ダンガンロンパ・リバイバル ~みんなのコロシアイ宿泊研修~ 作:水鳥ばんちょ
【エリア1:ログハウスエリア『小早川梓葉の部屋』】
「………」
華道家の朝はとても早いのです。
まだ紫色の日光が窓から差し込み、誰もが未だ寝静まっている時間。私は目の前に置かれた器と対面し、花を生け、枝を切っていきます。
これは師匠から基礎を叩き込まれ、免許皆伝をいただいて以降もずっとつづけてきた、俗に言う朝の”るーてぃん”というです。この施設に閉じ込められてから今日にいたるまで、毎日1つ、また1つと作品をこのように生み出してきました。
毎日作品を生み出すおかげで、部屋の一角を生け終えた花々が占領してしまうのは小さな悩みだったりします。
「……ふぅ。よし!」
一連の動作を全て終え、私は一息つきます。そして身支度を整え、忙しない様子で外へと繰り出していきます。行く先は炊事場ではなくグラウンド。もう1つの"るーてぃん”をするために。
* * *
【エリア1:グラウンドエリア】
「ふっ!はぁっ!!」
運動場へ着くやいなや、私は体全体を使い、人を投げるような、あるいは拳を叩き込むような素振りをします。これもまた"もう1人の師匠”から教えていただいた基礎の基礎です。
「……っ!!」
イメージの中で仮想の敵を作り出し、襲われたという想定で体を動かしていきます。普段でしたら、お師匠が敵役としてお稽古を付けていただけるのですが…今回は1人で行っていきます。
「……ふぅっ!」
本当でしたら、そのもう1人お師匠様からも免許皆伝をいただきたかったんです。そして一人前の相手として、組み手していただきたかったんです。
「………」
ですが結局いただけず、その方は遠くの…私の知らないどこかへと弟子1人を残して行ってしまいました。一生、認められることはなくなってしまったのです。
「………はっ!」
…いけません、これはいけません。今は修練中の身なのですから、心は無にすべきです。全ての動作1つ1つに神経を集中させるべきなんです。雑念を抱いてはいけないのです。そうしないと、きっとあの方から…"反町さん"から活を入れられてしまいますから。
「人は目指すことに執着する生き物なのさ。目指し、定め、執着し、達成しようと己を磨き続ける。例えいかなる障害物が入ってこようとその行動を止めることは決して無い」
修練の最中、背後からそんな長ったらしい言葉が聞こえました。振り返ると、まるで眠っているように静かに歩く落合さんがいらっしゃいました。
「落合さん!」
「…私もいる」
「風切さんも、おはようございます!」
私は汗を流す額を拭い、私はお2人に頭を下げます。
こうやって私が毎朝の修練に勤しんでいる時、決まって落合さんはいらっしゃいます。ほぼ毎回欠かさずいらっしゃるので、落合さんにとって、ここは心地よい場所なんだろうかと思います。今日は風切さんも同伴のようですが。
「今日はお二人なんですね!」
「だけど目指すことそのものに決して意味はない。目指す過程こそが肝要なのさ。それが1人だろうと、2人だろうと変わりはしないのさ」ジャラン
「…うん。…つまりそういうこと」
「………?」
申し訳ありませんが、いったいどういうことなのか見当がつきませんでした。思わず首を傾げてしまいましたが、愛想笑いだけはできていたと思います。
「そして今この瞬間、通過点とも言うべき過程で君は心をさらに強くしようと努力している。それは1つの目指すことの意義とも言えるね」ジャラララン
「……えっと、え?」
「…今日は一段と精が出てる、って言ってる」
「あ、はい!!今日は何だか調子が良かったので、いつもより一段と精を出してみました!ありがとうございます!!」
いつの間にか風切さんが通訳のようになっていることに驚きましたが、そこは置いておくとして。本当は何かをしていないと余計なことを考えてしまうから、いつもより威勢良く体を動かしていた…というのは心配をかけてしまいそうだったので言いませんでした。
「しかし努力とは、時に心への酷似にもなり、負担にもなる。人は落ち着くことで生を円滑に導いていくのさ」
「……でも無理しないで、って言ってる」
「………うぅ」
と、心配をかけまいと強がってみたのは良いのですが…そんなのはお見通しという口ぶりに思えました。私の言葉の理解力の無さと、結局心配をかけてしまっていること、2重の意味で不甲斐なさを感じてしまいます。
「と、ところで!!昨日お二人でお出かけされていらっしゃいましたよね。どちらの方へ?」
少々気まずく思ったので、昨日の事を聞いてみました。お二人で何処かへと向かわれていたのを見かけていたので、気になっていたんですよね。
「……かつて吹雪に見舞われた極寒の地。第三の試練を乗り越えたどり着いたあの場所は僕たちは風に導かれた」ジャラン
「…エリア4に行ってたの」
「エリア4?」
「弦をかき鳴らすは鎮魂歌。友が居たはずの世界の中心にて、僕は祈り続けたのさ」
「……新坐ヱ門のにお参りに行ってた。新坐ヱ門の魂がちゃんと成仏できるように隼人は歌いに行ってた。私はそれを聞いてただけ」
「古家さんの…。そうだったんですね」
考えまいと、考えたくないと思ってもずっと頭の中に残り続けるあの事件が蘇ります。
古家さんが頭を貫かれ体を横たわらせる姿、反町さんが狂いながら串刺しにされたあの場面、コレまでの事件と同様、今もハッキリと記憶に残っています。思わず、顔をゆがめてしまいます。
「姿は見えずとも、声は聞けずとも、心で人は繋がり続ける。その繋がりは感情さえも伝えてくれる。たとえまやかしだとしても、僕の感情は安らぎを感じとったよ」
「…歌の調子は良かったから、きっと心安らかに成仏してくれたと思うって。……うん確かに、私も聞いてて凄く心地よかったから、多分伝わったと思う」
「だと…嬉しいですね。私もそう思います」
「しかしただ一人のためだけじゃない。たとえ過ちを犯したとしても、人の死は平等なのさ。かき鳴らした鎮魂歌はまたもう一人のためにある」
「……?」
「…姉御のためにも歌った、って」
「……反町さんのために………ありがとうございます」
決して許される事のできない殺人を犯してしまった反町さんも弔ってくださるなんて。友達として、頭が上がりませんでした。私自身その事実を未だに受け入れられず、あの場所に再び赴くことができないことも合わさって、尚更。
「お二人は、強いんですね。私はまだ、こうやって何かをして、今までのことを忘れる事にしか執心できません」
「強さとは人の数だけ存在するのさ。それは誰にとっても、誰かにとって、取って代わることできないもの。君の強さには君なりの立ち上がる瞬間がある。焦る事なんてない」
「これは……訳さなくてもわかる?」
「…はい。何となく」
風切さんの言うように、落合さんなりに励ましてくれているのは分かりました。遠回しながらも感じられるそのお気遣いに心に染みました。
「…それに私もまだ受け止め切れてるわけじゃない。ていうか受け止めきれてる人の方がきっと少ない。私は隼人が側で声をかけてくれるから、何とか頑張れてるだけ」
「声は力であり、詩は夢であり、歌は心である…それを君にただひたすら送り続けているだけさ」
「……うん、ありがとう隼人」
「………」
うーんやっぱり、分かるようで分かりません。たった一言二言でお二人の世界に入れるのはとても凄いことなのですが、外野からしてみれば困惑をしてしまいます。でもお2人の間で”こみゅにけーしょん”が取れているなら、何も問題ないのかとも思いました。
「……」
「…梓葉?どうかしたの?」
「気持ちは整理するためにある。何かを思い、何かを発し、何かを受け止める。気持ちは心の下地なのさ」ジャラン
