剣と剣が交わる度、衝撃が大地を抉った。
雷鳴と私の力は、ほとんど拮抗していた。
(何だこの力は……こんな奴が俺と互角だと!? それに……)
雷鳴は自身の胸を見る。先程付けられた傷が未だに回復しないことが疑問だった。
(そういえば……以前黒影に聞いたことがある。我々と対になる力を扱う者がいると。確か『創世の力』。なるほど、だから再生しないのか)
破界王と創世の女神が対になるように、それぞれが与える力も対になっている。つまり、破界王やその僕に核破壊以外で決定打を与え得るのは、創世の力のみであった。
「小賢しい!」
良く見える。攻撃もその予備動作も。そして、
「ぐっ……!」
隙が見える。その隙に剣技を叩き込めば、如何に分厚い外骨格であろうと粉砕できる。
「はぁ……はぁ……くそっ!」
雷鳴の苛立ちは最高潮に達していた。
(……このまま一気に決める!)
奴に向かって突っ込んでいく。雷撃も大剣も、最早あまり意味を持たない。難なく避けることが出来る。
「調子に乗るなよ……天地雷鳴!」
「っ!?」
先程花騎士達を全滅させた技だ。今の状態でもこれを喰らえばひとたまりもない。
だがどこかに穴があるはず。雷鳴の魔力だって無限じゃない。凝視しろ。今ならはっきりと見えるはずだ。
(……見えた!)
一ヵ所魔力が弱くなっている場所がある。そこに滑り込み、加護の力を一気に高める。しかしそうまでしても凄まじい威力だ。気を抜くと意識が持っていかれそうになる。
「はぁ……はぁ……俺に二度も天地雷鳴を使わせるとは……だがこれで奴もお終い……ぐあぁっ!?」
奴が気を抜いた瞬間、奴の胸に刀を貫通させた。
(確かな手応え! 核が近い、そのまま押し切れ!)
「うぉぉぉぉ!」
加護の力を高め、雷鳴の核まで一気に刀を振ろうとする。しかし様子がおかしい。力が上手く入らない。
「がはっ……!」
吐血……。動くことすらままならなかった身体を酷使したツケが回ってきてしまった。創世の力で何とか誤魔化してはいたが、身体は既に動ける状態にはなかったのだ。
(もう少しだ……もってくれ……)
「ぐっ……このっ!」
ゼロ距離での雷撃が私の身体を焦がしていく。そのあまりの痛みに、私はついに刀から手を放してしまった。
(まだ間に合う……もう一度刀を握れ!)
しかし手が刀に届くことは無かった。血を吐く激痛に、身体は動かなくなる。そこに雷鳴の蹴りが飛んできた。
「がぁ……!」
血が吹き飛ぶ。今ので顎の骨が割れた。
「くそ……この俺が人間ごときに……」
激しい怒りが見える。見下していた人間という種族に脅かされたこと、それが雷鳴のプライドを燃え上がらせた。
雷鳴の蹴りは、今度は私の腹へ飛ぶ。私の身体は軽々と岩に叩き付けられた。
(く……そ……ここまで追い詰めたのに……)
声すら出せない。全身が悲鳴をあげている。雷鳴の足音が近付く度、私は死を覚悟した。
その頃、サントリナは。
「頼む、見逃してくれ!」
「……」
命乞いをする炎武を、サントリナは冷たく見下ろしていた。
「俺は破界王や雷鳴様に言われた通りにしただけなんだ。本当はこんなことはしたくなかった」
「……そうですか」
「そ、そうだ。見逃してくれるのなら、破界王の情報を教える。今後は悔い改め、お前達のために戦おう。だから頼む!」
「……」
サントリナはそれを聞くと、無言で背を向けた。その時サントリナの瞳に映ったのは哀れみか、蔑みか。
(ふん、敵に背を向けるとは……やっぱりお前は甘ちゃんだな!)
炎武がサントリナに向けて手をかざした。しかしその手から炎魔法が放たれることはついぞ無かった。何故なら、
「……っ!?」
(う、腕が……切り落とされてる! いつの間に!)
