ダンガンロンパ・リバイバル ~みんなのコロシアイ宿泊研修~ 作:水鳥ばんちょ
【学級裁判】
【再開】
裁判開始から数時間……
端から数えてみれば、なんてことも無い24時間の中のごく僅かな経過…そうでしかないはずなのに……。
俺は、俺達は…とても……とても長い時を経てしまっている様な、矛盾した感覚に包まれていた。
数時間前から今現在まで…深夜という、本来なら眠ってても可笑しく無い時間。そんな中でも、寝ぼけた頭を振り払いながら……無我夢中に、がむしゃらに、愚直に、議論を進めてきた。
――だけど…今まで突き進んできた方向は、今まで踏みしめてきたその道が……本当に真実へと繋がっているのか、鮫島を殺した犯人に近づけているのか……全くと言って良いほど分からない。
…胸中に燻る、この小さな”違和感”は、未だ振り払えていない…。
犯人に目星がついていないのなら、そんな不穏な予感は”当たり前”だ…そう言われてしまえば返す言葉も出てこない……。
だけども、かねてより感じていた、決して看過しきることができないズレた感覚……。”この学級裁判は、どこかがおかしい”と言う感覚。掛け違えてしまったようなボタンのような、はめ違えてしまったパズルのピースのような……致命的なエラーが出てしまった感覚。
……もしかしたら、この胸に走る違和感の正体は…この”感覚の中”にあるのだろうか…。誰に対してでも無い…空虚な自問が…心の中で儚く霧散する。
「…っ」
そしてふと、目が眩む。
気の遠くなるような不気味さの数々に気が遠くなってしまったからなのか…それとも頭の中を這いずり回る眠気の所為なのか…目の前の風景が一瞬ボヤける。所在不明の原因が普段の思考を、ぐにゃりぐにゃりと歪ませていく。
このままではいけないと、俺はきつけるように、誰も知らないところで顔を小さく振り、余分な何かを無理矢理振り落とす。
…眠かったから…必要以上な事に気を取られていたから…裁判に集中できなかった…だから議論が上手くいかなかった…なんて。「そんな言い訳は…この場では……命をかけた疑いの場である学級裁判である、この論理の戦場では…通用しない。
今俺達が立っているのは…シロにとってにもクロにとっても、生きるか死ぬかたった一度きりになるかもしれない…一か八かの世界。うっかり命を落としちゃいました…なんて…まるでもう一度チャンスがあるような…そんな気楽さなんて微塵たりとも存在していない。
このたった一度の議論に、自分の全てを出し尽くす、そんな気概と意志を持たなくては。そうしなければ…自分自身だけじゃない…俺を含めた何の罪も無い他の命までもが危ぶんでしまうのだから。
俺は一度息を吐き、目をつぶる。そして、鋭い眼差しを携え、再び議論へと目を据える。
すると、その目線の先で今まである意味で議論を先導していた人物の1人である雲居が…”でっ……”と、強い語調の言葉を吐き出していた。
「――ニコラスが犯人じゃ無いとしたら…結局、誰が犯人なんですか?」
やれやれといった態度で、腰に手を当てながら、彼女はこの裁判の命題とも言うべき問いを俺達の中心へと落としていく。それはあまりにも単純明快…もはや答えを教えて下さいと言っているような簡単な問いかけだった。
その問いへの、俺達の答えは当然…”沈黙”。悩ましく唸る声と、どうしたものかと頭を抱える生徒がチラホラと見られるだけ。俺自身も、顔を普段以上にこわばらせるだけ。答えられませんと、素直に口にする者は居ないが…暗にそうだと言っているような状況だった。
「そう言われてもね~」
「そんなの拙者らも聞きたいでござるよ……」
「最有力容疑者を疑う理由が、殆どかき消えちまったんだからね…」
「……ですよね。言い出しっぺの私も、ニコラスが犯人だと決めつけてたから、正直弾切れです。見張りに注力してたのがココで仇となったですよ」
そう言いながら、少しシュンと小さな体をさらに小さくする雲居。ニコラスへ疑いを持ってた生徒達も同じく、同調するように気まずそうな空気を纏い始める。
そうさせてしまった原因の1人である俺が言うのもなんだが……そんなムードになってしまうのも無理は無い。
……結論の一つとしては分からなくも無い、流行とも言えるほど蔓延していたニコラスの犯人説。今まで推理されてきたトリックと俺達の目撃談を重ね合わせれば…もはやそれしか考えられない程、強固な答えであっても不思議では無かった。
だけど先ほどの議論で、その答えは覆されてしまった。鮫島を殺した犯人である、と言い張るには、証拠が不十分だったが故に。
だからこそ…今、現在進行形で、これからの話の道行きに滞りが生じてしまっているのだ。
「そもそもの話…どうして犯人はニコラスさんを気絶させていたんでしょうか?」
すると、小早川が、指を頬に沈めながら、根本的な犯人の意図についての疑問を持ち出す。それに対応するように、雨竜は低く唸り、口を動かしていく。
「…犯人側の立場で考えてみるなら…恐らく、有力な容疑者としてワタシ達の間で諍いを起こさせるためだろう…」
「えっ…殺害のためじゃ無くてねぇ?」
「殺すためなら、気絶させたタイミングでとどめを刺しているはずだ。態々、生きるチャンスを与えてまで火中に放り込む理由にはならん」
「……じゃあ私達は、丹念に用意されたトラップに、まんまと嵌まったってわけですね。そう思うと…正直、屈辱ですね」
「まさかこれ程の緻密な戦略があの一夜の間に…此度の犯人は、前回以上に一筋縄でも二筋縄でいかんでござるな…」
犯人がこの状況になるように仕込んでいた、そう考えるとするなら、圧倒的な計画力と称さざる終えない。今の今まで、犯人の筋書き通りに進んでいた思うと、憤りを越えて寒気すら覚えてしまう。
…実に狡猾だ。本当に見つけることが出来るのか…本当に全てを暴き出すことが出来るのか…半ば諦めに近い感情を漂わせてしまいそうになる……。
「…唯一分かってることと言えば~、死体になった鮫島くんの移動トリックだけだよね~」
「……しかし分かっていても、まだ先行きは不明瞭。既に喉元まで牙を伸ばせているというのに…実に歯がゆい話だ…」
「歯だけに?歯だけに?」
「ふん…我ながら上手くいったものだ。賛美の言葉を掛けても良いのだぞ?」
「日本語が上手で良かったね~」
「そこはかとなく馬鹿にされた…だと……!」
…シリアスなはずのムードから、また変におちゃらけた空気へと、微妙に傾く。また水無月か…と思うと同時にジャラランと、聞き慣れたギターの音が阻む様に響いた。
「ははっ、僕達が突き進む先あるのは命を照らす真実か…それとも永遠と共に巡り続けなければならない無限の迷宮か…果たしてどっちなんだろうね?」
「…できれば、後者にだけは迷い込みたくはありませんね……。一度でも迷ってしまったら、きっと、一生出られずに…そのまま……うう」
「…それは流石にオーバーなんだよねぇ」
「そんなしょげる必要は無いぜ!!ミス小早川。この先に待っているのは当然、真実に決まっているのだからね!!晴れて自由の身となった超高校級の錬金術師兼、超高校級の名探偵たるニコラスバーシュタインが、事件の解決と言う名のユートピアへ導いてこうじゃないか!!」
「敬虔さが売りのアタシが言うのも何だけど…怪しい宗教勧誘みたいさね。アンタの場合」
「それにしても元気だよね!素直ちゃんから結構良いの何発か貰ってたのに、全然ピンピンピーンってしてるよね!」
「普段からの鍛え方が違うからね!それにあれだよ、名探偵であるはずのこのボクが、今までまともに推理に参加できなかったんだ、水を得た魚になってしまうのは必然なのだよ!例えるなら、大好物が並んでいたのにお預けを食らっていたディナーを、今まさに頂けるような気分だね!」
「…あんたは犬ですか」
本当に…今までの後遺症などなんてことも無いように、揚々とした身振り手振りで、油の乗った舌を彼は振り回す。うるさいことに変わりないが…意見が通りやすくなった、というのは、ニコラスにとっては最大の朗報だったのだろう。
「でも~確かに犯人としては不十分だけど~、まだ疑ってる人は多いから~完全に解放されたって訳じゃ無いよ~」
「同感だ……貴様の現在の身分は仮釈放に近い…あまり調子に乗りすぎると、また求刑されるぞ」
「所謂、私達と同じ”ぐれーぞーん”なるものに落ちてきた…というヤツですね!!」
仕方無しと首を振る生徒の中にも…まだ疑いを拭いきれない生徒もまた存在していた。完全に犯人では無いと言い張るには…もう少し、議論が必要のようだった。
「勿論分かっているとも!…だからこそ、こんなにも大人しめに話しているんじゃないか!キミ!」
「…どこが?」
「はぁ、もう好きにさせてやんな……。それに、現時点で被害者側のアンタの意見ってやつも気になるしね……どれ、ちょいと聞かせてみるさね」
「あー、そういえば9時頃に襲われたと証言していたでござるな……」
「あんな大層な口火を切ったんだからね、きっと事件の核心に迫りまくっちゃう意見を持ってるはずだよ!!」
そう…ニコラスは、自己申告ではあるが、犯人に襲われたという経緯を経ている。ただ目撃しただけの俺達よりも…より近いところで接触したニコラスなら、何かしら重要な証言が出てくるかもしれない。
俺も他の全員と同じく…最有力容疑者から最有力被害者へと転身したニコラスへ視線を集中させた。しかし当の彼は、何か考えに耽るように、いつものおもちゃのパイプを口に咥え、ぷくっ、ぷくっ、と数個のシャボン玉をのんきに作り出していた。
「ニ、コラス、くん?」
「ふーーーむ。そうだねえ…キミ、あれだよ………少し考えればすぐ出てくるのだけど、今はね……うーむ、少々記憶が遙か遠くへと旅だっていってしまってね……いや、覚えてない訳じゃ無いんだが…」
長いセリフを口ずさんではいるが……。その煮え切ら無い態度で、それが明らかに中身の無い言葉の羅列であることは分かった。
いや…お前、もう何も覚えてないだろ…。そっと、内心ツッコんだ。
「はぁ……そんな長ったらしくぼやかすなら、素直に覚えてないって言うですよ…」
「……でもつい数時間前のことなのに」
「!”すたんがん”なるもので気絶させられたとき、記憶が飛んでしまったとか!」
「あ~成程~~記憶する脳の器官がビリってされたからか~」
「…そこで納得しちゃうのでござるか?」
「それ、に、殆ど、不意打ちみたい、だった、から…覚えて、無く、ても、不思議じゃ、ないんじゃない、かな?本を読んでいた、ん、だから、きっと後ろから、だよ、ね?」
「そう!つまりそうなんだよ!キミ!…ボクの灰色の脳細胞は極めて不意打ちに弱くてね………どうやらとても大事な場面を見逃してしまったみたいなのだよ!」
「はぁ……じゃああのユートピアやらの下りは何だったんですか……」
「それはキミ!!所謂若気の至りというというヤツだよ!!」
「アンタ、アタシらとタメだろ………本当は覚えてるけど、忘れてるだけじゃ無いのかい?一度ひっぱたいてみれば、多少なりとも埃くらい落ちてくるんじゃないかい?」
「はは!まさか。ボクの頭はアナログティックなテレビでは無いからね、ショック療法は流石に勘弁だぜ?シスター反町。だけど…本当に、困った物だよ…事件当時のことが分からないとなれば…もう下手な鉄砲よろしく…様々な可能性から土台を作るしか無いのだが…しかしそんな”気になる証拠”すら見当たらない……このままじゃあ埒があかないね……そうだね…では……――――ミスター折木!!」
「……ちょいちょい……呼ばれてますぜぇ…公平の旦那ぁ……」
「……………!えっ?…俺か…?」
殆ど傍観者のような立ち位置で、思いっきりボーっとしていた俺は…急に引っ張り出された…イヤ実際は水無月が服を微力に引っ張られたことに気づき……ワンテンポ後ろで少なくない驚きを表わした。
「キミはボク達の中でも特に捜査を念入りにしていたからね…何かしら重要そうな証拠が懐にあるんじゃないかい……?だからこそ改めてに意見を仰いてみたんだけど……どうなんだい?ん?」
「どーなの!!?」グッグッ
「水無月、耳元ではしゃぐな……あと指を頬にめり込ませるな……しかし…いきなりそんなことを言われても…」
「勿論!キミの話を聞いて、思い当たる節があったならば、途中で茶々を入れさせてもらうよ」
「せめて入れるなら助言にしてくれ……。しかし……何か…気になる証拠、か……」
「いや~倉庫に引きこもっていた拙者が言うのも何でござる……流石にあの短時間で証拠を集めきるのは……些か無理があるのでは?」
「くっくっく~、公平くんや。やっぱりあの、鮫島くんの部屋に置いてあった”アレ”じゃないかな~?カルタ的にもうビンビンに気になっちゃってるんだけど…」
そう困ったようにつぶやいていると、水無月はニヤニヤとした顔つきで肩を叩き、”あれだよ、あれ”と口パを動かしている。少々イラッとくる表情の下の方に目を向けると…彼女は自分のポケットを指さし…何かを示していた。
「アレ、というと………アレのことか?」
「えっ……マジで心当たりアリアリでござるか?あんなだだっ広いエリアの中で?」
「…どこぞの忍者とは大違いですね」
「ぬぬぬぬぬぬ…はぁ……そうでござるよ。所詮拙者は死体の見張りとか、倉庫の在庫を数えることしか出来ない能なしの忍者でござるよ……」
「けなしすぎて、とうとう塞ぎ込み始めたんだよねぇ……」
これが本当に直接犯人に繋がるのかどうかは分からないが、アレはこの場を進展させるには充分な力を持った証拠……。俺は手元にあるメモ帳をぱらりと開く。
「…確かに……密接に繋がっていそうな証拠はある…」
「そうなんだよ!そういう証拠を待っていたんだよ!!」
「そうだよ!そういう犯人に繋がってそうな証拠があるんだよ!!キミ達!」
「「……」」バチバチバチ
「セリフがちょっと被ったからって無言で火花を散らすのを止めてほしいんだよねぇ」
「特にニコラス…お前は一旦マジで黙るです。でっ、その怪しい証拠ってのは一体なんなんですか?」
――迷っていても仕方ない……とりあえず…出してみるだけ出してみるか。
極めてどうでも良い乱闘を繰り広げる寸前の2人は放置し…微かに感じた不穏な予感を乗せて、証拠を突きつけた。
【コトダマセレクト】
【鮫島の部屋にあった手紙)
「これかっ……!」
「……鮫島の部屋にあった”手紙”だ」
「手紙~?」
「はーい!そうでーす。ちなみに、此方が実物になりまーす!!」
”手紙”という疑問の多い単語に説得力を持たせようと…隣の水無月が、少々クチャクチャになった手紙を掲げた。いや、絶対適当にポケットに突っ込んでただろ…とは言わないでおいた。
「手紙…というと…以前渡された、”動機の手紙”のことでござるか?―――まさか…!鮫島殿の秘め事が今回の事件に関係しているというのでござるか…!」
「ま、またあの手紙ですか!?」
「――――――――いや!それとは全くの無関係なんだよねぇ!!!」
「……古家?」
「あ……いや、な、何でも無いんだよねぇ……折木君、続けて大丈夫なんだよねぇ」
…少し焦ったような否定を入れた古家を変に思いつつ、俺は同意するようにたどたどしく頷いた。
「古家の言うとおり……今話題に出た動機の手紙と、この手紙は無関係だ。そうだよな?水無月」
「パンパカパーン!!そのとーり、全くもってそのとーり!水無月カルタちゃんの冴え渡る直感によって、真実へと繋がる一筋の光り…もっと簡単に言うと、もんの凄く怪しい手紙をこの手に収めることに成功したのだーー!」
「もんの凄く……ですか。そうおっしゃられると、もんの凄く気になります!!」」
「もったいぶらずさっさと見せるさね!」
”まあまあそう焦らず騒がず…”そう言いながら全員をわざとらしく宥める水無月。そのまま彼女は…まるで壇上で祝辞を送るように手紙を大げさに開き、よく通るかん高い声を響かせる。
「じゃあ読み上げまーす。『本日の夜10時半、図書館に来てください。相談したいことがあります ”古家”』…って書かれてまーす」
差出人の部分をイヤに強調しながら……そう読み上げた。
そして手紙の中身を公開して数秒……居心地の悪い沈黙が辺りを走る。そしてハッキリと、息を飲み込む音が聞こえ…直後、たった1人から小さな震え声漏れ出した。
…それが誰から発せられているのか…気づくのにそう時間はかからなかった。
「あああ、なんで、あたし、な、な、名前が…」
――古家からだった。いきなり自分の名前が出され、今に顎が外れそうな程口をガクガクと上下させ、誰が見ても相当焦っているようにしか見えない状態に、その身を変貌させていた。
「な、何故その怪しさ満点の手紙に…古家殿の名前が…?」
「む、むぅ…これは、つまり…」
「いやぁ!どうやらボクらの中にとんでもない伏兵が潜んでいたみたいだね!!まさかミスター鮫島の友人であるミスター古家の名前がココで出てくるだなんて……もしやもしやのキミが犯人…そうだとすれば、とんでもない超展開じゃないか!」
「い、いや…違うんだよねぇ……あたしは…!そんな、そんなことしないんだよねぇ!」
「……本当に?」
「それはもう…あたしのオカルト人生を賭けても良いくらいバキバキの本当の本気の本当なんだよねぇ!!」
「ちょっと最後の方は意味が分からないけど…尋常じゃない汗が吹き出すくらいには、切羽詰まってるのは確かさね……」
…この証拠を出す前に感じていた、不穏な予感はやはり的中してしまった。…だけど、この証拠が出てくれば…絶対にこの状況にならざるを終えない。だけど、分かっていながらも、どうすることも出来なかった…。きっかけを作ってしまった原因が自分にある故、どうしようも無い罪悪感が胸を掠める。
しかしニコラスのような矢継ぎ早の疑りは無いものの……静かに、しみこむように…疑いの矛先が古家へと向かっているのが目に見えて分かった。
「そ・う・い・え・ば…さっき手紙の部分でかなり確信めいた否定が入っていたけど……あれってどういう意味だったの?何かしらの心当たりあったからって感じ?」
「いや、全然心当たりも何も無いんだよねぇ?!アレは…ちょっと、いや、思いっきり違うかなーって心が閃いたから…ああ言っただけなんだよねぇ!!」
「何か無きゃそんな閃きは浮かばないよ~」
「いや信じて欲しいんだよねぇ!!あたしが、鮫島くんを、あ、あ、あんな惨たらしく殺すだなんて………できっこないんだよねぇ!!!」
「できっこない…か………それはどうかな?キミ」
ニコラスが…声を低くしながら…古家を見据えた。その疑いに近い声を聞いた古家は”えっ…”と怯え含んだ驚愕を露わにする。
「事実は小説よりも奇なり……なんて良く言うじゃないか。大切な家族を殺したのが、その身内であったり。殺人犯が自分の友人であったり……それこそ、今まで仲良くしていた友人がその友人殺すだなんて…こんな殺意を煮詰めたような世界で、そんな残酷なことが起こっても不思議は無い……」
「…全面的に同意はしたくないですけど……否定も出来ないですね」
”現に、あたしも折木にも言った気がしますし”…そう雲居がこぼす中…ニコラスは緩まず、言葉を続けていく。
「それに…とても快適とは言いにくいこの狭苦しいコミュニティーだ。人間関係でいつトラブルが起きても不思議は無い…いやむしろ…何故今まで、人間関係のトラブルが起き無かったのか…そっちの方が不思議で仕方ないよ」
”まあ意図的にトラブルに発展させられたミスター陽炎坂は例外としてね?”…そう付け足していく。
ココでそんな賛否両論なことを堂々と言うのはどうかと思うが…確かに…ニコラスの言葉には”一理”ある。人間はとても不気味な生き物だ…。考えていることは確かにあるのに…その考えは自分以外の他人には決して捉えることはできない。同時に、他人も自分以外の他人の考える事なんて完全に理解できやしない…。だからこそ、信じられないような人物が信じられないような事をしでかしても……何ら、可笑しいことではない…。
「――案外、今までしつこくつきまとってくるミスター鮫島のことを、常日頃から殺したいくらいうっとうしく思っていたとか、そんな気持ちが微かにあったんじゃないのかい?ミスター古家」
「ニコラスさん!言い過ぎですよ!!!!」
だからこそニコラスは疑っているのだ……証拠も何も無いなら、感情論で”違う!”と宣っても…信じることすらできないと…。さっきまで疑われていた自分を棚に上げ、そんな演説紛いのセリフを次々と声高に並べているのだ。
それでも流石にその言動が目に余ったのか、即座に小早川から注意が入った。だけど、その微力な努力も空しく、古家は自分を守ってくれている盾に気づかないほど…動揺は悪化の一途を辿っていた。
「そ、そんなこと、絶対に、絶対にないんだよねぇ!!!あたしは、あたしは、鮫島君を、こ、殺してなんか……」
「あり得ないことなんて、あり得ない…。これは僕がよく口にしている言葉なんだだけどね。いついかなるときも、人の感情というのは、どう動くのか予測なんてつけやしない……まるで大海原のようにね」
「……お、落合。アンタも疑う側についてるのかい…」
「僕は常に風と共に旅をする、しがない渡り鳥さ。どこにいても、そこに居るボクこそが、ボクなんだよ」
まさか…落合も似たような考えを持っていたとは……少し意外だった……。気づくと、その考えに賛同するように、もしかしたらと考えている生徒がチラホラと見られるようになっていた。
「う~ん、よく分かんないけど~、こういうときって~またさっきみたいに疑ってみるのがいいのかな~?」
「ふっ…疑う余地があるのなら…とことん追求するのもまた真理への一歩…ふははは、ならばこの狂乱、ワタシも乗ってやろうではないかぁ…」
「ううむ…拙者的には、ちょっとやりにくでいござるな…先ほどのように要らぬ疑いをしてしまってるのではないかと…心のブレーキなるものが…」
「……何かややこしくなってきた。…終わったら起こして」
「…この、状況、で…!?」
「ううう…古家くん…まさか貴方みたいな人畜無害というか、むしろ害を与えられる側のような人が…こんな、こんな」
「何勝手にしんみりしちゃってるんだよねぇ!!あり得ないったらあり得ないんだよねぇ!!」
「おいおいおいおい、さっきから”違う、違わない”の一点張りじゃないか。それじゃあ面白みも何も無いぜ!キミがそうなら、今ココで、本当に違うのかどうか吟味し合おうじゃあないか!何ていったってこれは学級裁判なんだからね!!!今この瞬間に踊らずしているいつ踊るのかというものだよ!キミ!」
「あー、学級裁判をてんてこ舞いにするのはキミタチの自由ですけど…ちゃんと制限時間通りに話を収めてく下さいネ?これ優しい紳士からの忠告ですからネ…?」
ニコラスの、煽るような口調は、古家が怪しいという突発的な疑いは風速を上昇させていき…そして確実に嵐を巻き起こしていた。
しかし…この疑惑の嵐……先ほどのニコラスへの一方的なとても激しい物では無く…どちらかというと、理知的に、疑うべき部分を疑うという、静けさが根幹に流れているような気がした。
恐らく……狼狽する古家を見て…逆に皆、冷静になってしまっているのだと思う。何だか可哀想な話だが…。
だからこそなのだろうか…俺自身も妙な落ち着きを持ち始め、先ほどよりも、より俯瞰的に周りを見えるようになってきた。
この客観的な視点で…この状況をおっぱじめた張本人である、ニコラスを見てみると何となくこの状況になることを想定して…故意に遊んでいる様に写って見えた……。だって瞳の奥で、ちょっと笑っているんだもの……。そう分かってしまうと…今まで気にしていた不安感は、段々と呆れに近い感覚へと置き換わっていた。
…だけど、古家にとっていわれの無い悪い流れがあることに変わりは無い。とにかくこの状況を諫める、絶妙な流れに変えなくては……。
自分だけじゃなく、”相手の言葉を使ってでも”…。
【ノンストップ議論】 【開始】
「あたしゃ殺人なんて起こしちゃいないんだよねぇ!!」
「これは何かの間違いなんだよねぇ!!」
思わぬ人があぶり出てきた~
しかし、疑いにくいでござるな…
「であれば、この手紙どう説明する?」
「これは『貴様が書いた物』では無いのかぁ?」
手紙に名前が書かれていたの大きいさね
そうだーー!!そう説明するんだーー!!
