ダンガンロンパ・リバイバル ~みんなのコロシアイ宿泊研修~   作:水鳥ばんちょ

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第一章『イキル。シヌ。イキル。』
Chapter 1 -(非)日常編- 1日目


 

 

 

 

 

 

 

 

第一章 イキル。シヌ。イキル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【グラウンドエリア】

 

 

 モノパンが現れ、そして『コロシアイ』という言葉を残して去って行って間もない、刹那のひととき。

 

 呆然と立ち尽くす俺達の間には、重苦しく、そして首を締め上げるような鬱屈とした空気が流れていた。

 

 

“これからどうするべきなのか?”

 

 

 水無月から放たれた、そのたった1つの疑問。

 

 

 俺達は、その問いに、沈黙という答えを示すことしか出来ないままでいた。

 

 

 今までであれば、定められた希望あふれる未来に向け楽しい学園生活を謳歌すれば良い……そう答えることが出来た……。

 だけど、先ほどモノパンが垂らした『一生の監禁生活』『卒業』『コロシアイ』という様々なエッセンスによって、その楽しい学園生活に絶望の二文字が追加されてしまった。決して相まみえてはいけない最悪の二文字が。

 

 この嘘で塗り固められた箱庭で目覚め、そして同級生達と名前を交わし合った時、確かに俺は…希望ある未来を切り開く才能人達のキラキラしたような姿をこの目に映していた。

 

 

「…………」

 

 

 しかし、今このときの彼らには、人間であれば誰もが持ち合わせる“絶望”という感情が浮かび上がらせ、先ほどの姿は見る影も無くなっていた。

 

 

“人が人を殺し、自分以外の全員を蹴落とすことで、この世界での一生を終わらせることが出来る”

 

 

 こんな文字の羅列が、俺達の頭に残り続け、そして巣くうように心をむしばんでいった。

 

 

“一生なんてイヤだ……”

 

 

“早くこの世界から解放されたい”

 

 

“解放されるためなら……”

 

 

 たった1人がそう考えてしまえば、必ず起きてしまう最悪の未来。

 

 例えばも、もしもも無い。そんな絶望的な未来。

 

 

「……ねー?どうするのー?」

 

 

 きっと何かを、ここで言うべきなのだろう…だけど何かを言おうにも、今言うべきことが分からない。何をどうして良いのか分からない……そんな心が、俺の口を臆病にしてしまう。

 

 どうにかしようとしているのは俺だけじゃ無い、恐らく、ほとんどの奴が同じ事を考えているはずだ。だけど、答えが出てこない。だから今も沈黙は続いてしまっていた、口を閉ざしてしまっていた。

 

 

 誰もが沈黙を貫き続けてしまっていた。

 

 

 ――――すると

 

 

「――――諸君、一つ提案なんだが……」

 

 

 ニコラスが、この重苦しい空気の中で口火を切った。当然の心理のように…俺達はそんな彼の元へと視線を集中させた。

 

 

「今日はここで、一度解散としよう。立て続けに様々な出来事があったんだ、きっと考える時間が必要だと思うんだ………勿論、この後に予定していた集会もキャンセル……どうかな?キミたち」

 

 

 ……ニコラスから差し出されたその提案は、今の俺達にとって、あまりにも魅力的なものであった。何故なら、先ほどからずっと…俺達は…これまでの出来事に当てられ…見るからに表情を暗くさせていたのだから。

 

 

「…そ、そうでござるな!!一旦…今後の事とか、そういうのは全部忘れて…リフレッシュタイムとしゃれ込むでござる」

 

「私もニコラス君の意見に賛成よ………各自、部屋で過ごすなり、食事をするなり、自由に時を過ごすことにしましょう…」

 

「ふん……異国の錬金術師の言いなりの様で気に食わんが……このままでは埒があかないからなぁ…観測者としてその案に乗ってやるとするか…」

 

「…いや、何処の部分に観測者関係あるのかねぇ…」

 

 

 逃げだと言うことは分かっている、先送りにしてしまっているのだって分かってる…でも、それでも…この誘いに乗らないという選択肢は俺達の中に無かった。ニコラスの提案に対し…同調するように生徒達は言葉を付け加えていった。

 

 

「えっ!!!てことは今から自由時間!?やったぁ!何か儲けた気分!!!よぉ~し、冒険の続きだーーー!!ゴーゴーゴーゴー!!」

 

 

 そんな俺達の流れを察した水無月は、溌剌とした言葉を残し、誰よりも早くこの場を背にして駆け出していってしまった。いつもと変わらない、彼女のまっすぐな明るさに、安心感と同時に、若干の気味の悪さを感じてしまった。

 

 

「さすがはミス水無月、このボクが賞賛せざるを得ないほどの行動力だね……それじゃあボクもこのビッグウェーブに乗ろうとしようじゃないか、キミ」

 

 

 “しばしの別れだ、諸君!”そう大げさなセリフを吐きながら、ニコラスもまたこの場を後にしていった。

 

 

「え、えっと、その、それじゃあ…私も行かせてもらいますね……あは、あはははは……」

 

「まっ…自由時間が取れるなら僥倖です。部屋でゆっくり、読書でもしてるですかね」

 

「あ~困った困った。まいったねぇこりゃ…何をしたものかねぇ…」

 

「ほんま……けったいなはなしやで……」

 

「う~ん、難しいよ~」

 

 

 そんな彼らにつられるように……1人、また1人と、グラウンドから姿を消していった。

 

 

「くっ、拙者にもっと力があれば……」

 

「ふ、ふん、我が真の力を解放できればヤツなど……しかし今は……」

 

 

 全員がそれぞれの表情、それぞれの言葉を口にしながら、それぞれの目的地を目指して歩みを進めていった。

 

 

「……意味不明。誇張無く…」

 

「はぁ……落ち着いて、紅茶でも飲むとするかね……」

 

 

 しかし、それぞれの背中からは、共通して、わずかな絶望がにじみ出ていることが何となく感じ取れた。だけど、それは感じただけで、どれくらい大きなモノなのかは、決して量る事はできない。もしかしたら、俺が想像している以上に大きな、絶望的なまでに絶望してしまっている人間が、この中に存在しているのかもしれない。

 それほどまでに…コロシアイに巻き込まれたという事実は…俺達の背中に重くのしかかっているのだ。

 

 

「皆…居なくなっちゃった、ね?」

 

「ええ…何だか寂しくなってしまったわね」

 

 

 結局この場に残っているのは、俺と贄波、朝衣、陽炎坂、そして落合のみとなってしまった。今まで16人というそこそこの大所帯がだったが故に…朝衣の言うとおりの、グラウンドにはなんとも言えない寂寥感が漂っていた。

 

