お気楽そうなトレーナーとナイスネイチャがほのぼの?頑張る話 作:たーぼ
お気に入り登録ご感想高評価ありがとうございます。
カランカランッと、オレンジ色の空と冷える空気の商店街に鈴の音が響いた。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
「……とうとうやられたな。フッ……ほれ、持ってけネイちゃん」
1月3日。まだ練習が休みで買い物を済ませた後、何やらシリアスな雰囲気のままネイチャと相対していたのは商店街でお馴染み串屋のおっちゃんだった。
バトルでも始まりそうな展開から一転、その結末は福引で決まった。
1等『特上にんじんハンバーグ』、2等『にんじん山盛り』、3等『にんじん1本』、残念賞『ティッシュ』などがある中、正月恒例毎年3等しか当たってこなくて商店街でも一時期話題に上がっていたネイチャだが今年は違ったのだ。
鼻を指で擦りながらへへへと串屋のおっちゃんが渡してきたのは、特賞と書かれたもの。
「毎年3等しか当たんなかったアタシが……と、特賞……?」
手渡された封筒を一瞥し、景品が書かれた看板を見る。
確かに書いてあった。特賞『温泉旅行券』と。
「……と、トレーナーさんっ、やっちゃった……アタシ特賞当てちゃ……、」
あまりの出来事に振り返りながら声を掛けるもそこには誰もいなかった。
(あっ……今日はトレーナーさんいないんだった)
去年と一昨年の福引の際にはトレーナーもいたが、今日はマヤノ達と正月の買い物をする予定だったから不在なのを忘れていた。
そんなマヤノ達とも先ほど別れたばかりであり、毎年の癖で口に出したのは完全にネイチャの失念だ。
とどのつまり串屋のおっちゃんに聞かれていた。
「こんな時にトレーナーさんいねえのは残念だよなあ」
「いいい、い、いやいやっ! 別にそんなつもりで言ったんじゃないですし!? ここ最近はいつも一緒にいたからたまたま間違えただけだから! ホントだから!!」
「はっはっはっは!! いつにも増して口数が多いじゃねえかネイちゃん! せっかく大好きな温泉旅行が当たったんだ。ペアチケットだしトレーナーさんと2人で行ってきたらどうだ!?」
「ふぐぁッ!! 純粋なおっちゃんのセリフのダメージがでかい! な、なーにを言ってんのさ、トレーナーさんだって忙しいだろうしアタシと温泉なんか行ってるヒマないって!」
内心おっちゃんの言葉に天才かと言ってやりたくなったのをすんでのところで止める。
トレーナーと2人きりで温泉。正直なところを言うと距離を縮めるにはこれ以上ないイベントだ。誰にも邪魔されずゆったりと2人で温泉旅行を満喫できるいいチャンスにもなる。
だがしかし待ってほしい。
温泉旅行。おっちゃんは簡単に言ってくれるがあの温泉旅行だ。いくらトレーナーと担当ウマ娘だからと言っても所詮はまだその
温泉旅行などもっと距離の近い、それこそ恋人同士で行くものなのではないかとネイチャが思ってしまうのも無理はない。
誘いたいけど誘うにはハードルが高すぎるのも事実。いっそトレーナーがここにいてくれればおっちゃんの言葉からの流れで自然に誘えたかもしれないと思うと何だかやるせない。
ネイチャの後ろに人がいないのを確認してから思い出したかのように串屋のおっちゃんは言う。
「そういやトレーナーさんもよく1人で商店街に来る事があるんだがよ、何かここ最近結構疲れた顔してる事が多くてな」
「……え? そうなの? アタシの前じゃ全然そんな素振りも表情も見ないけど」
「俺らのとこに来たらそんな顔もすぐ変えて笑ってくれるんだよ。しっかし商店街に入ってくる時とかただ歩いてる時とかに顔に出ててな。ここの連中も心配してるとこなんだよ」
「そう、なんだ」
自分の知らない人の話を聞いているような感覚がした。
ネイチャの前ではわざとらしく疲れたような仕草はしても、決して暗い表情を見せる事はなかったはずだ。1人の時は、そうでもないのか。
特賞を当てた気分はどこかへいってしまった。
何故おっちゃんはこんな事を言ってきたのか。何故、トレーナーはそういうところを見せてくれないのか。
「何で、アタシにはそういうとこ見せてくんないのかな……」
恋というものを知り、その相手の事をもっと知りたいと思うようになってきたネイチャ。
そんなネイチャにはまだ見せていない顔がトレーナーにはあった。無意識に封筒を握る手が強くなる。
「そういうもんなんだよ」
「え?」
トレーナーよりも人生経験を積み、大事な人と結ばれた串屋のおっちゃんが言った。
