ガンライコウは初めて書きましたが、以前から好きなキャラではありました。
(ば、馬鹿な……斬られたのか……あの一瞬で……?)
バラバラに斬り刻まれた紅毒の身体。赤い複眼の一部がギョロりと動き、桃色の髪の少女を凝視していた。
(見えなかった……抜刀したことすら……)
その目に映るのは、怒り、憎しみ、そして恐怖。紅毒は初めて、人間に対して恐怖を覚えた。
(こんな少女に私が……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ)
激しい感情を渦巻かせながら、紅毒の身体は地面に溶けていった。
(凄い……斬ったのか、あの少女が)
遠くて良く見えないが、花騎士だろうか。身長は私やクコと変わらないように見える。桃色の髪と黒いマントが風にさらりと揺れている。その立ち姿だけでも、只者ではない風格を感じさせる。
(駄目だ……意識が……)
少女はこちらに近付いてきているようだが、視界は黒く淀んでいく。毒が回ってきたようだ……。
「団長!?」
コマチソウの声も遠く聞こえ、瞼はぱったりと閉められてしまった。
≪数日前≫
当代のケンザン、ガンライコウ。春庭の技術者の頂点に立つ彼女のラボは、人も殆ど訪れないような山の奥地にひっそりと佇んでいた。
そんなラボに今日は珍しく来客があった。
「あら、バードックさんとキャロットさん。久しぶりね」
訪れたのは四人の花騎士。内二人はガンライコウと面識がある、遺跡調査の専門家。
「そっちの二人は初めましてよね?」
「うん! コイソリハ隊のリーダー、ソリダゴと隊員のコンボルブルスだよ」
コンボルブルスはソリダゴの後ろから顔を覗かせ、ぺこりとお辞儀をした。
「コイソリハ隊……聞いたことがないわね……」
「うっ……!」
ショックで言葉を失ったソリダゴの背中を、コンボルブルスが優しく撫でた。
「しょうがないよ、私達まだまだ知名度が無いし……」
「うぅ……いつかトリトニア調査隊と肩を並べるくらいになってやるんだから!」
「なるほど、それであたしに解析を依頼したいと」
ソリダゴ達が事の経緯を説明すると、ガンライコウはコクコクと頷いた後、装置を手に取った。
「なっ……なにこれ……」
数秒の沈黙。ガンライコウ程の技術者が、そのテクノロジーに絶句してしまった。
「そんなに凄いの……?」
「凄いなんてものじゃないわ。正に異次元のテクノロジーよ。どんな動力を使っているのか、どんな理論で動かしているのか、今までの常識がまるごと引っくり返された感じね」
「そうなんだ……」
ソリダゴ達も言葉を失う。少しだけ冷静さを取り戻したガンライコウは、彼女達に微笑みかけた。
「大丈夫、必ず解析してみせるわ。ケンザンの名に懸けて。それに……」
ガンライコウは言葉に詰まり、しばらく遠くを見つめていた。
「それにこれは好機よ。この技術を自分達で扱えるようになれば、こっちから奴らを攻めることも可能。逆にそれが出来なければ……ここが歴史の分岐点かも知れないわね」
それが途方もない夢物語だというのは、ガンライコウ自身が良く知っていた。しかしやるしかないのだ。
(歴代のケンザンなら出来たのかも……なんて、弱気にはならないわ。あたしはあたしなりに、全力でやるだけ。1%でも可能性があるなら、すがり付いてみせる)
ガンライコウの目に炎が宿る。覚悟を決めたその時だった。
「あなた達には無理ですよ~」
「っ!?」
「私達の技術、特に空間転移装置は数千年もの間、様々な世界のテクノロジーを吸収・応用して完成させた物です。一朝一夕で真似されては困るんですよ~」
「愛願!」
「おやおや、お久しぶりですね~、皆さん」
場にそぐわない間延びした言葉遣いと可愛らしい仕草に面食らいながらも、花騎士達は武器を構えた。
(いつの間に……セキュリティを抜けてきたの……?)