 

 ――すると、近くに居た陽炎坂が何やら顔をうつむかせ、ワナワナと震えはじめていた

 

 

「お、おい…陽炎坂…大丈夫か?」

 

「お腹、痛い、の?」

 

「………うおおおおおおおおおお!!!俺様は!!今!!モーレツに!!走りたい気分なんだぜえぇええええええええ!!!!!」

 

 

 起き上がるように叫ぶ陽炎坂。

 

 

「だから!!!俺様は!!!今から!!!!走り込む!!!ぜえええええええぇぇぇぇぇぇぇ………」

 

 

 そして叫んだと思ったら…言い終わる前に陽炎坂はフルスロットルでグラウンドへとダッシュし始めていってしまった。

 自分の脳みそを体が先行するあたり、さすがは才能人と言ったところだが……あれはあれで才能に取り憑かれているようでちょっと怖い。

 

 

「……陽炎坂くんもどこかへ走りに行ってしまったわけだし、そろそろ私もお暇させていただこうかしらね」

 

 

 そう言葉を置いた朝衣は、”はい…これ”1枚のハンカチを此方に差し出してきた。俺はその行動の意味が分からず、首を傾げてしまう。

 

 

「……なんだ?それは」

 

「その”頬の傷”、そのままにしておくつもり?」

 

 

 その言葉を聞いて、俺は気づいたように頬を触る。未だにべっとりとついている血のカーテン。改めて、俺の頬には大きな切り傷があったのだ。その事実…を思い出した。

 

 そうだった俺はモノパンの放った、あのなんたらの槍で……。

 

 

「すまない……後で洗って返す」

 

「ええ、そうしてちょうだい。そのハンカチ、結構お気に入りのなのよ?」

 

 

 そう律儀な言葉に…微笑みながら彼女は返す。その一言に俺自身もどう返したものかと…生まれつきの仏頂面で、わかりにくい戸惑いを見せてしまう。そんな俺を見て、朝衣はそれを可笑しく思ったのか、手を口に持っていきクツクツと含み笑いをし始めた。

 

 

「フフッ、冗談よ。でもごめんなさい、これ位のことしか出来なくて……絆創膏の1枚でも持っていたら良かったのだけれど」

 

「いや、問題ない。このくらいなら自分で何とか処置出来る」

 

「そう……なら良かったわ。ハンカチのお返し…楽しみに待っているわね?じゃあまた、折木くん、贄波さん」

 

 

 そう言い残し、ストレートの黒髪をなびかせながら、朝衣もまたグラウンドから姿を消していってしまった。その印象的な後ろ姿を見送った俺は、たった3人しか残っていないこの場で…これからどうしようか…そう考え始めた。

 

 ふと、俺は調査をしていたときの事を思い出した。

 

 ――――そういえば、炊事場の倉庫は雑貨や、消耗品なんかが収められているんだったな。

 

 

「なあ……俺はこれから倉庫のある炊事場に行こうと思うんだが……贄波はどうする?」

 

 

 もしかしたら、治療用の何かもそこにあるかもしれない。そう言った意味を含めた言葉を口にしながら、贄波の方を向く……するとなにやら、彼女は”何か”をサッと隠すように両手を背中に回していた。

 

 一瞬過ぎてよく分からなかったが……ちらりと、朝衣と同じような”ハンカチ”が見えた気がした……。

 

 

 どうやら、贄波も同じように俺を心配してくれていたみたいだ。

 

 

 ――――みんな優しいのだな、俺のような場違いな凡人に対しても。 

 

 

 そんな卑屈な考えを巡らせている中で突然、くぅぅ、と贄波の腹回りあたりからそんな可愛らしい音が鳴った。

 音の主と思われる贄波に目を向けてみると、彼女は赤面しサッと前髪を浮かせながらうつむいてしまった。

 

 その様子を見て…俺はこの場合どのように反応するべきなのかわからなかったのだが……とりあえず今言うべきことは何となくわかった。

 

 

「……一緒に炊事場に行くか?」

 

「う、うん……そうしよっ、か…?」

 

 

 俺自身も小腹も空いてきたのもあるし…炊事場ならお互いの欲を満たせるだろう……そう考え、俺たち2人は、何人もの生徒達が踏みしめていった道をたどり、炊事場へと向かうことになった。

 

 道中、お互い進んでしゃべるタイプではなかったため、会話はとても少なかったが、先ほどの痛い沈黙に比べてみれば、問題のない、むしろ心地よい沈黙であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ちなみに、俺達と同じくグラウンドに残っていた落合についてだが……

 

 

「落合、お前も一緒に来るか?」

 

「僕は風と共にあり、風と共に流れる風来坊……ここでたった1つの詩を紡ぐのも、また一興……」

 

「…………そうか」

 

 

 とりあえず、そのままそっとしておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

【炊事場エリア:炊事場】

 

 

 朝衣からの餞別であるハンカチを頬の傷口に押し当てながら、俺と贄波は炊事場まで続くまっすぐな歩道を歩いていた。

 

 贄波とはグラウンドから現在までお互い無言を貫いており、俺も贄波も口を開く素振りも無かった。……しかし理由は分からないが、今の状況に気まずいという感情はなく、変に心地悪いという訳でもなかった。

 

 

 …普段だったら何を話そうかと終始頭をひねっているはずなのだが、今回は逆に話さなくても大丈夫かな?と、妙な納得感を持ってしまっている自分がいた。……贄波と居ると…不思議とそんな感情が湧き出てくるのだから……変な話だ。お互いにさっき会ったばかりの、初対面に近い間柄であるはずなのに…。

 

 

 …これがコイツの才能というヤツなのだろうか?幸運だからこそ、一緒に居れば安全…みたいな…?……いや、無理矢理過ぎるか…。

 

 

 と、普段とは異なる事で頭をひねっていると。とうとう会話という会話の無いまま目的地である炊事場に着いてしまった。

 

 首と瞳を動かし、広場を見渡してみる。ほんの数刻前に訪れてたばかりということもあってか、少し見慣れた風景が俺の瞳に広がる。

 

 

「……ん?アレは……」

 

 

 …しかし、炊事場の一区画に先ほどとは違う光景が混ざっていた。具体的には、炊事場近くに据えられている木製の椅子に4人の生徒達が腰掛け、テーブルを囲んでいるのが見えた。

 

 俺と贄波は、どうしたものかと、そのテーブルに引き寄せられるように近づいていってみた。

 

 テーブルの上を見てみると、真ん中にはヤカンが、そして4人の眼前にそれぞれティーカップ置かれていた。……一服でもしているのだろうか?と当たりをつけ、さらに近づいてみる。4人の姿と表情がより明瞭になってきた。

 