「大事なヤツにほど自分の暗えとこは見られたくねえ。大事なヤツにほどいつも笑っててほしい。そうやって無駄にカッコつけちまうんだよ男って生き物はな。トレーナーさんなんかよっぽどだぞ。俺達にすらそういうのを隠していつも笑いかけてくれんだからな。ネイちゃんのために頑張ってるからこそ疲れた顔なんざ見せたくねえんだろ。まさにネイちゃんの事を一番大事に思ってる証拠だろうさ」
「トレーナーさんが、アタシを一番大事に……」
実感が沸いてくる。彼の優しさが間接的に染み渡ってくる。
きっとネイチャの見ていないところでトレーナーはいつも頑張ってくれているのだろう。そしてそれをネイチャには絶対見せないようにしている。
結果的に知ってしまったが、おっちゃんの言う通りであるならば自分からは黙っておいた方がいいだろう。
トレーナーの気遣いを無駄にしてしまえばそれこそ距離は遠くなってしまうかもしれない。
そもそもだった。
串屋のおっちゃんがこんな事を言いだしたのは何故なのか。疑問はすぐに解かれる。
「おうよ。だからネイちゃん、疲れてるトレーナーさんを癒すために温泉旅行にそれとな~く誘ってみるのも悪くないんじゃねえか?」
「……なるほど……おっちゃんそれだ!」
ハードルが高すぎてどう誘えばいいのか分からない。ならつまりは口実を作ればいい。
何の意味もなく唐突に誘うよりかは担当同士でお互いを労うためという理由付けで誘った方が不自然さは感じないはずだ。
そうと決まればであった。
トレーナーの気遣いと自分の気持ちに気付いてからのネイチャの行動は早かった。
「ごめんおっちゃん。アタシ行くとこあるからもう行くねっ。あんがと!」
「おーう、トレーナーさんにもよろしくなー!」
ウマ娘の速さでもって去っていくネイチャを見ながら、串屋のおっちゃんはポツリと呟く。
「こりゃあ芽吹いたかねえ」
ネイチャの気持ちに察しをつけながら。
──────
家に着き速攻でドアを開ける。
鍵は開いたままだった。
「よお、急に連絡来てから2分ちょいで来るとかさすがだなウマ娘の脚って」
出てきたのは寝巻き姿でもなく普通に部屋着の渡辺輝だった。
「つかどうしたよまた晩飯作ってくれるって。一応お前が作り置きしてくれてるおせちはまだ多少は残ってるけど」
「あー、うん、今日の買い物で買いすぎちゃってね。どうせならトレーナーさんとこで作って自分の分はまたタッパーとかに入れて持って帰ろうかなって」
「俺としてはありがたいから別にいいけど。ほら、とにかく上がれよ。急に来るってもんだから菓子とかは用意してないぞ」
「いいよいいよ。先にご飯だけ作っちゃうから」
部屋に入るとテレビは点いておらず、テーブルにはノートパソコンとお茶だけが置かれている。
上着をハンガーに掛ける際、気付かれないようチラリとだけパソコンを見ると何やら作業中のようだった。
(休みの日は絶対仕事しない主義だって言ってたのにしてるんだ。ふーん)
続いて買い物袋をキッチンの方へ持って行き、トレーナーの方へ目をやると既にノートパソコンは閉じられていた。トレーナーはあくまで自然な動作で気取られないようにしている。
先ほど串屋のおっちゃんが言っていた事を思い出す。
(アタシには見られないようにしてる、か。大事だって思ってくれてるからこそだっけ……)
不覚にも口角が上がってしまった。
急いで顔を逸らす。これも自分とトレーナーのためだ。
トレーナーが近づいてきた。
「今日は何作るんだ?」
「え? ああ、一昨日おせちいっぱい作ったせいでまだ残ってるし、お雑煮とかでご飯は食べてないでしょ? だから今日はおせちに飽きないように炊き込みご飯とブリの照り焼きでも作ろうかなって。それならおせちをおかずにして一緒に食べれるじゃん?」
「ネイチャのおせち美味いから全然飽きないけど、それはそれでもう聞いただけで美味そうだわ天才か? って急にあっち向いてどうした?」
「お構いなくッ」
(ダメだっ、トレーナーさんの言葉一つ一つにアタシの顔が変形してしまうっ! あれ、こんなに表情緩かったっけアタシ!?)
恋というものは恐ろしく、以前までは特に普通で聞き流していた台詞も今となってはネイチャのハートへクリティカルヒットしてしまう。
一つ咳払いし、本題を思い出す。
(そうだ。今日のアタシはトレーナーさんを温泉旅行に誘うんだ……。口実もある。理由付けも充分。いつもみたいに自然な流れでいけばいけるぞアタシ!!)
数十分後。
「おっ、炊飯器から良い匂いしてきたな。ブリの照り焼きも良い感じに焼けてきてんじゃん! 腹減ってくんなあ」
「デスネー」
普通に料理だけをしていた。
(何やってんのアタシ!? 全然誘えないまま料理もう出来ちゃうけど!? こんな緊張するもんだったっけ!?)