…水無月、さん…
「そんなのまったく【身に覚えが無い】んだよねぇ!!」
「だから絶対にあたしが書いた手紙じゃないんだよねぇ!!」
身に覚えが無いなら仕方ありませんね!!!
まあ犯人じゃなくても、普通そう言うですけどね
「…でもこの手紙、とっても角張ってる」
「…きっと【定規で書かれてる文字】」
「だから…誰でも書ける」
「古家が書いてない、『絶対の根拠にはならない』」
偉く達筆な字だと思ってました!
……達、筆?
字は人を表わすと言うけど…これはどんな人柄を表わしているんだろうね?
…硬派、とかかい?
「そ、そんなぁ……」
「ここ、こ、これはきっと罠なんだよねぇ」
「あたしを犯人に仕立て上げようとする……」
「犯人の仕組んだ策略なんだよねぇ!!!」
罠…ですか…
これもまた犯人による一計?
「はっ!何を言うのかと思えば!」
「この手紙にはキチンと……」
「【差出人の名前】にキミの名が書かれているじゃないか!!」
「これを今回のクロと言わずして、何というのかな?キミ!!」
そうなのだよ!キミ!!
便乗の鬼だね、アンタ…
【定規でも文字が書かれてる)⇒【差出人の名前】
「それは違うぞっ!!」
【BREAK!!】
「――――ニコラス…それは違うぞ。この差出人は…風切が言うように…筆跡を誤魔化してる…だったら…」
「態々名前まで書いてしまえば…筆跡を隠蔽した意味が無くなる…だからミスター古家が手紙を送った可能性は低い…そう言いたいんだろ?……ああ。そうだよね?そのとおりさ、キミ」
「………えっ?」
ちなみに今のすっとんきゅうな声は、古家からだ。それもそのはずだ。襲い掛かるように疑いの言葉を浴びせてきた相手が…急に態度を翻し、分かっていたように”古家では無い”と、同意し始めたのだから。
疑惑からの肯定……既に俺を含めた何人かは呆れつつも分かっていたようにため息を吐く。…何がしたいのか…何を考えているのか、殆どはわかりきっていないが…根幹の部分で目指す目的は何となく理解できた。
……まあその不可解さには困惑する以外の感情は禁じ得ないのだが。
「はぁ……ニコラス。いたずらに場をおちょくるものじゃないですよ。ここはお前専用の遊び場じゃないんですから」
「えっ?えっ?……つまり、どういうことですか?」
「ああ悪かったねキミ達。久しぶりに翼を広げられると思って、少々昂ぶりすぎていたみたいだ。だけど安心してくれたまえよ?ボクは最初からミスター古家を疑ったりはしていない。今までのは、ミスター古家の潔白を証明するため、そして真理を確かめるために必要な余興だったのさ」
「本当に悪いと思っているのか、貴様…」
「…やるんだったら、もっと緩やかに議論を開始させてくれ」
「ふ、ふーん。分かってたもんねー、古家くんのことなんか…カルタは一ミリだって疑ってなかったもんねーウソジャナイヨー」
「いやぁ本当に。つい熱が入ってしまってねえ。許してくれ給えよ、諸君、そしてミスター古家」
「え…え?あ、あの?ねぇ?」
気づかなかった連中からすれば、小さな即興劇を見せつけられた気分なようで、未だ呆けたような表情を貼り付けている。少し気の毒に感じるが……もうコイツはこういうヤツだと慣れるしか無い。
俺は溜まった疲れを逃がしていくように、もう一度深いため息をついた。
「…余計な遊びは抜きにして、結論から言おう。その手紙はそう…”誰からの物でもある”のだよ」
「……その理由は…やっぱり筆跡?」
「ああ、その通りさ」
「……字を偽っている手紙に、差出人の名前を書くのは、考えてみれば本末転倒な話です。こんな見るからに怪しい手紙に、犯人本人の名前を書くのは正直バカですからね」
「…つまり、古家の名前を差出人に書いたのは鮫島を呼び出しやすいようにした犯人なりの工夫…そう考えられる」
「鮫島くんを呼び出しやすく出来る上に…あわよくば古家くんに疑いの目を向けさせられる……絶好の人選だよね!」
短く手紙についての議論の終着点を俺を含めた生徒達で淡々とまとめ、…同時に、古家への疑いも少しずつ薄まっているようだった。
だけど、余分な疑いが少なくなって…喜ばしいことのはずなのに……今の話から数人の生徒達が気まずそうな声が上がり出していた。
「さ、左様でござったか……何だか場の流れに乗せられて、また要らぬ疑いを持ってしまった気がするござる…。すまぬ古家殿」
「あたしも……一瞬疑っちまったよ。悪かったね」
「私もごめんね~…」
「いやいやいやいや、別に良いんだよねぇ……そもそも限度を知らないニコラス君が暴走したのがいけないんだから…皆に非は無いんだよねぇ……ふぅ」
「いやもしかしたらこういう結論になると分かっていて、敢えて自分の名前を書いたとも考えられるけど…流石にキリが無いので言葉に出しておくのは止しておくとするよ!!!」
「…めちゃめちゃ声に出てる」
「アンタ!折角穏やかに終わりそうなムードだったのに、水刺すんじゃ無いよ!」
「それにあたしは定規で線を書くのは好きじゃ無いんだよねぇ!!もう正方形なんて見るだけで反吐が出るんだよねぇ!!」
「……それは明らかなダウトだよ~」
そうやって、また要らぬ疑いをニコラスが繰り広げそうになっていたが……すぐさま古家は微妙にズレたツッコミを入れる。焦りが消えたためなのか…その声には張りが戻っているように聞こえた。
鮫島の件で余り疑いたくなかったために…少し安心した気持ちになる。
「…それにしても……鮫島さんを呼び出すために、古家さんの名前まで利用するなんて…今回の犯人…もう許せません!!」
「…既に許されんから…この学級裁判は開かれているのだがなぁ…」
「だけど、手紙を送ってまで…鮫島殿を執拗につけ狙っていたとは………此度の犯人は何やら執念なるものを感じるでござる」
「うん~。ちょっと怖いよね~」
確かに…この手紙のことから、沼野の言うとおり、これは明らかに鮫島1人を狙っての計画的犯行である。しかも、ワイヤーを使ったあれほどまでに大がかりな準備までした……とんでもない計画。
俺はそんな底知れぬ執念深さを持つ犯人が、俺達の中に潜んでいるという事実に…寒気以上の恐怖を感じた。
――だけど…どうしてそうまでして鮫島を狙っていたのか……その根底に在るモノは未だに理解ができない……。…もしかして、今までの日常の中で何か…何か鮫島に狙いを定める”きっかけ”のようなものでもあったのだろうか?
「…しかしぃ…その手紙が犯人へと繋がる手がかりにならないとすると…話はまた振り出し戻った、ということかぁ?」
「いや、そうでも、無い、んじゃない…か、な?」
「……?そうでも無い…?一体どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。キミ。この手紙にはもっと重要な部分がある…ミス贄波はそう言いたいのさ……そして名探偵であるこのボクも同感で…さらに言ってしまうと、その気になる部分の見当は既についているのだよ」
「本当かな?本当かな?じゃあ言ってみなよー、やってみろよ名探偵!!」
「折角のレディーからのリクエストだが…丁寧に断らせて貰うぜ?超高校級の名探偵であるボクは、どうやら答えを最後の最後までもったいぶるのが癖になっていてね……ここはあえて、ミスター折木にパスしよう」
「今の状況だったら…とんだはた迷惑な癖さね」
「それに……敢えてもなにも、毎回パスしてる」
「もう完投するする勢いで折木君にボールを投げまくってるんだよねぇ…」
俺はニコラス達の発言を聞き、そして話を振られたことに対して、しばし考え込むように下を向く。確かに異様に意見を求められるのは気になるが………それよりも……。
…手紙の中のもっと重要な部分…か…。
――もしかして、ここのことか……?
【スポットセレクト】
『本日の夜10時半、図書館に来てください。相談したいことがあります 古家』
↓
『本日の【夜10時半】、図書館に来てください。相談したいことがあります 古家』
⇒【夜10時半】
「ここだっ!!」
「……もしかして、それって呼び出し時間のことか?」
俺は全員に向けて、ニコラス達が言っていると思われるポイントを言葉で示していく。あまり自信は無いが…気になる点と言ったら、ココ以外には考えられなかったからだ。
「呼び出し時間~?」
「…夜10時半と書かれていますね!………でもこの時間帯は……えと…確か」
「そうだね!このボクが読書をしていた9時よりも随分後になるね!しかも場所も一致している…。これは参った、なんたる偶然だろうか!!」
「へっ…今回の犯人の計算高さからして…偶然じゃなく…もう意図的に合わせてるですよ」
「笑えないくらいリアリティがあるでござるな…」
「じゃあさじゃあさ、今回は鮫島くんの死亡推定時刻が分かってないんだから……もしかして…この時間に、ポックリ?とか?」
「…ていうか、それくらい暫定しとかないと、話が進んだ気がしないさね…」
「本当に、そう、だね…」
まあ、この時間丁度かどうかは分からないが…。雲居が襲われた時間とニコラスが襲われた時間を考えれば……少なくとも、この時間からそう離れていない時間に亡くなった…その可能性は高い。
「この時間通りに鮫島が図書館に行ったとして……犯人は、ニコラスを気絶させた後、その一時間ほど後に、殺害した…順序立てていくとそうなるな…」
「そんで~~鮫島くんをプールに運んで~、吊したってことかな~?」
「まっ、妥当な推論ですね」
手紙を起点に、大まかにだが、犯人の行動を1つ1つを紐解いていく俺達。9時の時点でニコラスが図書館に居た事…そして鮫島が10時に呼び出された時間のこと……それらの証言と証拠を踏まえてみると……。
「………犯人、は、最低で、も、夜の9時、から、事件を、発生させる準備を、していたって事になる、ね?」
「では…ニコラスを気絶させたのは…これから図書館にやってくる鮫島の殺人に邪魔だったから…か?」
「それに~その前々から~倉庫から大量の物を持ち出してるよ~」
「ものすんごく念入りなんだよねぇ…」
「人は何か一つの事に執着すると…途轍もない奇跡を起こすこともあり得る……詞とギターを片手に、世界を歩き回ってしまうような奇跡をね」
「スーパー風変わりのアンタからの言葉だと、説得力が半端ないさね…」
「奇跡込みで考えても、今にも卒倒しそうな緻密ぶりです。…ていうかもう倒れるスレスレなので、宜しければ介護お願いしたい気持ちです!!」
「勝手に仕事を増やすなです…はぁ、でも厄介な事には変わりないですね。今回の犯人…見つけるのは相当な骨ですよ」
鮫島を付け狙った周到さに加え、雲居を襲った周到さ…ワイヤーを使った大胆さ……本当にこの中の誰かがやったとかと、首を傾げたくなる程の実行力だ。それはまるで経験者のような大立ち回り…雲居の言うように…本当に見つけるのに骨が何本あっても足りないかも知れない、相手だ。
「それにしてもさ~今の話と~折木くん達の不審者の話を混ぜてみるとさ~、何か~事件の流れが~すんごい複雑になってきてるよね~~」
「確かに……犯人の動きがランダムで、どこの時間にどこに居たのか…とっちらかってきたさね」
「でしたら!!折角なので、今まで起こったことを時間別にまとめていくのはいかがでしょう!!」
「おっそれは名案でござるな!」
「小早川”に”しては、粋なアイディアですね」
「えっ!!……えへへへ~そうでしょうか?何か照れてしまいますね…」
「いや…微妙に褒めてない」
どうやら何時に、何処で、何が起こったのか…今まで分かってきた事実をまとめていく流れになってきているようだった。全員の気合いを入れるような態度に、俺自身も気持ちに力を入れていく。
「では決まりみたいだね!!キミ達。ボクの襲撃から、シスター反町達が図書館にやってくるまでの間…時間が無い、今からノンストップでまとめていこうじゃないか!乗り遅れてくれるなよ?」
「いや1番時間を浪費してるのはあんたなんだよねぇ…」
俺は、数時間前の記憶と、今まで分かってきた事実を掘り返しす。そして…意識を目の前で流れ出そうとしている議論へと集中させていった。
【ノンストップ議論】 【開始】
「犯行が始まったのは夜の9時…」
「ニコラスさんを【”すたんがん”】なるもので気絶させられてから…」
「…と見て宜しいでしょうか?」
まだ横文字は苦手みたいだね!!
でも、そんな早い時間から
「ニコラスくんの話を聞くと~そうなるよね~~…」
「それから少し経った後の10時半に~」
「鮫島くんを~手紙で呼び出して~」
「【図書館で殺害】したって事になるのかな~?」
死亡推定時刻だけはどうも曖昧でござる…
でも、その時間しか考えられないんだよねぇ
「そして11時半に…私は犯人らしき【不審者に襲われ】…」
「現れた折木と合流して、プールに向かった…」
そんな時間に襲われたと思うと…
恐怖でしか無いんだよねぇ…
ボクだったらトラウマものの出来事だよ!
「そこで【首吊り死体を発見した】のだったぁ……」
…なんで図書館から態々…
考えられるのは~捜査の攪乱のためとか~?
充分すぎるくらい攪乱させられてるね!!
