ダンガンロンパ・リバイバル ~みんなのコロシアイ宿泊研修~   作:水鳥ばんちょ

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Chapter3 -非日常編- 14日目 オシオキ編

【学級裁判場】

 

 

 

 ――――今更になって、分かった気がした。

 

 

 

『だから、きっともうコロシアイなんて起き無いよね!!』

 

 

 

 その言葉を、彼女が何故あんなにも晴れやかに、言い切ったのか…

 

 

 何故、ああも綺麗な笑顔を浮かべて、言い切ったのか…

 

 

 その理由が、ようやく分かった気がした。

 

 

「……」

 

 

 彼女は確信していたんだ。

 

 

 今日という日を境にして。

 

 

 もはや疑う余地の無いほど…疑い合う人間なんて…この世界から居なくなってしまうから。

 

 

 …誰も疑い合う事なんて絶対に無いと。

 

 

  そして同時に、自分自身の命の切れ目でもあると…。

 

 

 

  ――――確信していたから。

 

 

 だから。だから…。

 

 

 

「驚愕…!!!まさに驚天動地!!!!怒濤の3連続の大、正、解ッ!!」

 

 

 瞬間、モノパンのわざとらしく張り上げられた声が、俺を現実に引き戻す。

 

 ほんの一瞬の中で、夢を見ていた気分だった。とても昔のように思える、ごく最近の過去の記憶を。その証拠ともいうように、彼女の…水無月の姿と言葉が鮮明に張り付いていた。

 

 

「あらゆる手練手管のトリックを使い、沼野浮草クンを殺害し、暗闇の中を縦横無尽に動き回り、そして水無月カルタサンを転落死へと追い込んだ犯人ハ~……何ト!!!被害者である水無月カルタサン自身でしターー!!!」

 

 

 だけど、夢から覚めた先で待っていたのは…ついさっきまで見ていた白昼夢の中の…俺達の仲間が、再び殺し殺されたという事実。

 超高校級の忍者である沼野が、超高校級のチェスプレイヤーの水無月の執念の犠牲となってしまった…。

 

 その事実を、俺達は改めて受け止めさせられていた。

 

 病み上がりのような、酷い倦怠感が背中に這い寄るようだった。

 

 だけど同時に、安心感というものも感じていた。

 

 俺は今も俯き、血が出るのでは無いかという程、拳を握りしめ、身を震わせる――雨竜に目を向けた。

 

 もしかしたら彼が、水無月を殺害したクロとして投票されていたかもしれない、この事件を清算するための犠牲となっていたかもしれない。

 

 そんな最悪の可能性が裁判中に何度もあった。

 

 だけど、最後の最後で俺達は水無月に投票し、その可能性を潰えさせた。

 

 最善の道を選べた、今回だけは誰かを犠牲にすること無く終えられた。…そう思えた。…唯一の心の救いとも言える達成感が、僅かながらも、気持ちをプラスに後押ししていた。周りの生徒達も同じように弛緩しているような面持ちだった。

 

 

「…ですが。はぁ、実に盛り上がりに欠ける結末でス」

 

 

 だからこそなのか…そんな俺達の様子を見て、大いに盛り上げる口上をあげたモノパンは、少々不満気に目を細めていた。その口調に、数人の生徒は眉根を寄せる。明らかに、売り言葉であった。

 

 

「――――ですが。はぁ、実に盛り上がりに欠ける結末でス」

 

「…随分と、気落ちしているみたいですね」

 

「誰かを糾弾し、糾弾されるこの世界で、まさかの…クロが被害者という事実。ゲームマスターであるワタクシとしても、非情に微妙な気分でス」

 

「キミにとっては、ね?ボクらにとっては、最良の結果だ。僥倖とも言えるさ、キミ」

 

 

 そんなニコラスの返しを聞いてか、モノパンは何故か、くぷぷ、とまた笑みを含む。少し、顔を強ばらせる。

 

 

「最良…ですか、にしては相当な手負いになられている方が…いらっしゃるみたいですけどネ」

 

「………」

 

 

 モノパンの視線の先。俺の視線の先。俺達の視線の先。そこには俯き、声を殺し、沈む込む雨竜の姿があった。

 

 

「雨竜、さん」

 

 

 この事件をいち早く察知し、そして止めようとした第一人者。

 

 自分自身が手を離して所為で、水無月が死んだ…そう思い、自らを犯人と1人で叫び続けた…。そんな優しくも愚かな彼が…こと垂れていた。

 

 俺は、彼にどんな言葉を掛けるべきなのか…何も思いつかなかった。

 

 

「……雨竜。一体、何があったんさね。あの夜、あの時間に、あの場所で」

 

「……」

 

 

 反町は聞きづらそうにしながらも、そんな問いを投げた。

 

 俺自身も、いやココにいつ生徒達が気になっていた…事の発端。彼にはその全てを話す義務があった。この事件の裏側を、真実を俺達は知らなければなら無いのだから。

 

 雨竜は、葛藤するように、強く目を食いしばった。

 

 自分でも、分かっているのであろう。でも、これまで自分が行ってきた全ての重圧が、彼の体を縛り付けているようだった。

 

 …周りから急がせる声は無かった。ただ雨竜が、声を出そうと、必死になってもがいている姿を見ているからなのだろう。

 

 俺達は静かに待ち続けた。

 

 

「…………昨夜の…話だ。日課の夜更かしを終えたオレは、図書館でまた時間を潰そうと考えていた」

 

「出だしからぶん殴ってやりたいところだけど……続けな」

 

 

 雨竜は、途切れ途切れながらも、声を絞り上げるように、言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「オレは、図書館へと向かっていた。その途中で、水無月とぶつかってしまった」

 

 

 

 

 

 

『あっ!!ごめん雨竜くん!!前見てなかった!!』

 

 

 

 

 

「そのときのヤツは、いつも通り落ち着きの無い、間抜け同然の態度であった。だが、ヤツが飛び出してきた方角には、”美術館”があったのだ」

 

「彼女の態度自体には問題は無かったが…だけど彼女の動向に気になる点があった…つまりそういうことかい?」

 

 

 雨竜の思考を先読みするように、ニコラスはそうアテをつける。雨竜は頷く。

 

 

「ああ、だから…”何か美術館に用事でもあったのか?”と聞こうとした…だが、聞く前に水無月はすぐにその場を離れていってしまった」

 

「……話を聞くだけだと、怪しさ満点に思えるねぇ」

 

 

 確かに、時間帯、そして場所を考えれば不審に思える行動に思えた。

 

 

「……ほんの少し、イヤな予感がしたのだ。オレは、その足でそのまま美術館に向かった」

 

 

 雨竜は苦悶に表情を歪める。何を言いたいのか、何となく理解できた。

 

 

「そこでは道具がいくつか無くなっていることに気がついたのだ」

 

 

 きっと内心で、外れていてくれ、この予感が気のせいであってくれ…そんな気持ちもあったのだろう。

 

 だけど、その予感は最悪の方向に…当たってしまった。

 

 

「何で、それをアタシらに報告しなかったんさね!!」

 

「水無月が借りたと、断言出来なかったからだ。もしかしたら、ヤツも、オレと同じで、道具が借りられている事に気付いただけかもしれん…それに、ヘタに騒ぎを大きくするのも、懸命ではないと思ったのだ」

 

「だとしても…だとしても…」

 

「…………」

 

 

 雨竜の考えも、分からなくは無いと思った。

 

 俺だったとしても、きっとヘタな混乱を避けるために言いふらすような事はしなかっただろう。

 

 …だけど、誰にも言わず…たった1人で抱え込んでしまったことは…雨竜の落ち度といえた。

 

 

「その場で、オレが考えつけたのは何か在ったとき…オレ自身の身を守るための自己保身だった」

 

「だか、ら、手袋を、借りたんだ、ね?」

 

「…でも何で手袋?」

 

「あそこには拳銃も置いてあったはずなんだよねぇ…身を守るならそっちの方が…」

 

「確かに拳銃も視野にあったが…扱い慣れているものではなかったからな。誤射した所為で、誰かを殺してしまった、そしてクロとなって処刑されてしまいました…そんなお話にもならんことを避けたかったのだ。だから、簡単に相手を組み伏せられそうな、手袋を選んだのだ」

 

 

 確かに、拳銃なんて代物は銃を扱う風切以外は…恐らく素人が大半。扱いやすく、かつ安全そうな方を取るのはベターとも言えた。内心穏やかな状態では無かったとは言え、流石の冷静さとも言えた。

 

 

「それ以降オレは、怪しい行動は無いかどうか…念のため水無月の動向に注意を向けていた」

 

「…そこで彼女が遊園地で何かを企んでいる…そう確信したんだね?」

 

「……ああ、加えて道具を借りたのは水無月だという事もな。だけど気付いたときには、既にヤツの計画は後戻りできないほどまで進んでしまっていた」

 

「具体的に…どこで確信したですか?」

 

「……停電が起こった時だ」

 

