ダンガンロンパ・リバイバル ~みんなのコロシアイ宿泊研修~ 作:水鳥ばんちょ
【エリア4:ホテルペンタゴン『個室』】
『キーン、コーン、カーン、コーン……』
『ミナサマ!おはようございまス!!朝7時となりましタ。起床時間をお知らせさせていただきまス!それでは今日も、元気で健やかな1日送りましょウ!』
3度目の目覚め、3度目の覚醒。…ここに来て、3度目の朝が始まった。
何と事も無い今日の幕開け。
だけど今日だけ、その目覚めには高揚感があった。修学旅行前の夜のような、新年を迎える前の12月31日のような…思わず浮き足立ってしまう、良い意味での高揚感が。
「今日で…最後、だよな」
今日がモノパンが宣言していた、橋の修理が環境する最低4日の最終日。
それはこの 閉鎖された環境の中で、さらに閉鎖された環境。このエリア4から、やっと解放される。
そんな限りなく現実に近い理想が達成されるときの高揚が、喜びが、俺の中で今か今かと待ちわびていた。
…ここの生活自体に、何ら支障は無かった。しかしどうにも息が詰まってしまうのもまた本音だった。
生徒達との距離がいつもよりも近い。そして動ける行動範囲がどうにも限定されてしまう。
そんな閉塞感からやっと終わる。
この生暖かい空間での目覚めも、明日には終わりを迎える。
だけど、結局のところ施設の中には変わりないのだが……それでも、教室の中と体育館ほどの違いはある。
「よし…」
そんな密かな抱いた希望を胸に、俺は部屋を後にした。
* * *
【エリア4:ホテルペンタゴン『食堂』】
――――AM.8:00
俺を含めた、5人の生徒達は食堂に会す。埃の落ちる音が聞こえそうな程の沈黙が流しながら、テーブルに置かれた”黒電話”を中心に、それぞれ妙に強ばった表情をちりばめていた。
理由は簡単だった。
彼らからの電話を待っていたから。いつも通りの約束を待っていたから。
もし連絡が来なかったらどうしよう。途切れてしまったらどうしよう。この約束が、始まらなかったらどうしよう。
…そのいつも通りが壊れたとき、毎回と言っていいほど、碌な事は無かった。そんなジンクスのようなものが今まで何度も経験してきた。
だから、ささやかにほど近い、少しずつ膨れ上がりそうな心配が胸中にあった。
俺は電話のダイヤルとにらめっこをしながら、こんな心配が杞憂であってくれと、まだかまだかと、それが出す音を待った。
――――ジリリリリン
たった3日間のウチに聞き慣れてしまった呼び鈴の音が、響いた。
小さな安堵が、周囲に走る。俺は初日の頃とは比べものにならない軽々しい手つきで、受話器を手に取った。
「もしもし」
いつも通り、俺は向こう側へと声を送る。かれこれ6回以上続けてきた短いながら、お約束の言葉。
……しかし、声は無かった。不可思議に思う。
確か昨日の話では、今日の朝は”ニコラス”が担当のハズだったよな?
何かあったのか、あったのであれば今俺の声を聞いているのは誰なのか…再び不穏な予感が走る。
「……もしもし?」
『………』
…また、声は無かった、向こう側には誰かがいるはずなのに…変な不安がジワジワとこみ上げる。
――――すると
『ふはっ……』
「……?」
やっとこさ声がしたと思った…だけど何か、小さな、それでいて聞き慣れたような笑い声が…出だしが…聞こえた気がした
俺は首を傾げる。強めに、受話器に耳を強く押しつけてみる。
『――――――――ふははははははははははは!!!!!!!諸君!!ワタシは帰ってきたぞ!!!』
キーン、と耳と脳の狭間で音が鳴る。
俺は思わず目をつぶり、顔をしかめてしまう。酷い耳鳴りだった。
…だけど、すぐに、その声の主が誰なのか、すぐさま理解した。
「……!お前、雨竜か!?」
未だ頭で激しく音がバウンドする中で、俺は声の主に向け、驚きを孕んだ声で確認した。
『ふはは、その通り、ワタシは今!!ここに!!みたび!!還ってきたのだ!!!!いや蘇ってきたのだ!!!ふん、ザクとは違うのだよ、ザクとは……』
「………」
『…安心しろ。正常だ』
一瞬、これまでの事件のダメージの所為で発狂してしまったのか、そんな絶望的な思いがよぎったが…どうやら大丈夫なようだった。
「…雨竜、お前…復調したんだな」
思わず喜びが溢れてしまいそうだった。多分声に微妙に乗ってしまっているかもしれないが…そう見られても仕方ないくらい、彼の安否が確認できたことが何よりも嬉しかった。
『ふん、このワタシを誰だと思っている…”あの”雨竜狂四郎だぞ?…ユニオン軍のトップガンであり、MSWAD所属の中尉…またの名を…”ミスターブシドー”…』
「雨竜?」
『…ふはは、聞き逃せ、ただの戯れ言だ』
「………」
…元気そうなのは嬉しいのだが…本当にまともなのかと疑ってしまう。
「いや…だけど良かったよ。裁判の後から姿を見せなくなって…昨日雲居から部屋から顔を出したと思ったら…また図書館にこもったりして」
『引きこもりに次ぐ、引きこもり…我ながら心配をかけすぎたと自負している。言い訳も、弁明も必要無い程にな…』
「…………ああ。だけど、仕方ないさ、お前は誰よりも近くで、それも左右するくらいの間近で事件に関わっていたんだからな」
水無月が画策した”あの事件”。
雨竜が止めなければ、半分以上の生徒が死んでしまうという最悪顛末すら考えられた、あの事件。
雨竜だけじゃ無い、生徒全員に刻み込むほど深い爪痕として残ったあの事件。
既に事件の裁判は終わった、終わっていたが。俺達の中で終わってしまったというわけではない。
何もかも蹴りが付いたのだから、心の整理なんて、さっさと済ませて、明日に向かって進んでいこう…そんなことを軽々しくなんて口が裂けても言えない。
…俺達は、コロシアイをするための機械じゃないんだから。簡単に区切りを付けられるほど、心は単純じゃ無い。永遠に出口にたどり着けない迷路のようにもっと複雑なものだ。
今まで起きた全ての事件にすら整理がついていない俺が、その複雑さを証明している。
『…ワタシも、ずっと…今でも、淀みのように脳の中で渦巻いている…ヤツの表情、ヤツの体の重み、ヤツの言葉も、全て脳に刻み込まれている。……もはや魔術でも使わん限り、忘れる事も、決着をつけることもできんだろうな』
「……」
