下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話 作:散髪どっこいしょ野郎
前回ハッピーエンドにした反動でバカ暗いバカ重い激強メリーバッドエンド風味の話になってます。
こりゃあもうダメだな。
トウカイテイオーの担当になって随分経ったが俺は限界を感じていた。
俺はこの仕事を舐めてる大人になりきれないクソガキで、信念も根性もない阿呆が未来あるウマ娘を支えきれるわけなかった。
初めは彼女と関わることが出来ればどんな激務だろうとこなせる気がしていた。
最近はテイオーに対して欲を感じないどころか何故か心が抉られる。
屈託のない笑みを浮かべるテイオーと接していると目眩がしそうになる。
意味が分からない。
俺は彼女に何を感じているのか。
何故欲を感じなくなった今も彼女の為に身を削り続けているのか。
原因不明のまま時間は流れ、とうとう精も根も尽き果て体もガタが来ていたのでトレーナーを辞めようと思った。
辞めればこんな思いをしなくて済むとその時は思っていた。その時は。
後のことはベテランのトレーナーの誰かに任せる。
一応彼女の為に書いてきたノートは渡す。
あまりにも無責任じゃないか。クズにも程がある。
何言ってんだ?元々俺はそういう人間だった。
誰かを踏みにじることなんてハナっからやってきただろう。
だから俺がこの仕事を辞めてテイオーが何を思おうが学園に迷惑をかけようがどうでもいい。筈だ。
多少引き止められはしたが意思は変わらず、俺はトレーナーを諦めた。
虚しい。
以前のように仕事に追われることもなければ面倒な気遣いをする必要も無い。
世間一般的に見てもまだ若かったからどこかで再就職なりなんなりすればいいと思ってはいるのだが、何をどうする気にもなれずその日その日を少ない貯蓄を切り崩して過ごしていた。
諦めてしまえば楽になれると思っていた。
そして手に入れたのは途方もない喪失感と虚無感。
意味不明だ。
何の未練も無い筈なのに地元に帰ろうともせず、トレセン学園近くの古くさい安アパートで天井を眺めるか意味も無く外を歩き回る日々。
それが今の俺だった。
ある日のこと。
埋められない心の空洞を誤魔化そうと外をほっつきまわっていた。
確かいつだかの俺は小生意気なトウカイテイオーを見て絶対担当になってやると燃え上がっていたっけか。
なんて脳みそ巡らせながら薄ら笑いを浮かべてフラフラ歩く俺が元はトレーナーだったなんて誰も思いはしないだろう。
足は自然と海辺の公園に向かって進み始めている。
そこにはトウカイテイオーがいた。
ボクのトレーナーだったあのヒトはボクを勝たせようとして頑張っていた。
だからあのヒトが辞めるなんて信じられなかった。
怒りたかった。
裏切られた気がして文句の1つや2つは言わなきゃ気が済まないと思っていたのに、げっそりとした様子のあのヒトを見て何も言えなくなってしまった。
ボクのせいだったのかな。
怒りと罪悪感と疑問とモヤモヤした何かが駆け巡って、何も言えずじまいのままあのヒトはボクの前からいなくなってしまった。
新しいトレーナーはボクを四六時中見ようとはしない。体を壊す程無茶をしたりしない。
それでもありがたいと思うし変だとは思わない。
新しいトレーナー…トレーナー…?トレーナー…さん、そうだ、トレーナーさんだ。
トレーナーさんは別に嫌いじゃない。マジメでいいヒトだと思ってる。
けど、新しいトレーナーさんと話す度に、トレーニングをする度に、レースで走り終える度に、ふとした瞬間にトレーナー…あのヒトを思い出す。
時々貰う休みの日。
いつものボクなら思う存分自由な時間を満喫してるハズなのに、ボクはブラブラと外を歩いていた。
自主練するつもりもないのに海辺の公園に向かって歩いている。
確かここってトレーナー…じゃなくてあのヒトと初めて会った場所だ。
どうしてここに来たんだろうと不思議がっていると──あのヒトがいた。
言おうとしてたコトはたくさんあった。だけどあのヒトの顔を見た瞬間、不意に出てきたのは一言だけだった。
「トレーナー…」
「…ハッ、もうトレーナーじゃ…ないんだけどな」
わらっていた。
とりとめのない会話をした。
「久しぶり」とか「元気にしてた?」とかお決まりのフレーズしか出てこない自分がどうしてかわからないけど
もどかしかった。
あのヒトの顔は最後に見た時より暗かった。
「それじゃあ、
約束も連絡先の交換もしなかった。
無機質な液晶に打ち込まれた文字列なんて、その裏にある表情も見えないまま伝えられた言葉なんて意味が無いような気がしてたから。
ボクはもうこのヒトに会わない方がいいかもしれない。