「でもアンタは水無月に注意を向けてたんだろ?何で目を外すような事をしたんさね」

 

「ヤツが電気室が側に向かっていったからだ。あそこには特に危険な物も無かったから、何もないだろうと…簡単に安心してしまった」

 

「だけど気球と言う名の運命の方舟に乗り込み、そしてガラスの巨塔へと向かうとは思わなかった。そんなところかな?」ジャラン

 

「…ああ、その通りだ」

 

 

 雨竜は重々しい口調で、肯定した。

 

 

「そして、勝手に一安心したオレは、ゲームセンターへと向かったのだ」

 

「……本当にゲーセンに用はあったんだ」

 

「理由も…折木達に話した通りだ」

 

「じゃ、じゃああたしは、そこへ向かう姿を見た訳なんだねぇ」

 

 

 …ゲームでリベンジのための修行をしていたのは、どうやら事実であったようだ。思いのほか、驚きであった。

 

 

「ああ。だけどゲームセンターへ向かう途中、エリア3は停電した。そして空中に気球が泳いでいることに気付いたオレは…タワーに向かうために、すぐにジェットコースターに飛び乗って発進させた」

 

「…タワーに向かうために?」

 

「気球を利用してまで向かおうとしているところなど、消去方で分かる」

 

「でもどうして、ジェットコースターなんて”りすきー”なマネを…」

 

「何となく、物理的に可能であるとは分かっていた。そしてあの場ですぐに向かえる乗り物がそれしかなかったからな」

 

 

 物理的に可能であった…そうあっさりと言ってのける雨竜に、軽く戦慄する。…そこは流石は超高校級とも言うべきか。

 

 

「……それ以降は貴様らの推理通り。オレはタワーへと飛び移り…そして気球へと乗り込んだ……ヤツの凶行を止めるために」

 

「そこで……その気球の中で、一体何があったんですか!!」

 

 

 小早川は、気になる部分であった故に、両手を抱えるようにして大きく疑問の声を上げる。雨竜は少し間を置き……躊躇うように現場の状況を話し始めた。

 

 

「……最初は乗り込んできたオレを見て、ヤツは驚いていた。だけどすぐに、オレを気球から突き落とそうとした。『邪魔しないで!』『出て行って!』、そう言いながらな」

 

 

 水無月も、突然に現れたイレギュラーには驚いたのか。あの彼女からは想像が付かないほどの焦りを孕んだ言葉を発しているように思えた。相当、切羽詰まっていたのだろう。

 

 

「狭い空間でオレ達は争った。だけど、その争いの拍子に、水無月は気球から足を踏み外し、外に放り出されてしまった」

 

「……そこ、で」

 

「ああ、急いで…水無月の腕を掴んですくい上げようとした。だけど、そのときオレは手袋を外していた所為で、すぐに引き上げることはできなかった」

 

「…えっ、何でですか?」

 

「警戒心を解こうとして、手袋を外しているとアピールしていた所為だ」

 

「……成程」

 

「…だけどヤツの体重であれば、俺の腕力でも引き上げることは可能であった。可能、だったのだ…。だけど水無月は――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――もう…カルタ、疲れちゃった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ヤツは、ただそれだけを言って、オレの腕をナイフで突き刺した。何故ヤツがそんな物を持っていたのかは分からないが…そのまま、暗闇の底へと消えていった、悲鳴も上げずに」

 

 

 

 水無月の死の瞬間を見た最後の証人である雨竜は、そう綴ると、口を閉じた。

 

 それ以上は何も分からない。そう暗に告げていた。

 

 雨竜から語られた事件の全貌。だけど未だ、意図の読めない彼女の行動の数々に、首をひねらせるばかりであった。

 

 だけど…。

 

 

「水無月…何で…」

 

 

 疲れた、なんて…どうしてそんなことを。

 

 でも今更そんなことなんて、今この場に居る誰1人としてわからない。誰にも、答えられない。唯一の方法と言えば、仏になってしまったアイツから…聞く以外に方法は無い。

 

 まるで現実味の無い、酷いもしもだ。

 

 俺達は…行き詰まったような雰囲気を漂わせていた。

 

 

 

 

 …もう、終わりなのだろうか?

 

 …これでお終いなのだろうか?

 

 …コレが、結末なのだろうか?

 

 

 

 そう思っていた…矢先だった――――

 

 

 

 

「……では、聞いてみますカ?」

 

 

 

「えっ……?」

 

 

 

 

 呆けた声が響いた。

 

 俺からだった。だって、急にそんな事を言うモノだから、仕方の無い話だった。

 

 

 

「Hey、モノパン。一体どうやって声を聞くと言うんだい?まさか霊媒だなんてオカルトチックなことでもしようとか言うんじゃ無いだろうね?」

 

「霊媒なんてインチキなんだよねぇ!!あたしゃあれだけは信じてないんだよねぇ!!死人に口なしなんだよねぇ!!」

 

「…めちゃめちゃ切れてる。何故か」

 

 

 そんなニコラス達から上がる声に、モノパンはいえいえいえ、と否定するような仕草と言葉を上げる。

 

 

「全然見当違いですネ!ワタクシただのパンダであって、ネクロマンサーなんて類いのパンダではございませン!」

 

「アンタがそのパンタの類いに入るかどうかが考え物だけどね…」

 

 

 最もであった。

 

 

「それじゃあどうやって…」

 

「まぁ聞くといっても、過去の映像をお見せするというだけなのですけどネ」

 

「…映像?」

 

「ええ、映像でス。ワタクシが要所要所に仕掛けてある、不正防止用の隠しカメラが、彼女の行動の一部を捕らえていたので…それをお見せしようかト」

 

「そんな映像在るなら…最初っから提出するさね!」

 

「それをしてしまったら解答を見せてしまうような物じゃ無いですカ!ワタクシ、受験勉強の時は問題を解いてから答えを見る派でしたのデ」

 

「いや、あんたの趣向を聞いてるわけじゃ無いんだけどねぇ…」

 

 

 …成程。だから、モノパンは全ての答えを知っていたような態度をとっていて…さらに公正なジャッジを出来ていたのか。

 何となく、微かに感じていた疑問が解けたように思えた。

 

 

「と、とにかく!その映像とやらを早くお見せ下さい!!」

 

「…先に言っておきますけど…答えが載っているかは限りませんヨ?…彼女の最期の声…いややりとりを、激写した…というだけなのデ」

 

「御託は、良いから…モノ、パン」

 

 

 

 急かす生徒達の声に、モノパンは気持ち悪い笑みをこぼす。求められていることに、悦に浸っているように見えた。

 

 

「モノパン」

 

 

 そんなヤツを見た俺は…咎めるようにモノパンの名前を口にした。

 

 

 

「…くぷぷ、はいはい。分かりましたヨ。ではミナサマ!上の画面をご覧下さーーイ!!」

 

 

 

 その催促を聞いてなのか、重くないはずの腰を上げモノパンは立ち上がる。そして高らかに、上に取り付けられた真っ暗な画面に注意を促した。

 

 俺達は、言われるがままに、その画面に集中した。

 

 画面は何かと繋がるような音を立て。

 

 

 そして、光りを灯した。

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 映像に映し出されたのは、とある部屋の映像だった。

 

 その場所には、とても見覚えがあった。

 

 何故なら、その場所は、この事件の被害者である沼野が殺されていた"あの場所"。

 

 先ほどまで議論しされていたモノパンタワーの…『ダンスホール内』の映像だったから。

 

 その映像の中には、今はもう懐かしい顔も共に映っていた。

 

 既に死んでいるはずの、水無月が…ダンスホールの壁にもたれかかっていた。

 

 トントンと足でリズムを刻みながら、床を寂しそうな表情で見つめていた。

 

 

 …その様子から見るに、誰かを、待っているように思えた。

 

 しばしの静寂な流れたと思うと…ダンスホールの入口であるエレベーターの扉が、唐突に開かれた。

 

 

 

 

 

 

 ホールに入ってきたのは――――”沼野”だった。

 

 

 

 

 

 沼野は今までに無いほどの深刻に表情を抱えながら、水無月の居るホールへと入り込んできた。

 

 

 これで…映像に中に、今回の被害者である2人が揃ってしまった。

 

 

 

『………水無月殿』

 

『来てくれたんだ』

 

『ゴメンね?こんな中途半端な時間に呼び出して』

 

『いいや、拙者も丁度、水無月殿に用があった故。問題なしでござる』

 

『そっか…じゃあ手間が省けたってことだね。…態々呼び出して良かったよ』

 

『そうでござるな』

 

 

 対峙しながら、小さく一言二言。

 

 仲間内の会話とは思えない、重苦しい言葉のやりとりであった。

 

 両者の間に何が交錯しているのか。俯瞰的に見ている俺達からしたら何も分からない。唯一分かるとすれば…この映像の中で沼野は、いずれ死に至るのだろうということ。

 

 映像の右下にかかれた時間の文字が…沼野の死亡時刻スレスレを表示していたから。

 

 

『………』

 

『………』

 

 

 2人はしばしの間、静かになった。

 

 その静謐は決して和やかなものとは言い切れず、嵐の前の静けさというのか…お互いに間合いを計っているような物々しい空気が蔓延っていた。

 

 映像外の俺達からも、その張り詰めるような緊張感がひしひしと伝わってきた。

 

 

 

『水無月殿』

 

『ん?なぁに?』

 

 

 小さく、水無月の名を呼ぶ沼野。その声色は真剣そのもので、彼特有の優しげな声色は鳴りをひそめていた。

 

 

『唐突に申し分けないのでござるが…1つ、頼みが…』

 

『…良いよ。カルタと沼野くんの仲だからね…何でも言って』

 

 

 沼野は、水無月からの二つ返事を聞くと……何かを決意するように表情を鋭くさせるた瞳を彼女へと向けた。

 

 

 

 

 

 そして――

 

 

 

 

 

 

 ――――口を開いた。

 

 

 

 

 

『水無月殿……今ココで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――拙者に殺されて欲しいでござる』

 

 

 

 

 

 

 ――――――!?

