下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話 作:散髪どっこいしょ野郎
二万文字超えちまったんで三つに分けることにしました。中編は明日、後編は明後日に投稿します。
ぶっちぎりで重く暗く鬱い救いの無い話です。(今回は前編なのでまだマイルドですが話が進むにつれてどんどん暗く重くなります)
多分、これから先の人生でこれ以上幸せな瞬間は来ないだろうなと思う。
毎日毎日頭から火が出そうなくらいに勉強に励み、心臓を暴れ牛みたいにしながら受けた試験。
狭き門をくぐり抜け、俺はとうとうなってみせたのだ。トレーナーに。しかもエリートばかりが集まる中央のトレーナーに!
だがしかしここで満足してはいけない。俺の目的はここから始まる。そうだ。この程度の喜びで満足してはいられない。
そうして密かに決意を掲げ祝福すべき初めてのスカウトを試みた俺は、あえなく玉砕した。
「ちくしょう……これからだってのに……」
握りしめた拳は汗ばみ始めている。途方に暮れ、座り込んだ木製ベンチの硬さは預けた背中に十分すぎる程伝わってきた。
今日はよく晴れている。雲一つ無く、まさしく絶好のピクニック日和、とでも言うべきだろうか。
カラリと澄んだ青空とは裏腹に気分はどうにも落ち着かない。せっかくトレーナーになったというのに、担当ウマ娘のスカウトがこれっぽっちも上手くいってないからだ。
そんなこんなで体力は尽きかけやる気もガタ落ち。どうすることもできないままだだっ広い公園のベンチで俺は一人孤独、此処じゃないどこか遠くに目をやった。とにかく無心になりたかった。
「……!…………!」
……のだが、どこかから聞こえる耳障りな泣き声がこの惨めな現状から逃げることを許してくれない。
顔を起こし声のする方向に向くと、公園内にある大きな木の下で一人の子供がわんわん泣いていることに気がついた。
声をかけた方がいいのかもしれないがこれで不審者扱いされたらたまったもんじゃない。なにせ俺は社会人で、しかも男。泣いてる子供は女の子ときたもんだ。
こういう時は大人しく寝たふりでもしてればいい。そう思いながら、
「どうしたんだ。なんかあったのか」
結局放っておけなかった。
「帽子が、あそこにっ……!」
「……」
子供が指を差した先、上を見上げると小さな帽子が木の枝葉に引っかかっていた。
正直めんどくさい。
ジャンプすればギリギリ届くか届かないかぐらいの所にある。下手したら木登りする羽目になるかも分からない。
俺がこんなことしてやる義理はない、と思いながらも結局見捨てることはできず、ハラハラとした表情で見守る子供の横で俺はぴょこぴょこ跳ね続けていた。そもそも何をどうしたら帽子が木に引っかかるんだ。
「あちゃ〜、そんなところに引っかかっちゃたんだ〜…………よーし、ボクにまかせて!」
「ふぇ?」
「あ?」
数分程跳ねていると突如背後から声がした。振り返った先、そこにいたのは一人のウマ娘。
色々思うところはあった。なんで俺はこんなことをしているんだろうとか、そろそろ疲れてきたなとか、なんで一人称がボクなんだろうとか。
それら全てを置き去りにする程の強い意志が俺を支配した。
俺は絶対、こいつのトレーナーになってみせる。
とにかくそれだけで頭がいっぱいだった。声も顔も口調も、全てが俺の好みに当てはまっていた。
彼女が走り、高く飛び上がって帽子を掴んでいた時も、先程まで泣いていた子供がお礼を言ってどこかに行った時も、俺はスカウトすることしか考えていなかった。その際彼女の身体能力がかなり優れていることを看破したがハッキリ言ってそんなのは二の次だ。
「なあ」
「ん、なになに?ボク、スゴかったでしょー!」
「ああ……それよりお前、俺の担当にならないか」
「え?ってことはキミ、トレーナー?」
俺がトレーナーになった理由。それはレースへの熱意から来るものでも何でもなく、ただウマ娘とお近づきになりたかっただけだ。そしてあわよくばいかがわしいこともやっちゃおうとも考えている。
「うーん……トレーナーかぁ…………あ、そろそろ戻んなきゃ。また今度ね!」
「……おう。ところでお前名前は」
「トウカイテイオー!無敵のテイオー様だよ!にしし、よーく覚えておくといいぞよ〜!」
