地味に主人公団長久しぶりの登場だな……。
コンボルブルスから手紙が届いた。敵軍の装置を手に入れたので、その解析をガンライコウに頼むため、ベルガモットバレーに向かっているらしい。そして我々にも来て欲しい、そう書いてあった。
「ご主人、どうするです? ベルガモットバレーならモコウが案内できる?」
「そうだな……」
あの慎重なコンボルブルスが判断したんだ。かなり重要なのだろう。これからの作戦にも影響しかねない。それならばこの目で直接見た方が良いのかも知れない。
「……うむ、行こう」
私がそう言うと、クコは私の腕に抱き付いてきた。
「クコも同行。今度は一緒。団長、許可?」
バナナオーシャン戦線の時は留守番させてしまったからな、寂しかったのだろう。
「では一緒に行こう」
「あい♪」
「というわけで、三人でベルガモットバレーに向かう。ポーチュラカ、後のことは任せた」
「了解だよ!」
ポーチュラカはピシッと敬礼をした。
「だんちょ、安心しなって。ランタナに任せとけ~!」
(ランタナがいるから不安なのだが……)
旅支度を整え、いざ出発だと意気込んだ矢先、
「よっし、出来たぁ! 団長、見て見て~!」
執務室のドアを勢い良く開けて、コマチソウが飛び込んでくる。その手には試験管のようなものが握られている。これがどうかしたのだろうか。
「ふっふ~、これは毒薬。ようやく完成したんだ!」
コマチソウは目をキラキラ輝かせながら語り出した。
「まず敵の身体は核が中心になってるんだけど、この核ってのが凄いんだ。人間でいう脳と心臓、その他色々な役割をこれ一つが担ってるの。その核に」
「ち、ちょっと待て。出来るだけ完結に頼む……」
やたらと饒舌になったコマチソウを手で制する。彼女は熱中するとそれしか見えなくなる質だ。今までは害虫にその熱意が向けられていたが、どうやら破界王軍兵士の構造にも興味を持ったらしい。
「えっとね、つまりはこの毒薬を打ち込むと核に作用して、体中の細胞の結び付きを破壊するんだ。そうなったら、もう再生出来ないどころか、動くことすらままならなくなるってわけ!」
「本当か……凄いな……」
そんな効果があるのなら、戦いも大分楽になるはず。特に並みの花騎士でも彼らを倒せるようになるのが大きい。
「ま、まだ試作段階だけどね。あれ? ところで団長はどこかお出掛け?」
騎士団中に告知したはずだが……と頭を抱えながらも、ベルガモットバレーに行くところだと説明する。
「それならあたしも行く! 薬を作るのにベルガモットバレーの技術者にはたくさん協力してもらったし、そのお礼に。それに道中で敵と遭遇したら毒薬が試せるしねぇ……」
コマチソウはやたらと不敵な笑みを浮かべた。
同機は不純だが、確かに私も薬の効き目を見てみたいような気がする。
「……では今度こそ出発する。皆、気を付けてな」
「団長こそ。いってらっしゃーい!」
ポーチュラカ達に背を向けて歩き出した。行き先は渓谷風の吹く国、ベルガモットバレー。しかし妙な胸騒ぎがするのは気のせいだろうか……。
ベルガモットバレー、マフル高原。ガンライコウのラボはどうやらここを抜けた先にあるらしい。
不吉な風が吹きすさぶ。敵軍や害虫に襲われる前に早く抜けてしまおう。そう思った時、どこからか私を呼ぶ声が聞こえた。
「お~い、女の子団長ちゃ~ん!」
見ると着物姿の少女が手を振りながらこちらに近付いてくる。
「やぁ、久しぶり」
朗らかな笑顔を見せたのは花騎士のヘチマ。バナナオーシャン戦線でも一緒に戦った花騎士だ。しかし彼女が何故こんな所にいるのだろうか。
「うちのセオ団長ちゃんが、君がここを通るからお迎えに行きなさいって」
そんなことまでお見通しなのか……。
「これからガンライコウちゃんの所に行くんでしょ? ついでにうちの騎士団にも寄っていってよ。すぐ近くだから」
セオ団長か。確かに彼には一度会いたいと思っていた。それにブリオニアにも挨拶しておきたいし。
クコ達に目線を送ると、彼女達もこくりと頷いたので、ヘチマに手を引かれセオ騎士団に向かうことにした。
「ここが……」
ブロッサムの城とは全く違う雰囲気に面食らう。どちらかと言うと旅館のような雰囲気がある。
