下心バキバキトレーナーがトウカイテイオーに改心させられる話   作:散髪どっこいしょ野郎

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咽雨 【中編】

吐き気がした。

 

疲れも溜まっていた。凡人でしかない自分を無理やり彼女の領域まで引き上げていたんだ。ガタがこないわけない。

 

前々からおかしいと思ってた。テイオーを傷つけたいと何かに急かされているかのように考えていた。そう思わなきゃいけないんだと自分に言い聞かせるように。

 

そしてそれは叶ったんだと思い込もうとした。全く挫折する様子のないテイオーを見ながらもこれで彼女を曇らせることができたんだと喜ぼうとしてみた。

 

歪な笑顔を作ってみても焦燥感は消えないまま。言いようのない感情が打ち寄せては引き返し、なにがなんだか分からなかった。

 

そして今、テイオーは俺をトレーナーとして認めてくれた。俺が内側でどんなことを考えているのかも知らずに、無条件に信用してくれていた。

 

彼女は俺を信じていた。そう気づいた瞬間、目の前が真っ暗になったように感じて、立っていられなくなって、説明しようのない感情がどんどん膨れ上がり抑えきれなくなり、気づけば両眼から滴り落ちていた。

 

 

「あ…………う、ぁ、」

 

 

稚児のような声しか出せない。それなのに彼女の困惑している様子はハッキリ伝わってくる。

 

 

「ど、どうしたの……?大丈夫……?」

 

 

もう耐えられない。俺はそんな、お前に心配してもらえるような人間じゃないんだ。

 

内側で感情が何度も爆発しかけてその度に頬を床を濡らしてしまう。

 

 

「あ、あっ……ごめ、ん、テイオー、ごめ、う、ぁ、あぁ、」

 

 

何度もしゃくりあげてしまう。声も途切れ途切れになって思考も掻き回されて、ただ謝ることしかできない。

 

 

「ど、どうしよ……誰か呼んできた方がいい?」

 

 

まともに考えられないのに彼女の戸惑ったような声は自分の嗚咽と混じりながらも耳の奥にするりと滑り込んでくる。

 

 

「そう、じゃ、ないんだ、おれ、は、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんまり唐突すぎるものだから、なんだか現実味が湧いてこない。

 

目の前で泣きながら自分のコトを暴露しだしたトレーナーを見てもいまいちピンと来ないというか。

 

仮にトレーナーが悪いヒト?だったとしても今まで特に何かされたわけでもないし、ボクはそんなに気にしてない。

 

 

「ごめ、は、っ、ごめん、ホントに、ごめん」

 

 

それなのにこのヒトはまるでとんでもなく悪いコトをしでかしちゃったみたいにボロボロ泣きながら謝ってくる。正直、いつもと様子が全然違うからすっごくやりづらい。

 

 

「と、トレーナー。ボク…………そんな気にしないから。だから……ほら、そんな落ち込まなくても……」

 

「……っ、あ、ヒっ、あ、」

 

 

ごめんの嵐は止んだけど今度は見てるこっちが不安になりそうなぐらいにしゃくりあげて泣き続ける。

 

……無理させちゃってたのかな。このヒトが休んでるの、見たことないし。ボクには見せようとしなかっただけで裏では疲れきってたのかもしれない。こんなになるまで一人で耐えてたんだ。

 

そう思うとどうしても放っておけなくて、トレーナーが泣き止むまでいつもと全然違うその姿から目が離せなかった。

 

 

 

 

 

 

「……うし、休んで遅れちまった分、こっから取り戻すぞ」

 

「…………う、ん」

 

 

怖かった。あんなに泣いてたのが嘘みたいに、次の日にはいつもの様子に戻ってた。あんなコトは初めからなかったんだと錯覚してしまいそうなぐらいにトレーナーは元気な状態を保ってる。

 

……もしかして、トレーナーは元気なフリをしてるだけで、また一人で自分の気持ちを隠そうとしているのかな。

 

モヤモヤした何かが消えないまま復帰戦が始まって、ボクは負けちゃった。

 

レースはちゃんと集中してできたし、心に脚がかき乱されるコトもなかった。でも負けた。簡単な話。怪我をしてみんなより遅れた分を取り戻しきれていなかったんだ。

 