「死体を目撃した後…」
「12時ちょっと過ぎに…私達はプールで図書館の大火事を目撃したんです…」
本の都を包みし、煉獄……燃え尽きた先にあるのは夢か希望か…
灰と炭だけしか残って無かったんだよねぇ…
「図書館に急いでやって来たキミ達と、火の中で目覚めたボクが入り口前で合流」
「火事は【約30分ほど】で鎮火され…」
「治まってすぐ、12時半にミスター鮫島の死体を発見した」
考えてみると…あの炎の中でよく生きていたですね…
そこそこのやけどの症状は見られたがなぁ…
それはもう!超高校級の名探偵たる力だよ!キミ
一ミリも関係ないと思うんだよねぇ…
「鮫島の死体発見アナウンスを聞いたアタシ達は」
「【12時40分頃】に、図書館に集まったきたってわけさね」
もう少し早めに鎮火して欲しかったですよ
…そうすれば…多少なりとも本を救い出せたですのに…
悲哀が痛いくらい感じるよ~
「はぁ…まとめてみて分かりましたが…」
「複雑怪奇この上ありません…」
「ここまでわかってるのに、犯人の【足取りすら分からない】のが悔やまれます」
【ぬかるみの足跡)→【足取りが分からない】
「その矛盾…見逃す訳にはいかない…!!」
【BREAK!!】
「いや小早川…もしかしたら、“足取りなら分かるかもしれない”」
たった一言、もしかしたら犯人の動きが分かるかも知れない…。俺は小早川の発言に対し、そう言い放った。
「まさか!…犯人の動きが分かるというのでござるか!」
「ほ、本当ですか!!折木さん!!それは…ええと、とにかくすんごい発見じゃありませんか!!!」
「小早川…興奮しすぎて語意が低下しているさね。一旦落ち着きな」
「安心して下さい!!元々語意は下限を突破しております!!」
「そこ安心する部分なのかねぇ…」
「……何か、開き直ってる?」
もしかしたら、という他愛も無い発言ではあったが……それだけでも…全員にとって思っても見ない指摘だったようで…大きな注目が俺自身に注がれた。少し、気圧されてしまう。
…そんなこと有るわけ無いと一蹴される雰囲気では無いのは嬉しいが……しかし…微妙にズレた受け取り方をされてしまっているみたいだった。俺は、少し申しわけない様な気持ちを燻らせつつも…その発言の意味を修正するように、言葉を続けていく。
「……期待させているところで悪いが。犯人のだけじゃなく………――”全員分”の動きだ」
「おお~全員分なんて、随分と大きく出たね~」
「ままま…まさか!!通行人を”せんさー”で感知し、そして何時何処でどなたが通ったのかを瞬時に判断するという…あの…」
「え…?イヤ別に…」
「どうやらミスター折木の中にも文明開化の波が来ているみたいだ!友人として実に喜ばしい事だね!!キミ!」
「人とは、時代と共に常に変わりゆくものさ…まるで逆らうことが出来ない激流のようにね」
「曲解に曲解を重ねるな…!それにそんな非現実的な謎技術なんて有るわけ無いだろ……!もっとアナログチックな方法を使ったんだよ…!」
勘違いを累乗させようとする言葉の数々に無理矢理待ったをかけた俺は……この裁判場に降りてくる前の揺れるエレベーター内でまとめていた”例のメモ”を取り出した。すると、そのメモ帳を見覚えがあった贄波は、はっ、気づいたような短い声を上げた。
「そういえ、ば、逐一、地面を見なが、ら、メモ取ってた、ね?……確か、足跡だった、っけ?」
「……”足跡”………ですか?」
「ああ、この中央分岐点に付けられた足跡、それも全員分のな」
「本当にアナログチックな方法だ~」
「まあ”昨夜における”、が頭に付くがな……だけどこれで”何人の”生徒が、”何処に”向かったのかが分かるんだ」
「ああ~だからこんなに種類が少ないんだ~」
「…ご丁寧に事件とは関係なさそうな場所の足跡……それに地図まで書いてるよ…几帳面なこったねえ」
「流石ご老体!!細かい作業ならお手の物だね!!」
水無月のイジりに対し、反射的に”誰がだ…!”と危うく反応しそうになったが、面倒くさい流れになる前に、寸前で飲み込む。確かに、細かい作業は得意ではあるが……。
「どぅあがぁ…折木よ。そもそもの話、何故足跡などがわかったのだぁ………?」
「あっ!それ拙者も気になってたでござる!」
「それも含めて説明していこう。まずみんな思い出して欲しい欲しいんだが……捜査が始まる前、雲居とニコラスが、中央分岐点の”道の真ん中”を歩くな、なんて指示があっただろ?」
「あったね~、それと~足跡が~何かしら関係あったり~?」
「勿論大ありだね!!ではここでキミ達に質問しよう…どうしてボクが、そのような注意をしたのか……わかる人はいるかな?」
「はい!!わかりません!!!!」
「清々しいねキミ!そういうのは嫌いじゃ無いよ!!」
ニコラスがまた自分のペースで話を巻き込んでいこうとする中…その足跡の原因に心当たりがある…”とある1人”――――風切が…”あっ…”と、小さな声を漏らした。
「……もしかして…あの泥濘のせい?」
待っていたと言わんばかりの風切の発言を聞き、俺は首肯した。
「そうだ。そのぬかるんだ泥の所為で、地面に生徒全員分の足跡がくっきりと残っていたんだ」
”勿論、犯人の足跡も含めて、な”そう強調するように付け加える。
「で、でも…何でそんなに地面がドロドロになってたのかねぇ…?周りの水にまつわるものといえば、水田くらいしか無かったんだよねぇ」
「前の事件みたいに、雨が降ってたとかじゃないのかい?」
「いや、エリア2には、そのような形跡は見当たらなかったでござるのだが……」
「むむむ、何だか不思議だねーー。もーしーかーしーたーらー、あのエリア2には、カルタ達も気づいてない、”仕掛け”の所為…かも?」
まるで分かっているような水無月の発言。どうやら彼女は何となく感づいているようだった。確かにその通り、あのエリア2には、事件が始まって初めて分かった”仕掛け”があった。
どうして地面に足跡が付くほど”泥だらけ”になっていたのか…それを示す証拠はただ一つ…。
それは――
【コトダマ提出】
【水やりシステム)
「これだっ…!」
「…エリア2の天井には、とある特殊な装置が備わっていた…。その名も”水やりシステム”」
「”水やりしすてむ”……そ、それは一体どのような…いや、名前的に何となく想像は出来ますが……具体的に教えて下さい!!」
「…エリア2の中央には、畑と水田があっただろ?それらに生える食物を育てるには、日差しや水が必要だ…そしてその水の部分を補うのが今言った”水やりシステム”なんだ。そうだろ?モノパン」
”あのとき説明くれていただろ?”と言う風に、玉座で大あくびをかましているモノパンへと目を向けた。
「はいそうでス。世界で一番長い山の名前は『タウマタファカタンギハンガコアウアウオタアマテアポカイフェヌアキタナタフ』なのでス」
「全く事件に関係ない雑学ネタが飛び出てきたんだよねぇ!!てか本当に長いんだよねぇ!!」
「…モノパン今だけで良いから真面目に解説を入れてくれ」
「…くぷぷぷ、というのは冗談として。――――はい。折木クンの言うとおり、朝の7時と”夜の11時”、その2つの時間帯に畑と水田に向けて天井から水が投下されるようになっていまス」
「そんな大がかりな装置が備わっていたなんて……き、気づきませんでした」
「それりゃあもう、相当不摂生な生活リズムをしている人以外気づかない時間帯に投下してますからネ」
「決まった時間帯に水を撒く…だから水やりシステム…でござるか…。また安直な…」
モノパンからのシステムの説明を改めて聞いた俺達。その中で、雨竜が何かに気づいたようにハッと顔を上げる。
「そうか…その降ってくる雨の余波で…地面に泥濘が発生していた…ということか」
「ほいほいほほいのほい。つまりそういうことになりまス~。構造的にもの申したいのは山々ですガ…、仕方ありませんネ…」
「だから地面があんなにドロドロになっちまってて、それで地面にくっきりとした足跡が残っていたんだね」
「…モノクロなからくりが流す涙が落ちる大地。幸か不幸か…黒き影はかの地に、真実へと続く軌跡を残していったみたいだね…。偶然とは…恐ろしくも、面白いものだよ」
「……本当に、偶然なんですかね。ここまでくると、足跡が残ってることにさえも策略を感じるですよ」
「…ヘタに煮込みすぎると、さっきみたいにまたドツボにはまっちまうぜ?ミス雲居。…今は目の前に残ってる証拠に向き合い、そして突き詰めていくこと集中しようじゃないか…」
モノパンの解説が終わり、それぞれ程度こそあれ、納得したように生徒達は成程と声に出していく。良かったと胸をなで下ろしつつ、このまま、証拠の信憑性を証明できれば…この事件を確実に解決へと導くことができるはず…内心そう目論んでいると……。
「だけどさ~、折木く~ん。その足跡ってさ~、本当に信用できる物なの~?」
「…?」
ただ1人、長門がこの証拠に対して疑念を振り払えないようでいた。何処かにおかしい所でもあっただろうか?その根本的な疑問に対し、俺は小さく首を傾げた。
「…長門、何処か信用できなところでもあったのか?」
「う~~んとね~、あのさ~確かにエリア2にはさ~足跡が残っちゃう道があったのかも知れないけどさ~…。でもさ~道の周りを見てみてよ~」
「周り…というと、畑とか、水田…とかかねぇ?」
「そうそう、そこそこ~。もしもさ~犯人が水やりシステムのこともさ~、地面がぬかるむことも知っていたとしたらさ~~態々自分の足跡を残さずにさ~水田はちょっとイヤだけど~畑とか~通るんじゃなかな~?」
「…道だけが道じゃない…と僕は受け取ったよ。まさに真理のような言葉だね。僕達が辿る道はきっと暗闇だったんだろう。でも”何も無い”訳じゃない……それを教えてくれるような話だね…不思議と心が晴れたような気分だよ」
「勝手にお悩みが湧き出て、勝手に解決されてて、困惑の一言に尽きるんだよねぇ」
「言いたいことが何となく分かり始めてきたのは……恐怖以外の何物でも無いですね」
…そうだな、長門の疑問も、考えてみれば最もだ。エリア2に生い茂る森は、地面に針が敷き詰められていた故、横断することはできなかった。
だけど畑や水田は、森のように針が張り巡らされておらず、…道徳的には気が引けるが、絶対に通れないわけじゃない……。つまり横切ることは可能なのだ。
「ふむぅ…あそこを横切れるとするなら…折木には悪いが、その記録された足跡も無意味に等しくなるなぁ…」
「でしょでしょ~、でもまあ~~そこを覆せるんだったら~、その証拠の信憑性は証明されるし~私も納得するよ~」
もしも今の長門の意見が正しいとするなら、雨竜の、この証拠は紙切れと化してしまう。
「ああ…覆せる。あの水田と畑に入ることは誰にも出来ない…」
――――だけどそれは、今の意見が正しいとするならの話だ。何故なら、この主張には、無理があり、そして不可能と言えるから。
「…ほう随分と断言するじゃないか。それくらい大見得を切るんだ…相応の理由が、勿論あるんだよね?キミ」
「ああ、ちゃんと論理的に、証拠で証明してみせるさ……」
いやニコラス、お前どういう立場に居るんだよ…という事は置いといて…。
俺は思い出す…あれは4日前、エリア2を初めて訪れ、調査したときのことだ。中央分岐点と、畑を調べていたとき…モノパンから忠告された、あの区画に足を踏み入れると…起こってしまう…例のこと。
【選択肢セレクト】
1.服が濡れる
2.照明に照らされる
3.アラームが鳴る
4.罰則が発生する
⇒アラームが鳴る
「そうかっ……!」
「…何故踏み入れられないのか……それは、あの土地に無断で踏み入ってしまうと――――アラームが鳴り響くからなんだ」
「アラ~ム~?」
俺の言う”アラーム”という単語に対して、そのとき同行していた小早川が思い出したように手を叩く。
「あっ!!思い出しました!!確かにモノパンから聞きました!!あそこに一ミリでも足を入れると、すこぶるどでかい音が鳴りひびくとか!!」
そんな心強い、大きな同意の一方で…その”アラーム”に対して、思い当たる節の無いように顔を難しく固め生徒の姿がチラホラと。
「アラームって…そんなの初めて聞いたですよ」
「…本当なの~?モノパン~~?」
「ええ……はイ」
「めっちゃ適当な肯定なんだよねぇ!?
「だって何度か説明したことありますシ?それにちょっと補足続きで面倒くさくなっちゃいましすシ~?いやもう、何か全部どうでも良いって感ジ?」
「……なんで、ナイーブになってる、の?」
「いやちょっと待てモノパン…”何度か”…?俺と小早川以外にもあの話を誰かにしていたのか?」
「それは何だかそそられる部分ですね。アラームの件、誰に話してたんですか?」
妙に引っかかる部分に対して、俺と雲居はモノパンにもっと詳しい情報を求めていく。しかしモノパンはとても面倒臭そうに…鼻をほじって頬杖まで突いている。もはや紳士の欠片も無い、酷いだ行儀の悪さであった。
「ま~た情報の開示ですカ~?そうですネ~…え~っと、折木クンと小早川サン…それにニコラスクン…あとは、…忘れちゃいましタ!」
「明らかに意味深なぼやかしだよ~~!」
「てか……ニコラス!アンタ知ってたんだったら、なんで追求する側に回ってたんさね!!そういうのは最初っから説明しときな!」
「あれですよ。また、真実をじらすっていうあの悪癖が再発したんですよ」
「………………………」
「ニコラス…?」
「……ああ!!そういえばそんな注意書きがあったような気がしなくもないね!!でも未だに覚えが無いと言うことは……清々しい程に頭からすっぽ抜けていたいたんだろうね!!」
「本当に忘れていた!?」
今の微妙な間は何だったのかは分からないが……どうやら本当に忘れていたみたいだ。俺は内心、頭を抱えた。
「…ちなみにだがモノパン。警鐘が鳴ると言っていたが…一体どれほどの規模の物なのだ?」
「ええとですネ。寝ていようと、なかろうと、無理矢理全員たたき起こす位には、けたたましいアラームが施設全体に鳴り響きまス。良い夢を見ていようと、憂鬱になる現実を突きつけつめること請負ですネ、これ」
「……それは、話を聞いただけでも最悪」
「分かりやすいくらいげんなりしてるんだよねぇ………でも、そんな大きな音が、エリア2が解放されてから今まで1度たりとも聞こえてない…ということは…ねぇ?」
「誰も、あの畑に、は、に入ってない、って、ことだ、ね」
「成程~。じゃあ、歩けるのはあの中央の道だけか~~。だったら~そのメモに残してある~足跡は~、信じて良いって事なんだね~。おっけ~完璧に理解したよ~。」
長門を最後に、これで生徒全員がこの足跡に対しての疑念を無事に振り払えたみたいだった。
森も畑も通り抜けられない…昨晩の中央分岐点しか歩けない……そんな限定的な条件下で記録した全員分の足跡。きっと、この地図こそが犯人の動向をしうる唯一の道筋だ。
密かにそんな達成感、そして高揚感を感じていると――。
「ちょっと良いかい?」
また、何か引っかかることがあるのか…妙にドスの利いた反町の声が裁判場に木霊した。正直誰に何を反論されても平常心はある程度保てるのだが…反町のみに限っては、声を出された始めに、酷い緊張感を持ってしまう。
だけど引き上がるわけにはいかないと、俺は、そんな怯えた気持ちを押し殺しながら、再び口を開いていく。
「まだ…何か納得いかない点でもあったか?」
「いや、別にこの証拠が信頼に足る足らないの話じゃないよ。……この証拠が正しいって前提で話をするだけさ」
「正しいとして…何が気になるのかねぇ?」
「悪いけど、率直に言い切るほど説明が上手いわけじゃ無いから…順を追っていくさね。多分だけど、この足跡って”11時以降”に付いた物だろ?」
「……11時以降…でございますか?」
「どうしてそんなことが分かるです?」
反町は頭をわしわしと掻きながら…さらに続けていく。
「ほら、”水やりシステム”のことだよ。あのシステムって朝7時と夜11時に起動して、天井から水を投下するんだろ?……てことは、直近で水が撒かれたのは夜の11時……つまり…11時以降に中央の道に泥濘ができたって考えるのが定石さね」
「……だから、ぬかるんだ後の11時より後に…足跡は出来た、そう言いたいんだな?」
「とどのつまりは、そういうことさね」
思った以上に深い分析を含めたまとめであったため、少々面食らう。他の皆も同様の反応をしているが。中でも友人である小早川は、その話を聞いて何故か絶望した表情になっていた。多分自分が追いつけない程の話が友人から飛び出してきたこと…驚きを隠せないでいるのだと思う…。
「そこ、の、何処、が、腑に落ちない、の?」
「だとしたらだよ?……この跡、中々”不思議な”付き方してるんじゃないかい?」
”不思議な付き方”…その言葉に一瞬、思考を巡らせる。すると先に、気づいてしまったのか、ニコラスは”ああ!”と大きな一言を上げる。
「成程、シスター反町。キミはこの全ての足跡の中に、”出自の分からない足跡”がある…そう言いたいんだね?」
「ああ!!そうさね!それを言いたかったんさね!」
ニコラスの述解に反町は大きく頷き賛同する。その言葉の意味を理解しようと、俺はもう一度メモに目を走らせる。
「折木の記録を見てだけど…多分ここ書いてある『中央棟から図書館まで』の足跡って…エリア1に居たアタシらものだろ」
「はい!!数人を抜かした皆さんで図書館まで向かいましたので……恐らくと言わず間違いは無いかと!」
「その論理で行くなら……この『プールから図書館まで』の足跡は”私と折木の”ですね」
「確かにプールから、図書館に向かってたんだったねぇ……もしかしてそのときに?」
「…時間的にも合致するから。確定で良いはずだ」
「だったらだよ?……――この『温泉から美術館』を行き来してる足跡ってのは誰の者になるんだい…?」
そう言われて…メモを見直し、そして気づく。
確かに、この図書館へ向かう2つのルートからの足跡は何時、誰に付けられたのか…それは分かる。だけど…他の足跡…『温泉から美術館』を往復するこの足跡だけが…浮いてしまっている……。
「…言われてみれば、意味の分からない足跡なんだよねぇ…」
「急に現れて、急に消えてしまったような…まるで幽霊のような不気味な足跡みたいです…」
「例えどれほど怪しく光り続けていたとしても……それは間違いなく人が刻んだ代物…それだけは覆しようのない…不退転の真実なのさ」
「…むしろそれ以外だと困るのだがなぁ……そしてもう一つ、反町の言うように11時以降に付けられた、ということも間違いないだろうが………」
「すぐに答えが出せそうで…出せないような…そして安易に決めてしまって良くないような…複雑なエモーションを感じるでござる」
「忍者が横文字使うな~~」
「だった、ら、今度、は、この不思議な、足跡につい、て、議論を進めて、みよっ、か?」
「ああそうだとも!!とにかく気になる部分はとことん突き詰めていこうじゃないか!こんな出そうで出ない、歯に挟まった夕飯の食べかすみたいなのが、ボクの中で最も腹立たしいことからね!!」
「おっ!!やっと水無月カルタちゃんの出番?よぉーーし、暴れるぞーーー!!」
「…カルタ、ステイ」
「あんたが頑張ると、議論が崩壊することは目に見えてるんだよねぇ…」
反町から始まったこの不可思議な跡……その疑念は、未だに答えらしい答えが閃かないほど、しつこく、厄介なようだった。
だったら贄波の言うとおり、議論して、もっと、もっと深掘りし、その正体を掴みにいかなければ…。
もしかしたら…その掴んだ真実が…飛んでもない事実を孕んでいるかも知れない。とんでもない真実が飛び出してくるかも知れない。
――――直感的に、俺はそんな確信めいたものを感じた
【ノンストップ議論】 【開始】
「謎が謎を呼ぶ…謎の足跡…」
「その形状からして…【人によって付けられた】のは間違いない…」
いや、いくら何でも謎って言い過ぎさね
「水やりシステムのことも踏まえると……」
「この足跡が付けられたのは…【夜の11時以降】……」
11時よりも後、ということですね!!
そこに確認は必要無いと思うよ~
「それだけ分かってるなら…」
「議論すべきは、なんで【足跡があるのか】…ですね」
……一番眠い部分
そう言われるとカルタも眠くなってきちゃったなー
いや寝たらダメなんだよねぇ!?
「もう普通に『風呂に行ってた』人が居て…」
「その時に付いたんじゃ無いのかねぇ…」
深夜に入る風呂も乙でござるからな!
ふっ、ワタシは夜明けに入る派だがな…
その時間は流石に寝ていて欲しかったよ~
「あんな夜遅くにかい?」
「アナウンスの後に、風呂屋から出てくるヤツなんて【誰にもいなかった】さね」
はい!確かに居ませんでした!!
殆ど全員、ログハウスに居たからね!!
「…だったら、『別の日に付いてたもの』とか?」
…その発想はなかった
じゃあ事件の前々日に付けられたってこと?
「いや、もしや…拙者らを混乱させるために…」
「『わざと足跡を残した』とかはどうでござるか?」
わざとか~
充分攪乱させられているんだよねぇ
「軌跡というヤツは、実に気まぐれで、そして実に気分屋なのさ」
「今まで側に居たはずなのに…今度は『どこか別の場所に居たりする』」
「本当に……忙しないヤツさ…見てて飽きないくらいにね」
うう…ますます分からなくなってしまいました
いや、それは落合の言い回しの所為さね
私たち、も、あんまり、分かってない、から、安心し、て?