『…だから、ワタシは引きずっていくつもりだ。この事件も、記憶も…茨の道とは分かっていても、この記憶と、一生を賭けて向き合っていくと』
「辛く…無いのか?」
『……ふん、何度も言わせるな。俺が選んだ道に、例え修羅が出ようが阿修羅が待っていようが…オレは突き進んでいく。これは決定事項だ………それに、貴様に比べれば、マシな方だ』
「…どういうことだ?」
『…何でも無い。ただの独り言だ』
気になる言葉に俺は反応を示したが…雨竜は最後まで語らず、そう話を終わらせた。
『だが、そうだな…ある意味一つの区切りを付けるために…貴様には…言っておかなければならん言葉がある…』
「…なんだ?」
『………”礼を言う”。貴様と、そしてニコラスの言葉が無ければ…オレは、もっと、いや今もずっと…塞ぎ込んでいたかもしれん』
雨竜は、謝るでも無く、自分自身を卑下するでも無く…感謝の言葉を口にした。俺は、少し驚く。
俺は、思い返した。俺とニコラスが、雨竜にどんな言葉をかけたのかを。
* * *
『アイツの友達だから…俺はアイツの間違いを、行いを、明かさなきゃらならない。決して曲げずに、迷わずに』
『…その間違いを諭すのも、友達の役目だから…』
~~~~~
『ドクター、自称なりとも、キミは医者のはずだ。そんな命を粗末にするような発言は、許されるべき事じゃ無い』
『キミはこの事件においては紛れもない――――"被害者”だ。これはボクの結論であり…ボク達の総意だ」
* * *
我ながら勝手な言葉を吐いていたと思う。ニコラスの言葉も含めて、雨竜の気持ちも考えずに、良く言えたものだと。
『色合いこそ違ったが…貴様らの言葉は全て、事実だった。ワタシは…オレは自分自身に酔っていた…自分が悪ければ…あの事件は全て済むと…勘違いしていたんだ』
だけど、雨竜は心に残してくれた。俺達が言った言葉を、心に浸してくれた。
「………」
『だから……気付かせてくれて、目を覚まさせてくれ………”ありがとう”』
電話越しに、頭を下げているのがありありと伝わった。
俺は、その感謝を、噛みしめるように受け止めた。それが俺のすべきことだと思ったから。言葉をかけた、俺の責任だと思ったから。
…黙って、聞き届けた。
「……ニコラスにも、同じ事を言ったのか?」
『ああ…少し気恥ずかしかったが…言わせて貰った。だけど、”一体なんのことだい?”…なんて、すっとぼけられたがな』
「あいつらしいな…」
『ふん、そうだな……』
妙に、気恥ずかしい空気が流れる。周りに生徒達が居る分、余計に照れくさかった。だから、少し話題を変えることにした。
「…そういえば、お前、図書館で何してたんだ?」
『ふん、些細な話ゆえ多くは語れんが…ただ叡智の巣窟たるライブラリーにて……我が思考、我が頭脳の糧とするため…しばし精神を鍛え上げていた、とだけ言っておこう』
「……そ、そうか」
ちょっと何を言っているのか分からなかったが、納得することにしておいた。
『だが、その崇高なる聖域を独占してしまった代償か…雲居に我が身足を頂戴させる羽目になりそうだったがな…』
「…あいつ…本当に暴力に訴えたのか」
確かに武力行使もなんたらとか言っていた気がするが…。
『どぅあが!!その程度でこのワタシを仕留めるなど何度ヤツが転生を繰り返していたとしても不可能……決死の懇願、謝罪、そしてあらゆる面倒事を引き受けるという槍を持ったことで…ワタシは自分自身の命を延命させたのだ…』
だけど雨竜はその業腹な雲居に、とにかくいろんな当番とか、雑用とかの肩代わりをして許して貰った…ということか。
『そしてその図書館なる魔窟にて研鑽を積んだワタシは確実に、かつ甚大なる成長を果たした…すなわち、今のワタシは今までの雨竜狂四郎ではなく、いわばネオニュー雨竜狂四郎ということだ…宜しく、OK?』
「……そうか」
結局意味は分からなかったが…少なくとも景気の良い、充実した日々を送れていることが分かった。俺は適当な相づちも兼ねて、そう返答した。
「ともあれ…お前が元気そうで良かったよ。本当に」
『貴様に心配されるまでも無く、すこぶる好調だ』
「…さっきは心配をかけたなと言ってたくせに」
『ふはっ!なぁに冗談だ……だが、これにて我復活。それは宇宙の決められた定理であり、神がその手で施した予定調和ということだ…今後の活躍に期待せよ』
「…………」
エンジンが暖まってきた落合以上に意味の分からない彼の言動に、俺は頬を緩ませる。これまでにない朗報の連続。俺はこれまで以上の喜びで満たされていた。
まぁ…今までが下限が過ぎた、というものあるのだが。
『動機発表の件も、既に奴らから聞いている。今まで発表された分も含めてな…だからこそワタシもできうる限り尽力する。約束しよう』
「…ありがとう」
『ふはっ!!礼には及ばん…だが喜びむせかえるが良い!!ワタシは天体だけでは無く、癒やしの神の力さえも手にした。今のワタシは無敵以外の何者でも無い』
「……とりあえず、期待してるよ」
変に流すような言葉だが、雨竜の頭脳と柔軟性は俺達の中でもトップクラス故に、頼りがいがあるのは間違い無かった。
『と、此方からは…これ以上の報告する点は無い、続報を待て』
「そうか、分かった。…こっちからは…多分、明日には橋も元通りになって、そっちに戻れるはずということだけだな」
『ふん、同じく喜ばしい話だ。そのときには祝いの席でも用意してやる』
続けざまに、”じゃあな”そう言って、雨竜は電話を切る。
…中二口調に拍車が掛かっている気がしたが、とにかく元の調子を取り戻したことは分かれたのは良かった。
俺は周りの生徒にそのグッドニュースを報告する。先ほどの俺と同じように、生徒達が喜びを露わにしてくれた。
そうして、景気の良い出だしの朝の定期報告会は解散となった。
* * *
【エリア4:ホテルペンタゴン『娯楽室』】
定期連絡会を終えて暫く時間が経った後。
俺は娯楽室にて珍しく、落合と雑談をしていた。お互い手持ち無沙汰(落合は常に)だったから、会話をする流れになるのは自然であった。
「…友達のゴーシュは気まぐれでね、気分が乗らないときは、名前を呼んでも返事すらしなかった」ジャララン
「へぇー」ペラッ