 椅子に腰掛けていた生徒…まずグラウンドから出て行った時と変わらず、浮かない顔を継続する小早川。それを励ますように背中をさする反町。同じく苦い顔で紅茶を啜る古家。ボーっとした表情で空を見つめ続けている風切。

 

 擬音で表すなら、どんより、という言葉が的確なほど4人の纏う雰囲気は濁っていた。

 

 ……やはりグラウンドでの出来事に参ってしまっているのだろう。このまま無思慮に近づいてもあの雰囲気を浄化することはできないし、むしろ俺の仏頂面だとさらに空気が淀むのは目に見えていた。

 

 ならばここは、できるだけフランクな面持ちで、あの中に混ざってみるのが吉だろう。そう思った俺は笑顔を作る。

 

 隣に居た贄波には怪訝そうな顔をされた気がしたが…気のせいだと考え、そのままゆっくりと近づいていってみる。

 

 すると、近づいてくる俺たちの存在に気付いたのか、反町が明るい表情で手を振り、そしてこっちに来いと手招きをし始めた。さらに、古家も救いを得たかのような表情を浮かべ、風切も微妙ではあるが表情が和らいだ様な気がした。

 

 

 ……どうやら、俺のグッドスマイルが早速効果を出したらしい。数秒前よりも空気は悪くなくなった。ような気がした。

 

 

「おう!あんたらもあたしの特性アップルティーでも飲みに来たのかい?そうなら待ってな、いつもの癖でやかん5つ分くらい作っちゃったから消費に困ってたんだよ………それと…なんだい?その気味の悪い笑みは」

 

「うう、もう入りません。おなかタプタプです………あの、不躾ながら…折木さん、何でそんな変な顔してるんですか?」

 

「あ~本当に破裂しそうなんだよねぇ……もうギブアップ待った無しなんだよねぇ……折木くんも意味の分からない表情してるから余計に変な感じになってきたんだよねぇ」

 

「……無理。……後、公平の顔も無理」

 

 

 ……怒濤の笑顔に対する非難に、俺は早くも膝をついてしまった。

 

 ……何故だ、これでも友人に「その顔、笑えるよ」とお墨付きをもらう程の評価えているはずなのに……!何故なんだ…!

 

 

「お、折木、くん。大丈、夫?」

 

「……問題ない」

 

 

 ……心がほんのちょっぴり涙目だが、問題ない。多分。

 

 

「おうおう、アンタら!折角元気出させてあげようと丹精込めて作ってあげたってのに、その言い草は何だい!食べ物や飲み物を残すと仏さんに怒られちまうよ!」

 

「いやそこは神様に怒らせろよ…」

 

「ていうか…丹精込めて作りすぎなんだよねぇ!!気持ち的な意味じゃ無くて、物量的な意味で!」

 

「いくら人よりも多く食べる私でもキツいとしか…。胃の中にリンゴが攻め込みすぎて、胃液がリンゴ味になってしまいます……」

 

「……もうのーせんきゅー」

 

 

 先ほどの反町の発言と、今の状況をつなぎ合わせてみると……元気の無い3人のために反町がアップルティーを作ったは良いが、作りすぎてしまい、それを消費するために延々と3人がアップルティーを飲み続けて、さらに元気がなくなったという……。という把握で間違いないだろうか?

 

 

 だとしたら――――

 

 

「……善意が裏目にでた……ということか」

 

「でも。おいし、そうだ、ね?」

 

 

 その状況を苦笑いする俺に対するように…贄波は長めの前髪の奥にある瞳を輝かせていた。まあ彼女のここに来た目的を考えると…その反応も当然と言えば当然か。

 

 

「その飲み物…後どれくらい残っているんだ?良かったら俺達にも分けてくれ」

 

「お!ありがたいことこの上ないね!……ええとそうだねえ、確かキッチンにヤカン3つ分くらい残ってたはずさね」

 

 

 そう言うと、反町は待ってましたと言わんばかりに景気よく反応する。そしてその物量を聞いた俺は……もう少し生け贄…もとい協力者を呼び込んだ方が良いだろうか?先が思いやられる気持ちを募らせた。

 

 

「そ、そんなに、ある、んだ!」

 

 

 未だ残り続けているおびただしい量のリンゴのフレーバー(液体込み)に面を食らった俺とは異なり、贄波はうれしさを倍増させていた。

 

 

 ……え、マジか?ヤカン3つ分だぞ?

 

 

 そんな贄波の反応に対し内心で戦慄し、冷や汗をかいていると……ジッと、俺の顔を凝視する反町に気づいた。

 

 

「ん?……どうかしたか?」

 

「……折木アンタ、その頬……」

 

 

 どうやら俺の頬に当てているハンカチが気になっていたらしい。数秒、頬とにらめっこをする反町は、合点がいったかのようにポンッと手をたたいた。

 

 

「……さっきのモノパンの槍から受けたきずだね!ちょっと見せてみな……」

 

 

 神妙な顔つきで俺に近づき、ハンカチの裏のキレイに引かれた1本の切り傷を診察し出す。反町の顔が近づいたことに動揺した俺は、瞳を斜めに動かし、そらす。

 

 

「……近くで見ると本当にキレイに付けられた傷だねえ。……よしっ!待ってな!アタシに消毒とか治療とか諸々まかせるさね」

 

 

 そう言い残し、善は急げというようにパタパタと走って行き、倉庫の中へと姿を消していった。テーブルの周りに、少しの静けさが広がる。

 

 数秒経ってずっと突っ立って待っているのも疲れると思った俺は、他のテーブルから椅子を2つ拝借し、ヤカンの乗ったテーブルの周りに設置し、座り出す。

 

 “贄波も座れよ”と言おうと思ったが、いつの間に姿を消していた……どこに行ったんだ?と見回してみるが…やはりどこにも居ない。

 

 

「んん~口の中でリンゴが踊ってるんだよねぇ」

 

「……しばらくリンゴは食べなくて良さそうですね」

 

「……アッポーが1つ、アッポーが2つ……」

 

 

 キョロキョロと贄波を探すように首を回す俺を余所に、3人はそれぞれ疲弊しながらリンゴへの怨嗟をつぶやく。

 

 この惨状で、本当に俺達2人で飲みきれるのだろうか……?そう俺は不安な気持ちを募らせる。しかし、一杯も飲まないのもまたもったいない、そう考えた俺はヤカンに手を伸ばしかける……と。

 

 

「……そういえば、コップが無かったな」

 

「大丈夫…持って、来てる、よ?」

 

 

 姿をくらましていた贄波は、また忽然と現れ、俺が用意していた椅子に腰かけていた。

 

