下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話 作:散髪どっこいしょ野郎
トゥインクルシリーズが終わり、今はトレーナー室でドリームトロフィーリーグの次なるレースに向けていつものように仕事に打ち込んでいる。
ただ以前と違うところは、そんな俺をテイオーがじっと見つめているということだった。
一区切りついて俺がフリーになったのを感じ取ったのか、彼女はゆっくりと立ち上がる。こうなったのは少しばかり前のことからだ。
トゥインクルシリーズ最後のレース、URAファイナルズ決勝を終えた後お祝いにどこに行こうかという話になった。
遊園地辺りが妥当だろうなと考えていたが、彼女が行きたがった場所は俺の予想から大きく外れていた。
テイオーは海に行きたいと言った。
せっかくのお祝いだというのにそれでいいのかと何度も確認を取ったがテイオーは頑なにそれを選んだ。
やや困惑しながらも二人でバスに乗り、電車を乗り継ぎ綺麗で広い海に向かった。車で行こうかとも思ったが届け出を出すなどの面倒な手続きを嫌った彼女によりその方法は使えなくなってしまった。
全くと言っていいほど会話が無かった。沈黙に耐えかねて俺から何かを言っても返事はほとんど「うん」や「そうなんだ」の一言のみ。
不快にさせてしまったかとみっともなく慌てていたが、テイオーはそんな俺を見て小さく微笑んでいた。
目当ての場所に着いてからも無言だった。何もせず俺と一緒に堤防で座っているだけ。
まあ何かすると言っても季節は春にもなりきっていない。そんな寒い中海に飛び込むような者はいないだろう。釣りをするにもそんな経験は無いし、道具も無い。
余計に何故ここに来ることを選んだのかという疑問が膨れ上がり思い悩んでいると、テイオーは動き出した。
おもむろに水際へ歩いていったかと思うと、出かける前に結んだばかりのリボンを外し────力の限りそれを遠くへ投げた。
ついさっきまで俺はそれでテイオーの髪を結んでいた。初めの頃は慣れなかったものでこれっぽっちも上手くいかず、不格好になってしまうことも多かったが彼女はそれでも受け入れてくれていた。
呆気にとられてる俺の元にテイオーは戻る。
「────、─────」
彼女の言葉に俺は苦しんでいたと思う。
何を言ってたか、朧気にしか思い出せないがとにかくその時の俺はひどく動揺して地べたに額を擦り付け謝罪を繰り返し、すすり泣きながら────それを受け入れた。
そうだった。俺は取り返しのつかないことをしてしまっていた。
仕事が一区切りついて、俺は椅子に背を預けて
テイオーは髪を結ばない。
いつかの憧れを意識したものなのか、何かの決意の表れなのか。今となっては過ぎた話だ。
背後から穏やかな息遣いが伝わる。彼女の柔らかな髪先が頬を撫でた。
正面に回された両腕の重さに意識を委ね、僅かに目を閉じる。
度重なる月日の中で色褪せたあの薄緋色のリボンは波に攫われてしまった。今はどこに漂っているのか、知る由もない。
色々なものが曖昧になってしまった。これまでの努力、覚悟、誰かの為に頑張りたいと燃やしてきた自分、純粋だった彼女、憧れ。
どうしてだろうか。それでも後悔はしていない。
むしろこうして彼女といられるようになったのだから、これでよかったんだとすら感じている。
いつも胸ポケットに付けているトレーナーバッジをこの時間だけは外す。
あの時捨てることができなかったこの小さな重みをいつか忘れられる日は来るだろうか。
テイオーは下を向かなくなった。
ならそれでいいかなと思う。
それに、今はこんなにも互いに温かく満たされているんだから。それでいいじゃないか。
「色々ごめんな。もう間違えないから」
俺の呟きに彼女は両腕をより深く沈ませることで応えた。
「ホントのホントに……ありがとうトレーナー。──────大好きだよ」
彼女の囁きを聞き、微睡みを始めた頭でもう一度だけあのリボンを思い出した。
波打ち際で揺られていた薄緋色の輪郭と一緒に何かが流れてしまったような気がするけれど
思い出の中に深く根付いた痛みの味は、とても甘かったことを覚えている。
いかがですか父上……
ウマ娘のトレーナーではなく