 

 

 

 

 

 腰に付けたポーチから出したであろう寂れたクナイを差し向けながら…沼野はそう告げた。

 

 

 

 その一言に、生徒達は静かに動揺を広げた。

 

 

 

 "どういうことだ?”

 

 

 

 純粋な疑問であった。

 

 この事件の被害者である彼が…何故そんな事を言うのだ?

 

 意味の分からない状況に、置いていかれる俺達。意図の読めないその言動に疑問を湯水のように湧き上がらせる俺達。

 

 

 それでも、誰かが待ってくれと、声を上げたからと言って、映像が止まることは決して無かった。

 

 

 過去の記録はそれでも…流れ続けていた。俺達の知らない出来事が、過去が進んでいった。

 

 

『そっか……そっかぁ……そうきたか…。一応理由は聞いても言い?』

 

『聞いて何になるでござる?』

 

『冥土の土産に…的な?』

 

 

 あっけらかんとした彼女の言葉に、沼野はふぅ……と目をつむり、何か呆れたように息を吐く。

 

 

『…そうでござるな。仮にも、お主は仲間であったでござるからな』

 

『恩に着るぜぃ!』

 

 

 拍子抜けするような彼女のテンションに、何か調子を狂わせている沼野。

 

 だけどのそのやりとりの中で出てきた、まるで今はもう仲間では無いというような言動。少し、また少しと、哀しみが積もり積もっていくように感じた。

 

 

『理由…でござったな。単純でござる……よからぬ、予感を感じたからでござるよ』

 

『…予感?』

 

 

 自分が今から殺されるかも知れないというのに…まるで焦っていないと、水無月はコテンと首を傾げる。

 

 

『左様』

 

『予感で、カルタの事殺しちゃおうって思ったの?……ひっどーい」

 

『…ふっ。何も、己自身の直感のみで殺すほど、拙者は冷酷ではござらん。そんなことは、全くの他人にのみに行うことでござる』

 

『あっ…やっぱり、沼野くんってば……――――”そういう人”なんだ。今も…"昔も"』

 

 

 一体、何の話をしている?

 

 一体、何がこの会話の中で繰り広げられている?

 

 俺は二人の間に流れる問答に、まるで沼野と水無月がドラマの世界にいるような錯覚を覚えた。まるで現実味を感じていなかった。

 

 今まで見てきた彼らは本物だったのか…彼らは俺達に何を隠し続けているというのか。

 

 それほどまでに、この二人が、俺の知っているよう現実のアイツらとはまったく合致しなかった。アイツらの事が分からなくなっていた…。

 

 俺はじわりじわりと、心が削れていくように感じていた。

 

 

『……過去のことはこの場では関係ござらん。重要なのは今でござる』

 

『だよね~。話、戻そっか。それで?どういう経緯で?長くなるんだったら、上のベンチにでも座る?』

 

『……お主、流石に警戒心なさ過ぎではござらぬか?今拙者お主に引導を渡そうとしているのでござるよ?これ結構シリアスな場面のはずでござるよ?』

 

『だったら最後までシリアスな雰囲気貫いてよ。だから未だに”忍者擬き”って、馬鹿にされるんだよ?』

 

『擬きとはなんでござるか!!!初めて言われたでござるよ!!………ああ、いかんいかん。シリアス、シリアス』

 

 

 のらりくらりと言葉を交わし合う二人。若干…というかかなり、沼野の方が水無月に振り回されているように思えた。

 

 

『…拙者は、その予感に従い。少しばかり、お主のことを監視をさせてもらったのでござる』

 

『えっ!そうなの。気付かなかった』

 

『……白々しいでござるな。拙者の所感からして…お主はその監視に勘づいていたはずでござる。だから拙者に"あのような"手紙を送ったのでござろう?』

 

『ああ、そういえばそんな事も書いた気がするなー。でもねその監視…っていうのかな?それに気付かなかったのは嘘じゃ無いよ。流石は忍者って感じ』

 

『……』

 

 

 嘘か本当か分からない様な水無月の飄々とした言葉の節々。それに沼野は鋭い雰囲気をそのままに、口を閉じた。

 

 だけど確かに…水無月が沼野に宛てた手紙の内容には。

 

 "アナタの計画は知っています"

 

 そう書かれていた。

 

 それはつまり…水無月自身は沼野の殺意に気付いていた。そう言っているように思えた。

 

 だけど彼女の口ぶりが、どれが真実で、どれが嘘なのか…その真意にモヤをかけているようだった。

 

 

 

『じゃあさ、その監視の中の、どの段階で…どうしてカルタの事を殺そうって…思い至ったの?』

 

『また白々しいことを…お主が美術館から2つも道具を借りたところを、目撃したからでござる』

 

『そっか、沼野くんも気付いてたんだ。てっきり”雨竜くん”だけかと思ってた』

 

 

 その言葉に、俺だけじゃ無く、雨竜も驚愕の声を上げていた。

 

 まさか…雨竜に計画がバレてしまっていることを彼女は気がついていたなんて。

 

 だとしたら、もしも雨竜にバレてしまっていることも計画の内であったのなら、これまでの行動に出ることも、彼女の計画の一部だったのだろうか?

 

 余りにも気の遠くなるような話だ。でも、そう考えなければ、彼女にあんな言動はできない。

 

 一体、何処まで彼女は計算の内だったのだろうか…俺は彼女の底の知れなさに…酷い恐怖を抱いていた。

 

 

『故に、何かを始められる前に、この場で…殺すことに至ったのでござる』

 

『その怪しい下準備っぽいことが目に余るから…即決で殺すってこと?残酷だね…――――”君”って』

 

『その程度の言葉で片付けられる才能であれば…拙者も楽だったのでござるがな。何分、疑わしきは罰せよ…その精神をたたき込まれているでござるからな』

 

『へぇ…英才教育ってやつ?大変だね』

 

『…そんな可愛い物ではござらんよ。もっと惨たらしく、もっと冷酷な地獄でござる』

 

 

 ……不穏な空気が増長していくのが分かった。

 

 もしも俺がこの場に居合わせていたら、きっと一歩も動けずに居ただろう。

 

 そう思わせるほど…今にも、お互いに首を斬り合いそうな、ピリピリとした静謐が流れ始めていた。

 

 

『――――そろそろ時間でござるな…』

 

 

 沼野はそう言うと、手に持っていた赤褐色の錆が付いたクナイを水無月に向け直す。

 

 今から殺すけど、良いよね?

 

 その最後通牒を行動で語っていた。

 

 沼野から放たれる純粋な殺意は…真っ直ぐ、水無月に向けられていた。

 

 

『あっ、もうそんな時間なんだ。退屈な時間かなって思ったけど…時間の経過って早いんだね』

 

『……拙者もでござるよ』

 

『……そっか。何か、悲しいね』

 

 

 ピンっと、ピアノ線のように緊迫したように空気が張り詰めていた。次の瞬間には、水無月の首が転がっていたも可笑しくない。そんな、一分一秒に思えた。

 

 

『でも、よかった』

 

『……?』

 

 

 

 だけど水無月は、笑みを絶やさなかった。最初っから、最後まで。

 

 沼野に殺すと言われた時も、目の前に引導を渡そうとしている殺意があった時も。

 

 彼女は、俺初めて会ったときと同じ、晴れやかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

『君が、素直に殺すって言ってくれる人で…良かったって』

 

 

 

 

 

『…?それは……どういう………………ゴフッ――――――!?!?!?』

 

 

 

 

 

 瞬間、沼野の口から飛沫のように血が吹き出した。

 

 だらだらと、血が床にしたたり落ちる。

 

 見てみると…右下の時間が、沼野の死亡推定時刻を回っていた。

 

 

 

 

『え……なん、で……?』

 

 

 

 

 

