お気楽そうなトレーナーとナイスネイチャがほのぼの?頑張る話   作:たーぼ

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38.天皇賞(秋)後編/深緑領域、開花

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が桁違いに強いのなんて最初の最初から分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 デビューする前の選抜レースだって、一緒に走ったレースだって、強豪が集まるGⅠレースだって、全てを抜き去り彼女は1着だった。

 自分にとっての憧れ、羨望、憧憬、詠嘆、敬慕。卑屈な自分からすれば彼女の存在はまさに対極のようで天地、陰陽、表裏、光と影だと思っている。

 

 そして、誠に勝手ながらライバルだと意識すらしていた。

 憧れているからこそ負けたくない、勝ちたいと密かに思っていたのも事実。表では斜に構え勝てる訳ないと言いつつも内心では負ける気なんて更々なかった。

 

 実力差なんて明白で、だから誰もが彼女に期待し瞳を輝かせている。

 絶対に超えられない壁が目の前にそびえ立っているような感覚がした。故の憧れ。敵わないと分かっていても挑戦し続け、絶対的な彼女に勝つなんて無謀な夢を見続けてしまう。

 

 そんな絶対的な彼女が春の天皇賞でメジロマックイーンに負けたのを見た時は不思議な気持ちになった。

 距離適性も理由にはあったのだろうが、それでも『あの』絶対的な強さを持っていた彼女が初めて敗北した姿を見て、失望感もなければ高揚感もなかったのだ。

 

 自分があれだけ憧れていた彼女でも負ける事はあるのだと思うと、むしろ少し親近感が湧いた。

 大きいケガをしてしまった時も諦めず歯噛みしながらトレーニングを続けていた姿はキラキラしたものではなく努力と根性魂を感じた。

 

 これはあくまで勝手に感じた事だ。

 ケガで三冠ウマ娘の夢を奪われ、敗北で無敗のウマ娘という目標すら失い、それでも彼女はこうして観客の期待に応えるように絶対的な走りをしている。その裏にある努力を自分は見ていた。

 

 だから、彼女がキラキラウマ娘なんて勝手に思い込んでいた自分が恥ずかしい。才能の差はあるかもしれないが彼女の努力は本物だ。むしろ努力しないウマ娘なんてトレセン学園にはいないのだから。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()

 

 たゆまぬ努力の末にあそこまで辿り着いた境地。

 気付けばいつの間にか先行集団の前の方に彼女はいた。少しずつペースを上げてきている。

 

 こんな時でも冷静に集中出来ている自分に少し驚きながら少しずつ前へ出ていく。

 最終コーナー辺り、彼女の瞳に異様な光を見た時から圧倒的な存在感が増したのを感じた。恐らくこのまま離されると取り返しがつかなくなる。良いポジションで走っていたからかスタミナにもまだ余裕がある。

 

 今は何が何でも喰らい付け。この集中力でもって全てのタイミングを完璧にこなしてみせろ。じゃないと勝てる未来が潰えてしまうと直感的に分かる。

 ペースを上げて背中を追う。最終直線に出れば全員がスパートを掛けてくるがもう気にしている場合じゃない。

 

 他のウマ娘達も彼女の、トウカイテイオーの異様な雰囲気に気付いているはずだ。

 そしてそれがいったい何なのかもウマ娘だからか本能的に分かった。ただでさえ一つ上の段階にいた彼女が、更にもう一つ上のステージへ上った。

 

 もはや並大抵の走りじゃ今のトウカイテイオーには絶対に勝てない。競い合うというよりも彼女の独走に近い何かになってしまう。

 それだけはダメだ。

 

 

(離されるな……少しでもしがみ付くんだ……!)

 

 思い出す。

 菊花賞前にトウカイテイオーと共にした昼食の時の事を。

 

 

『アタシ、次の京都新聞杯(トライアル)に勝って絶対「菊花賞」に出るから』

 

『うん』

 

『そこでテイオー、アンタに勝ってみせるからね。何たってアタシは、アンタに勝つのが夢なんだから』

 

『……ボクも、当然負けないよ!』

 

 トウカイテイオーのケガによって叶わなかった再戦。それが今別の舞台(GⅠ)で叶っている。

 ならば情けない走りをするのだけは絶対にあってはいけない。少しでも自分を競争相手として意識してくれた彼女に相応しいレースにする義務がある。

 

