オーバーロード ~堕ちし聖女と黒き騎士~ 作:赤猫project
また不定期で連載を進めてまいりますので、どうかよろしくお願いいたします。
送れた理由に関しては、単純に身体壊してしまいました……。
私事ですが重度の免疫不全疾患もちで、すぐ身体がボロボロになってしまうのです……。
完治は難しいとの事で、時折このように長期的に治療する事が多いのです。何卒ご理解いただけると嬉しいです。
書くことは好きなので引退はしないと思います。多分、きっと……。
<八本指拠点/屋敷の庭 青の薔薇サイド>
激闘。
金属がぶつかり合い、火花、摩擦音、衝撃音が響き渡る。魔法による攻防が繰り広げられる。現在八本指の拠点前にて謎のモンスターと交戦中。メイド服を着た謎の蟲を操る魔物と交戦しているガガーラン、ティア、イビルアイ。
イビルアイのオリジナル魔法である<
相手の息も上がってきており、このまま立ち回れば確実に相手を倒せる。この場にいる誰もがそう感じていた、それはエントマもである。このままだと自分はやられる。明らかに仮面の女の魔法がダメージを与え、盤面も自分のペースに持って行けていない状況、このままではマズい、だが打開策が思いつかない……焦りが思考を乱し、この場の勝ち筋を消していく。
「そーれもう一丁!!」
「グゥ、貴様程度ナラ邪魔トモオモワナイノニ‼‼‼」
「おっと、ティア!」
「<不動金縛りの術>」
「グゥ、ウットオシイ!!<雷鳥――」
「<
「チィ!!」
符を使おうにも、イビルアイの魔法が邪魔をする。霧状に散布されるあの魔法は短時間で広がり包まれる可能性があるのでその場で耐えるのは愚策であり、距離を取ることでしか対応できない。
符の効果で風を起こし散らそうにも、残りの雑魚がそれを許さないと言わんばかりに攻めてきて、手が空かない。マズい、マズいマズい、マズいマズいマズい……。
―――負ける
そう思った一瞬が身体をひるませてしまった。気が付いたらイビルアイの魔法とガガーランの横振りの大槌の一撃が迫ってきていた。普通なら躱せるが、この距離だと確実に躱すのは間に合わない。この一撃を同時に喰らえばさすがに限界が近づく。思考を加速させるが、対処が思いつかない……もう無理だと、せめてもの防御姿勢を取った、その時であった。
青い幻炎が二つの攻撃を阻んだのだ。
「コ、コノ炎ハ……」
「ご無事ですか、ゼータ殿」
「カリオストロ……様」
カツカツとわざとらしく足音を鳴らしやってくるのはカリオストロ。イビルアイとティアの始めて見た男の第一印象は「この国に巣食う醜い貴族」の様に見えた。だが、数秒見ただけで彼の印象がさらに違って感じる。「紳士」「道化師」「奇術使い」「貴族」「胡散臭い商人」……様々な感想が頭をよぎるが、それがすぐに移り変わる。
まるで複数の人間がダブって見えているように感じる。その気色の悪い雰囲気にイビルアイは深い嫌悪感が沸き立つ。
「ガガーラン、あれ誰?」
「カリオストロとかいう八本指の幹部だ。ちなみに、麻薬部門の幹部の女もいやがるぞ」
「なんだと……アイツが」
「ゼータ殿、ここは私に任せてもらいましょう。
「グゥ、ウウ……ワカッタ、デス」
息が荒く、フラフラな足取りのエントマ。少し遺恨があるようだが、それでも自分の感情を押しとどめ、今はこの場を去ることにした。飛行型の大型昆虫がエントマに近づき、その脚を掴みエントマはこの場を去ろうとする。それを見逃すわけもなく、魔法を使用しようとするが、指鳴らしと同時に飛ばされてくる青い幻炎に阻まれ、逃してしまう。
「クソッ!何故八本指が魔物を使役している!?」
「使役ではありませんよ。私達は"契約"をしているだけです。そう……契約を、ねぇ」
「まあなんでもいいさ、テメェを捕まえればこの場は丸く収まるからなぁ」