 沼野はそのまま、何も理解できないというように…倒れる。浅い呼吸を繰り返していたが…やがて、数秒の内に、その小さな呼吸音も聞こえなくなってしまった。

 

 

 ほんの一瞬。

 

 

 ほんの刹那の出来事だった。

 

 

 沼野は、水無月に既に含まされていた毒によって…――――殺された。

 

 

 既に事切れる沼野を見下ろし、水無月は語りかけ始めた。

 

 

 

『カルタはね…まだダメなんだ。まだ生きてなくちゃならないんだ――――皆”と”死ぬまで…絶対に』

 

 

 

 確かな覚悟を持って、彼女は今はもう動かない沼野を見下ろしながら…そう宣言した。誰1人として、その言葉を耳にする人など、周りには居ないというのに。

 

 

 

『だから、”ゴメンね?”沼野くん』

 

 

 

 

 沼野を呼び出して、すぐに掛けた言葉を繰り返した。

 

 

 

 水無月は小さく微笑みながら、カメラに背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 そこで映像は途切れてしまった。

 

 息をすることも忘れていたわけでもないのに、俺は、粗く、深い息を吐いていた。

 

 気付くと、酷い汗をじっとりとかいていることも分かった。

 

 俺と同じように、顔を青くさせる生徒もちらほらと見て取れた。

 

 当たり前だった、俺達は、仲間が仲間を殺す瞬間を…決定的とも言えるシーンを目の当たりにしてしまったのだから。

 

 

 「以上と、なりまス。後は、既に裁判で話し合われた推理通りのことが行われましたとサ。めでたしめでえたシ」

 

 

 そう終着するようにモノパンは映像を締めた。真実の裏側とも言うべき、めでたくもない、悪夢のような出来事の一端をおさめた、証拠映像を。

 

 …一体あのモノパンタワーの中で何が起こっていたのか、ソレを知ることができた。

 

 この事件は、水無月カルタが、この事件を計画し、そして俺達を殺そうとしていた。その真実を詳らかぶ語っていた。

 

 

 ――――だけど何で…沼野のヤツ…

 

 

 同時に、疑問に思ったこともあった。映像の中で出てきた不可解な一幕。何故沼野が水無月を殺そうとしていたのか。

 

 ただ殺気を感じたから。イヤな予感がしたから。それだけであれほどまで本気の殺意を向けられるのか。

 

 理解できなかった。今まで仲間として接してきていた人間を、何故あれほど冷たい視線を向けることが出来たのか。全くと言って良い程、考えるに及ばなかった。

 

 

「えー…傷心中の所痛み入りますガ…何かお忘れになっていることはございませんか?」

 

「…忘れていること、ですか?」

 

 

 モノパンが急にそんなことを言うモノだから。俺達は心当たりは無いかと、顔を見合わせた。

 

 すると、モノパンはオホンと、息を弾ませる。

 

 

「オシオキですよ、オ・シ・オ・キ」

 

 

 えっ…?

 

 俺達は息を止めてしまった。時が止まってしまったようにも感じた。

 

 そして、その一瞬のうちに、血の気が引いていくようだった。

 

 

「オシオキって…そんな!!」

 

「今回の、事件の、被害者、は…もう死んでいるはず、だよ?」

 

「…ミス贄波の言うとおりさ。モノパン、そんな中でキミは…一体、誰を処刑すると言うんだい?」

 

「……まさか。雨竜を…ですか?」

 

「――――!」

 

 

 雨竜がオシオキされる可能性があるのか…雲居がそう口を挟むと。モノパンはすぐさま、ノンノンノン、と指を振る。

 

 

 

「雨竜クンは、今回の裁判において…クロではないにも関わらず事件を引っかき回した…所謂、共犯者として扱われまス。最終的にクロとして投票されなかったのですから、当然のルールとして"シロ"と扱われまス」

 

 

 その完全な否定に、密かに安堵の気持ちを感じる。

 

 

「じゃあ、だ、誰をオシオキするって言うんですか…」

 

「何度も言わせないで下さイ。勿論――――今回のクロの方でス。最終的に投票で選ばれた、クロに」

 

「――――――!!貴様!まさか…!!」

 

 

 見当が付いてしまった故に、真っ先に声を荒げる雨竜。俺自身も、顔を強ばらせながら、その…"誰か"に震えた瞳を向けた。

 

 

「はぁイ!!!クロである"水無月さん"のために、スペシャルなオシオキを用意しましタ!!」

 

 

 水無月の遺影を見つめた俺は、その事実に、頭を抱えた。酷い頭痛が襲ってきているようだった。

 

 

「待つんだよねぇ!!!水無月さんはもう死んじまってるんだよねぇ!?」

 

「そうですよ!!死体に鞭を打つなんて、人のやって良いことではありません!!」

 

「そんな事は関係ありませン。人殺しは人殺し…死人だろうとゾンビだろうと、きちんと仲間を殺害した罪を償って貰うのがワタクシが敷いたルールなのでス。だので、そのルール通り彼女は"死んだまま"オシオキを受けてもらいまス。モノパンは厳正なる審判なのですかラ」

 

「……ふざけるな!!!ふざけるな!!!!!この水無月は…ヤツはオレの手で命を落としたのだ!!そのような処遇は死の原因であるオレに与えられるべきだ!!!だから……――――殺すのならオレを殺せ!!!」

 

「雨竜…!!」

 

 

 モノパンの発言に反するように…雨竜は唐突に、そう声を荒げた。

 

 

「…ドクター、冗談でもそんなことは口にすべきことじゃない。一度、頭を冷やすんだ」

 

 

 ニコラスは、自分自身の命なんてどうでも良い。そう言うような雨竜の発言が聞き捨てなら無かったのか。撤回するように、冷たい声でそう制した。

 

 

「うるさい!!!この事件の責はこのワタシと、水無月にある。ならば、同等に罰を受けるべきのはずだ!!オレが!!処刑されるべきなのだ!!」

 

 

 自暴自棄とも言える発言の連続。今まで覇気を無くしていた雨竜は、翻るように荒々しさを轟々と上げていく。

 

 

「ドクター、自称なりとも、キミは医者のはずだ。そんな命を粗末にするような発言は、許されるべき事じゃ無い」

 

 

 ニコラスは雨竜の暴走に真っ向から向き合っていた。遊びも一切無いニコラスは、雨竜を強く諭していく。

 

 

「医者だからこそ!!死の責任を取ろうとしているのだ!!」

 

「…ソレは責任とは言わない…ただのうぬぼれだ。キミの今しようしていることは…無駄死にに他ならない」

 

「ならば貴様は、オレが完全に無罪と言うのか!?この事件において、オレは全く責任が無いというのか!?」

 

「確かにキミは事件をかき回したかも知れない…だけど、その首謀者は彼女に…ミス水無月にあった。そのういう結果が今この場において重要なんだ」

 

「違う!!この事件の首謀者は、水無月とオレだ!!……オレが……オレが……!」

 

「いいや、それこそ明らかな矛盾だ……キミはこの事件においては紛れもない――――"被害者”だ。これはボクの結論であり…ボク達の総意だ」

 

「…………!!」

 

 

 思い出されるのは…先ほどの映像の中であった水無月の言葉。

 

 

『そっか、沼野くんも気付いてたんだ。てっきり”雨竜くん”だけかと思ってた』

 

 

 …雨竜は水無月、無意識に操られた駒だったのだ。

 

 無意識に彼女を止めるように動かされ、無意識に自分自身を犯人にしようと動かされ…そして俺達は全滅にまで追い込まれようとしていた。

 

 恐れるべきは、まるで人を”駒のように”扱う彼女の才能だった。その才能の被害者に、雨竜はなってしまったのだ。

 

 その見解に、誰1人として反論をする者はいなかった。

 

 …だけどそれ以上に、雨竜は自分が許せないのだ。助けられたはずの命を、手の届く範囲にあったハズの命を…救い損ねてしまった…自分が。

 

 だから、彼は死にたがっているのだ…。不甲斐ない自分を…情けない自分を…殺したがっているのだ。

 

 その気持ちは痛いくらいに、伝わってくるようだった。

 

 

「くそぉ…くそぉ……くそぉ!!」

 

「…キミの今やるべき事は…この事件の結末を見届けることだけだ。ボク達がたどり着いた、最善の顛末をね」

 

 

 床に膝をつき、ガツンガツンと、拳で地面を叩き続ける雨竜。その悔しさは、周りの俺達でさえも共有してしまうほど、悲哀に満ちていた。

 

 

 

「…うーんと、お話は付きましたカ?まぁ、そこでどんな意見を持ってこようとも、結局は水無月サンのおしおき以外の回答は返ってこないのですがネ」

 

 

 打ちひしがれる雨竜。少しずつ、床を殴る拳に血が出てきていた。ソレを心配してか、反町や小早川が彼を止めるように、駆け寄ってきた。ポツポツと、彼の目から、雫が落ちているのが見えた。

 

 