内装も木を使った古風な趣で、見ているだけで心が落ち着くようだ。
書斎のような部屋に通された。ここが執務室なのだろう。中にはブリオニアと一緒に、青白い肌の青年が立っていた。
「やぁ、君が例の女性団長だね。私はセオ、この騎士団の団長だ」
「初めまして」
痩せた腕を差し出され、握手を交わした。
「バナナオーシャンではブリオニアとヘチマが世話になった。ありがとう」
そう言ってペコリと頭を下げてきた。
恐らく年齢は20代前半だろうが、歳不相応な、ベテランのような落ち着きを感じさせる。
「いえ、世話になったのはこちらの方です」
そう言うと、ブリオニアもこちらの方を向き、静かにお辞儀をしてくる。
「君を呼んだのは、一度挨拶をしておきたかったから……というのもあるが、あることを伝えておきたかったんだ」
「私に伝えておきたいこと……ですか?」
「あぁ。敵軍が各地でおかしな動きを見せている。コンボルブルス達が装置を発見したのもその一つだ。何かが起きてからでは遅い。私は各国の団長達に呼び掛け、警戒にあたって貰っている」
セオ団長が持つ超能力、テレパシー。これを国外の団長達に飛ばすことで指令を送っているらしい。しかし、確か長距離のテレパシーは体力を消耗するとブリオニアに聞いた。やつれた頬、目の下に黒く残ったくまもそのせいなのだろうか。
「心配しなくてもいいよ、女性団長。自分の身体は自分が一番良く知っている」
考えていたことに返答が返ってきた。心を読めるのか……。
「もしも全ての人間に生まれてきた理由があるとすれば、これこそが私に与えられた使命だと思う。君が戦う理由と同じだよ」
セオ団長の瞳は炎のように熱く燃えていた。同じだ。私も彼も、手段は違えど共に春庭を守る同志だ。そう思うと、私も彼と同じ炎を灯さずにはいられなかった。
「それともう一つ。君が雷鳴戦で発現した創世の力。あれは敵にとって脅威となり得る。つまり敵は君を狙ってくる可能性が高い」
雷鳴戦を思い出す。あれだけ力の差があったのを覆せる程、あの創世の力は凄まじかった。反動も凄かったが……。
「しかし君は我々にとっては希望だ。決して殺させない……殺させないよ、四天王、紅毒」
「っ!?」
セオ団長の視線を辿ると、そこには深紅の異形が佇んでいた。
何故だ、全く気配が無かった。もしもセオ団長が気付かなければ……。
「ほう、良く分かりましたね。気配は完全に消していたはずですが」
四天王、紅毒。そう呼ばれた怪物は、特に焦る様子はなく、おしとやかな女性のような声で語り始めた。
「初めまして。私は紅毒。破界四天王の一人です」
この落ち着き、余裕すら感じる。
雷鳴と同格の相手だ。この戦力で倒せるだろうか。しかも私はまだ創世の力を自制出来ていない。戦力に数えることは出来ない。
しかしやるしかない。花騎士達と共に武器を構えたその時、セオ団長が手で我々を制した。
「殺気を感じない。やり合う気はないらしい」
「しかし……」
奴を逃がしていいのだろうか。思案していると、甲高い笑い声が聞こえてきた。
「ふふふ……そう、あなた達はまだ殺しませんよ。今回は予告です。殺される恐怖と向き合いながら、じわじわと弱っていく人間を見るのが、私の最大の楽しみなんですよ」
「嫌悪……」
クコが呟く。同感だ。
「やはり女性団長を狙いに来たのか」
「いいえ。勿論彼女もいずれ殺しますが、今の標的はセオ、あなたですよ。あなたの超能力は危険だと破界王は判断した」
「なっ!?」
その言葉に、ブリオニアがいち早く反応した。レイピアを構え、紅毒に一直線に突っ込んでいく。
「ふふ、いいですねぇ。無駄なあがきは大好きですよ」
紅毒は一瞬で我々の背後に回り込んでいた。速い。足音が遅れて聞こえた、音を置き去りにする程の速さ。
「さぁお嬢さん、もっと抵抗してみてください。あなた達程度、いつだって殺せますからね。少しでも楽しまないと勿体ないでしょう?」
「うぐ……」
歯軋りの音が響く。あの温厚なブリオニアがここまで怒るとは。そして私もまた、彼女と同じく激しい憎悪を感じざるを得なかった。
「落ち着け、ブリオニア。強い相手こそ冷静にならなければ」
