

 

 

「――火事だ!!図書館で火事が起こってる!!」

 

「はぁあああ!!!!何をバカな……――――ぎゃあああああ!!!!ホントです!!!」

 

「とにかく…!!!……今は、今は――…」

 

「決まってるですよ!!図書館に急ぐんですよ!!」

 

「だ、だけど、今ココに居たヤツを探さないと…」

 

「優先順位を考えるです!!あの図書館には人類の叡智が大量に詰め込まれているんです!!!蜃気楼みたいな何かよりも、目の前の事件が先です!!!ほら、行くですよ!!!」

 

「わ…わかった!!」

 

 

 今さっきまで、存在していたはずの誰かのことよりも、遠目から見えてしまった火災に気を取られてしまった俺達。

 ……般若の如く顔をこわばらせる雲居と俺は、決して見逃してはいけない出来事を後回しに、急かされるように、はしごを下り、図書館へと駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【エリア2:図書館】

 

 

 

 

 ……不自然な程立て続けに発生する緊急事態、身に降りかかる問題の数々。このエリアに来てから、まだ何十分と経っていないハズなのに、俺の心は酷く切迫していた。

 何を優先すべきで、何をするべきなのか……正常な判断が出来ているのかすら怪しいほど、体を焦燥が支配する。現に、さっきまで探していたはずの不審者も、ほっといてはいけないハズなのに…今は目の前の災害に目を向けてしまっているのだから。

 

 

 それでも俺達は走った。燃える球体と化した図書館へと駆け抜けた。

 

 

「はぁはぁ…着いた……」

 

「早速ドアを開けるです…手伝うですよ!!」

 

 

 図書館の出入り口前にたどりついた俺達。息をつく暇も無く走ったせいで、身体からはだらだらと汗が滝のように流れ、咳き込むほどの疲労感が体を襲う。…だけど俺達は、中の状況を知りたい、中の本を助けたいという一心で…危機感などかなぐり捨てたように扉に手をつけた。

 

 

「あつっ!!」

 

「我慢するです…!早く開けて、大事な、大事な本達を救出するです!!」

 

 

 内側で火事が起こっているのだから、扉が熱を帯びているのは当たり前だ。だからこそ手にジュッとした、火種を掴むような感覚が走る…。恐らく、軽いやけどを負ってしまった。

 しかし俺がその熱さに怯む中でも、雲居はその小柄な体格からは考えられないほどの根性を見せ、扉を引いている。これが超高校級の図書委員に備えられた…火事場の馬鹿力なのかと内心戦慄してしまう。だけどその様子に叱咤をかけられた気のした俺も、手のやけどなど安いものと、扉を開けることに集中する。

 

 

 ――しかし、その努力は徒労となった

 

 

 ――別に、開かなかったというわけではない

 

 

 ――突然バタンと、強い力で“押され”…扉が開いたのだ

 

 

 扉のすぐ側に居た俺たち二人は、そのあまりの勢いに、しりもちをついてしまう。

 

 

「ゲホゲホ…。やぁ!!2人とも!ごきげんよう!!こんな夜中に奇遇だね!ボクは少し、煙を吸い込みすぎて、ちょっとご機嫌では無いかな?」

 

「ニコラス……?」

 

「あ、あんた…何で…?」

 

 

 何故なのか、火の海と化す図書館の中からニコラスが現れたのだ。服の所々を焦がし、何故か主役登場と言わんばかりに、堂々と胸を張り、扉から出てきたのだ。再び起こるイレギュラーに、俺はまたしても、呆気にとられてしまう。

 

 

「話は後だよミスター折木、そしてミス雲居。まずはこの火事を何とかしようじゃないか!これは流石のボクでも冗談抜きでヤバいとしか言い様がない」

 

 

 ニコラスの後ろを見やると、図書館は壮絶な火の海と化していた。本だけで無く、木組みの手すりや階段、全てを炎が包み込んでいた。

 

 

「そ、そうですよ!!!……早く、私のかわいい本達を何とかしないと!!でも、今から水を持ってきても……」

 

「その心配はご無用でス!!」

 

 

 今この場で起り続ける未曾有の災害をどうにかしないといけない……そう思案しようとした矢先、俺たちの目の前に、モノパンが現れた。その身なりは、いつものマントにシルクハットという恰好ではなく。背中に『も』と刻まれた半被に袖を通した…まるで一昔前の火消しのような服を身にまとっていた。

