お気楽そうなトレーナーとナイスネイチャがほのぼの?頑張る話 作:たーぼ
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トウカイテイオーが出ないと発表されたという事もあってレース場内の観客にもざわつきが広がっていた。
主役の不在。目玉を失ったレース。トウカイテイオーが3冠を取る瞬間を見るために集まった観客達の意識はもはやレースにはなく、ケガをしてしまった彼女への心配や喪失感で埋め尽くされている。
こうなってしまえばこの空気感を変えられるのはもうレースしかない。レースさえ始まれば観客の意識はウマ娘達に向くはずだ。
(テイオーが出ないってだけでこうも雰囲気が変わるのか。改めて俺もネイチャもとんでもないヤツに勝とうとしてるんだな)
自分達が勝とうとしているライバルはこれだけの影響をたくさんの人に与えている。それは無敗を誇る圧倒的な強さ、誰をも魅了してしまう走り、3冠ウマ娘という夢まで一気に駆け抜けるような実直さがあったからだ。
その夢はケガで潰えてしまったけれど、彼女の強さを知っている者達からすれば、きっとこのレースに出ていれば勝っていたのはトウカイテイオーだと誰もが言うだろう。
そう言わせてしまう貫録が既に彼女にはあった。
しかし、そんな彼女に勝とうとしているナイスネイチャにそれほどの実力と魅力があるかと問われ、首を縦に振る者はいない。きっと誰もがネイチャよりもテイオーが勝つという選択肢しか選ばない。
ただ1人を除いて。
(今は絶対的な主役のテイオーがいない。心配ではあるけど、それなら今日はネイチャが勝つ可能性は高くなってくる。初のGⅠだし、ここで勝って自信になればいいけど)
パドック前のネイチャの後ろ姿を思い出す。
どことなく小さく見えた彼女の姿に不安を感じたのは確かだ。唯一の懸念点。ほんの一つの綻びがレースに支障をきたすのをトレーナーはよく知っている。
ファンファーレが鳴った。
もうレースが始まる。
(あとは、ネイチャの精神次第か……)
京都レース場。GⅠ『菊花賞』。
芝、良。距離、3000m。天候、晴れ。右・外回り。
ゲートが開かれた。
(今のところはまだ問題ない、か)
一周目の第1コーナーの坂、第2コーナーと第3第4コーナーを過ぎた辺りでネイチャの走りには何の変化も見当たらない。
『菊花賞』、数ある長距離レースの中でも春の天皇賞に次いで長いとされていて、二度の坂超えもあり特にスタミナが必要とされる長丁場のレースだ。
大抵のウマ娘は初の菊花賞の終盤にはスタミナが切れてしまい伸びきれずに終わってしまう。
だからスピードとスタミナが求められる事から菊花賞はこう称されている。
『最も強いウマ娘が勝つ』と。
その栄光を手に入れられるのはただ1人。だからみんな今日のためにトレーニングを頑張ってきているのだ。
当然ネイチャもその1人。スタミナを重点的に鍛え、夏場に短期間でレースに挑み見事連勝をかっさらってきた。
現に今のネイチャの順位は後方の12着。18人のウマ娘が出るレース運びとしては好位置につけている。
差しが得意な彼女にとっては充分1着を狙える差。あとは警戒しているウマ娘達を観察して仕掛けるタイミングを誤らなければ問題はない、はずだ。
しかし、やはりどうにも気にかかる。
モニターに映っているネイチャの表情に明るさを感じられないのだ。
(何もないといいけど)
この思いが彼女に伝わるかどうかは分からない。
それでもトレーナーはこうするしかないのだ。レースが始まれば見る事しかできないから。
レースは最後の坂、二週目の第1コーナーへと入ろうとしていた。
ここから展開が一気に動き出す。既にスタミナが切れかかっているウマ娘もいるようで順位が落ちてきている者もいた。仕掛けるタイミングとしては今が最高潮。むしろここで行かなければ逃げを得意としている10番のウマ娘に追いつけなくなってしまうのだが。
思わずトレーナーの口が開いていた。
「……どうしたネイチャ。タイミングが遅れてるぞッ!?」
────────
ほんの少し前、二周目の坂に入りかかる前だ。
(テイオーがケガ……大丈夫なのかな。レースに出られないなんて……)
レースが始まる前や始まってからもネイチャはずっとそんな事を考えていた。
いいや、考えてしまっていた。
レースに集中しなければならない状況でそれ以外の事を考えていれば、どうなるかなんて分かっているはずなのにだ。
どうしても頭の中から雑念が消えない。余計な事ばかり考えてしまう。
(っ、こんなんじゃダメ。レースに集中しないと……)
しかしもう遅かった。
ほんの少しの油断と隙がレースの勝敗を分ける瞬間がある。そして、最初からレース以外の事を考えてしまっていたネイチャと、早くも思考を切り替えていたウマ娘達との差は決定的になっていた。
(……あ、れ?
