オーバーロード ~堕ちし聖女と黒き騎士~ 作:赤猫project
月明りが町を照らし、星空が明かりを消した王都を薄く照らす街並み。この素敵な夜空を一望できる王都の屋根の上から、静かな町を暗い眼で見下ろす一人の少女がいた。彼女は「クレマンティーヌ」秘密結社『ズーラーノーン』の"元"十二高弟の1人にして、元スレイン法国特殊部隊『漆黒聖典』第九席次“疾風走破”の異名を取った英雄級の力を持っていた実力者。
以前ンフィーレアの持つ『生まれながらの異能』を利用する目的で、彼の誘拐を同胞カジットと共に決行。そカルネ村から帰還したンフィーレアを攫う際に、彼に同行していた冒険者チーム『漆黒の剣』のメンバーを皆殺してエ・ランテルの墓地へともどる。
だが、その後に合流した二つの冒険者、今は『聖光』『漆黒』の名で知られている冒険者達に自身が犯した業の清算を行うため、幾度となく私に死と再生を繰り返し罰とした。30を優に超える死と再生を繰り返し、いままでの自分の傲慢さと自尊心を砕かれた私は、唯一残った生への執着にすがり彼ら、モモンとアルトリア…いや、アインズとオルタの元「ナザリック」の元に下った。
その後、オルタの配下である吸血鬼によって人間という人種すら捨て、かの死を楽しみ殺戮に快楽を見出していた愚かな人間の少女は、血の翼を羽ばたかせる吸血鬼へとその身を転じていた。
「……夜が、落ち着く」
以前の冒険者のプレートで構成していた軽装の鎧とは一転し、今の自身の姿は黒い聖堂の神官服に近い服装へと一転し、その裾や足元には自身のか返り血かわからない消えることの無い赤き血のシミが浮き出ている。
法国に居た頃に幾度とその目でみて、その一人を殺したかの聖女に似た服装を自身が着る事になるなんてなんて皮肉だろうか。人を殺すのを楽しみ愛し恋していた私が、神の名のもとに施し祈り救いを求める聖堂女の似姿へと転身するとは誰が思おうか。かの兄でさえ、そのような虚像を頭に浮かべられるとは思えない。
「これが私だとは…ハハ、笑えますね」
かの何十回もの死を繰り返し、いつの間にか以前の口調は何処かへ消え去り、丁寧な口調…聖女の姿に相応しき行動理念と喋り方となっていた。
そんな自分が変わったとは思っていない。今までの自分と今の哀れな自分との差に嘆く心傷があふれてくるのだ。まるで穴の開いたワイングラス。その全体像はボロボロで、あちこちひび割れているかのようだ。
「何をしているのですか?」
「っ⁉貴方は…グレイ、様でしたね」
いつの間にか隣で座っていたフードを被った少女。灰色の髪が夜風でなびくフードの奥からチラリと見えるかの人と変わらぬ少女も、かの魔神…
彼女自身が言うには、ゴースト種などと同じ亡霊に近い存在らしい。幽霊系の種族に生まれたが、彼女は墳墓で墓守として活動しているという…矛盾としか思えない経歴を持つ。他のナザリックの配下より話しやすく、人間に近い感性を持っている数少ない存在なので、吸血鬼として生まれ変わった後、時々気にかけてくれてくれる。
「様なんて…敬称はいらないですよ。私はまだ…様などと呼ばれる存在では無いです」
「いえ、私にとって貴方はナザリック内で上の地位に居る者、敬称を外すわけにはいきません」
「クレマンティーヌさん……」
そういう彼女の手元は小さく、小刻みに震えていた。グレイはその理由に何となく察している。至高なる御方々の怒りを買う愚かな罪の清算を長き死と再生をもって清算され、その後の尋問による情報収集によって彼女の精神は砕けた。今彼女を生かそうと動かしている動力は、「死にたくない」「生きる為なら何でもする」という生への執着。その為、御方々の配下である私の機嫌を損なわないよう、言葉を選び必死に生きようとしているのだ。
そんな彼女姿を見て、グレイは何とも言えない悲しい気分となる。ナザリックにおいてカルマ値が+に傾いているのはごくわずか。彼女もその一人であるがアインズ様方の命令であったり、ナザリックに害する者であれば容赦なく人は殺せるし、躊躇することはない。だが……無差別に人を殺すという事は嫌悪感があふれてくるぐらいには人への情がある。それゆえ、どう接するのが良いのか迷っている…どうすればいいのかとアワアワしているのだ。