【風切の違和感)→『どこか別の場所に居たりする』
「それに賛成だ!」
【BREAK!!】
――――そうか…そういうことだったのか…。
突然よぎった、その閃き…。俺はさっき感じた確信めいたものの”何か”の正体が掴めたような気がした。だからこそ、俺は瞬間的に落合の言葉に同意していた。
「落合……お前の言うとおりかもしれない…この足跡は――――――”別の場所にあったんだ”」
「はぁ?…どういうことですか?足跡が…別の場所にって…」
「これもまた巡り合わせ…いや、運命というわけかな。これは僕達が生まれてくる前から、既に決まっていた…いわば定め…定理……どんな言葉でも言い尽くすことはできない奇妙な繋がり……はは、やっぱり言葉とは、興味が尽きないものだね」
「落合…今真面目な話をしているのだ、バラードでも弾いて大人しくしていろぉ」
「ああ良いとも……ではリクエストにお応えして……聞いて下さい『デッドエンドに夜露死苦』…」
「明らかにバラードとはほど遠いタイトルなんだよねぇ!?」
横からものすごいローな気持ちになるギターが横から聞こえてきたが…それについてはもう放っておくとしよう。……とにかく、今は目の前の雲居の疑問に集中しなくては……。
だけどもし、この答えが真実であるとするならば…この答えが実際に起こったとするならば……今までずっと感じていたエリア2にへの大きな疑念が…今ココで晴らすことが出来るかもしれない。
「より分かりやすく言おう……そもそもあの足跡は『温泉と美術館』を往復してできたものじゃ無く、”別の施設と施設”の間に走っていたものだったんだ」
「……別の施設と施設…でござるか」
「どうしましょう…もっと分からなくなってきました…」
「折木、アンタ、ニコラス並みに回りくどくなってきたねえ…」
そうは思いたくないが、確かに少し、回りくどさが似通ってきたかも知れないが……。今はそっと置いておこう。すると、指をパチンと鳴らす音が隣から聞こえる…水無月だった。水無月が、此方へキラキラした目を向けていた。
「そっか!!分かった、分かったよ公平くん!!つまり、足跡が移動したんだね!!」
「……足跡が?」
「ああ、そういうことだ。あの足跡は元々あった位置から……”移動していたんだ”」
「そんな、生き物じゃあるまいし……動いただねんて……ねぇ…?………風切さん?」
「別の場所……移動した……畑………もしかして…!」
水無月の閃きと同時に、最もエリア2に違和感を持っていた風切が、静かな気づきを見せた。合わせるように、俺は風切と視線を交差させ、そしてお互いに頷きあう。
「何々~風切さん何か思いついた感じ~?」
「…確信は出来ないけど。でも、…あり得なく無いことが……エリア2で起こった…思う」
「起こった……ですか。まるで現象みたいな言い回しですね……」
「ああ、そうだ。その通りだ雲居。あのエリア2では、昨晩とある事象が起こっていた…」
「へぇ……じゃあ具体的にどんな事が起こったって言うんですか?」
風切が言い続けていた、あの違和感の正体……俺自身も未だに答えを見いだせないでいた、一つの大きな疑問。
――不可思議に付けられた足跡
――誰も居ないはずの場所からの往復
――そして足跡が移動している、その意味。
……これが示す答えは…一つしか無い。
【選択肢セレクト】
1.施設の位置が変わってる
2.地面が動いている
3.エリア全体が動いてる
⇒地面が動いている
「これだっ!!」
「元々あった場所から、別の場所へ足跡が移動していた…それら示すのは……つまり”地面そのもの”が動いていた、ということなんだ」
突飛な発想かも知れない、だけど…俺は自分自身の直感を、答えを信じ、強い意志を持って、このコトダマを中心へと打ち込んだ。
「じ、地面が…動いてる…でござるか!?」
「そのような天変地異が如き事象が…?昨日の晩にぃ…?」
「エリア2で起こったってーー!?な、なんだってーーーー!!!」
やはりと言える反応か…波紋を呼ぶような喧噪が裁判場を満たした。……閃いていたはずの水無月が…何で驚いているんだと思いたくなるが…恐らく反応したら負けだ。
「で、で、でも、地面が動いたってって言われても……あの、施設の位置は変わっていませんよ?」
「いや、ミス小早川。そこじゃないのだよ…動いたのはね。……ミスター折木…ミス風切、つまりこういうことだね。あの残された足跡は、”中央分岐点”と共に動いていた…だから元々あった位置から、『温泉と美術館の間に』移動していた……キミ達は、それが言いたかったから”足跡が移動している”と表現していたんだね?」
「中央分岐、点、が?」
ニコラスのまとめに対し、俺と風切は大きく頷いた。
「足跡の主が動いたのでは無くて…動いたのは足跡そのものだった…なんて!まさに逆転の発想だね!!」
「で、でも本当に動いてたのかねぇ…正直まだ信じられないんだよねぇ…」
「そうでござるよな…あまりにも非現実的すぎるでござるよな…」
「と、このような仮定がでてきたのだがぁ……どうなのだ?モノパンよ」
「あ、はい動いてますヨ。もうおっしゃるとーリ」
「「驚くほどあっさり認めたーーー!!」」(忍者とオカルトマニア)
「恐ろしく見事なユニゾンだ……僕じゃなきゃ、聞き惚れていたね」
モノパンの軽い調子の頷きに、発案者の俺も少し動揺してしまう。…流石にこうもあっさりと即答されるとは思わなかったためだ…
だけど…その施設の管理者たるモノパンの一言で”地面そのものが動いている”と肯定したのなら、この驚くべき事実は証明されたも同然であった。…正直な話、あっさり過ぎて腑に落ちない感じはあるが…。
「……地味に聞いておくけど…何時何分にどんな風に動くんだい?」
「あ、それ私も聞きたかったです。ささっと教えるです」
「ええーま~た、しち面倒くさそうな役が回ってきましたネ~、何かやる気出ませんネ~」
「くだ巻いてないで、さっさと動きな!!」
「もう…しょうが無いですねェ……良いですか?一度しか言いませんヨ?ええーまず、例えば、現在の畑の位置がこんな感じだとしまス」
説明を開始してすぐ、モノパンの側にスライドショーのような幕が下ろされる…。そこへ、エリア2の上面図が投影された。モノパンは自分のステッキの先をスライドに差し…説明を続けていく。
「んで、この中央は”深夜12時丁度”に”逆時計回りに動きまス”…ええっと…つまりですネ。この地図が――」
「――このように動くって感じでス。キミタチ、お分かりになりましたカ?」
「な、何かここまで丁寧に応対されると…逆に怖くなってきたんだよねぇ…」
「あっけらかんだよ~」
「でも…これで、地面が動いた、っていう、のは…証明された、ね?」
「信じられん話だが…まさかここまでおおきな変動が今まで起こっていたとは…」
「全然気づかなかったんだよねぇ…でも、夜12時に動いてるんだったらそりゃ分からないのも当然なんだよねぇ」
「あんまり気にする程のことではなかってでござるからなぁ…」
「でも当たり前に在るモノに疑問を抱くって本当に大事なんですね…勉強になります!!!」
「本当に学べてんのか怪しい所だけど……そのエリア2の動きにいち早く気づいてたのはお手柄さね。なあ風切?」
「……ブイ」
モノパンの説明も加えられたことで、忽然と現れた足跡の謎の話は終止した。だけど、あくまでこの謎の足跡がどうしてこんな位置にあるのかが分かっただけ……つまりここからが…本題であると言えた。
「――――だとしたらだよキミ達……この足跡、もう一度考え直してみた方が良いんじゃないかい?」
「ん?……何をでござるか?」
「この足跡の証拠は、あくまで”分岐点が動かないこと”を前提とした証拠だからだよ…。だけど今その前提が崩れてしまった今………どの足跡が”中央分岐点の動く前”でどの跡が”動いた後”なのか…それを考える必要がでてきた……そうボクは思うんだけど…如何かな?」
「うーん、調べるにしてもさー。ちょっと骨のいる作業じゃない?」
「でも逆に、その前後が分かれば……どの時間帯に、誰が何処へ向かったのか…あの謎の足跡の行く先も確定させることが出来るです。骨を折ってでもやってみる価値は大いにあるですよ」
雲居達の言うとおり…これが分かれば確定的に事件は大きく進展する。どの足跡が…分岐点の動く前、もしくは動いた後に付けられたのか……分かる範囲で良いから、確実に明らかにしていこう。
――よし…そうと決まれば…思いっきり、考えを深めていこう
【ロジカルドライブ】
Q.1 プールに居た俺達が図書館へ移動したのは…?
1) 分岐点が動く前
2) 分岐点が動いた後
A. 分岐点が動いた後
Q.2 反町達が図書館に集合したのは…?
1) 分岐点が動く前
2) 分岐点が動いた後
A. 分岐点が動いた後
Q.3 雲居が襲われたのは…?
1) 分岐点が動く前
2) 分岐点が動いた後
A. 分岐点が動く前
「推理は繋がったっ!!」
【COMPLETE!!】
ある程度の整理を終えた俺は…この考えを全員平等に行き渡らせるため…とある方法を使うことを考えた。
そのために…一度手を挙げ、”少し良いか?”と声を上げ、衆目を自分へと集中させた。
「確認を込めて聞くんだが……どれがどの足跡について…俺達ってさっき、半分の足跡は特定できていたよな?」
「私と折木が図書館に向かったときに付いた物と、反町達が図書館に集合したヤツですね…確かに出来てるですね。それがどうかしたですか?」
「それらの足跡が付けられたのって……確か”12時以降”…だったよな?」
「アタシらは言わずもがな…雲居達のは…」
「間違いないですね。プールを出たのは12時過ぎだったです」
「……と、いうことは、先ほどの分岐点の動きを取り入れて考えると…」
「それらの足跡は……”分岐点が動いた後”に分類されるなぁ…」
「…そう、それらの事を考えて…このメモを見て欲しい」
俺は改めて、先ほど見せたメモ帳を再度、取り出していく。
「これは捜査したときに書いた物だから…地面が動いた後と断言できる…。そこでだ…今の時点で判明しているこれらの足跡を除外していくんだ」
「…成程、消去方だねぇ!!それなら俯瞰的に見れて、あたしたちでも容易に話が入ってくるんだよねぇ!!」
「やはり挿絵があるかないかで、物事への理解度は大きく違ってきますからね!!」
「……もしも挿絵が無かったら?」
「目からうろこならぬ…文字が落ちていきます!!ポロポロッて!!」
「脳に文字が行き渡ってないよ~~」
「…読もうとする気概だけは買うですよ」
「ま…まあとにかく、今の話を踏まえると…この図書館に向かっている2種類足跡は取り除くことができるんだったよな?……そうするとこの地図は…こんな風になる」
「おお~だいぶ見やすくなったね~」
「でもやっぱり、この温泉と美術館の足跡だけ…妙に浮いてるさね。でも、これは別の施設と施設の間に走ってた足跡なんだろ?」
「ああそうだ…だから…」
「さっき、モノパン、が言って、た、地面が動いた、事、を、付け加えて、いく、と」
夜12時に…逆時計回りに…。分岐点は動いていた…。だったら、このエリア2の分岐点の地形は――――
「…こうなっていたはずだ」
「なんと!!『温泉から美術館までの道』から…事件現場である『プールから中央棟』までの足跡へと姿を変えたでござる!!!」
「意味不明な足跡は、元々プールと中央棟の間に走ってたものだったんだねぇ!」
「だいぶ進展してきた感じがするさね!」
地面が動いた…たったそれだけの情報を付与するだけで…恐るべき真実を明るみに出すことができた。まるでマジックを見せられたかのように殆ど全員が驚愕を表情で表わしている。
だけど、それだけじゃない…この足跡からはもう一つ…加えられる情報があるんだ。
「そして、この二方向への足跡、このうち『中央棟からプール』までの、この足跡も除外することができるんだ」
「えっ!できちゃうんですか?」
「どんな人間に、どんな心が宿っているの、それは人と同じくらい数と種類が存在する…。だけど、その全てを知ることは決して出来やしない。だけど…たった一つ、聞くことは出来るんだ…君は今何を思い、何を感じているのか……」
「落合、そこは”それはどういう意味ですか…”ってちゃんと素直に聞くもんですよ。…どう和訳したらそんな長い言葉に置き換えられんですか…」
「本当に何を言いたいのか分かってきてる感じだね!!カルタは未だに全然分からないけど!!」
…どうして…プールへと向かうこの足跡を消すことが出来るのか…それは”この証拠”が示している…。
【コトダマ提出】
⇒【雲居の証言)
「これかっ……!」
「この足跡は、雲居が襲われた時…丁度11時半に付けられたものだからだ」
「雲居殿が襲われた…というと、折木殿と共にプールに向かったときのことでござるよな――――あっ!」
「…そう、この足跡は、俺と雲居、そして”犯人”の足跡なんだ」
「…あの襲撃は12時になる前…それも地面が動く前ですから…タイミング的にも合致するです」
「ということは……このプールへ向かう三種類の足跡の中に犯人の物があるんですよね?でしたら!!私達の足跡とその足跡を照合すれば…犯人の特定が出来るんじゃ無いですか!」
思いついたようにポンと手を叩く小早川。
「おお!それはグッドアイディアなんだよねぇ!!犯人の特定なんて一瞬なんだよねぇ!!」
「よっしゃ!そうと決まれば、まずは型のチェックだよ!!全員足上げな!!もしも上げないヤツがいたら…ゴキッて音が部屋中に鳴り響くことになるよ……」
「……骨が折れる音なのか…関節を外されるのか…分かりかねる音だなぁ……。まあどっちにしても地獄のような痛みであることは確かだな…」
確かに…この足跡を全員の靴の底と照合すれば……もしかしたら犯人特定の足がかりになるかも知れない……だけど…――。
「――――いやそれは無理でござるな」
俺の心の声を代弁するように沼野が…場を諫めた。
「なんだい?沼野、折角良い感じにまとまりそうだったってのに…」
「どうして無理なのかねぇ!前の事件ではグチョグチョだったから難しいとか色々有ったけど…今回だったら流石に…」
「――犯人が使っていたのは恐らく…”倉庫にあった運動靴”でござる。つまり、消耗品。どこにでもあるようなありふれた靴なのでござる」
「あ~うん。確かに~運動靴も持ってかれてたね~」
「態々持ち出されていたのなら…ううむ……不審者スタイルの際に履いていた可能性は大いにあるなぁ……であれば、今ワタシ達の足の型を調査しても、時間の無駄、か」
「そ、そうですか…良いアイディアかと思いましたが……無理でしたか……はぁ、残念ですね」シュン
「…今できるのは、判明した足跡をこの上面図から除外することくらいですね」
何となく落胆した空気が漏れる中……俺は雲居の言うとおり…プールへと向かう中央棟からの足跡を除外していった。
すると――――
「しかし…取り除いたら、取り除いたで……何だぁ?この妙な足跡は…」
「……折角足跡を整理して分かりやすくしたのに…『プールから中央棟』までの足跡がまだ浮いてるですね…」
――――本当だ。どういうことだ…?
様々な事実を除外することで、何かしら分かることがあるかも知れない…そう言う意味を込めて今まで整理を進めてきたが……最終的にこの『プールから中央棟』までの足跡だけが残ってしまった。
…残ってしまったのは良いが…この跡は…一体?今までの跡は根拠のある説明はついたのに…これだけが全くできない。
追求に追求を重ねてきたのだ…これにとても重大な意味がある……そう本能的に、瞬間的に感じ取れるのに…それが何なのか、どんな真実が含まれているのか…見当もつかない。
「シンプルな証拠だってのに…また意味が分かんなくなってきたさね」
「何だか、ものすごくもどかしいような、もう喉元まで来ているの出てきてくれないような…むずむずした感じなんだよねぇ…」
「確実に、分かるの、は…11時以降、に、付けられた、てこと、と…誰かが、プールから中央棟、まで、移動したこと、だよ、ね?」
「一応聞いておくけどー…誰かプールに行ってた人とか、居ちゃう?」
水無月からの質問に対し、全く身に覚えが無いと言わんばかりに全員は沈黙で返していく。
「……私達がプールに行ったときの話ですけど…そのとき施設の中には鮫島の死体以外の気配は感じなかったです」
「ああ、そうだったな」
「……態々深夜に泳ぎに行く輩の方が少ないと思うがなぁ」
「……ダイバーの凛音以外」
「流石の私もその時間は寝てるよ~、夜に泳ぐの海だけだよ~~」
「……それもそうでござるよなぁ…寝てるでござるよなぁ………ううむ」
「では……一体のどちら様の足跡なんでしょうか?」
そうやって、たった一つの足跡に対し、”ほぼ”全員が頭をひねらせている。端から見ればギャグのような、異様な光景…。そんな中で――。
「――――Hey!!諸君…そう深く考え込まなくても……もっと素直に考えてみてはどうかな?」
「素直にって…どうバカ正直に考えれば良いんさね…」
「馬鹿正直な私ですが!!何も思いつきません!!」
「そこを認めちゃうともう擁護できなくなるんだよねぇ……」
「今までの話を振り返ってみるんだよキミ達……あのプールに行っていたのは…ミス雲居とミスター折木…そして”犯人”だけ……ここまで言えば、分かるかな?」
「ああ、分かるとも。これは夢なのさ、誰かが見た大いなる夢…それを僕達は今、紐解こうとしている…実に浅ましいよ。でも――夢を知ろうとすることに…誰も口を挟むことは出来ないのさ…これもまた人間が人間たらしめる…一つの意味なのかもね」
「…何か、分かった、の?」
「………その続きは、夢の中で話そう」ジャラララン
「……何も分かってないことだけは分かったですね」
…まあいつも通りと、ひとまずここはスルーとして……。それよりも”シンプルな思考”…か。そして今、アイツは、ある部分を強調したセリフを吐いていた。
…俺は記憶を掘り起こす。
――プールへと向かっていたの…俺と雲居、そして犯人だけ
…ということは。
――――まさか……この足跡って…
【選択肢セレクト】
1.犯人の
2.鮫島の
3.ニコラスの
4.別の誰かの
A.犯人の
「そうかっ…!」
「もしかして…この足跡……”犯人の物”ってことか?」
そう言い放ち…刹那、無言の空間が形成された…。数人の生徒は、脳の処理が追いついていないとばかりに、目をぱちくりとさせていた。少し、気まずい気持ちになってしまう。
「………はぁ、今気づいたんだよねぇ!?それって、マジなのかねぇ!」
「俺と雲居じゃないとするなら……考えられるのはただ1人。犯人しかいない…犯人は”プールから中央棟へ”向かったんだ」
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待って下さい!!確か犯人は、あのワイヤーを使ってプールから図書館へ移動したハズですよね!?だったら…」
「そうさね!今までの議論はどうなるさね!まさかここまで来て、その事実をひっくり返す気かい!?」
均衡を破るように大声を上げた古家…そしてそれが引き金になったのか、ダムが決壊したように驚きの声がなだれ込む。
まさに大どんでん返しとも言える新事実が顔を出してきた故に、仕方の無いとも言える。言い出した俺ですら、どうしてそんな事を口走ったのか未だに信じられない…。
今まで信じてきたトリックが…ガラガラと崩壊するように感じた。
だけどもし…これが事実であるのなら…、これがあり得るのであれば…。
―――新しい真実が、見えてくるかも知れない
それに、こうやって口にしてしまった以上、もう止まることは出来ない…。今までのトリックを覆すような、”抜け穴”を見つけるしか無い。もしもプールから中央棟への足跡が”犯人のモノであるとするなら……今まで議論してきた全ての中で、決定的に食い違う部分が”どこか”にあるはずだ。
――それを、見いださなければ…
――ココが、今後の裁判の行く末を左右する重要な場面かも知れない
――今まで以上に、気を研ぎ澄まさなければ…
俺は…行き当たりばったりながらの決意を固め…目の前に議論へと集中させていった。
【ノンストップ議論】 【開始】
「本当に犯人のものなんですか?」
「でも犯人は図書館へ移動していたハズ!!」
「このままでは、すっちゃかめっちゃかになってしまいます!!」
「主に私の頭の中が!!」
今の時点でついて行けてるのか怪しいさね…
ぐっちゃぐちゃだね~
「さては、貴様…」
「今までの議論の中に『おかしな部分』がある…とでも言うのか?」
「ふっ…ふはははははははは!!!」
「それはそれで面白いでは無いかぁ!!!」
お、面白い、の?
ヤツの笑いのツボは分からんですよ…
笑うことには…悪い事なんかじゃ無いさ…
「…今まで私達の推理だと…」
「ニコラスと丈ノ介、蛍を襲った犯人は…」
「…公平と蛍を【プールにおびき寄せた】…」
未だに頭のこぶがうずくですよ
何か、考えてみると、雲居殿も散々でござるな…。
「そんで、鮫島の死体をあんた達に見せた後…」
「【ワイヤーを使って】、鮫島の死体と一緒に図書館へ移動した」
「そうだったはずだよ!」
「これのどこに、おかしな部分があるんさね!!」
どこにおかしな部分があると言うんだい!キミ!
どこにおかしな部分があると言うんだー!