ウマ娘……トウカイテイオーは、快活な笑みを浮かべて走り去っていった。
あと、正直悔しかった。俺がバカみたいに跳ねても届かなかった帽子をトウカイテイオーは軽く掴み取ってみせたのがどうにもこうにもムッとするというか。
ガキみたいだなと自分でも思うがこうなったらヤケだ。何がなんでも俺は彼女のトレーナーになってみせる。
よし、いいぞ。明確な目標ができた。
とりあえず学園に戻らなければ。
「キミ、この前公園にいたトレーナーだよね?あの後カイチョーから『信頼出来るトレーナーを熟考の上で選べ』って言われちゃってさー。だから1日トレーナーテストしようと思うんだけど、どうかな!」
「いいぞ」
選抜レースを見に行った俺はハナから一人のウマ娘にしか目をかけていなかった。勿論トウカイテイオーのことだ。
レースが終わった後、猛烈にアタックしてみたが俺以外にも彼女をスカウトせんと募るヒトは多く、俺の声はすっかり埋もれてしまった。
だがチャンスは残っていた。幸いにも彼女は専属トレーナーに対して特に深いこだわりはないようだったから、俺のような新人にも機会は回ってくる。
そう言えば聞こえはいいが、正直な話、俺達トレーナーはナメられていた。
確かに彼女は強い。それでも自分の実力に浮かれシンボリルドルフという絶対的な憧れを盲信するあまり、少しばかり小生意気で子供っぽい未熟さがあった。
だがしかし、そんなところが余計に俺の欲望を沸き立たせる。もう選抜レース後にはどうやって他のヒトを出し抜くかということしか考えられなかった。
そして回ってきたチャンス。
俺は試されている。やってやろうじゃないか。
ここで上手いこと指導者としての手腕を発揮することでいい感じに注意を引き、めでたく彼女のトレーナーに、という寸法だ。
やってやる。俺はなんとしてもトウカイテイオーを担当にするんだ。
「えーこれだけー?ボク、まだまだ出来るよー?」
「……ッ!」
テスト、ということで一日彼女を指導することになり根本的な格の違いを徹底的に”理解”らせられた。
俗に言う天才というやつなんだろう。俺の手には余るぐらいにトウカイテイオーの才能はずば抜けていた。
聞けば彼女はこれまで誰にも負けたことがないだとか。
中央というエリート中のエリートが集まる場所で全くの負け無し。これがどういうことを意味するのか分からない程俺もバカじゃない。
俺では力不足だ。彼女のような逸材はもっと優れたヒトの元で走るべきだ。身の丈に合わなすぎる。
分かっているが……それでも、どうしても認めたくなかった。俺はどうしても彼女がいいんだ。
悔しい。こんな才能を前にして追いつけないから諦める、なんてあんまりじゃないか。それに加え、俺が必死で組み立てたメニューを涼し気な顔でサラッとこなしてみせたトウカイテイオーの優秀っぷりが羨ましくて仕方がない。
くだらないと思われるだろうがそんなのは俺がトレーナーを目指した時から知っている。
だから死ぬ気で食らいつこうと決めた。俺は凡人で、彼女に相応しくないのなら、なんとしてでもこの身を削ろうとも彼女を見続けてやるんだ。
それは俺にとって修羅の道となるだろう。特別でも何でもない人間が、秀でた素質もない凡才が、大した経験もない若輩が、いきなり彼女のレベルまで自分の能力を引き上げるなんて並大抵の努力じゃできない。
相応の覚悟をしなくてはならない。それでも俺は構わなかった。なぜなら、
『ひ……っ、なんだよぉ……なんだよぉ……!そんな怖い顔しないでよぉ……!』
『ぐすっ……あの、ね。ボク、カイチョーが一着を取って、嬉しかった、ハズなのに、なんだかずっと胸の奥が、イガイガするんだ……』
『わか、んない。わかんないけど……』
あんな最高にそそられる泣き顔が見られたんだ。あれを見る為だったらいくらでも頑張れる気がした。
『っしゃあ!やったなテイオー!』
『ヨユーヨユー!次も一着、取るもんね!』
トゥインクルシリーズが幕を開け、迎えた初めてのレース。ボクは余裕の大差で最高のメイクデビューを飾った。
成り行きでボクのトレーナーはあのヒトに決まったけど、ハッキリ言ってちょっとだけ物足りないところがある。
普段のトレーニングとかは問題ないけど……なんていうか……あんまり構ってくれない?