「えっと…拙はその…自分への態度とか、そういうのは気にしていないので、そんな気負わないで下さい!」
「その、御方々に背くような事をしなければ…過度に怒ったり、殺すようなことは致しません。他の人はー……その、分かりませんけれど」
「……ありがとうございます」
先ほどまでの手の震えは消え、落ち着きを取り戻した様に見えるクレマンティーヌ。でも、その声にはいまだ恐怖の色が抜けてはいなかった。
「そういえば…貴方はこの王都で何の任務を?」
「…教会に聖女として潜入、この国の情勢などの調査を任されました。あと……王国の王女についての情報収集をデミウルゴス…様に頼まれてます」
「(まだ様呼びに慣れていないのですね……)……ん、王女の、情報収集ですか?」
「詳細は話していませんでしたが、集めてもらえると嬉しいと言われました」
グレイやナーベラルも王国やエ・ランテルで行動しているがそのような話はなかった。御方々からもそのような話が無かった所を考えると、もしや先ほどの話で出てきたデミウルゴス様の"計画"に関係する内容、もしくは個人的な内容なのだろうか。
「……あれは」
「どうしました?」
「セバス…様が」
ゴースト種のグレイには夜目がそこまで聞いていないが、吸血鬼の眼には見えてのだろう。この王都のどこかにセバスがいる様だ。夜間の外出、特に制限などされているわけではないのでそこは問題ないようだが、クレマンティーヌが態々名をだしてまで知らせてくれたという事はなにかあるのだろうか。
「セバスさんがどうかしました?」
「大きな…麻袋をもって歩いている様です」
「…麻袋?」
「はい、長い麻袋です。セバス様の身長程はある長さの物です。それだけなら気にしなかったのですが、やけに周囲を気にしている様な気が――」
……買い物帰りだろうか?一応ソリュシャンと共に王国で情報収集の任務に就いていると話では聞いてはいる。貴族とその執事といった感じで身分をごまかし、セバスが町を練り歩き情報を集めている。その情報はナザリックや冒険者身分として立ち位置を作ったグレイにも届いてはいるが。わざわざこんな夜中に買い物?……すこし不自然に感じたが、彼にも彼なりの考えによる行動があるのだろうと考えることにした。
「多分、大丈夫じゃないでしょうか。セバスさんが御方々を裏切るような真似は絶対ないですよ。セバスさんの事は気にせず任務を頑張って大丈夫だと、拙は思いますよ」
「そう…ですか」
セバスという人物像は歴戦の戦士、完璧執事といった感じ。コレと言った欠点が想像できないのが彼である。それゆえ何も問題はない、そう結論付けてしまったグレイ。だがクレマンティーヌは自身の胸のざわめきが止まらないのが気になってしまう。本当にこのままで大丈夫なのか…と。
二人は知らない……彼の今夜の行動によって今後のナザリック、そしてこの世界が大きく変わる転換期へと入る事を。一連の騒動が、我らがナザリックの最高支配者、至高なる御方々がこの地へ君臨する為の序奏になるのだから――
数日後、グレイはクレマンティーヌが潜入している教会へと足を運んでいた。表向きの冒険者として活動している時、お世話になっている教会の人達に軽く挨拶しに行くのが日課である為だ。教会の中では、中央に飾られていた神をモチーフにしたオブジェに祈りを捧げる老人達や、協会の聖女や神官達の治療を受けている者達であふれている。まだ午前中だというのに人が多いのは、王都に教会が多くない為だろうか。
その治療を行っている聖女の中に、静かに瞳を閉じて人の治療をしているクレマンティーヌの姿が目に入った。どうやら少年の足へ<
元々魔法を使える身ではないクレマンティーヌが魔法を扱えるのは、吸血鬼化による福音だろう。彼女がその身に転じた「
