お気楽そうなトレーナーとナイスネイチャがほのぼの?頑張る話 作:たーぼ
お気に入り登録ご感想高評価ありがとうございます。
11月末。
GⅠレース『ジャパンカップ』当日。
本格的な冬の時期に入り寒さも増していくばかりの今日も、快晴という天気に恵まれ陽光が東京レース場の芝を照らしつけていた。
その控え室で、渡辺輝とナイスネイチャは最後のミーティングをしている最中だった。
「世界中から強いウマ娘が集まってるけど、やる事は変わらない。作戦はさっきも伝えた通りだ」
「うん、分かってる。最善は尽くすよ」
見ている限りネイチャの調子は悪くなさそうだ。変に緊張している様子もなく落ち着いている。
「出来得る限りの対策はしたし、それに伴う努力もしてきた。大丈夫、お前ならやれるさ」
「簡単に言ってくれますなぁ。けど、そうだね。これでもかってくらい一緒に相手のレース映像とか見まくったし、大体のリズムとパターンも読めるようになったからある程度は対応できると思う。ま、結局は走ってみなくちゃ分かんないけど」
「レースに100%の勝率なんてないしな。完璧に仕上げたとしてもそれで絶対に勝てるなんて事はないんだ。だから気負わず走っていいからな。いつも通り、走る事を楽しんでこい」
「よっし、そんじゃ行ってくるね」
「おう」
ネイチャを見送る。渡辺輝としてはネイチャに走る事を常に楽しんでいてほしい。もちろん勝てるならばそれに越したことはないが、勝利に拘りすぎて走る事への楽しさを見失えば、ウマ娘としての本質とは合っているとしても渡辺輝の掲げている信念とかけ離れてしまう。
どうあがいても勝敗が付いてくるのがレース。ならせめて勝っても負けても後味の良い走りをしてくれれば何も問題ないと思っている。
自然と拳に力が入っていた。
ネイチャには純粋に走る事だけを考えていてほしい。だから自分の事情は何も話していないし、話すつもりもない。余計な心配はレース中にいらぬ思考を与えてしまいかねないからだ。
残されたチャンスは今日のジャパンカップを入れてあと僅か2回。それによって結果は変わってくる。
しかし、負けよりも勝つ事を信じているのもまた事実だ。だから渡辺輝はネイチャのいる前では普段通りの言葉を投げかける。そうやって、彼女が勝てると思っているから。
ドアを開けて自分も観客席へと歩き出す。
世界の強豪達へ挑戦する少女を見届けるために。
──────
東京レース場。GⅠ『ジャパンカップ』。
芝、良。距離、2400m。天候、晴れ。左回り。
滞りなくレースは進み、最終直線に向かおうとしていた。
現在ネイチャは16人中5番手の位置にいる。位置取りも問題なくスタミナを残しつつ着々と順位を上げている最中だ。
(今のところ作戦通り……。みんなの走り方も対策通りっていうか、そもそも大きな作戦変更はしてないって感じかな)
ここまで走ってきて感じた事は、あれだけ自分が対策されていた場合の対策を考えていたが、意外にも他のウマ娘達は対策という対策をせずにこれまで通りの走りをしている。
誰か特定の者に向けたレースを誰もしていない。各々が自分のレースを繰り広げていると言えば正しいか。
正直に言えば少し拍子抜けというのがネイチャの感想だ。しかし今はレースの真っ最中。ネイチャとて油断は一切しない。
だから相手がみんな普段通りなら、ここで自分がレースの全てを変えるチャンスでもあるという事。
(みんながいつもと同じレースをしてる分こっちはこっちでやりやすいし、スパートを掛けてきてる娘もいる。ならアタシはここで少しでも優位に立つ!)
それぞれがペースを上げてきた中、ネイチャは一気にスピードを上げた。
全員が最高潮に入る前に、自分は先に最高速度を出しておいて数センチでも距離を縮めて広げていく。
自分が前に行ける分のスペースはある。そこを狙ってぐんぐん足を進めていく。
前後の足音が次々大きくなっていくのを肌で感じた。みんなこの最終直線でまず誰を差すか決めているのだろう。
(アタシが差すべき相手は……先頭ッ!)