「あらぁ、そうかしら?」
後方から声が聞こえ急ぎ振り返る。そこには先ほどまで居なかったマリーと黒い茨に絡めとられ身動きが取れずにいるティアが居た。ティアの体中に茨が巻きつき、棘が体中を浅く刺して鈍い痛みを広げる。口元も塞がれ、スキルの詠唱が行えない様だ。
「ティア……!」
「ぐぅ……むぐ……」
「シノビのジョブを収めている癖に奇襲を受けるなんて、あなた本当にアダマンタイト?」
「んむぅ……‼‼(気配の一つなかった……!何なんだコイツ、本当に人間なのか?……まるで、幻覚に近い感じの存在感……)」
「ティアを離せ!」
「離すわけ……ないでしょ!」
そう言い、マリーの手元に黒い風と花びらが集約されるとティアの脇腹めがけて手をかざした。その瞬間、黒い旋風は花びらを伴った花吹雪となり、その脇腹を抉り取った。
「ぐむぅぅぅ、うぅむぅぅうぅ…!?‼!?」
黒百合の花びらと風の旋風がまるで刃物で肉をそぐかのように、ザクザクと肉を抉り取っていく。その苦痛で塞がれた口から苦悶の声が漏れ出す。
「クッ……アッハハハ♪」
「貴様ぁ!!<
「おっと、あぶないあぶない」
ふわりと飛び退き、魔法を躱される。まるであの女も花びらの様で、ふわりゆらりと動いており行動が読めない。この二人、明らかにあのメイドより上の実力があるように感じる。それを明らかにしてはいないが、一瞬の行動だけでイビルアイは二人の実力を脳内で再定義しなおしていく。
とりあえず女に攻撃はかわされたが、ティアに絡みつく蔦を魔法で切り裂き脱出させられた。脇腹の一部が抉れた分、ティアを拘束していた蔓がほんの少し緩くなっていたのが皮肉にも幸運だった。
「すまない、イビルアイ……ぐっ、うぅ……!」
「ガガーラン、あの女はなんだ」
「麻薬部門のリーダーだとよ、マリーとか名乗ってやがったか」
「あいつが……」
敵を観察するが、やはりどこか雰囲気が読み取れない。二人して何かを騙しているかしているような…何か靄がかかっているような感覚がある。そういった阻害系スキルや魔法、魔道具でも身につけているのか。
そして二人の魔法、男は青い炎を操る。指鳴らしで発動させたところを見ると、それを発動条件としたスキル、又は<
「正直、私たちも忙しい身。貴方達に構っている余裕はないのですよ」
「ええそうね。私達の目標がもうすぐ叶うのだから、邪魔してもらっちゃ困るのよ」
「へぇ、八本指の目標ねぇ」
「そんな事、させると思っているのか?」
考察と会話で時間を稼ぎ、ティアの傷は回復できた。血が流れ万全と言う訳ではないが、足手まといにはならないだろう。正直得体のしれない2人を消耗した状態で戦いたくはないが、そんな悠長な事は言っていられない。
「ティア、傷は」
「ポーションと回復魔法のスクロールで何とか…少しふらつくぐらい」
「ガガーランは?」
「正直キツイが、行けねぇとは言わねぇぞ」
「そうか……なら、行くぞ!!」
「「おう!」」
覚悟を決めた。一斉に駆け出し、相手に近づく。イビルアイは魔法で水晶の短剣を創り出し、それを握り近接にも対応しようとする。
ガガーラン、ティアも武器を構え突撃する。だが、馬鹿の一つ覚えの突貫ではなく、左右に動きながら魔法の的を絞らせないようにしつつ、最短で間合いを詰めようとする。
それを……二人は不敵な笑みの下、あざ笑った。
<八本指拠点/屋敷の庭 マリーサイド>
アダマンタイトの冒険者3人がやってくる。久々の表立っての戦闘、正直楽しみたいところだが、まだやることがたくさんあるので、この人間たちと遊ぶ暇はない。なので、ある程度力を見せ、この場を去る…それが最適解。だから、本気であの人間を殺しに行く。
「<