はい、落合さんの言うとおり…私は少々考え事をしていました。昨日あえて話さなかった"あの事”について…今なら、聞けるのかと思ったんです。
「あの、昨日あえて触れていませんでしたが、"折木さん”のことは、お二人はどうお考えですか?」
私は意を決して2人にお尋ねしました。どうしても、折木さんのことをどう思っているのか、この場での気持ちが知りたくて。想像通り、その質問を聞いてお2人が顔を曇らせるのが分かりました。
「答えはどこにもなく、天災に答えはない。僕達はただ運命を受け入れる他に何もすることはできない」
「…まだ受け止めきれてないから何も言えないって……私も、まだ追いつけてないから、様子見中」
「そう、ですか…」
答えられない。私と殆ど同じ意見でした。でも少しだけ、折木さんへの疑いのような、信頼が揺らいでいるようにも感じました。言葉で分からずとも、お2人の表情に触れてそう思いました。
「だけど時に、不動とも言える運命は、己自身の手でほんの少しだけでも動かすことは可能なのさ。天災も同様。答えは無くとも、答えを少しだけ変えることは可能かも知れない」
「……?」
「……えと」
「風切さん?」
初めて風切さんが歯切れの悪そうな表情をしたことに、違和感を覚えました。落合さんが何か変な事でも仰ったのかと、首を傾げました。
「……自分が行動を起こせばきっと、何か、良いことが…」
「違う」
訳そうとした風切さんを遮る落合さん。見ると、普段の穏やかな面とは違う、険しい表情をされているのが分かりました。その様子に、怖いとさえ感じました。
「……うう」
「僕は、折木くん自身に、自分自身の正体について導いて欲しいと思っている。部屋の中で閉じこもらず、その両足で進み、その両手で真実を掴んで欲しいとも」
ようやくちゃんと私でも意味の分かるような言葉を紡いでくれているように思いました。話せるなら最初っからしてほしかったというのは内緒です。でも内容を聞いてみるに、突き放すような、試しているかのような口ぶりに思えました。
「そして導いた答えを、彼の口から、彼の言葉で聞きたいんだよ」
”だけどもし”、そう言葉を繋げます。落合さんが何を言おうとしてるのか、何も想像が付きません。でも悪い予感だけは感じられました。
「たどり着いたその果てに、彼の奥底に天災としての本性を隠されていたのなら――――――――僕は、きっと黙ってはいられない」
「……」
「友達としての関係を捨ててでも、真っ向から、対峙させてもらうよ」
その言葉はある種、敵対とも取れる言い方の様に思えました。折木さんが自分自身で答えを導き出した末に、天災としての一面がその裏に隠されているのならタダでは済まさないと。…心をギリギリと絞められるようでした。
「そう、ですか…はい、お答いただいて本当にありがとうございます」
「……梓葉、気にしないで。隼人も悪気があっていってるわけじゃない」
「いいえ!いいえ!答えづらいことをお聞きしてしまったの私の方ですし、正直に心の内を答えていただけただけで満足です!」
悪気があって言っているワケじゃないのは分かります。だけど珍しく落合さんがあからさまに不機嫌な様子を見せているので、やはり折木さんの事を聞くのは悪手だったのでしょうか。私は小さな後悔の念を抱きます。
「その…私今から朝ごはんの準備をしてきますね!では!待ってますね!」
私は逃げるように炊事場エリアを出ていきました。
…小さな後悔はありましたが、お2人の心の内を正直に聞くことができたことは良かったと思いました。何も知らない後悔よりも。少しでも知っていた方がずっと後悔しなくて済むのですから。
『アンタの事を殺したくて仕方無かったんだよ!』
親友の心の内を聞いておけば良かったなんて、そんな後悔、二度としたくないですから。
* * *
【エリア1:炊事場エリア】
「……」カチャカチャ
運動場での用事を終えると、私は早々と炊事場にて朝餉の準備に取りかかります。
日を追う毎に少なくなっていく人数の関係で、この施設に連れて来られてすぐに作った食事の当番表も、今ではあってないようなものに成り下がってしまいました。現在残っている方々は料理の腕に問題があったり、協力的ではなかったりするので、食事は全て私が担当する羽目に。
…いえ。厳密には私が昨日自分が全てやると宣言したんです。
今朝と同じです。今までの事を少しでも忘れるために、今は心を手に集中して、作ることに集中するべき時なんです。
「……」
ですがこんな、食器を並べる音や、フライパンの上で焼かれるベーコンの音だけが流れるような静かな朝なので、どうしても考えてしまいます。…ああここに反町さんがいらっしゃれば、楽しくお話でもしながら準備が出来たのかもしれない、なんて。
「はぁ……」
思わずため息が漏れてしまいます。居て欲しくない気持ちを吐き出したはずなのに、晴れることはありません。むしろもっと増えてしまったようなそんな気がして、またため息が漏れてしまいそうになります。
「はっ!いけません、いけません」
気付かないうちに、思考が変な方向に偏ってしまっていたようです。こういう思考に陥らないために、食事を全般的に引き受けたんです。自分の好きなことに没頭すれば、今までのことを少しの間だけでも忘れられますから。
「小早川、さん、おはよう」
「おはようです」
「あっ、雲居さん、それに贄波さんも。おはようございます!」
そう悶々としている間に、雲居さん、そして贄波さんがいらっしゃってくださいました。じわじわと”まいなす”思考に陥りそうになっていたのです、”ぐっどたいみんぐ”と思いました。私はテキパキとお二人に朝ご飯をお配りします。
「いただき、ます。おいしい、ね」モグモグ
「早すぎですよ。食前の挨拶と感想の間隔が一ミリもなかったですよ。いつの間に口に含んでたんですか」
私が見たところ、掴む手から残像とおぼしきモノが見えた気がします。私でなければ見逃していたかも知れません。
「でも…贄波の言うとおりですね。今日も美味しいです」
「いえいえ、それほどではありません」
「謙遜しなくても良いですよ。炊事を小早川が引き受けてくれてこっちは助かってるんですから。あたしや他の連中だとここまで美味しさの質は維持できないですからね」
「ふふ、ありがとうございます。そう言っていただけるのはこれからの活力になります」
「……私の、料理、は?」
「あんたは問題外ですよ。………いやなんでえっ?嘘、って顔してるんですか。気付いてないことに寒気がしたんですけど」
「私は、自分の料理、とっても、美味しいと、思ってたん、だけど…」
「ええ……」
それは贄波さんの胃袋が人間レベルを遙かに超えているから言えることかと思います。初めて贄波さんの料理と対面した時は夢か何かだと思いました。我ながらよく胃に収めたと思います。
「それにしても、時間になっても来てるのは私たちだけですか」
「……はい。いつもだったら雨竜さんや落合さん、風切さんがいらっしゃってくださるんですけど」
落合さん達とは先ほどお会いしたんですが、少々機嫌を損ねてしまいましたので、恐らく遅めにいらっしゃるのかと思います。
「落合達は分からないですけど、雨竜は多分寝不足ですよ。昨日も夜遅くまで図書館で勉強してたみたいですから」
「あっ、そうなんですね!学生の本分はお勉強ですから!!良いことだと思います!!」
「そういうあんたはどうなんですか?」
「もも、勿論励んでおりますとも!!ただ結果が伴わないだけです!!」
「……頑張ってはいるんですね」
「そんな可哀想な人を見る目を向けないでください!!」
興味がないからとか、モチベーションが続かないとか、そういう問題では無く、ただ容量が悪いだけなんです!悪いとするなら、難しい問題を作る方が悪いんです!