後ろの足音は気にも留めない。自分よりも前に行かせる気なんて更々ないのだから。
強く足を踏み込む。トップスピードから更に末脚で上乗せさせる。4番手、3番手と順位を上げていく。
あと前にいるのは最初からずっと先頭にいてレースを引っ張っていたウマ娘と、中盤から徐々にスピードを上げて2番手についていたウマ娘。
一緒に逃げていたメジロパーマーは既にペースダウンして後ろにいるし、ライスシャワーは依然上がってこないが、まだ来ていないダービーウマ娘のウイニングチケットが少し気がかりか。
(それでもアタシは前に行く。行って……勝ってみせるんだ!)
2番手のウマ娘までの差を2分の1まで縮めた。そこからまだ速度を上げてクビ差まで追い詰める。
ゴール板までの距離はあと200mほど。先頭のウマ娘とはまだ1バ身ほど離れているか。
(中々スピードを落とさないっ。いいや、あんだけ逃げてまだスピードが上がってる……!?)
自分も今は最高速度に達したまま走っている。だけど、それ以上に先頭のウマ娘はまだ先にいる。2番手にいたウマ娘を抜かすも、先頭との距離はまだ縮まらない。
そして、前だけに意識を集中して後ろを蔑ろにしていると警戒心を怠ってしまう証拠だろう。
2番手のウマ娘を抜いた瞬間、別の気配がすぐ後ろにあった。
(なっ……ここで上がってくんの!?)
ウマ娘にとって一生に一度しか出られないレース。日本ダービーを勝ち取ったウマ娘、ウイニングチケットがここに来てもの凄い勢いで上がってきたのだ。
気付けばすぐ隣まで迫って来ている。先頭がどうとか言っている場合じゃなくなってきた。このままではまずい。
(もっとスピード上げなきゃ、あれだけ練習して対策してきたんだから……!)
決して舐めていた訳ではない。トレーナーが言っていたように100%対策したからといって勝てるほどレースは単純ではないから。
それを分かっていた上でネイチャも油断は一切していないし即座に対応できるくらいトレーニングを積んできた。
それなのに、そこを乗り越えてくるのが強豪達なのだという事も知っているのに。
自分の全力を以てしても勝てないものがあるのかと思ってしまうほど、他のウマ娘は強いのか。
そもそもの話であった。あるいはネイチャと渡辺輝の見誤りか。
前回のレースと違って大きな作戦変更や相手のウマ娘に対策をしてくるウマ娘がいなかった今回のレース。
世界中から集まった強豪みんながみんな、普段通りのレースを展開していた。
そう、
つまり、そこから導かれる結論はただ一つ。
無駄な小細工など通用しない。己の脚で全てを捻じ伏せる圧倒的なレースを見せ客を魅了できる者が、ここに集結しているのだ。
ネイチャも間違いなくその1人で、今も先頭集団を走り客を沸かせているにも関わらず、自分がとんだ勘違いをしているのだと思い知らされた。
(届か、ない……!)
東京レース。
ジャパンカップ──ナイスネイチャ、3着。
──────
「惜しかったな」
「そう、だね……」
レースが終わった後の控え室では、そんな会話があった。
「ウイニングチケットとはアタマ差だったし、1着のウマ娘とは1/2差だった。ダービーウマ娘を追い詰めて海外のウマ娘達にも競り勝って総合的に見れば大健闘なんだ。そう気を落とす必要はねえよ」
「まあ、そうなんだけどさ……。けどやっぱ強いなあって。アタシも出せる全力出したんだけどなぁ」
「全力出して負けたんなら悔いもあんま残んねえだろ。悔しさも糧にして次に繋げりゃいいさ。ジャパンカップで3着なら充分誇って良いぞ」
世界の強豪達を押さえ3着ならば誰も文句は言わないだろう。むしろ今後のネイチャの注目度は上がり大躍進とも言える。
前回の大敗からここまで活躍できるなら次も期待できると言っても過言ではない。
パンッと空気を変えるためにトレーナーは手を叩いて、
「それより3着だったんだからウイニングライブがあるだろ? 反省会とかもあるけど、まずは観客にライブでもっと笑顔になってもらわないとだし、応援してもらった分をしっかりと返してこい」
「……うん、分かった。お客さんに暗い顔見せらんないし、いっちょ行ってきますわ」
「おう、もうライブも慣れたもんだしな」
「早くGⅠで勝ってセンターで踊りたいもんですけどね~」
観念したようにネイチャは両手を広げてから控え室を後にした。
足音が遠くなっていくのを確認し、トレーナーはふぅと息を零す。
今度は自然でもなく、自ら強く拳を握った。
──────
「……あ、ありゃりゃ、お守りポッケに入れたまんまだった。ん~、一旦控え室に戻るか」
衣装室に行っている最中のネイチャは勝負服の中にレース祈願のお守りが入ってる事に気付いた。
借りる衣装の中にお守りを入れておくのも考えたが、もし衣装の中に忘れてしまったらと考えたら一旦控え室に戻る方がいいだろう。
そそくさと控え室に向かい、ドアに近づこうとした瞬間。
ガンッ!! という大きな音が聞こえた。いきなりの音にネイチャの尻尾と耳が少し逆立つ。
しかし、ネイチャの鋭い聴覚を持つウマ耳で聞こえた音源は、
(アタシの控え室から……?)