雑談と言っても、落合が言う適当な事にちまちま相づちを打つくらいの、本当にたわいも意味も中身も無い、どーでも良い雑談。少ない中身の話しをするなら、今彼が語っているのは旅の途中で出会った、ゴーシュという友達の話らしいということだけ。
「ゴーシュは僕と同じか、それ以上に自由を愛していた…だけど彼自身は理解していた。この世に本当の自由は無いんだってね、秩序の中の自由しかこの世には存在しないって」
「………」ペラッ
ちなみに俺は自室に置かれていた『冷えた心も温まる六角関係』という本に集中しながら、彼の話を話半分で聞いている。そのゴーシュという人物がどういう人となりなのか、半分を以上聞いていなかったので、気まぐれな性格と言うこと以外全く分からない。
「だから彼は本物を求めた、そして気付くと、ゴーシュの背中にはイカロスのような羽が生えていた」
ここに来て、そのゴーシュというヤツはそもそも人間なのか怪しくなってきた。俺はここで気にしたら負けと、本を読む手を止めなかった。
「そして彼は、雲一つ無い青い青い天空の彼方に向かって飛んでいった」
「……どこに飛んでいったんだ?」ペラッ
「分からなかった。だけど僕は知りたかった…それを確かめるために、彼の行く先へ、歩き続けた。何日も、何ヶ月も、何年もね」
「…随分日にちを使うんだな」ペラッ
余りにも嘘くさい話だが、クライマックスっぽいので、少しだけ耳を寄せながら、本を読んでいく。
「旅の途中、僕はあらゆる場所に足を踏み入れた。黄金にまみれた水の無い町、氷に包まれた決しての春の来ない町、まるで洞窟のような太陽の差さない町。何かはあるのに大切なモノが欠けた町……僕はそこに居る人々と文化に会ってきた」
「……」ペラッ
「だけど、その全ての文明には共通して存在”しない”物があった……何だと思う?」
「……?ええと…」
「――――ミュージックさ」
たまには相づち以外の答えを言おうと思ったら、もの凄い食い気味に言われた。俺は目を閉じ、もうまともに答えないと心に決めた。
「だから、僕は奏でた。夜も、昼も、朝も無く、町で、人々の中心で音楽を奏で続けた」
友達のゴーシュの話しはどこに行ってしまったのだろうか…何だかあらぬ方向に会話の舵が切られているような…と思ったが、無理矢理にでも気にしないでおいた。
「すると人々は自然と僕の周りで円を作っていた。耳を傾けていた…言葉も人種…何もかも違う僕の周りにね」
「……」ペラッ
「人々は共通して口にした、”コレは何だろう”、”何なのか分からないけど、楽しい気持ちになる”、”よし、俺達もやってみよう”…なんて…。気付くと、町には音楽が生まれていた」
「…へぇ~良かったな」ペラッ
「また音楽を奏で続けていると、音が音を呼び、歌が歌を呼んだ」
「………」ペラッ
「町は音楽で溢れかえった。僕がいなくなっても、遠くで聞こえるくらい、賑やかで、楽しくて、まるで今まもあったかのように音楽は町にあり続けたのさ」
「………」ペラッ
「そして僕は、無事に、ゴーシュと再会したのさ」
「………えっ、再会したのか?」
「ああ無事にね?背中の羽は、消えてしまっていたけど」
「むしろ生えてたら困るな」
もう人として接することが出来なくなってしまう。
…いや、そもそもどこから湧き出てきたんだよゴーシュ。終わりに急に再会するなんて道ばたにでも生えてたのかゴーシュ?打ち切り寸前の漫画みたいな終わり方だぞゴーシュ。
突然の終わりが告げられた彼の話に、思わず本を読む手を止めてしまうくらいに俺は困惑してしまった。
ジョットコースターのように巡り巡る彼の話は、想像以上に絶叫系で、かつゲテモノがであるようだった。
「そしてそのとき僕は思ったのさ、自由と音楽を、愛し続けようってね」
一体今までの話の何処でそんな答えに行き着いたのか甚だ疑問であった。ゴーシュから得た話しなのか、今までの旅から得た答えなのか理解が追いつかなかった。
…いや、そもそも理解すること自体がナンセンスであり、もしかしたら…これこそが彼の小話の術中なのかもしれない。
だとしたら…。
「……つまり俺の負けということか」
「?」ジャラン
本を閉じずに、俺はおでこをドンっとテーブルにくっ付け、あからさまに落ち込んだ。
「だけど、はぁ…お前って本当に何もやましいものは無さそうだよな」
ため息交じりに俺はそんな率直な感想を口にした。それは嘘くさい過去の話だったけど、それでも事実からは大きく逸れてないと思ったから。
つまり、ゴーシュに羽は生えてないけど、本当にどっかに行ってしまって…様々な町にも実際に訪れたのだろう…ということ。
「ははっ…高潔さ、素直さ、陽気さ、それらは勿論人間の大事な美徳。それと同時に、自分自身やましさや醜さ、そして愚かさもまた人の美徳と言える。だって、自分の誇るべき場所も、拙き箇所も…全て自分自身だからね」
「お前は本当に……逆に安心するよ」
一昨日、昨日、そして今日の朝と…重い話が続いていたために、こういうツッコミどころが多すぎて逆に何の心配も無い人間が居てくれるのはある意味助かる。
…だって本当に中身が無いのだから無理に考え込む必要はない…つまりはそういうことである。
「…そう言う、君はどうなんだい?」
「俺?」
「僕は知らない。君の過去、君の才能、君の好み、何もかも分からない。人が人ではない何かに踏み外してしまうような、理由が分からないのさ」
「…ああ、俺の動機か」
落合から逆に質問を受けた俺は、しばし考え込む。
正直、何も思い当たらなかった。以前に俺に関する”動機として配られた物”はあった…だけどニコラスに聞いてみても、結局分からず、闇のまま。
「んーーー、分からないな」
だからこそ、こう答えるしか俺には無かった。不確かなことで、間違っているかもしれないことで、落合達を混乱させるのも忍びないと思ったから。
『ピン、ポン、パン、ポーン』
――――そう答えたと同時に…そんな音が天井から響いた。
壁に掛けられた時計を見てると、針は約束の時間が示していた。
何がこれから起こるのか、俺は察知した。
『……ミナサマおはおはこんこん、おこんにちハ。これより、三回目にしてお約束のお昼の放送を開始いたしますでス』
『それではそれでハ!このまんま皆大好きで嫌いででも好きでたまらない一日一人の恒例!!誰かさんの動機を大発表~~~~!!!!!!