シューズのかかとを軽く二回小突く。すると足元の石畳がひび割れ、黒い蔓がまるで自身の周りを囲う塀の如く敷かれていく。まるで触手の様にうねりながら壁を築いた蔓は、禍々しいオーラをまとっている。
その蔓達は近づいてくるイビルアイ達に自動的に反応し、壁の一部の蔓を3人に向けて伸ばしてくる。石畳を軽く破壊してくる蔓の一撃の威力は想像に難くない。
「邪魔だ!<
飛んでくる蔓を水晶の槍で斬り落とし、壁を形成する蔓に穴をあける。蔓の強度がかなりあり、抵抗されたがなんとか人が抜けられそうな程の穴は開けられた。3人共飛び込み、その奥にいるであろうマリーたちを捉えようと動く。だが、既に私達は次の一手に動いている。
それに気づかないイビルアイはマリーの首に向けて、美しい水晶の短剣を振るった。
「(取った…!)」
鋭利な水晶の刃は喉を容易く両断し、マリーの頭と胴を切り離した。生々しい肉を斬る感触と、手に触れる噴き出す生ぬるい血しぶきが、確実に殺したと錯覚させる。だが……彼女はまだ生きていた。いや、そもそも殺せてさえ、いなかった。
「何っ⁉」
「私の事をお忘れで?――」
私の身体は生暖かい感触と温度を相手に伝えた。だがそれは虚構に過ぎない。マリーの飛んでいる頭と、地に倒れそうになる身体が無数のノイズと共に崩れ去る。そう、先ほどの彼女はカリオストロの幻影。本人は先ほど斬られた幻像、その少し後ろ側。後方で魔法を放っていただけ。
幻影は砕け、確実に仕留めたと思う人間はどうなる?そう、その体は突如として起こった違和感に対応できず、大きく体勢を崩すものである。そんな大きな隙を逃すほど、彼女達は甘くない。
「イビルアイ!!」
「まずは一人――」「舐めるな!!」
だが彼女たちも場数を多く踏んできている者達だ。イビルアイは体勢を崩したまま、魔法を発動して水晶の壁を形成する。アーチ状に曲がった水晶の壁はカリオストロが振り下ろした剣を受け止めた。だが、剣の勢いはすさまじくすぐにひびが入り伸びていく。まもなくこの壁は壊されるだろう。
「おや」
「離れろ!!」
イビルアイをサポートするようにサイドから遅れてやってきたガガーラン。横振りの一撃を振るうが、カリオストロはわざとその振られた大槌に手を当て、バク転するように動き回避する。そのままの勢いで空中に飛び上がったカリオストロは再び魔法で攻撃を仕掛ける。
「<愚者の幻炎>よ」
「チィ!またあの炎かよ!」
「<不動金剛盾の術>!」
黄金色の半透明の壁の様な盾が青炎を防ぐ。その熱量はかなりのものなのか、炎が燃え移った盾が効果が終わり消える前に、ぐじゅりと熱量で溶けだしていく。カリオストロから離れるように距離を置く。相手側の余裕の表情は全くと言って変わっていない。相手の攻撃はうまく躱せているというのに、こちらの方が息が上がっていく。
連戦という状況下ではあるものの、攻めはこちらが盤面を作れている状況になりつつある。だが、消耗しているのは相手ではなく私達。これは、明らかに状況を上手い事使われている。
「ふむ、鬱陶しい術式ですね。ですが、その技…あと何度使えますでしょうかな」
「ちぃ(明らか消耗戦させてる……こっち不利すぎ)」
「(ティアの方も気づいたようだが、こりゃあ明らかに何かを待っているぞ)」
ティアとガガーランも感じた事は当然イビルアイも理解している。だが、押し切ろうにも上手く躱される。相手の方が実力的には上手だろうと考察しているが故に、無理なごり押しという脳筋思考はできない。
「(チィ、こんなところで足止めされるわけにはいかないというのに……!)」
「……フフ」
不敵に笑うマリー。こちらを焦らせるためにおちょくっているのか、率先して攻撃をしてこずにわざと攻撃をさせ、それを嘲り笑うかのように最小の動きで躱していく。それをみてイラつき、思考が乱れそうになる。感情を押さえ、軽く深呼吸を挟み心を落ち着かせる。だが、その心の奥底にある一つと小さな焦りと疑問は消えないまま燻っていた。