「――――くぷぷぷ、それでは改めて…超高校級のチェスプレイヤーである水無月サンのために、スペシャルなオシオキをご用意しましタ!!」

 

 

 俺に出来ることはないだろうか?愚かにも、俺はこんな瞬間にそんな事を考えてしまった。俺に出来ることなんて、たった一つしかないというのに。

 

 

 

 

 

「では、張り切っていきましょウ!おしおきターイム!!」

 

 

 

 

 光りが灯された…その先にある光景を見守ること。

 

 

 それ以外に、出来ることなんて…何一つ無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

      GAME OVER

 

 

 

  ミナヅキさんがクロにきまりました。

    オシオキをかいしします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 映像に映し出されたのは、先ほどのダンスホール内の物では無かった。

 

 

 暗い暗い、まるで洞窟のような石造りの空間。

 

 

 その世界を照らすのは、壁に焚かれたいくつもの薪の炎。

 

 

 全ての炎の中心、空間の中心。

 

 

 そこに在ったのは…いや作り出されていたのは。シロとクロがおりなす格子。

 

 

 すなわち、チェス盤そのものであった。

 

 

 空間の半分以上を占めるほどの大きさを誇り、その盤上には、巨大なチェスの駒がルール通りに配置されていた。

 

 まさに、いざ尋常に勝負…その寸前であった。

 

 

 だけど、1つ、違和感があった。

 

 

 ただでかいだけで、それ以外は何の変哲も無いチェスの駒の集団の中の1つ…それもポーン。

 

 

 小さな小さなポーンだけは、他と、少しだけ、違っていた。。

 

 

 

 誰かが、いや、誰もが知っている水無月が、事切れながら、小さな小さなポーンに張り付けられていた。

 

 

 

 

 

  ――――

 

   『Check My Life』

 

         ――――

 

 

 

 

 薪の焚かれる音だけが響く時間が少し過ぎると…水無月が張り付けられたポーンに対するように、魔法使いのようなローブを着たモノパンが暗闇から姿を現した。

 

 

 これはすなわち、モノパンは水無月側の駒を操る側では無く…対戦相手ということが分かった。

 

 

 すると、モノパンは何か呪文を唱える。モノパン側のポーンが、ひとりでに動いていく。

 

 

 どうやら戦いの火蓋は静かに切って落とされたようだった。

 

 

 水無月側のチェスの駒は…誰も居ないはずなのに同じように、ひとりでに動いていく。

 

 

 まるで将棋の電王戦をしているようだった。高度な知能を持ったコンピューターと、モノパンがお互いに知略を尽し合おうとしているようだった。

 

 

 ゲームは淡々と進んでいき。双方は、次々に駒を動かしていく。

 

 

 ポーン、ビショップ、ナイト、ルーク。

 

 

 それぞれの駒はジリジリと戦線へと赴いていく。

 

 

 すると、モノパン側の駒が、ポーンが、取られそうになった。

 

 

 相手は同じくポーンだった。すると、獲る側のポーンは、まるで人間のように生々しく動き出す。懐に収めていた剣を抜く。

 

 

 そして――――一閃。モノパン側のポーンを切り裂き、粉々に粉砕する。ガラガラと、崩れていく。

 

 

 戦いの均衡が破れた瞬間だった。

 

 

 それからは次々と、それぞれがそれぞれの駒を破壊していく、されるを繰り返していった。

 

 

 盤上に、駒の残骸が散乱していく。死体の山とも言うべき塵が、ジワジワと重なっていく。

 

 

 幸いにも、水無月がくくりつけられているポーンは無事で、戦線からは脱落しておらず。未だ残骸と成り果ててはいなかった。

 

 

 あんな壮絶な攻撃を受けてしまえば、五体満足でいられるのか怪しくなる。できるなら、そのまま動かず、綺麗なまま戦いを終えて欲しい。

 

 

 

 ――――そう思った矢先だった。

 

 

 

 不幸なことに。指揮官の判断ミスで、水無月の括り付けられたポーンが、モノパンの駒に取られるポジションに来てしまった。

 

 

 モノパンは好機と言わんばかり笑みを溢した。

 

 

 モノパンは自陣のポーンを動かし、水無月のポーンを破壊するように命じていく。ポーンは今にも切りつけんばかりに、剣を掲げる。

 

 

 そして、水無月をポーンごと切り裂いていった。

 

 

 ザシュッ…切り裂かれたと分かる鋭い音が木霊した。

 

 

 ショッキングピンクの血が舞い上がった。まるでポーンが生き血を持っていたかのように吹き出した。

 

 

 

 

 ――――これで、ゲームオーバー。

 

 

 

 "ルール通り"であれば、ポーンはそのまま戦線離脱し、復帰することは叶わないだろう。

 

 水無月も…やられては仕舞ったものの、バラバラになら無い程度の損壊で、酷い有様では無かった。誰かが、安心するように息を吐いた。

 

 

 

 ――――だけど、それが終わりでは無かった。

 

 

 

 切りつけられた側のポーン。即ち水無月のくくりつけられたポーンは、突如、剣を引き抜いた。

 

 

 瞬間、差し向けられた刺客を、切り裂いた。

 

 

 そう…返り討ちにしたのだ。何故ならポーンは、"傷が浅かった"から。"粉々に砕けていなかった"から。"倒れていなかった"から。

 

 

 ポーンは水無月を盾にし、自分へのダメージを軽減させ、カウンターと言わんばかりに、敵をなぎ倒したのだ。

 

 

 モノパンは、そんなルール無用の出来事に苛立ちを隠せずにいた。

 

 

 このお遊びとも言うべきゲームが、ゲームで無くなった瞬間だった。

 

 

 モノパンは、今度はナイトを差し向けた。

 

 

 馬の様相のナイトは、足を高々と掲げ、ポーンを、水無月ふみつぶす踏み潰す。グシャッと何かが砕ける音が木霊した。

 

 

 だけどポーンは水無月を盾に、また生き長らえた。

 

 

 そしてまたナイトを切り刻み、粉砕した。

 

 

 モノパンは焦ったように自陣の駒を、まとめてポーンへと差し向けた。

 

 

 ポーンは、次々とやってくる刺客を、水無月を盾にしながら、八面六臂の活躍をこれでもかと見せつけていった。

 

 

 たった1人で…たった1人を犠牲にして、敵をなぎ倒していった。

 

 

 水無月という最強の盾を使って、ポーンは、歴史に名を残す程の活躍をしていった。

 

 

 だけど、盾である水無月は…ズタズタに…切り裂かれ、踏み潰され、押しつぶされ…身ある影も無い有様に、もはや流す血など無いのではないかと言うほどの、血が散乱していた。

 

 

 だけどポーンにとって、そんなことは関係なかった。

 

 

 これは必要な犠牲なのだ。

 

 

 水無月という犠牲を使うことで、自分は歴史に名を残すことが出来るかも知れないのだ。

 

 

 ポーンは、その大義名分を掲げ、英雄となるために、モノパンへと攻め入っていった。

 

 

 まさに、不滅であった。

 

 

 そんな反則レベルの異分子に、壊滅まで追い込まれたモノパンは…ワナワナと身を震わせていく

 

 

 怒りのボルテージが高まっていくように、顔を憤怒の形相に変えていく。

 

 

 不滅のポーンは、キングのすぐ側までにじり寄る。

 

 

 

 

 

 

 ――――"チェック"であった。

 

 

 

 ――――ポーンは剣を掲げた。

 

 

 

 

 

 すると…。指揮官であるモノパンは、顔を赤く染め上げながら…何かを大声で唱えた。

 

 

 

 自陣に向けての命令では無い…呪文のような物。

 

 

 

 ――――瞬間、盤上ははち切れんと言わんばかりに盛り上がり始めた。

 

 

 

 

 そして噴火するように

 

 

 

 

 ――――――盤上は爆発した。

 

 

 

 残された駒が、爆発と同時に上空へ舞い上がった。

 

 

 

 モノパンが唱えたのは、爆発の呪文だったのだ。この戦いに終止符を打つために。この戦いを無理矢理、終わらせるために。

 

 

 爆発が引き起こされて暫く、打ち上げられ駒が、ゴトゴトと墜落し、砕けていく。

 

 

 生き残っていたはずの駒は悉く粉々となってしまう。

 

 

 だけど、そのたった一つだけは…壊れなかった。水無月が張り付けられていた、ポーンだけは…

 

 

 代わりに――――プチっ…という音が鳴った。

 

 

 ポーンから、まるで自分自身が死んでいるかのように、血が流れ出す。

 

 

 あともう少しだったというのに、ポーンは呆気なく、戦争の、神のイタズラの犠牲となってしまった。

 

 

 たった1人の犠牲を払ったはずなのに…

 

 大を取り、小を切り捨てたはずなのに…

 

 

 

 