 お前は幽霊かと言いそうになったが、見てみるといつの間にか俺の目の前にはコップが用意されていいた。どうやら……姿が見えなかったのは、コレを取りに行っていたからみたいだ。

 

 贄波の小さな気遣いに“ありがとう”、そう言おうとしたのだが、贄波の手元に置かれているのはコップではなく…明らかにジョッキであることに口を閉ざしてしまった。

 

 

「……そんなに飲むのか?」

 

「う、うん、変、かな?」

 

 

 ものすごく変と答えたかったが…彼女の個性を尊重し…“変じゃない”と返答しておいた。

 

 

「おおーい、救急箱持ってきたよ!」

 

 

 さて、早速飲んでみようと思った矢先、丁度良いタイミングで、反町がまた急いだ様に小走りでこちらに戻ってきた。

 片手には大きめの、それこそ多少の大けがでも対処できるようなくらいの救急箱がぶら下げられていた。

 

 

「さあ折木、傷見せてみな」

 

 

隣に座り込んできた反町は、俺と対面し、早速治療が施していった。

 

 “少し染みるよ”、そう前置きし、消毒液でぬらした脱脂綿で傷口を撫でていく。確かにピリッとした痛みはあったが、すぐに慣れたのでそのままジッとする。

 

 

「よし……消毒は済んだから……後はガーゼを貼って……はいっ!コレでOK」

 

 

 わずかな時間で諸々の動作を終えた反町に、俺はそのスムーズな手際に関心する。

 

 

「手慣れているな……シスターはこういう処置が得意なのか?」

 

「シスター全員が得意って訳じゃ無いけど……アタシが居た教会は孤児院も兼ねてたからね、ガキどもの傷の手当てなんかで慣れちまっただけさね」

 

 

 消毒用の道具をしまう手を止めた反町は…癖なのか、右手で首に賭けた十字架のペンダントをイジり出す。

 

 

「そのペンダント……大事なモノなのか?」

 

「ん?……まあそうだね。正確には、大事なモノになっちまったモノさね」

 

「……なっちまった?」

 

「ああ。このペンダント、実は1回壊したことがあってね……こう、十字架の長い方をポッキリって感じで……。修理に出すよりか、新しいのを買った方が安上がりだったから、仕方なく新調しようかと考えてたんだけど……」

 

 

 十字架を眺めながら…懐かしむような、それでいて寂しげな表情を浮かべる反町。

 

 

「あのガキども、勝手にこのペンダントくすねて、修理出しちまったんさね。生意気にも、自分たちの小遣い出し合ってね」

 

「……」

 

「結局、ピッカピカに仕上がった安物のペンダントが、この通り今もアタシの首下にぶら下がっているってわけさね」

 

 

 ぶっきらぼうに話しながらも、彼女の目元からは喜びが滲んでいることが分かった。

 

 

「……慕われてたんだな」

 

「そう、かもしれないね……照れる話だけどね」

 

 

 本当に照れるように頭を掻く反町。あまりほころんだ顔を見られたくないのか、俺に顔が見えないよう、適当な方向に顔をそらしてごまかす。

 

 

「……こうやって、ペンダントを握って目をつぶってみると思い出すんだよ……あのガキンチョどもが鼻をたらしながら走り回ってる光景がね……」

 

「…本当に、子供が好きなんだな」

 

「あの孤児院のガキども限定さね。本当は子供相手なんて苦手中の苦手だよ」

 

「……そうか」

 

 

 嘘か本当か分からないが…それでも。そんな子供達に慕われるくらいに…彼女は面倒見が良く、そして優しい人間であることは、凡人の俺でも理解ができた。

 

 

「ああ~~っもう、この話は終わりさね!ほら、予備のガーゼ。シャワー浴びた後とか、新しいのに付け直しとくんだよ…良いね?」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

 その感謝の言葉に赤面しながら、反町はそそくさと治療道具を救急箱にしまい込み、倉庫へ戻しに行った。何となく、反町の人柄というものに触れられたような気がした。

 

 

 そう感慨に耽っていると…。

 

 

「ごちそうさま、でし、た」

 

 

 側で聞こえた贄波の言葉を耳にした俺は、すぐに顔を彼女の方向へと向けた。

 

 

「……お見事」

 

「恐ろしい飲みっぷりでした……思い返す度に何かこみ上げてくモノがありますね……えっと物理的にですけど」

 

「……よい子はマネしない方がいいねぇ」

 

 

 テーブルに転がる3つの空のヤカンと、贄波の口元に垂れるアップルティーの痕跡から、彼女は見事に大量のアップルティーを完飲して見せたことが分かった。

 反町との交流の裏で、そんな場面が繰り広げられてことに驚く反面……どれほどの飲みっぷりだったのか非常に気になった。

 

 

「ご、ごめん、ね?おなか、空いちゃって……」

 

 

 何かをしでかしてしまったと思い込んだ贄波は、アワアワとふためき始める。全く苦しそうに見えないことから…小柄な彼女の胃袋は異次元レベルにでかい…そう理解できた。

 

 

「もう飲まなくても良いと考えれば……はい大丈夫です」

 

「んん、異次元レベルの胃袋なんだよねぇ……」

 

「……とてもマネできない」

 

「……?」

 

 

 そんな俺達の反応を見た贄波は苦く微笑み、御免ねと言いたげに、首をかしげた。

 

 

「おっ!なんだいアンタら、あの量をもう飲んじまったのかい?さっきまであんなに苦戦してたのに……」

 

 

 救急箱を倉庫に仕舞って返ってきた反町は、このテーブルの惨状…もとい、状態を見て、感心の声を上げた。

 

 

「ははは、何か胃のヤツが空きのスペース隠してたらしいから、そこを使わせてもらったんだよねぇ」

 

「アレです!なんとやらは別腹というヤツです!」

 

「……それはスイーツで使う文句」

 

 

 恥ずかしがる贄波に気を遣ったのか、焦ったように小早川に古家は強がるように言葉を並べる。

 

 

「おいし、かったよ?反町、さん」

 

「おお!そうかいそうかい。そう言って貰えるなら余計気合いが入るってもんだよ!!だったら今度はもっと作ってあげなきゃね!!」

 

 

 贄波の言葉に気を良くした反町は、意気揚々に文字通り胃を破裂させる爆弾発言を投下する。

 

 まさかこれ以上の量がいつか食卓に並ぶというのだろうか…?贄波以外の全員は顔を青くした。……贄波だけが少し残念そうな表情をしていたことは、一旦心にとどめておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして…今になって気づいたのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺、アップルティー1杯も飲んでなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

「それにしても、さっきは肝が冷えたよ。いきなりアイツが『ロンギヌスの槍~』なんて言い始めたと思ったら、どでかい槍が折木に向かって飛んでいったんだからね」

 

「ああ、あの時は俺も死を……いや、それを覚悟する前に死んだと思ったよ……」

 

「はい、見る角度によっては顔を貫いた様にも見えますからね……まあ、その角度で見ていたのが私だったんですけど……はい」

 

「……別の意味でご愁傷様なんだよねぇ」

 

 

 数十分前に起きたばかりの出来事のはずなのに、俺を含めた全員は、何故か懐かしむように浸った口ぶりで振り返る。今まで誰も経験したこともデスゲームに巻き込まれたはずなのに、現実味が無いからなのか…そんなことなどまるで意に返さない…さほど悪くない緩んだ空気がこの場を満たしていた。

 

 ……こんなに弛緩した状態で良いのだろうか?もう少し危機感を持った方が良いのだろうか?