元々ユグドラシルでも、特定の種族への変質時にスキルや魔法がついてくる事があったので何も変ではないとの事だったが、最初の頃の彼女は自身の体の変化と力に戸惑い恐れていた。けど今は自身の力として受け入れているようで、自然と魔法が使えている様だ。
「…少しは落ち着いたんでしょうかね」
「あ!グレイちゃんじゃん‼」「本当だ、グレイちゃん!おはよう」「おはようございます、グレイ様」
グレイの姿に気付き、国民や神官、聖女達が次々とグレイへ声をかけていく。彼女はこの町でも大人気。元々人との付き合いに抵抗がなく後ろ仲良く接するのは好きな方の変わったゴースト種、幽霊には見えないその愛らしい顔と態度に町の人気者になっている。まあ人気に拍車がかかっているのはアルトリアとラピュセルという交互しい姿の美しくも話しかけずらい二人よりかは、話しやすく自ら接してくれる点もあるのだろうが。
「皆さん、おはようございます!」
全員への返答を欠かさず還すグレイ。その健気さと愛くるしさにキュンとしている者達がこの場に何人いるのだろうか。
彼女の何事にも礼儀正しく挨拶を返したり、少し天然な所を見せたりするのも彼女を愛らしい娘の様に思う一因であることは間違いない。実際邪ンヌには裏で度々撫でられたり、ハグされたりと目いっぱい可愛がられているのがその証拠だろう。いや、彼女なら愛らしい女性なら条件反射でかわいがるか。
グレイに群がる人の隙間から、治療を終えて笑顔で手を振りお礼する子供達をほほ笑みながら手を振り返しているクレマンティーヌが見える。数日前の夜にみた不安そうな横顔は無いようで少しグレイは安心した。簡易的な挨拶は済ませたのでこの場を後にしようとするグレイ、周囲の大人達は少し残念そうな声色で引き留めようとするが彼女はアダマンタイトの冒険者の一人、彼女にもやらなければいけない事もあるのだと、しぶしぶ諦め彼女を引き留めることはしなかった。
「……み、皆さん拙に対して優しすぎます…!」
「ギィヒヒヒ!あの根暗な墓場で墓守してた愚図とは大違いだナ!」
「アッド!」「あぁ⁉痛でででで‼‼‼やめろ振るなぁぁああ、あああぁああぁあああぁあぁ‼‼‼‼」
相変わらずのアッドの口の悪さに、慣れた手つきで対応するグレイ。今日も変わらない日常を過ごす――
ハズだったのだが、偶然にも路地に人だかりができ道を塞いでいる光景が目に入った。人が多すぎてざわざわとした音と声が反響して何が起こっているのかわからないが、耳を澄まして音を聞き分けると……小さくではあるが、何かを殴っている様な音が奥から聞こえてくる。それとは別に、小さくくぐもった声を出す子供の声――
「もしかして……」
何か嫌な予感を感じたグレイは人だかりの中心を見ようと、人混みを蛇の様にスラスラと当たることなくすり抜けていき、騒動の中心が見える最前部分にたどり着く。そこで見えたのは、傷だらけの小さい少年を抱えたタキシード姿の背中の男。その奥には少年に暴行を与えたであろう拳に血が滲んでいる男と、その知り合いであろう2人が見えた。
「あの後ろ姿……まさか、セバスさん⁉」
「(アインズ様方からあまり目立たないようにと言われていたハズ……一体何が!?)」
その後の展開はセバスが悪漢を蹴散らし、偶然通りかかった兵士に少年の治療を任せ何も言わず立ち去ってしまった。一見すればその光景は只優しい執事が男を懲らしめ助けたように見えただけだろうが、この場の数名はセバスの超常的な身体能力に興味を惹かれ、彼の後をついていこうとしている。
今見た限り、興味を持ってしまった人間は2人。その中の一人は先ほど少年にポーションを飲ませ治療していた非番であろう兵士であった。彼は治療を終えた少年を後から合流した別の兵士に任せセバスを追いかけてしまった。
「…伝えた方が、良いのでしょうか?」
「この騒動がきっかけで目立つようになってしまう前に一言言っておいた方がいいですかね」
「――<
アサシン系クラスのスキルである<
