お気楽そうなトレーナーとナイスネイチャがほのぼの?頑張る話 作:たーぼ
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12月も中旬に入り、トレーニングも厳しさを増していた。
今年最後のGⅠレース、有馬記念まで残された時間も多くはない。
少ない期間で成長できる所は全て鍛えていく覚悟でいかないと到底勝てるレースではないのだ。
人気投票で選ばれたウマ娘が出られるレース。つまりはそれだけ注目されていて間違いなく強いという事。対策はもちろんだが、こちらの地力ももっと上げていかなければならない。
時間を有効に使って少しでも鍛える必要があった。
そこで今行われているのが、
「はぁ……はぁ……っ」
「とりあえずあそこまで走り切ったら一旦休憩だからな。ペースは落とさずフォームもそのままで行くぞ」
真冬の朝練であった。
白い吐息を吐きながら走っているネイチャを自転車に乗りながら隣で一緒に走行している。走り込みではなくスタミナをつけるのが目的なため、変にスピードは出さなくていいし自転車で追いつけるレベルだからちょうど良かったりする。
ただし人間のランニングとは違ってこれはウマ娘のランニングだ。そういう意味ではトレーナーも自転車を漕ぐスピードは普段よりも速くしなければならない。
幸い早朝という事もありこの河川敷には人もほとんどおらず、気兼ねなく走れるという点ではもっとスピードを出しても良さそうではあるが、これ以上速くなったらネイチャに追いつけないのでペースはトレーナーが決めるようにしている。
そうこうしている内に決めておいたゴール地点までやってきた。
「ふぅ……どうだった? 一応ペースもフォームも崩さなかったと思うんだけど」
「ああ、見た感じ呼吸のリズムも一定だったし他もネイチャの言う通り全然良かった。スタミナアップとフォームの改善点も特に見当たらないし、あとはやっぱ走り込んで末脚と地力のスピードを上げていくか」
「オッケー。……にしても朝練付き合わせちゃってごめんね。睡眠時間減っちゃったし寒いでしょ?」
真冬の中を長距離走ってかいた汗をタオルで拭きながらネイチャは言う。
既に息が整っている事に少し驚きつつも白い吐息を吐いてから、
「ネイチャがもっと強くなりたいなら俺はどこまでも付き合うから気にすんな。自転車漕いで体も結構温まってるし。顔面だけくそ寒いけど」
「自転車だとモロに顔に冷たい風当たるもんね。いつもみたいに完全防寒装備すればいいのに」
「
自転車を止めて2分程度でもう寒く感じてきた。やはり真冬でも早朝は特に寒い。
寒がりのトレーナーにとってただのダウンジャケットとズボンでは軽装備にも程がある。手袋の中の指先まで冷たくなってくる始末だ。
腕時計を見るために袖を捲くる事すらしたくないのでポッケからスマホを出して時間を確認する。
時刻は朝の7時。6時から集まったので1時間はたっている。世間の学生達ならちょうど今頃から起き始める時間帯だろう。
周囲を確認する。河川敷にはまだ誰もいない。まるで貸切り状態だ。
広大な景色の中、2人だけしかいない感覚に不思議な気持ちを抱きつつも振り切ってネイチャを見る。首にタオルを掛け飲料水を飲んで朝陽を見ていた。
「……、」
澄んだ空気と朝陽の光でより一層少女の容姿の良さに拍車がかかったように思える。
まるで一つの作品のようだった。渡辺輝は数秒間、無意識にネイチャだけを見つめていた。その視線に気付いたのか、ふとネイチャがこちらに振り向く。
「どうしたの?」
「……あ、や、何でもないよ」
「?」
分からなそうに首を傾げている仕草までも様になっている事から、最初に出会った時よりもやはり成長しているんだなと感じる。
思考は大人でも見た目はまだまだ少女だったのに、今ではもうすっかり美少女だ。これでたまに商店街に行くとおばちゃん達と普通に会話するのだからギャップを感じてしまうのも無理はない。
ここまで彼女は成長したのだから、やはりレースでも勝たせてやりたい。それだけの実力があるからGⅠレースを勝つという夢を叶えさせてやりたいと思える。
邪念を払う。担当ウマ娘に見惚れるなどちょっとした問題になりかねん。信用問題になったらどうなってしまうか、考えるだけでこの真冬よりもエグい冷気を浴びそうだ。
振り切るようにトレーナーは口を開く。
「幸いまだ誰もいないし、時間もまだあるからこの直線で走り込みトレーニングでもするか。芝とは違う地面だし気を付けながらだけど」
「お、いいねー。いっちょやってみますかっ」
こうして早朝トレーニングは登校時間まで続いた。
「くぁ……」
「やっぱ眠いんじゃん」
朝のトレーナー室。着替えを終えたネイチャとトレーナーは朝のHRが始まるまでの間ここでのんびりする事にした。
といってもあくびをしているトレーナーは手を止めずずっとPC作業でキーボードをカタカタと動かしている。
「まあな。けどお前のためなら苦でもないよ。これからも朝練とか自主練したかったら俺に言えよ? トレーナーがいた方がアドバイスも出来るし」
「ん、そのお言葉には素直に甘えさせてもらいますわ。ふへへー」
何だかにんまりしているが意図は分からない。強くなれている自覚でも出来たのだろうか。
ネイチャ的には少しでもトレーナーと一緒にいられる時間が増えるからという理由であろうが、このウマ娘バカは当然気付くはずもなかった。