「(こいつら……何を
「……そろそろね」
「ッ⁉⁉避けろ‼‼‼‼」
「「っ!!!」」
突如響き渡ったイビルアイの怒声。その焦りの声に反射的に大きく飛びのけた2人。イビルアイは感じ取っていた。今まで感じたことも無い程の強大な魔力の波動を。上空からこちらに向かってきているのを。
感じる禍々しさは瞬時にこちら側の援軍という訳ではないと瞬時に判断した故の叫び。叫び警告したイビルアイは回避が間に合わず、その突如振ってきた
それは赤いストライプの入った服に身を包んでおり、爬虫類に似た鱗が目立つ尾を持っていた。その背には竜や悪魔のような翼を羽ばたかせ、周囲の土埃を払いのける。その顔には奇妙で禍々しい悪意を固めた様な仮面を身に着け、此方の見ていた。
手を後ろにくみ、此方を観察するように私達の方に顔を向けて動かない。一番近くに居るイビルアイは絶望していた。相手の想像を絶する力の奔流を肌で、膨大な魔力の奔流を
「(こいつには……勝てない、勝てる…ハズが)」
「おお、これはこれは!このような場所までわざわざ感謝申し上げます」
「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いいえ、貴方々は無事に我々の契約を叶えています。謝るような事はありませんよ」
絶望が目まぐるしく脳内を駆け巡り、思考が纏まらない。何か話しているというのに、その言葉が理解できない。情報が……処理されない。
そんな中、後方奥に避難していたガガーランが、イビルアイの前まで駆けつけており、勢いよく大地をその大槌で叩きつける。多量の土埃と瓦礫が乱入者3人に向かい飛んでいき、瓦礫が衝突する音と共に土煙の中に3人の姿が消えていく。
その隙を見逃さず、ティアが頭が真っ白になり動けなくなっていたイビルアイの手を引き、後方まで退避した。手を引かれた勢いで、真っ白になった思考の中を彷徨っていたイビルアイは我に返った。
「大丈夫か、イビルアイ?」
「……すまん、私としたことが」
「いや仕方ねぇよ。アレは、鈍い俺でも感じるぜ……やべぇなんてもんじゃないってな」
「さて、作戦会議されても面倒ですし、始めましょうか」
「お待ちを、ヤルダバオト殿」
「("ヤルダバオト"それが、あの悪魔の名前……)」
「ここは私たちにお任せくださいな。貴方様のお手を借りるまでもありません」
「……よろしいのですか」
「元々彼女達は私達のお客人、私共がお相手するのが当然の義理、という者でしょう」
「舐めやがって……!」
ヤルダバオトと呼ばれた悪魔は少しの間顎に手をあて、一考する。そして、納得したかのように小さくうなずいた後に、イビルアイ達に話しかけた。
「そうですね。でしたらあなた達が彼女達を殺す様を眺めておくとしましょう。ですがその前に――」
なにか呟いたヤルダバオトは自分の前に居た二人、カリオストロとマリーに近づくと、突如その鋭利な悪魔の腕を動かし、2人の心臓を背後から貫いた。
「ゴフッ……!」
「グッ……グブ…グ」
心の臓を抉り取られ、貫かれた腕の先、その手に自身の心臓を握られている。穴からは多量の血が噴き出し、気管と食道を逆流する血流が口から漏れ出し、ゴボゴボと音を立てる。苦悶に満ちた表情を見せた2人の瞳は徐々に色あせていく。心臓があった穴からあふれ出す血がドンドン体温を奪っていく。肌が白くなっていき、生気が消えていく。
「な、何してやがるあいつら!仲間割れか!」
「何が、何が起きてるの……?」
