お気楽そうなトレーナーとナイスネイチャがほのぼの?頑張る話 作:たーぼ
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12月26日。
有馬記念当日。
中山レース場には数えきれない程の人々がいた。
ファン投票で選ばれた実力あるウマ娘達が鎬を削る大レース。年末を締めくくるに相応しい1戦がここで開かれるのだ。
そしてその地下にある控え室。そこにナイスネイチャと渡辺輝がいた。
室内の空気は緊張感だけでなく他にも何か入り混じっているような異物感すら感じる。現に渡辺輝はその違和感に気付いていた。
(レース前だからある程度の緊張感は必要だけど、それにしても何かネイチャの雰囲気がいつもと違うような……でも話しかけたら普段と変わらないし、俺の勘違いか?)
ネイチャは今イスに座って一点だけを見つめている。おそらく集中しているかレース運びのイメージトレーニングでもしているのだろう。
普段商店街の人達から可愛がられるような気の抜ける空気を纏った彼女はどこにもいない。いるのは眉を吊り上げリズム良く呼吸を繰り返しながら俯く少女だ。
(俺ももしこのレースでネイチャが負けたら……って考えるとどうしても焦りが顔に出ちまう。こういう時こそ冷静さは大事だ。ネイチャも気合いが入ってるようだけど、強張りすぎて変に掛からないようにしないとな)
あくまで自分の事情は隠し通す。それでいて自然にネイチャのフォローを欠かさない。
ある意味期限は今日だ。だからこそ普段通りにする。タイムリミットなんて最初からなかったかのように。ネイチャの勝利を最後まで信じてやるのがトレーナーの役目だという事を忘れるな。
「ネイチャ、集中してるとこ悪いけど作戦の話をしてもいいか?」
「……え? ああ、ごめんね。あはは、色々考えちゃってたみたい。いいよ、作戦の話ね」
いつものネイチャに戻ったようだ。目元も優しくなっている。
律儀に両手を膝の上に置いて話を聞く態勢になる彼女を見て、トレーナーは鞄からノートを取り出す。
中身はびっしりと書き込まれていた。
「過去に2回走ってるから分かっているとは思うけど一応改めて再確認だ。この有馬にはGⅠレースを勝ち取ったウマ娘が何人も出てくる。特に今回見た限りだと絶好調のトウカイテイオーやビワハヤヒデ辺りが大分伸ばしてくると思う。ウイニングチケットとライスシャワーも怖いとこだが、今のネイチャなら実力は同等かそれ以上だから危険度は低いはずだ」
「お、買ってくれてますなー」
「お前の実力は俺が1番よく分かってるからな。だからこそはっきり言ってやる」
一呼吸置いて、だ。
渡辺輝は何の躊躇いもなくこう言った。
「ネイチャとテイオー。2人のどちらが強いかと問われれば、俺もテイオーだろうと答える」
「……、」
分かってはいた、という表情をネイチャはしている。
トウカイテイオーの実力なんて誰もが知っているのだから、何回か一緒に走っている彼女はもっと実感しているだろう。
「けどあくまで強いってだけだ。強いだけじゃレースは勝てない。レース運びと対策、運も兼ね備えて初めてレースの勝敗が決まる。前回テイオーと戦った時のお前は惨敗ではなく惜敗だった。あそこからお互い成長してるだろうけど、成長の振り幅で言うと俺はネイチャの方が大きいと思ってる」
「え、そうなの?」
「ああ、向こうは勝率も良いし滝野さんが担当してるから努力の方向性も成長の度合いもバランスよく行われてるだろう。どんな相手に対しても適応できる身軽さと身体の柔らかさで柔軟に躱してくる。文字通り最強の一角だろうさ」
誰もが期待し、それに応える力を持っているのがトウカイテイオー。単純な強さではおそらく敵わないかもしれない。
だから、アプローチの仕方を変える。
「その上で今回ネイチャにはテイオーだけをマークしてもらう」
「……はい? え、ごめん待って待って、それじゃあ今まで今日のために他の娘達の対策してきたのは何だったの? 全部無しにするって事?」
まあ、そう捉えるのも無理はないか。
そこでトレーナーは少しの否定を加える。