いつもいつも、ボクには目もくれずに一人で難しそうなコトばっかりしてる。今のところパソコンをカタカタさせてる姿とノートに何かを書き込んでる姿しか見たことない。
まあ無敵のテイオー様のトレーナーなんだから、あれぐらい頑張り屋なのもトーゼンなのかも?
「あ!カイチョー!」
「ふふ、こらこら。廊下で走ってはいけないぞ」
そんなことより今はカイチョーを発見したんだ。時間はちょうどお昼時、天気も最高潮にいい。
カイチョーの腕にひっついて二人でカフェテリアに向かう。その頃にはトレーナーのことなんて頭からすっかり抜け落ちていた。でもいいや。
いつも中々会えないカイチョーをせっかく捕まえたんだから、たっくさん構ってもらおうっと。
忙しいったらありゃしない。
朝から晩まで仕事仕事、仕事の連続だ。中央が激務だってのもあるが俺はテイオーの実力を全て発揮させる為に情報収集やらなにやら、やらなければならないことがアホみたいにある。
なにせ俺は新人の身。多少知識はあれども経験なんざ全く無いすっからかんのひよっこに過ぎない。更に担当を受け持つのは今回が初めてときたものだから難易度もグンと上がっている。
そんなわけだから担当ウマ娘とあんなことやこんなことをするという俺の野望は早くも頓挫しかかっていた。
しかもテイオーは現在超が付くほどの絶好調。出走するレースのほとんどでぶっちぎって勝っている。
したがって彼女が泣き顔を晒したりすることはあの日以外に無いわけで。
あの日、シンボリルドルフに初めての敗北を味わわされ夜の公園にて無茶な走り込みをしていたところを俺に止められ、張り詰めていた神経が一気に崩れたのかわんわん泣き出していたあの日。
あれはめちゃくちゃよかった。
しかし今はといえば何もかもが怖くなるぐらいに上手くいっている。よってテイオーの泣き顔……というか曇っている姿を中々見られていない。
いやまあ喜んでるテイオーも当然好きではあるんだがそれにしたってちょっとぐらいはそんな顔を見てみたいと思ってしまう。
……加えて、俺はテイオーに対して少しだけ嫉妬してる部分がある……悔しくてたまらないが。
たまに彼女と話す時、クラスで小テストがあったが自分だけ満点だった、だとかゲーセンでスコアをカンストさせた、だとかのエピソードを聞かされ要所要所でセンスの良さを思い知らされる。
正直に言ってしまうと羨ましい。俺にそんなことはできやしない。このトレーナーという役職だって、限界ギリギリまで踏ん張って踏ん張ってやっとの思いでなったものだ。
テイオーのようになんだってそつなくこなせるような人間じゃないんだこっちは。そんな劣等感がテイオーを泣かせたいという欲望に拍車をかけていた。
……あー畜生。
一回でいいからテイオーをギャフンと言わせてみたい。そんでもって…………
なーんかイヤだなぁ。
まったくさ。トレーナーはボクのトレーナーなんだからちょっとぐらいヨユー持ったっていいのにそんな必死になっちゃってさ。
それじゃまるでボクが弱いみたいじゃん。そうでもしないと勝てないぐらいに思われてるのかな。
つまんないなー。
トレーナーは勉強?ばっかりでちっとも楽しそうじゃない。やる気があるのはいいコトなんだろうけどいくらなんでもつまんないよ。
「ねね、今度の休みにゲーセン行こうよ」
「……へ?いいのか?」
珍しくお昼時にトレーナーと遭遇した。
こんな時間に会うのはホントに珍しい。いつだって一人でなんかしててボクと話すコトなんかもちょっとしかない。
だから暇つぶしに誘ってみる。
そしたらなんかすっとんきょうな声を出してて、いいのか?なんて言うもんだから思わずムッとした。
「もう!ボクのトレーナーなんだからたまの休みぐらい付き合ってよ!」
ホントにこのヒトときたらボクのトレーナーなのに、いいのか?なんて返事はないよ。
ボクが呆れてるのに気づいてるのか気づいてないのか、向こうはあっさり乗ってきた。
「トレーナー……ちょっと弱すぎない?そりゃ、ボクは慣れてるけどそれにしたって……」
「いや、まだだ……!こっから巻き返してやる……!」