またあくびが一つ。
少しコーヒーでも淹れようと席を立つ。まずポットに近づいて気付いた。湯を沸かしていないから待たないといけないのだ。
「保温にしとけばよかった……」
「眠気覚ましたいならこれでもいる?」
「……ナニコレ」
ネイチャが差し出してきたのはタッパーに入った紅いしわしわの球体。
つまりは。
「梅干し。ほい」
「むぐぁッ……すッッッぱ!?」
半ば強引に梅干しを丸々一つ口に入れられた。
瞬間、口の中が刺激でいっぱいになる。口内で何かが爆発でもしたのかと思うほどだ。
「朝の梅干しは健康にいいからって商店街のおばちゃんに貰ったんだよね。疲労回復にもいいし、トレーナーさんも結構自転車漕いでたからちょうどいいっしょ?」
「にしたって丸ごといきなり口に入れるか!?」
「ほら、目覚めたじゃん」
「だからって……あれ、確かに……」
気付けば意識もはっきりしていた。突然の刺激だから一時的な処方でしかないが、これならお湯が沸くまで眠気も我慢できそうだ。
タイミング良く梅干しを持っていたネイチャに感謝する。
「あ、じゃあアタシはHR始まるからもう行くね」
「ん? おう、もうそんな時間か。しっかり勉強してくんだぞ」
「分ーかってますって。んっ……じゃね」
最後に梅干しの汁でも付いていたのか、人差し指をほんの少し舐めて少女は部屋を出ていった。
年頃の女の子がはしたない、なんて思う訳でもなくネイチャでもあんな事するんだなーとしか感じず自分の席につく。
そしてお湯が沸くまで1分ほどとなり、少しでも作業を進めておこうとした時にふと思い出す。
(あれ、そういや強引に梅干し入れられた時にネイチャの指がちょっと口ん中入ったような気したけど……さすがに気のせいか)
思い直してPCの画面に視線を戻す。
ネイチャにも指摘された眠気は、おそらく朝練のせいだけではない。最近夜更かしが続いているせいでもある。
今年最後のGⅠレース『有馬記念』。
そこで全てが決まってしまう。ある意味、残された時間はもう僅かだ。1分1秒も無駄にはしたくない。
(有馬記念にはトウカイテイオー、ビワハヤヒデ、ウイニングチケットやライスシャワーも出る。今まで以上に強敵が揃ってる中でネイチャを勝たせるためにはどうすればいいかもっと考えないと)
ネイチャとの契約を終わらせないためならば、渡辺輝は秘密を最後まで守りながら死力を尽くす事ができる。
──────
昼休み。
ネイチャは廊下を歩いていた。
今日はマヤノ達と一緒に食べたため、トレーナーには朝練の時に渡しておいた弁当を食べてもらう形となった。
そして何で今1人で廊下を歩いているというと、
(ターボは、来てないか……。昼ご飯食べた直後に校内サイレント鬼ごっこしようなんて正気かっての)
廊下は校則で静かになら走ってもいいとされている。だから何も喋らずただ標的を見付けたら静かに追い掛け回すのがサイレント鬼ごっこだ。
喋ってはダメなので参加している者を見てもパッと見て誰が鬼か分からないのが難点である。そうして逃げている内に普段やってこない階の廊下にまでやってきた。
ふと生徒会室と同等、もしくはそれ以上のドアがあった。
ドアのプレートにはこう書かれている。
(あー、確かここ理事長室だっけ。一番偉いだけあって扉も豪華ですな~)
理事長というには子供のような小さい見た目が印象的だった記憶がある。
だが生徒を愛し一途に考えてくれている優しい人でもある。噂では生徒のために新しく土地を買おうとして秘書のたづなに怒られていたとか。
そんな事を思いながら理事長室を通り過ぎようとした時だった。
ネイチャのウマ耳が聞き覚えのある名前に反応した。
「……ん? 今のって」
確かに理事長室の中から聞こえた気がする。
いけない事とは分かりつつも、周囲に誰もいない事を確認して耳をドアにピトリと付ける。話しているのは理事長と、トウカイテイオーのトレーナーか。もう少し注意深く聞いてみる。
そしたら聞こえた。
絶対に聞いてはいけなかった名前と会話が。
「理事長、このままじゃあいつは……輝はトレセン学園を辞めなくちゃならないんですよ。本当にいいんですか!? 次の有馬記念で勝たなきゃ、ナイスネイチャとも一緒にいられなくなっちまう……。無茶な事をお願いしたのはあいつですけど、こんなに頑張ってるんだからもう少し譲歩してくれてもいいんじゃあ!?」
「……無論、私もそうしてやりたいのは山々だ。しかし、そうした所で彼が納得するとも思えない。ここにきて私が許しても彼が彼自身を許すと、師匠である滝野トレーナーはそう思うか?」
「ッ……しかし!」
中で行われていた会話。
決して聞いてはいけなかった会話を、禁忌を、タブーを、1番耳にしてはいけない少女が聞いてしまった。
気が付けば、会話の内容は入ってこなかった。
分かった事はただ一つ。
次の有馬記念で勝たなければ。
「……トレーナーさんが……辞め、る……?」
有馬記念まで、あと2週間。
誰も悪くない。そんなタイミングで聞いてしまった禁忌。
さて、彼女は何を思うか。
では、今回高評価を入れてくださった、
とよねぇさん、疲れた航海士さん、瞭裕さん、田中1177さん
以上の方々から高評価を頂きました。
ありがとうございます!!
キタサト無事ダブル天井で☆4にしました。
へへ、もう力(ジュエル)が残ってねえや……。