お気楽そうなトレーナーとナイスネイチャがほのぼの?頑張る話 作:たーぼ
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渡せなかった。
結局チョコを渡せなかった。
あの後の休み時間もトレーナーを探しに行ったが見つからず、昼休み後の休み時間すらも心当たりのある場所を走り回っていたのに渡辺輝はどこにもいなかった。
まだまだ寒い2月だ。あの極度の寒がりであるトレーナーが仕事と練習以外で安易に外へ出る事なんてほとんどあり得ないはずなのに、放課後まで会う事すら叶わなかった。
もう練習の時間という事でネイチャは若干重い足取りでトレーナー室へ向かっている。
ちなみに今日はミーティングなのでずっとトレーナー室にいる事になっていた。だからチョコを渡すタイミングという意味では絶好のチャンスではあるだろう。何なら毎年放課後に渡していたしその方が不自然はないのだが。
(やっぱり、形だよねぇ……)
チョコの形をハートにしてしまったのが一番いけなかった。
変にハードルが上がってしまうため今更何故そんな形にしたのか絶賛後悔している最中だ。結論から言えば気付いたらハート型になっていたというのは言うまでもない。無意識である。
(……いや、でもめちゃくちゃ鈍いトレーナーさんの事だから案外何とも思われなかったりしない? アタシがいつも通り普通に渡せば気取られるなんて事もないのでは……? 今年はこんな形にしてそれっぽくしてみましたよーとかからかい気味にいけば流してくれるはず……! これに懸けよう!)
本命チョコを本命と悟られないようにする悲しい作戦。しかし今はこれでいい。
想いを伝える機会は自分で決めたいのがネイチャだ。変なとこでバレてしまっては意味がない。というよりも今のままでは成功率があまりにも低すぎる。
昼休みの時間、マヤノ達との会話を思い出す。
──────
『えー! いっその事もう告白しちゃえばいいのにー!』
『いやいや飛躍しすぎだってば。そういう事はちゃんと時期も含めて考えてるし』
『けど好きすぎていつの間にかハートのチョコ作ってたんだよね???』
『……、』
交換しあったチョコを一つ頬張りながらマヤノトップガンが言う。
あまりにも図星だったためネイチャは目を逸らすしかできなかった。正論を言われるとどうしようもない。
誰かが買ってきたトリュフチョコを指で転がしながらマチカネタンホイザが続きを話す。
『ネイチャの考えも合ってるといえば合ってるよねえ』
『え~! どうして!?』
『この前ネイチャも言ってたけどトレーナーさんからすれば私達って教え子であり子供って認識でしょ? 大人の人が子供に、それも教え子相手に対して好きになる可能性って、
大人と子供。あまりにもハッキリとしている境界線があるのにも拘らず、それに加えて担当トレーナーと教え子という関係性まで構築されている。
距離感で言えば最も近いのに、関係性で言えばある意味最も遠い位置に存在しているのだ。
トレーナーとウマ娘の恋愛関係。前例で言えば多々ある事ももちろん知っている。だからと言って自分も成功すると楽観視できる程の余裕をネイチャは持ち合わせていない。
精神が周囲のウマ娘よりも大人びているからこそ冷静に考えなければならないのだ。
『タンホイザの言う通り、今以上の関係になるのは難しいって事くらい分かってるつもり。だから想いを伝えるのもちゃんと時期を考えないといけないんだよね』
『……なるほど、今よりももっと距離を縮めて少しでも成功率を上げるって事だね!』
『ホントすぐ分かっちゃうなーアンタは……』
一歩間違えれば下手すると今までの関係性ですらいられなくなる。そのために着々と確実にこちらを意識させる必要がある。
道は険しい。レースで勝つ事よりも困難かもしれない。だけど、同じく諦めないという思いも強くなっていく一方だ。
『私達もできそうな事があったら力になるからねっ。私のトレーナーは女の人だから参考にはならないかもだけど、何か良いアドバイスないかそれとなく聞いてみるよ!』
『マヤもトレーナーちゃんに聞いてみよっかな! 大人の女がする口説き方とかあるかもしれないし!』
『ふふっ、ありがとね2人共。とりあえず今日を何とか乗り切ってみますかー!』
トリュフチョコを頬張って気合いを入れる。
せっかくの特別なイベント。想いにはまだ気付いてほしくないが、何かしらの進展くらいはあってもいいはずだ。
──────
(……よし、やる事は決まってるしまずは平常心を保ちつつ部屋に入る)
軽く深呼吸してからトレーナー室のドアを開ける。
そこには誰もいなかった。
「……あれ?」
思わず声が漏れていた。いつもならいるはずなのに中はすっかり空き部屋状態だ。
