「では、はじめ!」
シャリーアの郊外。
ふたりの男性が向かい合っている。
合図をかけたのは燃えるような赤髪の女性――エリス・グレイラットだ。
向かい合う男性の片方はそのエリスの息子、赤髪の青年、アルス・グレイラット。
木剣を手に中段に構えている。
もう片方の男性は緑髪。ルイジェルド・スペルディア。
身の丈ほどの木の棒を油断なく構えアルスの様子をうかがっている。
「ガアァァッ!」
先に動いたのはアルスだった。
咆哮と共に弾け飛ぶようにルイジェルドに襲い掛かる。
がっ!
叩きつけられた木剣を木の棒が受け止め、木が悲鳴を上げる。
「……ふっ!」
ルイジェルドが力を込めてアルスを弾き返す。
アルスは押された勢いに逆らわず数メートルの距離を開けたところに着地。
――と、アルスが片手を地面につく。
「はっ!!」
瞬間。
ルイジェルドの周囲3メートルほどを囲むように地面から石柱が伸びる。その数、7本。
更にアルス自身の足元からも石柱が伸び、アルスを天に運ぶ。
ストーンピラー。
土魔術を無詠唱で行使したのだ。
高さ5メートルほどになった石柱から飛び降りるかのように木剣を手に飛ぶアルス。
迎撃しようとルイジェルドが棒を構え――眉をひそめた。
アルスが左手をかざすと、アルスの軌道が大きくそれたのだ。
そのままアルスはルイジェルドの周囲に伸びた石柱の側面に着地。
今度は無詠唱での風魔術。
たっ! たっ! たっ!
石柱から石柱へ、右へ左へ、ムササビのごとくに飛び回るアルス。
ルイジェルドは最小限の動きで体を回し、アルスの姿を視界に収めている。
「でぇぇぇい!」
左右の動きから、突如上下へ。
アルスは木剣を大きく振りかぶると、ルイジェルドへ向けて急降下。
がきぃっ!
激しい衝突音。
ルイジェルドは少し体勢を崩し、アルスは――ルイジェルドから離れ地面と水平に吹き飛ばされる。
まともに受ければ棒がへし折れると判断したルイジェルドが、勢いを殺さず、攻撃を受けながらにして方向のみそらしたのだ。
結果、アルスは自らの勢いのままに真横に吹き飛び、やがて地面に接触しごろごろと転がる。
――と。
「壊!!」
アルスが叫ぶ。
その途端、ルイジェルドの周囲の全ての石柱の根本が爆発した。
「ぬ……!」
石柱が全て、ルイジェルドに向かって倒れてくる。
全ては避けられない。
咄嗟に判断したルイジェルドは、アルスに向かって走りつつ、その障害となる一本の石柱を棒を叩きつけ破壊した。
木の棒で石柱を破壊するルイジェルドの技量。
だが、その代償として全力で木の棒を振り切った体勢となった。
「!!」
その隙を逃さず、立ち上がったアルスが迫っていた。
「くっ!」
避けられない。
そう判断したルイジェルドはそのまま木の棒を地面に叩きつける。
反動で無理やり体勢を変えると、アルスに向かって片足を伸ばす。
「ぐっ!」
カウンターで蹴りをもらう形となったアルス。
しかし、そのまま着地すると、再度ルイジェルドに向かって剣を構え突進した。
「ガアァァ!」
「……ふっ!」
ガガガッ!!