ーーーと言いたい所ですが…まず始めに、ミナサマに報告がございまス』
いやらしい位のタメを入れつつ、モノパンは前座を口にした。何事かと顔をしかめる。
『エリア4にてかかる大橋の修理ですガ、明日の朝をもちまして完了することとなりましタ。具体的には、明日の朝、アナウンスが鳴った直後くらいとさせていてただきまス』
「本当か!」
「確かな朗報、コレは僕も喜びのブルースを奏でなければならないね」ジャラン
雨竜の復帰に続いて、橋の修理の完了。重なっていく朗報に俺達は表情を明るくする。
だけど――――
『いやぁ、ボクの思う最短ルートで修理が終わって良かったデスヨ~…ワタクシ偉い?それともエロい?エコロジスト?エンジン全開?オールオッケー?』
『…というワタクシのセンシティブな内容は置いておくとして、これにて朗報は終了、閉店ガラガラ……/お次は~~~悲報のお時間で~~~~~ス!!即ち、動機発表!!待ってタ!!この日をワタクシは待っていたんダ!!!!』
わざとらしいくらいに、そして嫌がらせのように、テンションを上げてくる。
ここ数日の間で最も嫌いな瞬間。それに俺は、やはり来たか、とつぶやき、息を呑んだ。
『本日の犠牲者は~~~
―――――”折木公平”クンで~~ス!!!』
「………俺?」
その名前を聞いて真っ先に思い浮かんだのは…まさか、という短い三文字。
先ほど落合と話していたタイムリーな話題。
先ほど思っていた、不確かな情報。
俺は思わず、追いつくことを忘れてしまうような思考に陥っていた。
…だけど同時に、この放送の中で、ヤツは、モノパンはどんな動機が発表してくるのか。落合同様に、何の身に覚えも無い俺は、他人事のように放送に集中してしまう。
『超高校級の特待生である折木クン…実は――――――――
――――――”超高校級の特待生”では無く、”超高校級の不幸”として希望ヶ峰学園に入学しタ』
「…超高校級の、不幸?」
落合は、ギターを弾く手を止めて、そう呟いた。
まるで尋ねるように俺の方を向くが、俺は首を振って何のことなのか分からないと表現する。
『と、まぁこんな感じで明日も明日でチェケラッチョしてくんで、リスナーのキミタチは!よだれを飛び散らせる位バイブス上げて、かぶりくように座してマッテローヨ!!…楽しみすぎてションベン漏らすなヨ!』
”んじゃ、まったネ~”
モノパンはそう言い残し、放送をまたブツリとちょん切った。
俺達は、流れきった放送の余韻の中で、気味の悪い疑問に浸されていた。
『超高校級の特待生”では無く、”超高校級の不幸”として希望ヶ峰学園に入学しタ』
…いやきっと俺だけじゃ無い、この放送に耳を傾けていた他の生徒達も同様か、それ以上の当惑に直面しているのだろう。
――――だけどすぐに、この内容と”あの手紙の内容は同じだ”と、俺は記憶を当てはめていった。
~~~~~~
『折木様へ
アナタの真の才能は“超高校級の不幸”です。
モノパンより』
~~~~~~
細部は違ったが…でも事実に間違いは無い。
念押しに何度も突きつけられるその動機。
これで俺が本当に殺人に動くと思っているのか?そう信じているのか?
何の意味があるのか…見当が付かなかった。
湧いて出てくる理解の読めないモノパンへの疑問…。
だけど見当が付かないからこそ、不気味とも言えた。
「お前は…どう思う?何か知っているか?」
試しに、近くにいた落合に聞いてみる。言うまでも無く混乱の最中だろうが、心中穏やかとは言えないおれからしたら、なり振りなんて物は無かった。
「………まぁ良いじゃ無いか。僕はこんな自由な世の中も悪くないと思うよ?うん、僕もそう思う」ジャラン
「………」
それでも、落合はギターを弾く手を止めなかった。
……コイツに聞いた俺が馬鹿だった。
俺はそう思いながら、ガックリと、吐息と共に肩を落とした。だけど、同じように、彼のブレ無さのおかげでリラックス出来たような気がした。そういう意味では最初に彼に話しを聞いたのは正解だったかも知れない。
「でも……」
「…?」
だけど、すぐにギターを止めと…そして何か今ふと思いついたと言わんばかりの短い言葉を漏らした。
「いや、これはただの夢物語。おとぎ話の域を超えている」
「…どういうことだ?」
相変わらず煮え切らない落合の言動に、イライラを見せないよう深掘りしていく。
すると…
「…朝衣さん、超高校級の情報収集能力のある彼女だったら…君の不幸について…僕のような無知な愚か者以上の何かを…知っているんじゃ無いかと…そう思っただけだよ。気にしてないでいておくれ」
「……朝衣なら、か」
確かに、超高校級のジャーナリストであれば何か知っているかも知れない。生前の間際だけでなく、ここに閉じ込められる以前にも彼女は希望ヶ峰学園について綿密な情報収集をしていた。
だとしたら…落合の言うとおり、俺の動機について何か掴んでいたかも知れない。
もっと長く、もっと近くにいてくれたら…そう悔やまずにはいられなかった。
「ああ、それともう1つ、彼女の話をしたおかげで…思い出してしまった物語があったよ」
「…さっきの嘘くさい作り話ならもう良いぞ?」
「いいや、そんなちゃちな物語じゃ無いさ。君の不幸とは交わらないかもしれないけど…でも同じかも知れないそんな不思議な物語を」
「…ちゃちって、自分で言うのか」
だけど、俺に才能に関することかも知れない、という部分には気になった。俺は詳しく聞きたいと、落合の話に耳を寄せた。
「…彼女は、朝衣さんは…1人草原のベンチに腰掛けながら、僕に気付かず、こう呟いたんだ。”…私が収集した情報と、ズレのある生徒がいる”…何てね」
「…ズレ?」
「僕に気付き、そして驚き飛び跳ねた彼女は…すぐに何処かに行ってしまったよ。それはつまり、僕はそう呟いたのを聞いただけ。後は野となれ山となれ…いや空に消えてしまったのさ」
「………」
”…貴方以外に1人…肩書きがよく分からない――――”
確かに、彼女と俺はここに来て最初に行った運動会で、落合が聞いた言葉と似たような事を、言っていた…。
もしかして、その事を差しているのだろうか?