「でも、勉強が凄いできる人、よりも、料理の上手な人、の方が、私は凄いと思う、けど」
「それはあんたが大食らいだからですよ。まあでもこれだけ上手いのは、確かに尊敬するレベルですね」
「え?え?え?そうですか?もぉ~~そんなに褒めたって何も出てきませんよ~?」
「わっかりやすいヤツですね。チョロいとも言い換えられるです」
「わざわざ変な風に言い換えないでください!!」
せっかく褒められて嬉しかったのに…と思わず頬を膨らませてしまいます。でも今日のお昼とお夕飯は、贄波さん達の分だけ少し多めに量をお出ししようかと思っていたりします。
「ふぅ…ごちそう、さま」
「はい、お粗末様です」
「今日は程ほどの量ですね。調子でも悪いんですか?」
「ううん。ちょっとお腹周りが、気になって、きて…」
「イヤ、あんたの体型はどう見ても細すぎる位だと思うですけど」
「むぅ、ほんのちょっと、膨れてるん、だよ?」
とおっしゃる贄波さんですが、私も贄波さんは痩せすぎなように見えました。今まで飲んで、食べてきたものは一体どこに蓄えられているのか気になるくらいです。私は多少ふくよかな気味な体型ですが、むしろ大きい方が健康的で見栄えも良いとお師匠も仰っていたので、むしろまだ足りないくらいと思っています。
そう頭の中で一人考えていると、贄波さんは立ち上がり食器を片付け始めます。そして少し忙しない身振りで、炊事場を出て行こうとしているのが分かりました。
「動きが機敏ですね。今日はどこかに行く用事でもあるんですか?」
「久しぶりに、温泉でも、行こうかなっ、て」
「あっ!良いですね温泉。時々私も浸からせていただいてます。定期的に湯船に浸からないとどうしても体が凝ってしまいますからから」
「まっ、そんな重い塊を2つもぶら下げてたら、そう思うのも無理ないですね」
「ど、何処を見ておられるんですか!」
雲居さんが冷めた目つきで私の胸に視線を向けるものですから、とっさに庇い、セクハラです!と言いたかったんです。が…コレは女性が男性に向けての事でしたでしょうか?なんて細かい事が頭を巡ります。
「それじゃあ、ね」
と考えている内に贄波さんは手を振りながら、そそくさとこの場を離れて行ってしまいました。すると…贄波さんの姿が見えなくなってすぐに、雲居さんは突然大きなため息をつかれました。
「雲居さん?ご気分でも優れないんですか」
「小早川、いきなり聞くのもどうかと思うんですけど…良いですか?」
「…本当にどうしたんですか?雲居さんらしくないですよ」
いつもの雲居さんなら人の表情なんて伺わず、ズバズバと言ってくるのに。とても深刻そうに表情を曇らせる雲居さんに顔を見て困惑してしまいます。
「小早川は…折木のことをどう思うですか」
「……えっ?」
突然そう言われて、私は一瞬止まります。そして次の瞬間あたふたと取り乱してしまいます。
「え!!…それはその~…口で表現するには少々恥ずかしいような、なんというか」
「いやあんたの個人的恋慕の話しをしているわけじゃないんですよ」
両手を頬で覆いながら恥ずかしがる私を雲居さんは違う違うと切り替えるように促します。やっぱり私の思うようなことではなく、もっと真面目なお話のようでした。やはり誤魔化せないかと、目を伏せます。
「あいつに関係してる”天災”についてです」
「……そう、ですよね。だと思いました」
それを聞かれると、今朝の落合さんとのやりとりを思い出し、後ろ暗い気持ちになってしまいます。でもいつかは触れなくてはいけないことですし、もう少し時間を置いてから雲居さんにも私は同じ事を聞くつもりでもありました。ここは、聞く手間が省けたと思いましょう。
「私は…天災と言われても…よく分かりませんでした。折木さんについても…よく分かりません」
半分本当で、半分嘘です。天災について、私はテレビでしかその情報を知らなかったモノですから、巻き込まれた方々を気の毒に感じながらも、どこか他人事のような、ドラマの世界のような、そんな印象でした。
でも折木さんについては…本当は信じたいと思っています。惚れた弱みというのもありますが、何よりもこれ以上仲間の皆さんとの疑い合いに発展したくない、その思いが、信じたいという気持ちを後押ししてるんです。
「すみません、曖昧な答えしか言えなくて」
「別に良いですよ。よく分からないのも1つの答えです。でも、私は正直なところ折木のことは"怖い”と思ってるです」
「怖い?」
また雲居さんらしくない言葉がでてきたように思いました。他人にも自分にも厳しくて、でもどこか自分に自信を持って、堂々としている姿を見てきたものですから、雲居さんのその言葉から私は違和感と一緒に、新鮮さも感じました。
「折木は良いヤツです。今までの裁判の行動を踏まえ見てきても、それは紛れもない事実です」
その言葉に偽りは無いように思えました。今まで皆さんのために、生き残るために、心に鞭を打って議論する折木さんの姿を見てきたからこその、正直な言葉と思えました。
「でも、一昨日の裁判の後。あいつが天災であるって言われた瞬間……何故かは分からないんですけど、見る目が変わってしまったんです。フィルターみたいに、カシャンって感じで」
悲しい事ですけど、これにも偽りは感じませんでした。今までの折木さんの姿をみてきたはずなのにどうして…どう疑問に思えて仕方ありませんでした。
「……天災について私はよく知ってるです。考察された本が多く出版されてたですから、何度か読んだことがあるんです。ニコラスの言ってた事件の現場に足を運んだこともあるです。津波に巻き込まれた町々、飛行機が墜落した山岳地帯、炎上した大型デパート…まだ事件が起きて間もないのもあるですけど、目も背けたくなるくらい、酷い惨状だったです」
よく考えながら、雲居さんは自分の言葉をゆっくりと繋いでいきます。私はただその言葉に、複雑に思いながら耳を傾けるだけでした。
「天災の恐ろしさは十分理解しているです、今でもこうやって名前をだすだけでも何か災いが起きるんじゃないかって思うです」
「でも、折木さんが天災だなんて、まだ決まり切ってないじゃないですか!ただニコラスさんが、そう言っていただけで…」
「例の資料室」
「えっ?」
「新しく開放された資料室の資料に、今まで天災が引き起こしたと思われる、今までの新聞のスクラップもあったんです。そこに折木の名前も載っていたんです。確か、旅客機の事故のヤツだったと思うです」
「………」
「そんな大事故に巻き込まれたはずなのに、当の折木は何1つ覚えていないんです……まるで脳みそをイジったみたいに…覚えてないの一点張り。調べれば幾らでも情報が出てくる事件なのに、アイツはまるで触れてすらこなかったような態度で…そんなのあまりにもおかしいんです」
同じでした。落合さんと同じように、雲居さんも疑っているのだと。何か、嘘をついているのではないか、何かを隠しているのではないか。人々の心に深い影を落とすような事件に巻き込まれたことはおろか、情報すら無いことへの疑惑でした。自分のことじゃないのに、また心が絞められているような気持ちでした。
「……それにこれ、気づいてるですか?」
何のことかと思いました。首を傾げる私に、雲居さんは起動状態の電子生徒手帳をテーブルに置き、"校則"の画面を表示しました。
私は”それ”を見て驚愕しました。
[№13]超高校級の不幸である折木様を殺した場合、学級裁判後コロシアイはただちに終了いたします
「これは……!?」
ルールが、追加されていたんです。反町さんがモノパンからお聞きしていたという、ある種コロシアイの終了方法を明示する裏ルールが、知らない間に校則に追加されていたんです。
「電子生徒手帳を満足に扱えない折木を除けば、ほぼ全員気付いてるはずです」
「こんなの…こんなの酷いです!」
「酷いですよね。こんなの1人…いや殺人を犯す人間も含めれば2人ですね。それを犠牲にして、外の世界に脱出できるって言ってるようなものです」
私は酷い嫌悪感を抱きました。自分の好きな人も仲間もまた犠牲にするこのルールに。それを強制するようなコロシアイそのものに。
「……もうどうしたら良いんだろう、って感じです」
「雲居さん…」
雲居さんも同じなのだと思いました。言葉では折木さんを疑っていても、もうこんなことはあってほしくない…そんないつもの雲居さんとはかけ離れた、弱音を聞いた気がしました。
「……私、1人になったり、夜寝る前なんかに考えてしまうんです。心の中でとどめとこうと思っていたことなんですけど」
そう言い出す雲居さんに、私はイヤな感覚を覚えました。
「折木が死んだら、全部解決するんじゃないかって……ほんの少し思ってしまうんです」
「滅多なこと……滅多なこと言わないで下さい!!」
思わず声を荒げてしまいます。でも想像はついていました。だから私は嫌悪感を抱いたんです。校則で誰かが折木さんを殺そうと、思い至ってしまうのではないかと。それでもそんなことを雲居さんの口から聞きたくありませんでした。今まで否定してきた殺人を、今頃になって肯定するように傾いて欲しくなかったからです。
「……」
「雲居さん…!」
「……」
雲居さんは黙っていました。何も出来ない私には、雲居さんを呼び戻すように声を掛けることしかできませんでした。
「……悪かったです。何だか正常な判断が鈍ってみるみたいですね」
謝る雲居さんは、どこか自棄になっているように見えました。重い表情、重い動作で、雲居さんは立ち上がります。
「もう、こんな話しはしないですよ。でも今日一日、部屋で休んでるです」
強く、私に止められてもなお、何か葛藤しているような、そういう風に見えました。一抹の不安を抱えながら私は去って行く雲居さんを見届けることしか出来ませんでした。
「……」
落合さんも、雲居さんも…皆さんどうかしています。折木さんは大切な仲間なのに、今まで生き残ってきた仲間のはずなのに。誰かが犠牲になることなんて、あってはいけないんです。誰1人、欠けちゃいけないんです。
でも……そうハッキリと皆さんに、間違っていると啖呵を切れない自分のことも、とても許せませんでした。
「折木さん……」
会いたい、今この瞬間だけでもそう思えて仕方ありませんでした。
* * *
【エリア2:図書館】
雲居さんとのやりとりから暫く、色々と悩んでいる内に、お昼に近くとなってしまいました。このまま悩み続けても仕方ないので、気分でも変えて、お昼ご飯作りに取りかかろうかと思い立ちました。
「えーっと多分ここら辺にあったと思うんですけど」
折角作るのですから"ばりゅえーしょん”でも増やそうかと、前々から目に付けていた料理の本を探しに図書館にやって来たのですが…その目を付けていた本がある場所をすっかり忘れてしまい、こうやって一から探す羽目に。自分の記憶力の薄さに呆れてしまいます。
「うーん、ないですね…」
私が思うに、図書館という場所は私とすこぶる相性が悪いと思うんです。何故なのかは分かりませんが、いるだけで頭が痛くなってしまうんです。さらにちょっと難しい本を読み始めると急に催眠にかかったように瞼も落ちてしまいますし…きっと私の前世は本の波に呑まれて窒息死した司書さんに違いありません。自分自身のために、早めに決着をつけたいところです。
「あっ!ありましたありました」
頭を痛めながらもようやく見つけました。ですが少し高いですね。女性にしては背が高い方の自分が背伸びをしても手が届きません。少々手間ですが踏み台をもってくるしかなさそうです。私は仕方無いと思いながら、小さなため息を吐いていると。
「小早川よ何やら難儀しているようだなぁ…」
「ほぁぁぁ!!」
急に声をかけられたものですから。思わず飛び上がってしまいました。しかも聞くからに不審者のような声だったので、最終的に臨戦態勢の"ぽーず”を取りながら着地をしてしまいました。
「う、雨竜さん?」
「ふはははは、安心しろワタシだぁ」
背後に立っていたのは雨竜さんでした。私の反応を見てなのか、引きつった笑みを浮かべていました。毎日足繁く図書館に通い、勉学に励んでることは聞き及んでおりましたが、丁度"たいみんぐ”が重なったようです。噂通り、手元には数冊の医学本が抱えられておりました。
「す、すみません…つい体が反応してしまって」
「いや警戒することは何も悪い事じゃあない。女性の嗜みとして必要な要素なのだからな。だがその拳は仕舞っておけ、場合によってはあばらの数本を持ってかれるかもしれんぞ………ワタシのな」
「……」
私が雨竜さんのあばらを折る物騒な想像は止めて欲しかったのですが…雨竜の体格を見るに日頃鍛えているようには見えないのは分かります。確かに今の私なら持っていけるにかも、と思いました。……勿論やりませんよ?