「いいや、そういう訳じゃない。その必要がないって事だよ」
「ん~、どゆこと?」
「これまでのレースや対策を経て、レース中のネイチャはもう無意識に他のウマ娘に対する対応力ってのが身に付いてるはずなんだ。無理に意識を割くんじゃなくて、何も考えずとも目で見たり気配を感じるだけで常にその時に対する最適解を導き出せるって事だよ」
「……えー、アタシにそんな器用な事できますかねぇ……。結構不安なとこなんだけど」
「俺がネイチャの練習を見てきて確信したんだ。今のお前なら充分出来るよ。まあ、信じるか信じないかはネイチャ次第だけど」
「ん、信じる」
「お、おう……?」
案外早くに理解の返答が返ってきた。
分かってくれたようなので話の続きをさせてもらう。
「とまあ、そういう訳でネイチャが意識的に警戒しておくのはテイオーだけだ。あいつだけは無意識にどうこう出来るレベルじゃない。ビワハヤヒデ以上に厄介なのは当然と言っていいだろう」
それに、とトレーナーは付け加えた。
「今日テイオーを見た限りだと調子は抜群って感じだった」
「まあ、そりゃ体調とか諸々はみんな今日のために整えてきてるだろうしね」
「ああ、それも飛びっきりな」
その言葉にネイチャの耳がピクリと反応した。
おそらく次の言葉が何なのか分かっているような顔つきになる。理解が早くて助かると思ったと同時に言う。
「多分……いいや、テイオーは今回必ず使ってくるはずだ。全力の
「ッ……だろうね」
最強が使う
そして実力はあの時よりも数段と上がっている。脅威は更に増しているのだ。
ぎりぎりトレーナーにも聞こえるようにネイチャは呟いた。
「じゃなきゃ勝つ意味がない」
「……ああ。全力のテイオーに勝つ。それが俺達の目標であり、
「っ」
またネイチャの耳がピクリと動く。どういう反応なのかいまいち分からないが気にする必要もないとトレーナーは判断した。
これで最後のレースにはしない。これからも一緒に続けていく前提で話す。約3年間隠し続けてきたのだから、今更変に勘付かれるようなヘマはしない。
時計を見る。そろそろ出ないといけない時間だ。
最後にトレーナーはテーブルに置かれていた雑誌を手に取る。何とも不服そうに雑誌を前に出しながらだ。
「何かと3着が多いからか良くも悪くもネイチャは『ブロンズコレクター』なんて称号を付けられちまってる。成績的には全然良い方だからネガティブな事は言うべきじゃないとは思うが、トレーナーの俺からしたら結構この称号は不服なんだよな」
「あー、まあ結局は1着取れてないって事だからねえ……。2年連続有馬3着だし」
「名脇役だとか掲示板を外さない安定ウマ娘だとかって愛着持たれてるようだけど、そこには絶対1着は取れないっていう意味が隠されてるようにしか俺は思えねえ。客側とトレーナー側とでは捉える意味が違うのは当然だ。こっちからすりゃ1着目指してんのに3着止まりが定番みたいな言われ方されてるのと同じなんだ」
『ブロンズコレクター』。3着の多いネイチャにはまさにうってつけの称号だろう。
あくまでメディアや観客側からすれば。
だが、そんな称号は渡辺輝とナイスネイチャにとっては不服でしかないのだ。
常に1着を目指している自分達にとってその称号は毎回敗北しているというイメージが湧いてしまう。愛されているのは分かる。愛着をもって付けられたというのも分かる。
悪意がないのも知っていて、だからこそ人気なんだという事も分かっている。
でも、だけど。きっとそういう事ではない。
渡辺輝とナイスネイチャは、同時に拳に力を入れていた。
「返上するぞ、『ブロンズコレクター』っていう称号を」
「……うん」
「他のウマ娘達や全力のテイオーに勝って、自分が1番だって証明してやるんだ」
「うん」
「応援してくれているファンのみんなに、GⅠレースで1着を取るとこ見せてやろうぜ!」
「うん!」
2人して控え室を出る。見送ろうとしたネイチャの背中が止まった。
まだ何か言う事でもあったのかと思い声をかけようとすると、先に少女から口を開かれる。
「トレーナーさん」
「どうした?」
その声に、いつもの陽気な雰囲気はどこにもない。