だとしたら…それは別の問題。俺と関係があるのかは疑問だが…全く違う不安の種とも言える。
”超高校級の特待生”
超高校級の朝衣ですら掴みきれない…俺の才能。そしてモノパンが真の才能と言って聞かない”超高校級の不幸”。
そして、落合の聞いた――――”ズレのある才能を持つ生徒”
グルグルと、出口の無い丸い迷路を回り続けているような。揺れ続ける船の中で、永遠に終わらない航路に出ているような。目が回る気持ち悪さがあった。
それでも、俺がもう思う以上に、この謎は混迷を極めているていること、そして複雑に入り組んでいることだけは、間違い無かった。
……もう一度、朝衣と話せたなら…このときほど、俺はそんなイフを願ったことは無かった。
* * *
【エリア4:ホテルペンタゴン『食堂』】
――――PM.8:00
モノパンの放送が流れてから8時間が経った、夕下がり。
俺は食堂にて、珍しくキッチンに立っていた。今夜は小早川では無く、俺が食事当番だったからだ。
丁度、料理が作り終わり、それを早めにやってきた古家に食べさせていた。
「うーん、やっぱり薄いんだよねぇ」モグモグ
…だのに、作って貰った分際でこの言いようである。不味いでも、上手いでもなく…薄いと。俺はその何にも包んでいない言いようにピクピクと、頬を引きつらせた。
「…コレが俺の適正濃度だ」
「う~んそうなのかねぇ。もうちと塩を多めに振って欲しいんだよねぇ…なんか病院食食ってるみたいなんだよねぇ」
「…そこまで言うか」
折角この施設での最後の晩餐だと言うのに…まさかここまで薄いと言われるとは…。親しき仲にも礼儀ありと言う言葉を知らないのかと指を突きつけたくなる。
「……はぁ」
「えっ…そんなに薄いの気にしたのかねぇ…申し訳ないんだよねぇ、ちょい言い過ぎたんだよねぇ…」
「ああ…いやそういうんじゃない…。まぁそれもちょっと考えたが…ただ、”今日の動機”について、考えててな」
「成程ねぇ……確かに奇妙な内容だったよねぇ。…もう奇妙すぎてあのあとすぐに電話もしてたものねぇ」
動機発表が行われてすぐ、俺は落合を含んだ全ての生徒に才能について聞いて回った。特に、嘘は別についていない…自分でもよく分からない…そう強調しながら。
そして、放送から1時間も経たない内に、定期連絡の時間では無い電話が鳴った。内容は勿論、動機について。
だけど俺は、何も覚えが無いと言い切った。逆に、何か知っているかと、聞いてみた。
『残念ながら、ボクも含めた全員も分からない…とのことさ』
そんな質問も空しく、先んじてこのことを伝えていたニコラスだけでなく、生徒全員に分からないと言われた。
まるで情報に突っぱねられているような。
お前には知る権利が無いと、そっぽを向かれているような。
意図的に、俺にだけ情報がシャットアウトされているような。
俺自身が最も知りたいことのはずなのに…思うように先に進めない、究極なまでに行き詰まってしまxっつあのだ。
…俺はもう一度、はぁと、ため息を吐いた。
「……あー、あー……………そーいえば…折木君?」
「…ん?」
「今日の、それもついさっきのことなんだけど…あんた、”外に何か用事”でもあったのかねぇ?」
「………は?」
俺の不調を察してなのか、古家は話題を変えるようにそう言った。だけど、その質問に対してもイマイチ要領を得なかったため、顔をしかめてしまう。
「ちょ、ちょっと待て、何の話をしてるんだ?」
「えっ、えーと…うーん、30分くらい前の話なんだけど。外に、ねぇ、ほら、このエリアの入口にかけてあった黄色いジャンパーを着込んでた人がいたから、ねぇ。てっきり折木君が外で何か散歩か用事でも済ませてんのかと、思ってねぇ…」
「……ん?どういうことだ?」
「あれ?…何かちぐはぐになっちまっているねぇ。……じゃああれは折木君じゃなかったって…ことなのかねぇ?」
古家自身も混乱するようにしどろもどろになっている。俺も同様に情報の錯誤の所為で、脳内にてグルグルと疑問を回していた。
「少し落ち着こう。聞いてみるんだが……その外にいたヤツの、顔は見たのか?」
「いんや…フード被ってたから…顔がよくわかんなくてねぇ」
「ああ、だから俺に聞いてきたのか…だとしたら、俺は知らん。外には一歩も出ていない」
「あー、そうなのかねぇ。…でも見たのは本当なんだけどねぇ」
「…何処で見たんだ?」
「ええと、”個室の窓”でなんだよねぇ」
…てことはホテルの外周にいた、と言うことか。ますます俺じゃ無いな。
「…小早川じゃないか?あいつもジャンパー持ってきてたろ?」
落合と風切は持ってきてなかったはずだし。俺もココに来てから一度もジャンパーを着てない。だとしたら、必然的に、彼女以外居ない。
「かもしれないねぇ……?」
何となく納得していないように納得する古家。
すると…。
「…もう料理できてたんだ」
眠たげな目をこすりながら風切がやってくる。言うまでも無く、昼寝の後と見えた。