思ってたより子供っぽい?のかな。このヒト。
トレーニングも学校も休みの日。暇だったからなんとなく誘ってみたけど、このヒトはボクの何倍も熱中してる。
それにしても弱いなー。ボクが始めたての頃だってここまで下手じゃなかった。それなのにトレーナーは頑なにボクに勝とうとしてふぎゃふぎゃ言いながら超真剣に遊んでた。
「うあぁぁあ〜……目がチカチカする〜……」
「うぅぅ〜……ボクもちょっとグラグラするよぉ〜……」
結局トレーナーは一度もボクに勝てなかった。それでも絶対に諦めようとしなかったからボクもついムキになっちゃって、暇つぶしのつもりが丸一日使っちゃった。
トレーナーはどんなゲームをやっても下手っぴだったけどなぜかUFOキャッチャーだけはそれなりにできていて、ボクはカイチョーのおっきなぱかプチを、トレーナーはボクのぱかプチを一個ずつ抱えて歩いてる。
にしても、このヒトってこういう……ゲーセンとか好きだったんだ。なんか意外。いつも部屋にこもってなんかしてるイメージしかなかったから新鮮な感じがする。
横を歩いているトレーナーをチラッと見てみる……え?なんか……泣いてる?なんで?
「トレーナー……?」
「おん?」
「いや、おん?じゃなくてさ……どうしたの?その……泣いてるけど」
「ぁ、う、え?」
恥ずかしく思ったのか知らないけど夕方でもわかるぐらいに顔を真っ赤にして涙を拭き取り出した。
「いや、なんというか、俺こういうのって初めてでさ。なんか……あー……あんまり楽しかったもんだから、つい」
そんなゲーセンくらいいくらでも来ればいいのに、まるで今日が最後みたいな口ぶりだからついつい笑ってしまった。
「別に今日じゃなくたって他の日にだって来ればいいじゃん。ほら、またテイオー様が誘ってあげるからさ!」
「そうか…………そうだな!」
休日まるまる潰れちゃったけど、ついこないだまで堅っ苦しいイメージしかなかったトレーナーがわりと子供っぽくて付き合いがいいヒトだってコトに気がつけた。
……大人なのにまさかあんな負けず嫌いだとは思ってなかった。でもどの道ボクが勝つからボクが最強だってコトに変わりはないけどね!
いや待て、俺ってちょろすぎやしないか。
いや……確かに今までゲーセンなんてそんなに行ったことなかったけども……泣くほど喜ぶとか……あー……思い出すだけで恥ずかしくなる。
確かに最近働き詰めでテンションがおかしくなってたのもある。人間本当に疲労が溜まった時は変な高揚感が湧いてくるんだなってのもここ最近で思い知った。
だからといってテイオーの前であんな顔晒すとは……一生の不覚だ。
ちゃんと羽休めにはなっていたことがこれまた悔しい。担当ウマ娘に助けられるトレーナーとかなんの冗談だよまったく。
………………。
ダメだダメだ。俺がやりたいことはこんなもんじゃない筈だ。こんな、テイオーとゲーセン行ったぐらいで、満足するわけない。
楽しいとは思った。でもそれだけだ。
だからあの日以降なにがなんでもテイオーとのコミュニケーションを図る機会を増やそうとするようになったのもそういうアレってわけじゃない。
別に彼女の走る姿に惹かれるようになったとか、彼女の明るさに絆されるようになったとか、そんなのは決してありえない。……筈だ。
「むふふ〜、なんと今日はね、カイチョーに褒めてもらったんだ〜!」
「おー、そうかー……」
「……トレーナー、なんかテキトーじゃない?ホントに聞いてる?」
「あ?シンボリルドルフに褒めてもらったーって話だろ?」
「そうそう!それでね……」
なんだか無性に語りたいコトがあった時はトレーナーにぶつけるのが最適だ。誰かに話したいなーって思っててもこういうのはなかなか言えるもんじゃない。
カイチョーの話となるとボクもついつい熱くなっちゃうから、言うとなればそれこそトレーナーぐらい。トレーナーなら誰かにバラしたりはしないだろうし変に気を遣う必要もないから思う存分言いたいコトを言える。