 自分なんかが時代を創れるウマ娘の器じゃないと、以前なら断言していただろう。

 時代を創るのはトウカイテイオーだと自嘲気味に笑っていただろう。

 

 しかし、もう今は違う。

 100%とはまだ言えないけれど、自分だってその1人になりたいと願って頑張るくらいの意志はある。そしてその近道を示してくれたトレーナーに応える力が今はあるはずだ。

 

 最終直線に入った。

 そこで聞こえた。

 

 バヂリッ!! と、目の前の彼女の瞳から稲妻が弾ける音がした。

 瞬間、スパートを掛けていくウマ娘達をものともせずトウカイテイオーはそれを抜いていく。もはや他のウマ娘は眼中にないようであった。

 

 

(喰らい付く……喰らい付け……!!)

 

 最終直線約525m、しかも直線に向いてからすぐに約160mの上り坂がある。上りきってからの直線でまた末脚を伸ばす必要があるため最低限のスタミナは温存しておきたいが、前を行くトウカイテイオーがそれを許してくれない。

 彼女の後ろに付いた時点でネイチャのペースは崩されスタミナは余分に減ってきていた。

 

 このままだと坂を上ってからの伸びに不安を感じるが、何故だか焦りよりも更に集中力が増していく。

 脚は重くなってきているはずなのにどんどん前へ行く。やはり今日はどこか調子が良いのだろうか。だとすれば好都合だ。

 

 何としてもトウカイテイオーから離れまいと後ろをキープする。

 

 

(限界まで着いていく。いいや、限界を超えてでもアンタに嫌でも意識させてやるんだから!!)

 

 偶然か必然か。

 トウカイテイオーに負けたくないという気持ちで走っているナイスネイチャ。その一心で喰らい付いていた少女に変化が訪れようとしていた。

 

 いくつかの条件が揃っていく。

 凄まじい集中力、トレーナーによって磨かれた実力、トウカイテイオーによってペースを乱されたが故の限界を超えた。

 

 それでも少しずつトウカイテイオーとの距離が広がっていきそうになる。

 実力差を少しでも埋めるために、もう一つ上のステージへ行く最大の条件。今までネイチャが思うには程遠かった願い、決意。

 

 自覚する。

 ハッキリと。

 

 

(アタシはまだアンタを超えるぐらいの力はないかもしれない。そう思わされるくらいキラキラした才能と努力の天才だって思ってた。だけど……アタシだって変わったんだ。トレーナーさんと出会って、少しずつでも一歩一歩強くなったんだ……)

 

 目の前の白蒼(びゃくそう)へ達した彼女を確かに見る。

 

 

(時代を創るウマ娘になるって期待されてるアンタはきっとその通りになるんだろうけどさ、()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()

 

 坂でどんどん上がっていく息、乱されたペースによって超えた限界、それでも抜かされる事なく前へ出る脚。

 

 

(もう決めたんだ。絶対にアタシは諦めないって。いつかテイオーに勝つって決めた。だからまずは……)

 

 限界の先の先。

 強者が辿り着くもう一つの領域。

 

 条件が、揃った。

 

 

(テイオー、アンタに並ぶッ!!)

 

 ヒラリと、だ。

 トウカイテイオーが放つ白蒼の稲妻とは別に、ナイスネイチャの右にある瞳から爽やかな風が舞うように緑色の光が発現した。

 

 瞬間、ネイチャの走りが変わる。

 トウカイテイオーに必死に喰らい付くような力強い走りを見せていた彼女が、まるで自身が風になったかのように柔らかく、しかし鋭い豪速でもってトウカイテイオーへ迫っていった。

 

 

 

 

 

 

 スクリーン越しにも見えていた。

 その瞬間を。ネイチャの瞳から出る緑色の光をちゃんとこの目で見ていた。

 

 

(ネイチャが……ネイチャも……領域(ゾーン)に入ったってのか……!?)

 

 ここまで来るともう勘違いのしようもなかった。

 やはりゲート前に一瞬だけ映ったネイチャの瞳から出た何かはアレの事だったのだ。

 

 

(実力は言うまでもない。今日は身体が軽いって言ってたし、それにレース前とレース中のあの集中力、そして終盤に入ってからテイオーを意識しての限界突破……関係があるとしたらその辺か?)