突然の出来事にイビルアイ達から動揺の声が漏れた。ティアとガガーランは、仲間割れが起きていると思い少し歓喜しているが、イビルアイにはそうは見えなかった。確かに、あきらか上位種の化け物を待たせたのだから、その罰として殺された……そういう風にも見えなくもない。でも、あの悪魔程ではないにしろ、実力は私達以上であろう2人が"悪魔の動きに気づかない"、そんな事があるのだろうか。
なにかが変だ、そう思った。だが、心の奥底では「仲間割れであってくれ」という強い願望があった。その"願望"があったが故に…その後の行動が、遅れる事となる。
「1つ目の契約を果たしたのです。その褒章を与えましょう」
「……」「……」
「仰せ゛のま゛ま゛に」
心臓が引き抜かれ、血が大量に噴き出しているにもかかわらず、命を落としたと思われた2人は顔を上げ、悪魔の声に応答した。その口元は血を大量に垂れ流しながらも、笑みを浮かべていた。
「まずい!止めろ!!」
「「っ⁉」」
仲間割れが起こったというこちらにとって好機とも言える展開を創造してしまった3人は、これから起ころうとしている状況を理解しすぐに止めようと動き出すが、一瞬の気の緩みによって起こった動きは鈍くなる。全てを察したその時には、全てが終わっていた。
グシャッ
ヤルダバオトが二人の心臓を握りつぶす。それをトリガーとしたのか、マリーとカリオストロの足元からどす黒いオーラと魔力が噴き出し、その身体を包み込んだ。イビルアイは知っている。この光景を、コレは「悪魔の契約」だ。契約が完了した際に起こる悪魔からの"ギフト"という名の呪いを与えるという者だ。
実際にこの眼に見たことはないが、この光景がその証明だろう。今すぐに奴らを殺さなければならないのに、魔力の奔流が強すぎてまともに魔法は構築できず、ガガーランも風圧の勢いに勝てず前に進めない。全てはそう、手遅れだったのだ。
黒いオーラが弾けるように霧散する、契約の完了を告げるとともに、そこには新たな絶望が立っていた。
魔力の奔流が弾け、黒紅の光欠片が降り注ぐ。その場にひとり立つ影。先ほどまでのモダンな衣装とはまるで違う、漆黒の礼装は死の花嫁を思わせ、紅を差す頭巾と修道服を模した衣はまるで葬送の祭壇に捧げられる神の供物のよう。それは、かつて王妃と呼ばれた存在――いや、王妃としてすら在れなかった“もう一人のマリー”。
銀糸のように流れる髪は、かつて宮廷を照らした陽の光を拒絶し、月夜の静けさをたたえている。その眼差しは冷たく、だがただ冷たいのではない。深く、深く沈んだ底で――悲しみと怒りが、静かに燃えていた。愛を信じ、理想を信じ、微笑み続けた女が捨て去ったもの。それを拾い上げたのが彼女だ。
黒百合が咲き誇るような漆黒のドレスに刻まれた白の紋章。まるで呪詛と救済を同時に抱いた教典のような装いは、彼女がもはや偶像でも王妃でもないことを物語っていた。赤く染まる廃都の中に、ただ一人咲く黒き華、王冠を砕き…母性に殉じた哀しき亡霊。――マリー・アントワネット〔オルタ〕――その真の姿がそこにあった。
カリオストロの方も、姿が大きく変質していた。
──それは、世界という舞台に降り立った大詐欺師にして大演出家の様であった。
先ほどまでの灰色と赤を基調とした衣装の面影はなく、紅玉と黄金をまとった華美な衣装は、貴族趣味にしてはどこか異様で、まるで博覧会の精巧な装飾品をそのまま身に纏ったかのようだ。
右手に握られた杖は聖槍のように神々しく、同時に血塗られた刑具にも見える。左右の肩を覆う黄金の装飾、仰々しいフリル、左右非対称に吊るされた宝石の連なり──どこを切り取っても奇抜で、だが一貫して「虚飾」という名の真実を貫いている。
彼の魔術によるモノか、緋色と翡翠がねじれ合う背景を背負い、彼は悠然と立っている。何者かに“祈る”ように見えるその姿には神聖さすらある。だがその実、祈りも神性も、彼にとっては装飾品の一部に過ぎない。