会う理由が無い。
だけどとても寂しそうで心配だから。
ボクはあのヒトが心配なんだ。
だから帰り道はやけに足が軽かったのも、この日から唐突にあの公園に行きたいと思うようになったのも、きっと気のせい。
久々に会ったテイオーの声は弾んでいた。
此方は二言三言返しただけだが彼女はよく話した。
別れる際にまるで次があるかのような口ぶりだった。
今日たまたま再会しただけでどこにも行けなかった俺と夢に駆け出しているウマ娘がもう1度交わることは無いだろう。
会ったところで辞めようとしてたあの時のように心が抉られるだけだと思いながら今日もまた誰も声をかけてこない公園で佇んでいる。
テイオーの休みがいつになるのかも分からないというのに雨が降る日も変わらずベンチに腰掛け空を眺める。
俺は何をしてるんだと思っても足はそれ以上上がらない。
とにかくテイオーはまたしても俺の前に現れた。
何日経ってたのか知る由もなかったが、今の俺には時間なんてあってないようなものだ。
用意していた言葉は無く他愛もない会話が続く。
その時だけは胸の内に吹きすさぶ荒涼とした感覚も薄れていた。
こんな過ごし方をして数ヶ月が経過したとある日の話だ。
いつものように中身の無い会話をして2人で時間を潰していたのだが、途中で何度か言い淀み
暫く逡巡した様子を見せながらたっぷり間をおいて彼女は切り出した。
「今ってさ…、どこに住んでるの…?」
オンボロの安アパートに連れていかれる中等部のウマ娘。
明日は豚箱行きになるかもなーなんて思いながらそれに抵抗感は湧かない。
兄弟にでも見えたのか、はたまた俺がトレーナーにでも見えたのか通報されはしなかった。
ただ寝るだけの空間には蜘蛛の巣が張られ始めていた。
今日こうしてテイオーを部屋に入れるまで気づいてすらいなかった。
「…なんにもないね」
「だろ」
自嘲するかのように暗くわらう。
いつからこんな笑顔しか浮かべられなくなっただろうか。生まれてからこうだったっけか。
「ほら、もういいだろ。こんなとこ居たって埃くせぇだけだぞ」
「ん…」
頷きながらも立ち上がろうとはしない。
強引に帰らせる気力も義務感──そんなものは最初から持ち合わせていなかったような気がする──も無かったので茶の1杯出そうともせず布団にくるまって目をつぶった。
「また来てもいい?」
数時間後、眠ったフリをした俺に聞きながら返事を求めず彼女は帰っていった。
後に部屋に残ったのは息をしてるだけのがらんどうな人間とその問いかけだけだった。
滅多に外に出なくなった。
買い物はネットスーパーで済ませて 外に出る日といえば溜まったゴミを出しに行く時ぐらい。
無気力な状態だというのに掃除洗濯ゴミ出し諸々は欠かさなかった。
彼女がここに来るからだろうか。
疑問について思考を巡らすのも億劫になって偶にノックされるようになったドアと天井の形容しがたい形のシミに交互に目をやる自分について考えなくなった。
テイオーが部屋を訪れる頻度は増えている。
いつか勘づかれると思ったが、まさかこんな堕落した男とテイオーに交流があるわけないと思われたのか彼女のトレーナーが怒鳴り込みに来るなんて事は終ぞ無かった。
トレーナー…じゃなくてあのヒトはボクを待ってた。
あの様子だと何日も1人で座ってボクを待ってたのかもしれない。
ボクはあのヒトに会わない方がいい。
その時は落ち着けていてもトレセン学園にいるとあのヒトのコトで心がかき乱される時間が増えているんだ。
会わない方がいいとわかっていても「あのヒトがボクを待っている」と思うだけで休みの日が来るとずるずるとホコリとあのヒトの匂いだけが漂う部屋に行ってしまう。
今日もそうだ。
「こんどボクが参加するレースがあるんだけどさ…その…見に来てくれる、かな」
トレーナーを辞めてしまったヒトにそんな質問をするのは酷だとわかっていても聞かずにはいられなかった。
そうしないとこのヒトはいつかからっぽの部屋の中で誰にも気づかれないまま死んでしまうような気がしてたから。
トレーナーに…見てほしかったから。
久方ぶりに訪れたレース場は以前と変わらず活気に満ち溢れている。
自分が来るべき場所じゃない気がして帰ろうとしてからあの日のトウカイテイオーを思い出す。
希うかのような、期待と寂しさが漂う目。
今日だけでいい。1回見て帰ればいい。
声も上げずトウカイテイオーを見ていた。
俺が担当してた頃と変わらず見事な走りだった。
1着でレースを終えたテイオーを見てやっぱり俺はいらなかったということがハッキリした。
走るテイオーを見てなんとなく覚えた足への違和感。
なんだ、俺はまだ担当でいるつもりなのか?