 

 いや、もしかしたら…敢えてそういう雰囲気を出さないようにしているのかも知れない…。だけど、そんなことを指摘するのは流石に空気が読めなさすぎる…俺はそう葛藤しながら、黙って皆の会話に耳を傾ける。

 

 …俺は所在なさげに、ガーゼに覆われている1本の傷を指で撫でてみた。血は出ていたが見た目ほど深い傷でも無かったために、ヒリヒリとした痛みも、走るような痛みも無い。じんわりとした、引っかかるような暖かさだけは頬から感じられた。

 

 

「やっ、ぱり。痛む、の?」

 

「…………いや、痛いとは思わない。ただ……」

 

 

 ……ただ思い出してしまう。

 

 一切の表情を変えず、指を指して一抹の死を手向ける、モノパンの姿を。

 

 震えはしないが、背筋に一滴、冷たい何かがつたっていくのを感じた。

 

 これはきっと“恐怖”だ。凡人の俺ではあらがうことすらできない、強大な力をもったアイツに恐怖をいだいているんだ。

 しかし、それとは別に、何故か“良かった”という感情がよぎった。あの出来事を全て夢だと断じず、きちんと“コレは現実であると”自分自身の体が認知してくれていることに、安堵を覚えているからかもしれない。

 

 

「だけど…ね、こうやって五体満足で居られるのも、アンタのおかげさね!」

 

 

 すると唐突に、反町は快活に笑いながら、小早川の背中を思いっきりたたく。側に居た小早川は“あわわわ”と言いながら少し前屈みになった。

 

 

「び、びっくりしてしまいました……もお~驚かせないで下さいよ」

 

「いや悪いね。今生きてる喜びを噛みしめると、アンタにお礼を言いたくて仕方がなくなっちまうんだよ」

 

「あああ~~そうだねぇ。あんときの反町さんまさに憤怒の形相でモノパンに飛びかかろうとしてからねぇ…多分…小早川さんが全霊で止めてなきゃ、きっと……うう、想像もしたくない光景が予想できるんだよねぇ」

 

「イヤなところで言葉をぼやかすんじゃないよ!!言うんだったら男らしくストレートに言いな!」

 

「曲げずに言っても物騒な事には変わらないと思うだけどねぇ……」

 

 

 もしも俺が選ばれていなかったら、反町があのまま飛びかかっていたら…きっとあの場で殺されていたのは…反町や他の誰かだったかも知れないのだ。

 だけど…そんなもしもなんて今考えても仕方がない。それが凄惨なifであるなら、なおさら考えるべきではないのだ。

 

 

「だからこそ、アタシもストレートにお礼を言わないとね……小早川、ありがとうさん」

 

 

 それだとお前が男みたいになってしまうような……と言おうとしたが、反町の真剣な表情を見てツッコむのも野暮だと、俺は言葉を飲み込んだ。その礼に対して小早川は、いやいやいや、と宥めるように慌てて手を振った。

 

 

「いえいえもうそんな、そう言っていただけるだけでも、嬉しいというか、私の様な人間にはその言葉すらもったいないというか……」

 

「偉いくらいかしこまっているんだよねぇ」

 

「腰が低くすぎて、逆に屈折した受け止め方になっている気がするな」

 

 

 そんな小早川を見て何か思うところがあったのか……何やら深く考え込み始める反町。小早川はその思案顔に、もしかして何かしてしまいましたと、不安気な表情を出していた。

 

 

「でも言葉にするだけだったら、アタシの気が治まらないんだよ……何か、他に、礼をできるようなことあれば……」

 

「本当に大丈夫です!もうめっちゃ受け止めてますよ!!反町さんの感謝の気持ち!!こう、胸にドーンッと……ヴェッホヴェッホ」

 

「自分で胸たたいて咳き込んでちゃ、世話ないんだよねぇ」

 

「……難儀な性格」

 

「でも…真っ直ぐな、感じ、で良いと思う、よ?」

 

 

 律儀に感謝の念を伝えようと頭をひねらせる反町と、謙虚な姿勢をつらぬく小早川。そんな2人の微笑ましいやりとりを俺達は冷静に観察していると……急に“そうさね!!”と言いながら反町は立ち上がった。

 

 

 

「小早川……礼と言っちゃなんだけど、アタシが開発したオリジナル護身術……「反町流喧嘩殺法」を伝授してあげるさね!」

 

「……オリジナル、護身術?」

 

「そ、反町流、喧嘩殺、法?」

 

「護身術なのに、喧嘩売ってるんだよねぇ。もう名前からして物騒極まりないんだよねぇ…」

 

「……ヤバそう。いや、ヤバそう」

 

 

 反町から放たれたいきなりの発言に、どうにもついていけなかった俺達は、呆けた表情のままそれぞれ言葉を出していく。そして今にでも弟子にされそうな小早川は立ち上がり、いやいやいやと反町に向けてまた手を揺らす。

 

 

「そ、そんな、護身術だなんて……私ただでさえ華道しか能がないのに、これ以上何か詰め込んだら沸騰で頭破裂しちゃいますよ……」

 

「いーやっ!女なんだから、護身術の一つくらい学んでおかないと、この現代という社会では生き残れないよ!と・く・に!あんたはものすごくかわいいんだから!!どこの馬の骨かなんかに絡まれてみな!すぐに路地裏行きだよ!!」

 

「かわいい……!!それに路地裏……!」

 

 

 意味深な発言に対し顔を真っ赤にする小早川。そんな彼女に売り込むように、反町はズイズイと押していく。止めた方が良いのだろうが…ココは一度見守った方が良さそうだ。

 

 

「反町さんがどれくらいサバイバルな現代を生きてきたかは置いといて……関西最強の不良チームのヘッドから直々に教えてもらえるなんて、人生で1度あるかないかのレアな経験なんだよねぇ……」

 

「……ヘッド?」

 

「言ってなかったかい?アタシはシスターと兼任して、社会にあぶれた輩共もまとめるんだよ?」

 