「どうやら、その本がとれない様だな?」
「は、はい。どうにも背丈が足りず。はしごでも持ってこようかと思っていた次第で」
「そうか。ならとってやる、本を持っていろ」
「あ、はい」
私に本を預けた雨竜さんは軽く背伸びをしながら手を伸ばします。そして2メートル少しの身長で悠々と本を手を届かせてしまいます。先ほども言ったように、私も女性ながら身長は高い方だと思っておりますが、雨竜さんを見るとまだまだ自分が井の中の……井の中の……カス?…と思います。
「ほら、受けとれ」
「ありがとうございます!」
「見たところ料理の本のようだが、昼飯の献立用か?」
「はい。新しい料理に挑戦してみようと思いまして」
「ふむ、そうか。ふふふふふ、挑戦は良いことだ。かのニュートンも"今日なし得ることに全力をつくせ。しからば明日は一段の進歩あらん”と残していた。常に挑戦という全力をもってこそ人は明日を生きることが出来る、貴様も料理という名の挑戦に励んで精進していくといい」
「あー……はい!」
うう…学が足りない私にはただの文字の羅列にしか聞こえません。ありがたい言葉なのでしょうが、あまりありがたさが感じられなくて辛いです。
それにあんまり本人は言わないようにはしていたんですけど。私…雨竜さんのこと少し苦手に感じているんです。何故か話すと頭が痛くなるというか。雲居さんを差し置いてなんですが…図書館みたいな人という"いめーじ”なんです。今もこうやって難しい言葉を並べられるとチクチクと頭が痛くなるんです。
「だがまあ…貴様に衣食住の食を一任してしまっている身だ。今朝は少々疲れが残っていた故に参加できなかったが、何かワタシにできることがあれば手伝うぞ」
「あっ、そのことについてはお気になさらないでください!それにお手伝いに関しても……ええと…うーーん」
「…いや無理に探さなくてもいい。気付いたら声をかけろ」
「あ…はい。じゃあこれお返ししますね」
そう言って、私は持っていた本の束を雨竜さんに返そうとした時、私は"それ”に気が付きました。
「…絵本?」
持たされていた本の真上には絵本が置かれていたんです。女の子が月の上に座り、空を見上げている表紙が描かれていて…タイトルは『星のお姫さま』というものでした。それ気付いた雨竜さんは自嘲したように笑いました。
「ああ、これか。変だろう?」
「え、いや、そんなことは…」
変だとは思いませんが、雨竜さんのキャラクターからは考えにくい一冊のように思えました。……いやこういうのを変というのでしょうか。
「参考書か何かですか?」
「いや、勉強の気晴らしに読んでいるだけのものだ。気にするな」
「思い入れでもあるのですか?」
「?あ、ああ…まぁな」
「…良かったらお聞きしても?」
踏み入る様に思いましたが、気にするなと言われると思わず聞いてしまいます。少なくなってしまった皆さんのことを、例え苦手の相手であろうと少しでも知りたいとも思いました。だから思い切って聞いてみました。
「ふむぅ…まぁ貴様なら変に言いふらしたりはしないだろうから、構わんか」
「はい!ありがとうございます!」
なんでかは分かりませんが、思わぬ口の堅さを評価されていたみたいです。ちょっと頭痛が治まったように感じました。
「…薄々気付いているとは思うが、ワタシの家は医者の家系だった。母も、父も、兄2人も、全員医者の道へと進むほどのな」
はい。察しの悪い私でも、雨竜さんの医療的な知識は一般的範囲を超えていることは理解していました。きっとご家族の誰かが医療に謹んでいられているのかと思っていましたので、ご家族全員が医者を志していたというのは初耳でした。凄まじい家系だと思いました。
「ええと…では雨竜さんも」
「ああ、ワタシも続いた。小学生になる前から机にかじりつき、勉学に励んでいた」
小学生の頃から勉学に励んでいたなんて。寒気を感じてしまうほど恐ろしいです。その頃の私は勉強なんて目もくれずにお庭でチョウチョを追っかけ回していましたから。
「そのおかげで知識量に関しては兄者達にも負けないレベルと自負できる程身についた。母親からも天才だと、持て囃されていた」
「……うう、雨竜さんのお話を聞くと、自分の時間の使い方が如何に杜撰だったのか思い知らされるようです」
「まだ話し始めで間もないであろうが……話しを戻すぞ?それからワタシは本格的に医者としての修行を積み始めようと、父の病院へ見学に行った。だが見学がきっかけでワタシは、ワタシ自身の致命的な弱点が自覚することになったのだ」
「弱点?」
「―――――"血"がダメだったのだ。見学の一環として組み込まれていた実際の手術を見ていたとき、患者の失血を見てワタシはその場で吐き気絶した。それ以来、血を見るだけで頭痛や吐き気を催すほど苦手になってしまった」
血が苦手…それには私自身も覚えがありました。3つ目の事件の時、雨竜さんは水無月さんと沼野さんの死体を検死することはしませんでした。最初は単純に体調不良だと思っていましたが、話しを聞いて腑に落ちた気がしました。
「母はワタシの医者としての才能を腐らせないよう克服させようと努力をした。しかし一向に苦手を覆すことはできなかった。むしろ悪化の一途を辿っていた」
血が苦手と分かった時の絶望感は一体どれほどのモノだったのか。医者にとって道を大きく狭める"はんでぃきゃっぷ”になるということは理解出来ました。私からしてみれば、華道家なのに花を見るのもダメということになります。そんなの想像したくもありません。
「ワタシはそれはカバーできるほどの知識をつけようと努力した。文字通り、血の滲むまでな」
「……」
血の滲むような…その気持ちもよく分かりました。実家を出てから、お師匠の家に転がり込み、そして華道を極めんと努力したときの事を思い出します。お師匠の技術を盗み、寝る間も惜しんで華道にかじりついたあの頃の事を。
「だが無理がたたってしまってな。過労で倒れ、入院を余儀なくされた。医者を目指す物が医者に面倒をかけてしまうとは、皮肉なものだ」
私自身も自分を追い込みすぎて倒れかけた経験がありました。そのときはお師匠にこっぴどく叱られて、それ以来無理のない範囲で頑張ろうと気をつけるようになりました。心配してくれる大切な方を心配させたくなかったから。雨竜さんには、その止めてくれる方がいらっしゃらなかったのだと思いました。
「…過労で入院したというのに、誰も見舞いにはこなかった。母も、兄者達も、自分の医者としての道にかかりっきり。ワタシの面倒を見てやる暇がなかったのだ。子供ながらなんて愛情の無い家庭だと憂いたよ」
でも、雨竜さんの周りを見てみると、無理を止めてくれる方を見つける方が難しかったのかもしれません。話しを聞いてみてそう思いました。そして自分がどれだけ幸運な環境にいたのかも実感しました。
「……だけど父だけは一度だけ見舞いに来てくれた」
「お父様が?」
「元々寡黙な父だった故に、見舞いに来ても何かを話すわけでも無かった。ただ一冊の…この絵本を、ワタシに渡したくらいだ。気晴らしに読んでろと、そう言うようにな」
「それがきっかけで雨竜さんは天文を?」
「ああそうだ。つまりコレはワタシの天文学者としての原点というわけさ」
この一冊の絵本は雨竜さんにとってきっかけだったんです。お父様の心遣いから生まれた新しい夢だったんです。何となく軽々しく聞いて良い事ではなかったなという後悔もありましたが、そんな大切なことを話してくれたことへの嬉しさもありました。
「…でもご家族は何も言われなかったんですか?」
「言ったに決まっているだろう。特に母親は苛烈だった。兄者達も負けず劣らずの猛反対の応酬だった。それは逃避だ、雨竜の医者の家系を途絶えさせる気か、恥を知れと…今でも思い出す」
「っ……それは、辛かった、ですよね」
私も同じように、お姉様達に言われたことを思い出しました。"お前なんて家族じゃない”"さっさと死ね”"四条家の面汚し”……他人に言われた言葉よりも、家族に言われた言葉は深々と記憶に刻まれます。私は雨竜さんに"しんぱしー”というのを感じました。
「だが、父だけは『好きにしろ』とだけしか言わなかった。母親達も父のその一言以降、何も言わなくなった」
「雨竜さんのお父様は、助けてくれたのかもしれませんね」
「……気が向いたら戻ってこい、ワタシにはそうとも聞こえた」
そう恥ずかしそうに言う雨竜さんはとても嬉しそうでした。私にとってのお師匠様が、雨竜さんにとってお父様だったのだと理解しました。同時に、優しいお父様がいて、とても羨ましくも思えました。
「だからワタシは戻ってきた。だが気が向いたからではない…"覚悟”を決めたからだ。もはやワタシの覚悟を止める者は誰1人としていない」