そして炎武の視界に映るサントリナの姿が逆さになった。腕だけでなく頭まで斬られていたのだ。
落とされた頭に、サントリナはゆっくりと近付き、切なそうな表情を浮かべた。
「いくら言葉で取り繕っても、あなたの殺意は消えていませんでした。もうあなたはお終いです。既に核も壊しました」
「……」
「最後に教えて下さい。あなたにとって命とは何ですか?」
「……てめぇらの命なんてどうでもいいんだよ! てめぇら全員俺に殺されてりゃ良かったんだ! ちくしょう! 全部てめぇのせいだ!」
思い付く限りの罵倒を吐き出した後、炎武の身体は崩れ去っていった。
「サントリナさん……」
心配そうに彼女に駆け寄る花騎士達。そんな彼女達に、サントリナはいつも通りの優しい微笑みを見せた。
「皆さんお怪我はありませんでしたか? 私はこれから団長さん達の援護に向かいます。皆さんもどうか気を付け……て……」
「サントリナさん!?」
(あれ……どうして……身体が言うことを聞かない……)
創世の力は生物のポテンシャルを最大限に引き出す力。しかしその反面、大きな反動を使用者に強いる。団長が始めて使った時、丸一日寝込んだのはそのためだ。
(団長さんを助けないといけないのに……)
倒れそうになったサントリナを花騎士達が支える。サントリナの瞳はそのままゆっくりと閉じられた。
「あ……うぅ……一体何が……」
瓦礫の中からポーチュラカが姿を現す。天地雷鳴を喰らい、遥か遠くまで飛ばされてしまったのだ。
「皆は無事……っ!? 団長!」
ポーチュラカのあどけない瞳に映ったもの。それは雷鳴に足蹴りにされる団長の姿だった。
「ぐ……助けないと……」
何とか足を動かし、彼らの元へ向かおうとするポーチュラカ。しかしその歩みは決して軽いものでは無かった。
(私が行って何が出来るんだろう……あんな強い敵に……)
斬られた瞬間がフラッシュバックする。今度攻撃を喰らったら……おそらく命の保証はないだろう。それでも、
(それでも私は団長を助ける!)
そう決意を固めた時、後方から何か音がした。
「ぐ……う……」
「クマツヅラさん!」
瓦礫を押しのけて出てきたのはクマツヅラ。ダメージが酷いからか、変身状態は解除されている。
「無事だったんだね」
「な、何とか……痛っ!」
(皆を回復しなくちゃいけないのに、これじゃ魔力を集中させられない……)
そんなクマツヅラにポーチュラカが手をかざす。すると、
「あ、あれ……痛みが和らいだ……それに力が……」
「ほ、本当に出来た……」
あくまでも回復が出来るという予感だった。しかし予感は現実に変わった。
(本当は世界花の加護ってもっと自由なのかも……だからクマツヅラさんを回復させられた)
「この力……根源の世界花の加護? ポーチュラカも目覚めたんですか!?」
「クマツヅラさん、私は団長を助けてくる。クマツヅラさんは皆を回復してきて」
「……はい!」
(この黒髪の花騎士は我々にとって脅威になり得る。今のうちに殺しておく)
雷鳴の大剣が頭上に振り下ろされる。しかしそれが私に届くことはなかった。
「圏……くっ、しぶとい奴らだ」
ポーチュラカだ。ポーチュラカが来てくれた。それに身体の損傷が少しずつ癒えていく。ポーチュラカの能力か。
「団長はやらせない!」
「くっ!?」
(こいつも先程よりパワーアップしている……いや、それだけじゃない。俺の動きも鈍くなっているのだ。ダメージを受け過ぎた)
私も何とか動けるまで回復してきた。本調子ではないが、これならまだ戦える。
(少しでもポーチュラカの負担を減らせ……)
雷鳴の背後から斬り掛かる。何とかそれをかわした雷鳴に、ポーチュラカは圏で追撃していく。
(先程の戦いで核が露呈してしまった……もう戦うべきではない……しかしどうにかこの二人だけは殺さねば)
「団長、今クマツヅラさんが皆を回復してくれてる! 援軍が来るまで二人で粘るんだよ!」
「おうっ!」
加護の力を高め、雷鳴と一気に距離を詰める。
(遅い。やはり創世の力はなくなったか。これなら簡単にいなせる)
雷鳴が構えた瞬間、私は身をかがませる。すると私の背後、奴にとっての死角から圏が飛んできて雷鳴に襲い掛かった。
「くっ!」
何とか剣でそれを弾き飛ばした雷鳴の足元に斬撃を浴びせる。
「はぁ……はぁ……しつこい!」
雷撃が飛んできた。感覚から攻撃範囲を予測し、穴を見つける。
「……上だ! ポーチュラカ、飛べ!」
「よっしゃ!」
私の肩を踏み台にしたポーチュラカは、上空で先程投げた圏を拾い、それで雷鳴の胸の近くを切り裂いた。
「ぐぅっ……!」
(いける……このまま押し切れるぞ……)
(くそ! 何故俺がこんな奴らに……)
雷鳴の頭にはっきりと浮かんだ『死』という文字。それは彼にとって実に千年ぶりの感覚であった。
(そうだ。千年前、俺が四天王になったばかりの頃、黒影に決戦を挑み、そして……)
それまで一度も敗れたことのなかった雷鳴が、たった一度だけ感じた恐怖。
一撃で身体がバラバラに切り刻まれ、目だけがその黒い影を見つめていた。
『貴公は所詮その程度。私に挑むのはもっと強くなってからにするんだな。今の貴公では殺す価値もない』
(黒影に比べればこんな奴ら、小物に過ぎん。俺にとっては強さこそ全て。だから俺はもう負けるわけにはいかんのだ。こいつらにも、そして黒影にも!)
「うぉぉぉ!」
「っ!? 雷鳴のスピードが上がった! パワーも!」
(馬鹿な……この状態で更に上がるだと!?)