「関東最強の暴走族、『暮威慈畏大亜紋土(クレイジーダイヤモンド)』に匹敵するって噂の…何だったっけねぇ…」

 

「『御陀仏(おだぶつ)』さね!!」

 

「…らしいんだよねぇ…」

 

「……知らなかった。今まで生意気な態度とってすみません」

 

「…態度の、ひっくり返りが、早、い…!」

 

「んん……まあ、悪くない話なんじゃないか。確かに小早川は美人なんだ、そういう奴らのノウハウをしている人間から護身術を学んでみても損をすることはないんじゃないか?」

 

「び、美人………そ、そうですかね?」

 

「……餅は餅屋」

 

 

 まあ、喧嘩殺法と銘打ってはいるが、本人が言うのだから、護身術であることには変わりは無い……はずだ。

 そんな俺達のアドバイス…と言うか勧めをを受けた小早川は、うう~と唸り、参った様子で椅子に腰をかけ直した。

 

 

「わ、わかりました……ええと、反町さんのお礼、全身全霊で受け取らせていただきます……」

 

「そう来なくっちゃね!!早速明日から稽古を始めるさね!」

 

 

 そういきり立つ反町と、落ち着く間もなくまた慌て始める小早川。

 

 “明日の朝4時からどうさね!””早すぎですよ!!”と忙しなく日取りと時間を決める2人……でもどこか楽しげで、自然と笑みが漏れる微笑ましい空間が作られているのは分かった。俺達はどうやら、蚊帳の外に居るみたいだった。

 

 

「……いやぁ~、でも小早川さん元気になって良かったんだよねぇ。最初にここに来たときは、押せばつぶれいちゃいそうな位グロッキーだったからねぇ」

 

「まあ……無理もないな」

 

 

 ただでさえ繊細そうな小早川のことだ、ストレスのかかるこの状況で、さらに負荷がかかっていてもおかしくは無い。むしろ水無月や落合のようにはしゃいでいたり、のらりくらりとしている方が普通じゃ無い。

 

 

「古家くん、は、どうな、の?」

 

「ああ、そうだった。お前もグラウンドを出るとき…かなり暗い顔をしてなかったか?」

 

「んん?ああ~あれね。あれはね……実にお恥ずかしい話なんだけど…?あたしがいつも論文を送ってる研究所に向けて…何て言い訳をしたもんか…悶々と考えていただけなんだよねぇ……あははは自己保身、自己保身」

 

「…言い訳」

 

 

 ……なんとなく心配して損したと考えてしまったのだが、これは薄情というのだろうか?

 

 

「ああ、そうか……なら別に大丈夫だな」

 

「ちょっと待つんだよねぇ!!全然大丈夫じゃないんだよねぇ!主に、あたしに向ける目が!!」

 

「そんなことは無い…多分」

 

「多分って言ったんだよねぇ!一気に信憑性が薄くなっちまったんだよねぇ!?」

 

 

 どうやら俺の仏頂面は冷めた表情を古家に向けていたらしい……。まあでも…そんなに重く受け止めている様子は無くて良かったというのは…本当だ。

 

 

「風切さん、は、大丈夫、なの?」

 

 

 俺に向けて抗議を続ける古家を無視しながら、贄波は心配の矛先を風切に変えた。矛先を向けられた彼女は…”私?”と、自分に指を向ける。

 

 そしてしばし、ためるように間を取る風切。何だかよく分からないが…妙に気が引き締まる感じになってしまった。

 

 

「わたし、ずっと寝てたから……――――事の9割くらい理解してない」

 

 

 しばしの沈黙。

 

 

 

 

 

 

「……マジか?」

 

「……マジ」

 

 

 衝撃のカミングアウトに衝撃を受けるのと同時に、思い出す……そういえばコイツ、ベンチでずっと寝てたな……と。

 

 そして俺の記憶が正しければ、起きてたのはかなり後半……。具体的には…俺がモノパンから見せしめを受けたときくらい。

 

 

 あまりにものんきすぎるその発言と行動に…俺達は愕然としてしまった。こいつもしかしたら、落合よりも自由人なのかも知れない。

 

 

 それからはもうお分かりの通り…日取りを決め終わった小早川と反町を交え、俺たちはお茶会の後半を風切に対する状況説明の時間に費やした。

 

 

 しかし当の本人である風切が途中で居眠りを始めたり、単純に話を聞かなかったり、さらに腹の虫を鳴らしてきた鮫島と沼野が乱入してくるなどのアクシデントに見回られたりして、想像以上に説明に時間をかけてしまった。

 

 

 

 結局、説明を終えられた時には……空は夜を告げてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

【舗道(噴水広場~ログハウスエリア)】

 

 

 

 風切との意思疎通に疲れ果てた俺と贄波は、自分たちの寝床であるログハウスエリアまでの帰路についていた。

 辺りはすでに暗闇で満たされており、光の居場所は一定の間隔で立ち並ぶ街頭の足下だけになってしまっていた。

 

 

「……」

 

 

 グラウンドから炊事場まで歩いてきた時とほとんど同じように、静かな空気と、風になびく木々のさえずりが俺達の周りで反響する。

 

 

「反町さん、の、作ってくれた、ごはん……おいしかった、ね」

 

 

 だけど少し違うのは、俺と贄波の間に心地よい沈黙だけで無く、小さな会話の花が咲いていることだった。

 

 

「ああ……特にあのチャーハンは絶品だったな……」

 

 

 今話題となっているのは…腹の虫が治まらない鮫島達に気を利かせくれた反町が、簡単に振る舞ってくれたチャーハンの話。良い具合にパラパラとしていて、最終的に俺達をじゃんけんという名の死闘へと誘うほどにその味は絶品であった。

 

 

「あれが、お袋の味というヤツなんだな……」

 

「多分、ちがう、と思う」

 

 

 冗談のつもりで言ったのだが……かなり真剣な表情で否定されてしまった……。イヤ別に、そういう意味では無く……ただ、そう錯覚してしまうほどに心温まる味であった…そう言いたかったのだが。

 

 

「…だけど贄波……さすがにアレは食べ過ぎだったんじゃないか?」

 

「うう……そ、そう、かも」

 

 

 鮫島達と負けず劣らずの腹の虫を鳴らしていた贄波は、空腹の勢い余って大盛5杯の焼き飯を平らげていた。

 だからこそ俺達は残りわずかなメシを争奪するべくじゃんけんをする羽目になったのだが……こっそりと参加していた贄波は俺達をじゃんけんで下しに下し、さらに1杯プラスアルファで食べきっていた。まさに天性の大食らいとも言える大立ち回りであったのだ。

 