 

 資料を読み漁ってきた渡辺輝個人の推測。

 それは偶然にも当たっていた。ネイチャが辿り着いた境地、領域(ゾーン)。トウカイテイオーと同じようにあれが発動しているなら、もしかするかもしれない。

 

 

(いけ、ネイチャ。今のお前なら対等になれるかもしれない……。チャンスを掴み取れ!!)

 

 

 

 

 

 

(あれだけ重たかった脚なのに何故か軽く感じる。何か吹っ切れた気分だ……これなら!)

 

 深緑(しんりょく)の光を右目から漂わせながら更に前へ加速する。

 坂を上りきったらトウカイテイオーは最後の末脚を使う。その前にピッタリと背後へつく。

 

 スリップストリーム。前を走るウマ娘の背後につき、風の抵抗を軽減する。ほんの少しでも有利に走れるように利用できるものはしていく。

 そうでないと勝てる相手ではないとネイチャは理解している。一瞬の油断も許されない。もはやトウカイテイオー以外のウマ娘の足音は気にしない。

 

 先頭で逃げていたダイタクヘリオスもスタミナが持たなくなっていたのか既にネイチャの後ろだ。

 もう前にはトウカイテイオーしかいない。ここからは2人の真っ向勝負となる。

 

 新たな境地へ至ったウマ娘の戦い。

 坂が終わるまでもうすぐそこ。タイミングを見計らいトウカイテイオーの斜め後ろへ移動し、スピードを上げる。

 

 そして。

 

 

(並んだ! テイオーにッ!!)

 

 狙い通り隣に並び立つ。

 それと同時に上り坂が終わった。

 

 ここからは純粋な末脚勝負だ。2人共同じタイミングで最後のスパートを掛ける脚を踏もうとする。

 その一瞬の刹那、ネイチャは隣を見た。余計な視線を向けられる唯一最後の時間。

 

 待ちに待った瞬間。紛れもないネイチャの実力自身で並び立った光景。

 その相手は、同じくこちらを見ていた。

 

 両の瞳から白蒼の稲妻を漂わせながら、いっそ微笑んでいたのだ。

 そして一言。

 

 

「待ってたよ。ネイチャ」

 

 1秒にも満たないその刹那の一言がネイチャの身体全体へ駆け巡る。

 勝手にライバルだと思っていた相手は、ちゃんと自分を意識してくれていた。止まる事なく、更なる高みへ進みながらも努力と実力でここまで来るのを待ってくれていた。

 

 応えるしかない。

 2人の脚が(ターフ)を踏むその直前。ナイスネイチャは前を見据えて言う。

 

 こちらも右の瞳から深緑の風を靡かせて好戦的な笑みを浮かべ。

 

 

「こっからが勝負だから」

 

 その音は一緒だった。

 ドンッ!! と衝突音のようにも思える音がネイチャとトウカイテイオーの脚から聞こえた。

 

 次の瞬間。

 最後の加速をした2人が一気にゴールへと駆けていく。

 

 誰もがトウカイテイオーの独走を予想していた分、その現実に異様な胸の高鳴りを覚えていた。

 中距離では絶対的な走りを見せるトウカイテイオーに喰い付くように並んで()()()()()()()()ウマ娘がいたからだ。2番人気。1番人気の彼女とは超えられない差があると思われていたウマ娘が、その()()隣を走っていた。

 

 坂が終わった後の直線、約300m。

 最初に違和感を感じたのはネイチャの方だった。

 

 

(タイミングは一緒だった。ちゃんと隣に並んでた。……だけど、徐々に、本当に少しずつだけど……差が開いてきてる……!?)

 

 確かに喰らい付いてはいる。大きな差を広げられるような事にはなっていない。だが、それだけだった。

 隣に並んだところでネイチャがトウカイテイオーよりも前に行く事は決してなかったのだ。それどころか、徐々にトウカイテイオーの方が前へ出ている。

 

 

(せっかく隣に並んだのに……ッ!)

 

 実力差のある相手に領域(ゾーン)で挑めばまだ何とかなったかもしれない。

 しかし、実力差があるだけでなく相手も領域(ゾーン)を使っていればその差が埋まる事はない。しかもトウカイテイオーが使っていれば余計だ。

 

 隣に並んだのも束の間、トウカイテイオーは稲妻の如く前を突っ切っていた。

 ただでさえ領域(ゾーン)が発現した2人だ。300m先のゴールなんてすぐに迫ってきてしまう。

 

 

(離させない! 最後まで視界にいてやるんだ!!)