「雨竜さん…」
生物室の死体を検死した雨竜さんだからこそ言える覚悟だったと思いました。今まで苦手にしていた血に耐えながら、懸命に仲間達の死体を診る雨竜さんの姿を思い出します。
「勉強、頑張ってくださいね」
「ああ、今に見ていろ。いつかワタシは偉大なる物理学者スティーブンホーキングすら凌駕し、医学の祖と知られるヒポクラテスをも恐れる逸材になってみせよう!!」
「よく分かりませんが、頑張ってください!」
少しだけ頭痛が和らいだと思ったらまたこれです。やはり人の苦手というのは中々克服できないのだと思いました。だけど雨竜さんの”るーつ”のようなものが知れて、少し嬉しく思いました。
* * *
【エリア1:噴水広場】
「……ふぅ」
先ほど終えた夕ご飯の支度をもって、今日一日の作業が終わってしまいました。炊事を全て請け負って、さらには洗い物なども全て引き受けても…一日は終わりません。今までの事なんて考えずに、何かをして一日を費やそうなんて都合の良い思惑が外れてしまいました。
なので1人、ポツンとベンチに座るしかありません。
「……」
…やっぱり1人になるとダメですね。こんな静かな中で、何もせずいると…今までの事が頭をよぎってしまいます。
『良いかい?料理は真心、そしてちょっぴりのパンチ力と心配になるくらいのコレステロールさね。自分の思う1.5倍の調味料を入れるのがコツなんだよ』
『おお~良い匂いなんだよねぇ。今にも腹の虫が鳴き声を上げそうなんだよねぇ』
『ふふふ、さっさと上げちゃいなよyou!その腹の”泣き声”ってヤツを!出せないならカルタが、シュッシュッ(素振り)、”泣かせて”あげようか?』
『あああ、止めて欲しいんだよねぇ!見るからにみぞおちを狙おうとしてるのが丸見えの身振りなんだよねぇ!』
『いや~今日も賑やかでござるなぁ!良きかな良きかな』
『不審者が後方保護者ヅラしてるよ~』
『誰が不審者でござる!!見るからに純朴そうな好青年でござろうが!』
『それが不審者の口ぶりに聞こえるんだよ~』
『てかあんさんいつの間にそこにおったん?』
『結構前にいたでござるよ!!そして常に鮫島殿の視界にさっきから入っていたでござろうが!』
『悪かったで、ウチの目は明るい未来しか写さんのや』
『拙者は明るい未来にカウントされてないのでござるか!!』
『うおおおおおおおお!!!!!!!その未来ってやつを!!!!今から!!!!つかみ取りに!!!行って!!!来るんだぜええええええええええええ!!!!!』
『余計な人が明後日の方向に向かい出したんだよねぇ!!』
『陽炎坂くん。門限までには帰ってくるのよ?』
『どう見ても片道切符の勢いなんだよねぇ!!往復のこと考えて無さそうな速度なんだよねぇ!!』
昨日までいた2人が、そして今までいた皆さんの在りし日の記憶から蘇ります。コロシアイなんて言われても、そんなの関係無いと騒がしくする日々。あのときに戻りたい。今までのことは全部私の夢だったんだよ、と私は切に思いました。
でも目をつぶって、開いても、夢だったなんてことはありません。溢れる涙が、目をぼやかします。今ではこんなにも少なくなってしまったことへの寂しさ、そしていつまでこんなことが続くのかという辛さが、涙を誘います。
「……反町さん、古家さん、皆さんに会いたいです」
涙がシトシトと垂れ、袴を濡らしていきます。寂しい、寂しい、と落ちていきます。止め方を忘れたように、流れ落ちていきます。
「いけません…よね。こんな目立つところで泣いてしまっては」
こんな人数になってしまったんですから、誰かに心配をかけさせてお手を煩わせることなんてあってはいけないんです。自分のことは自分でなんとかしないと…でも、涙は留まることはしてくれません。
「えっ?」
ぼやける視界に、1枚のハンカチが差し出されるのが見えました。袖で涙を拭い、見上げます。
「ハンカチをどうぞ、マドマアゼル?」
とウィンクを決めているニコラスさんがいらっしゃったのです。もう片方の手にはパイプらしきモノが握られており、先の方からシャボン玉が立ち上っていました。一日、どこにも姿を現さないと思ったら、こんなところに。
「……ニコラスさん?」
「ああそうだとも、超高校級の名探偵と言われたニコラスバーンシュタインさ、キミ。躊躇わず、ハンカチを手に取りたまえよ」
「…ええと、すみませんお借りします」
私はハンカチをいただき、思う存分涙を拭います。はしたないのは承知でしたがズビビビと鼻もかみました。ニコラスさんのお顔が少々引きつってたように見えましたが、多分気のせいだと思います。
「相当悩んでいるみたいだね、キミ」
「……はい。そう、ですね。でも私だけが悩んでいるわけじゃないので」
「ははっ、悩むことは悪い事じゃないさ。キミはまだ10代なんだ、好きなように好きなだけ悩める時期さ……だけどそうだね、1つアドバイスをするなら、ただ1人で悩みを抱え込むのはいただけなかった、ということかな?」
あなたも同じ年代だろというツッコミは置いといて、今目の前のニコラスさんもその悩み1つと直接伝えてみるべきなんでしょうか。
「と、いうわけで…ボクはついさっき、用事を終えて暇になってしまったところなんだ。そこでだキミ、今ボクは絶賛話し相手募集中なのだけれど…やってみる気はあるかい?」
「……はい。私で良ければ」
何となく話し相手になってくださるというお気遣いを感じました。言い回しは変ですけどやっぱり紳士的な部分はあるんだな、と。そう再確認した私はお言葉に甘え、頷きました。ニコラスさんは気を良くしたように、隣に座ります。
「さて!何を話したものか…ふむ今更だけど何も考えていなかったんだよね」
「いきなりお話が終わってしまいました!」
「では!トークテーマはキミに任せようと思うんだ。光栄に思い給えよ!ミス小早川」
「私が考えるんですか!?」
「当たり前じゃないか!ボクが設定してしまったらボクの武勇伝をひたすら聞くことになるんだぜ?」
「う…それはイヤです」
「ハッキリそう言われるととても傷ついてしまうじゃないか!はははははは!」
決して傷ついているようには見えない様子で高笑いするニコラスさん。相変わらずどこにツボがあるのかよく分からない方です。ですがこの機会ですから、ニコラスさんについて"気になっていた”ことでも聞いてみようと思いました。
「では、あの、差し出がましいことを聞くようなんですが…」
「なんだい?同窓なんだ、遠慮せず何でも聞いてくれたまえよ!」
「――――どうしてニコラスさんは『天災』に興味を持ったんですか?」
「……ええ?」
「ニコラスさんが”天災”に執着する理由とは、一体何なんですか?」
「おおっと。あまりにもズバリとしたことなものだから思わず声を失ってしまったよ、キミ」
いつも飄々とした態度のニコラスさんが動揺したのが分かりました。思っていた以上にはっきりと聞かれたのがそんなに驚きだったのでしょうか。
「普段フラフラとしているニコラスさんとお話しする機会なんて少ないので、この際ですから聞いてみようと思いました」
「…さらにズバリと言うじゃないか、キミ。まぁ将来が心配になるレベルで素直な所はキミの美徳とも言えるから良いのだけれど…」
けなされたような、褒められたような気もしますが…ここは褒められたという事にして。
学級裁判では希望ヶ峰学園に入学する経緯までは教えていただいたのは覚えています。本当な探偵なんて止めて、化学者になりたかった。でも"天災”のことを調べたくて、探偵として希望ヶ峰学園にやってきたと。代々はそんな”にゅあんす”だったと思います。
ですが、そもそもどうして、ニコラスさんにとって"天災”の事件は『特別』なのか、そこまで固執する理由が知りたかったんです。聞かれたニコラスさんは、どうしたものかと言うように親指の先と中指のお腹で顎を挟みながら思考します。
「うむむむ…それについてとても言いにくい、言いにくいのだけれど」
「……」
「トークテーマをキミに一任したのはボクだからね………ふむむ、うん、良いだろう!だが心して聞きたまえよ?これは今まで1人にしか話したことの無いボクにとってのルーツなのだからね」
「1人には話したことがあるんですね…」
だからどうというわけではないのですが、無事に話してくれそうなのは良かったと思いました。
「だけど話すというからには…ボクの幼少期からの話しまで遡ってしまうし、少々話しが長くなってしまうのだけれど、了承してくれるかい?」
「はい、大丈夫です」
「本当に本当に良いんだね?結局ボクの武勇伝みたいな展開になってしまうかもしれないけれど」
「その部分は掻い摘まんで話していただければと思います」