 まさに執念と呼ぶべき、恐ろしい食欲である。あの反町の、まさに微妙としか形容できない引きつった表情を俺は忘れることはないだろう……。

 

 暗にそう指摘するようなことを……俺に言われて、欲望に忠実になりすぎたと感じてしまったのか、贄波は気恥ずかしそうにうつむく。

 

 

「…………だがしかし、まあ、ここの空はご丁寧に夜も演出してくれるんだな……」

 

 

 少々イジりすぎただろうか…そう思った俺は話を切り替えるように空を見上げ、昼から夜へと様相を変えたこの施設についての話を切り出した。

 

 

「えっ?………うん…そうだね…………ほん、とに、キレイ」

 

 

 俺につられて同じく顔を上げる贄波。長い前髪は耳元まで垂れ下がり、あらわになった翡翠色の瞳が天井の星々を写し上げる。

 

 プラネタリウムのように彩られた夜空の映像。まがい物の空であるとは分かってはいるのだが……そう言われなければ気づかないほどにリアルな星の海。

 

 

「でも、変な感じ、だよ、ね……動物の、声もするのはず、なのに、姿も、見えない。そこに、いるはずなの、に、だけど、いない……」

 

 

 さらに視覚だけで無く、自然と聞こえてくるヒグラシの声も、夜特有の湿気った匂いも、なにもかもが本物だと錯覚してしまう。そのことに向けてなのだろう…贄波は困惑した表情を俺に向け、そんな所感を述べ始めた。

 

 

「ああ、なんだかくしゃみをしようとしても出し切れなくて、結局納得しないまま終わったような、そんな変な感じだな……」

 

「……………そ、そうか、な?」

 

 

 賛同する俺の言葉に……贄波は困惑した表情を維持したまま首をかしげられた。結構真面目に考えた例えだったのだが……。どうやら贄波には響かなかったらしい。

 

 そんな、何処かズレたような静かなやりとりをお互いに交わしている内に、気づくと俺たちは、寝床が密集するログハウスエリアにたどり着いてしまっていた。

 

 もう着いてしまったのか……何だかあっという間だったな。

 

 そう名残惜しいような感覚のまま真ん中の広場まで歩き、俺と贄波は互いに顔を見合わせる。

 

 

「そ、それじゃ、また明日、ね?」

 

「ああ、また明日、な」

 

 

 そう別れの言葉を交わし、軽く手を振りながら俺たちはそれぞれの部屋と戻っていった。今生の別離でも無いのはずなのに、何となく寂寥感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  *  *  *

 

 

【ログハウスエリア:折木公平の部屋】

 

 

 扉の先に広がっていたのは、自分らしい、ベッドとタンスと机だけの何の特徴もない殺風景な部屋だった。

 

 ……だけど、俺は感じる、ここは俺の部屋であると、ここに俺は住んでいるのだと。何十年もここに暮らしていたかのような安堵の気持ちと、鼻をくすぐる郷愁を促す臭いが俺の五感にそう告げていた。

 

 

 そして安心感を得た俺に、ドッとくるような疲労が体全体を覆い尽くす。

 

 ……無理の無い話だ、今日一日で1人の人間が経験し得ない山のようなイベントの数々が、凡人である俺に降りかかってきたのだから。

 

 

 希望ヶ峰学園への入学……15人の個性的な同級生との会合……モノパン……ジオ・ペンタゴン……永久の共同生活……そして、コロシアイ。

 

 

 走馬灯のように駆け抜ける言葉を思い返しながら、俺はベッドに全身を投げ、沈める。洗いぬかれたきれいなかけ布団に、しわ一つないピンっと張ったシーツ、サービスの行き届いたホテルの如く洗い抜かれた和らぎは、俺の心を優しく包み込む。……俺は固い表情を崩し、頬を緩ませながら目を閉じる。このまま自分の心に従って眠ってしまおうか……欲望に身をまかせてしまおうか……そう考えだす。

 

 

 ……そこでふと、俺は違和感を抱いた。そして思い返す、確か、俺は最初にこのベッドの上で目を覚ましたはずだ……なら、何故、しわ1つのよれすら無いのだろうか……?と。

 

 さらに、上の方から漏れ出す禍々しい気配を察知した俺は、跳ね起き、扉を背にして後ろに下がる。

 

 

 

 

 

 ……案の定、窓際に立っていたのは、俺達に全力の悪意を振りまき、コロシアイを俺達へけしかけた、――――モノクロカラーのパンダ(どう見てもクマ)であった。

 

 

「くぷぷぷぷ、別にそんな警戒しなくても良いじゃないですカ?……折木クン?」

 

 

 右手に握るステッキを左手でイジり、嫌みったらしい笑みをたやすくこと無く、甲高くふざけたような口調で、”モノパンは”俺に語りかけてきた。

 

 

「警戒するな…か。無理を言うな……」

 

 

 “くぷぷぷぷ、まあそりゃあそうですよネ……”モノパンはそうつぶやきながら、頭の上のシルクハットの鍔をかぶり直すようにイジり出す。

 

 

「……どうやって、入ってきた?」

 

 

 警戒心をあからさまなくらいむき出しに、モノパンへと静かに問いかける。

 

 

「くぷぷぷぷぷぷ、紳士に不可能なことは無い、ましてや部屋に無断で侵入することなど造作も無い……と言いたいところですが、単純に窓が開いていたので密かに侵入させていただいたんですけどネ?」

 

 

 “不用心ですねェ~”と酷く馬鹿にしたようにニヤニヤとする………。何だか嘘くさいような事を言っているが…多分俺自身が迂闊だったのだろう。

 

 

「……だったら何の用だ。俺はこれから睡眠を取って今日一日の疲れを取らなければならない……これ以上疲労を重ねようとするのなら、他の部屋に行かせてもらう」

 

「まあまあ折木クン。そう死んだような目をしながら健康的な事をおっしゃらないで下さいヨ~。別に大した用件ではありませんシ……ていうか用件というよりもお見舞いみたいなモノですヨ」

 

「…死んだようなは余計だ」

 

 

 するとモノパンはシルクハットを突然脱ぎ出し、中に手を突っ込みガサゴサと探り始める。すると、まるでマジックのように様々な果物が乗ったバケットが姿を現した。俺は目を見開き、驚を露わにする。

 

 

「はぁい折木クン……先ほどはいきなり槍を差し向けてしまい申し訳ありませんでしタ……コレはお詫びの印でス。どうぞ受け取って、そして割と早めに召し上がって下さイ。賞味期限が心配ですからネ……」

 

 

 一体にコイツは何を言っているのだろうか?いや、何をしているのだろうか?急に謝り始め、急にお詫びを申し上げ始めるモノパンに、俺は頭の中を混乱させる。

 

