お気楽そうなトレーナーとナイスネイチャがほのぼの?頑張る話 作:たーぼ
一斉に14人のウマ娘達がゲートを出る。
(よし、まずは良いスタートがきれたっ……)
全体のペースを見極めつつネイチャはトウカイテイオーを探す。
先頭を走っているのは案の定メジロパーマーだ。このレースの速度をどう作り上げていくか気にはなるが気にしない。トレーナーに言われた通り自分はトウカイテイオーだけに意識を割くべきだろう。
少し先行気味の集団に紛れ位置取りも悪くないとこを取る。ここをキープしつつ気配を探っていく。
トウカイテイオーは基本先行策で走るのが多い事から、今回もそうだろうと踏み意識を集中する。そして、ヤツは前にいた。
(そこか、テイオー!)
ネイチャの少し斜め前、そこにトウカイテイオーが走っている。先頭のメジロパーマーと比べると速度は遅めか。先行でも中団の後ろ辺りだ。
ビワハヤヒデや他の先行策のウマ娘などはメジロパーマーに引っ張られてペースを上げながら前に詰めている。
1周目の第4コーナーが終わる。本当なら自分もペースを上げて前に行くべきなのだろうが、あえてそうはしない。あくまでトウカイテイオーの後ろにつく。
他のウマ娘に対してはもう勝手に身体が反応して対応できるくらいにはなっているとトレーナーが言っていた事を信じるだけだ。
直線に入る。そこでまた各々のポジションが変わっていった。ネイチャもトウカイテイオーを注視しながら適した位置を取りに行く。
微かに順位の変動はあってもまだ1周残っているのだ。慌てる必要はどこにもない。
なら今考えるべき事は。
(どこで仕掛けるべきか、それともテイオーがどこで仕掛けてくるか、か)
前者と後者。自分の判断と相手の判断に委ねて仕掛けるのでは大きく変わってくる。
自分の好きなタイミングで仕掛けられたらその分気持ちに余裕が出来るしペース配分も考えられる。ただし、相手が仕掛けてからこちらも仕掛けるのでは速度に一瞬のラグと気持ちの余裕を持てなくなってしまうという事。
相手に引っ張られた上で実力を最大限に発揮出来れば上々だが、その相手がトウカイテイオーだという事を忘れてはならない。
普通の相手とは違う。まさしく最強の一角。帝王と呼ばれる異名の持ち主。こちらの常識に収まってくれるような器ではないだろう。
だけど、だからこそ。
相手にとって不足はない。
(まずは存分にアタシの事を意識してもらうよ、テイオー!)
トウカイテイオーのすぐ後ろ。
そこに張り付く。
(やっぱりボクの後ろに来たね、ネイチャ)
そしてトウカイテイオーは想定通りの笑みを浮かべていた。
(ここまでは予想通り。ネイチャは絶対ボクをマークしてくるってトレーナーの読みは当たってたね)
レース前、滝野勝司の言っていた事だ。
ネイチャは必ずトウカイテイオーに張り付いてくる。だから思う存分引っ張り回した上で引っ搔き回してやれと。
ネイチャの位置はぎりぎりトウカイテイオーの視界に入るか入らないかという所にいる。これじゃ嫌でも意識してしまうのも無理はないが、それすら想定済みなので別段思う所はない。
2周目の第2コーナーが終わって向こう正面に入った。
まだ仕掛ける所ではないが、少しずつ全体のペースが上がってきたようにも思える。
ウマ娘の本能で分かるのだ。こういう時は仕掛けるための準備段階だと。そしてそれは自分も同じだった。
「すぅ……はぁ……」
息を入れる。今日のためにやれる事は全てやってきた。それは最強のトウカイテイオーであっても同じ事だ。
他にも強者と名高いビワハヤヒデやダービーウマ娘のウイニングチケット、ステイヤーと言われているライスシャワーですらみんな同じ努力をしている。
その上で、トウカイテイオーの判断はこうだった。
最強達を除いて、だ。
(今日のボクが一番警戒すべき相手は……君しかいないよ。ネイチャ!)