グレイに探知系のスキルや魔法があるわけではない。ただ、セバスの力はこの町の中では飛びぬけている。その強者のオーラと言えようモノが感じる方角へ足を運べば自然と彼の基に近づける。以前のクレマンティーヌがあの屋根に居たのを察知できたのもその気配をたどって着いた先だからである。
幾つもの屋根を飛び越え、見えた先は裏通りのそのまた細い路地。人通りは全くなく、周囲に貼るのは2階建ての家と石壁で構成された細く薄暗い道だけ。そんな場所に何故と思ったが、あの方のことだ。おそらく自身が追いかけられているのに気づき、巻く為に態々このような薄気味悪い場所に足を運んだのだろう。
追跡者が来るまでにはまだ時間がかかる様子、今のうちにセバスに話を聞いておいた方がよさそうだ。ヒョイと屋根から飛び降り石壁へと着地、そのままスキルの効果を解除する。すぐさま何者かの気配に気づきこちらへ振り返るセバス。その誰かがグレイだと分かった瞬間、少し安堵したような顔色と、少し不安を抱えた目の色に変わったのが気になるグレイ。
「グレイ様…何故こちらに――」
「――拙に敬称はいらないですよ、セバスさん」
「……。」
「セバスさん、何故あの場所に?」
「たまたま町を歩いていたら、あの人だかりを見つけただけですよ」
声の感じ的におそらく嘘はついていないのだろう。だが、グレイの直感は……何となくだが、彼は別の意図があって、態々あの騒動の渦中に入っていったのではと、そう思って仕方ない。彼は私より、私以上に優しい…………いや、優しすぎるのだ。
「セバスさん…アインズ様から、あまり目立たないようとのご命令があったはずです。なのに――」
「――大丈夫です、あれぐらいの騒動ならこの国ではよくある事です。御方々の命令に背くような事にはなりませんよ」
「本当ですか。拙達とは違い、あまり目立った行動はするなとのご命令でしたよね?それなのに、自ら騒動の渦中に向かうなんて事……」
「――グレイさん」
「っ……。」
「大丈夫です。問題は、ありません」
やはり今日のセバスはおかしい。話している間ずっと顔からにじみ出ている後悔と少量の威圧を含んだ気迫、ナザリックで仕事していた時には一切見せたことの無い自身の辛さを隠そうとしない悲壮感のあるその表情に、グレイは言葉が詰まってしまう。
「セバスさ――」
「……あ、あの、セバスさん」
「グレイさんも気づきましたか。えぇ、どうやら誰か追いついてきてしまったようですね」
こちらに向かってくる足音。明らかに別の道に走っている音とは違う、足音が徐々に大きくなってくる。普通の人間では聞き分けずらい小さく遠い足音の違いを聞き分けて人が来るであろうと察知した。多分、途中で追いかけてきていた非番であろう軽装をしていた兵士の一人だろう。
「で、では拙はこれで――」
「いえ、間に合わないでしょう。ここは、私達二人で話を合わせ、なんとか乗り切りましょうか」
「……はぁ。で、では…話を合わせ……ましょう」「ギヒヒ!愚図のお前にそんな器用な事出来んのかぁ~!」
「な、何とかします……やります、拙は……」
足音はもうすぐそこに来ている。数秒も経てば後ろの曲がり角から出てくるだろう。グレイは小さくため息を吐いた後、邪ンヌの言葉を思い出す。
『いいグレイ?こういう演技が必要な任務に就いたのなら、その場での演技力――適応力を身に付けなさい。瞬時にその場を収めるのに適した演技を整え、それに自身が上手く適応する…これが重要よ』
ナザリックで冒険者として活動する前にナザリックで告げられた至高なる御方のお言葉。最初はその意味が十分理解する事は苦やしながらできなかったが、おそらく今の状況は邪ンヌが言っていたその演技力・適応力が試される場面。かの御方と共に行動するに値するんだというのを、見せる為にも…グレイは気合を入れなおした。
「よし…やるよ、アッド!」
「いや、やるのはオメェだけだろ」
「……い、いいから!やるよ! ///」
気合が空回りしているグレイを下から見上げ、珍しくも大丈夫かと心配になるアッドであった。
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