2人とも実は仲いいよ~
『おかしな部分』→【ワイヤーを使って】
「それは…違うぞ!!」
【BREAK!!】
もしも……もしも”犯人がプールから出ていった”とするなら…考えられる”抜け穴”なんて、…矛盾なんて、たった一つしか存在し無い…。
「いや……犯人は………
―――――ワイヤーを“使わなかった”んじゃないか?」
……今まで議論に上がっていた…プールから図書館への移動に使われた…あの張られたワイヤー…あれははどうなるのか…。
答えは…”使われなかった”。
――あのワイヤーは移動に使われなかったんだ。
今まで議論されてきた”ワイヤーは犯人の移動のため使われた”を考えられていた。だけど違った、その前提こそが、最大の矛盾点だったんだ。
それだけじゃない…俺が今まで感じていた”あの”違和感…拭おうにもどこが拭えば良かったのか分からなかったズレ……このワイヤーのトリックの矛盾こそ…裁判全てにおける…アキレス腱だったんだ。
俺は確かに…確信を得たような、核心を突いたような……そんな納得感を感じ取った。
「使われなかった…って。じゃあ、今まで丹念に話し合っていた…鮫島殿の死体の運搬は…犯人の図書館への移動は!」
「行われなかった…そうとしか考えられない」
「本当に考えてきたトリックをひっくり返してきたんだよねぇ!?」
「じゃあ聞くけどさ~~なんでさ~プールから図書館にさ~態々ワイヤーなんて張ってたの~~?どこでもワイヤーとかいうさ~、特殊な道具を使ってまでさ~~」
だけどこの計画を頓挫させるような推理に対し…衝撃を受けたように目を見開く生徒達。…そして信じられないと、今までの議論は何だったのだと…今のような疑問が後を絶たない。
急な話だった故…そんな言葉出てくるのも、無理も無い。
「いや、それこそが犯人の罠だったのだよ、諸君。犯人は――――あの張られた”ワイヤーを使ったように見せかけたかった”……つまりそういうことなのだよ、キミ達」
そう、聞き逃してはいけないような言葉を紡いだニコラスは…ふっ、と鼻で笑いながら、続けていく。俺達は自然と、引き込まれるように耳を傾け始めた。
「少し前の議論で、ミスター落合が言っていた言葉を覚えているかい?キミ達」
「えっ?…えーっと確か、『そもそもあんなワイヤーを使われなかったってね』…だったかな?」
「Great!よく覚えていたね!!その通りさ、キミ」
「ふふん、どーだー!お姉ちゃん譲りの最強記憶術。とくとお見せしてやったよ!」
「…まったく覚えていませんでした……」
「記憶…それは何時いかなる時も、流れ、止まり、そして消えていく…とても儚い存在…。だけど覚えているのは己自身だけじゃない、誰か…かけがえのない誰かが、知っていることだってある……僕は今、それを教えて貰った気分だよ」
「いや…アンタも覚えてないのかい…」
「でも…言われて、みれ、ば…使われ、なかっ、たって…言ってた、ね?」
「ああ、実はね、キミ達。私事なんだが…その言葉が…どうにもボクの明晰なる頭の中で何度も引っかかっていてね……ずっともしやもしや…と、そう思って仕方なかったんだ」
「……そんなに前から」
俺達に意見を求めつつ…名探偵さながら、シャボン玉をパイプからくゆらせつつ、つらつらと自分の考えを述べていくニコラス。
「そして、ミスター折木の描く、足跡の地図を見た瞬間、ボクは確信したのさ……ボク達はだまされていたんだ…ワイヤーは、犯人が使ったと我々に思わせるためのカモフラージュだったんだ…とね……」
「見た時からって……分かってたなら最初から言ってくださいよ!!」
「…言っただろ?ボクには真実を焦らしてしまう悪い癖があるとね……まあ、真相は定かでは無かった故に、余計な混乱を起こしたくなかったというのが本音だが……丁度、我が友が話題に上げてくれたからボクも確定的に真実を述べることが出来たのだよ…要は時と場合だね、キミ」
「貴様ぁ……次からその口に自白剤を流し込んでやろうか…!」
「自称医者にあるまじき発言なんだよねぇ……」
本当に分かっていたのかどうか分からないニコラスの発言…何を考えているのか、行動が実に読めない。……だけど、このワイヤーを使われなかった、と言う意見に賛同してくれていることは、分かった。何となく心強く感じた。
「コイツからの話は、にわかに信じがたい話ですけど……でも、現に私達は今の今まで犯人はワイヤーは使われていたって前提で話してたですからね…」
「何か化かされた気分だよ~」
「そりゃそうだよ!…特殊な道具を使ってまでワイヤーを張って、大がかりな運搬装置を作っていたのに…実は使われてませんでした~…なんて、普通じゃ思いつかないよ!」
「ふっ…きっとこんな未来があり得るかもしれない…無数に存在しうる可能性の一端を、僕の詩には分かっていたのかもしれないね」
「あのときは、明らかに当てずっぽうな気がして仕方有りませんでしたが……まさかそんな思惑があっただなんて!」
「いや……当てずっぽうなのは間違ってないと思う」
最初は、玉手箱から飛び出てきたような、突飛な発想ではあった…。少しずつ、丹念に積み上げていったことで、少なくない賛同してくれたことで、もしかしたら…という現実味を帯び始めているのが分かった。
「――であればでござる…皆の衆。例の死体の運搬についてはどうなるのでござるか?」
「……おおっ!そうだ、プールの天井には鮫島の死体があったのだったなぁ!かなり前の議論されてたから、すっかり忘れていたぞ!」
「実際に~雲居さん達は~~死体を目撃してたんだよね~?」
「……そうですね…見たです。この目でしっかりと…」
「ワイヤーを使ってないって言うなら…あのルートは無し…やっぱり普通に鮫島を持って、図書館に移動させたってことかい?」
「いや……プールから図書館へ続く足跡は無かったはずだ…持ち運んだ可能性はかなり低い」
そこでやはり出てくるのが、鮫島の死体運搬について……確かに俺達は、雲居とあの時、あの場所で、吊られた死体を目にしていた。――だけど、もしもワイヤーの話が偽装であるなら……死体を図書館へと運搬する方法が無くなってしまう……。
「――――……移動、なん、て、させ、る、必要なんて、無かった、んじゃない、か、な?」
すると、何かが分かっているように…鈴を転がすようでいて、強い意志のこもった言葉が裁判場に響いた。
「”必要が、ない…”…ですか?」
「どういうことなのかねぇ!!何か凄く気になる言い回しなんだよねぇ!!」
「みん、な……私、が。折木くん、と、2人、で議論し合ってた、こと、思い出し、て、みて?」
「ああ!そういえば司ちゃんと公平くんで激しく言葉を飛ばし合ってたね!!……えっとどんな中身だったけ…?」
俺は贄波の言葉に従うように…脳の浅瀬に眠る記憶を掘り起こす。確か、そのときも今のような”死体の運搬”について話し合っていた……そのときの贄波の反証が確か……あの死体は、鮫島ではなく――――。
「……まさか…!」
「……っ!!!じゃあ私達の見たあの死体は……!!」
【閃きアナグラム】
フ を リ た の
犯 死 人 し 体
→死体のフリをした犯人
「「……死体のフリをした、犯人」」
俺と雲居が同時に答えを導き出す。その言葉を聞いた途端、周囲は騒然とし、張り詰めたような中でお互いの顔を見合わせ始める…。
「――――俺と贄波が意見を飛ばし合っていたとき…その中心にあったのは…”鮫島の死体は最初から図書館の中にあった”…という主張だった…」
「…もしもワイヤーが使われずに、そして私達が見たのがフリをした犯人だったとしたら…その反証は信憑性を帯びてくるです」
「ででで、でも死体のフリって…そいつは首を吊っていたんだよねぇ!?首を吊った死体のフリなんて、可能なのかねぇ!?」
「簡単さ、ロープを首に巻き付け、そしてさらに両腕にも撒く……後は吊るされれば……擬似的な首吊り死体を再現できるのさ…。…海外のドッキリなんかでも、急に上から首吊り死体が降ってくる…なんてイタズラみたいなのが小さく流行っていたよ」
「…聞くだけでも恐ろしい余談でございます…」
「あの不審者は…黒いローブを身に纏ってたんです……腕に巻いたロープは黒い布の下に隠して…首元だけ見せるようにすれば、ニコラスの言うように本当に死んでいる死体に見えるです……」
「それに、死体は天井の足場にぶら下がってんだよねぇ?…遠目からじゃ、本当に生きてるかどうかも分からないしねぇ……」
「…実際、俺と雲居はそれに見事引っかかったわけだが…」
……あの不審者が黒いローブを着ていたのは…自分の正体を隠すためだけじゃ無くて…体の下に巻いたロープも見えなくするため……二重の意味があったんだ…。
「…厳しい点としては…そうだね、死体のフリを止めた後…腕の力一つで足場まで這い上がらなければいけないんだが……」
「それだったら、モノパワーハンドを使えば楽勝さね」
「……だいぶ揃ってきた」
「ああ…つまりまとめると…この事件に使われたワイヤーは偽装で、犯人は俺達の目の前で死体のフリをしていた。そういうことに――」
【反論】
「風を読み違えたみたいだね…」
【反論】
「お、落合…?」
「逆境というのは…いつどこで目の前に現れるのか…誰1人としてわからないものさ。だからこそ、今この瞬間に現れても不思議では無いのさ」
「……この意見の何処かに…腑に落ちない疑問が有るってことか?」
「疑問…それは疑いの子供とも取れる。ああそうだね。もしかしたら僕はそんな無垢な言葉を言いたいのかも知れない」
「もう少し…論点を分かりやすく言ってくれないか?」
「さぁ?どうだろうね?それは、キミの応対次第…なぁに、大した事じゃないさ…ただ風の心を知ればいい、ただそれだけのことさ」
「………………」
【反論ショーダウン】 【開始】
「疑いの気持ちを知ってしまったのは…」
「そうだね…」
「何時のことだったかな…」
「あれは僕が子供だった頃…」
「まだ詞という言葉すらも知らなかった…」
「無垢な幼さを持っていた頃……」
「自分自身に疑いを持ったんだ…」
「”何故世界を知ろうとしない”…」
「”何故夢を追いかけようとしない”…」
「…とね」
「おい落合…」
「ここはお前の思い出話しをする場面じゃ無いぞ…」
「頼むから…早く本題に入ってくれ」
「ああ、そうだったね…」
「…忘れていたよ」
「じゃあもう一度、思い出話を始めよう」
「あの日、あの場所で、プールの足場で時間を徒然に費やしていた時」
「僕はね、知ってしまったのさ」
「なんて、完成された世界なんだろう」
「なんて、完璧な世界なんだろう」
「それこそ、僕はどこにも違和感という感情を抱かなかった」
「どこにも、違和感なんて見られなかった」
「同じく、【違和感を残した存在】もね」
「無かったんだよ…」
「君も僕と同じ場所に立っていたんだ」
「同じように、感じたはずだろ?」
【プールの窓につけられたワイヤー)→【違和感を残した存在)
「その矛盾……切り伏せてみせる!!」
【BREAK!!】
「――――いや…それは違うぞ、落合………今まで揃えてきた証拠品の中に…すでに違和感のある…いや矛盾した証拠品があったんだ」
「…はは。気づきとは恐ろしいものだね。何時いかなる時も…発想、閃き…それは時に画期的な発明にも繋がる……さあ、君のその世紀の発見たる”気づき”を僕に見せておくれよ」
「……いや、そんな大層な物は見せられないが……あえて示すなら…プールの窓にくくりつけられていた”ワイヤー”だ」
「ワイヤーって…あのプールと図書館に張られていた…あのワイヤーのことかい?」
反町の言葉に、俺は頷く。
「そう…それだ。その張られたワイヤーは一見、事件に使われたかのように持ち上げられていたが……それは違う…これこそが、この事件最大の”矛盾を孕んでいた”んだ」
「…矛盾?」
「分からない人、も、居るみたい、だから。そのため、にさ、もう1度、その証拠を、見直してみよ、っか?」
「同感だよ、キミぃ。まさに予想通り、どうやら、ミス贄波も、ミスター折木も、ボクと同じ境地にまで達しているみたいだね」
「はぁ……あんたの後方師匠ズラ発言はもう聞き飽きたんですよ……それよりも、折木、詳しく説明するです。どこに矛盾があるって言うんですか?」
あっけらかんとするニコラスを無視し、雲居は詳細を求める。俺は頷き、続けていく。
「ああ……このワイヤーは元々は一つなぎの1本だった。だけどワイヤーは、犯人の手によって切断されている。理由としては、恐らく証拠の隠滅なんかが挙げられるが…」
「隠滅の仕方としてはかなり雑然としているなぁ……」
「ということは…その隠滅の仕方が矛盾していると…!」
「いや、そうじゃない。重要なのは、ワイヤーが切断されていたと言うこと…。そして注目すべきは…切られたワイヤーの”長さ”だ」
「…長さ?」
俺は、首を傾げる生徒にも分かりやすいように…サササっと、即興でざっくりとした上面図をメモに書きあげ、見せつける。
「ワイヤーの長さは……今回の事件の場合だと、プール側のワイヤーが”短く”切られ、図書館側のワイヤーは”長めに”切られていた。上面図で表わすと…こうなるんだ」
「この×印は~?」
「これは”ワイヤーが切られた位置を”表わしている。そしてこれが…俺が指摘している最大の矛盾点でもある」
「……ほう、言うではないかぁ…」
「実に軽やかなメロディーだね、まるでジャズミュージックだ。もっと、君の心の音を聞かせておくれよ…」
「…今回の事件におけるワイヤーは、図で示したとおり、プール側”短く切られ”、そして図書館側が”長めに切られていた”これは、分かるな?」
「理解したんだよねぇ…」
「はい!大丈夫です!!」
「――だけどそれが”可笑しい”んだ。もしも犯人がワイヤーを使ったのなら…普通ワイヤーはこんな風に切られたりしないんだ」
「”普通は”って……じゃあ…通常だと、どうなるんですか?」
「ワイヤーが”図書館への移動手段”とし使われた、というのなら…普通、ワイヤーはこのように切れているはずなんだ」
俺はメモをもう一度書き直し…そして本来有るべきワイヤーの姿を、書き記していく。
「…図書館側が…短く切られてる?」
「もしも……あのワイヤーが使われたのだとしたら、使っていたときは…ちゃんと張られていたはず。そして…その”後”にワイヤーを切っているはず…そうだよな?」
「そうでござるな…態々、張って、切ってだと……プールから、移動、は……でき…………――――!!」
俺の言いたいことを、察しの良い数人の生徒が気づき出す。まだまだと、じわりじわりと、理詰めに話を積み上げていく…。
「そうだ。プールから移動していたなら……プールの窓よりも、図書館の窓に括りつけられたワイヤーの方が、”短く”なるはずなんだ」
「……だけど…プール側の方が短くなっている……」
「ということは…”プール側でワイヤーを切った”…ワイヤーは使われなかった…」
「ミスター忍者の言うとおり……犯人は”プール側”でワイヤーを切断した…そんな結論が導き出されるのだよ、キミ」
――――やっと
――――やっと、導き出すことが出来た
――――今までモヤモヤと頭を巡っていた…違和感の正体を見つけることが出来た。
だけどこれだけじゃ、まだ足りない。もう一つ、重要なファクターを、この場に突きつける。
「そしてもう一つ、とある証拠をこのワイヤーと組み合わせることで……鮫島本人がプールで首を吊っていた…そしてその犯人がニコラスであるかのように、俺達を誤認させたんだ」
「…もう一つの証拠品?」
――そう、この証拠品があったから、俺たちはワイヤーが移動に使われたと、ニコラスがその犯人であると…そう錯覚してしまった。
…図書館の窓の側に落ちていた…”この証拠品”があったから。
【コトダマ提出】
【落ちていた滑車)
「これだ……っ!」
「この、どこでもワイヤーに付属していた…小さな滑車…これが図書館に落ちていたから…」
「アタシ達が、図書館へと犯人は移動していった…そう判断しちまった…」
「そうかぁ…成程……確かに、この証拠の存在が、ワイヤーで空を渡った事実を助長していた……」
「…ワイヤーが張られた形跡に加えて、図書館側に滑車が落ちていたとするなら…使ったと判断せざるおえないですね……。それで私達はまんまと犯人の罠にはまって、手のひらの上で踊り狂ってた、ってわけですか。何か、アホみたいですね」
悔しさを吐き捨てるように、自虐するように、雲居は過去の自分に対し、悪態をつく。何を言って良いのか分からないが…責めるべくは、自分自身では無い…それだけは感じ取れた。
「でもさー滑車を落としたりさー、ワイヤーを張って切ったのは、いつ行われたのかな?時系列がまたよくわかんなくなっちゃうんじゃない?」
「滑車を図書館の外に落としたのは…恐らくミスター鮫島を殺害してからミス雲居を襲うまでの間だろうね。そして、ワイヤーを張ったのは…あの切れ方からして、ミス雲居を襲った後、もしくはミスター折木達をだまくらかした後…かな」
「そう聞くと…ワイヤートリックだけは、どうやら余裕のある計画は立てていなかったみたいだがな…」
「え…どうしてそんな事がわかるんですか?」
「…プール側のワイヤーを短く切ってしまう…なんて、想像すれば簡単にばれてしまうようなポカをやらかしてしまっていたんだからね………まあそのミスのおかげで、危うく犯人に軍配が上がってしまうことを阻止できたんだけどね」
「ここまでくると~そのポカは~ポカに入ってる気がしないよ~」
とても長い時間はかかってしまったが…これでやっと、犯人によって仕組まれた、ニセモノのトリックを見破ることが出来た。
そして、ここまでで判明した…犯人のめまいを起こしてしまいそうなほど綿密な下準備、俺達を完全にだましきろうとする仕掛けられた偽装トリック。それを全て聞き終えた俺達は、うなだれるように深い息を吐く……。
その理由は言わずもがな、その計画に秘められた強い意志を感じてしまったから。俺達をだましきろうとする、絶対に生き残ろうとする強い意志を感じたから。
――驚きと戦慄、震撼、そして恐怖が、一遍に押し寄せてくるようだったから。
「…狡猾…いやずる賢い…と言うべきなのか…ねぇ」
「末恐ろしいの一言に尽きるですね。こんな大がかりな偽装トリックは裏に仕込まれてたなんて…もうどこに仕掛けがあっても驚かないですよ」
他の生徒達も、顔をいつも以上にこわばらせ…身震いしていた。……だけど、そんな他人事な反応をしている中に、この恐るべき計画を実行した犯人が…潜んでいる。俺はまた、別の意味で…背筋を撫でられるような、ジワジワとした恐ろしさを感じた。
「待って…だったら…例の火事はどう説明するの?確か…プールに居たときに気づいたって…蛍達が…」
「……ミス雲居が襲われた時点で、図書館内部で火事が起こっていたと考えてみよう。予め、ボクとミスター鮫島を残した状態で…決まった時間に火が図書館内部を包むように仕掛けを作っておくか……」
「それはそれでまた難しい気が…」
「…もしくは撒かれていた灯油の量を調整し、火を放っても…可能ではあるなぁ…」
「それももっと難しい気が……」
「だけど俺達が来た頃に、火にはかなりの勢いがあった。火を放ってから間もない状態とは思えない…火を付けてしばらく時間が経っていたか、仕掛けを作っていたと考えれば…納得がいく」
加えるように、俺達は犯人の仕組む緻密なタイムトリックも地道に解いていく…。そしてあらかたの流れが分かり始めたな、というのを皮切りに…話は自然と、事件全体のまとめへと移行していった。
「――――じゃあここまでの話をまとめるよ?予め殺害していた鮫島と、気絶させておいたニコラスの周りに倉庫から持ってきた灯油をばらまくか、仕掛けを作っ」。
「後は、滑車を落としたりして…偽装の準備もしてたんだよね!」
「…最後に一定の時間に燃え広がるように火を放った」
「そして黒ずくめに扮装した犯人は、雲居を襲い、ついでに俺もプールへと誘い出した…」
「死体のフリをした自分を私達に見せて……それで血相を変えて施設から出て行った後、ワイヤーを図書館まで飛ばし…そして切断…」
「………分岐点が動く前に、中央棟へと走って行った…ということでござるか…」
「……中央棟まで突っ切ったってことは~~」
「は、犯人は…陽炎坂さん、ですか?」
「ええええ!!本当にいいいいいいいいい!!!???」
「いやそのトリックと言う名の力業はもう良いんだよねぇ!!ていうか普通に小走りして行ける距離なんだよねぇ!!あと水無月サンわざとらしすぎるんだよねぇ!?」
「そうじゃなくて………今まで導かれてきた事実を踏まえてみると……この事件の犯人は――――…」
犯人は――あの中に居る…
【コトダマ提出】
→【アナウンス直後の生徒達)
「そうかっ…!」
「犯人は、死体発見のアナウンス直後――――ログハウスエリアにいた生徒の中に紛れ込んでいる…そう考えられるんだ」
「わ、私達のログハウス組の中に…平然と…そんな大舞台を、一仕事終えたみたいに紛れ込んでいた……」
「……とんでもない肝の据わりよう」
「でも~~犯人候補が~ニコラスくんだけだったのに~…何か凄い増えちゃったよ~」
「ああー、そうだねぇ、何か急に大所帯になっちゃったんだよねぇ」
……確かに、言われてみれば、容疑者候補が1人から10人……この中の誰かが犯人。なんだが……いや、待て…本当に待て……口で言うのは簡単だったけど……ものすんごく難しくないか?だって10人だぞ?……殆ど振り出しみたいなものじゃないか。
これ以上に、何を議論すれば良いんだ?正直言って、弾切れだ。そんな状態で、この中から犯人を1人に絞り込ませることなんて……できるのか?