俺は今の彼女がどこまで成長してどんなトレーニングをしてるかなんて知らない。
現に今俺がいなくとも勝てている。
人生を諦めたヤツが感じたそれなんぞに価値は無いと蓋をしてそれきりだった。
走り終えた彼女と目が合ったような気がして、数分立ちすくんでから踵を返して立ち去った。
帰路に着きながらふと考える。
テイオーと話している間はイヤに感情が息を吹き返す。
今日のレースで走っていたテイオーの姿が頭の中を占領している。
交わした言葉を思い返せば空虚な頭に漣のような多幸感がじわりじわりと押し寄せる。
そういうことか。
俺は彼女の担当でいられるならそれでよかったんだ。
バカみたいな理由でバカみたいに生きてバカみたいに間違えた。
遅すぎた。今更だ。
取り返しのつかない過ちに悶え狂いながら明日も陽の光が届かないあの部屋で息をするんだろう。
あのヒトはボクのレースを見てくれた。
忘れていた大事な感覚が取り戻せたような気がして、参加するレースには必ず見に来てもらいたくなって毎回誘うようになった。
あのヒト…トレーナーはボクが勝つと褒めてくれる。
トレーナーはウマ娘のボクを見てくれる。
トレーナーが見にこないレースは無くなった。
薄暗いあの部屋からちょっとずつ抜け出せれば、前みたいに笑ってくれればと思っている。
だからこれからもトレーナーが見てくれる限り何回でも勝ちたいと思っていた。
平穏はいつだって唐突に崩れていくというコトも知らないで。
3日前に来たばかりだというのにドアがノックされた。
今日は平日だと怪訝に思いドアを開けるとテイオーが俯きながら立っていた。
「…」
俺が何か発する前に素早く体を滑り込ませたかと思うと半ば無理矢理冷たいフローリングの上に転がされた。
「走れなく、なっちゃった」
俺と同じ目をしていた。終わっていた。
彼女がこうなったのも俺のせいなのだろうか?
いくら考えようと無駄だ。
過ぎ去った時間は戻りはしない。決して。
降り落ちた雨は空に上がりはしないから俺達はこうして侘しくわらいあっている。
狭いベッドで2人して同じ布団をかぶりながら触れ合うこと無く互いの意識がまだ途切れていないのを感じている。
互いの存在に安心しきって眠れるような状態じゃなかった。俺も彼女も。
テイオーは子供だ。支えてくれる家族がいる。
欠けた心を埋めるのは周囲の人間、友人、家族からの愛情であり少なくともトレーナーを辞めて腐れた男ではないというのが俺の持論だが、諭そうとは思えなかった。
間違いしか選べなかった俺が彼女の為にできることなんて無いと思うから。
そうやって自分を信じず鑑みず、テイオーの足に感じていた違和感について言い出せなかった結果またしても選択を間違えた。
どこまでいっても俺は俺か。笑えない。
閉じない瞼とは裏腹にどうしようもなく落ち着いて心地がいい。
テイオーが俺に何を望むのかは知らない。
だから俺がこれからどうするかは全部委ねようと思っている。俺は所詮何者にもなれず、何も成し得なかった人間だから。
ああでもそうだな、時間が許す限りは、
今だけでいい。
今だけは、
諦めないでとみんなは言ってくれるけどボクはたぶん手遅れだ。
治らないかもしれない。仮に治ったところでレースには間に合わないと思う。
だったらそんな苦しい思いをしてまでトレセン学園にいるより完全に諦めてしまった方が、このヒトとこうしている方が楽になれるんじゃないかって考えてしまっている。
それに
ただ黙って近くにいてくれる。
このヒトはそういうヒトだから。
今のところはボクはトウカイテイオーだ。
門限までには帰らなきゃ。
明日の時間割はなんだっけ。
でも今は、
今だけは、
この時間の中で蕩けていたい。
怒らないでくださいね
優しいハッピーエンドが見たくて11話を考え出したのにその反動で今話が出来ちゃったなんてバカみたいじゃないですか