お気楽そうなトレーナーとナイスネイチャがほのぼの?頑張る話 作:たーぼ
11月中旬。
さすがに秋も終わりかけ冬が近づき始めた少し肌寒い放課後。
陽も短くなり夕方の18時にはもう空は茜色ではなく青く淀んだ薄暗い黒に染まりつつあった。
トレーナー室。グラウンドでの練習は今日はなく、トレーナーとナイスネイチャはずっとこの部屋にいた。
何をしているのかと問われれば、まさしく勉強の真っ最中である。
言われるがまま勉強という名のレース教本を見ていたネイチャはようやく疑問を口にした。
「ねえ、何でアタシ練習じゃなくてここで勉強してんの? いや言われた時からちょっと疑問に思ってはいたけど何か考えがあっての事だよね?」
「ああ、今日はどこのコースグラウンドも予約取れなかったからする事なかったしな。ちょうど良いと思って」
「何がちょうど良いのさ?」
自分がやっていた作業を中断してネイチャのいるソファへと移動する。
ついでに自分の机に置いていた山積みの本を両手にだ。置くとダンッと重い低音が耳を刺激した。
「うわっ、凄い量の本……これ、全部レースとかに関係ある本なの?」
「まあな。『菊花賞』の後からレースやウマ娘についての資料本を追加で買ったんだ。一応ひと通り全部は読み終わってるぞ」
「これ全部読んでんの!? はえ~、分厚いのが10冊以上もあるんですけど……」
ネイチャが色々手に取っている本の中には様々な事がテーマとして表紙に書かれている。
『レースの坂について』。『長距離の極意』。『ウマ娘の精神状態について』。『自分でもできる精神療法』などだ。中身を読めば他の本に似たような事も書かれていそうなのに、そういうのは一切ない。
メインタイトルを軸に、それを極限に解説したものや事細かに解決法などが書かれている。たった一つの命題を取り扱うのにこんな分厚い一冊の中にいったいどれだけの文字数が使われているのか。
変に話題とか逸らしてたまに脱線してしまうようなタチの悪い教本とかではないだろうな、という心配を隠せてないネイチャ。表情に思いきり出ている。
「どれもちゃんと勉強になる良い資料だったよ。本棚にあるやつ達とはまた違って内容もそんなに被ってないし、これまでの反省とこれからの課題も見付けられたからな」
「課題?」
「次のステージに進むって言っただろ」
菊花賞の後、控室で言った言葉を思い出す。
ネイチャも強く印象が残っているのかすぐに思い出したようだ。
「テイオーを意識してばかりのお前はもう終わりだって。これからはテイオーはあくまで最終目標にする。クラシック級、シニア級と他にも強いウマ娘はわんさかいるんだ。相手の得意な戦法がテイオーにはないモノだった場合、それの対策を練る必要がある。特にシニア級は先輩ウマ娘も出るから余計勝つのは難しくなってくるだろう」
「そう、だよね」
「おそらく『あの』テイオーですら適性距離の差で勝てないウマ娘だっているかもしれない。それだけ化物級の相手がいると思った方がまだ心の準備もできるだろ」
「テイオーでも、勝てないレース……」
「あいつは主に中距離のレースに出てるけど、長距離レースは未だ未知数だ。この前の菊花賞で見極めるつもりだったけどケガで出れなくなっちまったからな」
ネイチャの顔が少し暗くなる。テイオーの事を考えているのかとも思うが、一番は不甲斐ないレースをした自分の事を思っているのだろう。
彼女としてはあまり良い思い出にならなかったのも仕方ない。暗い話がしたい訳じゃないのだ。
「とは言ってももうテイオーはトレーニング復帰はしてるんだろ?」
「え? うん、教室でもずっとケガで出られなかった分のレースは復帰した時に勝って取り返すって息巻いてたよ。さすがめげないキラキラ主人公って感じ」
「本来復帰後のレースは厳しいもんなんだけど、例外としてああいうヤツは復帰してからが一番怖いからな。っと、話を戻すか。テイオーでも長距離だと勝てない可能性は充分にある。長距離を得意としてるウマ娘がいるなら尚更な。レースに絶対はない。だからこそ、自分と戦う強者の事は全員警戒しないといけないんだ。気持ちから負けてちゃ勝てるもんも勝てないからな」
「気持ち、か」
菊花賞、あの時はもう気持ちから負けていたのかもしれない。ネイチャからすればライバルであり友人でもある彼女が、ケガをして大切な三冠ウマ娘を取るという夢が潰えた瞬間を感じてしまった。