今度はルイジェルドも守勢には回らない。
激しい勢いで木剣と木の棒が打ち鳴らされ、すごい速さで互いの位置が入れ替わり続ける。
しかし。
「――ハァッ!」
ルイジェルドの気合一閃。
アルスの木剣は大きく弾かれる。
そのままルイジェルドの木の棒はアルスの胸の中央にぴたりとつけられた。
「……参りました」
アルスの動きが止まる。
「そこまで!」
エリスの宣言が響き渡った。
‐‐‐
ふう、と互いに息をつく。
「――腕を上げたな、アルス」
「いや、全部完封されたじゃないですか。やっぱりルイジェルドさんは強いですよ」
「俺とて余裕ではなかった」
と言ってアルスに手のひらを見せるルイジェルド。
彼の手のひらはべっとりと脂汗がにじんでいた。
試合の時間は5分もなかっただろう。
だが歴戦の勇士ルイジェルドにして冷や汗を感じさせる勝負だったのだ。
「もし光の太刀を使われたら俺とて防げはしない。実戦ならば負けるのは俺かもしれんな」
「……多分、まだ無理ですよ」
アルスが答える。
「ルイジェルドさん、お疲れさまでした」
エリスのそばで試合を見守っていたノルンとルイシェリアが駆け寄る。
「――ああ」
ノルンが差し出したタオルを受け取ると、体をふき始める。
一方。
「アルス君、すごーい! かっこよかったよー!!」
同じくエリスのそばから駆け寄ったアイシャはアルスに飛びつくと、ぎゅっとアルスを抱きしめる。
「ぱぱ、しゅごーい!」
その周りをルロイがくるくる回りながら母の言葉を繰り返す。
「アルスはまだまだね!」
エリスは得意の大きく足を広げ、腕を組んだポーズを作ると、アルスに声をかけた。
「素振りと走り込みが足りないわ! 格下相手なら問題ないでしょうけど、格上相手の戦いで剣がぶれるのは体力と握力が足りてないからよ!」
「はい!」
アイシャにしがみつかれながら、直立不動になりアルスが答える。
「じゃあ屋敷に戻ったらアルスはルイシェリアとルロイの稽古! ルイジェルドは私たちとお茶ね!」
「わかりました!」
「――ああ」
‐‐‐
「ルーデウス! そんな感じだったわ!」
「そうか、そこまでいい勝負だったのか」
試合のあらましをエリスとルイジェルドから聞いた俺は自分も見に行けばよかったかと思った。
部屋には俺とエリス、ルイジェルド、ノルン、アイシャ。
転移陣を使ってルイジェルドがノルンとルイシェリアを連れて遊びに来たのが今日。
アルスがさっそくルイジェルドとの稽古を申し出たのだった。
郊外でやるというので見にまでは行かなかったのだが。
「無詠唱魔術と剣術の組み合わせ方は見事だった」
無口なルイジェルドが人をこう褒めるのは珍しい。
「イチ、ニ! イチ、ニ!」
庭からは鍛錬の声が聞こえてくる。
アルスがルイシェリアとルロイの稽古をしているのだ。
ルイシェリアはリリやクリスと年が近い。
あと2~3年で三叉の尻尾が硬化し自らの槍となる時期だ。
「――アイシャ」
ルイジェルドがアイシャに声をかけた。
「アルスとは仲良くやっているようだな」
「うん。……その節は、ご迷惑をおかけしました」
アイシャが頭を下げる。
そういえば駆け落ち騒動からこっち、アイシャとルイジェルドは顔を合わせてなかったか。
「気にするな。子供の面倒を見るのは大人の役割だ」
「……でも、あたし、子供って年だったわけじゃ」
「俺から見ればまだまだ子供だ」
「……はい」
ルイジェルドに言われたらこういう他はない。
なんせ500歳だ。
「先日アスラ王国から帰ってきたのだったな」
「うん」
「――ノルンがずっと心配していてな」
「ぶっ!」
アイシャの隣にいたノルンがお茶を噴き出した。
「ルロイはアイシャを母親と受け止められるだろうか、アイシャは帰ってきてもとのように家族になれるだろうか。何度も俺に聞いたのだ」
「ちょっと! ルイジェルドさん!」
ノルンが赤い顔をして制止しようとする。
だがルイジェルドは昔から空気を読まない。
「俺は心配あるまいとずっと答えていたのだが。……すべてうまくいったようで本当によかったな、アイシャ」
ルイジェルドが真面目な顔でうなづく。
「はい! ……ノルン姉も、心配してくれてたんだ?」