聞きたいのは本筋の方なので所々の誇張した”えぴそーど”は遠慮しておきたいです。そう言うと、ニコラスさんは"了解した!”と快諾してくださいました。本当に分かっているのかは置いておくてして。
「どこから話したものかね…ふ~む、ボクは元々探偵を引退して、化学者になりたかったという話しは、一昨日の裁判で既に話したね?」
「はい」
「では何故探偵をやっていたのか、の部分から話すとしよう!まぁ結論から言えば、ボクには兄がいてね。兄が探偵をやっていたからボクも同時に名探偵を目指していたのさ」
「ニコラスさんのお兄様?」
「ああ。しかもボクみたいな化学者を同時に夢見る中途半端な名探偵ではなく、生業として食っていた生粋の探偵さ」
少々驚きました。この大袈裟な性格からして、1人っ子なのかなと勘違いしていました。しかも弟であるということにも。
「歳は、10ほど離れていたかな。ボクが二桁の年齢になっているときには探偵としての人生を歩んでいた」
「ええと、ニコラスさんが10ですから…20歳ほどで探偵になられたんですね」
「ああ。それに兄の仕事ぶりは実に優秀でね。探偵事務所を設立してから1年も経たない内に、依頼人が後を絶たないほどまで繁盛していた。悔しいけれど当時のボクを凌駕するほどの名探偵だった」
「…ええと、それってニコラスさんが10歳の時の話しですよね?」
「ああ!そうだとも!」
まだ小学生3~4年生の子が自分を凌駕する程と言われても…イマイチ凄さが分かりません。もしかしたらそれくらいの時からニコラスさんが天才的な少年だったのかもしれませんが。
「そんな町の人達のために奔走する兄に、ボクはいつしか憧れた。ズバァリと事件を解決し、人々に慕われる兄に。そして年齢を重ねる中で、子供ながらボクは兄の背中を追い越したいなんて思った。夢である化学者としての大成を差し置いてでも」
ですがそう語るニコラスさんの目はどこか懐かしむようで、同時にキラキラしているように見えました。少年ながら、町の人々に慕われる兄に憧れていた、これは紛れもない本心なのだと思いました。
…私自身は、姉妹に良い思い出がなかったので、それがどんな気持ちなのか想像がつかないし、そう思える兄弟がいて、とても羨ましいと思えました。
「ある程度の年齢になってから、ボクは兄の助手としてイギリス各地を回りはじめた。殆どの依頼内容はペット探しや、失せ物探しがメインだったけどね。ボクもまだまだ幼かったから殺人事件にはもちろん関わらせなかったさ」
「弟思いの方だったんですね」
「ああそうさ!家族びいきもあると思うけど、実にできの良い兄だったさ。そしてそうやってボク自身も時には化学者、時には優秀な探偵の助手、二足のわらじを履いてこれからも過ごしていく…そう思っていた――――――だけど」
そう言ったニコラスさんは、顔を曇らせました。同じように声色も変わったように見えました。雲行きが怪しくなった、そうハッキリと理解出来ました。
「ボクが高校生になってから間もなく――――兄は突然姿を消した」
「えっ…?どうして…」
「分からなかったさ。だからボクは探した。今まで兄と歩んできた町々に足を運び、依頼主の元を尋ねたり…半年もの歳月をかけて探しても、その足取りを掴むことはできなかった……だけど兄の捜索を初めてから半年と少しが経って、ようやくボクは対面する事ができた
――――――――死体となった兄とね」
「?!」
突然の訃報に、私は驚きました。半年間もの期間をかけた結果が、こんなあっけない最後だなんて。私は驚きを隠せませんでした。ニコラスさんは帽子を目深に被り、表情を隠していました。
「聞けばとある豪華客船に乗り込んでいたらしくてね。その船の沈没に巻き込まれ溺死してしまったそうだ」
「……気の毒な、話しですね」
私はその話を聞いてどう答えて良いのか分からず、ありきたりな言葉しか返せませんでした。でも、私のような赤の他人に何を言う資格もないのでしょうけど。
「この話にはさらに続きがある……とある日、兄の書斎を整理しているとき一冊の見慣れないノートを見つけた。本の表紙にはタイトルが書かれていた…『Act of God』…『天災』と書かれていた」
「…天災」
豪華客船のお話を聞いたとき、確か”天災”に関わる事件の1つにそのような話しがあったと思い出します。ですがまさかニコラスさんのお兄様も、その天災の被害者であったとは。その事実にさらに表情を曇らせてしまいます。
「本の中身は天災について調べるにあたっての経緯と、その足跡が記されていた。いつどこでどんなことを調べたのか。そして当時の兄の所感も書かれていた」
「でも、一体どうしてニコラスさんのお兄様は、天災についてお調べになっていたのでしょう?」
「きっかけは4年前、隕石が衝突し墜落した飛行機事故だった。依頼をしてきた主の家族がその事故に巻き込まれたらしくてね。事故の原因を調べて欲しいと頼んできたそうだ」
「…いきなり事故の調査ですか?でも事故だったんですよね…しかも隕石が落ちたという。原因も何もなかったのではないですか?」
「兄もきっと同じ事を思っただろうさ。でも依頼主は風の噂でそれは”人災”によって引き起こされたとものであったなんて聞いたらしくて、その詳細を調査して欲しいと……勿論兄は都市伝説のようなものだと怪訝に思っていたみたいだけどね。依頼主は兄にとっても断りがたい間柄らしく、渋々引き受けたそうだ」
確かにニコラスさんからお聞きする限りでは頼み事は断れない人柄の方とお見受けします。だからお世話になった依頼人の頼みは無碍にできなかったのだと思いました。
「どうやって捜査を?」
「至って単純さ。飛行機事故で生き残った数少ない乗客の足取りを追う。兄は、その途中で豪華客船に行き着き……そして巻き込まれた。天災による厄災にね」
「……」
「化学者として歩む中で、ボクは密かに”天災”についての調査をしていた。暇を見つけては日本に訪れ、兄の足跡を追い続けた。何故、兄は死ななくてはならなかったのか、誰が兄を殺したのか、どんな気持ちで兄を殺したのか…それを知るために。まぁここまであからさまに調査をしていれば、希望ヶ峰学園長の耳にも届くのも時間の問題だったのだろう。まだまだ名探偵として未熟だったよ」
「ニコラスさん…」
「……これは”弔い”なんだよ。ボクにとってこの事件を解くことこそが、兄への弔いなんだ」
"――弔い”そう言い切るニコラスさんの瞳からは、普段の軽薄さは微塵も感じられませんでした。絶対に兄の死の真相を解明してみせるという並々ならぬ覚悟が見えた気がしました。…これは”るーつ”などという生やさしいものではありません。
「これがボクが”天災”に固執する理由なんだよ」
ニコラスさんにとって"天災”を見つけ出すことは…”生涯を課すほどの目的”、それほどの存在なのだと思えました。であるなら、今のニコラスには折木さんはどう見えてるのでしょうか。想像することすらできません。
「…少々熱くなってしまったようだね、本当はキミについての話しを聞きたかったところだけど、結局ボクのことを話し倒してしまった」
「い、いいえ、お話出来て良かったです。何だか凄く大事な話をしていただいたような気がします」
「はは!そうだね、できれば墓場まで持って言って欲しいくらいの話しさ!頼んだよ?キミ」
「うう…善処します」
「ああ、そうしてくれ。じゃあボクは部屋に戻っているよ。午後のティータイムがボクを待っているからね!」
そう言って、ニコラスさんはログハウスエリアの方へと向かおうとしました。私は慌ててニコラスさんの事を呼び止めました。
「あ、あの!!お夕飯の方は?」
「すまないが、今日は遠慮しておくよ。ではまた明日会おうミス小早川」
手を振るように帽子を扇ぎながら、ニコラスさんはログハウスエリアへと姿を消していってしました。私はポツンと、噴水広場に残されるだけ。
「……どうしましょう」
とんでもないことを聞いてしまったのかも知れない。私はまずそう思いました。
そして一体ニコラスさんは何を考えているのか、何を思って私に話そうと決断できたのか。真意の一部を知ることはできたはずなのに、未だ底が知れないとも思えました。
…同時にニコラスさんが”弔い”と言い切ったことに違和感はあるように感じました。論理的…?に考えてではなく1つの勘というヤツです。
――本当にそれだけなのか
――本当にそれが全てなのか
何も心の整理が付かないまま、疑問だけが反芻したまま、私はその場で呆然と立ち尽くすことしかできませんでした。
* * *
【エリア1:ログハウスエリア】
夕方。結局、時間通りにいらっしゃってくださったのは贄波さんと雨竜さんのお二方だけでした。今までお作りした料理の量を見るに、ちゃんと皆さん口をつけてくださっているみたいなので、大きな心配はしていないのですが…。