「ああ、できたてだから早く食べてくれ」
「…じゃあ遠慮無く…頂きまーす………薄」
「おい…」
口にした瞬間のコンマ数秒で同じ事を言われた…。
金輪際作らんという不満と…もう一度作って見返してやりたい気持ちが相反するようだった。
「はぁ……まぁ良いか。…風切、お前、ココ数十分の間に黄色いジャンパーを着たヤツとか見たか?」
「……?見てない。数十分どころか今日一日見たこと無い」
即答される。古家は”あれ~あたしの見間違いだったのかねぇ?”と疑問を生やした頭を掻く。
何とも人騒がせな、と呆れていると…。
「いや、それは決して偽りの光景では無かったと…そう断言出来る。僕は今、そう思っているよ」
「…落合」
すると、娯楽室側の廊下から落合が入ってくる。さっきまで詩でも歌っていたのか。ギターを弾きながらの登場であった。
「詳しく聞かせてくれ」
「…とある夕暮れ時、僕は自分の個室の中で僕自身に問うていた。何故、人は旅をするのか、とね」
「……長くなりそう」
風切の言う通り、しくった、と思ってしまった。
「そして、そんな折り…自室の窓を横切る、金色の外套を纏ったなにがしを…僕の瞳は捉えた」
「やっぱり居たんだねぇ!!あたしの記憶に違いは無かったんだねぇ!しかも個室の窓!!同じ場所なんだよねぇ!!」
「だけど、その名も知らぬ人物の表情は影に隠されていた。君が誰で、どんな人間なのか…それすらも僕は理解することはできなかった。……何て空しい人生なんだろうね」
「…悟るの早すぎ」
だけど、落合もまた目撃していたという事は間違いなさそうだった。時間も聞いてみると、確かにドンピシャで、奇妙な存在がより明確になっていくようだった。
…だとしたら……やはり小早川?
「今晩はです!!皆さん!!」
また落合とは別の、医務室側の廊下から溌剌とした勢いで出てきたのは、俺の思案の中に居た小早川。グッドタイミングであった。
「あ!折木さん!作っていただいてありがとうございます!!」
「熱いうちに食べてくれ」
「はい!!頂きます!!……………」
「…薄いんだな」
微妙な表情とすぐに置かれたお箸に、彼女が何が言いたいのか察してしまった。
料理の旨い彼女にそんな表情をされたら、流石にお手上げ、かつショック……今度はもう少し調味料の分量を増やしてみようと、密かに決意した。
「…あの、折木さん、古家さん…少しお聞きしたいのですが」
すると、小早川は小さく手を挙げながら話しかけてくる。此方も聞きたいことがあったために丁度良いと言えた。
「…?何だ」
「どうしたのかねぇ?」
「あの…お二人は、”今日外に出られてましたか?”あの――――”じゃんぱー”なるものを着て」
――――そんな彼女のひょんな言葉に、俺達は…え?、としばし制止してしまった。
「えっ?えっ?…私何か言ってしまいましたか?」
たわいも無い事を聞いたはずなのに、と小早川は慌てたように周りを見回す。急に俺達が無言になったのだから、当然の反応であった。
「……いや、あたしもそのジャンパーを着た誰かを見たんだよねぇ」
「そ、そうでしたか……じゃあ古家さんじゃないとしたら…折木さん、ですか?」
「…俺でも無い」
否定に次ぐ否定、そんな俺達の返答を聞いた小早川は…”何か”を、察してはいけない何かに気付いたように…顔を青くし、口元を抑えた。
「…俺でも、古家でも……小早川でも、外には出ていない」
と、すると…………。
「――――――――――誰かが、いる?私達以外の人が?こっち側に」
風切の言葉を聞いた瞬間、ぞわりと、悪寒が走った。
何か得たいの知れないものが這い寄ってきたのに、気付かなかったことに気付いたような。
内側の大部分がウィルスに犯されていることに気付いたような。
そんな極寒の悪寒が、ビリビリと走り続けていた。
コチコチと、時計の音だけが流れる沈黙が走る。今までに無い、恐ろしさに満ちた沈黙だった。
「ど、どど、どういうことなのかねぇ!?ここって絶海の孤島的な場所のはずじゃ…あたしたち以外に人がいるなんて可笑しすぎるんだよねぇ!!」
口火を切ったのは古家だった。余りにも真っ当な意見に俺達は、とにかく落ち着けずとも、落ち着いて思慮を深めていった。
「………橋はもう直ってるの?」
「いや、明日の朝に直った橋がかけられる予定だ」
「だったら、向こうの世界に身を置く彼らという可能性は、余りにも低い、かもね」ジャラン
コロシアイに関して以外はモノパンは正直だ。それに加えて、一つの移動手段とも言えるモノパンワイヤーが直ったなんてことも聞いていない…だから、こちら側への移動手段は今のところないハズ。
「だとしたら余計に可笑しいんだよねぇ!?」
「…そのモノパンがジャンパーを着てたのを見たとかは?」
「い、いいえ私が見たのは人間サイズでした…モノパンの体格とは似ても似つかないような…」