「なに……しちゃ悪い?」
「悪くないよー! ありがとー!」
がばっ。
突然、アイシャがノルンに抱き着いた。
「!? ……ちょっと、アイシャ!? 近い! 近いんだけど!」
「うれしいよ、ノルン姉! 本当にありがとう!」
ぐりぐりとノルンに頭を押し付けるアイシャ。
先ほどよりもさらにノルンの顔が赤く染まる。まるでゆでだこだ。
「駆け落ちってノルン姉、絶対怒ってると思ってたし、そんな風に心配してくれていたなんて嬉しい」
「あー、うん、それはいいんだけど。距離が、ね、慣れてないからさ」
「あたしはもう、メイドじゃないから」
にぱっ。そんな音がしそうな笑顔を見せるアイシャ。
その言葉に、真っ赤な顔のノルンが怪訝な表情を見せる。
「あたしはね、ノルン姉の妹だけど、同時にグレイラット家のメイドだったから、こんな風に抱き着いたりしてこなかったんだ。でも、もう、違うから……」
「アイシャ……」
ノルンは困惑するように手を上げると、そっとアイシャの頭をなでる。
「ずっと……そんなこと、気にしてたの?」
「そんなことじゃないよ。……あたしにとって、メイドであることって、全部だったんだよ」
「アイシャ……」
そっと、ノルンがアイシャの背中に手を回す。
「ごめんね。私、アイシャのこと、全然わかってなかったんだね……」
「ううん。あたしも、最近やっとわかったんだ」
ゆっくりと抱き合うアイシャとノルン。
互いにぎこちなくはあったが。
どうやら、俺の妹たちの間には大きなわだかまりがあって、それは今、ようやく解消したようだった。
「――アイシャ」
と、ルイジェルドが声をかけた。
「昔一緒に旅をしたころから、お前は大人顔負けだと思っていたのだが……思っていたよりお前はずっと子供で、やっと最近大人になったのだな」
ルイジェルドが微笑んでいる。
珍しい。
ルイジェルドといえば仏頂面、無口、無愛想と三拍子そろっているイメージだったのだが。
‐‐‐
「お兄ちゃん! あたしがノルン姉にくっついてたから、寂しかった?」
しばらくしてノルンから離れたアイシャは、そんなことを言って俺に飛びついてきた。
俺の腕を抱きかかえるようにしてしがみつく。
ううむ。二の腕が胸に挟まれる、手先がふとももに包まれる。
「こら。アルスが見たら誤解するだろ」
「しないよ。アルス君にくっつく時はこんなものじゃないもん」
「でもなぁ」
「ノルン姉にも言った通り、もうあたしはメイドじゃないから変な遠慮はしないことにしたから」
「もともと俺には遠慮なしにくっついてきていたと思うが」
「あれでも遠慮していたんだよ?」
まじか。
驚愕の事実。うちの妹マジ引っ付き虫。
「一番は当然アルス君だけど。アルス君がお仕事でいないときはたくさんかまってね?」
「お、おう」
「アイシャ! ルーデウスの独り占めは許さないわよ!」
エリスが立ち上がる。
「反対の手は空けてあるから、そっちはエリス姉にあげるよ」
「わかったわ!」
エリスが空いていた右手にしがみつく。
いやエリス。力入りすぎ。俺の手が折れる。
「えーと。……パパ、何してるんです?」
稽古が終わったのか、アルスが部屋に入ってきて、きょとんとした。
ははは! 息子よ! ハーレム状態に見えるだろう!
実際は右手の骨が今にも折れそうで脂汗かいているんだぜ!
‐‐‐
ルイジェルドとノルン、ルイシェリアが帰ることになった。
泊っていけばいいのに、と言ったのだが、村が心配なので1日も空けておきたくないらしい。
ルイジェルドの責任感は本当に尊敬に値する。
「ルーデウス」
と、ルイジェルドが転移陣の前で俺に声をかける。
「何です?」
「お前と知り合い、ノルンを嫁にもらい、俺は本当に幸せだ」
「はい」
「いいな。――家族というものは」
ルイジェルドは、薄く微笑んで言った。
今日のアイシャの様子に、思うところがあったのかもしれない。
「――そうですね」
俺も笑って返す。
その右手はエリスとつないでいる。
その反対の手にはアルスと手をつないだアイシャ。
――いやいつまでくっついているんだよ、アイシャ。
感想をいただきまして、つい感動と興奮のあまり一本書き上げてしまいました。