でもやっぱり皆さん、今まで以上にどこか穏やかでは無い様に思えました。心が段々と荒れだしているような、何を信じて良いのか、これまで以上に疑心暗鬼になっているような。
ここに監禁されてから3週間が経とうとしている中で”コロシアイ”、"記憶喪失”、果てには”天災”という謎まで押しつけられて。皆さんも心の限界が来ているのかもしれません。
……そんな中でもモリモリと量を平らげる贄波さんの"めんたりてぃ"には尊敬と畏怖の念を感じてしまいます。
「折木さん…」
夕暮れ時。私はまたお盆を持ってあの人の部屋の前に来ました。
こんな状況の中でも、足取り軽やかに。昨日と違って朝と昼の分に手を付けてくださっていたので、僅かにでも進展はあったことが嬉しいんだと思います。
本当でしたら、私が直に料理をお渡ししたいんです。ですが、どうしてもこの扉をノックする勇気が持てませんでした。今までどんな表情で接していたのか、分からなくなってしまったんです。これまでの皆さんの心中と接しているから、なおさら。
だから今日も――――――
ガチャ
「あっ」
「へ?」
と思っていた矢先に、おもいっきり対面してしまいました。ワタシは自分の心拍数が派手に増加するのを感じました。
「あ、あ、あのっ…失礼します!」
「ちょっと待ってくれ!」
思わずと慌てて帰ろうとすると、折木さんが私の二の腕をお掴みになりました。心拍数はさらに増え、視界はグルグルに…上気した頬がさらに赤くなってしまいます。
「あ、あの!――「小早川」」
「少し、話しをしていかないか?」
「へっ?」
まさかそんな提案をされるとは夢にも思いませんでした。尋常ではない内心でしたので…想像以上に甲高い変な声がでてしまいました。
* * *
【エリア1:ログハウスエリア『折木公平の部屋』】
コチコチと時計の音が鳴り響く部屋の中で、椅子を付き合わせ、さながらお見合いのように私と折木さんは対面します。
「……」
「……」
あああああ。どうしましょうどうしましょうどうしましょう。
何とか表情は保っていますが、心の中ではあらあらどうしましょうの連続。焦りに焦っていました。
なんせ初めて男性の個室に招かれてしまったのですから。しかもそれがよりにもよって私の好きな人がその初めてで。…これって運命案件でしょうか、責任とってくださいと言うべきでしょうか、ご趣味は何ですかと言うべきでしょうか。
「その……昨日はすまなかったな。何度も持ってきてくれてたのに、気付かなくて」
「い、いいえ!そ、そんな。私が好きでやったことですから」
先に口を開いてくださったのは折木さんでした。いきなり謝られたものですから、それに私は慌てて返してしまいます。
「ノックをしなかった私の方に問題があったわけで…それに折木さんが元気そうな姿が見られて良かったというか、なんというか」
「いやいや、俺が」
「いえいえ、私が」
「いやいや…」
「いえいえ…」
終わりの無い責任の受け取り合い。嬉しい話し、性分が似ているのでしょうか。お互い様、どっちもどっちともいえる雰囲気に何だかおかしな感じがしましたので、ちょっとだけ心がほぐれた気がします。
「料理のことなんだけど。凄く美味しかった。今日も、朝と昼、全部」
「ほ、本当ですか!ああ、良かった…お口に合うかどうか気が気でなかったもので」
「お前は俺達の中で1番腕が良いんだ、それは要らぬ心配だろ」
「ふふ、ありがとうございます。折木さんにそう言っていただけてとても嬉しいです」
好みは把握しているつもりでしたので心配はしておりませんでしたが…やはり直に感想をいただくほど安心するものはありません。だからなのでしょうか…とても心がほわほわします。お師匠様も言っておられましたが、男性は胃袋を掴んでこそスタートだと。多分私は既にスタート地点にいると考えても良いのかと思ったからほわほわしているのかな…なんて。
「その、ずっとお会いできておりませんでしたが……お元気でしたか?」
「凄く良い……というわけじゃなく、そんなにだな。部屋に居るのは慣れてるつもりだったんだが。一日中となると、やっぱり息苦しい」
「どんな事をされていたのですか?」
「読書とか、部屋にいながらだけど、贄波と話したりだな」
「えっ…贄波さんと、ですか」
「昨日あってから、ちまちまと時間を見つけて訪ねてきてくれるんだ。今日そうだな…温泉に入ったという話しを聞いた」
「そう、だったんですね」
その話しを聞いて…素直な気持ち、ずるいと思いました。私だって会いたい会いたいと思っているのに、昨日は1秒たりともお話出来ていなかったのに…知らない所で贄波さんは折木さんと交流を深めて。突然あの贄波さんが憎たらしく思ってしまいます。はしたない感情ではあると思いますが、妬いてしまいます。
「私は今日ずっと料理をしていました。気合いを入れて新しいのに挑戦してみたり」
「その成果がこのお盆に載っているヤツか?良い感じだな」
「はい!できればお味のご感想もいただければ嬉しいです!」
負けじと私の話を聞いて貰おうとします。ちょっと強引すぎたかなとか、”ぱんち”が弱かったかな、とか思ったりしましたが、関係ありません。少しでも私の事を知って欲しい気持ちは、贄波さんにも負けません。
…贄波さんが折木さんにどういう感情を持っているのかは定かではありませんが。
「それに!!今日は沢山お話もしてきたんです。落合さん、風切さん、贄波さん、雲居さん、雨竜さん、ニコラスさん皆さんとです!」
「……どんな事を話したんだ?」
「――――え!あっ…ええと。ええと。特に、大した、事は。天気が良いとか、今日は何処で時間を潰すのか、とか…そんな感じです」
ですが勢いに乗って、今日話したことを正直に話してしまいそうになりました。そこでつい嘘をついてしまいます。
『友達としての関係を捨ててでも、真っ向から、対峙させてもらうよ』
『折木が死んだら、全部解決するんじゃないかって……ほんの少し思ってしまうんです』
『これは弔いなんだよ。ボクにとってこの事件を解くことこそが、兄への弔いなんだ。これがボクが”天災”に固執する理由なんだよ』
思い出されるのは、本当は折木さんについての大した事。それも決しては良いとは言えない言葉の数々。全てをお話ししてしまうと、折木さんは絶対に傷ついてしまうと思い、嘘をつくことしかできません。
「…そうか。それは良かったな」
我ながら分かりやすいのは自覚しております。だからこそ、折木さんは私と皆さんがどのようなお話をしていたのかお見通しのように思えました。贄波さんに対抗して、調子に乗ってしまった自分がイヤになります。
「ええと…」
「今日ずっと…部屋にこもって、じっくり考えてみたんだ」
「……え?」
「これから俺はどうするべきなのかとか…部屋を出て、何をすべきなのかとか…考えてみたんだ」
「……はい」
「きっと皆、俺に証明して欲しいと思ってるんだと思う。俺は何者で、俺はどういう存在で、心から信じて良い存在なのかどうか…知りたいんだと。…でも、俺は何も知らないし、自分のことのくせに今までの記憶が定かじゃない」
淡々と語られる折木さんの言葉を聞いて、今朝の落合さんの言葉を思い出しました。
『僕は、折木くん自身に、自分自身の正体について導いて欲しいと思ってるよ。部屋の中で閉じこもらず、その両足で進み、その両手で、真実を掴んで欲しいと』
同じ言葉です。折木さんは、考えた末に、皆さんの思うように行動しようとしていました。だけど、それは叶わないこと。記憶が無いから、証明する手段が無い。私はこのすれ違いに歯がゆさを感じてしまいます。
「だけどそれは言い訳にならないと思えてきたんだ。知らない事だらけで、分からないことだらけだからって。それを盾にして、逃げているだけだと思ったんだ」
「い…いえ!逃げてるだなんて…そんな。そんなことありません!」
確かに皆さんが、折木さんに対して、疑心に抱いていることは口が裂けても言えません。ドンドンと、皆さんの心がバラバラになっているような、そんな状況とも。でも私は…。
「折木さんは、こんなにも苦悩してるじゃないですか!」
肯定したい。味方でいたい、そう思いました。
「折木さんは背負い込み過ぎなんです!全部折木さんの責任だなんて、私はそういう風に思えません!」
「……」
「もし、もしも、折木さんが全部背負い込む義務があると、そのような事をのたもうものなら、私が天誅を下してやりますとも!」
「………」
「………はっ…!」
勢い余って立ち上がっている自分に気付きました。私はやり過ぎてしまったと思い、しぼむようにストンと椅子に座ります。少々恥ずかしい気持ちでした。
「…すみませんつい、感情が高ぶってしまいました」