無敗の夢は叶わなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一度は踏ん張った心が折れかけた。

 

テイオーは負けてしまった。俺のせいとしか思えない。どう考えても俺のせいで負けてしまった。

 

 

「ぉ……っ、あ、っ、こっ……お……!」

 

 

目の前がチカチカする。腹の奥が自分じゃどうしようもないくらいに痙攣を繰り返し、絶えず喉を締め付ける。あまりにも留まることがないものだから姿勢を保つことすらままならず、床に転がって丸まっている。

 

なんだか海老みたいだ。

 

跳ね続ける躰とは裏腹に、頭の中は妙に冴えている。いくら苦しもうとも澄んだ思考が目の前の罪から俺を捕らえて離さない。

 

 

「……やっぱりそうだったんだ」

 

 

頭上から浴びせられる声。それが誰であるかを数瞬の間に認識し、俺は強引に上体を起こそうとする。それは中途半端にしか適わず、床に額を擦りつけて再びえづく状態に戻る。

 

背中が温かくなる。

 

さすられていると脳が情報を受け止めるにはやはりと言うべきか、何故かと言うべきか、それなりに時間がかかった。

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫?話せる?」

 

「…………」

 

 

体力の方が限界を迎えたのか、少し経つと後は荒い息をつくのみとなった。謝る気力すら残っていない。

 

 

「あのさ」

 

 

何を言われるのだろうか。なんでもいい。それを受け入れる準備はとっくにできている。

 

 

「ボクね……一人でなんでもできるって思ってたんだ。トレーナーなんかいなくても勝てるんだーって。でも、少しの間走れなくなって、それでやっとわかった。……ボク一人じゃ走れないんだって。だから、トレーナーもボクと一緒に走ってほしいんだ」

 

 

拒絶されても受け入れるつもりだった。彼女にはそうする権利が十分にある。だというのに、

 

 

「なん……で」

 

「前も言ったけどボクそんな気にしてないからさ、ほら、もっとシャキッとしてよ!ボクのトレーナーなんだから!」

 

「…………」

 

 

そんなふうに許さないでほしい。涙を止められなくなってしまう。

 

テイオーが羨ましい。俺は彼女のような芯の強さは持ち合わせていない。

 

……が、それでも彼女は俺をトレーナーとして認めてくれた。だったらせめてこれ以上彼女に迷惑はかけたくない。

 

だから俺は、引っ張られる形でありながらも今一度指導者としての自分を張り続けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

負けちゃったのはショックだけど、これくらいで止まるつもりなんてない。今までの遅れはこれから先全力でカバーするつもり。

 

トレーナーも立ち直ったみたいだし、後はひたすら走るだけ。

 

……なんだけど、やっぱり、ちょっと悔しい。

 

負けたくなかった。一度だって。カイチョーにだって負けたくないし、怪我のせいで走れないなんて認めたくなかった。

 

トレーナーは初めっからボクを勝たせる為に全力だった。もしあのヒトの言ってたコトが本当だとしてもそれは変わらない。

 

わかってる。わかってるつもり。

 

それでも一瞬だけトレーナーのせいにしてしまうボクがいる。あのヒトがそんなだからボクは負けたんだ、って、あのヒトを責める考えが頭の中をチラッと掠めてしまう。

 

そもそも一回の負けをいちいち引きずってるボクなんてボクらしくない。それを誰かのせいにするボクはもっと嫌だ。

 

だからそんな自分勝手なやつあたりを振り払う為にトレーニングもレースも今まで以上に打ち込んだ。三冠を獲る夢だって、カイチョーに勝つ夢だって、ボクの中にはまだまだ叶えたいコトがあるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの復帰戦以降、テイオーは出走する全てのレースで勝利を収めている。

 

彼女の敗北は俺が招いたことだ。もっと早くから彼女の異常に気づいてやれたら、あんなことにはならなかった。

 

だからこれ以上足を引っ張るような真似はしない。何がなんでも彼女を勝たせる。その為だったら時間も手間も惜しむつもりはない。できることならいくらでもし尽くす。

 

テイオーは俺と違って強い。心も体も、俺が勝る所なんて一つも無い。

 