もはやそこからだった。
そこからもう差があったのかもしれない。切り替えができず、トレーナーの言葉をちゃんと聞き取れていなかった時点でズレは大きくなっていく。
普段ならば仕掛けるタイミングも分かっていたはずなのに、坂を上っている最中に差を詰めるはずだったのに、気付けばネイチャは
ふと前を見る。どんどん追い上げていくウマ娘達がいて、逃げていくウマ娘もいた。自分は何をしている? ネイチャ以外にもテイオーの出走取消に動揺していたウマ娘もいたはずだ。
そんな娘達はちゃんと切り替えて自分の走りを見せているのに、テイオー自身に勝つと言ってみせた自分は何をしている。
ケガをしてしまった彼女に、こんな情けないレースを見せられるのか?
(しまっ……!? くッ!!)
ガンッ!! と。
だいぶ遅れての末脚がネイチャの足元で破裂音のように鳴った。
致命的と言う程ではないが、それでも先頭との差は結構ある。これを巻き返すのは正直に言って厳しいだろう。
気付いた時にはもう遅いかもしれないが、それでもネイチャはスピードを増していく。幸いスタミナ増強をメインにしていたおかげか体力も脚もまだ残っている。
少しずつでもいいから順位を確実に上げていく事に専念しないといけない。今になってトレーナーの言っていた言葉を思い出した。
トウカイテイオー以外に警戒しなければならないウマ娘。勝負服のため番号は分からないが、今先頭集団にいる3人。この長距離をずっと逃げ続けている先頭のウマ娘、そのすぐ後ろから追い上げている2人のウマ娘。あれがトレーナーの言っていたウマ娘達に違いない。
最終コーナーも終わり、最後の直線に入った。
ここで全てが決まる。この直線404mを制した者が最も強いウマ娘となる。
しかし、ネイチャと先頭の差は7バ身もあり順位はまだ6位ほど。意外にもスピードが遅くなるウマ娘が少ない。みんなこの距離に喰らい付いているのだ。
実力も才能も特別じゃないネイチャにとってこれらを差し切るほどの力を持っているかと言われれば、答えはノーだ。
(ここからどうにかしないと……テイオーにも、トレーナーさんにも顔向けできない……!)
トウカイテイオーに勝つ。無謀とも言える言葉を本人の目の前で言った。そんなネイチャの言葉をテイオーは真正面から受けてくれたではないか。
それをテイオーが出られなくなったからと言って惨敗していい理由にはならない。そんなふざけた言い訳を許してくれるはずがない。
何より、だ。
こんな自分を応援して見に来てくれているファンの人達を考えれば、諦める選択肢なんて簡単に捨てられる。
(言わせない……)
きっとトレーナーはタイミングを間違えた自分とその原因にも気付いている。2番人気なのに体たらくな結果を残す事は許されない。だから失態は走りで取り返せ。情けない姿を見せるな。特別でないならないなりの足掻きを見せろ。
そして、表明するのだ。
(テイオーが出ていればなんて……絶対に言わせないッ!!!!)
芝を踏む音が更に大きくなる。
ネイチャのスピードがここに来て更に増したのだ。どこまで届くか分からないけれど、限界まで脚を使い切れ。
ここで根性を見せないと、ずっとテイオーに勝てないままだ。
それだけは絶対に嫌だと、証明してみせろ。
視界を前だけに集中する。もう余計な雑念はない。少しでも足を前へ進め、抜く事だけを考える。
ゴール板までおよそ100mを切った。1人2人と追い抜き、あと残っているのはトレーナーの言っていた3人のウマ娘のみ。だけど、その3人が遠い。
(……ッ、差は、縮まってるのに……!!)