真剣そのもの。覚悟を決めたかのような覇気さえ感じた。少女は言う。
「見ててね。アタシが絶対勝つから」
その言葉にどんな意味が含まれていたのか。それはトレーナーには分からなくて、ネイチャにしか分からないものだっただろう。
何せ彼女がこんな事を言うのは初めてだったから。今までどんなレース前でもそんな事を言った過去はなかった。それなのに今回は言った。
だけど、渡辺輝にとってネイチャの言葉にどんな意味が込められていようと関係ない。
言葉そのものの意味を汲み取ればいいだけだ。シンプル且つ単純に。担当トレーナーとして彼は答える。
「おう。先頭でゴール板切るのを待ってるぜ」
その背中から返ってくる言葉はなかった。代わりに尻尾が高く振られているのを見るに笑ってくれているのかもしれない。
また数歩歩いていたネイチャが止まる。今度は柔らかい雰囲気を纏っているような気がした。
さっきと違うのは、彼女が最後にこちらへ振り向いた事だったか。
「それとね」
地下道の出口から差す後光とその一瞬の笑顔に、思わず目が見開いた。
振り返りざまに見せたナイスネイチャの表情。出会った頃よりも成長していて、精神と見合う程度に大人びてきた彼女の笑顔は少し妖艶さすら帯びていた。
「レースが終わったら伝えたい事があるから聞いてよね」
そのまま去っていくネイチャを見送って、渡辺輝はふと我に返る。
何故だか鼓動が早くなっている気もするが、同時に笑みも零れた。
「……ほんと、成長したよな」
──────
ゲート前。
既に出走するウマ娘全員が揃っていた。
それぞれレース前に集中している者もいたり、ストレッチしている者や話したりしている者もいる。
その中でネイチャは集中している1人の内に入っていた。
トレーナーとの会話に例の件を話す事はなかった。いいや、話す訳にはいかなかった。
彼は約3年間もの間、たった1人でその事を隠し続けてきたのだ。ネイチャが少しでも不安にならないために。そんな拙い努力をネイチャ自身が無遠慮に踏み躙ってしまうのだけはダメだ。
意識を集中する。呼吸のリズムも良く身体が軽い。調子が良い証拠だ。
今日のためにやれる事は全てやってきた。何が何でもその成果を出し切る必要がある。
深呼吸をした時だった。
「やあ、ネイチャ」
「……テイオー」
最強の一角、トウカイテイオーだ。
「久しぶりの対決だね」
「そうだね」
ネイチャの対応がいつもより冴えないのに気付いたのか、テイオーの表情も少し変わる。
久しぶりの対決。トウカイテイオーはそう思っているだけかもしれないが、ネイチャは違う。ここで負ければ終わってしまう関係が確かにある。
「テイオー、今日は調子良いんだってね」
「え? うん、そうだよ! だから今日はネイチャにだって負けないからね!」
「そっか」
去年の有馬記念ではトウカイテイオーは足の調子がおかしく11着と振るわなかった。
しかし今年はそんな心配もいらなさそうだ。それならばこちらも全力で挑んでいける。
レースももう始まる。
ライバルに言っておかなければならない事があった。
「ごめん、テイオー」
「ん? 何が?」
ゲートに入る直前、ネイチャの目付きが一気に変わる。
真冬にも関わらず、ネイチャとトウカイテイオーの周囲一帯の空気だけは完全に焼けていた。
「今回は……今回だけは何があってもアタシが勝たせてもらうから」
「ッ……へえ、言ってくれるじゃん」
バヂリッと、お互いの瞳に迸る閃光がぶつかりあう。
ライバル同士の宣戦布告。戦いは既に始まっていた。
中山レース場。GⅠ『有馬記念』。
芝、良。距離、2500m。天候、晴れ。右・内回り。
全てが決まるゲートが、開かれた。
最終章なので有マ記念は前編中編後編となります。
さてどうなるか……。
では、今回高評価を入れてくださった、
じゃがりこexさん、北海いくらさん、ゆゆゆnnnさん、鈴猫りょうさん、名無しの大空さん
以上の方々から高評価を頂きました。
ネイチャの良さが広まっていて感無量です。本当にありがとうございます!!
チャンミはもうSとかSSランクの相手が当たり前になってきた……?