だったらせめて俺のやれることをやる。今の俺に許されるのはそれだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナー」

 

「なんだ?」

 

「今、楽しい?」

 

「ああ」

 

「…………そっか」

 

 

嘘つくの、ホントに下手だなあ、トレーナーは。「自分のコトなんてどうでもいいー!」みたいな顔、あからさまにしちゃってさ。

 

まあでもいいか。立ち直ってもそんな感じならそれがトレーナーのやりたいコトなんだろうし。

 

誰かに褒められるのはいつでも大歓迎だよ?でもさ、こんなに誰かに尽くされるなんてこっちも慣れてないから。

 

……トレーナーに負けてられない。ボクも頑張らないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以前と比べテイオーとの会話が少なくなったような気がする。当然か。あんな出来事がありながら前と同じようにいてほしいなんておこがましいにも程がある。

 

それ自体に抵抗感は無い。ただ負担をかけさせてしまうのがどうしても嫌なだけで。

 

今こうして彼女の走りを見ているさなかでも、その不安は消えないままだ。

 

歩幅からその間隔、ペース配分に至るまで、くまなく目を通す。地面を蹴り抜く脚力、最後まで自分の走りを保ち続ける理性と体力、純粋な速度。どれをとってもレースには欠かせない。

 

楽しいかと聞かれたら答えようがない。

 

握りしめたストップウォッチの感触を確かめる。目線の先には走っている担当ウマ娘の姿。

 

そうだ。今はそんなことを気にする時間じゃない。そろそろ彼女も走り終える頃だろう。

 

右の親指に力を込める。

 

 

 

 

 

 

「……あのさっ!」

 

 

トレーニング場を後にして、別れ際、不意に呼び止められた。何を言われようと構わない。どんな罵倒だろうと拒絶だろうと喜んで受け入れるつもりだ。それが望まれているのなら。

 

……そうか。

 

俺は、たとえ自分がどれだけ苦しもうが拒まれようが……憎まれようが、彼女が傷つくことなく笑っていてくれたなら、それでよかったんだ。

 

今俺が「これ」を続ける理由なんて、

 

 

「あ、あのね?ボク、トレーナーが嫌いとか、そういうわけじゃないから!……それだけだから。じゃ、じゃあね!」

 

 

ああ。それだけで十分すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり、あのヒトがそんな……ボクを……めちゃくちゃにしたかっただけだなんて、どうしても思えない。

 

もしそれが全部だったら、言っちゃ悪いけどあのヒトがトレーナーやる理由なんてもう無い。

 

だから……これまであのヒトからかけられた言葉が嘘だなんて、やっぱり思えない。

 

じゃあ、なんで?

 

何が楽しくてトレーナーはトレーナーなんてやってるの?

 

お金の為?

 

だったらわざわざボクにあんな暴露なんてしないだろうし。わからなくなって、気になって仕方ない。

 

そもそもボクにとってトレーナーって何?

 

先生って言えるほど強くはないし、態度はわかりやすいし、ゲームだって下手っぴだし、いつもボクの為に全力だったし、ボクといる時は大人のくせしてボクより楽しそうにしてたし、メンタルなんてボクよりもずっとヘナヘナだし、体調は年がら年中悪そうだし、それなのにボクのコトしか気遣ってこないし、そんなだから結局ボクの前で泣き出しちゃったし……、

 

見てられない。トレーナーなのに、よりによって担当のボクにだけあんな弱い自分を見せるなんて。トレーナーのくせに全然頼りないよ。

 

でもあのヒトのおかげでボクは走っていられてる。いつもボクを見てくれてるのも誰でもないあのヒト。

 

…………あーもう!考えてるとごちゃごちゃする!

 

それもこれもトレーナーのせいだ。今度なんか奢ってもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラシック三冠を見据えレースが本格化していく中、あまりにも唐突にそれは起こった。

 

テイオーの脚は二度目の異常を迎えた。前回よりも重く、深い傷だった。当然出走など許されない。

 

三冠ウマ娘になるという夢は、敗れるどころか挑むことすら叶わず、呆気なく絶たれた。

 

診察を受けた帰り、茫然自失としたテイオーを俺は寮まで送り届けた。存外にも現実を飲み込むことは容易かった。

 

 

 

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