 

 徐々に差が開いてるとはいえ今はまだハナ差に満たない辺りだ。

 ここまで来たらもうどうなろうと知った事ではない。今のネイチャに出来る最大限の走りをするしかない。

 

 ゴールまで約100m。

 少し先を行くトウカイテイオーにも笑みを浮かべる程の余裕はなかった。

 

 

(トレーナーが言ってたのはこの事だったんだ。ネイチャはいつか必ずボクの脅威になるって。そして競い合うライバルになるって。その通りだった。ネイチャはやっぱり凄いんだ)

 

 トウカイテイオーのトレーナー、滝野勝司がずっとネイチャを警戒しろと言っていた意味が分かった。

 若駒ステークスの時にあった余裕が今はもう皆無なのだ。ネイチャと違ってGⅠレースを勝ってきたトウカイテイオーがそこまでと思う程、ナイスネイチャというウマ娘は強くなっている。

 

 きっとネイチャのトレーナーのおかげだろう。滝野勝司の弟子である彼が担当しているならネイチャがここまで強くなるのも理解できる。

 だからこそ、トウカイテイオーは一切の遠慮も容赦も油断もしない。本気で勝ちにいく。それでもって自分が一番なんだと示してみせる。

 

 

(けど、負けられないのはボクも同じなんだよ、ネイチャ。君がボクをキラキラウマ娘だとか主人公だって言ってくれたのに、結局は三冠と無敗という目標を失った。だから……だから!! ここでネイチャにだけは負ける訳にいかないッ!!)

 

 勝ちたい理由なんてそれぞれだ。

 譲れないものがあるから走るなんて当然で、我武者羅にでも勝つという執念が自分を強くしてくれる。

 

 勝者はたった1人。

 その座に座れるのは1着をとった者のみ。

 

 ゴールまで約30m。

 きっと、思いの強さで勝負は決まらない。そうなれば誰もが一番になれるのだから。結局はその時に一番強かったウマ娘が勝つのがレース。

 

 

 

 領域(ゾーン)をもってしても、だった。

 

 

「ッ……ぐっ、ぁぁ……!!」

 

 ゴール板を超え、勝敗が決まる。

 大歓声が東京レース場に響いた。期待通り、いいや期待以上の結果を残した彼女達に向かって声援が浴びせられた。

 

 ネイチャもトウカイテイオーも、レースが終わると同時に両手を膝で支えながら身体をくの字に折る。

 お互いが限界の先の先へ至ったのだ。無理もない。

 

 しかしトウカイテイオーはすぐに顔を上げて観客に向け手を上げた。

 歓声が更に盛り上がっていく。

 

 

「はぁ……ハァ……ッ!」

 

 それを聞きながら、膝を持つ両手に力が入る。

 手の甲に滴り落ちていくのは汗か、はたまた悔し涙か。おそらく、どちらもだろう。

 

 電子掲示板にはこう表示された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京レース。

 天皇賞(秋)──ナイスネイチャ、1/2差で2着。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、という訳で天皇賞(秋)終了です。
ここでは史実とは大きく異なりネイチャとテイオーに焦点を絞りました。
テイオーには最初以外大きなケガなく活躍していると思ってくれて構いません。

そしてネイチャもまさかの領域へ。
実はこの小説を書く事にした時からアニメ2期のライスに影響されてネイチャがゾーンに入る話をずっと書きたかったんですよね。
ってなってたらシングレで領域の話が出てきて笑いました。やっぱライスのあれゾーンだったんじゃねと(笑)
余談はほどほど。
という事で『白蒼』と『深緑』。今回勝ったのはテイオーという事で、天皇賞(秋)は幕を閉じます。


次回からはまたほのぼのに戻るかと思われます。多分。



では、今回高評価を入れてくださった、


ユユユsummerGさん、やらもちさん、くぬぎさん、アオリの民さん、エルスさん


以上の方々から高評価を頂きました。
モチベーションに繋がるお言葉もいただきやる気も絶好調です。
本当にありがとうございます!!



ここすき機能をたまに覗いては、読者の皆様が自分の書くセリフや文のどこを気に入ってくださっているのかを見て分析してる自分がいます。
面白いですねこの機能。

そして何気にこの作品を投稿してから半年経っている事に驚いております。
続くもんですなあと思いながら、飽きずに投稿できているのは読んでくださる皆様と感想をくださる方々のおかげです。
今後ともよろしくお願いいたします。

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