今まであのヒトは一人で部屋にいるばかりだったけどだんだん会話するコトも増えてきて、なんやかんやでこっちの話はちゃんと聞いてるからボクとしても気が楽。
にしても、トレーナーは話す時でさえもずっとテーブルに向かってなんかしてる。こんな時ぐらい気を抜けばいいのに、マジメというかシンパイショーというか……。
今のところレースで負けるどころか追いつかれるコトも滅多にないんだからもっとボクのトレーナーとしてヨユーを持ってほしいよ。
何故だろうか。このところテイオーを見ていると胸の奥を抉られるような感覚に襲われる時がある。
彼女が真面目にトレーニングをしている様や、活気に満ち溢れたあの笑顔を以前のように見ることができなくなってしまった。なんとなく、辛くなってしまって。
普段通りやりたいようにやればいいだけなのに、どうしてもテイオーの前だと気が引けてしまう。と言っても普段そこまでなにかをしてるわけでもないが。
相変わらず忙しすぎて「そっちの気」を持てる余裕は無い。それでもテイオーが笑ったり泣いたりする姿を見ることだけをやり甲斐にしてここまでなんとか走ってきた。
ただテイオーを見たかっただけの筈なのに彼女の姿を直視できなくなってしまうなんてどういうことなんだよ一体。
そもそも俺はあの日以外に彼女の泣いてるところを見ていない。もう一度テイオーが曇っている姿が見たいといつも思っていたのに、最近はそんなこともあまり考えられなくなっている。
いや違う。俺はテイオーを曇らせたいんだ。もう一度彼女をぐしゃぐしゃに泣かせて、それで……それで……。
その願いは突然叶った。
やっちゃった。なんとなく痛みは感じてたけどこれぐらいなんてことないと思ってスルーし続けてたらホントに怪我になっちゃった。
トレーナーには怒られた。どうしてそんな重要な話をもっと早くから言わないんだーって焦りに焦った様子で言われちゃった。
幸い、しばらく安静にしたら治る程度の怪我だったし近くに出走予定のレースもなかったからそこまで重大な問題じゃない。
そこで走れない暇な時間が一気に増えて、色々気がついた。トレーナーが普段どれだけボクの為に奔走してたかほんの少しだけ理解できたような気がする。あくまでほんの少しだけど。
今までボクは自分が一番強いんだって、自分ならなんだってできるんだって思い込んでいたけど、トレーナーやみんなの支えがあって初めてボクは走っていられたんだってコトに気がつけた。
……さすがに直接「ありがとう」だとか改めて言うのは恥ずかしくってムリだけど、それでも、この気づきは忘れないようにしておきたい。
「大丈夫か?もう走れそうか?」
「……ん」
放課後、トレーナー室でストレッチをしながら蹄鉄やシューズの確認をする。怪我はほぼほぼ治りかけてるから後はコンディションを前の状態に戻していくだけ。
体を慣らすために軽く走ってみたけど、特に違和感はなかったからそろそろいつも通りのトレーニングができそうだ。
相変わらずトレーナーは忙しそうに部屋を行ったり来たりしていて、ボクの様子には気づいていない。
うん……だから、これはちょっと思ったってだけ。そんな大げさな話じゃない。
「……トレーナー」
「なんだ?」
「ぁ……いや……」
あ〜……やっぱやめといた方がいいのかな。表に出すようようなものでもないし。それにこんなコトわざわざ口に出さなくたって……、
………………やめやめ!ウジウジ考えてるだけなんてボクらしくない!
「ボク、頑張るよ!これからも!」
「?…………おう」
トレーナーはキョトンとしてる。確かにいきなり頑張るよなんて言われても返しようがない。でもボクが伝えたいのはそういうのじゃなくって、
「ファンのヒト達とか……ボクを応援してくれるみんなの為にも、頑張るから!だから……これからもちゃんとついてきてね、トレーナー!」
今になって自分の考えを打ち明けるのはなんか恥ずかしい。でも言いたいコトは言ったんだ。トレーナーもいつもみたいに笑って返してくれる筈。そう思って返事を待ってると、
「…………ぁ、う」
トレーナーはその場にへたりこんで、無表情のまま涙をポロポロこぼしていた。