 

 

「こんなキミタチの手に余る状況にこそ、このワタクシの出番。家庭のボヤ騒ぎだろうと、SNSの炎上だろうと、たちどころに解決、山火事のスペシャリストと言われたモノパン消防隊にお任せくださイ!!」

 

「出来ることがとっちらかりすぎて、もうよくわかんないですよ!!」

 

「何でもできることこそがモノパンクオリティー、とにかくこの火事をどうにか出来ることは間違いありませン!!では早速――モノパンファイヤー出撃でス!!!」

 

 

 モノパンの合図と同時に、森の中から突如として何台もの消防車が飛び出してくる。そのサイズはやはりモノパンサイズ、つまり小さいのだが……全ての車は、恐れを知らずに燃ゆる図書館へと突入していく。施設の内側から、ジュウと音を立たせ、どんどんと水は撒いていく。みるみるうちに、火の勢いは落ちていく。

 

 

 ――消火を開始してから数分後…火は見事なまでに鎮火された

 

 ――ゴォゴォと立ち込む炎の音は鳴りをひそめ、辺りには、静かなコオロギの鳴き声だけが残った

 

 

「任務完了でス!!あっ…中の電気は、やられてしまってとても暗くなっておりまス……そのため足元にお気をつけて、中をお進みくださいネ!」

 

 

 モノパンは何故か楽しそうに微笑みながら…また何処かへと姿を消していってしまった。俺と雲居は、忠告の通り、足下に注意しながら持ってきていた懐中電灯で図書館の中を照らしていく。

 

 

「本当に…酷いな……」

 

「あ…あああ……なんて……全部黒焦げ……」

 

 

 施設の全てが、形を保ちながらも炭と化していた。幸い、床や階段は骨の髄まで焼き尽くされている訳では無く、自分たちが体重を掛けても崩れる心配は無さそうだった。しかし、棚に並べられた本は全て炭と化しており、雲居の表情は絶望一色に彩られる。流石にこれは、あまりにもむごすぎる。

 

 

「………」

 

「……?どうした、ニコラス」

 

 

 その壮絶としか言い様がない光景、そんな中、ニコラスは自分のペースを崩さず…いやむしろいつも以上に引き締まった表情で…足早に施設の中心…中央広場へと黒焦げの階段で降りていく。何か様子がおかしいことを感じた俺は、煙の残り香に咳き込みながらも、ニコラスと肩を並べ、着いていく

 

 

「ゲホゲホ…ニコラス…?」

 

「ミスター折木、ミス雲居……あまりに付いてくることはオススメしないよ…少々、刺激が強いと思うからね」

 

「はぁ…何言ってるですか。この図書館の惨状以上に刺激的な物がこの世に存在するはずないですよ…もういろいろ勘弁して欲しいです」

 

 

 しかしニコラスは、付いてくる俺達へ声色を低く落し……不穏な言葉を紡ぐ。何か…その言葉には…異様なほど張り詰めた感覚が込められているように感じた。

 

 

「ん……?」

 

 

 話している間に、ちょろちょろと水が流れ続ける中央にたどり着く。そしてすぐ“何か”が足にぶつかったことがわかった。

 

 

 

 反射的に俺は足下に、光を向けた………縫い付けられたように、足は動きを止めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――雲居が襲われたこと

 

 

 

 ―――目の前で首を吊った誰かを見てしまったこと

 

 

 

 ――そしてその誰かが忽然と姿を消したこと

 

 

 

 ――図書館で大火事が起きたこと

 

 

 

 ――立て続けに起こった、出来事のせいで…

 

 

 

 ――そのありのまま事実を受け入れる準備が、あまりにもできていなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ピンポンパンポーン…!』

 

 

 

 

『死体が発見されましタ!』

 

 

 

 

『一定の捜査時間の後、“学級裁判”を開かせていただきまス!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その“何か”は、服をまとっていた

 

 

 ――この施設に来た時から、見慣れるほど着続けていた服

 

 

 ――服も体も、その殆どが黒焦げになっていながら

 

 

 ――……その体形と隙間に見える服の色で誰なのか…すぐに分かった

 

 

 ――分かってしまった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――超高校級のパイロット“鮫島 丈ノ介”は、

 

 

 

 

 その身を焦がし尽くし、生命の炎を消し去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り13人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計3人』

 

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき) 

 


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