未だGⅠレースで未勝利のウマ娘。もっと他に警戒しなければならない相手がいるのにも関わらず、ナイスネイチャを警戒する理由。
滝野勝司が言っていたのもあるだろう。今日の彼女は何かが違うと。それはトウカイテイオーも感じていた。
(レース前にほんの少し話しただけだけど……それでも分かった。今日のネイチャは、
レース前であれば勝ちたいという欲から闘志がみなぎってくるものだ。それは雰囲気に現れウマ娘同士でもオーラという形で感じる事がある。
今までのネイチャもそうだったのに、今日は違った。闘志が溢れているのではなく、全てネイチャの内側に閉じ込められていたように見えた。
静かなる闘志。微かに漏れ出ていた熱気はネイチャによるものだっただろう。覚えている。あの時、自分は思わず身震いした。
強い相手と戦えるワクワク感か、それともこんなのと戦うのかという恐怖感。どちらか、もしくは半々か。
だとして、ならば自分はどうするか。簡単だ。
ペースを保ちつつ少しだけ目を瞑る。意識の集中だ。
(今のボクの全力でもって、ネイチャ……君に勝つ!)
極限の集中力に地力で達する。限界に至らずとも扉を開く。それが出来るまで彼女は成長した。
(少し早いけど第3コーナーはもうそこだしゴールまでは余裕で持つ!)
身体が一瞬で軽くなり、乱れかけていた息はすぐさま整った。
時代を創るウマ娘だけが入る事の許される最高の状態。
以前よりも激しくなった
「さあ、行くよおッ!!」
その瞬間はネイチャも見ていた。
(まさか、もうここでッ……!?)
前にいたトウカイテイオーから発現した重いプレッシャーとオーラ。天皇賞(秋)の時に一緒に走っていたから分かる。
渡辺輝が言っていた通りだ。その脅威が、圧倒的に増幅されたまま再びこのレース場に解き放たれた。
普通なら仕掛けるにしても第3コーナーが終わってからのはずだ。あまりにも早すぎる。それだとゴール板を切る前に
そう思った刹那、ネイチャはそれを否定する。
(いいや、今のテイオーならゴールまで
後ろにいても分かる重圧。抜かす事が許されないような雰囲気さえ感じてしまう。
それでも喰らい付け。こちらだってスタミナは余裕にある。いつどこで発動しても耐えきれるように鍛えてきた事を忘れるな。
何より。
今回のレースで敗北は絶対に許されないのだから。
(……勝つ)
今日のコンディションは最高潮。集中力が増していくのが分かる。トウカイテイオー程ではないが、ネイチャも実力と兼ね備えほぼ地力でそこまで達する事は出来た。
相手がもうソレを使ってくるならば、こちらも使うまでだ。
(絶対に勝つんだッ!!)
ヒラリと、ネイチャの右の瞳から緑の波が流れ出す。
滑らかな深緑が白蒼の支配していたレース全体の流れを変えていく。ネイチャの
レース場が湧いた。
本来であればまだ仕掛けるタイミングではない場面での、注目されていたウマ娘2人によるスパート。
徐々に上げられていたペースが一気に崩れ去る。2人のウマ娘によって速度が無理矢理上げられたのだ。
スクリーンを見る限りビワハヤヒデやウイニングチケットも2人を見て驚愕の目をしていた。スパートのタイミングをずらされた。それは刹那の判断が勝敗を分けるレースにおいて致命的とも言える。
第3コーナーに入る。
かくいう渡辺輝もレースを見ながら胸のざわつきが治まらないでいた。
(ネイチャとテイオーが
タイミングに多少の差はあれど、これならネイチャも最後まで走り切れるだろう。
だが、走り切れるだけじゃ意味がない。結局は最後に勝たなきゃ全てが無意味になってしまう。今回に限っては。
(単純な実力だけで言えばまだテイオーの方がネイチャよりも少しだけ強い。だけど
レースは第4、最終コーナーに入る。
もう他のウマ娘達もスパートを掛けていく中、トウカイテイオーとネイチャは既に先頭のメジロパーマーを捉え先頭集団にいた。
そこで、気付く。
違和感はスクリーンに映し出されていた。
(あ、れ……?)