「彼女の言葉と僕の言葉は実に似ているよ。だから。あえて言わせて貰うよ…僕も今、そう言おうとおもっていた…とね」ジャララン
「……お願いだからまともに同意して」
確かに、実際に見た彼らが言うのだとしたら…モノパンの可能性も無い。俺は手にジワリと滲む手汗を握りしめながら、思案を重ねる。
「…考えられると…したら」
消去法で様々な可能性を潰していく中で…俺は1つ、また背筋に氷を入れられるような”可能性”が頭をよぎった。
「…――――”黒幕”」
「く、黒幕ぅ!!??」
余りにも突然の可能性に、古家は大声を上げた。他の生徒達も、彼に隠れてしまっていたが驚きを表情に露わにしていた。
確かに、信じられない程突飛な発想ではある…俺でさえ今もそう思ってる…だけど。
「あの不審者が俺達でも、崖の向こう側の奴らでも無いのなら……」
「……た、確かにモノパンは、遠隔で操作されているとは聞いてたけど」
モノパンを操作している…少なくとも人間サイズの誰か。
それにモノパンがどこからでも出現する行動の数々を見てみると、黒幕であればこの施設の出入りなんて余裕。
つまり…黒幕かもしれない誰かが、この周辺にをうろついている可能性が高い、ということになる。…今更姿を表わした理由を聞かれると苦しいが。
「…その可能性なら人間サイズに見えたことにも説明が付く……」
「え、ええ~、でも唐突すぎてイマイチ飲み込みきれないんだよねぇ」
「でもいるんだから、誰かがいるのは間違いない、間違い無いのなら黒幕の可能性が高い。それは古家達が言ったこと」
「い、いや後者は折木君が言ったことなんだけどねぇ」
「細かい事はどうでも良い………問題なのはそれが本当なら…今が”チャンス”だってこと」
「ちゃ…チャンスって…どういうことなのねぇ?」
「そ、そうですよね!!千載なんたらの”ちゃんす”です!!黒幕という輩をとっ捕まえる!!」
小早川と風切は、そう言って立ち上がった。いきり立つ彼女達に、古家は慌てたように呼び止める。
「…えっ、ど、どうするつもりなのかねぇ?」
「…今梓葉が言ったとおり、その黒幕を捕らえる。それ以外にない」
「え、ええええ……」
「落ち着け二人とも。確かに黒幕とは言ったが…この施設の外から来た人物の可能性もある」
「そ、そうだよねぇ!!そうなんだよねぇ!!!ほら、あたし達を助けに外部の人間が来てくれた人かも」
「…じゃあなんで私達と接触しないの?…私達は被害者なのに」
「そ、それは…分からないけど…ねぇ」
風切の強い言い返しに…古家は怯えるままで、反論できずにいた。
だけど確かに、もし救助に来た誰かであるなら、難民である俺達の周辺でコソコソする理由は無い。であれば、見つかることが不利益になってしまう誰か……つまり――――黒幕。
「でも、でもねぇ…そ、それに…こういう怪しい事は逐一報告と共有をした方が…ねぇ。だから、さ、先に電話を、ねぇ?」
そう言って、古家は黒電話に目を向ける。
「…向こうにかけても、向こう側に人が居なければ意味が無い」
「定期連絡の時間が来るまでは、このことを伝えるのは難しいな…」
そ、そうだよねぇ…と古家は消沈する。
風切の言うとおり、このことを報告するとなれば、夜の11時となってしまう。神出鬼没なそのキーマンとおぼしき不審人物が何者なのか…それを確かめる時間が無くなってしまうかも知れない。
「……私、やっぱり見てくる」
「わ、私も!!私も行って、その怪しい輩を取り押さえてきます!!この腕で!!」
「そ、そんなぁ…」
そう言って、彼女達はいそいそと廊下の方へと消えていってしまう。完全な独断先行である。怯える古家が制する間も無い程の。
「…俺達も行くか。2人だけじゃ危ない」
「…ひぇ~、ウチの女子生徒はたくましすぎるんだよねぇ。男のあたし達が恥ずかしくなるくらいにねぇ…」
「それもまた人の多様性、美しさだと思うよ」
残された俺達男子勢も同じく立ち上がる。
黒幕らしき人物を探すために、このホテルの中を改めて調べるために。
微かな、恐怖心を胸に秘めながら。俺達は食堂を中心に、突如解散となった。
* * *
【エリア4:ホテルペンタゴン『廊下』】
――――食堂にて解散してしばらくの時間が経ち…俺はホテルの廊下にて生徒達と合流していた。
「見つかったか?」
再び集結した生徒達を見回しながらそう聞いてみるが、誰からも色よい返事は無かった。
「…食堂以外の全部の部屋を探したみたんだけど…ねぇ?」
「…ランドリーにも、中庭にも、医務室にも、娯楽室にも、フロントにも……どこにも居なかった」
「個室や、外は?」
「空いてる部屋は全部見てみましたけど…」
「…白銀舞い散るこの密空間。気配、残像、痕跡…それすらも僕の瞳は捉えることは出来なかったよ」ジャララン
中にも、外にも…どこにも居ない。今まで目撃談はいくつもあったはずなのに、霧のように存在を掴みきれない。やはり、食堂で話し合った時点で…いなくなってしまったのだろうか?