 あっけなく…不滅のポーンは倒れ伏してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でもやっぱり…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――イライラしたときは、爆発オチですよネ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 モノパンは、ケタケタと笑いながら。暗闇へと消え去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクストリィィィィィィンム!!!!死体蹴り最高!!!死体蹴り最高!!!!」

 

 

「おおおお………ぉぉぉおおおおお…!!」

 

 

 

 

 激しく飛び散るモノパンの歓声。

 

 打ちひしがれ、小さな涙を垂らし、獣のような慟哭を上げる雨竜。

 

 死体となった仲間が、ズタズタに引き裂かれる…その地獄のような光景を目の当たりにした俺達は…何も出来ず、声も出せず、目を伏せるだけだった。目を背けなければ、狂ってしまいそうだったから。

 

 

「…水無月」

 

 

 確かに…小さく呟いた名前の彼女は、陽炎坂や、長門のように、人としてやったはいけないことを犯してしまった。その罪は、一生を持って償わなければなら無い…背負わなければならない咎。

 

 だけど…死んでしまった彼女が、これ程までに弄ばれてしまう。このシステムが、ルールは…余りにも理不尽がすぎた。人の死はこんなにも侮辱されて良い物なのか。

 

 でも俺達には、この出来事を見届けることしかできなかった。見届けることさえも、難しいとさえ思えた。

 結局俺達に出来たのは、事件の真実を求めることだけ。誰が嘘をついていた、誰が本当の事を言って、誰が悪なのか。それを求めることだけ。

 

 だけど、その真実を明らかにした結果が…コレだ。

 

 だからこそ…

 

 ――――自分は何て無力なのだろう。

 

 ――――真実とは、なんて苦しいものなのだろう

 

 

 そう思えて仕方なかった。

 

 

「……――――分からないね」

 

 

 おしおきが執行された後だというのに…。この何もかもを咎められているようなこの空間の中で、1人の生徒が…落合が、そう口を開いていた。

 

 

「実に分からない…理由と意味を集めきれなかった物語のように…読めないよ」

 

 

 彼は徐に、そう呟いていた。俺達は彼のその言動に理解が追いついていなかった。

 

 

「落合…?」

 

「何が…分からないと言うんだい?ミスター落合」

 

「今も、そして未来永劫わからなくなるかもしれない…その意味さ」

 

「…ごめん、本当に何が言いたいの?」

 

 

 俺も本当に分からなかった。正直な話、言い方が悪いとさえ思った。

 

 

「水無月さんは…どうしてこんなことを策謀したのか。どうしても腑に落ちない。過去の記録にソレが記されている。そう考えていた……だけど…この闇は、振り払われることはなかった。だけど同じように、振り払われるべきなのかどうかさえも…僕にはわからない」

 

「……」

 

「………」プシュー

 

「……」ポリポリ

 

「それって、水無月、さんの、動機が分からない、って…こと?」

 

「そう捉えて貰って構わないさ」

 

 

 贄波がかみ砕いてくれたことを聞いてみて、確かに、と俺は納得する。様々な情報源はあったが…結局、俺達は、水無月の行動の根幹を読めないでいた。

 

 その理由が分かると思っていたあの映像には、その確信とも取れる発言は無く。『今ココで死ぬわけには行かない』『みんなと死ぬまで死ねない』と、むしろ疑念を助長させることしか言っていなかった。

 

 …今はそんな事を考えている余裕なんてないハズなのに。

 

 俺達は、疲れた頭で、着地点の見当たらない問題に向き合おうとしているようだった。

 

 

「…くぷぷ、そうですネ。まぁそのくらいでしたラ…ネタばらししても差し支えは、ない…ですかネ?」

 

 

 するとモノパンは意味深げに、そう呟いた。俺達はモノパンに視線を集中させた。

 

 

「簡単ですヨ。彼女は、――――この”写真”を見て、こんなことをしでかしたのでス」

 

 

 モノパンの手元にはいつの間にか、”写真”があった。何かが写っているハズの写真が握られていた。

 

 ひらひらと扇ぐように波打つソレは、裏向きのままで、中身が何なのか…俺達には物理的に見ることができない故に、分からなかった。

 

 分からなかったが…それでも、”とても見覚えのある風貌”であることは理解できた。

 

 

「そ、それって…ねぇ」

 

「まさか、俺達が写っていた写真…か?」

 

 

 そう、事件が起きる前。スタンプラリーをクリアした景品として渡されたあの写真。俺達が肩を組んで笑い合っていた、存在しないはずの集合写真。

 

 

「いいえ?違いまス」

 

 

 だけどはっきりと、モノパンはすぐに否定した。これは、”俺達が手に入れた写真では無い”と。

 

 俺達は、その言動に疑念と、違和感を重なっていった。

 

 

「ど、どういうことなんだよねぇ…じゃあその写真はなんなのかねぇ…」

 

「アタシらの写真じゃないなら、それはなんなんさね!!それと水無月が、どうして関わってくるさね!!」

 

「そんなこと、よく考えてみれば自ずと分かると思いますヨ?何故、キミ達の知らない写真を、水無月サンだけが見ていたのカ」

 

 

 水無月だけが知っている、俺達の知らない写真…?

 

 こんがらがるようなモノパンの言動に、疲弊した頭は付いて行かなかった。シンプルな話に置き換えることがままならないでいた。食ってかかった生徒達も同じようで、要領を得ていない表情をしていた。

 

 

「…待ちたまえ、キミ。いや………そうか」

 

「ど、どうした?」

 

 

 モノパンの言葉に、何か心当たりがあるのか、ニコラスはブツブツと考え込む。思考がとっちらかっている俺は、そんな彼に説明を求めることしかできなかった。

 

 

「…成程。ミス水無月は…ボク達に嘘をついていた。そういうことだね?」

 

「嘘を…!?」

 

 

 ニコラスの発言に、小さな波紋が波打つ。

 

 

「……景品を、受け取っていた、の、は、折木くん達、だけ、じゃ、無かった…」

 

「えっ…受け取っていたって…まさか、水無月さんも…?で、でも水無月さんは、途中でスタンプラリーを辞退したはずじゃ…」

 

「ううん…それは、水無月、ちゃん、が自分で、言ったこと……だから」

 

「あたしたちに嘘の報告をしてたっていうのかねぇ!?」

 

「…そのまさかさ、キミ…確かに、とてもシンプルに考えればすぐにアテがついたというのに…ボクとしたことが少し複雑に考えてしまったみたいだね」

 

「あんの馬鹿…何処まで隠し事すれば気が済むんさね…!!」

 

「でも…仮に水無月がコソコソソレを受け取ってたとして…それって私らと同じ感じの写真なんじゃないんですか?」

 

 

 その雲居の純粋な疑問に…俺も考え込む。あの水無月の凶行が、疑問を呼び込むだけの集合写真が原因とは思えない。

 むしろ彼女であれば、もうコロシアイなんて止めようと…そう結論づけるはずだ。

 

 すると、ピン、とギターの音が反響する。俺は、その音の主である、落合に目を向けた。

 

 

「……スペシャルな代物。ああ、そうか。うん、こんなしがない僕でも、閃くことがあるんだね…今更こんなことを思い出してしまうなんて。……それが彼女の理由だったんだね」

 

「……?」

 

 

 スペシャルの、代物…その落合の言葉を聞いて、俺はハッ、と思い出した。

 

 

『…スペシャルな物の中には、さらに一段上のスペシャルなプレゼントをご用意しておりますので、お楽しみ二…』

 

 

 確かにモノパンは、スタンプラリーを終えた者に、そう言ったプレゼントを用意していると。しかも、ランダムで。

 

 

「…それはミス水無月の元に渡された…我々が受け取った物とは違う…特別な写真だった…そういうことかな?」

 

「…くぷぷ、ご明察。そう、この誰もが恐れおののくスペシャルワン。一握りの可能性に直撃してしまったのは、今回の事件のクロであり、首謀者の水無月サンの手元にあったのでス!」

 

 

 モノパンはニコラスの結論に笑みを浮かべながら首肯した。

 

 余りにも単純な答えと、その特別の招待が何なのか分からないというもどかしさが胸を支配する。

 

 その気持ちは、俺以外にも数人の生徒達も同様のようだった。

 

 

「…っ…だったらそれを見せるさね!!アイツの動機ってやつを、この目で拝ませな!!じゃなきゃ、腹の虫が収まらなすぎて、誰かをぶん殴りそうさね!!」

 

「ちょちょちょ、あたしの胸ぐら掴まないでほしいんだよねぇ!!誰が殴られるのか決定的になっちゃってるんだよねぇ!!」

 

「ええ~イヤですヨ~、この特別は、誰か1人のためにあるから特別なんでス。キミタチに渡してしまっては、コンセプト崩壊になって仕舞いまス……なので……

 

 

 

 

 

 

 ――――――こうしちゃいます」

 

 

 

 

 

 

 そう言って、モノパンはその写真に――――火を付けた

 

 

「ああ!!なにするさね!!」

 

「何って、彼女の特別を永遠のものしてあげたのでス。ワタクシやさしイ?」

 