接戦。そう予想していたのは渡辺輝だったはずだ。実力も近く
だが、あれは何だ? 自分の想定ならもう2人は並ぶかアタマ差でネイチャが後ろくらいだと感じていたはずなのに。
(ネイチャが、テイオーに距離を開けられてる!?)
何故か差が縮まらない。
(くッ……何で……!)
そう、
お互い極限の集中状態にいて実力以上の力を出している今、隣に並んで拮抗していても不思議ではないはずなのにそれが叶っていない。
トレーナーがトウカイテイオーの実力を見誤った? あり得ない。それに限って言えばトレーナーがウマ娘の実力を見誤る事は絶対にあり得ないのだ。
なら何だ。1バ身も離されていて今も尚ほんの少しずつ距離を離されている今の原因はどこにある?
拮抗している実力。
であれば。
そもそも。
(地力の差かッ!?)
いくら成長の振り幅がネイチャの方が大きいと言っても、30と80の地力からスタートすればどちらが強いかは明白だ。
どれだけ補った所で肝心なところが埋まっていなければ詰められるものも詰められない。
1バ身の差は、本当に少しずつでも開いていく。まるで死に物狂いの努力が否定されていくような気分だった。
トレーナーの期限を知って限界を超えてまでトレーニングに打ち込んでも、その差を埋める事は出来なかったのか。結局は1着を取れず敗北を喫してしまうのか。
(ぁ……あぁ……っ)
こんなにも全力で走っているのに埋まらない。現実が突き付けられていく。敗北のイメージだけが湧いていく。
負ければどうなってしまうか分かっているのに、これ以上脚が前に進んでくれない。
強く歯噛みする。自責の念か恐怖の押し殺しか。
今回のレースの敗北は、ネイチャにとって終わりを意味する。ただの負けではない。最愛のトレーナーとの関係が終わってしまうという意味で。自分が弱かったから。自分を信じてくれたトレーナーの期待に応えられなかったせいで、全てが終わる。
(嫌だ……いやっ……)
最終コーナーが終わる。
こんな時に、よりにもよってこんな大事な時に。ネイチャのネガティブ思考が蘇ってきてしまう。
(アタシが弱いから、アタシが弱かったから……トレーナーさんが学園を離れちゃう……。あんなに期待してくれてたのに、あんなに素質があるって言ってくれてたのに……アタシは応えられなかった……!)
このままいけば2着。普通に見れば大健闘であり誇っても良いレベルだ。
だけど、今日だけはそれだと何の意味もない。1着でなければ本当の勝利とは言えない。死力を尽くしても、敵う相手ではなかった。
全部自分のせいだ。そう結論付けて、それでも脚は動いていた。
最終直線に入った。ここからトウカイテイオーは更に速度を上げるだろう。いよいよネイチャでも手が付けられない程に。
いっそ自分もトレーナーと一緒に地方のトレセン学園に行けばいいかもしれない。そうすれば地方のトレセンもトレーナーの手腕と自分の実力も相まって盛り上がるはずだ。それを認められれば中央に戻る事もいつかは許される日が来るかもしれない。トレーナーが何と言うかは分からないが。
それでも一緒にいられるならネイチャにとっても悪くはない。地味な自分には良い役割だろう。
割れるようなレース場の歓声の中で、ネイチャの耳が勝手に反応した。
(……え?)