彼は魔術師ではない。神秘を操る者ですらない。ただ一つ、不老と再生の刻印だけを手にした男。だが、それ以上に、彼は人の心を惑わす“言葉”と“演出”の技術を極めた。彼の一挙手一投足に、無知なる愚者は熱狂し、恐れるだろう。なぜなら――彼には、“正体”というものがないのだから。
幾重にも重ねられた虚飾の仮面。虚構でできた真実。奇術と話術の果てに立つ、仮初の王――
彼の名はアレッサンドロ・ディ・カリオストロ。この世でもっとも美しく、もっとも虚ろな詐術師がここに居た。
「な、なんだ……⁉」
「姿が、変わった!?」
「こいつら…人の身を捨てたのか……!」
「さあ、これで契約は終えました。後は好きに暴れるといいでしょう。出来れば、私を楽しませられるような演目を見せていただけると嬉しいですね」
「ええ、ええ!あなたに捧げましょう!この怨嗟と憤怒で飾られたこの力を」
「私たちがお送りする、一幕の"悲劇"、どうぞご覧ください」
人外達が、イビルアイ達をゆっくりと見やる。まるで、何かを吟味している様だ。その視線を受け今まで以上の臨戦態勢を整えるイビルアイ達3人。少し上を見ると、空中に滞空し、どこからか取り出したワインを注ぎ、仮面の上から器用に口にしていた。
此方にまるで興味を示していない。まるで道端をあるく小さい虫とでも思われているのだろうか、上位者の態度に苛立ちと不安が募っていく。
その時だった。ほんの一瞬、空中に座っている悪魔を見たほんの一瞬の出来事だ。先ほどまでいたカリオストロの姿が消えている。どこに行ったのかと急ぎ視線を動かし、探そうとしたその時だ。後ろに悍ましい気配が移動していたのを感じた。そう、あの一瞬でイビルアイ、ガガーラン、ティアにまでも気づかれることなく、瞬時に背後に移動していたのだ。
そして、カリオストロの片手が、ガガーランの顔を掴もうとしていた。まるで、ボールを鷲掴みにするかのように自然な動きで。だが、その手は先ほどまでとは違い、ごうごうと燃え盛る青炎を纏っていた。
「ッ!?ガー」
隣にいたティアがすぐに警鐘を鳴らそうとする。だが、その時には既にカリオストロの手はガガーランに触れており、彼の青炎が彼女を燃やした。彼女は悲鳴を上げる事すらできず、顔面を青炎で焼き溶かされ、肉体全体に延焼が広がっていく。突然襲い掛かってきた高温の熱で肉体が硬直し、ガガーランは武器を手放すことなく、炎に包まれたままその場で倒れ地に伏した。
「アァ、ア、嗚呼ぁ…あ”ぁ゛あ”ぁ゛あ゛あ”あぁ゛!!」
「ティア!止せ!」
普段は見せることは無い怒りの激情に飲まれ、無策に敵に斬りかかるティア。それに気づき、静止しようとするイビルアイだが、彼女が伸ばした手が届くことはなく――
「邪魔よ」
ティアの胸元、中心部分をマリーの中指が貫いた。少量の吐血と共に後方に飛ばされるティア、すぐに体制を整え再度斬りかかろうとするが……自身の身体の中から、聞こえてくるはずのない音が聞こえてきた。
ギリギリ……
ミシミシ…… と。
そしてその音の正体は、すぐに分かった。突如ティアの身体から黒い百合の花が肉体を貫き生えてきたのだ。それも1本ではない。それは右腕から、胸元から、脇腹、足、首、右目、顔……あらゆる場所から。
「ア゛ア゛ァア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛アァ゛ァァ‼‼‼‼‼」
「ティアァァァァァア!!!!」
無数の黒百合の花が咲き乱れ、噴き出した血しぶきが花びらを彩る。それはまるで薔薇の蔓の様に鋭利な棘を有しており、百合の花ではありえないはずの茨が傷口を抉り、肉を刻み、内蔵をかき回し、ティアという名の肉の花瓶の中をかき回していく。苦悶の声を轟かせながらティアは百合を引き抜くも、引き抜いた傍から百合の花が再度花開く。ブチリ、ブツリと…何度花弁をぬいても、何度茨蔓を斬り掃っても、何度も、何度も……。