確かにネイチャの控え室から聞こえたはずだ。ネイチャが出てからまだ1分も経っていないから不審者という訳でもない。
つまり、
(トレーナーさん、だよね? 何か物でも落としたとか)
にしてはでかい物音だったと思いながらドアノブに手を掛ける。
一応、恐る恐る静かにドアを開けると案の定トレーナーがいた。トレーナーは少し不自然なポーズをしているようにも見える。
壁に手をかけているのか、やはり何か物でも落としたのか、覗き込んでも床には何も落ちていなかった。
そしてネイチャはもう一度トレーナーを見る。今度は確かな違和感があった。壁に手をかけてもたれているとでも思っていたが、どうやらそうではないらしい。
握り拳だった。
音源の正体は強く強く握り締められたトレーナーの拳が壁に打ち付けられた音だったのだ。
(え、何で……トレーナー、さん?)
声を掛けようともしたけど上手く声が出ない。僅かに開けられたドアの隙間から覗き見るのが精いっぱいだった。
だからトレーナーもこちらには気付いていない。まるで自分の世界に入っているように見える。普段から優しいはずのトレーナーの行動に頭が混乱しだした。
どうして。何で。壁を殴るような事をしたの。そんな疑問ばかりが出てくる中で、答えはすぐに出てきた。
トレーナーの口が開いたのだ。
「くそ、俺のせいだ……」
見覚えがある。彼の癖だ。
トレーナーは以前から集中したり1人になると独り言を呟くような癖があった。ネイチャが見てる事も今は気付いていない。
例え小さな呟きだとしてもネイチャの聴覚は凄まじいもので、聞こえてしまう。
「前回のレースで対策されてたからって、今回も徹底的に対策されてる訳じゃないのは少し考えりゃ分かってたはずだろうが。海外勢がいる時点で変に手を打つより地力をもっと上げるべきだったッ」
(アタシの前じゃそんな事言わなかったのに……)
あのトレーナーが壁を殴り見た事もない悔しそうな表情で自分を責めている様子は、とても見られるものではなかった。
「俺がもう少し視野を広くしてれば何か変わってたかもしれないのに、こんなんじゃ本当に間に合わなくなっちまう」
(……?)
間に合わなくなるとは、いったい何がなのか。そういう疑問も今は聞ける雰囲気ではない。
トレーナーがあれだけ自分のために徹夜してくれたり研究してくれていたのをネイチャは知っている。だからトレーナーの期待に応えられなかった自分が不甲斐ない。
そんな思いさえ出てくるのに、彼は今も自分を責め続けている。今すぐ飛び出して否定してあげたいのに何故かそれができない。
自分には絶対に見せないように配慮してくれた彼の前に出ていったい何が出来るのか。レースの時はあんなにも足を前にと思っていたのに、今は全然前にいかない。
「ナイスネイチャさーん、もうすぐライブが始まっちゃいますので早めに準備お願いしまーす!」
「っ……はい」
スタッフに呼ばれて我に返る。
多分、自分は今ここでトレーナーの前に出るべきではない。心の中に仕舞う。次会ったらトレーナーはきっといつも通りに接してくれる。
だから自分もここでは気持ちをリセットしろ。
トレーナーのために何が出来るか考えろ。
もう負けてしまったレースは取り戻せない。
だから、次へ繋げるんだ。
控え室から離れる。レース勝利祈願のお守りをポッケに入れ、次こそはと。
(トレーナーさん……次は、勝ってみせるから)
ネイチャが知らないタイムリミットまで、約1ヶ月。
かろうじて秘密は知られていない様子。
では、今回高評価を入れてくださった、
キヌツムギさん、凉暮月さん、扶桑畝傍さん
以上の方々から高評価を頂きました。
本当にありがとうございます!!
新シナリオやっばい。