「…やっぱり…もう、どっか行っちまったんじゃないかねぇ?これだけ探しても見つからないわけだしねぇ」
「…どこって…どこ?」
「うう~ん、そう言われると困っちまうんだよねぇ。そもそもどこから侵入したのかも分からないわけだしねぇ」
小さな言い合いからピリピリした雰囲気が流れる。このまま捜索を打ち切るか…だけどここで切り上げるのも、歯切れが悪い…そんな雰囲気でもあった。
「……もう少し、粘ってみるか。だけど、タイムリミットを設けよう…定期連絡のある11時まで。11時になったら”食堂”に集合しよう」
「向こう岸のあの子達にも報告しなきゃならないからねぇ!」
「そ、そうですね!!そうしましょう!!」
渋々半分、安堵半分と言ったように生徒達は頷いていく。
「分かっていると思うが…くれぐれも冷静に。黒幕か、外部の者かは分からないが、不審者に変わりは無いんだからな」
「そ、そうだねぇ…冷静に、冷静にねぇ。それと皆ちゃんと武装をしておくと良いんだよねぇ…その不審者とやらが丸腰だって確証もないわけだからねぇ」
「大丈夫です!!私には反町さんから教わった喧嘩殺法があります!!」
「私には相棒が居る」ジャキン
「僕の友を、忘れては困るよ」ジャラララン
「…お前のはギターだろ、どうやって応戦するんだ」
「まずは友の身を振るう他ないだろうね」
「お友達が身を削る羽目になってるんだよねぇ…!?」
……つまりほぼ丸腰なのは古家と俺…後は実質素手の小早川だけということか。…結構危ない気もするな。
「…とにかく、もし見つけても1人で対処しようとはするなよ。1人で捕まえるよりも、2人で捕まえた方が何倍も安全だ」
「では、その不審者様と鉢合わせてしまったら」
「すぐに大声を上げてくれ…この施設は個室以外は防音加工はされてなかったはずだからな」
そう言って、俺は、コンコンとホテルの壁を叩く。
「…分かった」
「善処する…かな。僕の生涯に記される心がけの1つとして」
「本当に分かってんだろうな…」
どうにも心配な返事である。
ともかく、ソロプレーに走るな、俺は念入りに全員にそう言い聞かせた。…何も言わなかったその一瞬が、一生の後悔になってしまいそうだったから。
「じゃあそういうことで、ねぇ。あたしはもう1度個室の中を調べてみるんだよねぇ」
「僕は…入口側に旅路を移してみようかな?」
「…食堂側を見てみる」
「私はランドリーに行ってきます!」
「…じゃあ、俺は残った中庭か」
それぞれの探す位置を決め、俺達は落ち着く間もなく散会していった。どうか、何事も無く、全員無事でありますように…俺はそう祈りながら、外へと移動していった。
* * *
【エリア4:ホテルペンタゴン『庭園』】
――――――見つからない。
どこにも、居ない。
黄色いジャンパーを着た、顔を隠した不審者なんて。どこにも。
ここで隠れられそうな場所は全て探した。
林の裏、木の上、岩の陰。
それらのどこにも、不審者の姿は無かった。
しんしんと大雪が降り続ける中庭に立ちながら、シトシトと雪が小さく頭に降り積もらせ、黒一色の上を向く。
…少し雪の降りが強くなってきた気がする。
俺は勘弁してくれよと、一息つく。白く、濃い色の息が呼吸の度に立ち上る。
「寒…」
さらには、全身という全身、内蔵を含めた何もかもが凍てついてしまいそうな程、ココは寒かった。
一体、エリアはマイナス何度を示しているのだろう。白い息も、数秒もすれば塊となって下に落ちてしまうのではないかと思わせる様な、酷い寒さがあった。
…少なくとも、マイナス2度、3度の世界では無い、二桁は確実にいっている。
気付くと、髪も、眉毛も、束になって身を寄せ合い、固まっていた。触ると、パラパラと小さな氷が落ちていく。
両手で自分自身の体を包み込む。気休めのような寒さの対策だ。
…こんなんだったら上着を着てくれば良かった。
俺は細やかな後悔を心で綴った。
「……はぁ…戻るか」
天気が悪くなってきたから、それに反比例するように増す寒さから逃げ出しかったから、俺は早々に捜索を打ち切ろうとしていた。
これだけ居ないのなら……多分他も同じ成果だろう。
寒さの所為なのか、えらくネガティブにそう考えてしまう。
だって、俺は実際にその不審者を目撃していないのだから…もしかしたら、本当に彼らの見間違いの可能性だってあるのだから。
だから早く食堂で暖まりたいので、戻ろう。…恐らくこっちの方が本心なのだろうが…とにかくそう思い食堂側へと体を翻したのだ。
そう、振り返ったのだ。何の気まぐれでも無く、そうしたいと思い、フロント側に背を向けたのだ。
誰もいない、誰の気配も無い出入り口に、背を向けたんだ。
俺は…。
おれ、は…
……………
「ミツケタ」
そう、声が聞こえた気がした。
実際に声が聞こえたワケじゃ無く、そんな気がした。
だから俺は、振り向いた。フロント側の、”ホテルの入口”がある方に。
そこには…――――――”立っていた”。
見たと、居たと、何処かに居ると、そう言われ続けていた――――誰かが。
黄色いジャンパーのフードを被った――――誰かが。
降りしきる粉雪がその像をぼやけさせていたが。
確実に立っていた。
その姿を見た俺は、何かをするべきだった。
大声を上げたり、逃げたり、とにかく行動をするべきだった。
でも――――――何も出来なかった。
大声を上げる余裕なんて無かった。
逃げる余裕なんて無かった。
動けなかった。
俺は、動けなかったのだ。
目の前から――――”向けられていたから”
――――”銃口”が向けられていたから
――――”小さな拳銃”が、向けられていたから
――――尋常では無い殺意が…俺に向けられていたから
瞬間、寒さなんて忘れ去ってしまうくらいの恐怖が、俺の身をがんじがらめに縛り上げた。
そんな絶望的な恐怖を前に…俺は目を、大きく見開くことしかできなかった。
――――何も、できなかった。
――――何も、させてくれなかった。
だから、だから…
――――パンッ、と響く音に俺は動くことすらもできなかった
誰かが、俺の名を呼んだ気がした。
………
………………
…………………
――――――俺の体と”黒い影”が重なった
ショッキングピンクの血が、ドパッと降りかかった
自分の頬や、服、手に、はじけたように飛び散った。
生ぬるい水のような、今まで息づいていたと分かる熱さが体を覆った。
「………」
”黒い影”が、倒れるのが見えた。
俺は、僅かに残った反射神経で、その体を支えた。
人の重み、生命の重みが震えた手にのしかかる。
ドクドクと、生々しく体内に残された血液が、”穴”から垂れていく。
じわりじわりと、地面の雪に血が広がっていく。
「――――――――――」
血は止まらなかった。だけど――――――生命の鼓動は、止まっていた。
生きた心地なんて、何処にも無かった。
――――”即死”だった。
別れの言葉も、お礼の言葉も言えぬ間に…。
黒い影は…生命を絶やしていた。
打ち出された弾丸が”脳”を…貫いて。
「………ああ」
震えた声が漏れた。それは決して寒さの所為ではなかった。
「………」
知ってしまった声だった。震えるくらい怖い現実を知ってしまった声だった。
認識してしまった。
理解してしまった。
悟ってしまった。
生命の重みが一瞬で、軽々しく消えていく現実を。
"いつ、永遠にお別れになってしまうかも分からない"
そんな言葉が、走馬灯のように蘇った。
残酷すぎるほど突然に、それはやってきた。
現実として。事実として。
――――――――目の前に
”見開いた目”と俺の目が交差する。
生命なんて色など無い、虚ろな瞳と交差する。
――――――超高校級のオカルトマニア、”古家 新坐ヱ門”の虚ろな瞳と。
『生き残りメンバー:残り9人』
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