「あなたは初めましてですね。私は愛願と言います」
「あたしはガンライコウよ。愛願さん、あたしの研究所にようこそ。これは手厚いおもてなしをしないとね……」
ガンライコウのこめかみに青筋が浮かび上がる。口調こそ普段通り穏やかだが、明確な怒りと殺意がそこにはあった。
(こんな奴に研究を邪魔されるわけにはいかないのよ……)
「あなたは知的レベルが高そうですねぇ。では存分にもてなしてくれていいんですよ~♪」
「あらそう……ではまずはプレゼントを贈るわ……」
ガンライコウが刀を握ったのを見て、ソリダゴ達は叫んだ。
「ガンライコウさん! そいつはいくら攻撃しても再生する。核が無いの!」
(そんなことが……それなら……)
ガンライコウが床を思い切り踏みつけると、そこがパクリと割れ、中から出てきたのは……
「ぐぇぇっ!」
「ま、マジックハンド……?」
直径2m程の拳のからくりがびよーんと伸び、愛願を吹き飛ばした。
(ジョーク用からくりだったけど、まさか役に立つとは……)
(ゆ、油断しました……でも所詮少し吹き飛ぶだけ。体勢を整えれば……えっ?)
愛願が吹き飛んだ先で、がしゃりと鉄格子が落とされた。
「倒せないのなら捕獲すればいい」
「ふ、ふんっ! こんなので捕まえたつもりですか? こんな檻、身体をバラバラに解体すれば簡単に抜けられるんですよ」
「でしょうね。でもこれならどう?」
ガンライコウが指を鳴らすと、鉄格子には電撃が張り巡らされる。
「フラスベルグの天雷のちょっとした応用ね。抜け出そうとすれば、細胞一つ残らず焼け焦げるわよ?」
その言葉を聞いた途端、愛願は身体を震わせて後退りをした。
「ひぇぇ~……わ、分かりました。捕虜になります……」
「というわけで、あたしはこの装置を解析して、自分達で扱えるように改造するつもりよ」
「そ、そんなことが出来るの?」
「ねぇ、暇ですよ~。誰か話し相手になって下さい~」
駄々をこねる愛願は無視し、今後の方針を話し合うガンライコウ達。
「まぁ難しいとは思うけど……でも必ずやり遂げてみせる。それに、何かを新しく開発するよりも、先に開発されたものを追いかける方がずっと簡単なのよ。あたしの見立てだと、あたし達と敵軍の知能レベルは大差ないはず。ただ、向こうはより多くのテクノロジーに触れてきた。それだけの違いよ」
「暇ですよ~……誰か~……」
「古代の天才が苦労して発見した理論も、今では一般人に浸透し、常識になっている。それでも古代人より現代人の方が頭が良いってわけではないでしょう? 『ひらめき』は難しいけれど、それを知識として共有、使用することはさほど難しくないのよ」
「ひ! ま! で! す!」
「あぁ、もう! うるさい捕虜ね……」
流石に我慢出来なくなったのか、ガンライコウはつかつかと愛願の入っている檻の前に歩み寄った。
「研究室の前に捕獲したのは失敗だったわね……これじゃあ研究に集中できない……」
「だってつまらないんですもん……誰かとお話出来れば、静かになるのにな~」
チラチラっと花騎士達に目をやる愛願。そんな様子を見て、コンボルブルスはため息をつきながら言った。
「それなら私が話し相手になるよ。どうせ訓練くらいしかやることもないし」
「大丈夫? 人見知りしない?」
「人じゃないから大丈夫……多分」
「おぉ! あなたは一番強かった花騎士さんですね。破沙羅もあなたのことがお気に入りなんですよ」
「別に、あなた達に気に入られても嬉しくない……」
何だかんだで(一方的だが)楽しそうに会話する愛願を見て、ガンライコウは安心して研究に取り掛かり始めた。
(今までの固定観念は全部取り払って、新しい理論を取り入れなくては……もっと柔軟に……もっと自由な理論を……)
(どこだここは……茶色い木目の天井、白い布団……)
はっと飛び起きる。そうだ、毒を浴びて倒れたのだ。ということは、ここはセオ騎士団の医務室か?