「ふむ、当の本人が一番冷静ですか。これではつまらない。もっと泣き叫び、命乞いをして貰いたいものですが……」
「騎士団長に着任した時から、死ぬ覚悟など疾うに出来ている。私だけではない、他の騎士団長や花騎士も皆同じだ。自分の死を恐れる者などいない。見くびるな」
口調は飽くまで優しいままだった。しかしそこには強い信念を感じる。病弱で細身な青年が放った気迫に、私も花騎士も、紅毒すらも気圧されてしまった。
「それに、君達は大きな勘違いをしている。私を殺しても全く意味は無い。私の後を継ぐ者はたくさんいるのだから」
「ふ、ふふ……何を言い出すかと思えば。あなたのような超能力者、そうそう存在してなるものですか」
「能力の問題ではない。意志の力だ。例え私が死んでも、他の騎士団長が、花騎士が、そしてブリオニアが後を継いでくれる」
「団長さん……」
ブリオニアの表情が普段通りの穏やかなものに戻る。
「まあ、君達には分からないか。破界王の言いなりになっているだけで、命を繋ぐことの出来ない君達では」
「黙れ」
一瞬で空気が変わった。机の上の本が散らばり、壁や床には亀裂が走っていく。目を背けたくなるような圧迫感は、雷鳴に勝るとも劣らない程だった。
「気が変わった。貴様はこの場で殺してやる」
紅毒の手に大鎌が握られる。
(まずい……殺気が異常に膨れ上がった……だが)
クコとワレモコウに目で合図をする。
相手は間違いなく冷静さを欠いている。今がチャンスだ。
「これで……くっ!?」
二人の魔法攻撃が炸裂した。紅毒は何とかそれをかわしたが、そこに一瞬の隙が生まれた。
「うぉぉぉ!」
「なっ!?」
剣で彼女を背後から突き刺し、そのまま窓を突き破って外へ飛び出した。
ここは3階。世界花の加護があれば死にはしないはず。
「ぐっ……おぉ……」
受け身はとったが、あまりの痛さに悶絶する。しかし骨は無事のようだ。戦うのに支障はない。
「ふんっ、馬鹿め。貴様の方がダメージは大きいじゃないか」
その通りだ。紅毒は落ちた傷も剣で刺された傷も治っている。しかし私は血だらけの傷だらけだ。
「だが……貴様をセオ団長から遠ざけることが出来た」
「ふむ……ふふふ、面白い。あなたの無駄な勇気を讃え、今この場は退きましょう。次会ったらセオ共々殺して差し上げますからね」
紅毒が背を向けて走り出そうとした。その時、
「逃がすかぁぁ!」
コマチソウが建物から飛び出してきた。彼女と共に、私も剣を構え突進する。
「ふん、逃げられますとも」
紅毒が指を鳴らすと、5体の兵士が現れる。しかしどれも雑兵。
「この程度で足止め出来ると思うな!」
私が奴らの胸の辺りを斬ると、緑色の血が激しく吹き出した。それは私の身体にかかり、そして……。
「ぐぅぅぅ……!」
「団長!?」
(熱い……灼けるように熱い……)
何が起こったのか理解出来なかった。ただただ、身体の熱さと痛さに、私はうずくまってしまう。
「これ……毒!?」
「こ、コマチソウ……私はいいから奴を……」
こうしている間にも紅毒は遠ざかっていく。コマチソウも全力で追おうとしているが、間に合うかどうか。
(ふふ……まだ隠そうと思っていた奥の手ですが、ここで使うことになるとは……中々楽しめそうですね)
追手を撒ける。そう確信した紅毒は正面を見据える。その視界に映ったのは、一人の小さな少女。桃色の長い髪に騎士団制服のような服装。その上に黒いマントを羽織っている。
(花騎士か……? ここで足止めを喰らうのは少々面倒ですね。どこか他の道は……っ!?)
彼女が思案している途中、桃色の少女は尋常ではないスピードで紅毒の眼前に達してしまった。
「な……貴様……は……」
次の瞬間、紅毒の身体はバラバラに斬り刻まれていた。
紅毒は戦闘能力自体は雷鳴より下ですが、色々卑屈な手が多いので、総合的な厄介さでは彼を上回るレベルかと。ステルス能力とかもありますからねぇ……。
最後に出てきた少女は前話のあの人です。この時点では味方陣営でも最強格のはず。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。