ないとは思うが一応最低限鍵をかけておくなどの対策はしていてほしい。無警戒にも程が過ぎる。
そしてよりによって、わざわざ『今日』という日に限っていつもはいるトレーナーがいないという事実にネイチャの脳内は次第に焦りへと転じていた。
(……
バレンタイン。チョコを渡すというイベントが世間の一般認識となっている通り、義理チョコもあればもちろん
本命、つまりは想い人へチョコを渡す。言い換えればある種の告白と同義。
この日を機に誰かが好きな人に告白していたって何らおかしくはないのだ。
あの人の事を好きなのは自分だけ。そんな甘っちょろい事を考えていたのは自分だった。想いを秘め、来たる日に爆発させようとしていたのは他の人だってそうなのに。
可能性がゼロじゃない以上、ネイチャの焦りは止まらない。もしかしてという可能性が焦燥感に駆られて平常心とは程遠い感覚へ陥れられていく。
今更どうしようかと考えている時、後ろのドアが急に開けられた。
「あれ、もう来てたのか。てかそんなとこで突っ立ってどうしたよ? 座んねえのか?」
「わひゃっ、トレーナーさ……!?」
ここに入ってくる人物なんて限られてくるがそれでも渦中の当人が現れた事によって変な声が出た。
振り返って何かを言う前に、ネイチャの視線が真っ先にトレーナーの手元へ向けられる。紙袋があった。
普段こういうのを持たないという事は既に知っている。
つまり、特別な何かがないとトレーナーが立派な紙袋を持っているなんてあり得ないのだ。震える指で指しながらネイチャは聞いてみる。
「……え、えと、トレーナーさん、それって……?」
「ん? もちろんチョコだけど」
ピキリッと、ネイチャの中で何かがヒビ割れるような音がした。
嫌な予感が的中したからなのかもしれない。確か去年や一昨年は誰からも貰っていなかったはずだ。それはネイチャが直接トレーナーに聞いて嘆いていたのを見たからよく覚えている。
それなのに今日誰かから貰ってきたという事は、やはりそういう事なのか?
わなわなといよいよ全身から震えてきたネイチャとは裏腹に、何の気なしにトレーナーは紙袋から
「……え?」
「いや~、あれだな。去年も一昨年もその前も誰からもチョコ貰ってなかったけど、実際こんなに貰うとどうしたもんか悩むな。一気に食べる訳にもいかないし、かといってせっかくくれたのに勝手に溶かしてチョコドリンクとかにするのも失礼だよなあ。やっぱちまちま食べるのが妥当か?」
「ん、んん???」
何か思っていた以上にわんさかチョコが出てきた。確実に1人とは思えないほどの量だ。
焦りはまだ残っているが、疑問を解消しないと済まない。
「トレーナーさん、そのチョコ達って……?」
「ああ、ネイチャが来るまでに図書室で別の資料借りに行っててな。その途中でばったり会ったトレーナーやウマ娘に貰ったんだよ。ほら、ウマ娘ってよく食べる娘が多いだろ? そういうので予備にたくさんチョコを買ったりしてた娘が多くてさ、けど余ったのもあるからついでにあげるって初対面のウマ娘にも言われて貰ってたらいつの間にかこうなった」
まさかの在庫処分係扱いされていた。
予想よりも遥かにある意味悲しい現実がネイチャの脳内を支配していく。余ったからそこにいるトレーナーに押し付けようぜ的な意味合いが8割を占めている可能性が高い。何よりウマ娘の頼みとあらば実際押し付けられても断りそうもないのが渡辺輝だ。まさに貧乏くじである。
「ちなみにその立派そうな紙袋は?」
「たづなさんから貰った。ついでにチョコも」
どうやら救いはあったようだ。全てが在庫処分だったらもう目も当てられない。義理チョコとかそういう以前の問題だ。
そして同時に安堵の表情を浮かべている自分は実は意地悪なのかもしれない。義理チョコですらなかったけど、本命がいないようなら安心だ。それに余ったチョコの中にももしかしたらバレンタインという事で偶然ハート型のチョコも混じっている可能性がある。
「今日は適当にチョコでもつまみながらミーティングするしかないか。ネイチャもそれでいいか?」
あれだけ焦っていたのがまるで嘘だったかのように安心感があった。
振れ幅が大きかった分、思っていたよりも平常心でいられそうだ。どのチョコを開けようか迷っているトレーナーの背に向かって声をかける。
「トレーナーさん」
「何?」
「はいこれ」
平常心ではあるけれど、自分の顔色がどうなっているかは分からない。割と普通かもしれないしほんのり赤くなっているかもしれない。
結局自分の気持ちなんてコントロールできない方が自然なのだ。だから人もウマ娘も自分の欲に忠実であり続けられる。