――すると何処かで、パチンと、大きく手を叩いた音が聞こえた。
俺は、俺達は…その音の元へと、視線を寄せる。…その先に居たのは雲居だった。
「いや、ちょっと待つですよ……その10人の中から犯人を見つける前に…――もっと考えるべき疑問があるです」
俺はどうしたものかと、何をどうすれば良いのだ…そう頭を悩ませ始めている中で…雲居は”一度冷静になれ”と”頭を冷やせ”と、待ったをかけた。
「疑問……ですか…?」
「何か色々と考え尽した感は否めないでござるが……」
「はぁ…良いですか?犯人は中央分岐点を突っ切る前に…私達の前で死体のフリをしていたんですよ?……だったら…どうやってあの”高い天井の足場”から…”プールの入口”へ移動したんですか?」
「――――――――――――あっ」
盲点だった……今までトリック全体の事を考えすぎていて…もっと根本的な、”どうやって”移動したのかというHow done it(ハウダニット)が抜け落ちていた。思わず、目を点にしてしまった。
俺はあのときの、陽炎坂が、どうやって炊事場エリアを脱出したのか…そんな刻みつけられたように鮮明な感覚を思い出した。
「……う…うむ。確かになぁ……ワイヤーが使われていないとするなら…犯人はあの天井の足場から、入口に行った………一体どんなマジックを使ったというのだ……」
「窓からは……は、折木さん達が登っていたから不可能…ですよね」
「そういえば…もう片方にも窓があったんでござるよな?そこから降りることは…」
「…難しい、かな?はしご自体、は、片方、にしか、なかったハズ、だし…」
「……じゃあ…どうやって?」
蜘蛛の糸が如き光明であったのに……それを答えきれるような、閃きが出てこない。あと少しで…答えがだせそうなのに…頭の中でつっかえているようで…声にも出せない。
――”何か”、きっかけさえ…あれば、もしかしたら…
「…落合…アンタ確かプールを調査していたんだろ?何かそこで気づいた事は無かったのかい?」
「なぁに、僕が覚えているのは…虹のように天高く連なる鉄橋と、血の池の如き水面が下一面を埋め尽くしていた………ただそれだけのことさ」
「…血の池の水面…って。多分プールのことだよ…ねぇ?あの足場の真下にある…」
「たかがプールにそんな地獄みたいな表現をするってことは…あんたまさか……カナヅチ…ですか?」
「……」ジャラン
「…また誤魔化した。でもいつもよりギターの引きが甘い。明らかに図星」
「…高所、恐怖症、じゃ無かったん、だ、ね?」
「そうみたい…だな。はは、は……は………――――」
――――待てよ?
――――――――……橋の真下には……プールが…?
――――えっ?
――――いや…まさか…そんな…
「ミスター折木」
誰の声も聞こえるような、小さな喧噪に周りが包まれている中で…ふと、肩を叩くように俺の名が呼ばれた。
――――ニコラスだった。俺は…その声色に引き寄せられように、彼と視線を合わせた。
「忘れたのかい?深く考えず…シンプルに考えてみるのだよ。…余計な感情も全て捨てて…素直にね?」
――――シンプルに………?
――――…もっと素直に考え、る…?
「そしてもう一つ…ボク達が相手をしているのは…普通じゃない…一流の才能を持った…超高校級というのも念頭に置くんだ…だからこそもっと自由に、そしてあり得ないことも、考え尽すんだ」
――――そして超高校級の”才能”…………
「そうすれば自ずと……いや、キミは既に…見当が付いているはずだ……後はただ…それを口にするだけ……」
”あのときと同じように、ミスター陽炎坂のときと同じようにね?”
――――陽炎坂の時のように…
――――シンプルに…
――――そして自由に…
――――だとしたら
――――…やっぱり…
――――”あいつ”が…?
そう考えてしまうと…もう……止まることはできなかった。
口ずさむように…………その言葉は…裁判場の中心へと、こぼれ落ちていった。
「プールの中に…………“飛び込んだ”…のか……?」
その発言に、全ての空間がシンっと張り詰めた。誰からも、言葉が出てこなかった。俺自身もつっかえたように言葉を出せなくなった。だけど……ここで、こんなところで…言葉を終わらせるわけには、いかない……。そう思った。
「あ、あの足場の下には…プールがあった。だったら、素直に考えれば……そのプールの中に…足場から落ちたと考えれば……」
「飛び込んだって…あの真下のプールにかい!?」
「…成程……実に単純な方法だね。ボク好みのシンプルな発想だ……と、いうことはだ…キミ…あとはもう分かっているね?」
そんな馬鹿げた事が出来る……超高校級の才能を持つ犯人
そんなヤツ……
――――たった1人しかいない…
【怪しい人物を指定しろ】
⇒ナガト リンネ
「長門……あんな高所からの飛び込みなんて離れ業…超高校級のダイバーである…お前にしか…できない、よな?」
俺は、こんなあまりに飛躍したトリックをやってのける……たった1人の生徒へと、指を、そして未だ信じられないと震える瞳を向けた。
「……長門さん?」
小早川が声を掛けた、指先の延長線上にいる彼女は…ぽかーんと口を開けていた。まるで何が起きたのか、まったく理解できていないような…そんな状態に見えた。それでも俺は、その指先をブレさせなかった。
「……………え、え~~!そんな危ないこと出来ないよ~~」
いくら反応の鈍い彼女でも。その自分の身に降りかかる火の粉に気づいたのか…目を見開きに、両手を振りながら、いつも通りの口調で否定し出した。
「も、も~、急に話を振るから~びっくりしちゃったよ~~振るんだったら予め言っておいてよね~~」
「……いきなり名指しで呼んだのは謝る……だけど、――どうなんだ?長門」
「今言ったとおりだよ~~。凄い高いところからプールに飛び込んだなんて言われてもさ~、ぶっちゃけそんな危険なこと、普通は無理だよ~~」
「……でも、何処にも脱出する場所が無いなら……公平の言うとおり、プール以外他に無い」
「それにだよ?ミス長門。キミはダイバーという潜ること、そして泳ぐことに特化したエキスパートだ…君言う普通の範囲内に…入らないと思わないかい…?」
「え~でも~そんなのお前にしか出来ないとか言われてもさ~誰だって~寝耳に水に決まってんじゃ~ん」」
いつもの声のトーン、いつもの表情、いつもの口調。疑われているのに、疑惑の目を向けられているというのに……その様子に…一切の焦りは見えなかった。
――だけど、いつも通りすぎるその仕草全てが…
今だけは――イヤに不気味に感じてしまった。
「そんなさ~根も葉もない話をされてもさ~正直分かんないよ~」
焦りが見えない……そうだ……彼女はまったく、焦っていないのだ。今までだって、疑いを向けられた人間は何かしらの反応は見られていた。言葉を無くす者、口数が多くなる者、性格が変わる者…数こそ少ないが……大抵の人間はそんな反応になってしまう……はずだった。
だけど、コイツは。長門は――
「冗談キツいな~、本当に~」
――ただ平然としていた。自分が犯人じゃ無い事に、何ら疑いを持たず…普段通りののんきな口調で…意見を否定してくる。
……一瞬…本当にこんなのっぺりとしたヤツが、あんな緻密なトリックを…?あんな残酷な全ての犯行を行ったというのか……?
一度言い切ったはずなのに…一度直感したはずなのに……本当に間違っていないのか?、一瞬そう考え込んでしまうくらいに、…俺の中で小さな迷いが生じているようだった…。
「それにさ~~今まで徹底的に洗ってきてさ~トリックとかさ~偽装とかなんか一杯あったけどさ~~~、そんな沢山のこととかさ~複雑なトリックをさ~~私に出来ると思うの~~?」
「ええと……私だったら、途中できっと…いや確実にミスを連発してますね…」
「右に同じなんだよねぇ……」
「でしょ~~?まあ自分で言うのもアレだけどさ~、そんなゴチャゴチャしたことがさ~ノロマな私に本当にできるのかな~~?」
「…確かに複雑かも知れないが…それとこれとは話は別だ…結果として事件は起こってる、トリックは行われたんだ」
「できるかできないかの問題じゃ無い……それが“誰だったら可能か”を今話し合ってるんです……論点はずらしていくもんじゃ無いですよ…」
「も~強情だな~~、だったらさ~ちょっと聞きたいことがあるんだけど~良い~?」
「…?」
しかしイマイチ緊張感に欠ける態度に加え、一体何を考えているのか、まったと読み取れない言葉の数々。俺は警戒をしつつも、彼女の言葉の全てに神経を集中させていった。
「一体…何が聞きたいと言うんだい?ミス長門?」
「犯人はさ~灯油とかさ~、紙袋とかさ~、運動靴とかさ~”黒いローブ”とかさ~。それに~特殊な道具を二つも使ってたんだよね~?」
「特殊な道具…というと…どこでもワイヤーに、モノパワーハンドのことかぁ……」
「いろんな、道具、を駆使してた、ね」
「倉庫を捜査してた私から言わせて貰うけどさ~、結構さ~使われた物が多いじゃな~い~?でもそれらってさ~未だに殆ど見つかってないじゃん~?」
「ああ……そうだな」
「じゃあそれって全部さ~処分されたってことだよね~~?だったらさ~かなり時間がかかると思うんだよね~~」
長門は何が言いたいのだろうか?俺は不気味な感情を抱きながら、眉をひそめた。しかし彼女は指を立てながら朗々と言葉を並べていく。まるで自分が疑われていないかのような立ち振る舞いだった。
「…アンタ、つまり何が言いたいんだい?」
「どこに~大量の道具を~処分する時間があったのかっていう話~」
「…処分する、時間、は。無かった、て、こと?」
「そうそう~~、だってさ~折木くん達が図書館で火事を発見して~そして死体が発見されてから~~私達がアナウンスで呼び出されてるまで~~~そんなに時間なかったじゃない~?」
「…?」
「時間とは…思っていたよりも短く、そして有限。僕は思うんだ、この僅かに残された時にこそ、自分が為すべき意味があるんだとね…」
「…無視するけど~~、あんなにすぐ~アナウンスで呼び出されてたらさ~~、強度がえぐい道具も全部~処分してる暇なんてないじゃ~ん?そこんところ、どうなの~?」
――――すぐ?
いや…そんなことは無かったはずだ…。あのとき、俺と雲居が図書館に行ってニコラスと合流して…そしてモノパンが現れて…すぐに鎮火活動が始まった。
確かアレは――――
【コトダマ提出】
【図書館放火事件)
「そうかっ…!」
「……いや長門…そんな事は無い。道具を処分する時間は充分にあったはずだ」
「え~?そうだったっけ~~?」
まるで本当に始めて知ったかのように目を開いて驚く長門。その細やかな反応の数々に…またぐらぐらと、彼女が犯人かも知れないという軸がぶれそうになる。
「…あの火事の鎮火活動は、モノパンの力を持ってしても30分の時間がかかっていた……」
「はイ。山火事のスペシャリストである、モノパン組は火事を消すのに30分もかかっておりましタ」
「で、では、犯人にはプールを出てから、“30分間の余裕”があった、ということになりますね」
「…ああ、そうなる」
「あれれ~?そうだったっけ~?う~ん、でも~確かに~それ位あったかも知れないね~~。ちょっと人より体感時間がゆっくりだから~~もしかしたらそれで、処分する時間が無いって~錯覚しちゃったのかもな~」
「うう……な、何だか…よくわかんなくたって来ちゃったんだよねぇ。ほ、本当に彼女が犯人なのかねぇ…」
「何とも不気味な感触でござる……」
「這いずるような影は誰の物なのか……きっとそれは自分さ。拭いきることのできない、過去に残してきた自分の影……」
何だ…何を考えている?…これが長門の反論なのか?これで何を覆そうとしているんだ?
じわじわと、首元に手をかけられて締め上げられてきているような……隅の方へ追い詰められているような感覚が…全身に走っているようだった。頬にジトリとした汗が流れ落ちる。
「つまりだよミス長門……たっぷりと道具を処分する時間は残されていた。ノロマを自称するキミでも、道具の処分は可能であるのだよ……。さて…何を言いたかったのかは分からないが……ここでまた、先ほどの議論に話を戻したいのだけど……構わないかな?」
「うん良いよ~~」
「……良いんだ」
「えらくあっさりしてるさね……」
ここでまた、先ほどの議論である“長門ならあのプールを脱出することができるの否か”へと話は戻される。妙な回り道をしている気分だった故に、”何を考えているんだ…?”と不穏な言葉が…俺の頭で何度もちらついていた。
「えっと確か~~、あの天井の足場から私なら飛び込めるか~~だったっけ~?」
「ああそうさ、さて答えを聞かせて貰おうかな…キミ」
「うん――――“出来るよ”~~」
“へっ…?”と間抜けな声を上げながら、思わずキョトンと、顔を硬直させてしまった。あのニコラスですら…目をつぶったまま…ピシリと固まってしまっている。
だけど、確かに、今目の前で、長門は、あの天井から”飛び降りることが出来る”…着水できる、そう認めた。
…そんなの“私だったらあのプールから脱出できる”と、”私は犯人の可能性が高いです”そう宣言しているようなモノだった。
「――――えっ……認めちゃうんですか…そんなに速攻で?」
「うんそうだよ~~。あっでもね~~もう一個言うとね~~飛び込みをね~できるのは~私“だけ”じゃないよ~~」
“だけ”という二文字を偉く強調し、そんなことを長門は微笑みを絶やさず付け加える。俺はその耳にした言葉から、計り知れない思惑を感じ取った。
「は?ひ?ふ?へ?ほ?どゆことどゆこと?私だけじゃないって?」
「私だけじゃなくても、誰でも出来るって言いたいんだよ~~」
「そんな……あの高所ですよ!あんな高さを誰でも飛び降りることなんて出来るわけ無いじゃないですか!!ヘタしなくても死ぬ高さなんですよ!!」
「あのさ~私はさ~一応って付けるのもあれだけど~超高校級のダイバーなんだよ?言わば飛び込みのスペシャリストなんだよ~?どの高さから落ちても、大丈夫なような体勢を~~いくらでも知ってるんだよ~~?」
「貴様ぁ…知っているから何だというのだ…!」
圧を与えるような言葉なんて意に返さず…つらつらと長門は話を続けていく。同時に、俺は加速度的に…胸中の不安を増長させていった…。
「特に~運動神経が良い人とか……ほら~崖の上から一回転して飛び込むヤツとかあるよね~?そう言う人って、頑張って体勢を整える技術さえ学べば~すぐにマスターできちゃうんだよ~」
”例えば~”と頬に指を当て、周りを見回す。そして、ピタリと…標準を定めるように…瞳を止めた。
「“沼野”くんとか~、身軽だし~、難しくないんじゃないかな~?あっ、ていうか~――――」
――――前に教えたよね~?
貼り付けたような笑みそのままに…彼女はそう、ハッキリと言ってのけた。俺達は…瞬間、沼野へと目を向けた。
「…あいや!!せ、拙者!?で、ござるかぁ!?」
「高いところから飛び降りるパフォーマンスのために~~、学びたいとか言ってたもんね~~それで、丁寧に教えてあげたもんね~?」
「ちょちょちょちょ、ちょっと待つでござる!!拙者……そんな教えを請うた覚えは……」
「そうだよね~~普通はそう言うもんね~~だって~、もし技術を知ってたんだったら~~そりゃあ使うもん…だって…そんな技術が使えば~~~私に罪をなすりつけられるもんね~~私以外に出来る人は居ないみたいにできるもんね~~」
“私を犯人に仕立て上げられるもんね~~?”…悪びれもせず…ただ気安いように…そう沼野へと同意を求める声を出す。
その言葉はつまり……沼野が今回の事件の犯人であると……そう暗に告発しているようなものだった。
――俺は理解した…彼女が何を思って、今まで意図の読めない言動をしていたのかを。
「それに~折木くん達も言ってたもんね~~。時間があったんだから~私で“も”…犯行は可能だってさ~~」
――俺は理解した…何故彼女が、先ほどの誰でも突けるような、矛盾した反論をしていたのかを
「じゃ~あ~、あんな飛び込みなんて運動神経の良い人なら誰でも出来るんだから~~、沼野くんにも可能だよね~?」
――俺は理解した…俺達は彼女に術中に嵌まっていることを
一瞬…長門は嘘なんてついて無いと思ってしまった。
一瞬、沼野にも犯行は可能なんじゃ無いかと思ってしまった。
一瞬、沼野は何かを隠していると思ってしまった。
一瞬……沼野が犯人なのでは無いかと思ってしまった…。
だからなのだろうか…ただ、確認を込めたような…一言が…。一度聞いてしまえば…終わってしまうような一言が………口から……こぼれそうに――――
「ぬ…沼野…お前――――」
「――――おおっと……ボク達を乗せようと思っても無駄だぜ?ミス長門」
――その言葉を遮るように…ニコラスはそう言い放った。
俺はハッとなる…。俺は、慌てて、声の主である…ニコラスへと目を向けた。
「ダイビングの専門家であるキミから、あの超高度からの飛び込みなんて……技術さえあれば誰でもできる…なんて、そんなこと言われちゃあ、そりゃあ素人のボク達も信じちまいそうにもなるさ」
”…まあ実際にボクも危うく乗せられそうにもなったんだけどね”、そう言いながら、やれやれと首を振る。
そうだ……今まで俺は何を考えていたのだろう…分かっている真実が目の前にあったのに…何故俺は…何も関係ない、沼野を疑おうとしていたのだろうか……。
――あのときと同じだった
「…だけど、忘れてくれるなよ?キミは、超高校級である以前に――――」
……鮫島の、死体を初めて見たときと同じ……あの姿がそこにあった。
前に一度見たときとは別に、正面の姿ではあるが……そこに立っているのはまさに、真実を愛し、そしてひたむきに求め続け……追求することを止めない…
「――この事件最大の、超高校級の“容疑者”なんだぜ?」
―――自称名探偵が…立っていた。
目の前に佇む真実……“犯人”を見据えながら…。
「え、え、ええええ~~~なな、な、何さ~~いきなり犯人扱いは止めてって言ってんじゃ~ん!」
そんな断定とも取れるニコラスからの宣告に対し…先ほどの平常心が嘘のように…長門は焦りを表出させていた…。今まで自分のペースに巻き込んでいたはずのなのに…一瞬でも犯人を自分では無いようなムードにしたはずなのに……そんな、思惑が外れたような焦りぶりであった
「……超高校級のダイバーという肩書きの前に…”有力な容疑者である”が付くか…ううむ………信じられそうで…信じられん微妙なラインだがぁ…」
「常識的に考えたまえよ。あんな天井の足場からの高さから水に落っこちちまったら……特殊な訓練を受けてる人間じゃない限り…コンクリートにぶつかるのと変わりはしない…首の骨を折って死体になるのがオチだぜ、キミ」
「…よく考えてみたら…確かに。自分で死んじまう高さって言ってたのに…なんで誰でも出来そうな気持ちになってたんですかね……?」
「……何か、また化かされた気分」
「ちょ、ちょっと~~人を狸扱いしないでよ~~」
長門は俺達から浴びせられる言葉の数々に涙目になりながら、抗議する。俺は…罪悪感のような物を感じながらも…その反論へ言葉を重ねていく。
「だけどだ…長門…お前の反論は“誰でもあの高さなら飛び込める”…そう言う前提ありきのもの…」
「だけ、ど、いくら、運動神経の、良い、沼野く、ん、でも、一朝一夕、で習うこと、なん、て、不可能…なんだ、よ?その前提、こそ、無意味、なんだ、よ?」
「む、無意味じゃ無いよ~。ちゃんと、ちゃんと誰でもできるも~~ん…!」
とても冷静とは言えない彼女の様子……そしてその焦りが…僅かな“隙”を、…凪いだ大海の中に…ほんの少しの波が見えたような気がした。
「そして、もしもお前が犯人だとしたら……今まで集めてきた証拠の中で、たった1つだけ、怪しい物がでてくるんだ…」
「怪しい…ですか?この場面で…?」
「…偽装だらけのこの事件です……怪しくない証拠の方が少ないと思うですけど…」
「おやおやおや?公平クンの表情からすると、もう見当はついている感じかな?」
「え、え~…急に何さ~、そんな怪しい物なんて何処にもないよ~~それに私は犯人じゃ無いよ~~…!」
「いいや…ある。そしてそれは、お前自身の首を絞める致命的な証拠にもなり得るんだ…!」
俺は思った。
――詰めるためには…この場面しか無い。この好機、絶対に見逃すわけにはいかない……!