 

「くぷぷぷぷぷ、やはりそうなっちゃいますよネ~?いきなりワタクシのような性根の腐った『パンダ』が、いきなり親切に果物を届けに参上するだなんて……カオスですよネ~?」

 

「……何が狙いだ」

 

 

 コイツが何の意味も無く俺達に近づこうとする訳がない……今までのコイツの狡猾さと、そして今も感じるうさんくささが、それを物語っている。きっとこの手土産にも何かしたの思惑があるはずだ。

 

 

「くぷぷぷ、狙いなんてありませんヨ……ワタクシは紳士ですから、真摯な気持ちでキミに誠意を見せたいだけですヨ……あっ!コレシャレじゃないですからネ?ホントですヨ?ホントなんですからネ!?」

 

 

 急に恥ずかしそうに慌てふためき始めるモノパンに対し、俺は自慢でも無い仏頂面で怪訝な表情を作り出す。

 

 

「もういい……モノパン、そのバケットはありがたく受け取っておくから……出て行ってくれ」

 

「あららラ?そうですカ?それはなんだか寂しいですネ~……よかったらおしゃべりとかしませんカ?ワタクシ結構話題が豊富なんですヨ~?例えば……とある道のマンホールからアナコンダが顔を出していた話とカ……」

 

「用件はもう済んだんだろ…………これ以上の無駄話はごめんだ……」

 

 

 俺は扉を指さし、部屋を出て行くことを促していく。……確かに少し気になる話ではあったが、さすがに容量オーバーだ。

 

 

「はぁ……そうですカ……紳士であるワタクシは、折木クンのお言葉通り、大人しく撤退させていただきますよ~ダ」

 

 

 “はぁ……”ともう一度大きなため息をつきながら、トボトボと扉に向かう。

 

  そのがっかりとした態度に……なんとなく罪悪感が湧いてくるが、それ以上にコイツからはどうしても、相まみえることができないという拒絶の情が先行してしまうのだ。

 

 もはや友として語らい、手を握り合う未来も無い。

 

 

 ……だけどまあ、1つ、礼ぐらいは言っておくべきか……。

 

 

「……モノパン。ベッドメイキングについてなのだが……お前がやったんだろう?……礼は言っておく」

 

 

 仮にもコイツは施設長なのだ、他に従業員の姿も見られないことだから……恐らく施設の食糧の補充とか、施設の清掃等などをやってくれているのだろう……。

 

 

「い、いやぁお礼だなんて、そんな当たり前のことをしたまでですヨ~……でもそこまで言うのでしたら、仕方ありませんネ~」

 

 

 トボトボとした足どりを止め、クネクネと頬を覆いながら踊り出す……。

 

 

「まあ、折木くんがァ?そこまでお礼をしたいというならァ?ワタクシと小一時間ほどお話を……」

 

 

「帰れ……!」

 

 

 “ちェ~”とモノパンはふてくされた様な口ぶりで、マントを翻し忽然と消える。

 

 一時の嵐が去ったことを確認した俺は、ふぅ、とため息をつきベッドに座り込む。そして俺は、モノパンの消えた静けさに浸りながらウトウトとまぶたを揺らす。

 

 うつ伏せの体勢でベッドに体を沈め、目を閉じる。いらない過程を経てしまったが、やっとの休息だ。

 

 俺は遅延していく意識の中で、日記を書くように思いを巡らす。

 

 今日という日は、偽りの自然と調和した箱庭に隔離され、コロシアイを言い渡されるような最悪の一日でもあったが、同時に少し頭が痛くなる愉快な友人達と出会えた、幸福な日でもあった。

 

 

 

 これから、この先も、コロシアイなんて起きるはずが無い……だってあいつらは……きっと良い奴らなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はそんな根拠の無い確信を持って…意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『モノパン劇場』

 

 

 

 

「いやぁ、今日も一日お疲れ様でしタ~」

 

 

「彼らにとって、今日という日は人生で最も不幸で、最悪の一日になったはずでス」

 

 

「幸福な気持ちを感じるようなヤツなんて、居るわけ無いですヨ!」

 

 

「……何故断言できるのかですっテ?」

 

 

「それは勿論、ワタクシが紳士、だからですヨ~わかりきったこと言わせないで下さいヨ~」

 

 

「ではそれに加えて断言いたしましょウ!次の日になったら、絶対に!生徒が1人、お亡くなりになっていることでしょウ!!」

 

 

「賭けてもいいですヨ!もし亡くなっていなかったらこの自慢のモノクルを割っても良いですヨ!!」

 

 

「いやぁ~楽しみですネ~信じていた級友が同じ級友を犠牲にし、自分だけの幸福な未来にありつく……んん~皆さんの絶望を浮かべた表情を創造するだけで心がおどりますヨ~~」

 

 

「……そろそろ夜も深さが増してきましたね、ですのでここで一旦区切ることにしましょウ。、それでは皆さん!グッドナ~イト、くぷぷぷぷ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生き残りメンバー:残り16人』

 

 

 

【超高校級の特待生】折木 公平(おれき こうへい)

【超高校級の陸上部】陽炎坂 天翔(かげろうざか てんしょう)

【超高校級のパイロット】鮫島 丈ノ介(さめじま じょうのすけ)

【超高校級の忍者】沼野 浮草(ぬまの うきくさ)

【超高校級のオカルトマニア】古家 新坐ヱ門(ふるや しんざえもん)

【超高校級の天文学者】雨竜 狂四郎(うりゅう きょうしろう)

【超高校級の吟遊詩人】落合 隼人(おちあい はやと)

【超高校級の錬金術師】ニコラス・バーンシュタイン(Nicholas・BarnStein)

【超高校級のチェスプレイヤー】水無月 カルタ(みなづき かるた)

【超高校級の華道家】小早川 梓葉(こばやかわ あずは)

【超高校級の図書委員】雲居 蛍(くもい ほたる)

【超高校級のシスター】反町 素直(そりまち すなお)

【超高校級の射撃選手】風切 柊子(かざきり しゅうこ)

【超高校級のダイバー】長門 凛音(ながと りんね)

【超高校級のジャーナリスト】朝衣 式(あさい しき)

【超高校級の幸運】贄波 司(にえなみ つかさ)

 

 




どうもこんにちは、水鳥ばんちょです。
少しずつ、本当に少しずつ物語は動いていきます。結構設定は固めているので、随所に伏線がちりばめられています(多分)。


↓以下コラム


『ジオ・ペンタゴンの地図』

ジオ・ペンタゴン:エリア1…https://www.pixiv.net/artworks/82627619

ジオ・ペンタゴン:中央棟…https://www.pixiv.net/artworks/82627983
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