「あたしらには優しくないんだよねぇ!!汚いんだよねぇ!」

 

「汚いとは何ですカ!!!ワタクシ一日に5回は風呂に入る位、潔癖なパンダさんなのですヨ」

 

「……いや念入りすぎですよ」

 

 

 火の付けられた写真は一瞬で黒い墨と化し、塵となってしまう。

 

 裏も表も、バラバラの燃えかすとなり…それに何が写っていたのか…その謎は、永久に分からなくなってしまった。

 

 分かるのは、写真に写っていた何かが…彼女の大虐殺計画の原因であること。一体何が彼女の狂気の引き金となったということ。

 

 それ以外に、突き詰めることはできなかった。

 

 

「………もういい」

 

 

 モノパンに憤るを向ける俺達の中で…震えた声で小さく雨竜は呟いた。

 

 

「雨竜さん…あの…」

 

「………」

 

「いえ、何でもありません…その…はい…ははは」

 

 

 ユラリと立ち上がる雨竜を心配し小早川は声を掛ける。だが、あまりの気まずさに、引き下がることしか出来ずにいた。

 

 

「……もう…部屋に戻らせてくれないか?」

 

「ええ、良いですヨ?既に学級裁判の全ての過程は終えてしまっているので…帰りのエレベーターの準備は出来ておりまス」

 

「…そうか」

 

 

 雨竜はトボトボと、その巨体を揺らしながら…エレベーターへと戻っていく。何か声を掛けるべきなのだろうか。だけど考えたところで、何も思いつく物は無かった。

 

 

「ドクター、疲労困憊の中で申し訳ないんだが…1つ忠告をさせて貰っても良いかい?」

 

「ニコラス…!アンタ何を――――」

 

 

 憤る反町を、贄波が"待って"、と制止する。雨竜は立ち止まった、ニコラスの言葉を待っているようだった。

 

 

「……」

 

「……部屋に戻っても…”滅多なこと”は、考えてくれるなよ?キミ」

 

 

 その言葉は、まさしく忠告とも言える一言であった。それが何を意味するのか…誰もが理解できた。俺は、震えた瞳を雨竜へと向けた。

 

 

「……――――当たり前だ。オレはもう、1人の命で成り立ってはいないのだからな……」

 

 

 そう言って、彼はエレベーターへと重い足取りを向けていく。

 

 その背中からは、今まで背負ってきた後悔、そして重圧を耐え続けてきた疲労が感じ取れた。

 

 俺達が今感じているものよりも、きっと何倍も重いであろうその罪悪感。俺達は…ただその姿を見送ることだけしかできなかった。

 

 

「ニコラス…?」

 

 

 雨竜が部屋を出て行くと同時に、もう1人、俺達の目の前を…ニコラスが横切る。その所為か、反射的に彼の名を呼んでしまった。

 

 

「…ああは言ったが、つい魔が差して…なんてこともある。今回の事件で共に捜査をしたよしみだ。念には念を入れて、しばらくは彼のことを見張らせてもらうよ」

 

「ニコラス…」

 

「……分かったです。雨竜の事は、任せたです」

 

「あの…宜しくお願いします…」

 

「だけどボクは錬金術師であり、名探偵だ。カウンセラーではない。だからアフターケアなんてもの期待しないでおくれよ?」

 

 

 今の俺達に出来ることは、余りにも少ない。そう判断したのか、彼の行動を制する生徒はいなかった。

 

 ニコラスはそのまま、ひらひらと後ろ手を振り、この場を後にした。

 

 

「くぷぷぷ…どうやらこの裁判の重要人物は、軒並み居なくなってしまったみたいですネ。であれば、ワタクシも通常業務に戻らせて頂きまス。時間も時間ですからネ」

 

「ああ帰んな帰んな、アンタがいなくなるだけで清々するさね」

 

「もう…そんな素っ気ないこと言って、実はまだ帰って欲しくないんでしょ?このツンデレ屋さン!」

 

「1発マジでいっとくかい…?」

 

「おおっと、怖い怖イ。どうやらマジで帰って欲しいみたいなので…スタコラサッサとお暇お暇。それではミナサマ、お休みなさ~イ。良い夢見ろヨ!!」

 

 

 モノパンは羽毛のように軽々しい口を並べながら、姿を消していく。

 

 すっぽりと、穴が空いた様に、静かな空間が戻ってきた。一気に、現実に引き戻されたような、夢から覚めたような、倦怠感が体を覆うようだった。

 

 

「ちょっとあんた、大丈夫ですか?」

 

 

 ――――するとそんな静謐の中で…雲居が、誰かを心配する声を上げた。

 

 

「どうした?」

 

「風、切さん?…」

 

 

 1人だけ。声も出さずに、震えている生徒が…いた。

 

 風切だった。自分自身を温めるように抱きしめ、何故か凍えるように震えていた。

 

 

「おい…何かあったのか?」

 

「知らないですよ、気付いたら俯いて震えてたんです」

 

「…風切?」

 

 

 そういえば、いつ頃からか声を聞こえていなかった気もする。

 

 それを心配して、声をかけても、変わらず粗く呼吸を弾ませる風切。俺達は彼女を囲み始める。

 

 体を震わせ続けるが、見たところ寒気を感じているようには見えなかった。

 

 

「…た」

 

「……?」

 

 

 一体何があったのか、疑問を浮かべていると…彼女の口が微かに動いた。何か声を出しているようだったが、微弱であったために、俺は耳をすませた。

 

 

 

「…あの、写真……」

 

「あの写真…ですか?」

 

「もしかし、て…モノパンが、持ってた、写真の、こと?」

 

「あの写真がどうかしたのかい!?」

 

「せ、急かしちゃいけないんだよねぇ…。風切さん、ゆっくりで大丈夫なんだよねぇ」

 

 

 写真について何か身に覚えでもあるのだろうか、俺達は微かな手がかりを感じ取った。だけど困らない程度に詰めよった。

 

 

「少しだけ…"見えた"」

 

「……!」

 

 

 俺達は息を呑んだ。

 

 確かに、超高校級の射撃選手である彼女の目は、とても良いことは分かっていた。だけど、今そこでそれが発揮されるなんて思わなかった。

 

 

「何が…見えたんだ?」

 

「………」

 

 

 内心穏やかではなかったが、それでも…少しでも情報を得ようと、僅かな期待を持って…ゆっくりとした語調で言葉を掛けていく。

 

 

「………」

 

「風切?」

 

 

 風切は押し黙る。

 

 

「…言いづらい、ですか?」

 

「いや。そうじゃなくて…やっぱり、見間違えかも知れないって…思えて」

 

「それでも構いませんとも!」

 

「…もう何が起こっても信じ切れるところまで来ちまってるからねぇ」

 

「………」

 

 

 俺達はどんなことでもばっちこい、そういうようにに意気込む。珍しく不安げに表情を曇らせる風切…少し息を吐き、心を整え、その朧気な内容を、口にしていった。

 

 

「多分だけど…この施設の外の写真だった」

 

「あの思い出のアルバムとは違うのか?」

 

「…うん。写ってたのは…私達じゃ無かった」

 

「じゃあ、何が、誰が写ってたんですか……?」

 

 

 少し呼吸を整えるようにする風切。俺達も同時に、息を呑んだ。

 

 

 

「――――”死体”……だった」

 

「…死、体?」

 

 

 想像を絶する回答に、胸騒ぎを膨れ上がらせる。

 

 

「死体の山と…荒廃した…世界…ちょっと見ただけでも…酷い…有様の…写真だった」

 

 

 これ以上聞いても良いのか、その怖さと、真実を知りたいという欲が、言葉を失いながらも、彼女の言葉に耳を傾けさせていた。

 

 

「どっかの紛争地帯の写真だったのか?」

 

「ううん……殆ど灰色で、うまく捉えられなかった……けど…」

 

「けど…?」

 

 

 風切は、ゆっくりと…言葉を紡いでいく。

 

 この世界に飛び込められて、外の世界の情報や、外の光景を、少しずつ見てきたつもりだった。

 

 だけどそれは本当にごく一部で…俺達が未だ信じられない事実が、外の世界で起こっているのかも知れない。

 

 何となく、それは理解していた。

 

 まるで絶対にヘタな情報は渡さないという、その統制するような意志が、モノパンから感じ取れたから。

 

 

 ――――だから

 

 

 

「ボロボロになった…"希望ヶ峰学園"だけは…はっきりと見えた」

 

 

 

 俺達が夢見た希望の象徴に…いや、希望そのものに…。

 

 

 "何かが起きている"

 

 

 そんな信じられないこともまた、例に漏れる事は無い。

 

 

 そう確信することが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …確信することだけしか…出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【エリア3:モノパンタワー2階『ダンスホール』】

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 モノパンタワー2階、ダンスホール

 

 

 ガラス越しに夜空が写るその箱庭を、爛々と巨大なシャンデリアが照らし出していた。

 