決して顔には出さないまま心の中で発狂していた。
時間は淡々と過ぎていく。気付けば炊飯器からは炊けた音が鳴っている。
タイミングはいくらでもあったのに見事に全てを逃していた。
気持ちと行動力は決して繋がるものではない。元から高すぎるハードルがほんの数センチ程度低くなっただけで誘える境地とは程遠いレベルなのには変わらないのだ。
(……うん、別に誘うのは今日じゃなくていいし……また別の日でも誘えばいいだけだし……そもそも誘ったところでトレーナーさんに断られる可能性もある訳だし……あれれ、おかしいなー、怖くなってきた)
もはや半ば諦めの境地に入っていた。
ネイチャの気持ちを知る由もないトレーナーは、
「そろそろ箸とか並べとくか」
「……あ、ハイ」
ネイチャの反応に一瞬違和感を覚えたが、空腹の方が大きくすぐに食器棚へ向かって食器を取り出していく。
そしてテーブルの上にあったネイチャの鞄を下に降ろそうとした時、鞄のポッケからはみ出していた封筒がトレーナーの足に当たり床に落ちた。
「あ、悪い。……ん? 何だこれ。特賞?」
「……あっ」
その時は突然やってきた。
焼き上がったブリの照り焼きを皿に乗せ、運ぼうとしていたネイチャにチャンスが訪れる。
もうなりふり構っていられない。
この機を逃せばそれこそ絶好のタイミングは二度とやってこない。
若干震える両手で皿を持ちながら、ネイチャは口を開いた。
「……商店街の福引でさ、引いてきたんだよね」
「ああ、毎年やってたあれか。……え? 特賞? マジ? 今まで3等しか出なかったネイチャが? 特賞引いたのか!? 噓だろ!?」
「えっと……うん、まあ……特賞、引いちゃいました」
「マジかよすげえじゃん!! 1等でもなくまさかの特賞って、本当に当たるんだなこういうの!」
何だか最後に無粋な発言をしているトレーナーだが、ネイチャはネイチャでそれどころではない。
震える手のまま話を続ける。
「そ、それで、さ? その特賞ってのが温泉旅行券だったんだよね……」
「へえ、まさに特賞って感じの景品だな。良かったじゃねえか。確か温泉好きって言ってたもんな」
「うん……で、でね? その事でひとつ、提案があるんですが……」
「提案?」
深く深呼吸をする。
皿を持つ手に力を入れ、意を決した。
「もし……もし良かったらなんだけど、その……温泉旅行、お互いを労うって感じで……あ、アタシとトレーナーさんと2人で……い、行きません、かね……?」
言った。言ってしまった。
何をどうしてももう後には戻れない。待つのはトレーナーの返答のみだ。
誘う事は出来たが、了承を得られるかどうかはまた別の話である。
断わられる可能性だってあるのを忘れてはならない。上手くトレーナーと目を合わせられないまま返答を待つ。
そして。そして。そして。
「おう、いいぞ。一緒に行くか」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
めちゃくちゃあっさりとした返事がきた。
「いい、の?」
「いやむしろこっちがいいのかって聞きたいくらいなんだけど、ネイチャが俺を選んでくれたんなら断る理由なんてないってもんだ。息抜きにもなるしな」
自分の緊張を返してほしいと思うまでもなく、了承を得られた事の方がネイチャにとって重要だった。
2人で温泉旅行。誰がどう考えても特別な意味を持ちそうなイベント。
誘えた喜び。トレーナーが一緒に行ってくれるという事実。
もう無意識だった。
声だけは出さずに小さくガッツポーズをした。
(…………っし!!)
ガタンッボトンッと。
皿と共にブリの照り焼きが床に落ちるのと引き換えに。
「あ」
「俺のブリがァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」
アプリでもお馴染み福引きイベントでした。
話を書く度にアプリのネイチャのストーリーを何回も見直すんですが、結構ぐいぐい行くのでこちらは良い塩梅にしつつ初々しさも表現できていたらなと思っています。
この後ちゃんと落としたブリは食べたとさ。
では、今回高評価を入れてくださった、
瀬佐セサミさん、かくてるさん、愁悠さん、クランケさん、航太さん、棚兵衛さん、キヌツムギさん、シントウさん、インティライミさん、しょっしよさん、白桜太郎さん、eupさん、ナフタレンのストラップさん、hiro0918さん、北海いくらさん
以上の方々から高評価を頂きました。
ネイチャを温かく見守って下さる方がたくさんいるようで同志達よ……と勝手ながら思っています。
本当にありがとうございます!!
マチタン、キタサン、サトダイがキャラ実装されるまでガチャ禁します。