「やめろぉおぉ!!」
「イ゛ヒ゛ル゛ア゛イ゛ィ゛‼イ゛ヒ゛ル゛ア゛イ゛ィィィ゛イィ‼‼‼‼‼」
何を伝えたいのか分からない。ただ何度も、何度も彼女の名前を叫んだ。それは救いを求めている叫びなのか、それとも、仲間を逃がしたいその一心で叫び続けた言葉なのだろうか。だが、彼女の賢明な叫びも意味はなさなかった。
「さぁ、咲き誇りなさい」
<
黒百合の姫が詠唱と共に、一片の慈悲を掛けることも無く魔法を発動する。彼女の指慣らしと共に、ティアの体中から百合が肉を突き破り咲き乱れた。右目から、後頭部から、口から、胸元、腕、腹部、足……身体の全てから黒百合が彼女の肉体を内側から引き裂いた。ピンク色の肉と血のしぶきと共に咲き乱れたティアのその姿は、その無残な光景とは裏腹に、月光に照らされ……美しさを見せていた。
まるで、百合の花園に眠るかのように……。
「ァ゛……カァ………ア゛ァ…――――」
「ティア!ティア‼ティア!!!」
「ガガーラン!!おい、おい……‼‼‼」
既に絶命していると分かっているのに、ガガーランの名前を叫ばずにはいられなかった。ティアは、まだ息はある……だが、もうそれも長くはもたないだろう。体は痙攣し、未だ傷から蔓と茨が倒れたティアの身体と地面を這う様に伸びている。
絶望がイビルアイの身体を押しつぶす。何もできずに二人も失った。私でも到底届き得ない力の差、それを仲間の死をもって突き付けられた。息が出来ない。もう死に体である子の身体が、呼吸をさせない。汗が止まらない、怒りで思考が追いつかない、逃げたい、逃げたい逃げたい……だが、それはできないと理解していた。
「ァ゛――――――ォ―――ッ―――――」
「あら、まだ息があるなんて思わなかったわ。まあいいわ、すぐに断頭してあげるわ。かつての私のように――」
絶望に打ちひしがれ、嗚咽を漏らす事しか出来ないイビルアイ。その頭上から、軽く不快な音が響いてきた。あの悪魔が軽い拍手をしている。黒百合の化け物と、蒼炎の怪物にむけて……。
その乾いた拍手の音が聞こえた瞬間、彼女の中の何かが途切れた。全てが怒りと悲しみで塗りつぶされていく。もうどうなってもいい、この場で死んでやる、殺してやる、ころしてやる、コロシテヤル……。
「ッ―――――――――‼‼‼‼」
口に出たのは絶叫か、はたまた悲鳴か……自分でも理解できていない。そんな感情に塗りつぶされ自暴自棄にも近い行動で相手に迫るイビルアイ。当然気づいていたカリオストロは、笑いながら黄金の杖剣を振り上げる。イビルアイには策なんて無い、意思も無い、ただ自身を染め上げた感情だけで動いた身体は、当然その一撃を躱すことなんてできない。
思考が加速する、ゆっくりと降られていく杖剣、身体はゆう事をきかない、どんどん黄金の刃が首筋に近づいていく、斬られる――
このまま行けば首を 飛ばされる。
死が 近づい てい く。
さけ ら れ ナイ 。
たすか ら な い。
ダれ カ
お願い 。
「―――――待たせてしまったな」
「ッ!?」
白銀の閃光が空から降り注ぎ、杖剣を弾き、カリオストロを樹々並ぶ脇へと蹴り飛ばす。イビルアイは死を意識し目を閉じていた。だが、訪れるハズの死の感覚は無かった。何が起きているのか分からず、ゆっくり、ゆっくりと瞼を明けた。
涙で歪んで見える視界の奥、そこには自身を抱きかかえる白銀の騎士がいた。黄金の髪が揺らめき、優しい瞳で自身の事を見ている。一体だれなのだろうか、ラキュース……いや、違う…彼女は――
「あなた…は?」
「……お名前を伺ってもよいかしら?そこの騎士さん」
「私か…」
「私はアルトリア、アダマンタイト級の冒険者だ」