今日はあれが食べたい。明日はあの服を着ていこう。帰りにあのマンガでも買って帰ろう。もう少しトレーニングしていこう。晩酌を楽しみながら録画していたドラマを見よう。ゲームの続きをやろう。大好きなあの人に甘やかしてもらおう。
何てことのない気持ち、または欲。自分のそういう気持ちに素直に従っているのが自分達だ。
だから、気付いたらハート型のチョコを作っていたのもネイチャの無意識下にあった欲なのかもしれない。
当初はこんなつもりじゃないと迷っていたけど。今はもうこれでもいいと思えた。
まだ自分の気持ちがバレる訳にはいかない。それに鈍感な彼が気付くとも思えないしいつも通り空回りで終わってしまうのだろうと思う。
それでも今日はバレンタインだ。甘い甘い特別な日だ。誰もが甘美なチョコに酔いしれる。
だから。
きっと。
ほんの少しだけ踏み込んでいいはずだ。
「ネイチャさん特製のお手製ビターチョコですよ。……いつもより気持ち込めて作ったからさ、それなりに味わっていただけるとう、嬉しいかな~なんて……」
「おう、今年もサンキューな。んじゃ今年もネイチャのチョコ食べながらやりますかねえ。開けてもいいか?」
「え? あ、うん……」
分かってはいても緊張してしまう。
そして、すらすらとラッピングは外し包装された箱の中からチョコを出した渡辺輝の反応はこうだった。
「お、今年はハート型か。確か一昨年が丸型で去年は星型だったもんな。相変わらず料理上手なネイチャさんは凝ってますなあ」
案の定全然気付いてなかった。
毎年形の違うチョコを渡していたのでそういった意味でも本当の意味をカモフラージュ出来ていたようだ。正直ホッとしている自分もいるが気付かなすぎてこの先どういうアプローチをしていけばいいのか分からない不安も出てきた。
意識で言えば完全に蚊帳の外にされている。
本当に告白しないと何も気付かないのではないかこの男。
そう思い至ったせいで、また理性よりも気持ちが先に出てきたらしい。
ほとんど無意識だった。ネイチャはトレーナーに近づいて、確かにこう言ったのだ。
「……
「………………はい?」
2人しかいない空間。
ほんの数秒間、沈黙がトレーナー室を支配した。
明らかに呆気に取られた表情をしているトレーナー。何かの聞き間違いかと思っているようだが、それはない。そのためにわざわざ近づいて言ったのだから。
そして、最初に沈黙を破ったのはトレーナーの顔を見つめていたネイチャだった。
「なーんてね! どう? 少しは驚きましたかなん?」
「や、ネイチャがそんな冗談言うの珍しいなって思った」
「バレンタインだしたまにはトレーナーさんの事ちょっとだけからかってみようかなーと思ってたんだけど、さすがですな~。全然動じないじゃんっ」
「彼女いない歴=年齢舐めんな。変に騙されたりしないようメンタル面での自己管理は完璧なんだよ。……あれ、自分で言ってて悲しくなってきた」
「全然メンタル自己管理出来てないじゃん。ほら、食べなよ」
そう言ってハート型チョコを手に取りトレーナーに渡す。
自分の発言にダメージを負い若干涙目になりながらも受け取った渡辺輝はチョコを食べた。
「あ、うまっ。何か年々作るの上手くなってないか? めちゃくちゃ俺好みのビターなんだけど」
「そりゃトレーナーさんに合わせて作ってるからね。日頃の感謝も含めてトレーナーさんには出来るだけ大好きなものをあげたいしっ」
「ッ……」
決して狙って言った言葉ではなかったが、素直な本音というものは時に本人が一番輝く表情をさせるという。
さて、ここでネイチャの笑顔に不覚にも見惚れた誰かがいたという事に果たしてネイチャは気付けたか。
口どけはビターなのに、空間には仄かに甘い何かが漂っていた。
ミーティングでメモを取るためにメモ帳を取り出そうと鞄の中を見ていたネイチャがあっと言った。
「あちゃー、トレーナーさんごめん。ペンケース教室に忘れたっぽいから取りに行ってくるね」
「ん、了解」
言ってネイチャは足早にトレーナー室を去っていく。
渡辺輝だけが部屋に残った。微かのチョコの甘い香りがする。テーブルに置かれているハート型のチョコだ。
誰にも聞かれていない。誰もいないから、ふと呟いていた。
「担当ウマ娘に見惚れるなんて、何考えてんだ俺は……」
明確な変化が芽生えかけていた。
はい、という事で今年最後の投稿です。
甘すぎず、けれどバレンタインという特別イベントなので仄かな甘さを添えさせていただきました。
ネイチャのふとした時の笑顔に見惚れたい人生ですね。
想定よりも意外と長く続いてしまっているこの作品ですが、よろしければ来年もどうか見ていただける事を願いつつ、今年はこの辺で筆を置かせていただきます。
では皆様、良いお年を!!
来年はネイチャの新衣装が出ますように。