 シャンデリアが飛び散った形跡も、沼野の死体も、事件の面影など何一つ無いように…この部屋から消えていた。

 

 この部屋もまた、今までの全ての事件と同じように、通常の状態へと修復されていた。

 

 そんな、全て元通りの世界には、異分子とも言うべき違いがあった。

 

 

 ――――超高校級の錬金術師であるニコラスが、ダンスホールの中央に、沼野の死体が転がっていたその場所にしきりに見つめながら…立ち尽くしていた。

 

 

 何故なのかは…分からなかった。

 

 

 

「――――ミスター」

 

 

 

 その中でポツリと…この場に、この世界に誰1人すら居ないはずなのに…ニコラスは誰かを呼んだ。

 

 

 

「……ボクにだって。ボクにだって…人の死を哀しむ感情だってあるさ…それこそ友人の死というのであれば、尚更ね」

 

 

 

 

 誰かに向けてなのか、ここに居ない誰かに向けて、ニコラスは、そうポツポツと言葉を紡いでいった。

 

 

 

 

 

「安心したまえ、キミとの約束は、決して無碍にしたりはしない。この"超高校級の名探偵"たる、ボクの才能に誓ってね」

 

 

 

 

 

 

 そう言い切ったニコラスは徐に、懐から、"電子生徒手帳"を取り出し、起動させた。

 

 

 そして、生徒名簿の欄を開き…――――"超高校級の特待生"の肩書きが記された、『折木公平』の欄を、じっと、見つめ続けた。

 

 

 その表情には、大きな疑念が、哀愁が、躊躇いが、……とても言葉では表わしきれない複雑な感情が読み取れた。

 

 

 

 

 

 

 

「ミスター折木……

 

 

 

 

 

 

 ――――キミは一体…何者なんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その宛ての無い問いは…タダ世界に溶けていくだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【??????】

 

 

 

 

 

 某所、某時刻。

 

 裁判が終了し、生徒達が帰路についてからしばらくして。

 

 とある風景の一部に、2人の人物が対峙していた。

 

 厳密には、1匹と1人。

 

 モノパンと…顔の見えない、黒く染められた誰か。

 

 その2つの影が、人目を避けるように向かい合っていた。

 

 

「…それで?態々こんな所に呼び出して、何か御用ですカ?」

 

「……」

 

 

 モノパンはうんざりしたような口ぶりで、言葉を切り出した。誰かは、まるで切り取られたように聞こえないような声で、モノパンに何かを話した。

 

 

「はぁ…態々呼び出して何かと思えば、そんなことでしたカ。何だか拍子抜けですネ」

 

「……!!」

 

 

 誰かの言葉を聞いて、モノパンはさらに嘆息していく。その反応を見てか、男なのか女なのか…判別のつかない誰かは、その態度に怒りを表わにした。

 

 

「…ああ、そうですよネ。アナタにとっては、とても重要な事でしたよネ。…申し訳ない、此方の無配慮でしタ。ええ、この通りでス」

 

「……」

 

 

 決して謝罪を抱えていないような態度で、モノパンは誰かに頭を下げる。誰かはそんなモノパンに愛想を尽かしながらも、言葉を重ねた。

 

 

「…勿論、全て事実ですヨ?"あの時”話したことも、今まで話したことも…全て。ワタクシは世界一の正直者なのですからネ」

 

 

 そしてその全てを、モノパンは肯定で返した。

 

 

「くぷぷぷ…まぁそう何度も聞いてしまうのも仕方ありませんよネ?……何せ、"これは"アナタにとっての重要事項…いや、決して見逃してはいけない――――"忘れてはいけない記憶"なんですからネ」

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 誰かは、言葉を続けず。沈黙した。

 

 だけどそれは一瞬のことで…誰かはすぐに口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「――――――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 思いがけない言葉だったのか…”え…?”と、モノパンはそう短く驚きを返した。

 

 

「……そうですネ…ええ…まぁ。それについては、ふむ、どうなんでしょうね…?肯定も否定もする気はありませんガ」

 

「……」

 

 

 いつも通りの所在のなさげな、曖昧な回答。だけど珍しく、答えづらそうな返事であることが、見て分かった。

 

 

「……ですが。それが可能であったとしテ。アナタにそれを実行に移す勇気があるのですカ?」

 

「………」

 

「…くぷぷ、やはり口ではそう言っても、迷われているようですネ。無理もありませン。だってそんな酷いことは…この世界で、決して、決して、やってはいけない事なのですかラ」

 

「………」

 

 

 

 何を提案し、何を話し合っているのか。切り取られた言葉を知らない限り、何もわからない。だけど分かるのは、提案した誰か自身が、モノパンに言われるまでも無く迷っているということだった。

 

 

 

「ですが…そこまで迷われているのであれバ……思いきって…やってみれば如何ですカ?」

 

「……!?」

 

 

 だけど、その提案を是正するようなモノパンの物言いに、誰かは顔を先ほどよりも強い驚愕を露わにした。

 

 

 

「ええ、勿論。まぁ、やれる物なら、やってみろ…と前置きは言わせていただきますけどネ」

 

 

 モノパンの挑発的な言葉に、誰かは黙りこくる。その沈黙には何が含まれているのか…誰かの心を描かない限り、その真意を読み取ることは出来ない。

 その態度に、モノパンはさらに笑みを深めていく。してやったり、そう言いたげな笑みであった。

 

 

「……」

 

「えっ?もしも…ですカ?」

 

 

 唐突に、誰かはモノパンに何かを聞いた。モノパンは、少し思考する。…そして…その小さな口を開いた。

 

 

 

「そうですネ。もしもアナタにそれが出来たのであれバ……」

 

 

 

 

 

 

「このゲームは…いや、コロシアイは――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――きっと、終わりを迎えてしまうのでしょうネ」

 

 

 

 

 

 

 

 モノパンはくぷぷぷ、と、そのまま笑い続けた。

 

 

 このゲームの"終わらせ方"を、口にしてしまったはずなのに。

 

 

 このゲームの"終着点"を、告げてしまったはずなのに。

 

 

 まるで自分の事では無いように、延々と笑い続けた。

 

 

 一人と一匹だけの空間で、その笑い声だけが、静かに反響していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三章 きっと君は素敵な何かで出来ている

 

 

 

 

     END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り10人』

 

 

【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸?】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 

『死亡者:計6人』

 

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

 




やっと前半戦終了って感じですね。




↓コラム


〇名前由来のコーナー 

・水無月カルタ編

作者から一言:多分一番最初に出来たキャラクター

 コンセプトは明るく天真爛漫な天才っぽい努力家。さらに言えば、ヒロインになれなかったヒロイン…って感じ。こういう子が、めちゃめちゃ苦労してて、とにかく死に物狂いで努力してるっていうパターン、良いですよね(押しつけ)。 
  容姿も、才能もこの物語を作るに当たって早くから決まっており、一番最初っから最後まで性格も行動もは一貫してました。なので、背景とかも造詣を深くでき、個人的には一番描きやすく、そして魅力を十分に引き出せたかな、と思えたキャラクターでした。
 名前の由来は、名字は…適当に思いついたヤツで。名前は才能がチェスプレイヤー、すなわち外国のおもちゃに関していたので、逆に日本のおもちゃから名前をとらせて頂きました。ちなみに、彼女の名前は一貫してカタカナ表記でしたが、本来は漢字表記で『歌留多』が正しいです。


・雨竜狂四郎編

作者から一言:多分一番動かしにくかったし、これからも動かしにくいキャラクター

 コンセプトは、マッドサイエンティスト風の中二病、です。そういうキャラクターを軸にして、容姿なども逆立てたり、色々いじくり回して、こんな風になりました。
 シリアスもギャグもいける、結構美味しいキャラクターになるだろうと、書く前は考えていたのですが…肝心のセリフを書くのが難しく。さらにには持ち味の破天荒さも、作者自身の想像力の乏しさ故に鳴りをひそめ。その結果、水無月さんとは逆に、とっても動かしにくいキャラとなってしまいました。
 名前の由来は、雨竜は、『銀の匙 -Silver spoon-』から。同作品に『雨竜』という名字が出てきていたので、これ良いなぁ、と考え使わせて頂きました。名前の方は、漫画『狂四郎2030』から。最初は『田中眼蛇夢』的な、ネタネームにしようと考えていましたが…上手く思いつかず、じゃあもういっそ中二病ビンビンの格好いい名前にしてしまえとなり、今の彼の名前ができあがりました。






〇プレゼント
・沼野浮草
⇒忍者式携帯ポーチ
 沼野がいつも腰ぶら下げていた腰巾着。中には赤くさび付いたクナイや手裏剣、そしていつも彼が愛飲していたお茶の葉が入っている。


・水無月カルタ
⇒とある少女のお人形
 いつも肌身離さず持ち歩いていた、彼女の姉を象ったとされるお人形。かなり大事にされていたためか、1つのほつれも見当たらない。
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