俺は決意した。
――あのとき…あの場所で、犯した、長門自身の大きなミス、それをここで突きつけるんだ……!
【ノンストップ議論】 【開始】
「怪しい所なんて何処にも無いよ~~」
「だって私は犯人じゃないんだから~」
「そういう波が立つようなこと~おおっぴらに言わないで欲しいよ~」
…本当に…犯人じゃ無いの?
何か訳が分からなくなってきたんだよねぇ!?
貴様の場合もっと前から前後不覚であっただろうが…
「だけど、火の無いところに煙は立たないと言うですし…」
「捜査中に何か『変な動き』してたんじゃ無いんですか?」
推理小説でよくあるヤツだね!
でも長門は沼野と共同で捜査してたさね
「も~私ちゃんと捜査してたよ~」
「倉庫の中だって【真面目に調べてた】し~」
真面目なフリをしてた、とかですか?
「むむむむ…一緒に捜査していた拙者の意見だと…」
「そこで変に証拠を捨てるとか…『不自然な動き』は…無かったような…」
沼野がそう言っちまったらお手上げさね
嘘でも良いから不自然だったと言えば良かったのにーー!
それは流石にアウトな発言なんだよねぇ…
自称名探偵が聞いて呆れるよ、キミィ!
「そうでしょ~?」
「それに~議論にだって決行【協力的】だったじゃ~ん」
「犯人だったら~」
「そんなホイホイと事件に口出しすると思う~?」
ちなみにボクも結構を話に加わっていたよ?キミ…
邪魔してた、とも、言える、ね?
「た、確かに…事件のあれこれに意見は挟んでおりましたし…」
「非協力的…とは、『ほど遠い態度』でした」
…そういえば結構積極的だった
ますます分からなくなってきてさね…
「ほ~ら見たことか~」
「どこも怪しい所なんてなかったでしょ~?」
「だから最初っから言ってるじゃ~ん」
「私は【犯人じゃ無い】ってさ~」
【倉庫の状態)⇒【真面目に調べてた】
「それは…違うぞ!!」
【BREAK!!】
「いや…思い返してみれば、そう…矛盾は目の前にあった。……それはお前とそして沼野が調べていた…――――倉庫の状態…それがお前の致命的なミスだ」
「な、何さ~~、調査不足だって言いたいの~?ちゃんと調べてたよ~?」
「ま、まあ綿密に調べていたのは…確かでござるが…」
「いいや調査の精度がどうこうじゃない……俺が指摘したいのは、倉庫から持ち出された物の――“数”のことを言いたいんだ…」
「…数、ですか?」
「そんなの…沼野くんと確認し合いながら~物の数を数えて~報告してたじゃ~ん!」
…そう、確かに調べてはいた。だけど――――
「ああもしもそれが…“申告通りの数”ならな」
「え、ええ~~……な、何でそういうこと言うのさ~…信じてよ~~…」
「……倉庫から持ち出された……物の数…でござるか………」
「…どうしたんですか?何か引っかかる所でもあったですか?」
”物の数”という単語に対し、“ううむ…”と明らかにうなだれた様子の沼野に、雲居が言葉をかける。少し間を置いて…沼野は、不安げな様子で語り出していった。
「捜査の時…確かに倉庫を調べてお互いに報告しあっていたのでござるが………その…効率的に倉庫を調べるため…“手分けして”倉庫内を調べていたのでござる……まさか、虚偽の申告なんてしないと思った故…長門殿が担当した物が、本当に無くなっているかいないかは…詳しくチェックしていなかったのでござる…」
「そんな~…ちゃんと、ちゃんと見てくれてたじゃ~ん、思い違いだよ~~」
「…ちなみにですけど。長門には何処の区画を任せてたんですか?」
「……”コスプレ用”の物品が並ぶ区画…でござる」
「今回使われた…黒いローブがあったコーナーだね!!」
”黒いローブ”その単語が出てきた瞬間を、俺は見逃さなかった。
「そう…その“黒いローブ”が問題なんだ…」
「あの図書館の水路に沈んでいたヤツのことか……………いや、よく考えてみると……――――“何故だ”…?」
「…?狂四郎?」
「何故……黒いローブが”水路に“沈んでいたのだ?」
手で顔を覆い、独特なポーズを決めつつも…雨竜は眉根を寄せ…何かが引っかかるようなつぶやきをする。どうやら、俺が最も言いたかった疑問に雨竜はたどり着いたようだった…。
俺は頷き、同調する。そして…繋げるように、注目すべき問題点を指し示していった。
「そうだ…ローブを身につけた犯人は図書館にも行っていないのに…何故、身につけていたはずの黒いローブが図書館にあったのか…答えはたった一つ、ローブは――――”2着”使われていたからなんだ……」
―――犯人が死体のフリをしていたのなら
―――そのままプールから中央棟へ向かったとするなら
……図書館の水路に沈んでいた、あの”黒いローブ”…それはどう説明できるのか。さっきのようにシンプルに考えれば…”もう1着”ローブが使われていたとすれば簡単な話だったんだ。
「じゃあ…あの水路に沈められていたのは……」
「…犯人がワイヤーを使った錯覚させるための布石の1つ…そう考えられる」
「確か申告だと、ローブは1着しか使われてないはずだったねえ……――――ちょい長門!!!これは一体どういう了見だい!!」
「……そ、そんなのさ~ただ数え間違えただけだって~…もう1着使われてたなんてそんな知らなかったんだよ~~~」
男だろうと女だろうと、厳つく睨みを利かせる反町。それに対して、長門はあわあわと、苦しい言い訳を並べていく。そして――――。
「ちょっと考えてたことなんだけど、さっきの議論でさ……ほら、凛音ちゃんが言ってた『議論に協力的だった』ていうところ?あったじゃん……思い出してみれば、今まで凛音ちゃんが積極的に推してたのって………あの嘘のトリックの方だったような気がするんだよな~」
その状況を悪化させるように、水無月が過去の発言を蒸し返す。
「そ、そんなこと言ってたかねぇ…?」
「『ワイヤーを張ってるんだから絶対に使ってる』……なんてね……カルタの冴え渡る記憶力がそうだと言ってるよ!!」
「違うってば~~~~!!誰だってそう思うってことじゃ~ん!それに皆、嘘のトリックが絶対使われてるって考えてたじゃ~ん!!疑う根拠にもならないよ~!」
「…ヘタな勘ぐりでござるが…捜査が始まる前……倉庫へ向かう拙者に優しくしていたのは、もしかして…」
「まさか………最初から倉庫の品を誤魔化すため?」
「話聞いてよ~~~皆~~~!!だから考えすぎだってばあああ~!!」
証言台の縁を掴みながら“違う”と反証する長門。それを尻目に、彼女の過去の行動の一つずつを俺達は夢中になって読み解いていく。
もし…今までの、違和感すら抱かなかった小さな行動の1つ1つにそういった思惑があったとするなら……今までのトリックを成立させ、完全犯罪への布石であったとするなら…。
「皆~~信じてよ~~…私は、犯人なんかじゃ、無いってば~~~…」
――――これ以上に恐ろしいことは無い…。
俺は今までのその記憶全てに、今の長門の全てに…恐怖した。
こんな無垢を体で表わすような彼女が、底知れぬ、執念のような何かが潜んでいると、感じ取ってしまったから。
「な、長門…さん?嘘、ですよね……こんな、こんな、惨たらしい事件を起こしただなんて……嘘、ですよね…」
「ち、違うよー…………」
そして今、この瞬間…全員の疑いの矛先は…完全に彼女へと向けられていた。
「長門…貴様…!!!」
「ちが……違う…って……」
ベクトルの先に居る彼女は、前髪で目元隠し、そして俯き…何かを唱えるように、かすれた声を絞り出していた。
「……本当の事を言って…もっとハッキリと」
「ちが…………」
かすれた声は…誰の耳にも届かず…ただ他の声にかき消されるだけ。
「ブツブツ言ってても、何も聞こえないですよ!ハッキリしゃべるですよ!!!」
「……………………………」
誰も、彼女の声を聞き取らない。
「長門さん……あんたが、あんたが…鮫島くんを――――殺したのかねぇ?」
「…………………………………………………………………………」
彼女は…長門は……諦めたように自分の世界に閉じこもる…。言葉をなくし……沈黙の道を歩んでいった。
「長門殿!!」
「長門さん!!」
「………長門」
そう、思っていた――――
「違うっていってんじゃあああああああああああああああああああん!!!!!!」
――――吠えた。
底に貯まりきった黒く濁った物を吐き出すように…長門が目の前で、慟哭した。
俺達は、その圧に跳ね返され…言葉を失う。恐ろしさとも、衝撃とも表現できる見えない糸が体を縛り付け、動くことを止めさせる。
目の前の彼女がまるで別人のように叫ぶから……本当に”彼女本人”なのか、瞬間的に分からなくなってしまったから……。
彼女は、震えながら肩で息をして…俺達を震える瞳で射貫いていた。見ると……その瞳には、”色”がなかった。水底のように、真っ黒に。その奥に潜んでいるのだろうか…何が渦巻いているのだろうか……憶測ばかりで何があるのか、まるで判別できない。
だけど、全身を打ち付けるようなそんな強い怒りだけは、確かに感じ取れた。
「ねぇ…なんで、なんで誰も信じてくれないの~?」
凍えるように震えた、可愛らしい声で彼女は俺達に…問いかける。
「なんでさあ~~何で誰も私の話を聞いてくれないのさ~~……!」
怯えるように、されど怒りを吐き出すように…。
「最初はニコラス君のこと疑ってさ~、やれ違う、やれコイツが犯人だって糾弾してた癖にさ~」
その矛先は俺達全員…今までの全ての過去の俺達に向けた全員。
「次は古家くんが犯人かもしれないって言い始めたりさ~~」
右を行けば右へ。左を行けば左へ……今までの、兵隊のように言いなりだった俺達の行動全てに怒りをぶつけていた。
「そして最後には私~~?………今まで気遣ったりさ~~、命が惜しいからって頑張ってたのにさ~、私が善意でやってた行動にケチ付け始めてさ~~~~もういい加減にしてよっ!!!!」
その怒りは、憎しみは…一言毎に膨れ上がる……。
「やっぱり皆そうなの?皆も”あいつら”と同じで、虐めやすそうだったから私を虐めてるんでしょ!!!」
その有り余る怒りは…憎しみへと置き換わっているようで…。まるで、知らない”誰かに”向けて言っているようだった。
「全部…全部……全部全部全部……全部全部全部全部、全部!!全部!!全部!!!!!違うんだよよ!!!!違うんだよおおおおお!!!!!!!!!」
今までの全ての怒りを煮詰めたような声を、裁判場へ…俺達へ…誰かも知らない別の誰かへ…たたきつける。……それを最後に、長門は震える拳を置きつつ、言葉を止めた。…とても強い、吐きたくなるほどの強い憎しみのこもった目で俺達をにらみつけるながら。
「――――――」
その憎しみは、誰に向けてなのか…俺達自身に向けてなのか……それとも――。
痛いくらいの静寂がこの場を支配する。長門は全てを言い切ったはずなのに…俺達へ言葉を投げたはずなのに……何を言うべきなのか…何を投げ変えせば良いのか……喉がつっかえたように言葉が出てこない……何も、分からない。
だけど――――
「お怒り中の所悪いんだけど……言いたいことは、それだけかい?キミ」
「…………?」
ニコラスはただ真っ直ぐに…長門に、とても冷たい言葉を投げつけた。今までの怒りなど無かったように…普段以上の真剣さを持って…長門の言葉を切り捨てた。
「日頃の鬱憤と、怒りをここで吐いたのは……そうだね、周りに気を配らなければならない君のストレスフルな人生においては…とても重要なことだ」
淡々と、諭すように…自分に向けられた怒りなど、何にも知らないと言わんばかり…。
「だけどね、キミの生い立ちについては…正直知りもしないから…コメントは控えておくけど……。そんなのは、今この場には関係のないことなんだよ。キミ」
イヤ違う…彼は何も知らないと、無視しているんじゃ無い……。
「今重要なのは…キミが人を殺したのか否か……タダそれだけなんだ。余計なファクターは、この場には一切必要無いのだよ、キミ」
――”拒絶しているんだ”……例え犯人が何を並べようと…何を言い聞かせようと……人殺しは人殺し…今までの全てなどでは無く…今ココにある全てが全てなのだと………それ以外の要因を拒絶しているんだ。
そして同時に、理解した…今のニコラスは、本気だ。本気で、長門が犯人であると…疑いきっている。キミが犯人であると、完璧に”信じている”のだと。
「……お、おい、長門?」
俺はすぐに長門へと目を向けた。ニコラスからの、神経を刺激するような言動の数々、長門が…またさっきのような怒りを爆発させるのではないか…そんな不安を感じてしまったから。
だけど――――
「……………――――あはは、そうだよね~。ニコラスくんの言うとおり~関係なかったよね~~~」
予想外にも…長門は、頭を冷やしたように…態度をまた一変させていた。いや、正確には怒りをさらけ出す前の、今までの長門に態度を戻った、とも言えた。
「ごめんね~皆、ちょっと興奮しすぎちゃったよ~」
平静、焦り、沈黙、怒り、そしてまた平静…その、海のように移り変わる感情の数々…それらから感じるのは…言い様もない…気味の悪さだけだった。
「きゅ、急に落ち着いちゃったんだよねぇ……普通は落ち着くのは良いことなのに…何か妙に情緒が不安定な気が…」
「あの…本当に大丈夫ですか?一度、休憩を挟んだ方が…」
「大丈夫だよ~、皆があんまりにも流され過ぎだったから~、思わず頭に血が上っちゃってさ~」
「な、なーーんだ。頭に血が上っちゃっただけかー!もう、ビックリさせないでよー凛音ちゃーん」
「ち、血が上った…で済むのか…アレを…」
「実に…実に血を冷たくするような激情だったね……そうか、そうだったんだね。あれもまた君であり、そして今もまた君ということなんだね」
「えへへ~そういう細かいところは良いから~、気を取り直そうよ~~………それにね~誰がなんて言おうと~今回の事件はね~私には絶対に犯行なんて無理なんだよ~~…」
「往生際が悪いですよ!……倉庫の数の誤魔化しとか、プールからの脱出の話とか…もう証拠は挙がってるんですよ!」
「でもさ~~それって全部状況証拠じゃな~い~?倉庫の件だってさ~?ちょっと数え間違えただけでわざとじゃ無いし~~~~、それに~さっきも言ったじゃ~ん?飛び込みなんて、技術を学べばすぐに、誰でも出来るってさ~~?」
「……その意見は曲げないんだ…」
あくまで長門は…倉庫の話は自分のミスで…そして脱出の件も、自分以外でも”あの高所からの着水”は誰でも出来るという言い分らしい。確かに、今のところ決定的とも言える物的証拠は手元には無い…酷な話、長門を犯人と決めつけるには…あまりに貧弱な手札だった。
だけど、それ以上に俺は…今の”私には絶対に犯行なんて無理…”そう断言した事に対し、疑問を持った。
「長門さん、の、言いたいことは、分かった、よ?でも、どうして、今、絶対に、無理なんて、言い切る、の?」
「今までを総括するとさ~犯人は~プールの天井で~鮫島くんのフリをして~吊されたフリもしてたんだよね~~?そして~~雲居さんと折木くんは~それを目撃したんだよね~?」
「ああ…そうだな」
「私も、目に焼き付いたように覚えてるです。犯人が鮫島のフリをしていた、首吊り死体を」
「じゃあさ~~遠目から~~その吊されてた人はさ~誰なのか分かった~?」
何を言っているんだ?と、また意図不明の質問に首を傾げそうになる。しかし…先ほどのこともあったために、一度冷静になる。そして改めて…長門の質問へ答えを示していった。
「いや…分からなかった。だけど、それがどうしたんだ?分からなくて、当然だろ。犯人は黒いローブと紙袋を、被っていたんだからな」
「そうだよね~~じゃあ~~私には無理だね~~~」
「何が!…っ……何が無理って言いたいんですか……?」
「変装するなんて無理~って言いたいの~~」
ニコニコとした微笑みを浮かべる彼女は、両手を自分の肩に置き、”変装なんて”無理…そう断言する………。俺はさらに困惑を加速させていった。
「…貴様、先ほども言ったであろう!黒いローブで正体を隠していたと!!つまり、変装など誰にでも可能なのだぞ!!」
「全員じゃないよ~~だってその変装って~~顔と体型は隠せるだけで~~。もっと重要な部分を隠せて無いじゃ~~ん」
「く、くびれとか、で、ござるか」
「はいハズレ~~……ほら、これだよこれ~。鮫島くんと~私とで~明らか~に違う部分」
長門は自分の”とても長い髪”を持ち上げ…全員に向けて見せつけた。
「髪、の毛……?」
「そうだよ~。確かにさ~黒いローブ着てたんなら~犯人が男か女かも分からないしさ~、体型もさ~判別できないけど~。でもさ~、このものすご~く長い髪の毛はさ~ごまかせないよね~?」
「えっ……えっ?」
「………成程、ミス長門、キミの言い分は分かったよ。キミは鮫島と自分とでは明らかに髪の毛の”長さ”が違う。だから、死体のフリをするために紙袋を被ったら…漏れ出てくるその燃えるような紅い髪の毛で……すぐにバレてしまう…そう言いたいんだね?」
ニコラスの説明に…俺は納得する。確かに…鮫島と長門で、明らかに違う髪の毛の長さ。変装した状態で誤魔化すことができない、重要な箇所。あの長さの髪の毛をまとめようにも……あのボリュームだ、たった1枚の紙袋に収まるかも分からない。
「…ううむ、あの首元までしか無い紙袋を使っても…悔しいでござるが、髪の長さを誤魔化すのは難しいでござる……」
「そ、そうですよね。鮫島さんは短髪で、長門さんは長髪……しかもかなりの長さの差があります」
「うんうん~、だから~、もしこのまま変装をして~2人の前に吊されたフリをしたら~~1発でわかっちゃうんだよ~。それに~、さっき~折木くん達が分からないって言っちゃってるから~~」
「……髪の長い自分に、鮫島の変装は無理…って訳ですね」
「そうだよ~~もし出来るとしたら~~、短髪の人くらいだよね~~~?」
長門は…勝ち誇ったように、自分ではあり得ない…自分には犯行は不可能だ…そう強調していく。そして、髪の短い生徒にジトリとした目を向け始めた……。なんか怪しいな~、そう言いたげに。
確かに、一見まかり通りそうな…そんな言い分だった。
それでも――
「いや……お前でも、変装することはできたはずだ」
俺は…ハッキリと、言い返した。その一言が気に入らなかったのか…カクンと首を傾げ、此方をにらみつけてきた。
「はぁ……???何言っちゃってるの~…?」
「お前にも、変装は可能だった…そう言っているんだ」
また、目の前の得体の知れない不気味さを放ち始めた彼女に、その今にも射殺す程の眼光に、一瞬怖じ気づきそうになる……。
「聞こえなかったの~~?私には、無理だって、今ハッキリわかったじゃん…なんで理解してくれないの~?」
「いや、ちゃんと理解したさ……お前にも犯行は可能だと、髪の毛の長さなんて、関係ないんだとな」
「意味分からないよ~~、あのさ~~違う、違う、って言うんじゃ無くてさ~~~、もっとちゃんとした物的証拠を出してさ~証明してみせてよ~~~~~…………あっ、でも無理か~~~証明するための証拠なんてどこにも無いんだしね~~~…?」
「君が君だと証明したいのなら…簡単さ。僕自身が、そう証明すれば良い…でも、それは君の全てが分かっていればの話さ。…分からない物に答えを付けるほど、野暮なことは、無いからね?」
「…お前のマイペースさは、もう賞賛に値するレベルですね…」
だけど、俺は…長門の眼光に臆さず…睨みを返した。そんなことは無いと…言い放つように、強い意志を持って。
「確かに…今俺の手元には…そんな証明をするような決定的な証拠は残されてない」
「でしょでしょ~?」
「ああそうだ……俺の…”手元には”…残されていない…」
ある部分を強く言い放った言葉に…長門は頬を引きつらせ…動揺を見せた。
「手元には……折木…それは、一体…」
「その言葉の通りだ……だから、その決定的な証拠の在処を…今ココで示す…」
「……決定的な、証拠…」
長門の迫力に押され、黙りこくっていた周囲も…その証拠に疑問を重ねていく。しかし…その証拠を突きつけるべき張本人は…何故か…俯き、わなわなと、泣いているかというように、体を震わせていた…。
「――――――――ねぇ……”何で”~?」
とても臆病な声が…疑問を垂らした。
「………?」
「なんで、皆は私のこと疑うの~?なんで折木くんは、私のこと疑うの~?」
「私のこと嫌いなの~?」
「私、なにか悪い事した~~?」
「だったら謝るからさ~~…――――――――もう、疑わないでよ~~~…」
続け様に懇願するような、悲痛な声を出しながら…長門は顔を上げた……その瞳には、――――一筋の涙が流れていた。
何故自分に暴力を振るうのか…何故自分をよってたかって責め立てるのか…まるで理解していないような…あまりにも純粋な涙が頬を流れていた。
その無垢な雫に対し…普通なら、罪悪感に押しつぶされるような…良心を刺激するような…気持ちになるはずなのに……俺は…その言葉に、態度に、涙に――――強い”憤り”を、抱いてしまった。
なんで今更、そんな事が言えるんだ――――
なんで…ノウノウとそんなことが言い放てるんだ――――
なんで…人を殺したお前が…涙なんかを流しているんだ――――
あまりにも強い怒りが……あまりにも強い”疑いが”…胸を支配した。
――――疑わないで下さい…?ふざけるな……!