「いいや…そこまでハッキリと言ってくれるのは…小早川くらいだ。ありがとう」
「い、いえ、いえ…そんな」
だけどその肯定に、折木さんは笑顔で御礼を言ってくれました。本当は自分の方が辛い立場にいるはずなのに、私を助けるように言葉と表情を選んでくれます。私は自分の無力さに、嫌気が差します。
「……一歩、進んでみようと思う。明日、自分について向き合ってみようと思う、自分について調べ直してみようと思う。方法は何でも言い、資料室をひっくり返してでも、自分の過去を洗い直そうと思う」
「あの、でしたら私は、そのお手伝いを……!」
「小早川。お前は俺が背負い込みすぎていると言ってくれたが……コレは俺1人で向き合うべきことだと思ってる。なんでかは分からないけど俺が責任を持つべきことのように思えるんだ」
「そんな…」
「そして向き合って、答えが出せたら、皆にちゃんと話そうと思ってる。自分の言葉で……それを1番気に掛けてくれてた、小早川に、”最初に”言いたかったんだ」
「……折木さん」
全て自分で背負う、なんて本当でしたら私はまた怒っていたと思います。ですが好きな人の"最初”という言葉は、何よりも特別に思えます。だから、その”最初”をいただける、ということに嬉しさが先行して、怒りなんて忘れてしまいました。
…惚れた弱みというべきか、母親譲りの甘さが出てしまったことに、我ながら似たくないところまで似てしまったと思いました。
「分かりました……私、待ってます。私だけじゃなくて、落合さんや風切さん、雨竜さん、雲居さん、ニコラスさん、そして贄波さんも」
「…ありがとう。本当に」
「そうだ!折木さん、少し待っててください!!」
「?」
とあることを思い出した私は、また椅子から立ち上がり、折木さんの部屋を出て、自分の部屋に戻ります。そして前々から用意していたある"物”を持って、再び折木さんの部屋に戻ってきました。
「あの、これ…どうか受け取って下さい!」
「これは…栞?」
「はい!あの…折木さんは栞作りもご趣味ということで、その…私のお気に入りのお花を押し花にして、栞を作ってみたんです」
「この入っている桃色の花は…」
「胡蝶蘭です!本当はもっと早くお渡ししたかったのですが、エリア4に閉じ込められたり、中々お会いできる”たいみんぐ”が見つからなかったりで…期間が開いてしまいましたが」
こういうのを作るのは初めてだったので試行錯誤の繰り返しでしたが、出来映えには自信があります。
「良いのか?」
「はい!お守りみたいなものと思って、どうぞ!」
そう言って、折木さんは”ありがとう”そう言って栞を受け取ってくれました。ようやく渡せて、私は嬉しくて仕方ありませんでした。
「……お前からは、何もかも受け取りっぱなしだな」
「全然!いくらでも受け取って下さい!」
何なら私の事も受け取ってくれたらこの上ないのですが、それは余りにもはしたないので、無しという事で。
そう余計なことを考えていると――――
『キーン、コーン、カーン、コーン……』
『えー、ミナサマ!施設内放送でス!…午前10時となりましタ。ただいまより“夜時間”とさせて頂きまス。まもなく、倉庫、購買部への出入りが禁止となりますので……速やかにお立ち退き下さイ。それではミナサマ、良い夢を……お休みなさいまセ』
夜時間を知らせるチャイムが鳴り響きます。外を見ると真っ暗で、時計に目を向ければ、いつの間にか10時を回っていました。かれこれ数時間いたことに内心驚いてしまいます。
「もうこんな時間か。頃合いだろうし、お開きにするか」
「は、はい!そうですね」
せっかく良い雰囲気だったのにと、少々不満でしたが…。折木さんがそう言うのなら仕方ありません。私は渋々と、部屋を出て行こうとします。
「では、私部屋に戻りますね。おやすみなさい!」
「ああ、おやすみ」
部屋を出る前に、一言。何気ないけど、とても嬉しいやりとり。
こんな会話がいつまでも続いて欲しい、そんな気持ちを抱え、私は部屋へと戻っていきました。
【モノパン劇場】
「ワタクシ、完璧に生きるのが好きなんでス」
「完璧に立てられたスケジュールを、完璧に動いて、完璧に寝て、一日を完璧に終えるのが好きなんでス」
「人生においてもでス」
「完璧に生まれて、完璧に勉強して、完璧に成長して、完璧に仕事をして、完璧に結婚して、完璧に貯金して、完璧に子供ができて、完璧に子育てをして、完璧に死にたいんでス」
「とにかく無駄が嫌いなんでス」
「完璧に無駄が嫌いなんでス」
「無駄な完璧は嫌いなんでス」
「無駄じゃない完璧が好きなんでス」
「無駄に完璧が好きなんでス」
「とにかく完璧が好きなんでス」
「………あれ?では今この瞬間って無駄でしょうカ?」
「今この瞬間って完璧の中にあるんでしょうカ?」
「無駄と完璧って、結局何なんでしょうカ?」
「そう考えることも無駄なんでしょうカ?」
「完璧な人生をワタクシは送れているんでしょうカ?」
『生き残りメンバー:残り8人』
【超高校級の特待生】⇒【超高校級の不幸】折木 公平(おれき こうへい)
【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)
【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)
【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)
【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)
【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)
【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)
【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)
『死亡者:計8人』
【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)
【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)
【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)
【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)
【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)
【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)
【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)
【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)
お世話になります。水鳥ばんちょです。
今回は趣向を変えて別視点の交流会でした。
調子が良ければ頑張ろうと思います。
よろしくお願いいたします。
【コラム】
〇生徒全員のお酒の強さおよび酔ったらどうなるのか
※全員成人した場合を想定
男子
・折木 公平
お酒の強さ:そこそこ強い
酔ったらどうなる:笑い上戸になる
・陽炎坂 天翔
お酒の強さ:強い
酔ったらどうなる:キザになる
・鮫島 丈ノ介
お酒の強さ:弱い
酔ったらどうなる:冗談がマジで面白くなる
・沼野 浮草
お酒の強さ:鍛えてるから強い
酔ったらどうなる:酔わないが、酔ったフリもできる
・古家 新坐ヱ門
お酒の強さ:そこそこ強い
酔ったらどうなる:何事にも感謝し始める
・雨竜 狂四郎
お酒の強さ:弱い
酔ったらどうなる:泣き始める
・落合 隼人
お酒の強さ:弱い
酔ったらどうなる:まともになる
・ニコラス・バーンシュタイン
お酒の強さ:強い
酔ったらどうなる:普段の2倍増しでウザくなる
女子
・水無月 カルタ
お酒の強さ:弱い
酔ったらどうなる:大人しくなる
・小早川 梓葉
お酒の強さ:強い
酔ったらどうなる:誰かに絡み始める
・雲居 蛍
お酒の強さ:弱い
酔ったらどうなる:甘え始める
・反町 素直
お酒の強さ:強い
酔ったらどうなる:敬虔になる
・風切 柊子
お酒の強さ:強い
酔ったらどうなる:フラッとどっかに行っちゃう
・長門 凛音
お酒の強さ:下戸
酔ったらどうなる:飲まない
・朝衣 式
お酒の強さ:弱い
酔ったらどうなる:寝る
・贄波 司
お酒の強さ:アマゾネス並の強さ
酔ったらどうなる:酔わない