騒音の域を遥かに超えた足音と歓声。むしろ幻聴のようにも思えた音だったけれど、確かに聞こえた。
ゴール板までの直線は約310m。トレーナーはゴール板で待ってると言っていたから、本来なら聞こえるはずもない声。
いいや、そもそも。
トレーナーは普段レースの時は声を出していなかったはずだ。自分は客ではなくトレーナーだから、強く思ってはいても静かに見ているだけと聞いた覚えがある。なら、この音は何だ。
ゴール板の方を見る。
音源の正体はすぐに見つかった。
「ネイチャァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
今までにない程口を大きく開き叫んでいた。
誰よりも。届かせるように。
「ッ」
本来であれば歓声に消されて聞こえるはずのない声。毎日のように喋って聞き慣れていたからか、はっきりと聞き分ける事が出来た。
ゴールまで約280m。ネイチャの中で何かが変化しようとしていた。
それはトレーナーの次に発せられた声で確かとなる。
「行けェェェえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!」
自覚があるのかないのか分からない。けれどネイチャの外だか中にある何かが、燃え滾るように膨れ上がっていく。
まず心の変化があった。
(そうだよね……何弱気になってたんだろアタシ。トレーナーさんが諦めてないのに、アタシが諦める訳にはいかないっての)
思い返せ。ここで負けると本当に取り返しのつかない敗北になる。
レースと期限の二重で追い詰められているのは事実で、だから負ける訳にはいかないと決意した日を思い出せ。
何を思った。何を感じた。何を誓った。
トレーナーとこれからも一緒にいるための努力をした。それら全てをこのレースでぶつけるための死力を尽くした。
本当か?
文字通り死力を尽くしたと胸を張って言い切れるのか? ダメだ。言い切れない。そんな予防線を張っただけの言い訳をするなんて恥ずかしい真似は絶対に出来ない。
超えろ。
全てを超えてみせろ。
(熱い……)
まるで灼熱が体中を駆け巡っているようだった。不思議と周囲がスローモーションのように見える。
何かが起こる兆候か。この感覚には少し覚えがあった。初めて
本能で理解した。これは受け入れるべき兆候だと。全力の
(そうだ。勝つから見ててって言ったのはアタシだ。これからも一緒にいたいって思ったのはアタシだ。あの人しかいないって思ったのはアタシだ)
底の底にあった心の中にあった扉をこじ開ける。
全てが燃え盛っていた。その業火の中に、ネイチャは迷いなく踏み込んでいく。
(だから、負けられないッッッ!!)
そして。そして。そして。
最後のキーは彼の声だった。
「勝てェェェええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!!」
「ッッッ!!」
瞬間。
噴火があった。
こんな事を言っていたのは渡辺輝だったか。
成長の振れ幅で言えばトウカイテイオーよりもネイチャの方が大きいと。
そういう意味ではネイチャはまだ未熟だったのかもしれない。
実力という意味でも。
トウカイテイオーの白蒼は両方の瞳から出ているのに対し、ネイチャの深緑は右の瞳からしか出ていなかった。
だけどそれがそういう形の
もう片方の瞳から発現してようやくそれがネイチャの完成形の
渡辺輝がスクリーン越しに見たのは緑ではなく紅だった。
ヒラリとした深緑の光とは違う。ネイチャの左の瞳から発現したのはどこまでも紅く燃え盛るような紅蓮の炎であった。
クリスマスカラー。勝負服にも施された人々の願いの象徴。
今、トレーナーと自分、2人の願いを背負った少女が本当の覚醒をする。
赤と緑。
両方の色をそれぞれ左右の瞳から漂わせ目指すべき前へ突き進むために。
紅焔の炎が、レース場を席巻する。
ネイチャ、本覚醒。
ここからが本当の勝負です。左右で違う色の領域ってのを書きたかったんですよね。その分ネイチャのクリスマスカラーってそれを表現しやすくて助かりました。
シングレかこの作品……?
では、今回高評価を入れてくださった、
Yasu08さん、東風乃扇さん、Yukimura 0920stさん、サイルさん、棗桜さん、ぴーす71さん
以上の方々から高評価を頂きました。
嬉しいコメントをたくさん頂いています。本当にありがとうございます!
アプリのメインストーリーもちょっとシングレ描写っぽいのあって興奮しました。
ほら、スぺがスカイを抜く瞬間。