「はぁ……はぁ……」
私もポーチュラカも限界が近い。ポーチュラカが回復しながら戦ってはいるが、このままでは彼女の体力と気力が先に尽きてしまう。
「……ぐっ!」
攻撃を弾くことも避けることも難しくなってきている。このままでは二人とも死ぬ。
私は死んでもいい。ポーチュラカだけは何としても守らなければ。
「団長!」
「!?」
大剣が振り下ろされる。もう身体が動かない。諦めかけたその時、
「喰らえっ! 正義の嵐!」
無数のナイフが雷鳴を襲った。
「遅れてすみません!」
「リシアンサスさん!」
「私だけじゃありませんよ」
「おりゃおりゃあ!」
「これでも……喰らえ!」
イキシアとランタナの攻撃が雷鳴の巨体を吹き飛ばす。
「おっしゃあ! だんちょ騎士団全員集合じゃあ! このまま押し切るじょ~!」
(負けられん……俺はこんな奴らに負けるわけにはいかんのだ!)
氷雪が死の間際に出した極大の氷柱攻撃を前に、片足が潰れたアブラナは逃げる術を持っていなかった。
(ごめん団長……あたし死ぬ……最後にあんたの顔が見たかったわ……)
「アブラナさん!」
(ふふ、その絶望顔が見たかったんですよ!)
氷柱がアブラナに突き刺さる直前、白く丸いシルエットが現れ、アブラナと共に姿を消した。
アブラナを氷柱から助けた、その正体は……。
「……ハツユキソウ!? あんた今まで何してたのよ!」
「ごめんなさい、強敵に手こずってて……」
「嘘臭……でもありがとう」
(そんな……最後の最後であんな奴に邪魔されるなんて……ちくしょう!)
そんな氷雪に、オジギソウが顔を近付けた。
「あなた、凄く悔しいんですね。空気感で分かります。私達花騎士を見くびり過ぎましたね~」
「くそっ! ちくしょう!」
氷雪の身体はそのまま崩れていった。
「って、その状態で援護に行く!? 正気ですか!」
壊れた左足を添え木で固定しているアブラナに、ハツユキソウが大きな身振り手振りで抗議の意を示した。
「当たり前じゃない。片足が潰れたくらいで何よ? 元々五体満足で勝てるなんて思ってないわ」
「う~……オジギソウさんも何か言ってあげて下さいよ~」
「私もアブラナさんに賛成です。後悔はしたくないですから」
「死ぬかも知れないのに……まともなのは私だけですか……」
「で、ハツユキソウはどうするのよ? 別に無理に来いとは言わないわ。助けてもらった恩もあるし」
「……行きますよ、行きます! 満身創痍の二人だけを行かせられるわけないじゃないですか」
「ぐっ……はぁ……はぁ……」
騎士団の総攻撃が始まった。
ポーチュラカの根源の加護の力、そして雷鳴の疲労。戦況は我々がわずかに有利だった。
(まずい、このままでは……もはやこいつらの相手をしている余裕はない)
一瞬立ち止まる雷鳴。次の瞬間、その巨体は我々に背を向けて走り出した。
「……逃走!? まずい、雷鳴が逃げる!」
何が起こったのか把握するのに数秒かかった。まさか雷鳴が逃走するとは。
しかしこれは考え得る限り最悪の事態だ。このまま逃げ切られれば、雷鳴は全回復してしまう。何とかここで決着を付けておかねば。
「こらぁ! 逃げんな!」
「逃がしません!」
リシアンサスのナイフとランタナの短剣が雷鳴の背中に突き刺さる。
「ぐっ……がぁ……!」
それでも雷鳴は構わず逃げ続ける。
(違う! 逃げているのではない! 戦況を整えるのだ。こいつらは次戦う時に必ず殺す)
「くそ……速い……追いつけないんだよ……」
こちらも万全の状況ではないのだ。ただでさえ格上の相手に逃げに徹されると、追撃することは困難になる。
「このままじゃ……」
ポーチュラカが弱気になったその時、
「大丈夫ですよ、ポーチュラカさん。後は任せて下さい」
「……!? ぐおぉぉぉ!」
特大の火炎魔法が雷鳴の背後から襲い掛かった。
「クマツヅラ!」
「彼女だけじゃないよ」
ブリオニア、エキザカム、コオニタビラコの必殺技が次々に襲い掛かる。雷鳴は何とか核だけは守るが、全身が切り刻まれていった。
「く……そぉ……邪魔だ! どけぇ!」
雷撃が花騎士達に放たれる。しかし、
「ぐっ……だ、大丈夫。威力が弱まってる。雷鳴の魔力も無尽蔵じゃない」
「はぁ……はぁ……」
ボロボロの身体を引きずり、私も再び戦いの場へ。
ついに四天王雷鳴を追い詰めた団長達。バナナオーシャンでの戦いが今、終わろうとしている。
次回、ついにバナナオーシャン戦決着。
話数的にはそうでもなかったですが、作者的には長かった……。