そんな心配事をテイオー本人ではなくネイチャが考えてしまっていた時点で、あのレースに勝てるはずもなかったのだ。
だけど、それでもとトレーナーは付け加えて、
「終盤には何とか切り替えて追い上げての4着。絶望的な状況から掲示板に入り込めたって事は、ちゃんと走れていたらもっと上位に食い込んでた確信が俺にはある。そのための勉強だよ」
「そのための?」
「ああ。俺が読んでた本とか見てると分かると思うけど、レースの最中でも直前でも、いつだって冷静でいるためにあらゆる手段を尽くす。そのために知識は必要不可欠になってくるんだ。自分の精神、心をコントロールできればレース運びに支障が出る事はないはずだ。ネイチャの実力は確実に上がってる。だから今鍛えるべきなのは脚じゃなくて、いつでもちゃんと走れるように知識と心のコントロールを覚えるべきだ」
「……うん、ありがとね。アタシのためにこんな事までしてくれて」
しおらしく俯くネイチャ。隣のトレーナーから見ても感謝なのか菊花賞での事を申し訳なく思っているのかどっちなのかは正直分からない。
しかしそれももう終わった事だ。次のステージに行くのなら、担当ウマ娘と一緒にと決めたのは自分である。
「俺もトレーナーとしちゃまだまだだしな。一緒に強くなっていけばいいさ。それに、レース中だったからこそ余計な考えはしない方がいいってのは事実だけど、友達の事を第一に考えて心配してやれる気持ちに間違いなんか絶対にない」
「トレーナーさん?」
「あの時は急だったから仕方ねえよ。俺だって大事な場面で大切な人にもし何かあったら集中できるかって言われるとそうとは言えないからな。だからネイチャの気持ちは間違いじゃない。それだけは言いたかったんだ」
他の者からすればそれこそ甘えだとか、だから勝てないんだと言われてしまう事なのかもしれない。レースの時はレースだけの事を考えないといけないと言われればそうなのかもしれないけれど。
でも、だけど、誰かを心配してそう思う気持ちだけは絶対に否定してはいけない。
厳しさよりも、何とも思わない冷酷さよりも、つい優しさを取ってしまった彼女の想いを、誰が何と言おうとトレーナーだけは肯定してやらなくちゃいけない。
レースの結果を見てネイチャは何がいけなかったのかを自覚していた。ならば後は褒められるとこを褒めるだけでいい。
「自分の担当ウマ娘が優しい娘で良かったと心の底から思ってるよ。ははっ、何か俺のタイプみたいになってきたなネイチャ。いや、元から優しいし最初からタイプだったのか……? 走りに一目惚れしてたしな俺」
「ぶふぉっへっ!? ななななな何いきなり!? ちょっと良い話風になってたのに急に変な事言ってぶっこんでこないでくれません!?」
「お、何か久々に良いリアクションだったな」
ご丁寧に耳も尻尾も天井まっしぐらへ伸びている。
こんなに顔を真っ赤にしているネイチャも菊花賞以来では初か。相変わらず可愛らしい反応をしてくれる彼女である。
「ったくもー……これだからトレーナーさんは油断ならないんだよね……」
「俺を敵扱いみたいな言い方はやめてくれないか」
「ある意味敵かもね~」
「お、言うねえ。いいのかなそんな事言って。泣いちゃうぞ。坊泣いちゃうぞ」
「良い大人が某赤ちゃんの真似すんじゃないっての」
気付けば雰囲気がいつもの陽気なものへと変わっていた。
やはりこちらの方が自分達には合っていると確信するトレーナー。ネイチャのためなら基本的にどんな事でもしてやるつもりである。
流れは確実に変わった。
自分達はもう次のステージに行くためのレールを進んでいる。
来たるべき次のレースへ向けて、トレーナーは言う。
「んじゃまあ、有馬記念までにもっと勉強でもするか」
「いや下校時刻だから今日はもう帰るよ」
「マジじゃん……」
締まらない一日の終わりだった。
有マまでに何かほのぼの一話くらい挟みたい所存です。
では、今回高評価を入れてくださった、
ziss_さん、棚兵衛さん、たきょさん、みーこれっとさん
以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!
SSRネイチャ可愛さとカッコよさの権化すぎる……。