「おっ、起きたか。顔色は……うん、良好そうだね」
桃色の髪の少女に、突然顔を近付けられる。目と目が合う。ぱっちりとした赤い瞳に、思わずドキッとしてしまう。
「き、君は花騎士か……? 紅毒を倒したのは君だよな?」
私の問いに、彼女はにこっと可愛らしい笑顔で答えた。
「花騎士……でもあるかな。でも本職は騎士団長なんだよ」
「だ、団長……?」
こんな可愛らしい団長がいるだろうか。いや、私が言っても説得力が無いが……。
「改めまして自己紹介をさせてもらう。私はグリフィス。バナナオーシャン戦線ではアブラナ達がお世話になったね」
ん? グリフィス……? いや、まさか。しかしアブラナの団長ということはやはり……。
「団長くんっ!?」
駄目だ……病み上がりの頭にこの衝撃の事実は重すぎる……。瞼を重く閉じ、私は再び眠りに就いた。
「はっ! ……夢か」
今度こそ本当に起きたようだ。脂汗が凄いが、体調は悪くなさそうだ。
「団長!」
金髪をふわりと舞わせ、クコが抱き付いてきた。
「心配掛けたな、すまない」
その身体を抱き寄せる。
「団長、平気?」
「平気だ。クコが治してくれたのか?」
「あい。クコ、コマチソウ、解毒剤、作成」
「そうか。ありがとう」
部屋を見回すが、あの桃色髪の少女は居ない。やはり夢か……そう思った時だった。
「失礼するよ」
「っ!?」
先程の少女が入ってきた。手には果物をたくさん持って。
「毒は抜けたようだが、体力が回復してなさそうだからね。たくさん食べないといけないよ」
「グリフィス、感謝」
「やっぱり彼女はグリフィス団長……しかしグリフィス団長は男性だったはず。何故少女の姿に……」
「前例、あり」
「それはそうだが……」
「団長くん、同じ女の子団長仲間として、よろしく頼む」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
あのグリフィス団長から握手を求められた。ガチガチになりながら手を握ると、彼女は再びにこやかな笑顔を見せた。
「そんなにかしこまらないで欲しい。以前から君とは仲良くしたかったんだ。同じブロッサムヒル出身で、同年代だしね」
穏やかで優しい表情。最強の騎士団長と呼ばれるだけあって厳しい人物を想像していたのだが、こんなに気さくな人だったのか……。
「団長くん、体調が万全になったら作戦会議をしよう。今回の敵は中々厄介だ」
「今回の敵? 紅毒はあなたが倒したのでは……?」
「いや、おそらく彼女は死んでいない。核を壊した手応えが無かった」
「まさか……」
春庭とは異なる世界にある紅毒の拠点。春庭にもある王城のような建造物だが、一つ違うのは色だ。内装まで真っ赤な城。それは紅毒が愛玩動物として飼ってきた人間の血の色だった。城の中は腐臭で満ち、とても人間の生きられる環境ではないが、紅毒は嬉々としてその場所に身を構えていた。
その城の研究室に、紅毒の核は保管されていた。彼女は生物の研究が専門であり、数千年の研究で遂に核と身体を分離することに成功していた。その実験として、何人の同胞や人々が犠牲になったかは定かではない。
「くそ……くそっ!」
核から復元された紅毒は、咆哮をあげながら研究室を滅茶苦茶に破壊し始める。
「あんな小娘に……人間ごときに!」
「みっともないぞ。貴公が曲がりなりにも四天王ならば、潔く負けを認めろ」
「こ、黒影……」
黒影の姿を見ただけで、紅毒の身体は震え上がった。
「失敗……したようだな?」
紅毒に一歩詰め寄る黒影。
「ち、違う! 泳がせているだけだ! あんな奴ら、いつだって殺せる!」
「そうかな? 私には貴公が惨めに負けて、逃げ帰ってきたようにしか見えないが」
「そ、それは……」
(そうだ! 黒影は強い者と戦いたい戦闘狂。こいつをあの花騎士にぶつければ……)
「黒影、強い花騎士を見つけました。私を一瞬で倒す程です。あなたは強い戦士と戦いたいでしょう? それなら私に協……力……」
そこで紅毒は気付いた。いつの間にか視界が逆さまになっていることに。
(首が斬られている……!? 馬鹿な……奴は剣を持っていない……)
数秒遅れて激痛が走り、血がとめどなく流れ出した。苦しむ紅毒を見下す黒影。そこには何の感情も現れていなかった。
「何故私が貴公の命令を受けねばならない? 私に命令していいのは破界王ただ一人」
「くっ……」
恐怖で震える手で何とか胴体と首を繋げ合わせる。同じ四天王とはいえ、その力量差は歴然。この状況では、紅毒は黒影の機嫌を伺うことしか出来なかった。
「私と蒼龍は既に任務を完遂した。貴公は貴公だけの力で責務を全うしろ。それが破界王の意志でもある」
「り、了解しました……」
春庭に向けて空間転移する紅毒。その姿が見えなくなると、黒影は悪態をつき始める。
「保険無しでは戦うことも出来ぬクズが……」
動き始めるベルガモットバレーの状勢。
ガンライコウ達に捕まった愛願の動向は。団長とグリフィスは。そして紅毒は。ベルガモットバレーを巡る激しい戦いは、今静かに始まろうとしていた。
ストーリー的に大きく動きそう……と見せて、次回は温泉回(唐突)
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。