先頭との差は4バ身。逃げていたウマ娘が追い上げてきたウマ娘に抜かれている状態だ。ネイチャの前にいるウマ娘こそ逃げていたウマ娘、さすがにスピードが落ちてきたのか差は縮まっている。
だが、その少しの差が果てしなく遠く感じてしまう。
ゴール板はもう目の前。
だからこそ悟ってしまった。
あのスパートを仕掛けるタイミング。
決定的な差を生んでしまった雑念のズレ。これが、レースなのだと。
(ぅ、あ、あぁ……!)
京都レース。
菊花賞──ナイスネイチャ、4着。
────────
控え室。
レースを終えたネイチャはそこへ帰ってきた。先客がいた。見ずとも誰なのか分かる。出来るならあまり顔は見たくないのかネイチャの視線は下に向いている。
「とりあえずはおかえり、ネイチャ」
「……うん」
声に覇気はなかった。ただいまの一言も言えない精神状態なのかとも思ったが、どうやらそうではないようだ。
次に言葉を放ったのはネイチャだった。
「トレーナーさん……ごめん……アタシ……」
「……そんな顔してるって事は、今日のレースがどんだけ酷かったのかは自覚してるみたいだな」
「ッ……う、ん」
普段なら負けたとしても優しいトレーナーが言ったのは厳しい一言だった。
自分のトレーナーから酷かった、なんて言われるほどのレースをしてしまったのだから何も言えないと俯くネイチャ。これに関しては全部自分が悪いと分かっているのだろう。
「レース前にトレーナーさんから言われてたのは分かってたのに……アタシ、テイオーの事ばかり考えちゃってた……。あれじゃ負けて当然だよね。最後は勝ちに行ったつもりだったけど、結局は情けない姿見せちゃった」
みんなの願いや期待を背負った勝負服を両手でギュッと握り締めて震えながら言っている。
こんなレースをさせたかった訳じゃない。負けたとしても清々しく次へ繋げられるような、最後には楽しいと思えるようなレースをさせたかったのに、今の彼女からはそんなのを微塵も感じられなかった。
責任はネイチャだけにない。自分にだって責任はあるのだ。
ちゃんとネイチャの心の支えになってやれなかった自分にも非はある。
だから。
レールをごっそりと切り替える必要がある。やる時は盛大にだ。まだまだ子供の彼女が重く俯いている表情を見たいと思うトレーナーなんていないのだから。
「それが分かってるならいいんだ」
「……え?」
「自分の何がダメだったのか分かってんだろ? ならちゃんと反省点を見付けて改善できるって事じゃねえか。それさえ分かってりゃいいよ。あとは敗因を糧にして次勝てるように頑張ろうぜ」
自分の担当ウマ娘には笑っていてほしい。それが渡辺輝だ。
だからいつまでも重い雰囲気にしてやるものかと笑ってみせろ。今度こそネイチャの心の支えになれるような男になれ。
「テイオーを意識してばっかのお前は今日で終わりだ。これからはあくまで最終的にテイオーに勝つ事を考えて、他のレースで勝って自信をつけていけばいいさ」
「トレーナーさん……」
ある意味、だ。
ここからが本当のスタートかもしれない。課題は見えた。あとは実施していけばいいだけの話。
「俺と一緒に行こうネイチャ。次のステージに」
手を差し伸べる。
彼女の瞳に微かな揺らめきがあった。負けた悔しさか、それとも別の意味か。
ただ、その手を取ったネイチャはこう言ったのだ。
「うん……アタシも、いや……アタシもトレーナーさんと一緒に行きたい!」
そう簡単に勝てない世界線。
だけどそれがネイチャらしいといいますか。
では、今回高評価を入れてくださった、
Raven(ゴミナント)さん、SerProvさん、ぐみすらいむさん、アムネシアさん
以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!
はよイチャコラさせい。