――――コイツこそが犯人だ!!
――――コイツこそが…鮫島を殺した犯人だ!!
――――コイツこそが、疑うべき…真犯人だ!!
だけど――――
「…そうじゃない…」
それでも…俺は。
「そうじゃないんだ……長門」
俺は…お前を…。
『”間違えてしまった人”が、目の前に居るって、折木くん、分かってた、から』
”間違えてしまった”、お前を――――
『ボクを信じてくれるというのなら……ボクを疑うんだ。疑いきって……そして君自身の信じる、真実を見いだすんだ…』
「”信じている”んだ…信じているから……お前を”疑っているんだ”」
――――同じくらい…信じているんだ
――――疑う余地なんて無いくらいに…”信じているんだ”
「…………………はぁ?」
その答えを口にした時……何かが、決してちぎれてはいけない何かが…切れた様な、音がした。
「何が………何が信じてるのさ!!!うたがってんじゃん!!!私のこと犯人だって思ってんじゃん!!!」
――――さっきと同じような……吐き出すような絶叫が俺に向け、放たれた。
「何が信じてるさ~…!!ただよってたかって私のこと糾弾してるだけじゃん!!!…ただ疑いたいから~~ストレスのはけ口がここにしかないから~って、ただ私をサンドバックにしてるだけじゃん!!!!」
でも今度は…明確に、俺自身に向けて…怒りを露わにしていた…。誰とも知らない人間では無く…俺自身に向けて…。
「嘘つきだよ~、折木クンは嘘しか言わない嘘つきさんだよ~!!」
震えながら…怯えながら……俺を糾弾する。責め立てる。とても鋭い…言葉の刃。その斬撃は体中を傷だらけにしても飽かないほど…俺の全てズタズタに引き裂いていった。
「嘘つき、嘘つき!!嘘つき!!!嘘つき!!!!!!」
なんてツラいんだろう…なんて苦しいんだろう……。今にも泣き出しそうになるくらい……体が…心が悲鳴を上げている。
――――だけど…ここで止まるわけには行かない
「違う…嘘なんかじゃ無い。お前に疑う余地がないことを信じて…俺はお前を疑うんだ…疑い尽くしているんだ!!」
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるいさ、うるさい…もう何にも聞きたくないよ~~!!!嘘つきの言葉なんて何にも聞きたくないよ~~~!!!」
…何も聞こえない…聞く耳を持たない…そう言いたげに、その慟哭は心を貫く。
「嘘つきの言葉なんて!!信じられないよおおお~~~!!!!!!
――――それでも……何を言われようと……俺は…俺は…お前を
――――お前を信じ切ってみせる……!!!
「信じられない…!!…信じられない……!!!!信じられない…!!!!!!!!!」
【反論】
「もう何も信じられないよーーー!!!!!!!!!!!!」
【反論】
【ファイナルショーダウン】 【開始】
「何が信じるさ!!何が信じ切るさ!!!!」
「私のこと心の底では疑ってる癖に~~~~!!!」
「鮫島くんを殺した人殺しだって、思ってるくせにぃ~~~~!!!」
「折木くんの言葉なんて、全部嘘っぱちなんだよ~~~~!!!!!!!」
「信じない、信じない、信じない、信じない、信じない………!!」
「嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき………!!!!」
「お前がなんて言おうと、俺は自分の言葉を絶対に曲げたりしない」
「嘘なんてつけないくらい…疑いなんて持てないくらい、俺はお前を信じたいから…だから疑うんだ…!!」
「長門、俺にお前を信じさせてくれ…!!」
「折木くんが何を言いたいのか分からないよ~~~!!!」
「何で私を疑うのか全然分かんないよ~~~!!!」
「根本的に私じゃ犯行は無理なのに…」
「何で疑い切ろうとするのか全然分かんないよ~~~!!!
「どこにも疑う部分なんてないのに~~~!!」
「私じゃ無理だって言う理由だってあるのに~~~!!!!」
「お前が自分じゃ無いと言い張る理由だって…」
「お前の信頼が証明されるためだったら…」
「その全部を疑い尽して、反証してやる…!!」
「だったら私の反論を証明して見せてよ~~~!!!」
「私に犯行が可能だって証明して見せてよ~~~!!!」
「無理だよ~~~~!!!」
「不可能だよ~~~~~!!!!」
「あんなチープな扮装じゃ、すぐに私だって分かっちゃよ~~~!!!」
「不審者のフリなんて…鮫島クンのフリなんてできないんだよ~~~!!!」
「髪の長い私じゃ、できないんだよ~~~~~~!!!!!!!」
コスプ
ッグ ウィ
レ用の
【コスプレ用のウィッグ)
「これで、終わらせるっ……!!!」
「――――――長門…もし、お前が犯人じゃ無い…鮫島に変装するなんて無理だ…そう言い切るんだったら…」
俺は…スゥッと腕を上げ…その指先を彼女の髪の毛へと向け…そう言い放った。
「…お前のその”髪”を、調べさせてくれ」
「――――――へぇっ…………?」
長門は…その発言を耳にした途端…ピシリと時が止まったように動かなくなってしまった。
「か、髪…を…?」
「俺は言ったはずだ…証拠は俺の”手元”には無い…とな。証拠は……それはお前自身が持っていた……お前のその髪が…決定的な証拠だ」
「……まさか…”ウィッグ”で、ござる?」
それを聞いた瞬間、殆どの生徒が理解した…その証拠が示す真意を。そしてその髪の持ち主である長門自身もまた、気づかれてしまったことを理解し…俯き顔を青ざめさせていた。
「……髪の人間が短髪の人間に化けるなら……髪を切れば良い……髪が短くなれば…丈ノ介の変装も容易になる」
「でも…か、髪を切ってしまったら……」
「ああ、そうだね。当然、短くなってしまう。それに、事件が起こった後、急に髪の毛が短くなっていたら…誰だって不審がる。だからこそ…犯人は、その状況を未然に防ぐために…髪の毛の長さを誤魔化す手段をとったのさ」
「そのために…ウィッグを、使ったって、言うのかねぇ……?」
倉庫にあった…コスプレ用の道具が多くあったあの区画…その中には髪の長さを変えるための…ウィッグも置いてあった。そして、その区画の捜査を担当していたのは……。
「長門……お前が倉庫から持ち出した物の中には…そのウィッグも含まれていた」
「そし、て…捜査の時…もう1着、の、黒いローブと、一緒に、私達、へ、申告をしなかっ、た…」
「そそ、そんな…し、知らないよ~~~そんなものがあるなんて、初めて知ったよ~~…」
「変装のために髪を切り…そしてを終えた後…そのウィッグを付けて……拙者らの前に堂々と現れた……と、いうことは長門殿の現在の髪の半分は…」
「ニセモノ…と言うことになるね…キミ。彼女はどうやら……しらばっくれちまっているようだけど」
「そんなの当たり前だよ~~わ、私の髪、…全部本物だよ~~~…ニセモノなんかじゃ…ない、よお~…」
「もし本物なら……この手で調べさせてくれ。最後まで…信じ切らせてくれ……」
今までと一変、とても弱々しく反論する長門に対し、俺は鉛のように重苦しい気持ちを抱えながら、そう溢す。俺の気持ちを察したのか……両脇に居座るニコラスと雨竜が、証言台を降り、長門へとジリジリと歩み寄る。その髪の真偽を確かめるために。
「や、やめてよ~…近づかないでよ~、来ないでよ~~、わ、私のこと、”虐めないで”よ~…」
――――パチ、パチ、っと、音を立て…長門の足下まである程に長い髪は…首元を境に…さらりと…落ちていった。
「………」
ざんばらに切られ、とても短くなってしまった髪の長門が、俺達の目の前に立っていた。
「これで…お前にも犯行は可能になった…………何か、……反論はあるか?」
「…………………………………」
――――呆然と…長門は地面を見続ける…
――――一体何を見つめているのか…
――――いや、そもそも何も見つめていないのか…
――――誰にも分からない
「最後に…この嘘だらけの事件を――――頭から振り返っていこう」
【クライマックス推理】
「これが…事件の全てだ……!」
――ACT.1
『事件の始まりは、今から数時間前、夜の9時ごろの事だった…』
『その時間は夕食後のルーティンと称し、ニコラスが図書館で読書に耽っていた時間だった』
『犯人は、本を読んでいるニコラスの隙を突いて、倉庫から持ち出していた”スタンガン”で気絶させた』
『それから約1時間後の夜10時半、そこに今回の被害者である鮫島が図書館に現れた』
『普通だったらこんな時間に出歩くなんて、危険すぎて誰もするはずは無いんだが…』
『今回だけはその時間に図書館に来なければならない”特別な理由”があったんだ…』
『それは手紙だった』
『犯行を起こすずっと前に、犯人は予め”本日の夜10時半、図書館に来て下さい、相談があります”と、友人である古家の名前を使った呼び出しの手紙を鮫島に送っておいたんだ』
『だから、鮫島はそんな遅い時間に図書館を訪れたんだ』
『そして犯人は、まんまと誘いに乗って現れた鮫島を、スタンガンで気絶させた後か…もしくは、直接ロープを使って…絞殺した』
ACT.2――
『一連の犯行を終えた犯人は次に、計画のための準備に取りかかった』
『……まず始めに、プールに備えられた窓の対面に位置する図書館の窓、真下に…美術館に飾られているどこでもワイヤーに付属していた”滑車”を落とした』
『そして次に…倉庫のコスプレコーナーから持ってきておいた2着の黒いローブのウチ、片方を図書館の水路に沈めた』
『一見、何のために行ったのか分からない、意味不明な行動に見える…』
『…だけどこれは、――――犯人の恐るべき完全犯罪のための布石になっていたんだ』
『それらの奇妙な物を設置し終えた犯人は、図書館にある程度の灯油を撒き……』
『そして最後に、一定の時間になると火が付く様な装置を作り…図書館で行うべき全ての準備を終えた』
―ACT.3―
『そして夜11時半…犯人は、本格的な計画を始動させた』
『まず犯人は…倉庫から持ち出しておいた紙袋と運動靴、そして水路に沈めたものとは別の同質の黒いローブを着込み、エリア1へと向かった』
『恐らく、エリア1へは誰でも良いから生徒を呼び寄せるために向かったんだろうが……一つ、小さな誤算が現れた…それは図書館へと向かおうとする雲居がエリア2に現れたことだった』
『だけど、誤算と言っても元々おびき寄せる算段はつけていたのだろうから…そのまま犯人は計画通り、雲居を襲った』
『そして犯人はわざと、自分がプールに行くことを雲居に見せつけた』
『さらに続けて現れた俺も合わせて、不審者追跡に奮起させ、プールへと誘い出したんだ』
『恐らくだが…俺と雲居が合流した時と時を同じくして、予め設置しておいた装置によって図書館に火が放たれた…』
『火は、図書館の中央に寝かされた鮫島の死体を飲み込み、そして首元の索状痕を殆どかき消すほど丸焦げにした』
――
ACT.4
――
『雲居を襲った直後に話を戻すぞ?』
『プールへとやって来た犯人は、雲居と俺が向かってくる間に、もう一つの計画を始動させた』
『犯人は施設の中に…そのまま入らず…施設の真横に付けられたはしごを登り…プールの天井備え付けられた窓から施設に侵入し、窓の先に架けられる足場に足をかけた』
『犯人は施設に入ってすぐ、入ってきた窓とは逆側に位置する窓に向かった』
『そこで、美術館から持ち出したとある道具……”どこでもワイヤー”を取り出し……』
『そのプールの窓から、対面にある、例の落とした滑車の真上にある図書館の窓に向けて…フック付きのワイヤーを打ち込んだ』
『まるで架け橋のように二つの施設をワイヤーで繋いだ犯人は………何を思ったのか、そのワイヤーを使わず…すぐに”切ったんだ”…。これもまた意味不明な行動に見えるが、図書館で行った準備と同じく…計画犯罪への重大な布石となっていた』
『犯人はその後、自分の首元、そして両腕に予め巻き付けておいたロープを取り出し、何も巻き付けていない片側を足場の手すりに結びつけた』
『手すりにロープを固定した犯人は…恐ろしいことに、そのまま、まるで首吊り自殺した死体のように――――足場にぶら下がったんだ』
『その結果、何も知らずに通常の入口にから、タイミング良く入ってきた俺と雲居は…天井にぶら下がる首吊り死体を目撃することになった』
『死体を見た事で冷静さを失った俺達は…天井の足場へに繋がるはしごへ向かうために一時的に施設を出て行ってしまった』
『その死体がまだ生きているとも知らずに…』
――ACT.5
『俺達が出て行くの見届けた犯人はすぐ、モノパワーハンドを使ってロープを伝い、足場に戻り…』
『そして俺達が足場にやって来るまでの間に、このプールからの脱出に取りかかった』
『一見、ワイヤーも切ってしまったことで殆ど逃げ場を無くしたような状態だったんだが……それは違った』
『犯人は、このプールから居なくなる術をもう一つ持っていたんだ』
『それはその犯人だからこそできる、たった一つの、今回の事件最大ともいえる超高校級の方法が…』
『それは…足場から、その真下にあるプールの中へ……――――飛び込むことだった』
『ものすごい高さではあったが…犯人の持つ超高校級のダイバーとしての才能を使って、超高度からの飛び込みを決行したんだ』
『プールへの着水に無事成功し、施設から脱出した犯人は…急いで…中央の道を突っ切った』
『そんな緻密に緻密を重ねたような計画など何にも知ず、足場へとやってきた俺と雲居は…誰も居ない…気配すら無くなった足場を見るだけだった』
『そしてすぐに、既に火が回りきっていた図書館の火事を目撃した俺達は、血相を変えて図書館へと向かうことになった…』
『大火事となった図書館にたどり着いた俺達は…直後、覚醒し、扉をこじ開けてきたニコラスと合流した』
『間もなくモノパンによる鎮火活動が始まり…そして火の手が落ち着いた図書館の中で、焼けこげてしまった鮫島の死体を、目撃したんだ』
『鎮火活動に慎んでいる間、犯人は自分の今までの犯行を消すための後処理をしていた』
『今まで使用してきた道具の隠蔽、処分……さらに変装のために短くしてしまった髪の毛のウィッグによる偽装』
『時間は充分にあった。火事が治まるまで、全部で30分もかかっていたんだからな」
『それら全てを終えた犯人は…何食わぬ顔でエリア1のログハウスへと戻り…そして……まるでアナウンスを聞いて図書館へとやって来たかのように、装ったんだ』
ACT.6――
『だけど犯人の計画はまだ終わってなかった。むしろ、事件が発覚してからが本番とも言えたんだ』
『プールと図書館を繋いでいたワイヤー、そしてただ落としただけの滑車、水路に沈めた黒いローブ。これらの意味不明な代物は、見つけられることで…その効果を発揮する物だった』
『そして最後にニコラス…普通であれば犯人によって殺されても可笑しくない状況だったはずなのに…気絶させられていただけで、少しやけどしたくらいだった』
『そこにもちゃんとした理由があった…。何故ならそれすらも、犯人の計画の一環だったからだ』
『俺達は証拠品、そして図書館から出てきたニコラスを見てこう思った…”犯人は死体と共にワイヤーを使って図書館へ移動し…それらは全てニコラスが行ったことなんだと”…』
『だけど、それこそが犯人の計画の肝だった。トリックを偽装し、犯人はニコラス1人しか居ない…そう思わせるための布石だったんだ…』
『ここまで大がかりな舞台装置を作ったんだ…使わないわけが無い…まさか証拠品の偽装なんて……その真理を逆手にとられたんだ』
『現に、俺達は途中まで、犯人の思惑通りの事を考えていたしな…』
「これが、お前の起こした事件の真相だ…!……長門 凛音……!」
「違うもん……違うもん……」
全てを言い終えたはずなのに…全貌を明らかにしたはずなのに…長門はただ、ブツブツと、否定の言葉を並べるだけ。
震えた瞳で、中心を見続けるだけ。
「長門……」
「長門……さん」
「………」
生徒達からの声も…彼女の耳には届かず…ただ部屋の中で、空しく響くだけ。
「ふぅ…どうやら、もう…彼女に反論をする気力は残されていないみたいだね…」
「長門、さん?」
「……………」
「……沈黙は是、認めたにも等しい」
「これで、終わりみたいだねえ……」
彼女が嫌う、決めつけるような言葉さえも……行き場を無くし、誰とも知らない彼方へと消えていく。
「くぷぷぷぷ、はいはいはいはいはイ。そうですそうです、その通り、この通り、大詰めの時間でございまス」
そん痛い沈黙の中で、場違いなくらいに陽気で、狂気的な、声がモノパンから上げられた。
「ではでは…どうやら議論の結論が出たようなので…」
そしてそれは、この裁判の終幕の合図であり…。
「…緊張の投票タイ~ムと参りましょウ!」
この世で持っても残酷な…死の始まりの合図でもあった。
「キミタチはお手元のスイッチを押して投票して下さイ…」
俺は、俯くように、手元で光るスイッチを見下ろした。
「投票の結果、クロとなるのは誰カ!?その答えは正解なのか不正解なのカっ!?くぷぷぷぷぷっ!やっぱりこの瞬間…ぞっくぞくしますネ!!」
その言葉と同時に…
俺は無情にも――――スイッチを手にかけた。
【〉VOTE〈】
/ナガト/ナガト/ナガト/
【学級裁判】
【閉廷】
『生き残りメンバー:残り13人』
【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)
【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)
【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)
【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)
【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)
【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)
【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)
【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)
【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)
【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)
【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)
【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)
【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)
『死亡者:計3人』
【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)
【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)
【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)
ものすんごく長くなりましたが、2章の事件はこれにてお開きです。
【コラム】
本当はタイトルの由来を書きたかったけど、諸事情で次回。なので穴埋めとして、実在する名字と、しない名字を並べていきます。
○実在する名字
折木(”おれき”という読みは無いが、”おりき”ならある)
鮫島
沼野
古家
落合
小早川
雲居
反町
長門
○実在しない名字
陽炎坂
雨竜
水無月
風切
贄波
朝衣